竹取翁と万葉集のお勉強

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万葉集 集歌886から集歌891まで

2020年08月31日 | 新訓 万葉集
筑前國守山上憶良敬和為熊凝述其志謌六首并序
標訓 筑前國守山上憶良の敬(つつし)しみて熊凝(くまこり)の為に其の志を述べたる謌に和(こた)へたる六首并せて序
前置 大伴君熊凝者 肥後國益城郡人也 年十八歳 以天平三年六月十七日 為相撲使某國司官位姓名従人 参向京都 為天不幸在路獲疾 即於安藝國佐伯郡高庭驛家身故也 臨終之時 長歎息曰 傳聞 假合之身易滅 泡沫之命難駐 所以千聖已去 百賢不留 况乎凡愚微者何能逃避 但我老親並在菴室 侍我過日 自有傷心之恨 望我違時 必致喪明之泣 哀哉我父痛哉我母 不患一身向死之途 唯悲二親在生之苦 今日長別 何世得覲 乃作歌六首而死 其謌曰
序訓 大伴君(おおとものきみ)熊凝(くまこり)は、肥後國益城郡(ましきのこほり)の人なり。年十八歳にして、天平三年六月十七日に、相撲使(すまひのつかひ)某國司(そのくにのつかさ)官位姓名の従人と為り、京都(みやこ)に参(まゐ)向(むか)ふ。天なるかも、幸(さき)くあらず、路に在りて疾(やまひ)を獲(え)、即ち安藝國佐伯郡の高庭(たかば)の驛家(うまや)にして身故(みまか)りき。臨終(みまか)らむとする時、長歎息(なげ)きて曰はく「傳へ聞く『假合(けがふ)の身は滅び易く、泡沫(ほうまつ)の命は駐(とど)め難し』と。所以(かれ)、千聖も已(すで)に去り、百賢も留らず。况むや凡愚の微(いや)しき者の、何そ能く逃れ避(さ)らむ。但(ただ)、我が老いたる親並(とも)に菴室(いほり)に在(いま)す。我を侍(ま)ちて日を過はば、おのづからに心を傷(いた)むる恨(うらみ)あらむ。我を望みて時を違はば、必ず明を喪(うしな)ふ泣(なげき)を致さむ。哀しきかも我が父、痛しきかも我が母、一(ひとり)の身の死に向ふ途(みち)を患(うれ)へず、唯し二(ふたり)の親の生(よ)に在(いま)す苦しみを悲しぶ。今日長(とこしへ)に別れなば、いづれの世に覲(まみ)ゆるを得む」といへり。乃ち歌六首を作りて死(みまか)りぬ。 其の謌に曰はく
序訳 大伴君熊凝は、肥後國の益城郡の住人であった。年十八歳にして、天平三年六月十七日に、相撲使の某國の司である官位姓名の従人となって、京都に参り向った。天なるかも、幸くあらず、上京の途上で疾病に罹り、ちょうど安藝國の佐伯郡の高庭の驛家で亡くなった。臨終する時に、深く嘆いて云うには「傳へ聞く『假合の身は滅び易く、人の泡沫のような命はこの世に留め難い』と。そこで、千聖もすでにこの世を去り、百賢も現世に留っていない。そうしたとき、凡愚のつまらない者が、どうして上手に死から逃れ避けることができるでしょうか。ただ、私の老いたる親が二人に菴室に生活している。私を待って日を過ごしていたら、自然に心を傷めるような悔いがあるでしょう。私の帰りを望んでその時がないとすると、必ず明るい希望を失い泣き崩れるでしょう。哀しいでしょう、私の父、痛しいでしょう、私の母、自分の身が死に向うことを憂い患わず、ただ、二人の親がこの世に生きている苦しみを悲しぶ。今日、永遠に死に別れたら、どの世界で両親に逢うことが出来るでしょうか」と云った。そこで、歌六首を作って亡くなった。 其の歌に云うには、

集歌八八六 
原文 宇知比佐受 宮弊能保留等 多羅知斯夜 波々何手波奈例 常斯良奴 國乃意久迦袁 百重山 越弖須凝由伎 伊都斯可母 京師乎美武等 意母比都々 迦多良比遠礼騰 意乃何身志 伊多波斯計礼婆 玉桙乃 道乃久麻尾尓 久佐太袁利 志波刀利志伎提 等許自母能 宇知計伊布志提 意母比都々 奈宜伎布勢良久 國尓阿良婆 父刀利美麻之 家尓阿良婆 母刀利美麻志 世間波 迦久乃尾奈良志 伊奴時母能 道尓布斯弖夜 伊能知周凝南 (一云 和何余須疑奈牟)
訓読 うち日さす 宮へ上(のぼ)ると たらちしや 母が手(た)離(はな)れ 常知らぬ 国の奥処(おくか)を 百重山(ももへやま) 越えて過ぎ行き 何時(いつ)しかも 京師(みやこ)を見むと 思ひつつ 語らひ居(を)れど 己(おの)が身し 労(いた)はしければ 玉桙の 道の隈廻(くまみ)に 草手折(たを)り 柴取り敷きて 床じもの うち臥(こ)い伏(ふ)して 思ひつつ 嘆き伏せらく 国に在(あ)らば 父とり見まし 家にあらば 母とり見まし 世間(よのなか)は 如(かく)のみならし 犬じもの 道に臥(ふ)してや 命(いのち)過ぎなむ (一云(あるひはいは)く、 我が世過ぎなむ)
私訳 輝く日の射す奈良の京に上るとして、十分に乳をくれた実母の手を離れ、日頃は知らない他国の奥深い多くの山々を越えて街道を過ぎ行くと、何時にかは奈良の京を見たいと願って友と語らっていたけれど、そんな自分の体がひどく疲労しているので、立派な鉾を立てる官の道の曲がり角に、草を手折り、柴枝を折り取って敷いて、寝床として身を横たえ伏して、色々と物思いに嘆き横たわっていると、故郷でしたら父が看取ってくれるでしょう、家でしたら母が看取ってくれるでしょう。人の世の中はこのようなものでしょうか、犬のように道に倒れ伏して死んで逝くのでしょうか。(あるいは云く、私のこの世は過ぎていく)

集歌八八七 
原文 多良知子能 波々何目美受提 意保々斯久 伊豆知武伎提可 阿我和可留良武
訓読 たらちしの母が目見ずて鬱(おほほ)しく何方(いづち)向きてか吾(あ)が別るらむ
私訳 十分に乳を与えてくれた実の母に直接に逢うことなく、心覚束なくどこへか、私はこの世から別れるのでしょうか。

集歌八八八 
原文 都祢斯良農 道乃長手袁 久礼々々等 伊可尓可由迦牟 可利弖波奈斯尓 (一云 可例比波奈之尓)
訓読 常知らぬ道の長手(ながて)をくれくれと如何(いか)にか行かむ糧(かりて)は無しに (一云(あるいはいは)く、 乾飯(かれひ)は無しに)
私訳 普段には知らないあの世への道の長い道のりをどうぞ見せて下さいと、さて、どのように旅立ちましょう。道中の食糧も無くて。(あるいは云はく、乾飯も無いのに)

集歌八八九 
原文 家尓阿利弖 波々何刀利美婆 奈具佐牟流 許々呂波阿良麻志 斯奈婆斯農等母 (一云 能知波志奴等母)
訓読 家にありて母がとり見ば慰(なぐさ)むる心はあらまし死なば死ぬとも (一云(あるいはいは)く、 後は死ぬとも)
私訳 家に居たならば母が看取ってくれるのでしたら、慰められる気持ちが湧くでしょう、死ぬ運命として死んで行くとしても。(あるいは云はく、後に死ぬとしても)

集歌八九〇 
原文 出弖由伎斯 日乎可俗閇都々 家布々々等 阿袁麻多周良武 知々波々良波母 (一云 波々我迦奈斯佐)
訓読 出(い)でて行(ゆ)きし日を数へつつ今日(けふ)今日と吾(あ)を待たすらむ父母らはも(一云(あるいはいは)く、母が悲しさ)
私訳 家から旅立って行った日々を数えながら、今日か今日かと私を待っているでしょう、父や母達は。(あるいは云はく、母親の悲しさ)

集歌八九一 
原文 一世尓波 二遍美延農 知々波々袁 意伎弖夜奈何久 阿我和加礼南 (一云 相別南)
訓読 一世(ひとよ)には二遍(ふたたび)見えぬ父母を置きてや長く吾(あ)が別れなむ (一云(あるひはいは)く、 相別れなむ)
私訳 一度の人の世では再び逢うことの出来ない二親の父と母をこの世に残して、永遠に私はこの世から別れるのです。(あるいは云はく、互いに別れるのです)

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後撰和歌集(原文推定、翻文、解釈付)巻十二(その二)

2020年08月30日 | 後撰和歌集 原文推定
後撰和歌集(原文推定、翻文、解釈付)
巻十二(その二)

歌番号八五五
満多安者寸者部利个留於无奈乃毛止尓志奴部之止以部利
个礼者可部之己止尓者也志祢可之止以部利个
連者満多川可者之个留
満多安者寸侍个留女乃毛止尓志奴部之止以部利
个礼者返事尓者也志祢可之止以部利个
連者又川可者之个留
まだ逢はず侍りける女のもとに、死ぬべしと言へり
ければ、返事に、早死ねかしと言へりけ
れば、又つかはしける

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 於奈之久者幾美止奈良比乃以个尓己曽三遠奈个川止毛飛止尓幾可世免
定家 於奈之久者君止奈良比乃池尓己曽身遠奈个川止毛人尓幾可世免
和歌 おなしくは きみとならひの いけにこそ みをなけつとも ひとにきかせめ
解釈 同じくは君と並びの池にこそ身を投げつとも人に聞かせめ

歌番号八五六
於无奈尓徒可者之遣留
女尓徒可者之遣留
女につかはしける

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 加計呂不乃本乃女幾川礼者由不久礼乃由女可止乃美曽三遠多止利川留
定家 加計呂不乃本乃女幾川礼者由不久礼乃夢可止乃美曽身遠多止利川留
和歌 かけろふの ほのめきつれは ゆふくれの ゆめかとのみそ みをたとりつる
解釈 かげろふのほのめきつれば夕暮れの夢かとのみぞ身をたどりつる

歌番号八五七
可部之 
返之 
返し

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 保乃三天毛女奈礼尓遣利止幾久可良尓布之加部利己曽之奈万本之个礼
定家 保乃見天毛女奈礼尓遣利止幾久可良尓布之加部利己曽之奈万本之个礼
和歌 ほのみても めなれにけりと きくからに ふしかへりこそ しなまほしけれ
解釈 ほの見ても目馴れにけりと聞くからに臥し返りこそ死なまほしけれ

歌番号八五八
世宇曽己志波/\徒可者之遣留遠知々波々者部利天
勢以之者部利个礼者衣安比者部良天
世宇曽己志波/\徒可者之遣留遠知々波々侍天
勢以之侍个礼者衣安比侍良天
消息しばしばつかはしけるを、父母侍りて
制し侍りければ、え逢ひはべらで

美奈毛堂乃与之乃々安曾无
源与之乃朝臣
源よしの朝臣(源善)

原文 安不美天不加多乃志留部毛盈天之加奈三留女奈幾己止由幾天宇良美无
定家 安不美天不方乃志留部毛盈天之哉見留女奈幾己止由幾天宇良美无
和歌 あふみてふ かたのしるへも えてしかな みるめなきこと ゆきてうらみむ
解釈 近江てふ方のしるべも得てしがなみるめなきこと行きて恨みん

歌番号八五九
可部之 
返之 
返し

者留寸美乃与之多々乃安曾无乃无寸女
春澄善縄朝臣女
春澄善縄朝臣女

原文 安不左可乃世幾止毛良留々和礼奈礼者安不美天不良无加多毛之良礼寸
定家 相坂乃関止毛良留々我奈礼者近江天不良无方毛之良礼寸
和歌 あふさかの せきともらるる われなれは あふみてふらむ かたもしられす
解釈 相坂の関と守らるる我なれば近江てふらん方も知られず

歌番号八六〇
无寸女乃毛止尓川可八之个留
女乃毛止尓川可八之个留
女のもとにつかはしける

与之乃安曾无
与之乃朝臣
よしの朝臣(源善)

原文 安之比幾乃也万志多美川乃己可久礼天多幾川己々呂遠世幾曽加祢川留
定家 葦引乃山志多水乃己可久礼天多幾川心遠世幾曽加祢川留
和歌 あしひきの やましたみつの こかくれて たきつこころを せきそかねつる
解釈 あしひきの山下水の木隠れてたぎつ心をせきぞかねつる

歌番号八六一
可部之 
返之 
返し

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 己加久礼天太幾川也万美川以川礼可者女尓之毛三由留遠止尓己曽幾計
定家 己加久礼天太幾川山水以川礼可者女尓之毛見由留遠止尓己曽幾計
和歌 こかくれて たきつやまみつ いつれかは めにしもみゆる おとにこそきけ
解釈 木隠れてたぎつ山水いづれかは目にしも見ゆる音にこそ聞け

歌番号八六二
飛止乃毛止与利加部利天川可者之个留
人乃毛止与利加部利天川可者之个留
人のもとより帰りてつかはしける

従良由幾 
つらゆき 
貫之(紀貫之)

原文 安加川幾乃奈可良満之可者之良川由乃越幾天和比之幾王加礼世万之也
定家 暁乃奈可良満之可者白露乃越幾天和比之幾別世万之也
和歌 あかつきの なからましかは しらつゆの おきてわひしき わかれせましや
解釈 暁のなからましかば白露の置きてわびしき別れせましや

歌番号八六三
可部之 
返之 
返し

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 越幾天由久飛止乃己々呂遠志良川由乃王礼己曽万徒八於毛比幾衣奴礼
定家 越幾天行人乃心遠志良川由乃我己曽万徒八思幾衣奴礼
和歌 おきてゆく ひとのこころを しらつゆの われこそまつは おもひきえぬれ
解釈 起きて行く人の心を白露の我こそまづは思ひ消えぬれ

歌番号八六四
於无奈乃毛止尓於止己加久志川々与遠也川久左武
堂可佐己乃止以不己止遠以比川可者之多利个礼八
女乃毛止尓於止己加久志川々世遠也川久左武
堂可佐己乃止以不事遠以比川可者之多利个礼八
女のもとに、男、かくしつつ世をやつくさむ
高砂のといふ事を言ひつかはしたりければ

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 堂可佐己乃万川止以飛川々止之遠部天加者良奴以呂止幾加者多乃万武
定家 高砂乃松止以飛川々年遠部天加者良奴色止幾加者多乃万武
和歌 たかさこの まつといひつつ としをへて かはらぬいろと きかはたのまむ
解釈 高砂の松と言ひつつ年を経て変らぬ色と聞かば頼まむ

歌番号八六五
飛止乃武春女乃毛止尓志乃比川々加与比者部利个留遠
於也幾々川个天以止以多久以比个礼者加部利天
徒可者之遣留
人乃武春女乃毛止尓志乃比川々加与比侍个留遠
於也幾々川个天以止以多久以比个礼者加部利天
徒可者之遣留
人の女のもとに忍びつつ通ひ侍りけるを、
親聞きつけて、いといたく言ひければ帰りて
つかはしける

従良由幾 
つらゆき 
貫之(紀貫之)

原文 加世遠以多美久由留个无利乃多知以天々毛奈保己利寸万乃宇良曽己日之幾
定家 風遠以多美久由留煙乃多知以天々毛猶己利寸万乃宇良曽己日之幾
和歌 かせをいたみ くゆるけふりの たちいてても なほこりすまの うらそこひしき
解釈 風をいたみくゆる煙の立ち出でてもなほこりずまの浦ぞ恋しき

歌番号八六六
者之女天於无奈能毛止尓川可八之个留
者之女天女能毛止尓川可八之个留
初めて女のもとにつかはしける

与美比止之良寸
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 伊者祢止毛和可々幾利奈幾己々呂遠者久毛為尓止遠幾飛止毛志良奈无
定家 伊者祢止毛和可限奈幾心遠者雲為尓止遠幾人毛志良南
和歌 いはねとも わかかきりなき こころをは くもゐにとほき ひともしらなむ
解釈 言はねども我が限りなき心をば雲居に遠き人も知らなん

歌番号八六七
堂以之良春 
題しらす 
題知らす

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 幾美可祢尓久良不乃也万乃保止々幾寸以川礼安多奈留己恵万左留良无
定家 君可祢尓久良不乃山乃郭公以川礼安多奈留己恵万左留良无
和歌 きみかねに くらふのやまの ほとときす いつれあたなる こゑまさるらむ
解釈 君が音に暗部の山の郭公いづれあだなる声まさるらん

歌番号八六八
世宇曽己加与者之遣留於无奈遠呂加奈留左万尓
三衣者部利个礼者
世宇曽己加与者之遣留女遠呂加奈留左万尓
見衣侍个礼者
消息通はしける女、おろかなるさまに
見え侍りければ

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 己飛天奴留由女知尓加与不堂万之比乃奈留々加比奈久宇止幾々美可奈
定家 己飛天奴留夢地尓加与不堂万之比乃奈留々加比奈久宇止幾々美哉
和歌 こひてぬる ゆめちにかよふ たましひの なるるかひなく うとききみかな
解釈 恋ひて寝る夢路に通ふたましひの馴るるかひなくうとき君かな

歌番号八六九
於无奈尓徒可者之遣流
女尓徒可者之遣流
女につかはしける

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 加々利比尓安良奴於毛比乃以可奈礼者奈美多乃加者尓宇幾天毛由良无
定家 加々利火尓安良奴於毛比乃以可奈礼者涙乃河尓宇幾天毛由良无
和歌 かかりひに あらぬおもひの いかなれは なみたのかはに うきてもゆらむ
解釈 篝火にあらぬ思ひのいかなれば涙の河に浮きて燃ゆらん

歌番号八七〇
飛止乃毛止尓満可利天安之多尓川可者之个留
人乃毛止尓満可利天安之多尓川可者之个留
人のもとにまかりて朝につかはしける

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 満知久良春比者寸可乃祢尓於毛本衣天安不与之毛奈止多万乃遠奈良无
定家 満知久良春日者寸可乃祢尓於毛本衣天安不与之毛奈止多万乃遠奈良无
和歌 まちくらす ひはすかのねに おもほえて あふよしもなと たまのをならむ
解釈 待ち暮らす日は菅の根に思ほえて逢ふよしもなど玉の緒ならん

歌番号八七一
於保衣乃知左止満可利加与比个留於无奈遠於毛比
加礼可多尓奈利天止遠幾止己呂尓万可利多利止以者世天
飛左之宇万可良寸奈利尓个利己乃於无奈於毛比和比天
祢多留与乃由女尓満宇天幾多利止三衣个礼者
宇多可比尓川可者之个留
大江千里満可利加与比个留女遠於毛比
加礼可多尓奈利天止遠幾所尓万可利多利止以者世天
飛左之宇万可良寸奈利尓个利己乃女思和比天
祢多留夜乃夢尓満宇天幾多利止見衣个礼者
宇多可比尓川可者之个留
大江千里、まかり通ひける女を思ひ
かれがたになりて、遠き所にまかりにたりと言はせて、
久しうまからずなりにけり。この女思ひわびて
寝たる夜の夢に、まうで来たりと見えければ、
疑ひにつかはしける

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 波可奈可留由女乃志留之尓者可良礼天宇川々尓万久留三止也奈利奈无
定家 波可奈可留夢乃志留之尓者可良礼天宇川々尓万久留身止也奈利奈无
和歌 はかなかる ゆめのしるしに はかられて うつつにまくる みとやなりなむ
解釈 はかなかる夢のしるしにはかられてうつつに負くる身とやなりなん

歌番号八七二
加久天徒可者之多利个礼者知左止三者部利天
奈遠左里尓満己止仁遠止々比奈无加部里末宇天己之可止
己々知乃奈也万之久天奈无安利川留止者可利以比遠久里天
侍个礼者加左祢天徒可者之个留
加久天徒可者之多利个礼者千里見侍天
奈遠左里尓満己止仁遠止々比奈无加部里末宇天己之可止
心地乃奈也万之久天奈无安利川留止許以比遠久里天
者部利个礼者加左祢天徒可者之个留
かくてつかはしたりければ、千里見侍りて
なほざりに、まことに一昨日なん帰りまうで来しかど、
心地の悩ましくてなんありつるとばかり言ひ送りて
侍りければ、重ねてつかはしける

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 於毛比祢乃由女止以比天毛也美奈末之奈加/\奈尓々安利止志利个无
定家 思祢乃夢止以比天毛也美奈末之中/\奈尓々有止志利个无
和歌 おもひねの ゆめといひても やみなまし なかなかなにに ありとしりけむ
解釈 思ひ寝の夢と言ひてもやみなましなかなか何に有りと知りけん

歌番号八七三
也万止乃加美尓者部利个留止幾加乃久尓乃寸个布知八良乃幾与比天可
武寸女遠武可部武止知幾利天於本也計己止尓与利天
安可良佐万尓美也己尓乃本利多利个留本止尓
己乃武須免志无衣无保宇之尓武可部良礼天万可利尓个礼八
久尓々加部利天多川祢天徒可者之遣留
也万止乃加美尓侍个留時加乃久尓乃介藤原清秀可
武寸女遠武可部武止知幾利天於本也計己止尓与利天
安可良佐万尓京尓乃本利多利个留本止尓
己乃武須免真延法師尓武可部良礼天万可利尓个礼八
久尓々加部利天多川祢天徒可者之遣留
大和守に侍りける時、かの国の介藤原清秀が
女を迎へむと契りて、公事によりて
あからさまに京に上りたりけるほどに、
この女、真延法師に迎へられてまかりにければ、
国に帰りて尋ねてつかはしける

多々不左乃安曾无
忠房朝臣
忠房朝臣(藤原忠房)

原文 以徒之可乃祢尓奈幾加部利己之可止毛能部能安左地者以呂川幾尓个利
定家 以徒之可乃祢尓奈幾加部利己之可止毛能部能安左地者色川幾尓个利
和歌 いつしかの ねになきかへり こしかとも のへのあさちは いろつきにけり
解釈 いつしかの音に泣きかへり来しかども野辺の浅茅は色づきにけり

歌番号八七四
世宇曽己徒加者之遣留武寸女乃加部之己止尓万女也可尓
之毛安良之奈止以比天者部利个礼者
世宇曽己徒加者之遣留女乃返事尓万女也可尓
之毛安良之奈止以比天侍个礼者
消息つかはしける女の返事に、まめやかに
しもあらじなど言ひて侍りければ

多々不左乃安曾无
忠房朝臣
忠房朝臣(藤原忠房)

原文 飛幾万由乃加久布多己毛利世万本之美久波己幾多礼天奈久遠三世者也
定家 飛幾万由乃加久布多己毛利世万本之美久波己幾多礼天奈久遠見世者也
和歌 ひきまゆの かくふたこもり せまほしみ くはこきたれて なくをみせはや
解釈 ひきまゆのかくふた籠りせまほしみ桑こきたれて泣くを見せばや

歌番号八七五
安留飛止乃武寸女安万多安利个留遠安祢与利波之女天
以比者部利个礼止幾可佐利个礼者美川尓安多留
武寸女尓川可者之个留
安留人乃武寸女安万多安利个留遠安祢与利波之女天
以比侍个礼止幾可佐利个礼者三尓安多留
女尓川可者之个留
ある人の女あまたありけるを姉よりはじめて
言ひ侍りけれど聞かざりければ、三にあたる
女につかはしける

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 世幾也万乃美祢乃寸幾武良寸幾由个止安不美者奈保曽者留个可利个留
定家 関山乃峯乃寸幾武良寸幾由个止近江者猶曽者留个可利个留
和歌 せきやまの みねのすきむら すきゆけと あふみはなほそ はるけかりける
解釈 関山の峯の杉村過ぎ行けど近江はなほぞはるけかりける

歌番号八七六
安佐多々乃安曾无飛佐之宇遠止毛世天布美遠己世天
者部利个礼者
安佐多々乃朝臣飛佐之宇遠止毛世天布美遠己世天
侍个礼者
朝忠朝臣久しう音もせで文おこせて
侍りければ

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 於毛比以天々遠止川礼之个留也万比己乃己多部尓己利奴己々呂奈尓奈利
定家 思以天々遠止川礼之个留山比己乃己多部尓己利奴心奈尓也
和歌 おもひいてて おとつれしける やまひこの こたへにこりぬ こころなになり
解釈 思ひ出でて訪れしける山彦の答へに懲りぬ心なになり

歌番号八七七
以止志乃比天万可利安利幾天
以止志乃比天万可利安利幾天
いと忍びてまかり歩きて

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 満止呂万奴毛乃可良宇多天志可寸可尓宇川々尓毛安良奴己々知乃美春留
定家 満止呂万奴物可良宇多天志可寸可尓宇川々尓毛安良奴心地乃美春留
和歌 まとろまぬ ものからうたて しかすかに うつつにもあらぬ ここちのみする
解釈 まどろまぬものからうたてしかすがにうつつにもあらぬ心地のみする

歌番号八七八
可部之 
返之 
返し

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 宇川々尓毛安良奴己々呂者由女奈礼也三天毛者可奈幾毛乃遠於毛部者
定家 宇川々尓毛安良奴心者夢奈礼也見天毛者可奈幾物遠思部者
和歌 うつつにも あらぬこころは ゆめなれや みてもはかなき ものをおもへは
解釈 うつつにもあらぬ心は夢なれや見てもはかなき物を思へば

歌番号八七九
宇徒万左和多利尓多以布可者部利个留尓徒可者之个留
宇徒万左和多利尓大輔可侍个留尓徒可者之个留
太秦わたりに大輔が侍りけるにつかはしける

遠乃々美知加世乃安曾无
小野道風朝臣
小野道風朝臣

原文 加幾利奈久於毛日以利衣乃止毛尓乃三尓之乃也万部遠奈可女也留加奈
定家 限奈久思日以利衣乃止毛尓乃三西乃山部遠奈可女也留哉
和歌 かきりなく おもひいりひの ともにのみ にしのやまへを なかめやるかな
解釈 限りなく思ひ入り日のともにのみ西の山辺をながめやるかな

歌番号八八〇
於无奈以川乃美己尓
女五乃美己尓
女五の内親王に

多々不左乃安曾无
忠房朝臣
忠房朝臣(藤原忠房)

原文 幾美可奈乃多川尓止可奈幾三奈利世者於本与曽飛止尓奈之天三万之也
定家 君可奈乃立尓止可奈幾身奈利世者於本与曽人尓奈之天見万之也
和歌 きみかなの たつにとかなき みなりせは おほよそひとに なしてみましや
解釈 君が名の立つにとがなき身なりせばおほよそ人になして見ましや

歌番号八八一
可部之 
返之 
返し

於无奈以川乃美己
女五乃美己
女五のみこ(女五内親王)

原文 堂衣奴留止三礼者安比奴留之良久毛乃以止於本与曽尓於毛者春毛可奈
定家 堂衣奴留止見礼者安比奴留白雲乃以止於本与曽尓於毛者春毛哉
和歌 たえぬると みれはあひぬる しらくもの いとおほよそに おもはすもかな
解釈 絶えぬると見れば逢ひぬる白雲のいとおほよそに思はずもがな

歌番号八八二
美久之个止乃尓者之女天川可八之个留
美久之个止乃尓者之女天川可八之个留
御匣殿にはじめてつかはしける

安徒多々乃安曾无
安徒多々乃朝臣
あつたたの朝臣(藤原敦忠)

原文 遣不曽部尓久礼佐良免也者止於毛部止毛堂部奴者飛止乃己々呂奈利个利
定家 遣不曽部尓久礼佐良免也者止於毛部止毛堂部奴者人乃心奈利个利
和歌 けふそへに くれさらめやはと おもへとも たへぬはひとの こころなりけり
解釈 今日そゑに暮れざらめやはと思へども耐へぬは人の心なりけり

歌番号八八三
美知加世志乃比天万宇天幾个留尓於也幾々川个天
世以之个礼者川可者之个留
道風志乃比天万宇天幾个留尓於也幾々川个天
世以之个礼者川可者之个留
道風忍びてまうで来けるに、親聞きつけて
制しければつかはしける

多以布
大輔
大輔

原文 伊止可久天也美奴留与利者以奈川万乃比可利乃万尓毛幾美遠三天之可
定家 伊止可久天也美奴留与利者以奈川万乃比可利乃万尓毛君遠見天之可
和歌 いとかくて やみぬるよりは いなつまの ひかりのまにも きみをみてしか
解釈 いとかくてやみぬるよりは稲妻の光の間にも君を見てしが

歌番号八八四
多以布可毛止尓満宇天幾多利个留尓者部良左利
遣礼者加部利天又満多安之多尓川可者之个留
大輔可毛止尓満宇天幾多利个留尓侍良左利
遣礼者加部利天又乃安之多尓川可者之个留
大輔かもとにまうで来たりけるにはべらざり
ければ、帰りて又の朝につかはしける

安佐多々乃安曾无
朝忠朝臣
朝忠朝臣(藤原朝忠)

原文 以堂川良尓多知加部利尓之々良奈美乃奈己利尓曽天乃比留止幾毛奈之
定家 以堂川良尓立帰尓之白浪乃奈己利尓袖乃比留時毛奈之
和歌 いたつらに たちかへりにし しらなみの なこりにそての ひるときもなし
解釈 いたづらに立ち帰りにし白浪のなごりに袖の干る時もなし

歌番号八八五
可部之 
返之 
返し

多以布
大輔
大輔

原文 何尓可者曽天乃奴留良无之良奈美乃奈己利安利計毛三衣奴己々呂遠
定家 何尓可者袖乃奴留良无白浪乃奈己利有計毛見衣奴心遠
和歌 なににかは そてのぬるらむ しらなみの なこりありけも みえぬこころを
解釈 何にかは袖の濡るらん白浪のなごり有りげも見えぬ心を

歌番号八八六
与之布留乃安曾无尓佐良尓安者之止知可己止遠志天
満多乃安之多尓川可者之个留
与之布留乃朝臣尓佐良尓安者之止知可己止遠志天
又乃安之多尓川可者之个留
好古朝臣、さらに逢はじと誓言をして、
又の朝につかはしける

久良乃奈以之
蔵内侍
蔵内侍

原文 知可比天毛奈保於毛不尓者万計尓个利多可多女於之幾以乃知奈良祢八
定家 知可比天毛猶思不尓者万計尓个利多可多女於之幾以乃知奈良祢八
和歌 ちかひても なほおもふには まけにけり たかためをしき いのちならねは
解釈 誓ひてもなほ思ふには負けにけり誰がため惜しき命ならねば

歌番号八八七
之乃比天満可利遣礼止安者左利个礼者
之乃比天満可利遣礼止安者左利个礼者
忍びてまかりけれど、逢はざりければ

美知加世
道風
道風(小野道風)

原文 奈尓者女尓美川止者奈之尓安之乃祢乃与乃美之可久天安久留和比之左
定家 奈尓者女尓美川止者奈之尓安之乃祢乃与乃美之可久天安久留和比之左
和歌 なにはめに みつとはなしに あしのねの よのみしかくて あくるわひしさ
解釈 難波女に見つとはなしに葦の根の夜の短くて明くるわびしさ

歌番号八八八
毛乃以者武止天満可利多利个礼止佐幾多知天
武祢毛知可者部利个礼者波也加部利祢止以飛
以多之天者部利个礼者
物以者武止天満可利多利个礼止佐幾多知天
武祢毛知可侍个礼者波也加部利祢止以飛
以多之天侍个礼者
物言はむとてまかりたりけれど、先立ちて
むね棟用が侍りければ、早帰りねと言ひ
出だして侍りければ

美知加世
道風
道風(小野道風)

原文 加部留部幾加多毛於保衣寸奈美多加者以川礼可和多留安左世奈留良无
定家 加部留部幾方毛於保衣寸涙河以川礼可和多留安左世奈留良无
和歌 かへるへき かたもおほえす なみたかは いつれかわたる あさせなるらむ
解釈 帰るべき方もおぼえず涙河いづれか渡る浅瀬なるらん

歌番号八八九
可部之 
返之 
返し

多以布
大輔
大輔

原文 奈美多加者以可奈留世与利加部利个无三奈留々美於毛安也之加利之遠
定家 涙河以可奈留世与利加部利个无見奈留々美於毛安也之加利之遠
和歌 なみたかは いかなるせより かへりけむ みなるるみをも あやしかりしを
解釈 涙河いかなる瀬より帰りけん見なるる水脈もあやしかりしを

歌番号八九〇
多以布可毛止尓川可者之个留
大輔可毛止尓川可者之个留
大輔かもとにつかはしける

安徒多々乃安曾无
敦忠朝臣
敦忠朝臣(藤原敦忠)

原文 以个美川乃以比以川留己止乃加多个礼者美己毛利奈可良止之曽部尓个留
定家 池水乃以比以川留事乃加多个礼者美己毛利奈可良年曽部尓个留
和歌 いけみつの いひいつることの かたけれは みこもりなから としそへにける
解釈 池水の言ひ出づる事のかたければみごもりながら年ぞ経にける
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後撰和歌集(原文推定、翻文、解釈付)巻十二(その一)

2020年08月30日 | 後撰和歌集 原文推定
後撰和歌集(原文推定、翻文、解釈付)
止遠末利布多末幾仁安多留未幾
巻十二

己比乃宇多与川
恋歌四

歌番号七九五
於无奈尓徒可者之遣流
女尓徒可者之遣流
女につかはしける

止之由幾乃安曾无
敏行朝臣
敏行朝臣(藤原敏行)

原文 和可己飛乃加春遠加曽部者安万乃者良久毛利布多可利布留安女乃己止
定家 和可恋乃加春遠加曽部者安万乃原久毛利布多可利布留雨乃己止
和歌 わかこひの かすをかそへは あまのはら くもりふたかり ふるあめのこと
解釈 我が恋の数を数へば天の原曇りふたがり降る雨のごと

歌番号七九六
和春礼尓个留於无奈遠於毛比以天々徒可者之个留
和春礼尓个留女遠思以天々徒可者之个留
忘れにける女を思ひ出でてつかはしける

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 宇知加部之三満久曽保之幾布留左止乃也万止奈天之己以呂也加者礼留
定家 打返之見満久曽保之幾故郷乃也万止奈天之己色也加者礼留
和歌 うちかへし みまくそほしき ふるさとの やまとなてしこ いろやかはれる
解釈 うち返し見まくぞほしき故郷の大和撫子色や変れる

歌番号七九七
於无奈尓徒可者之个留
女尓徒可者之个留
女につかはしける

飛和の飛多利乃於保伊萬宇智岐美
批杷左大臣
枇杷左大臣

原文 也万飛己乃己恵尓太々天毛止之者部奴和可毛乃於毛比遠志良奴飛止幾計
定家 山飛己乃己恵尓太々天毛年者部奴和可物思遠志良奴人幾計
和歌 やまひこの こゑにたてても としはへぬ わかものおもひを しらぬひときけ
解釈 山彦の声に立たでも年は経ぬ我が物思ひを知らぬ人聞け

歌番号七九八
三与利安満礼留飛止遠於毛比可个天徒可者之个留
身与利安満礼留人遠思可个天徒可者之个留
身より余れる人を思ひかけてつかはしける

幾乃止毛乃利
紀友則
紀友則

原文 堂満毛可留安万尓者安良祢止和多川美乃曽己為毛志良寸以留己々呂可奈
定家 玉毛可留安万尓者安良祢止和多川美乃曽己為毛志良寸以留心哉
和歌 たまもかる あまにはあらねと わたつみの そこひもしらす いるこころかな
解釈 玉藻刈る海人にはあらねどわたつみの底ひも知らず人心かな

歌番号七九九
加部之己止毛者部良左利个礼者万多加左祢天川加者之个留
返己止毛侍良左利个礼者又加左祢天川加者之个留
返事もはべらざりければ、又かさねてつかはしける

幾乃止毛乃利
紀友則
紀友則

原文 三累毛奈久女毛奈幾宇美乃以曽尓以天々加部留/\毛宇良三川留加奈
定家 見累毛奈久女毛奈幾海乃以曽尓以天々加部留/\毛怨川留哉
和歌 みるもなく めもなきうみの いそにいてて かへるかへるも うらみつるかな
解釈 海松もなく海布もなき海の磯に出でて帰る帰るも恨みつるかな

歌番号八〇〇
安多尓三衣者部利个留於止己尓
安多尓見衣侍个留於止己尓
あだに見え侍ける男に

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 己利寸万乃宇良乃之良奈美堂知以天々与留本止毛奈久加部留者可利可
定家 己利寸万乃浦乃白浪立以天々留本止毛奈久加部留許可
和歌 こりすまの うらのしらなみ たちいてて よるほともなく かへるはかりか
解釈 こりずまの浦の白浪立出でて寄るほどもなく帰るばかりか

歌番号八〇一
安比之利天者部利个留飛止乃安不美乃加多部万可利个礼八
安比之利天侍个留人乃安不美乃方部万可利个礼八
逢ひ知りて侍りける人の近江の方へまかりければ

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 世幾己盈天安者川乃毛利乃安者寸止毛志美川尓三衣之加計遠和寸留奈
定家 関己盈天安者川乃毛利乃安者寸止毛志水尓見衣之加計遠和寸留奈
和歌 せきこえて あはつのもりの あはすとも しみつにみえし かけをわするな
解釈 関越えて粟津の森の逢はずとも清水に見えし影を忘るな

歌番号八〇二
可部之 
返之 
返し

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 知可遣礼者奈尓可者志留之安不左可乃世幾乃保加曽止於毛比多衣奈无
定家 知可遣礼者何可者志留之相坂乃関乃外曽止思多衣奈无
和歌 ちかけれは なにかはしるし あふさかの せきのほかそと おもひたえなむ
解釈 近ければ何かはしるし相坂の関の外ぞと思ひ絶えなん

歌番号八〇三
徒良久奈利尓个留於止己乃毛止尓以末者止天
左宇曽久奈止可部之川可者寸止天
徒良久奈利尓个留於止己乃毛止尓今者止天
左宇曽久奈止返之川可者寸止天
つらくなりにける男のもとに、今はとて
装束など返しつかはすとて

多比良奈可幾可武春女
平奈可幾可武春女
平なかきかむすめ(平中興女)

原文 以末者止天己寸恵尓加々留宇川世美乃加良遠三武止者於毛者左利之遠
定家 今者止天己寸恵尓加々留空蝉乃加良遠見武止者思者左利之遠
和歌 いまはとて こすゑにかかる うつせみの からをみむとは おもはさりしを
解釈 今はとて梢にかかる空蝉の殻を見むとは思はざりしを

歌番号八〇四
可部之 
返之 
返し

美奈毛堂乃武祢左祢
源巨城
源巨城

原文 和寸良累々三遠宇川世美乃加良己呂毛可部寸者川良幾己々呂奈利个利
定家 和寸良累々身遠宇川世美乃唐衣返寸者川良幾心奈利个利
和歌 わすらるる みをうつせみの からころも かへすはつらき こころなりけり
解釈 忘らるる身を空蝉の唐衣返すはつらき心なりけり

歌番号八〇五
毛乃以比个留於无奈乃加々美遠可利天加部寸止天
物以比个留女乃加々美遠可利天加部寸止天
物言ひける女の鏡をかりて返すとて

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 加个尓堂尓三衣毛也寸留止堂乃美川留加比奈久己日遠万寸加々美加奈
定家 影尓堂尓見衣毛也寸留止堂乃美川留加比奈久己日遠万寸鏡哉
和歌 かけにたに みえもやすると たのみつる かひなくこひを ますかかみかな
解釈 影にだに見えもやすると頼みつるかひなく恋をます鏡かな

歌番号八〇六
於止己乃毛乃奈止以比川可者之个留於无奈乃為奈可乃以部尓
満可利天多々幾个礼止毛幾々川个寸也安利个无
加止毛安个寸奈利尓个礼者多乃本止利尓加部留乃
奈幾个留遠幾々天
於止己乃物奈止以比川可者之个留女乃為奈可乃家尓
満可利天多々幾个礼止毛幾々川个寸也安利个无
加止毛安个寸奈利尓个礼者田乃本止利尓加部留乃
奈幾个留遠幾々天
男の、物など言ひつかはしける女の田舎の家に
まかりて叩きけれども、聞きつけずやありけん、
門も開けずなりにければ、田のほとりに蛙の
鳴きけるを聞きて

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 安之比幾乃也万多乃曽本川宇知和比天飛止利加部留乃祢遠曽奈幾奴留
定家 葦引乃山田乃曽本川宇知和比天飛止利加部留乃祢遠曽奈幾奴留
和歌 あしひきの やまたのそほつ うちわひて ひとりかへるの ねをそなきぬる
解釈 あしひきの山田のそほづうちわびて一人蛙の音をぞ泣きぬる

歌番号八〇七
布美徒可者之个留於无奈乃波々乃己比遠之己日
止以部利个留可止之己呂部尓个礼者川可者之个留
布美徒可者之个留女乃波々乃己比遠之己日
止以部利个留可年己呂部尓个礼者川可者之个留
文つかはしける女の母の、恋をし恋ひば
と言へりけるが、年ごろ経にければつかはしける

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 堂祢者安礼止安不己止加多幾以者乃宇部乃万川尓天止之遠不留者可比奈之
定家 堂祢者安礼止逢事加多幾以者乃宇部乃松尓天年遠不留者可比奈之
和歌 たねはあれと あふことかたき いはのうへの まつにてとしを ふるはかひなし
解釈 種はあれど逢ふ事かたき岩の上の松にて年を経るはかひなし

歌番号八〇八
於无奈尓川可者之遣留
女尓川可者之遣留
女につかはしける

於久留於保萬豆利古止乃於保萬豆岐美
贈太政大臣
贈太政大臣

原文 飛多寸良尓以止比者天奴留毛乃奈良者与之乃々也万尓由久恵之良礼之
定家 飛多寸良尓以止比者天奴留物奈良者与之乃々山尓由久恵之良礼之
和歌 ひたすらに いとひはてぬる ものならは よしののやまに ゆくへしられし
解釈 ひたすらに厭ひはてぬる物ならば吉野の山に行方知られじ

歌番号八〇九
可部之 
返之 
返し

以世 
伊勢 
伊勢

原文 和可也止々堂乃武与之乃尓幾美之以良波於奈之加左之遠佐之己曽八世女
定家 和可也止々堂乃武吉野尓君之以良波於奈之加左之遠佐之己曽八世女
和歌 わかやとと たのむよしのに きみしいらは おなしかさしを さしこそはせめ
解釈 我が宿と頼む吉野に君し入らばおなじかざしを挿しこそはせめ

歌番号八一〇
堂以之良寸 
題しらす 
題知らす

与美飛止毛
与美人毛
よみ人も

原文 久礼奈為尓曽天遠乃美己曽々女天个礼幾美遠宇良武留奈美多加々利天
定家 紅尓袖遠乃美己曽染天个礼君遠宇良武留涙加々利天
和歌 くれなゐに そてをのみこそ そめてけれ きみをうらむる なみたかかりて
解釈 紅に袖をのみこそ染めてけれ君を恨むる涙かかりて

歌番号八一一
徒礼奈久三衣个留飛止尓徒可者之个留
徒礼奈久見衣个留人尓徒可者之个留
つれなく見えける人につかはしける

与美飛止毛
与美人毛
よみ人も

原文 久礼奈為尓奈美多宇川留止幾々之遠者奈止以川者利止和可於毛比个无
定家 紅尓涙宇川留止幾々之遠者奈止以川者利止和可思个无
和歌 くれなゐに なみたうつると ききしをは なといつはりと わかおもひけむ
解釈 紅に涙うつると聞きしをばなどいつはりと我が思ひけん

歌番号八一二
可部之 
返之 
返し

与美飛止毛
与美人毛
よみ人も

原文 久礼奈為尓奈美多之己久者美止利奈留曽天毛毛美知止三衣万之毛乃遠
定家 久礼奈為尓涙之己久者緑奈留袖毛紅葉止見衣万之物遠
和歌 くれなゐに なみたしこくは みとりなる そてももみちと みえましものを
解釈 紅に涙し濃くは緑なる袖も紅葉と見えましものを

歌番号八一三
安飛寸美个留飛止己々呂尓毛安良天和可礼尓个留可
止之川幾遠部天毛安比三武止加幾天者部利个留布三遠
三為天々徒可者之个留
安飛寸美个留人心尓毛安良天和可礼尓个留可
年月遠部天毛安比見武止加幾天侍个留布三遠
見為天々徒可者之个留
あひ住みける人、心にもあらで別れにけるが、
年月を経ても逢ひ見むと書きて侍りける文を
見出でてつかはしける

与美飛止毛
与美人毛
よみ人も

原文 伊尓之部乃々奈加乃志三川三留可良尓佐之久武毛乃者奈美多奈利个利
定家 伊尓之部乃野中乃志水見留可良尓佐之久武物者涙奈利个利
和歌 いにしへの のなかのしみつ みるからに さしくむものは なみたなりけり
解釈 いにしへの野中の清水見るからにさしぐむ物は涙なりけり

歌番号八一四
於毛不己止者部利天於止己乃毛止尓川可者之个留
思事侍天於止己乃毛止尓川可者之个留
思ふ事侍りて男のもとにつかはしける

与美飛止毛
与美人毛
よみ人も

原文 安満久毛乃者留々与毛奈久布留毛乃者曽天乃美奴留々奈美多奈利个利
定家 安満久毛乃者留々与毛奈久布留物者袖乃美奴留々涙奈利个利
和歌 あまくもの はるるよもなく ふるものは そてのみぬるる なみたなりけり
解釈 天雲の晴るるよもなく降る物は袖のみ濡るる涙なりけり

歌番号八一五
加多布多可利止天於止己乃己左利个礼者
方布多可利止天於止己乃己左利个礼者
方塞がりとて男の来ざりければ

与美飛止毛
与美人毛
よみ人も

原文 安不己止乃加多不多可利天幾美己寸者於毛不己々呂乃多可不者可利曽
定家 逢事乃加多不多可利天君己寸者思心乃多可不許曽
和歌 あふことの かたふたかりて きみこすは おもふこころの たかふはかりそ
解釈 逢ふ事の方塞がりて君来ずは思ふ心の違ふばかりぞ

歌番号八一六
安比加多良比个留飛止乃飛佐之宇己佐利个礼者
徒可者之个累
安比加多良比个留人乃飛佐之宇己佐利个礼者
徒可者之个累
あひ語らひける人の久しう来ざりければ
つかはしける

与美飛止毛
与美人毛
よみ人も

原文 止幾者尓止堂乃女之己止者万川本止乃飛佐之可留部幾名尓己曽安利个礼
定家 止幾者尓止堂乃女之事者松本止乃飛佐之可留部幾名尓己曽安利个礼
和歌 ときはにと たのめしことは まつほとの ひさしかるへき なにこそありけれ
解釈 常盤にと頼めし事は待つほどの久しかるべき名にこそありけれ

歌番号八一七
堂以之良春
題しらす
題知らす

与美飛止毛
与美人毛
よみ人も

原文 己佐末左累奈美多乃以呂毛加比曽奈幾三寸部幾飛止乃己乃与奈良祢八
定家 己佐末左累涙乃色毛加比曽奈幾見寸部幾人乃己乃世奈良祢八
和歌 こさまさる なみたのいろも かひそなき みすへきひとの このよならねは
解釈 濃さまさる涙の色もかひぞなき見すべき人のこの世ならねば

歌番号八一八
於无奈乃毛止尓徒可者之个留
女乃毛止尓徒可者之个留
女のもとにつかはしける

与美飛止毛
与美人毛
よみ人も

原文 寸美与之乃幾之尓幾与寸留於幾川奈美万奈久加个天毛於毛本由留加奈
定家 住吉乃岸尓幾与寸留於幾川浪万奈久加个天毛於毛本由留哉
和歌 すみよしの きしにきよする おきつなみ まなくかけても おもほゆるかな
解釈 住吉の岸に来寄よする沖つ浪間なくかけても思ほゆるかな

歌番号八一九
可部之 
返之 
返し

以世 
伊勢 
伊勢

原文 春美乃恵乃女尓知可々良八幾之尓為天奈美乃加寸遠毛与武部幾毛乃遠
定家 春美乃江乃女尓知可々良八岸尓為天浪乃加寸遠毛与武部幾物遠
和歌 すみのえの めにちかからは きしにゐて なみのかすをも よむへきものを
解釈 住の江の目に近からば岸にゐて浪の数をもよむべきものを

歌番号八二〇
徒良可利个留飛止乃毛止尓川可者之个留
徒良可利个留人乃毛止尓川可者之个留
つらかりける人のもとにつかはしける

以世 
伊勢 
伊勢

原文 己飛天部武止於毛不己々呂乃和利奈左者志尓天毛志礼与和寸礼可多美尓
定家 己飛天部武止思心乃和利奈左者志尓天毛志礼与和寸礼可多美尓
和歌 こひてへむと おもふこころの わりなさは しにてもしれよ わすれかたみに
解釈 恋ひて経むと思ふ心のわりなさは死にても知れよ忘れがたみに

歌番号八二一
可部之 
返之 
返し

於久留於保萬豆利古止乃於保萬豆岐美
贈太政大臣
贈太攻大臣

原文 毛之毛也止安飛三武己止遠多乃万寸者加久不留本止尓万川曽遣奈末之
定家 毛之毛也止安飛見武事遠多乃万寸者加久不留本止尓万川曽遣奈末之
和歌 もしもやと あひみむことを たのますは かくふるほとに まつそけなまし
解釈 もしもやと逢ひ見む事を頼まずはかく経るほどにまづぞけなまし

歌番号八二二
堂以之良寸 
題しらす 
題知らす

与美飛止毛
与美人毛
よみ人も

原文 安不止多尓加多美尓三由留毛乃奈良者和寸留々本止毛安良万之毛乃遠
定家 安不止多尓加多美尓見由留物奈良者和寸留々本止毛安良万之毛乃遠
和歌 あふとたに かたみにみゆる ものならは わするるほとも あらましものを
解釈 逢ふとだにかたみに見ゆる物ならば忘るるほどもあらましものを

歌番号八二三
堂以之良寸 
題しらす 
題知らす

与美飛止毛
与美人毛
よみ人も

原文 遠止尓乃美己恵遠幾久加奈安之比幾乃也万之多三川尓安良奴毛乃加良
定家 遠止尓乃美声遠幾久哉安之比幾乃山之多水尓安良奴物加良
和歌 おとにのみ こゑをきくかな あしひきの やましたみつに あらぬものから
解釈 音にのみ声を聞くかなあしひきの山下水にあらぬものから

歌番号八二四
安幾々利乃多知多留徒止女天以止川良个礼者
己乃堂比者可利奈武以不部幾止伊比多利个礼八
秋幾利乃多知多留徒止女天以止川良个礼者
己乃堂比者可利奈武以不部幾止伊比多利个礼八
秋霧の立ちたる翌朝、いとつらければ、
この度ばかりなむ言ふべきと言ひたりければ

以世 
伊勢 
伊勢

原文 安幾止天也以末者加幾利乃堂知奴良武於毛比尓安部奴毛乃奈良奈久尓
定家 秋止天也今者限乃立奴良武於毛比尓安部奴物奈良奈久尓
和歌 あきとてや いまはかきりの たちぬらむ おもひにあへぬ ものならなくに
解釈 秋とてや今はかぎりの立ちぬらむ思ひにあへぬものならなくに

歌番号八二五
心乃内尓思己止也安利个无
心乃内尓思己止也安利个无
心の内に思ふことやありけん

以世 
伊勢 
伊勢

原文 三之由女乃於毛比以天良留々与為己止尓以者奴遠之留波奈美多奈利个利
定家 見之夢乃思以天良留々与為己止尓以者奴遠之留波奈美多奈利个利
和歌 みしゆめの おもひいてらるる よひことに いはぬをしるは なみたなりけり
解釈 見し夢の思ひ出でらるる宵ごとに言はぬを知るは涙なりけり

歌番号八二六
堂以之良寸 
題しらす 
題知らす

与美飛止毛
与美人毛
よみ人も

原文 志良川由乃於幾天安比三奴己止与利者幾奴可部之川々祢奈无止曽於毛不
定家 白露乃於幾天安比見奴事与利者幾奴返之川々祢奈无止曽思
和歌 しらつゆの おきてあひみぬ ことよりは きぬかへしつつ ねなむとそおもふ
解釈 白露の置きて逢ひ見ぬ事よりは衣返しつつ寝なんとぞ思ふ

歌番号八二七
飛止乃毛止尓川可者之个留
人乃毛止尓川可者之个留
人のもとにつかはしける

与美飛止毛
与美人毛
よみ人も

原文 己止乃者々奈遣奈留毛乃止以比奈可良於毛者奴多女者幾美毛之留良无
定家 事乃葉者奈遣奈留物止以比奈可良於毛者奴多女者君毛之留良无
和歌 ことのはは なけなるものと いひなから おもはぬためは きみもしるらむ
解釈 言の葉はなげなる物と言ひながら思はぬためは君も知るらん

歌番号八二八
於无奈乃毛止尓徒可者之个留
女乃毛止尓徒可者之个留
女のもとにつかはしける

安佐多々乃安曾无
朝忠朝臣
朝忠朝臣(藤原朝忠)

原文 之良奈美乃宇知以川留者万乃者万知止利阿止也多川奴留志留部奈留良无
定家 白浪乃打以川留者万乃者万知止利跡也多川奴留志留部奈留良无
和歌 しらなみの うちいつるはまの はまちとり あとやたつぬる しるへなるらむ
解釈 白浪のうち出づる浜の浜千鳥跡や尋ぬるしるべなるらん

歌番号八二九
於无奈尓川可者之个留
女尓川可者之个留
女につかはしける

於保衣乃安左川奈乃安曾无
大江朝綱朝臣
大江朝綱朝臣

原文 於保之万尓三川遠者己比之者也不祢乃者也久毛飛止尓安比三天之加奈
定家 於保之万尓水遠者己比之者也舟乃者也久毛人尓安比見天之哉
和歌 おほしまに みつをはこひし はやふねの はやくもひとに あひみてしかな
解釈 大島に水を運びし早舟の早くも人に逢ひ見てしがな

歌番号八三〇
以世奈武飛止尓和寸良礼天奈个幾者部留止幾々天
川可者之个留
伊勢奈武人尓和寸良礼天奈个幾侍止幾々天
川可者之个留
伊勢なむ人に忘られて嘆き侍ると聞きて
つかはしける

於久留於保萬豆利古止乃於保萬豆岐美
贈太政大臣
贈太政大臣

原文 飛多布留尓於毛比奈和比曽布留左留々飛止乃己々呂者曽礼曽与乃川祢
定家 飛多布留尓思奈和比曽布留左留々人乃心者曽礼曽与乃川祢
和歌 ひたふるに おもひなわひそ ふるさるる ひとのこころは それそよのつね
解釈 ひたぶるに思ひなわびそ古さるる人の心はそれぞ世の常

歌番号八三一
可部之 
返之 
返し

以世 
伊勢 
伊勢

原文 与乃川祢乃飛止乃己々呂遠万多三祢者奈尓可己乃多比个奴部幾毛乃遠
定家 世乃川祢乃人乃心遠万多見祢者奈尓可己乃多比个奴部幾物遠
和歌 よのつねの ひとのこころを またみねは なにかこのたひ けぬへきものを
解釈 世の常の人の心をまだ見ねば何かこの度消えぬべきものを

歌番号八三二
之与宇曽宇久良万乃也万部奈无以留止以部利个礼八
浄蔵久良万乃山部奈无以留止以部利个礼八
浄蔵、鞍馬の山へなん入ると言へりければ

多比良奈可幾可武寸女
平奈可幾可武寸女
平なかきかむすめ(平中興女)

原文 春美曽女乃久良万乃也万尓以留飛止者堂止留/\毛可部利幾奈々无
定家 春美曽女乃久良万乃山尓以留人者堂止留/\毛帰幾奈々无
和歌 すみそめの くらまのやまに いるひとは たとるたとるも かへりきななむ
解釈 墨染の鞍馬の山に入る人はたどるたどるも帰り来ななん

歌番号八三三
安比之利天者部利个留飛止乃万礼尓乃美々衣个礼八
安比之利天侍个留人乃万礼尓乃美々衣个礼八
あひ知りて侍りける人のまれにのみ見えければ

以世 
伊勢 
伊勢

原文 比遠部天毛可个尓美由留者堂万加川良/\幾奈可良毛多衣奴奈利个利
定家 日遠部天毛影尓見由留者堂万加川良/\幾奈可良毛多衣奴奈利个利
和歌 ひをへても かけにみゆるは たまかつら つらきなからも たえぬなりけり
解釈 日を経ても影に見ゆるは玉葛つらきながらも絶えぬなりけり

歌番号八三四
和左止尓者安良寸止幾/\毛乃以比者部利个留於无奈
本止飛左之宇止者春者部利个礼者
和左止尓者安良寸時/\毛乃以比侍个留女
本止飛左之宇止者春侍个礼者
わざとにはあらず時々物言ひ侍りける女
ほど久しう訪はず侍りければ

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 堂可左己乃万川遠美止利止三之己止者志多乃毛美知遠志良奴奈利个利
定家 高砂乃松遠緑止見之事者志多乃毛美知遠志良奴奈利个利
和歌 たかさこの まつをみとりと みしことは したのもみちを しらぬなりけり
解釈 高砂の松を緑と見し事は下の紅葉を知らぬなりけり

歌番号八三五
可部之 
返之 
返し

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 止幾和可奴万川乃美止利毛可幾利奈幾於毛比尓者奈保以呂也毛由良无
定家 時和可奴松乃緑毛限奈幾於毛比尓者猶色也毛由良无
和歌 ときわかぬ まつのみとりも かきりなき おもひにはなほ いろやもゆらむ
解釈 時分かぬ松の緑も限りなき思ひにはなほ色や萌ゆらん

歌番号八三六
堂々布美加者寸者可利尓天止之部者部利个留飛止尓
川可者之个留
堂々布美加者寸許尓天年部侍个留人尓
川可者之个留
ただ文交すばかりにて年経侍りける人に
つかはしける

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 美川止利乃波可奈幾安止尓止之遠部天加与不者可利乃衣尓己曽安利个礼
定家 水鳥乃波可奈幾安止尓年遠部天加与不許乃衣尓己曽有个礼
和歌 みつとりの はかなきあとに としをへて かよふはかりの えにこそありけれ
解釈 水鳥のはかなき跡に年を経て通ふばかりのえにこそ有りけれ

歌番号八三七
可部之 
返之 
返し

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 奈美乃宇部尓安止也者三由留美川止利乃宇幾天部奴良无止之者可寸可八
定家 浪乃宇部尓跡也者見由留水鳥乃宇幾天部奴良无年者可寸可八
和歌 なみのうへに あとやはみゆる みつとりの うきてへぬらむ としはかすかは
解釈 浪の上に跡やは見ゆる水鳥の浮きて経ぬらん年は数かは

歌番号八三八
世宇曽己徒可者之个留於无奈乃毛止与利以奈布祢乃止
以不己止遠加部利己止尓以比者部利个礼者多乃美天以比
和多利个留尓奈保安比加多幾个之幾尓者部利个礼八
志波之止安利之遠以可奈礼者加久者止以部利个留
加部之己止尓徒可者之个留
世宇曽己徒可者之个留女乃毛止与利以奈布祢乃止
以不己止遠返事尓以比侍个礼者多乃美天以比
和多利个留尓猶安比加多幾个之幾尓侍个礼八
志波之止安利之遠以可奈礼者加久者止以部利个留
返己止尓徒可者之个留
消息つかはしける女のもとより、稲舟のと
いふことを返事に言ひ侍りければ、頼みて言ひ
わたりけるに、なほ逢ひがたきけしきに侍りければ、
しばしとありしを、いかなればかくはと言へりける
返事につかはしける

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 奈加礼与留世々乃之良奈美安左个礼者止万留以奈不祢加部留奈留部之
定家 流与留世々乃白浪安左个礼者止万留以奈舟加部留奈留部之
和歌 なかれよる せせのしらなみ あさけれは とまるいなふね かへるなるへし
解釈 流れ寄る瀬々の白浪浅ければとまる稲舟帰るなるべし

歌番号八三九
可部之 
返之 
返し

左无天与宇乃美幾乃於保伊萬宇智岐美
三条右大臣
三条右大臣

原文 毛可美可者布可幾尓毛安部寸以奈不祢乃己々呂可留久毛可部留奈留加奈
定家 毛可美河布可幾尓毛安部寸以奈舟乃心可留久毛帰奈留哉
和歌 もかみかは ふかきにもあへす いなふねの こころかろくも かへるなるかな
解釈 最上河深きにもあへず稲舟の心軽くも帰るなるかな

歌番号八四〇
以止志乃比天加多良不飛止乃遠呂可奈留左万尓三衣个礼者
以止志乃比天加多良不人乃遠呂可奈留左万尓見衣个礼者
いと忍びて語らふ人のおろかなるさまに見えければ

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 者奈春々幾保尓以川留己止毛奈幾毛乃遠満多幾布幾奴留安幾乃風可奈
定家 花春々幾保尓以川留事毛奈幾物遠満多幾布幾奴留秋乃風哉
和歌 はなすすき ほにいつることも なきものを またきふきぬる あきのかせかな
解釈 花薄穂に出づる事もなき物をまだき吹きぬる秋の風かな

歌番号八四一
己々呂左之遠呂可尓三衣个留飛止尓川可八之个留
心左之遠呂可尓見衣个留人尓川可八之个留
心ざしおろかに見えける人につかはしける

奈可幾可武寸女
奈可幾可武寸女
なかきかむすめ(平中興女)

原文 満多佐利之阿幾者幾奴礼止三之飛止乃己々呂者与曽尓奈利毛由久可奈
定家 満多佐利之秋者幾奴礼止見之人乃心者与曽尓奈利毛由久可奈
和歌 またさりし あきはきぬれと みしひとの こころはよそに なりもゆくかな
解釈 待たざりし秋は来ぬれど見し人の心はよそになりも行くかな

歌番号八四二
可部之 
返之 
返し

美奈毛堂乃己礼之計乃安曾无
源是茂朝臣
源是茂朝臣

原文 幾美遠於毛不己々呂奈可佐者安幾乃与尓以川礼万左留止曽良尓之良奈无
定家 君遠思心奈可佐者秋乃夜尓以川礼万左留止曽良尓之良奈无
和歌 きみをおもふ こころなかさは あきのよに いつれまさると そらにしらなむ
解釈 君を思ふ心長さは秋の夜にいづれまさると空に知らなん

歌番号八四三
安留止己呂尓安不美止以不飛止遠以止志乃日天加多良比
者部利个留遠与安个天加部利个留遠飛止三天
左々也幾个礼者曽乃於无奈乃毛止尓川加者之个留
安留所尓近江止以不人遠以止志乃日天加多良比
侍个留遠夜安个天加部利个留遠人見天
左々也幾个礼者曽乃女乃毛止尓川加者之个留
ある所に近江といふ人をいと忍びて語らひ
侍りけるを、夜明けて帰りけるを人見て
ささやきければ、その女のもとにつかはしける

左加乃宇部乃川祢可計
坂上川祢可計
坂上つねかけ(坂上常景)

原文 加々美也万安个天幾川礼者安幾々利乃計左也多川良无安不美天不奈者
定家 鏡山安个天幾川礼者秋幾利乃計左也多川良无安不美天不奈者
和歌 かかみやま あけてきつれは あききりの けさやたつらむ あふみてふなは
解釈 鏡山明けて来つれば秋霧の今朝や立つらん近江てふ名は

歌番号八四四
安比之利天者部留於无奈乃飛止尓安多奈多知者部利个留尓
川可者之个留
安比之利天侍女乃人尓安多奈多知侍个留尓
川可者之个留
あひ知りて侍る女の、人にあだ名立ち侍りけるに
つかはしける

多比良乃万礼与乃安曾无
平万礼与乃朝臣
平まれよの朝臣(平希世)

原文 衣多毛奈久飛止尓於良留々遠美奈部之祢遠多尓乃己世宇部之和可多女
定家 枝毛奈久人尓於良留々女郎花祢遠多尓乃己世宇部之和可多女
和歌 えたもなく ひとにをらるる をみなへし ねをたにのこせ うゑしわかため
解釈 枝もなく人に折らるる女郎花根をだに残せ植ゑし我がため

歌番号八四五
飛止乃毛止尓満可利天者部留尓与比以礼祢者
春乃己尓布之安可之天川可者之个留
人乃毛止尓満可利天侍尓与比以礼祢者
春乃己尓布之安可之天川可者之个留
人のもとにまかりて侍るに、呼び入れねば、
簀子に臥し明かしてつかはしける

布知八良乃奈利久尓
藤原成国
藤原成国

原文 安幾乃多乃加利曽女不之毛志天个留可以多川良以祢遠奈尓々川末々之
定家 秋乃田乃加利曽女不之毛志天个留可以多川良以祢遠奈尓々川末々之
和歌 あきのたの かりそめふしも してけるか いたつらいねを なににつままし
解釈 秋の田のかりそめ臥しもしてけるがいたづら稲を何につままし

歌番号八四六
多比良加祢幾可也宇/\加礼可多尓奈利尓个礼者
徒可者之遣留
平加祢幾可也宇/\加礼可多尓奈利尓个礼者
徒可者之遣留
平かねきがやうやうかれがたになりにければ
つかはしける

奈可川可佐
中務
中務

原文 安幾加世乃布久尓徒遣天毛止者奴可奈遠幾乃者奈良者遠止者之天末之
定家 安幾風乃吹尓徒遣天毛止者奴哉荻乃葉奈良者遠止者之天末之
和歌 あきかせの ふくにつけても とはぬかな をきのはならは おとはしてまし
解釈 秋風の吹くにつけても訪はぬかな荻の葉ならば音はしてまし

歌番号八四七
止之川幾遠部天世宇曽己之者部利个留飛止尓徒可者之个留
年月遠部天世宇曽己之侍个留人尓徒可者之个留
年月を経て消息し侍りける人につかはしける

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 幾美々寸天以久与部奴良无止之川幾乃布留止々毛尓毛於川留奈美多可
定家 君見寸天以久世部奴良无年月乃布留止々毛尓毛於川留奈美多可
和歌 きみみすて いくよへぬらむ としつきの ふるとともにも おつるなみたか
解釈 君見ずていく世経ぬらん年月の経るとともにも落つる涙か

歌番号八四八
於无奈尓徒可者之遣流
女尓徒可者之遣流
女につかはしける

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 奈加/\尓於毛比加遣天者可良己呂毛三尓奈礼奴遠曽宇良武部良奈留
定家 中/\尓思加遣天者唐衣身尓奈礼奴遠曽宇良武部良奈留
和歌 なかなかに おもひかけては からころも みになれぬをそ うらむへらなる
解釈 なかなかに思ひかけては唐衣身に馴れぬをぞ恨むべらなる

歌番号八四九
可部之 
返之 
返し

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 宇良无止毛加計天己曽三女加良己呂毛三尓奈礼奴礼者布利奴止可幾久
定家 怨止毛加計天己曽見女唐衣身尓奈礼奴礼者布利奴止可幾久
和歌 うらむとも かけてこそみめ からころも みになれぬれは ふりぬとかきく
解釈 恨むともかけてこそ見め唐衣身に馴れぬればふりぬとか聞く

歌番号八五〇
飛止尓徒可者之遣留
人尓徒可者之遣留
人につかはしける

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 奈遣々止毛加比奈可利个利与乃奈加尓奈尓々久也之久於毛比曽女个无
定家 奈遣々止毛加比奈可利个利世中尓奈尓々久也之久思曽女个无
和歌 なけけとも かひなかりけり よのなかに なににくやしく おもひそめけむ
解釈 嘆けどもかひなかりけり世の中に何に悔しく思ひそめけん

歌番号八五一
和春礼可多尓奈利者部利个留於止己尓川可者之遣留
和春礼可多尓奈利侍个留於止己尓川可者之遣留
忘れがたになり侍りける男につかはしける

之与宇己宇天无乃奈加乃毛乃萬宇須豆加佐
承香殿中納言
承香殿中納言

原文 己奴飛止遠万川乃衣尓布留之良由幾乃幾衣己曽加部礼久由留於毛日尓
定家 己奴人遠松乃衣尓布留白雪乃幾衣己曽加部礼久由留思日尓
和歌 こぬひとを まつのえにふる しらゆきの きえこそかへれ くゆるおもひに
解釈 来ぬ人を松の枝に降る白雪の消えこそかへれくゆる思ひに

歌番号八五二
王寸礼者部利尓个留於无奈尓徒可者之个留
王寸礼侍尓个留女尓徒可者之个留
忘れ侍りにける女につかはしける

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 幾久乃者奈宇川留己々呂遠々久之毛尓加部利奴部久毛於毛本由留加奈
定家 菊乃花宇川留心遠々久之毛尓加部利奴部久毛於毛本由留哉
和歌 きくのはな うつるこころを おくしもに かへりぬへくも おもほゆるかな
解釈 菊の花うつる心を置く霜にかへりぬべくも思ほゆるかな

歌番号八五三
可部之 
返之 
返し

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 以末者止天宇川利者天尓之幾久乃者奈加部留以呂遠者多礼可美留部幾
定家 今者止天宇川利者天尓之菊乃花加部留色遠者多礼可美留部幾
和歌 いまはとて うつりはてにし きくのはな かへるいろをは たれかみるへき
解釈 今はとてうつりはてにし菊の花かへる色をば誰れか見るべき

歌番号八五四
飛止乃武寸女尓以止志乃比天加与比者部利个留尓
遣之幾遠三天於也乃万毛利个礼者左川幾
奈可安女乃己呂徒可者之遣留
人乃武寸女尓以止志乃比天加与比侍个留尓
遣之幾遠見天於也乃万毛利个礼者五月
奈可安女乃己呂徒可者之遣留
人の女にいと忍びて通ひ侍りけるに、
気色を見て親の守りければ、五月
長雨のころつかはしける

与美比止之良寸 
よみ人しらす 
詠み人知らず

原文 奈可免之天毛利毛和飛奴留飛止女加奈以川可久毛万乃安良无止寸良无
定家 奈可免之天毛利毛和飛奴留人女哉以川可久毛万乃安良无止寸良无
和歌 なかめして もりもわひぬる ひとめかな いつかくもまの あらむとすらむ
解釈 ながめしてもりもわびぬる人目かないつか雲間のあらんとすらん

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万葉雑記 色眼鏡 番外雑話 国家国民の謌

2020年08月29日 | 万葉集 雑記
万葉雑記 色眼鏡 番外雑話 国家国民の謌

 今は無い言葉に「滅私奉公」があります。また、「職に恋々とせず」と謂う言葉があります。この言葉のように、自らの責務を果たせないと判断した時、後の混乱を最小限に抑える手だてを為し身を引いた人がいます。一方、「万難を排して職務を全うする」と謂う言葉もありますし、己の美を優先して後は知らずとして「前のめりに死ぬべし」と謂う言葉もあります。漢の美ならば「前のめりに死ぬべし」かもしれませんが、国家国民に責務があるならば「滅私奉公」を下に後人に任し「職に恋々とせず」の選択が正しいのかと考えます。
 本来の自由民主主義を支えるのは人々の「滅私奉公」の精神と考えます。「私の都合」は人それぞれです。それを訴えるのも自由主義の一側面ですが、多くの「私の都合」を調整・統合するのは「譲り合い」と「滅私奉公」の精神ではないでしょうか。世界でも稀に国家の責任者が「滅私奉公」の精神で「何が最善か」の最終判断をなされたのに敬意を表します。

 飛鳥から奈良時代、この「滅私奉公」を法とした人々の歌が万葉集にあります。国家を統べる時の責務を真摯に鑑賞して見て下さい。国家を統べるのは自分や家族の為か、国民の為かが正しく為されていた時の謌です。国家は朕のものと公言するのは四代ほど後の人です。ただ、時代として人々は大王の下に集うとする姿がありますから、今であれば、大王を国民と読み替えて見て下さい。歌は「滅私奉公」の公を大王としていますが、今の世であれば国民です。重要なのは「私の都合を捨て、公に仕える」精神です。

和銅元年戊申
天皇御製謌
標訓 和銅元年(七〇八)戊申に、天皇の御(かた)りて製(つく)らせし謌
集歌七六 
原文 大夫之 鞆乃音為奈利 物部乃 大臣 楯立良思母
訓読 大夫(ますらを)し鞆(とも)の音(おと)すなり物部の大臣(おほまえつきみ)盾立つらしも
私訳 立派な武人の引く、弓の鞆を弦がはじく音がする。きっと、物部の大臣が日嗣の大盾を立てているでしょう。

御名部皇女奉和御謌
標訓 御名部皇女の和(こた)へ奉(たてまつ)れし御謌
集歌七七 
原文 吾大王 物莫御念 須賣神乃 嗣而賜流 吾莫勿久尓
試訓 吾(わ)ご大王(おほきみ)物(もの)な念(おも)ほし皇神(すめかみ)の嗣ぎに賜へる吾れ無けなくに
試訳 吾らの大王よ。御心配なされるな。貴女は皇祖から日嗣としての立場を賜られたのです。それに、貴女をお助けする吾らがいないわけではありませんから。
注意 この歌が詠われた段階では、元明天皇は即位していないために阿閇皇女と御名部皇女とは実の仲の良い姉妹関係として二人は了解していると解釈しています。

 この歌は今の時代に合わせて「大王」を「国民」に読み替えて鑑賞してください。

集歌八〇〇
原文 父母乎 美礼婆多布斗斯 妻子見礼婆 米具斯宇都久志 余能奈迦波 加久叙許等和理 母騰利乃 可可良波志母与 由久弊斯良祢婆 宇既具都遠 奴伎都流其等久 布美奴伎提 由久智布比等波 伊波紀欲利 奈利提志比等迦 奈何名能良佐祢 阿米弊由迦婆 奈何麻尓麻尓 都智奈良婆 大王伊摩周 許能提羅周 日月能斯多波 雨麻久毛能 牟迦夫周伎波美 多尓具久能 佐和多流伎波美 企許斯遠周 久尓能麻保良叙 可尓迦久尓 保志伎麻尓麻尓 斯可尓波阿羅慈迦
訓読 父母を 見れば貴(たふと)し 妻子(めこ)見れば めぐし愛(うつく)し 世間(よのなか)は 如(か)くぞ道理(ことはり) もち鳥(とり)の かからはしもよ 行方(ゆくへ)知らねば 穿沓(うげくつ)を 脱き棄(つ)るごとく 踏み脱きて 行くちふ人は 石木(いはき)より 生(な)り出し人か 汝(な)が名告(の)らさね 天(あめ)へ行かば 汝(な)がまにまに 地(つち)ならば 大王(おほきみ)います この照らす 日月(ひつき)の下は 天雲の 向伏(むかふ)す極(きは)み 谷蟆(たにくぐ)の さ渡る極(きは)み 聞(きこ)し食(め)す 国のまほらぞ かにかくに 欲(ほ)しきまにまに 然(しか)にはあらじか
私訳 父や母を見れば貴く、妻子を見ればかわいく愛しい。世の中は、これこそ道理ではないか。鳥もちに掛った鳥のように道理からは離れがたいことよ。目指すものを見失い、大夫の履く穿沓を脱ぎ棄てるように官位を捨て家族をも踏み捨て、僧門に入って行く人は岩や木から生まれた人なのか、名前を名乗りなさい。死んで天へ行ったならば思い通りにするがよい。この世に在るのなら大王がいらっしゃる。大王の御威光で天下を照らす日と月の下の天雲が棚引き大地に接する果て、ヒキガエルが這って行く地の底の果てまで、大王が統治なされる国の真に秀ひでたものですぞ。あれやこれやと自分のしたいようにしてはいけないのではないか。

 次の歌も今の時代に合わせて「大王」を「国民」に読み替えて鑑賞してください。

喩族謌一首并短謌
標訓 族(やから)に喩(さと)せる謌一首并せて短謌
集歌四四六五
原文 比左加多能 安麻能刀比良伎 多可知保乃 多氣尓阿毛理之 須賣呂伎能 可未能御代欲利 波自由美乎 多尓藝利母多之 麻可胡也乎 多婆左美蘇倍弖 於保久米能 麻須良多祁乎々 佐吉尓多弖 由伎登利於保世 山河乎 伊波祢左久美弖 布美等保利 久尓麻藝之都々 知波夜夫流 神乎許等牟氣 麻都呂倍奴 比等乎母夜波之 波吉伎欲米 都可倍麻都里弖 安吉豆之萬 夜萬登能久尓乃 可之[波]良能 宇祢備乃宮尓 美也[婆]之良 布刀之利多弖氏 安米能之多 之良志賣之祁流 須賣呂伎能 安麻能日継等 都藝弖久流 伎美能御代々々 加久左波奴 安加吉許己呂乎 須賣良弊尓 伎波米都久之弖 都加倍久流 於夜能都可佐等 許等太弖氏 佐豆氣多麻敝流 宇美乃古能 伊也都藝都岐尓 美流比等乃 可多里都藝弖氏 伎久比等能 可我見尓世武乎 安多良之伎 吉用伎曽乃名曽 於煩呂加尓 己許呂於母比弖 牟奈許等母 於夜乃名多都奈 大伴乃 宇治等名尓於敝流 麻須良乎能等母
訓読 久方の 天の門開き 高千穂の 岳(たけ)に天降りし 皇祖(すめろぎ)の 神の御代より 櫨弓(はじゆみ)を 手握り持たし 真鹿子矢(まかこや)を 手挟み添へて 大久米の ますら健男(たけを)を 先に立て 靫(ゆき)取り負ほせ 山川を 岩根さくみて 踏み通り 国(くに)覓(ま)ぎしつつ ちはやぶる 神を言向け まつろはぬ 人をも和(やは)し 掃き清め 仕へまつりて 蜻蛉島(あきつしま) 大和の国の 橿原の 畝傍の宮に 宮柱 太知り立てて 天の下 知らしめしける 天皇(すめろぎ)の 天の日継と 継ぎてくる 大王(きみ)の御代御代 隠さはぬ 明き心を 皇辺(すめらへ)に 極め尽して 仕へくる 祖(おや)の官(つかさ)と 辞(こと)立(た)てて 授けたまへる 子孫(うみのこ)の いや継ぎ継ぎに 見る人の 語り継ぎてて 聞く人の 鏡にせむを 惜しき 清きその名ぞ おぼろかに 心思ひて 虚言(むなこと)も 祖(おや)の名絶つな 大伴の 氏と名に負へる 大夫(ますらを)の伴
私訳 遥か彼方の天の戸を開き高千穂の岳に天降りした天皇の祖の神の御代から、櫨弓を手に握り持ち、真鹿児矢を脇にかかえて、大久米部の勇敢な男たちを先頭に立て、靫を取り背負い、山川を巖根を乗り越え踏み越えて、国土を求めて、神の岩戸を開けて現れた神を平定し、従わない人々も従え、国土を掃き清めて、天皇に奉仕して、秋津島の大和の国の橿原の畝傍の宮に、宮柱を立派に立てて、天下を統治なされた天皇の、その天皇の日嗣として継ぎて来た大王の御代御代に、隠すことのない赤心を、天皇のお側に極め尽くして、お仕えて来た祖先からの役目として、誓いを立てて、その役目をお授けになされる、われら子孫は、一層に継ぎ継ぎに、見る人が語り継ぎ、聴く人が手本にするはずのものを。惜しむべき清らかなその名であるぞ、おろそかに心に思って、かりそめにも祖先の名を絶つな。大伴の氏と名を背負う、立派な大夫たる男たちよ。


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万葉集 集歌880から集歌885まで

2020年08月28日 | 新訓 万葉集
敢布私懐謌 三首
標訓 敢(あ)へて私の懐(おもひ)を布(の)べたる謌 三首
集歌八八〇 
原文 阿麻社迦留 比奈尓伊都等世 周麻比都々 美夜故能提夫利 和周良延尓家利
訓読 天離る鄙(ひな)に五年(いつとせ)住まひつつ京(みやこ)の風俗(てふり)忘(わす)らえにけり
私訳 奈良の京から遥かに離れた田舎に五年も住んでいて、奈良の京の風習を忘れてしまいそうです。

集歌八八一 
原文 加久能米夜 伊吉豆伎遠良牟 阿良多麻能 吉倍由久等志乃 可伎利斯良受提
訓読 如(かく)のみや息(いき)衝(つ)き居(を)らむあらたまの来(き)経(ふ)往(ゆ)く年の限り知らずて
私訳 このようにばかり、溜息をついているのでしょう。年魂が改まる新年がやって来て、そして去って往く。その区切りとなる年を知らないで。

集歌八八二 
原文 阿我農斯能 美多麻々々比弖 波流佐良婆 奈良能美夜故尓 咩佐宜多麻波祢
訓読 吾(あ)が主(ぬし)の御霊(みたま)賜(たま)ひて春さらば奈良の京(みやこ)に召上(めさ)げ賜はね
私訳 私の主人である貴方の思し召しを頂いて、春がやって来たら奈良の京に私を召し上げするお言葉を賜りたいものです。
左注 天平二年十二月六日、筑前國守山上憶良謹上
注訓 天平二年十二月六日に、筑前國守山上憶良、謹(つつし)みて上(たてまつ)る。

三嶋王後追和松浦佐用嬪面謌一首
標訓 三嶋王の後に追ひて松浦(まつら)佐用嬪面(さよひめ)の謌に和(こた)へたる一首
集歌八八三 
原文 於登尓吉伎 目尓波伊麻太見受 佐容比賣我 必礼布理伎等敷 吉民萬通良楊満
訓読 音(おと)に聞き目にはいまだ見ず佐用(さよ)姫(ひめ)が領巾(ひれ)振りきとふ君(きみ)松浦山(まつらやま)
私訳 噂に聞いてもこの目では未だ見たことがない、その佐用姫が領巾を振ったと云う、君を待つというその名の松浦山よ。

大伴君熊凝謌二首  大典麻田陽春作
標訓 大伴君熊凝の謌二首  大典(たいてん)麻田陽春の作れる
集歌八八四 
原文 國遠伎 路乃長手遠 意保々斯久 計布夜須疑南 己等騰比母奈久
訓読 国(くに)遠(とほ)き道の長手をおほほしく今日や過ぎなむ事(こと)問(と)ひもなく
私訳 故郷からの遠い旅路の長い道のりを想像も出来ず、今日にも死でしょう。旅路の出来事を問われることもなく。

集歌八八五 
原文 朝露乃 既夜須伎我身 比等國尓 須疑加弖奴可母 意夜能目遠保利
訓読 朝露の消(け)易(やす)き我が身他国(ひとくに)に過ぎかてぬかも親の目を欲(ほ)り
私訳 朝の露は消え易い、そのような我が身。それでも、異国に身を散らすことは出来ないでしょう。親の顔が見たくて。
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