墨子 巻十五 旗幟(原文・読み下し・現代語訳)
「諸氏百家 中国哲学書電子化計画」準拠
《旗幟》:原文
守城之法、木為蒼旗、火為赤旗、薪樵為黄旗、石為白旗、水為黒旗、食為菌旗、死士為倉英之旗、竟士為雩旗、多卒為雙兔之旗、五尺童子為童旗、女子為梯末之旗、弩為狗旗、戟為旌旗、剣盾為羽旗、車為龍旗、騎為鳥旗。凡所求索旗名不在書者、皆以其形名為旗。城上挙旗、備具之官致財物、之足而下旗。
凡守城之法、石有積、樵薪有積、菅茅有積、雚葦有積、木有積、炭有積、沙有積、松柏有積、蓬艾有積、麻脂有積、金鐵有積、粟米有積、井灶有處、重質有居、五兵各有旗、節各有辨、法令各有貞、軽重分數各有請、主慎道路者有経。
亭尉各為幟、竿長二丈五、帛長丈五、廣半幅者大。寇傅攻前池外廉、城上當隊鼓三、挙一幟、到水中周、鼓四、挙二幟、到藩、鼓五、挙三幟、到馮垣、鼓六、挙四幟、到女垣、鼓七、挙五幟、到大城、鼓八、挙六幟、乗大城半以上、鼓無休。夜以火、如此數。寇卻解、輒部幟如進數、而無鼓。
城為隆、長五十尺、四面四門将長四十尺、其次三十尺、其次二十五尺、其次二十尺、其次十五尺、高無下四十五尺。
城上吏卒置之背、卒於頭上、城中吏卒民男女、皆辨異衣章微職、令男女可知。城下吏卒置之肩。左軍於左肩、中軍置之胸。各一鼓、中軍一三。每鼓三、十撃之、諸有鼓之吏、謹以次應之、當應鼓而不應、不當應而應鼓、主者斬。
道廣三十步、於城下夾階者、各二、其井置鐵甕。於道之外為屏、三十步而為之圓、高丈。為民圂、垣高十二尺以上。巷術周道者、必為之門、門二人守之、非有信符、勿行、不従令者斬。
諸守牲格者、三出卻適、守以令召賜食前、予大旗、署百戶邑若他人財物、建旗其署、令皆明白知之、曰某子旗。牲格内廣二十五步、外廣十步、表以地形為度。
勒卒、中教解前後左右、卒労者更休之。
字典を使用するときに注意すべき文字
貞、定也。 さだめ、きそく、の意あり。
情、實也、分明也。 じつ、じつじょう、の意あり。
経、法也、度之也。 のり、きてい、はっと、の意あり。
適、古多假借適爲敵 てき、かたき、の意あり。
更、代替也。 こうたい、かわるがわる、の意あり。
斬、裁也。 しょばつ。の意あり。
《旗幟》:読み下し
守城の法、木を蒼旗(そうき)と為し、火を赤旗(せきき)と為し、薪樵(しんそう)を黄旗(こうき)と為し、石(せき)を白旗(はくき)と為し、水を黒旗(こくき)と為し、食を菌旗(きんき)と為し、死士を倉英(そうえい)の旗と為し、竟士(きょうし)を雩旗(うき)と為し、多卒(たそつ)を雙兔(そうと)の旗と為し、五尺童子を童旗(どうき)と為し、女子を梯末(ていまつ)の旗と為し、弩を狗旗(くき)と為し、戟を旌旗(せいき)と為し、剣盾を羽旗(うき)と為し、車を龍旗(りゅうき)と為し、騎を鳥旗(ちょうき)と為す。凡そ求索(きゅうさく)する所の旗名(きめい)の書に在らざるものは、皆其の形を以って旗の名と為す。城上に旗を挙げ、備(び)具(ぐ)の官の財物を致(いた)し、之が足れば而して旗を下ろす。
凡そ守城の法、石の積は有り、樵薪(せいしん)の積は有り、菅茅(かんぼう)の積は有り、雚葦(かんい)の積は有り、木の積は有り、炭の積は有り、沙(しゃ)の積は有り、松柏(しょうはく)の積は有り、蓬艾(ほうがい)の積は有り、麻脂(まし)の積は有り、金鐵(きんてつ)の積は有り、粟米(ぞくべい)の積は有り、井灶(せいそう)の處は有り、重質(じゅうしつ)の居は有り、五兵の各の旗は有り、節(せつ)の各(おのおの)の辨は有り、法令の各(おのおの)の貞(さだめ)は有り、軽重(けいちょう)分數(ふんすう)の各(おのおの)に請(しょう)は有り、道路を慎(めぐ)るを主(つかさど)る者の経(きそく)は有る。
亭尉は各(おのおの)の幟を為(つく)り、竿の長さ二丈五、帛の長さ丈五、廣は半幅のものは大なり。寇(こう)が前池(ぜんち)の外廉(がいれん)に傅(つ)き攻(せ)むれば、城上に當(まさ)に隊(すい)の鼓は三、一幟を挙げ、水の中周(ちゅうしゅう)に到れば、鼓は四、二幟を挙げ、藩(はん)に到れば、鼓は五、三幟を挙げ、馮垣(ひょうえん)に到れば、鼓は六、四幟を挙げ、女垣(じょえん)に到れば、鼓は七、五幟を挙げ、大城(たいじょう)に到れば、鼓は八、六幟を挙げ、大城(たいじょう)の半以上に乗れば、鼓を休み無くせしむ。夜は火を以ってすること、此の數の如くす。寇(こう)が卻(しりぞ)き解(と)ければ、輒(すなわ)ち幟を部すこと進(すす)む數の如くし、而(しかる)に鼓すること無し。
城の隆(こう)を為(つく)るに、長さ五十尺、四面の四門は将に長さ四十尺、其の次は三十尺、其の次は二十五尺、其の次は二十尺、其の次は十五尺、高さは四十五尺を下ること無し。
城上の吏卒(りそつ)の之を背に置き、卒は頭上に於いてし、城中の吏卒民の男女、皆の衣章(いしょう)微職(きし)を辨異(べんい)し、男女を知る可(べ)く令(し)む。城下の吏卒は之を肩に置き。左軍は左の肩に於いてし、中軍は之を胸(むね)に置く。
各に一鼓、中軍は一(はじめ)に三つす。每鼓に三つ、之を十撃し、諸(もろもろ)の有鼓の吏(り)、謹(つつし)みて次を以って之に應(おう)ず。鼓に應ずるに當(あた)りて而(しかる)に應ぜず、應ずるに當(あた)らざりて而(しかる)に鼓に應ずるは、主(つかさど)る者を斬(ざん)とす。
道の廣さ三十步、城下の階(かい)を夾(はさ)むもの、各(おのおの)は二つ。其の井に鐵甕(てつへい)を置く。道の外に屏を為(つく)り、三十步にして而して之を圓(かん)に為(つく)り、高さは丈。民圂(みんこん)を為(つく)り、垣の高さ十二尺以上。巷術(かいすう)周道(しゅうどう)は、必ず之の門を為(つく)り、門に二人は之を守り、信(しん)符(ふ)の有るに非ざれば、行くこと勿(な)く、令に従はざる者は斬(ざん)にす。
諸(もろもろ)の牲格(せいかく)を守る者は、三たび出でて適(てき)を卻(しりぞ)ければ、守は令を以って召して食を前に賜ひ、大旗を予(あた)へ、百戸の邑(いふ)に署(しょ)し若(も)し他人の財物ならば、旗を其の署(しょ)に建て、皆に明白に之を知ら令(し)め、某子(ぼうし)の旗と曰ふ。牲格(せいかく)の内は廣さ二十五步、外は廣さ十步、表は地形を以って度(ど)を為(つく)る。
卒を勒(ろく)し、教(きょう)に中(あた)らしめ前後左右を解(わか)らせしむ、卒の労(ろう)する者は更(かはるがはる)に之を休ましむ。
《旗幟》:現代語訳
注意:軍事用語については、「墨子 巻十六 墨子軍事用語集」を参照してください。
守城の方法にあって、木を扱う部隊の隊旗を蒼旗とし、火を扱う部隊の隊旗を赤旗とし、薪樵を扱う部隊の隊旗を黄旗とし、石を扱う部隊の隊旗を白旗と為し、水を扱う部隊の隊旗を黒旗とし、食を扱う部隊の隊旗を菌旗と為し、決死隊の部隊の隊旗を倉英の旗とし、「竟士」の部隊の隊旗を雩旗とし、「多卒」の部隊の隊旗を雙兔の旗とし、「五尺童子」の部隊の隊旗を童旗とし、女子の部隊の隊旗を梯末の旗とし、弩士の部隊の隊旗を狗旗と為し、戟士の部隊の隊旗を旌旗とし、剣盾の士の部隊の隊旗を羽旗とし、車を扱う部隊の隊旗を龍旗と為し、騎馬の部隊の隊旗を鳥旗とする。およそ、探し求める部隊の旗名が隊旗規定書に無いものについては、その部隊が担当するものの形を使って隊旗の名前とする。それぞれの部隊は城上に旗を挙げ、備品・用具で官が管理する財物を要求し、要求したものが足りたならば旗を下ろす。
およそ守城の方法にあって、石の蓄積は有り、樵薪の蓄積は有り、菅茅の蓄積は有り、雚葦の蓄積は有り、木の蓄積は有り、炭の蓄積は有り、砂の蓄積は有り、松柏の蓄積は有り、蓬艾の蓄積は有り、麻脂の蓄積は有り、各種金属と鉄の蓄積は有り、粟米の蓄積は有り、井戸及び炊事場などは有り、重要な人質を収容する住居は有り、各種部隊のおのおのの部隊と隊旗は有り、「節」のおのおのの辨は有り、軍法・法令のおのおのの規定は有り、「軽重」・「分數」のおのおのに要請は有り、道路を巡視することを主管する者の規則は有る。
亭尉はおのおのの隊の幟を造り、竿の長さ二丈五尺、帛の長さ一丈五尺、幅が半尺幅のものは大の分類である。敵軍が城の前の池の外側の淵に取り付き攻撃を始めたら、城上に初めに軍事の鼓を三つ打ち、幟一旗を挙げ、池の中周に到れば、鼓を四つ打ち、幟二旗を挙げ、敵兵が城壁に至れば、鼓は五つ打ち、幟三旗を挙げ、「馮垣」に至れば、鼓は六つ打ち、幟四旗を挙げ、「女垣」に至れば、鼓は七つ打ち、幟五旗を挙げ、大城に至れば、鼓は八つ打ち、幟六旗を挙げ、大城の半以上に敵が乗り込んで着たら、鼓を休みなく連打する。夜は幟の代わりに火を用いて行い、火を掲げる数は幟の数と同じようにする。敵軍が退却し包囲を解けば、敵の退却に合わせて幟を挙げる数は、敵の進撃の時の数に合わせるが、鼓を打つことはしない。
城に(階段状祭祀壇となる)「隆」を構築するには、土地の(一辺の)長さは五十尺四方とし、四面の四門を置く位置の長さは四十尺、その次(の段の一辺の長さ)は三十尺、その次(の段の一辺の長さ)は二十五尺、その次(の段の一辺の長さ)は二十尺、その次(の最終段の一辺の長さ)は十五尺、高さは四十五尺を下回ることはない。
城上の吏卒の衣章は服の背に付け、卒は頭巾の上に付け、城中の吏・卒・民の男女は、皆が服に付けた衣章や微職により区分し、また、男女の区分を判るようにする。城下の吏卒は衣章を肩に置き。左軍は衣章を左の肩に置き、中軍は衣章を胸に置く。
おのおのの部隊に鼓を一つ配備し、中軍は初めに鼓を三打する。毎回の鼓による合図では三打し、これを十回繰り返し、諸部隊・部署の鼓を配備しているところの官吏は、慎重に鼓を中継して鼓の合図に応じる。鼓の合図に応じるに時に、本来の鼓の合図に応じる時に応じない、また、鼓の合図に応じなくても良い時に応じた場合は、鼓の合図を掌る者を処罰する。
道の幅は三十步とし、城下の階段を挟む道は、おのおの二本とする。その井戸には鉄製の甕を置く。井戸への通路の外側に屏を造り、直径は三十步とし、これを「圓」の形に作り、高さは一丈とする。「民圂」を造り、垣の高さは十二尺以上とする。「巷術」や周道は、必ず之の門を造り、門に二人はこれを守り、信符の所持が無ければ、通行を許さず、命令に従わない者は処罰する。
色々な(祭祀で奉げる)「牲格」を警備する者は、(戦勝祈願をして)三回出撃して敵を撃退すれば、国君は命令を出して、この者を召し、食事をこの者に賜い、大旗を与え、百戸の村の村役場に任命し、もし、その村が他人の財物であれば、大旗をその村役場に建て、村民皆に、明白にこの者の武勇を知らせ、これを某子の旗と呼ぶ。「牲格」の内の広さは二十五步、外の広さは十步、(牲格を飼う)「表」は地形に合わせて建設する。
卒を招集し、軍事教練に参加させ、号令の前後左右を判らせ、兵卒で疲労する者は交代で休息を取らせる。
「諸氏百家 中国哲学書電子化計画」準拠
《旗幟》:原文
守城之法、木為蒼旗、火為赤旗、薪樵為黄旗、石為白旗、水為黒旗、食為菌旗、死士為倉英之旗、竟士為雩旗、多卒為雙兔之旗、五尺童子為童旗、女子為梯末之旗、弩為狗旗、戟為旌旗、剣盾為羽旗、車為龍旗、騎為鳥旗。凡所求索旗名不在書者、皆以其形名為旗。城上挙旗、備具之官致財物、之足而下旗。
凡守城之法、石有積、樵薪有積、菅茅有積、雚葦有積、木有積、炭有積、沙有積、松柏有積、蓬艾有積、麻脂有積、金鐵有積、粟米有積、井灶有處、重質有居、五兵各有旗、節各有辨、法令各有貞、軽重分數各有請、主慎道路者有経。
亭尉各為幟、竿長二丈五、帛長丈五、廣半幅者大。寇傅攻前池外廉、城上當隊鼓三、挙一幟、到水中周、鼓四、挙二幟、到藩、鼓五、挙三幟、到馮垣、鼓六、挙四幟、到女垣、鼓七、挙五幟、到大城、鼓八、挙六幟、乗大城半以上、鼓無休。夜以火、如此數。寇卻解、輒部幟如進數、而無鼓。
城為隆、長五十尺、四面四門将長四十尺、其次三十尺、其次二十五尺、其次二十尺、其次十五尺、高無下四十五尺。
城上吏卒置之背、卒於頭上、城中吏卒民男女、皆辨異衣章微職、令男女可知。城下吏卒置之肩。左軍於左肩、中軍置之胸。各一鼓、中軍一三。每鼓三、十撃之、諸有鼓之吏、謹以次應之、當應鼓而不應、不當應而應鼓、主者斬。
道廣三十步、於城下夾階者、各二、其井置鐵甕。於道之外為屏、三十步而為之圓、高丈。為民圂、垣高十二尺以上。巷術周道者、必為之門、門二人守之、非有信符、勿行、不従令者斬。
諸守牲格者、三出卻適、守以令召賜食前、予大旗、署百戶邑若他人財物、建旗其署、令皆明白知之、曰某子旗。牲格内廣二十五步、外廣十步、表以地形為度。
勒卒、中教解前後左右、卒労者更休之。
字典を使用するときに注意すべき文字
貞、定也。 さだめ、きそく、の意あり。
情、實也、分明也。 じつ、じつじょう、の意あり。
経、法也、度之也。 のり、きてい、はっと、の意あり。
適、古多假借適爲敵 てき、かたき、の意あり。
更、代替也。 こうたい、かわるがわる、の意あり。
斬、裁也。 しょばつ。の意あり。
《旗幟》:読み下し
守城の法、木を蒼旗(そうき)と為し、火を赤旗(せきき)と為し、薪樵(しんそう)を黄旗(こうき)と為し、石(せき)を白旗(はくき)と為し、水を黒旗(こくき)と為し、食を菌旗(きんき)と為し、死士を倉英(そうえい)の旗と為し、竟士(きょうし)を雩旗(うき)と為し、多卒(たそつ)を雙兔(そうと)の旗と為し、五尺童子を童旗(どうき)と為し、女子を梯末(ていまつ)の旗と為し、弩を狗旗(くき)と為し、戟を旌旗(せいき)と為し、剣盾を羽旗(うき)と為し、車を龍旗(りゅうき)と為し、騎を鳥旗(ちょうき)と為す。凡そ求索(きゅうさく)する所の旗名(きめい)の書に在らざるものは、皆其の形を以って旗の名と為す。城上に旗を挙げ、備(び)具(ぐ)の官の財物を致(いた)し、之が足れば而して旗を下ろす。
凡そ守城の法、石の積は有り、樵薪(せいしん)の積は有り、菅茅(かんぼう)の積は有り、雚葦(かんい)の積は有り、木の積は有り、炭の積は有り、沙(しゃ)の積は有り、松柏(しょうはく)の積は有り、蓬艾(ほうがい)の積は有り、麻脂(まし)の積は有り、金鐵(きんてつ)の積は有り、粟米(ぞくべい)の積は有り、井灶(せいそう)の處は有り、重質(じゅうしつ)の居は有り、五兵の各の旗は有り、節(せつ)の各(おのおの)の辨は有り、法令の各(おのおの)の貞(さだめ)は有り、軽重(けいちょう)分數(ふんすう)の各(おのおの)に請(しょう)は有り、道路を慎(めぐ)るを主(つかさど)る者の経(きそく)は有る。
亭尉は各(おのおの)の幟を為(つく)り、竿の長さ二丈五、帛の長さ丈五、廣は半幅のものは大なり。寇(こう)が前池(ぜんち)の外廉(がいれん)に傅(つ)き攻(せ)むれば、城上に當(まさ)に隊(すい)の鼓は三、一幟を挙げ、水の中周(ちゅうしゅう)に到れば、鼓は四、二幟を挙げ、藩(はん)に到れば、鼓は五、三幟を挙げ、馮垣(ひょうえん)に到れば、鼓は六、四幟を挙げ、女垣(じょえん)に到れば、鼓は七、五幟を挙げ、大城(たいじょう)に到れば、鼓は八、六幟を挙げ、大城(たいじょう)の半以上に乗れば、鼓を休み無くせしむ。夜は火を以ってすること、此の數の如くす。寇(こう)が卻(しりぞ)き解(と)ければ、輒(すなわ)ち幟を部すこと進(すす)む數の如くし、而(しかる)に鼓すること無し。
城の隆(こう)を為(つく)るに、長さ五十尺、四面の四門は将に長さ四十尺、其の次は三十尺、其の次は二十五尺、其の次は二十尺、其の次は十五尺、高さは四十五尺を下ること無し。
城上の吏卒(りそつ)の之を背に置き、卒は頭上に於いてし、城中の吏卒民の男女、皆の衣章(いしょう)微職(きし)を辨異(べんい)し、男女を知る可(べ)く令(し)む。城下の吏卒は之を肩に置き。左軍は左の肩に於いてし、中軍は之を胸(むね)に置く。
各に一鼓、中軍は一(はじめ)に三つす。每鼓に三つ、之を十撃し、諸(もろもろ)の有鼓の吏(り)、謹(つつし)みて次を以って之に應(おう)ず。鼓に應ずるに當(あた)りて而(しかる)に應ぜず、應ずるに當(あた)らざりて而(しかる)に鼓に應ずるは、主(つかさど)る者を斬(ざん)とす。
道の廣さ三十步、城下の階(かい)を夾(はさ)むもの、各(おのおの)は二つ。其の井に鐵甕(てつへい)を置く。道の外に屏を為(つく)り、三十步にして而して之を圓(かん)に為(つく)り、高さは丈。民圂(みんこん)を為(つく)り、垣の高さ十二尺以上。巷術(かいすう)周道(しゅうどう)は、必ず之の門を為(つく)り、門に二人は之を守り、信(しん)符(ふ)の有るに非ざれば、行くこと勿(な)く、令に従はざる者は斬(ざん)にす。
諸(もろもろ)の牲格(せいかく)を守る者は、三たび出でて適(てき)を卻(しりぞ)ければ、守は令を以って召して食を前に賜ひ、大旗を予(あた)へ、百戸の邑(いふ)に署(しょ)し若(も)し他人の財物ならば、旗を其の署(しょ)に建て、皆に明白に之を知ら令(し)め、某子(ぼうし)の旗と曰ふ。牲格(せいかく)の内は廣さ二十五步、外は廣さ十步、表は地形を以って度(ど)を為(つく)る。
卒を勒(ろく)し、教(きょう)に中(あた)らしめ前後左右を解(わか)らせしむ、卒の労(ろう)する者は更(かはるがはる)に之を休ましむ。
《旗幟》:現代語訳
注意:軍事用語については、「墨子 巻十六 墨子軍事用語集」を参照してください。
守城の方法にあって、木を扱う部隊の隊旗を蒼旗とし、火を扱う部隊の隊旗を赤旗とし、薪樵を扱う部隊の隊旗を黄旗とし、石を扱う部隊の隊旗を白旗と為し、水を扱う部隊の隊旗を黒旗とし、食を扱う部隊の隊旗を菌旗と為し、決死隊の部隊の隊旗を倉英の旗とし、「竟士」の部隊の隊旗を雩旗とし、「多卒」の部隊の隊旗を雙兔の旗とし、「五尺童子」の部隊の隊旗を童旗とし、女子の部隊の隊旗を梯末の旗とし、弩士の部隊の隊旗を狗旗と為し、戟士の部隊の隊旗を旌旗とし、剣盾の士の部隊の隊旗を羽旗とし、車を扱う部隊の隊旗を龍旗と為し、騎馬の部隊の隊旗を鳥旗とする。およそ、探し求める部隊の旗名が隊旗規定書に無いものについては、その部隊が担当するものの形を使って隊旗の名前とする。それぞれの部隊は城上に旗を挙げ、備品・用具で官が管理する財物を要求し、要求したものが足りたならば旗を下ろす。
およそ守城の方法にあって、石の蓄積は有り、樵薪の蓄積は有り、菅茅の蓄積は有り、雚葦の蓄積は有り、木の蓄積は有り、炭の蓄積は有り、砂の蓄積は有り、松柏の蓄積は有り、蓬艾の蓄積は有り、麻脂の蓄積は有り、各種金属と鉄の蓄積は有り、粟米の蓄積は有り、井戸及び炊事場などは有り、重要な人質を収容する住居は有り、各種部隊のおのおのの部隊と隊旗は有り、「節」のおのおのの辨は有り、軍法・法令のおのおのの規定は有り、「軽重」・「分數」のおのおのに要請は有り、道路を巡視することを主管する者の規則は有る。
亭尉はおのおのの隊の幟を造り、竿の長さ二丈五尺、帛の長さ一丈五尺、幅が半尺幅のものは大の分類である。敵軍が城の前の池の外側の淵に取り付き攻撃を始めたら、城上に初めに軍事の鼓を三つ打ち、幟一旗を挙げ、池の中周に到れば、鼓を四つ打ち、幟二旗を挙げ、敵兵が城壁に至れば、鼓は五つ打ち、幟三旗を挙げ、「馮垣」に至れば、鼓は六つ打ち、幟四旗を挙げ、「女垣」に至れば、鼓は七つ打ち、幟五旗を挙げ、大城に至れば、鼓は八つ打ち、幟六旗を挙げ、大城の半以上に敵が乗り込んで着たら、鼓を休みなく連打する。夜は幟の代わりに火を用いて行い、火を掲げる数は幟の数と同じようにする。敵軍が退却し包囲を解けば、敵の退却に合わせて幟を挙げる数は、敵の進撃の時の数に合わせるが、鼓を打つことはしない。
城に(階段状祭祀壇となる)「隆」を構築するには、土地の(一辺の)長さは五十尺四方とし、四面の四門を置く位置の長さは四十尺、その次(の段の一辺の長さ)は三十尺、その次(の段の一辺の長さ)は二十五尺、その次(の段の一辺の長さ)は二十尺、その次(の最終段の一辺の長さ)は十五尺、高さは四十五尺を下回ることはない。
城上の吏卒の衣章は服の背に付け、卒は頭巾の上に付け、城中の吏・卒・民の男女は、皆が服に付けた衣章や微職により区分し、また、男女の区分を判るようにする。城下の吏卒は衣章を肩に置き。左軍は衣章を左の肩に置き、中軍は衣章を胸に置く。
おのおのの部隊に鼓を一つ配備し、中軍は初めに鼓を三打する。毎回の鼓による合図では三打し、これを十回繰り返し、諸部隊・部署の鼓を配備しているところの官吏は、慎重に鼓を中継して鼓の合図に応じる。鼓の合図に応じるに時に、本来の鼓の合図に応じる時に応じない、また、鼓の合図に応じなくても良い時に応じた場合は、鼓の合図を掌る者を処罰する。
道の幅は三十步とし、城下の階段を挟む道は、おのおの二本とする。その井戸には鉄製の甕を置く。井戸への通路の外側に屏を造り、直径は三十步とし、これを「圓」の形に作り、高さは一丈とする。「民圂」を造り、垣の高さは十二尺以上とする。「巷術」や周道は、必ず之の門を造り、門に二人はこれを守り、信符の所持が無ければ、通行を許さず、命令に従わない者は処罰する。
色々な(祭祀で奉げる)「牲格」を警備する者は、(戦勝祈願をして)三回出撃して敵を撃退すれば、国君は命令を出して、この者を召し、食事をこの者に賜い、大旗を与え、百戸の村の村役場に任命し、もし、その村が他人の財物であれば、大旗をその村役場に建て、村民皆に、明白にこの者の武勇を知らせ、これを某子の旗と呼ぶ。「牲格」の内の広さは二十五步、外の広さは十步、(牲格を飼う)「表」は地形に合わせて建設する。
卒を招集し、軍事教練に参加させ、号令の前後左右を判らせ、兵卒で疲労する者は交代で休息を取らせる。