竹取翁と万葉集のお勉強

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万葉集巻十一を鑑賞する  集歌2400から集歌2429まで

2011年07月30日 | 万葉集 旧読解
万葉集巻十一を鑑賞する


集歌2400 伊田何 極太甚 利心 及失 念戀故
訓読 いで如何(いか)にこだはなはだ利心(とごころ)の失(う)するまで思ふ恋ゆゑにこそ

私訳 さあどうなるのだろう。これほどはっきりとした冷静な気持ちを失くしてしまうと思うまで、貴女を抱きたいと思うためでしょう。


集歌2401 戀死 ゞゞ哉 我妹 吾家門 過行
訓読 恋ひ死なば恋ひも死ぬとや我妹子が吾家(わがへ)の門(かど)を過ぎて行くらむ

私訳 貴女に恋してその恋の苦しみに私が死ねば、やっと、その恋の苦しみも死ぬようだ。私の愛しい貴女が、私の家の前を通り過ぎて行ってしまう。


集歌2402 妹當 遠見者 恠 吾戀 相依無
訓読 妹があたり遠くも見れば怪(あや)しくも吾(あ)れは恋ふるか逢ふよしなしに

私訳 私の愛しい貴女の姿を遥か遠くに見ると、どのようにして私は貴女に恋をするのか。もう、逢うことが出来ないのに。


集歌2403 玉久世 清川原 身祓為 齋命 妹為
訓読 玉久世(たまくせ)の清き川原に身秡(みそぎ)して斎(いは)ふ御言は妹がためこそ

私訳 樺井月神社のそばの美しい久世の清らかな川原で禊して祈る御言葉は、愛する貴女のためだけ。


集歌2404 思依 見依 物有 一日間 忘念
訓読 思ひ寄り見ては寄りにしものあらば一日(ひとひ)の間(ほど)も忘れて思へや

私訳 恋い焦がれる思いを寄せ、互いに抱き合って、身も心も貴女に寄せたのですから、一日の間だって貴女のことを忘れたと思いますか。


集歌2405 垣廬鳴 人雖云 狛錦 紐解開 公無
訓読 垣(かき)廬(ほ)鳴く人は云へども高麗錦(こまにしき)紐(ひも)解(と)き開(あ)けし君ならなくに

私訳 薦で囲った粗末な小屋を風がざわめき鳴らすように人はあれこれと云いますが、その粗末な私の家で、美しい高麗の錦の紐を解くように、まだ、私の下着の紐を解いた貴方ではないのに。


集歌2406 狛錦 紐解開 夕戸 不知有命 戀有
試訓 高麗錦(こまにしき)紐(ひも)解(と)き開(あ)けむ夕(ゆふへ)戸(と)の知らずある命(みこと)恋ひつつあらむ

試訳 美しい高麗の錦の紐を解き、夕べには戸を開けておきましょう。今夜、いらっしゃるか判らない貴方様を、私は恋い焦がれていましょう。

注意 原文に「夕戸」の「戸」は一般に「谷」の誤字として「夕だに」と訓みますが、ここでは原文のままに訓んでいます。そこで「不知有命」の「命」を「みこと」と訓んでみました。


集歌2407 百積 船潜納 八占刺 母雖問 其名不謂
訓読 百積(ももつみ)の船隠(かく)り入る八占(やうら)さし母は問ふともその名は告(の)らじ

私訳 沢山の荷を積む大きな船が泊る多くの浦の、その多くの衢で多くの人から辻占をして母が問うても、貴方のその名は告げません。

集歌2408 眉根削 鼻鳴紐解 待哉 何時見 念吾君
訓読 眉根(まよね)掻き鼻(はな)ひ紐(ひも)解(と)け待つらむか何時(いつ)しも見むと念(ねが)ふ吾が君
私訳 眉の辺り掻き、小鼻を鳴らし、下着の紐を解いて、私を待っているだろうか。いつ何時でも抱きたいと願う、私の愛しい貴女。


集歌2409 君戀 浦経居 悔 我裏紐 結手徒
訓読 君に恋ひうらぶれ居(を)れば悔(くや)しくも我(わ)が下紐(したひも)の結(ゆ)ふ手いたづら

私訳 貴方を慕って逢えないことを寂しく思っていると、悔しいことに夜着に着替える私の下着を留める下紐を結ぶ手が空しい。


集歌2410 璞之 年者竟杼 敷白之 袖易子少 忘而念哉
訓読 あらたまの年は果(は)つれど敷栲(しきたへ)の袖交(か)へし子を忘れて思へや

私訳 貴女と何もなく今年は終わってしまったけれど、夜寝る床の栲で衣を脱いでお互いの体に掛け合った貴女を、忘れてしまったと思っていますか。


集歌2411 白細布 袖小端 見柄 如是有戀 吾為鴨
訓読 白栲の袖をはつはつ見しからにかかる恋をも吾(あ)はするかも

私訳 白い栲の夜着の袖の裾を、わずかに見てしまったからでしょうか。それで、このような恋を私はするのでしょう。


集歌2412 我妹 戀無乏 夢見 吾雖念 不所寐
訓読 我妹に恋ひ羨(と)もなかり夢に見むと吾(わ)れは思へど寝(い)ねらえなくに

私訳 美しい私の貴女に恋することが物足りないと思うことはありません。夢に貴女の姿を見ようと私は思うのですが、恋が募って寝るところではありません。


集歌2413 故無 吾裏紐 令解 人莫知 及正逢
訓読 故(ゆゑ)も無く吾(あ)が下紐を解(と)けしめて人にな知らせ直(ただ)に逢ふまでに

私訳 貴方は私と逢ってもいないのに私の下着の紐を夢の中で解かさせる、そんなことを人には気づかせないで。本当に逢って紐を解くまでは。


集歌2414 戀事 意追不得 出行者 山川 不知来
訓読 恋ふる事意(い)を追(お)ひかねて出でて行けば山を川をも知らず来(き)にけり

私訳 貴女と恋の行いをすることを心の中から追い出すことが出来なくて、山や川や所も知らずにさまよって、貴女の許に来てしまった。


寄物陳思
標訓 物に寄せて思ひを陳べたる

集歌2415 處女等乎 袖振山 水垣 久時由 念来吾等者
訓読 処女(をとめ)らを袖(そで)布留山(ふるやま)の瑞垣(みづかき)の久しき時ゆ思ひけり吾は

私訳 母親と共に住む乙女たちが神寄せの袖を振る布留山の瑞垣の久しい時よ。昔を思い出したよ。私は。


集歌2416 千早振 神持在 命 誰為 長欲為
訓読 ちはやぶる神の持たせる命をば誰がためにかも長く欲(ほ)りせむ

私訳 岩戸を開いて現われた神が授けたこの私の命を、誰のためにこのように長く久しくありたいと願いましょうか。


集歌2417 石上 振神杉 神成 戀我 更為鴨
訓読 石上(いそのかみ)布留(ふる)の神杉(かむすぎ)神さぶる恋をも我れは更(さら)にするかも

私訳 石上の神の坐ます布留山の神杉。その神が祝福する恋を私は猶一層にするでしょう。


集歌2418 何 名負神 幣饗奉者 吾念妹 夢谷見
訓読 如何(いか)ならむ名を負(を)ふ神に手向(たむけ)けせば吾(わ)が思(も)ふ妹(いも)を夢にだに見む

私訳 何という名前の神様に祈ると、私が恋い慕う貴女を夢の中だけでも逢えるのでしょうか。


集歌2419 天地 言名絶 有 汝吾 相事止
訓読 天地(あまつち)と言ふ名の絶えてあらばこそ汝(いまし)と吾(わ)れと逢ふことやまめ

私訳 天地と言う名前の世界が無くなってしまったならば、貴女と私とがこのように逢うことも無くなるでしょう。


集歌2420 月見 國同 山隔 愛妹 隔有鴨
訓読 月見れば国は同じぞ山へなり愛(うつく)し妹は隔(へな)りたるかも

私訳 月を見るとお互いに住む国は一緒ですが、山が隔てているので愛しい貴女はその山の向こうに隔てられている。


集歌2421 参路者 石蹈山 無鴨 吾待公 馬爪盡 (参は、糸+翏の当字)
訓読 参(まつ)る路(じ)は岩踏む山はなくもがも吾(わ)が待つ君が馬躓(つまづ)くに

私訳 貴方がやって来る路は岩だらけの山がなければよいのですが、私が待つ貴方の馬が躓いてしまう。


集歌2422 石根蹈 重成山 雖不有 不相日數 戀度鴨
訓読 岩根踏みへなれる山はあらねども逢はぬ日まねみ恋ひわたるかも

私訳 岩道を踏み岩の重なるような険しい山は無いのですが、貴女に会わないが日が多いので逢うことが恋しくなっています。


集歌2423 路後 深津嶋山 暫 君目不見 苦有
訓読 道の後(しり)深津(ふかつ)島山(しまやま)暫(しまし)くも君が目見ねば苦しかりけり

私訳 近江路の奥に湊がある島のような高島の山。その言葉のひびきではありませんが、少しの間も、貴方と直接会っていないと心苦しいものです。


集歌2424 紐鏡 能登香山 誰故 君来座在 紐不開寐
訓読 紐鏡(にもかがみ)能登香(のとか)の山ゆ誰がゆゑか君来ませるに紐解(と)かず寝(ね)む

私訳 紐を通して吊るして懸ける真澄鏡。その紐を「莫解か(なとくか)」と云う言葉のひびきのような、能登川の香しい高円山よ。誰のためでしょうか。鏡の中に貴方の姿が見えるのに、契りの衣の紐を解かずに今日は独りで寝ましょう。


集歌2425 山科 強田山 馬雖在 歩吾来 汝念不得
訓読 山科(やましな)の木幡(こはた)の山を馬はあれど歩(かち)より吾(わ)が来(こ)し汝(な)を思ひかねて

私訳 近江路の山科の木幡の山を馬も越えると云うが徒歩で私は来ました。貴女を慕うだけでは逢えないので。


集歌2426 遠山 霞被 益遠 妹目不見 吾戀
訓読 遠山(とほやま)に霞おふひていや遠(とほ)に妹が目見ねば吾(わ)れ恋ひにけり

私訳 遠くの山波に霞が懸かって、景色がおぼろげに遥かに遠いと思う。そのように関係が遠のき、貴女と直接に逢えないと。私は一層貴女に恋い焦がれます。


集歌2427 是川 瀬ゞ敷浪 布ゞ 妹心 乗在鴨
訓読 この川の瀬々(せせ)のしき波しくしくに妹は心に乗りにけるかも

私訳 この川の瀬々に立つ折り重なるような波が、布が波打つように貴女への気持ちは私の心の中に乗り被さったようです。
注意 原文の「是川」を「うぢかは」と訓むものもありますが、これは集歌2427の歌から集歌2430の歌までの四首が、同時に詠われたとの推定の下に集歌2428の歌の「宇治度」の表記からの推定に因ります。ここでは原文のままに訓んでいます。


集歌2428 千早人 宇治度 速瀬 不相有 後我孋
訓読 ちはや人宇治の渡りの瀬を早み逢はずこそあれ後(のち)も我(あ)が孋(つま)

私訳 勇壮な物部の八十氏の、その宇治川の渡りの瀬の流れが速いので、渡ることが出来なくてこの度は逢えないのですが、これからも貴女は私の妻です。


集歌2429 早敷哉 不相子故 徒 是川瀬 裳欄潤
訓読 愛(は)しきやし逢はぬ子ゆゑにいたづらにこの川の瀬に裳裾(もすそ)濡らしつ

私訳 ああ、いおしい。逢えない立派な貴方のために、空しくこの川の瀬に私の裳の裾を濡らしました。
注意 原文の「不相子故」と「裳欄潤」とで表記される「子」と「裳」の字で、男歌か、女歌かの議論があります。ここでは「子」を女性と限定する必要が無い立場で訓んでいます。

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万葉集巻十一を鑑賞する  集歌2370から集歌2399まで

2011年07月28日 | 万葉集 旧読解
万葉集巻十一を鑑賞する

集歌2370 戀死 戀死耶 玉桙 路行人 事告兼
訓読 恋ひしなば恋ひも死ねとや玉桙の道行く人の事も告げけむ

私訳 恋を占う辻占いをして、恋に苦しみ私が死ぬというのなら、その恋自体を終えてしまえと、美しい鉾を立てる路を行く人が、そのような事を告げました。


集歌2371 心 千遍雖念 人不云 吾戀嬬 見依鴨
訓読 心には千遍(ちへ)に思へど人に云はぬ吾(わ)が恋(こひ)嬬(つま)を見むよしもがも

私訳 心の中では千遍も貴女を愛していると思っていても、それを人には口に出して云いませんが、私の恋する貴女を抱く機会がありません。

注意 原文の「嬬」の語感から、相手の女性は男から見て正妻ではありません。人麻呂歌集で使われる「孋」、「嬬」、「妻」とでは、女性の立場に差があると思われます。


集歌2372 是量 戀物 知者 遠可見 有物
訓読 かくばかり恋ひむものぞと知らませば遠くも見べくあらましものを

私訳 このように貴女に恋するものと知っていたら、初めて貴女に会ったとき、貴女を抱くことをせずに、遠くからただ貴女の姿を眺めているだけの方が良かった。


集歌2373 何時 不戀時 雖不有 夕方枉 戀無乏
訓読 何時(いつ)はしも恋ひぬ時とはあらねども夕方(ゆふかた)曲(ま)けて恋ひは羨(と)も無(な)し

私訳 いつも貴女を恋い慕わない一瞬があるようなことはありせんが、日が沈み夕方が近づくにつれ、一層に貴女への恋の思いが物足りなく感じるようなことはありません。

注意 原文の「戀無乏」は伝統的に「恋はすべなし」と訓みますが、ここでは原文の漢字の読みを尊重してままに訓んでいます。なお、今日でも、この「無乏」の漢字を「すべなし」と訓むことは研究です。また「夕方枉」の「枉」を一般には「任」の誤字としますが、「枉」は「木が斜めに曲がる」を意味しますから「任」は後年の当字と思われます。


集歌2374 是耳 戀度 玉切 不知命 歳経管
訓読 かくのみし恋ひやわたらむたまきはる命も知らず年は経につつ

私訳 このような形で貴女に恋していると、魂が体から切り離され寿命の尽きる時も承知しないで、ただ、年月が過ぎてゆく。


集歌2375 吾以後 所生人 如我 戀為道 相与勿湯目
訓読 吾(わ)が後(のち)に生まれむ人は我が如く恋する道にあひこすなゆめ

私訳 私の後に生まれてくる人は、私のような形で人を愛する羽目に、決して遭わないでほしい。


集歌2376 健男 現心 吾無 夜晝不云 戀度
訓読 健男(ますらを)の現(うつ)し心も吾(わ)れは無み夜昼(よるふる)といはず恋ひしわたれば

私訳 立派な男を示す心意気も、今の私にはありません。夜昼と云わずに貴女に恋し続けていると。


集歌2377 何為 命継 吾妹 不戀前 死物
訓読 何せむに命継ぎけむ吾妹子(わぎもこ)と恋ひせぬ前(さき)に死(し)なましものを

私訳 どのように私の命を永らえましょう。私の愛しい貴女と恋の行為(=同衾)をする前に、この恋の苦しみに死んでしまいそうだ。


集歌2378 吉恵哉 不来座公 何為 不厭吾 戀乍居
訓読 よしゑやし来(き)まさぬ公(きみ)を何せむに厭(いと)はず吾は恋ひつつ居(を)らむ

私訳 どうなっても良い。いらっしゃらない貴方に対して、どうして、このように厭うことなく私は貴方に恋焦がれるのでしょうか。


集歌2379 見度 近渡乎 廻 今哉来座 戀居
訓読 見渡しの近き渡りを廻(たもとほ)り今か来ますと恋ひつつぞ居(を)る

私訳 向こう岸まで見渡すことの出来る近い川の渡しにやって来て、今に来られるでしょうかと、貴方を恋い慕いながら待っています。


集歌2380 早敷哉 誰障鴨 玉桙 路見遺 公不来座
訓読 愛(は)しきやし誰が障(さ)ふれかも玉桙の道見忘れて公(きみ)が来まさぬ

私訳 ああ愛おしい。誰かが邪魔をしているのでしょうか。それとも御門の立派な桙を建てる宮中への道を忘れたようで貴方が遣って来ません。


集歌2381 公目 見欲 是二夜 千歳如 吾戀哉
訓読 公(きみ)が目を見まく欲(ほ)りしてこの二夜(ふたよ)千歳(ちとせ)の如く吾(わ)は恋ふるかも

私訳 貴方の姿を直接にお目にしたいと思って、お逢いするまでのこの二夜がまるで千年のように感じるように私は貴方に恋い焦がれています。


集歌2382 打日刺 宮道人 雖滿行 吾念公 正一人
訓読 うち日さす宮道(みやぢ)を人は満ち行けど吾(わ)が思(も)ふ公(きみ)はただひとりのみ

私訳 日が輝く宮殿への道を人はあふれるように歩いて行くが、私がお慕いする男性はただ一人、貴方だけです。


集歌2383 世中 常如 雖念 半手不忌 猶戀在
訓読 世の中は常(つね)かくのみと思へどもはて忌みえずに猶(なほ)恋ひにけり

私訳 人の世の中は、やはり、このようなものかと思ってみたけれど、それでも貴方への片恋心を忌むことが出来ず、それにまして、貴方に恋しています。


集歌2384 我勢古波 幸座 遍来 我告来 人来鴨
訓読 我が背子は幸(さき)く坐(いま)すと遍(まね)く来(き)て我れに告げ来(こ)む人し来ぬかも

私訳 私の大切な貴方が無事で居ますと、何度も遣って来て、私に告げに来る人だけでも来ないものでしょうか。


集歌2385 麁玉 五年雖経 吾戀 跡無戀 不止恠
訓読 あらたまの五年(いつとせ)経(ふ)れど吾(わ)が恋の跡(あと)無き恋の止(や)まなく怪(あや)し

私訳 はるかに遠く貴重な玉のような五年過ごしたけれど、私の恋の、その貴女と実際に愛し抱き合うことの出来ない、そんな恋なのに止むことがない不思議さよ。


集歌2386 石尚 行戀通 建男 戀云事 後悔在
訓読 巌(いはほ)すら行き通(とほ)るべき建男(ますらを)も恋云ふ事を後(のち)悔(くひ)にけり

私訳 邪魔ならば岩であっても蹴散らして通っていくこの丈夫な男も、恋の表し方で後に悔いが残る。


集歌2387 日促 人可知 今日 如千歳 有与鴨
訓読 日の促(せ)ばみ人知りぬべし今日(けふ)の日は千歳(ちとせ)の如くありこせぬかも

私訳 一日が速く短い。そのうちに人が貴方と私の仲を気づくでしょう。逢う今日の一日は千年の時のように長くならないでしょうか。

注意 原文の「日促」の「促」を一般には「竝」の誤字とし「日竝」と表記し「日ならべば」と訓みます。ここでは原文のままに訓んでいます。ただし、歌意は違います。


集歌2388 立座 熊不知 雖唯念 妹不告 間使不来
訓読 立ちて坐(ゐ)て隈(くま)をも知らず思へども妹に告げねば間使(まつかひ)も来(こ)ず

私訳 立っていても座っていても恋する思いを隠すことなく貴女を慕っていても、貴女にそれを告げなくては、貴女から便りの使いも来ません。

注意 原文の「熊不知」の「熊」は「隈」の当字として訓んでいます。一般に「熊」は「態」の誤字として「たどきも知らに」と訓みます。


集歌2389 烏玉 是夜莫明 朱引 朝行公 待苦
訓読 ぬばたまのこの夜な明けそ朱(あか)らひく朝(あさ)行く公(きみ)を待たば苦しも

私訳 漆黒の闇のこの夜よ明けるな、貴方によって私の体を朱に染めている、その朱に染まる朝焼けの早朝に帰って行く貴方を、また次に逢うときまで待つのが辛い。

注意 集歌2399の歌に「朱引秦不経雖寐心異我不念」と詠う歌があり、万葉集でただ二回だけ人麻呂歌集の歌の中で使われる原文の「朱引」を、人麻呂独特の女性の肌を示す言葉とも解釈しています。


集歌2390 戀為 死為物 有 我身千遍 死反
訓読 恋するに死するものにあらませば我が身は千遍(ちたび)死にかへらまし

私訳 貴方に抱かれる恋の行いをして、そのために死ぬのでしたら、私の体は千遍も死んで生き還りましょう。

注意 隋唐の戀の指南書である「玉房秘訣」に「八淺二深、死往生還、右往左往」なる言葉があるそうです。


集歌2391 玉響 昨夕 見物 今朝 可戀物
訓読 玉(たま)響(とよ)む昨日(きのふ)の夕(ゆふべ)見しものを今日(けふ)の朝(あした)に恋ふべきものを

私訳 美しい玉のような響きの声。昨日の夜に抱いた貴女の姿を思い出すと、後朝の別れの今日の朝にはもう恋しいものです。

注意 原文の「玉響」は諸訓があり、「玉あへば」、「玉ゆらに」、「玉さかに」、「玉かぎる」等がありますが、ここでは「玉とよむ」と原文のままに訓んでいます。


集歌2392 中ゞ 不見有従 相見 戀心 益念
訓読 なかなかに見ずあらましを相見てゆ恋ほしき心まして思ほゆ

私訳 むしろ、貴女を抱かなければ良かった。貴女と床を共にしてからは、恋しい心がいっそう募って来た。


集歌2393 玉桙 道不行為有者 惻隠 此有戀 不相
訓読 玉桙の道行かずあらば惻(いた)隠(こ)もるかかる恋には逢はざらましを

私訳 美しい鉾を立てる官道を行って貴女に出会わなかったら、自分を哀れむ気持ちに包まれる、このような恋をすることもなかったでしょう。

注意 原文の「惻隠」は伝統的に「ねもころ」と訓みますが、その理由は特に無いようです。そのために「ねもころ」と訓む理由が研究テーマになっています。ここでは、原文の漢字の意味のままに訓んでいます。


集歌2394 朝影 吾身成 玉垣入 風所見 去子故
訓読 朝影(あさかげ)に吾(わ)が身はなりぬ玉(たま)垣(かき)るほのかに見えて去(い)にし子ゆゑに

私訳 光が弱々しい日の出のように私は痩せ細ってしまいました。大宮へ入って行く風のように、ほんの少し姿を見せて行きすぎて行った貴女のために。


集歌2395 行ゞ 不相妹故 久方 天露霜 沽在哉
訓読 行き行きて逢はぬ妹ゆゑひさかたの天(あま)露(つゆ)霜(しも)に沽(とも)しけるかも

私訳 逢いに行っても、なかなか逢えない貴女のために、遥か彼方の天からの清らかな露霜に貴女の家に立つ私はみすぼらしくなりました。

注意 原文の「沽在哉」の「沽」は一般に「沾」の誤字として「沾在哉」と表記して「濡れにけるかも」と訓みます。ここでは「沽」の形容詞の意味を尊重して原文のままに訓んでいます。


集歌2396 玉坂 吾見人 何有 依以 亦一目見
訓読 たまさかに吾(わ)が見し人を如何(いか)ならむ縁(よし)をもちてかまた一目見む

私訳 美しい坂で偶然に私が見かけた人を、どのような縁があって、もう一度逢うことができるでしょうか。


集歌2397 暫 不見戀 吾妹 日ゞ来 事繁
訓読 暫(しまし)くも見ぬば恋ほしき吾妹子(わぎもこ)を日(ひ)に日(け)の来(く)れば事の繁けく

私訳 少しの間も貴女に会わないと恋しい私の愛しい貴女。その貴女の許に毎日やって来ると、貴女とすることが色々とありますね。

注意 原文の「事繁」の「事」を一般に「言」の当字として「噂話が酷い」と云う意味で解釈しますが、ここでは漢字のままに「物事が重なる・忙しい」ような意味で解釈しています。


集歌2398 年切 及世定 恃 公依 事繁
訓読 年きはる世(よ)までと定め恃(たの)めたる公(きみ)によりてし事の繁けく

私訳 この世に生きる年を区切り、この世と別れるまでと心に決め、頼りにする貴方に寄り添うと、貴方とすることが色々とありますね。


集歌2399 朱引 秦不経 雖寐 心異 我不念
訓読 朱(あか)らひく膚(はだ)も触れずて寝(い)ぬれども心を異(け)には我が思はなくに

私訳 羞恥に肌を朱に染めるまだ幼い貴女の体を奪わずに身を引き寄せ抱くだけでしたが、だからと云って、貴女に異心を私は思ってもいません。

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万葉集巻十一を鑑賞する  集歌2351から集歌2369まで

2011年07月25日 | 万葉集 旧読解
万葉集巻十一を鑑賞する

はじめに
 万葉集巻十一の歌を鑑賞します。例によって、紹介する歌は、原則として西本願寺本の原文の表記に従っています。そのため、紹介する原文表記や訓読みに普段の「訓読み万葉集」と相違するものもありますが、それは採用する原文表記の違いと素人の無知に由来します。また、勉学に勤しむ学生の御方にお願いです。ここでは原文・訓読み・私訳があり、それなりの体裁はしていますが、正統な学問からすると紹介するものは全くの「与太話」であることを、ご了解ください。つまり、コピペには全く向きません。あくまでも、大人の楽しみでの与太話で、学問ではありません。
 なお、巻十一は人麻呂歌集の略体歌が多く載せられていますが、鑑賞では略体歌の歌は「漢詩風の歌」として正訓字に注目して歌意を取っています。そのため、訓読みにおいて、正統に対して使われる漢字で「事」を「言」へと変換しないなど独善です。また、当時の「男女の交渉」の理解についても、先に説明したような特異な妄想を基本としています。


旋頭謌
標訓 旋頭謌(せどうか)

集歌2351 新室 壁草苅迩 御座給根 草如 依逢未通女者 公随
訓読 新室(にひむろ)の壁草刈りしに坐し給はね 草の如寄り合ふ未通女(をとめ)は公(きみ)がまにまに

私訳 新室の壁を葺く草刈りに御出で下さい。刈った草を束ね寄り合うように寄り添う未通女は貴方の御気の召すままに。


集歌2352 新室 踏静子之 手玉鳴裳 玉如 所照公乎 内等白世
訓読 新室(にひむろ)を踏む静(しづ)む子が手玉(ただま)鳴らすも 玉の如照らせる公(きみ)を内にと申せ

私訳 新室を足踏み鎮める娘子が手玉を鳴らす。玉のように美しく周囲を照らすような立派な貴方を新室の中に御入り下さいと申し上げろ。


集歌2353 長谷 弓槻下 吾隠在妻 赤根刺 所光月夜迩 人見點鴨
訓読 長谷の斎槻(ゆつき)が下にわが隠せる妻 茜さし照れる月夜(つくよ)に人見てむかも

私訳 長谷の斎槻の里に私が奪って隠した恋人。茜色に輝いている月夜の明かりの下で人は気づいてしまうだろうか。

一云、人見豆良牟可
一(ある)は云はく、
訓読 人見つらむか
私訳 人は気づいたでしょうか。


集歌2354 健男之 念乱而 隠在其妻 天地 通雖先 所顕目八方
試訓 健男(ますらを)の思ひ乱れて隠せるその妻 天地(あまつち)の通(かよ)ひ先(さ)くとも顕れめやも

試訳 立派な男が恋に想いを乱れて、奪って隠したその恋人。天と地とが行き通い昔のように一つに重なったとしても、見つかることがあるだろうか。

一云、大夫乃 思多鶏備弖
一(ある)は云はく、
訓読 大夫(ますらを)の思ひたけびて
私訳 立派な男子が心を決めいきり立って

注意 原文の「通雖先」の「先」は、一般には「光」の誤字とし「通雖光」から「通り光るとも」と訓みますが、ここでは「先」の言葉の意味を尊重して原文のままに訓んでいます。


集歌2355 恵得 吾念妹者 早裳死耶 雖生 吾迩應依 人云名國
訓読 愛(うつ)くしとわが念(も)ふ妹は早も死なぬか 生けりともわれに寄るべしと人の云はなくに

私訳 愛おしいと私が恋い焦がれる貴女は早く死なないだろうか。私が生きていても、貴女が私に「心を寄せますよ」と云う人もないので。(そうしないと、恋に私は死んでしまう。)


集歌2356 狛錦 紐片釼 床落迩祁留 明夜志 将来得云者 取置得
訓読 高麗錦紐の片(かた)太刀(たち)床落ちにける 明日の夜し来むとし云はば取り置き得(と)らむ

私訳 高麗錦の太刀の飾りの片方の紐が床に落ちている、貴方が明日の夜に訪ねて来ると云うのなら取って置きましょう。


集歌2357 朝戸出 公足結乎 閏露原 朝起 出乍吾毛 裳下閏奈
訓読 朝戸出の公(きみ)が足結(あゆひ)を濡らす露原 はやく起き出でつつわれも裳裾濡らさな

私訳 朝早く帰って行く貴方が結ぶ足結を濡らす露の野原、早く起きて出て私も途中まで見送って裳裾を濡らしましょう。

注意 原文の「閏」は意味において「潤」の当て字です。なお、この「閏」の字に「閨」の意味合いを持たせた可能性があります。


集歌2358 何為 命本名 永欲爲 雖生 吾念妹 安不相
訓読 何せむに命をもとな永く欲りせむ 生けりとも吾(あ)が念(も)ふ妹に易く逢はなくに

私訳 どうして、この命をむやみに長く欲しがりましょう。生きていても私が慕う貴女にたやすくには逢えないのだから。


集歌2359 息緒 吾雖念 人目多社 吹風 有數ゞ 應相物
訓読 息の緒にわれは念(おも)へど人目多(おほ)みこそ 吹く風にあらばしばしば逢ふべきものを

私訳 深くため息をついて私は貴女を慕っているけど、人目が多くて。もし、私がそのため息のような吹く風だったなら、何度も貴女に逢えるはずなのに。


集歌2360 人祖 未通女兒居 守山邊柄 朝ゞ 通公 不来哀
訓読 人の祖(おや)の未通女(をとめ)児(こ)据ゑて守(もる)山辺(やまへ)から 朝な朝な通ひし公(きみ)が来ねばかなしも

私訳 人の親が未通女の子供を家に置き見守る、その言葉のひびきではないが、守山のあたりから、毎朝毎朝、通ってくるあの御方がやって来ないと哀しいことです。


集歌2361 天在 一棚橋 何将行 穉草 妻所云 足牡嚴  (穉はネ+尸に平の当字)
訓読 天にある一つ棚橋(たなはし)いかにか行かむ 稚草(わかくさ)の妻がりといはば足(あし)牡厳(よそひ)せむ

私訳 天にある一枚板の棚橋をどのように渡って行きましょう。若草のような若く美しい妻の所へと云へば足飾りをして装っていきましょう。

注意 原文の「穉草」の表記において「穉(当字表記)」の本来の字が中国語にも現在の日本語にも伝わっていなくて、難訓となっています。そこで、文字の似た「穉(=稚)」の字を当て、意味は若草であろうとして解釈しています。原文の「穉草」の本来の文字が訓めた場合に、歌意が変わる可能性があります。また、原文の「足牡嚴」の「牡嚴」は「荘厳」と同じで、仏教用語で仏殿・仏像を装い飾るとの意味があります。


集歌2362 開木代 来背若子 欲云余 相狭丸 吾欲云 開木代 来背
訓読 山城の久世の若子(わくご)が欲しと云ふ余(われ) 逢うさわに吾(われ)を欲しといふ山城の久世

意訳 山城の久世の若い御方が欲しいと云う私。逢っただけで私を欲しいと云う山城の久世。

注意 原文の「開木代」は、巻七の集歌1286の歌と同様に伝統で「山城」と訓みますが、その「開木」を「山」と訓む根拠は不明です。そのため、奈良時代のままに訓読みされているかは、不安定です。

参考歌
集歌1286 開木代 来背社 草勿手折 己時 立雖榮 草勿手折
訓読 山城の久世(くせ)の社(やしろ)の草な手折(たおり)そ おのが時と立ち栄ゆとも草な手折りそ

私訳 山城の久世の社の草を手折らないで、貴方の時代だとして立ち栄えても草を手折らないで。

右十二首、柿本朝臣人麿之謌集出
注訓 右の十二首は、柿本朝臣人麿の歌集に出(い)づ


集歌2363 岡前 多未足道乎 人莫通 在乍毛 公之来 曲道為
訓読 岡の崎廻(た)みたる道を人な通ひそ ありつつも公(きみ)の来まさむ避(よ)き道にせむ

私訳 岡の裾野を迂回する道を他の人よ、通らないで。このままであの御方のやって来られる人目を避ける道にしましょう。


集歌2364 玉垂 小簾之寸鶏吉仁 入通来根 足乳根之 母我問者 風跡将申
訓読 玉垂の小簾(をす)の隙(すけき)に入り通(かよ)ひ来(こ)ね たらちねの母が問(と)はさば風と申(まを)さむ

私訳 美しく垂らすかわいい簾の隙間から入って私の許に通って来てください。乳を与えて育てくれた実母が簾の揺れ動きを問うたら、風と答えましょう。


集歌2365 内日左須 宮道尓相之 人妻垢 玉緒之 念乱而 宿夜四曽多寸
訓読 うち日さす宮(みや)道(ぢ)に逢ひし人妻(ひとつま)の垢(はぢ) 玉の緒の念(おも)ひ乱れて寝(ぬ)る夜(よ)しぞ多(おほ)き

私訳 大殿に日が輝き射す、その宮の道で逢った自分の思いのままにならない娘に戀の思いがへばりつく。玉を貫く紐の緒が乱れるように心を乱して寝るそんな夜が多きことです。

注意 原文の「人妻垢」は、一般に「垢」を「姤」の誤記として「人妻ゆゑに」と訓みます。ここでは「垢」の漢字の意味を尊重して、ままに訓んでいます。なお、一般に「姤」の字を「ゆゑに」と訓みますが、これは集歌2486の歌とその左注の「或る歌」の影響と思われます。ただし、なぜ「姤」の字を「ゆゑに」と訓むかの根拠は不明です。


集歌2366 真十鏡 見之賀登念 妹相可聞 玉緒之 絶有戀之 繁比者
訓読 真澄鏡(まそかがみ)見しかと思ふ妹も逢はぬかも 玉の緒の絶えたる恋の繁きこのころ

私訳 願うと見たいものを見せると云う真澄鏡よ、逢いたいと願う愛しい貴女に逢えないでしょうか。玉を貫く紐の緒が切れたような、縁の絶えてしまった恋への思いが激しいこの頃です。


集歌2367 海原乃 路尓乗哉 吾戀居 大舟之 由多尓将有 人兒由恵尓
訓読 海原(うなはら)の路(みち)に乗りてや吾(あ)が恋ひ居(を)らむ 大舟の寛(ゆた)にあるらむ人の児ゆゑに

私訳 海原の航路で大船に乗ったように私の恋心は安心しています。大船のように心が寛大でいるでしょう、そんな人の御子ですから。

右五首古謌集中出
注訓 右の五首は、古き謌の集(しふ)に中(うち)に出ず
参考に、この五首は旋頭歌


正述心緒
標訓 正(まさ)に心緒(おもひ)を述べたる

集歌2368 垂乳根乃 母之手放 如是許 無為便事者 未為國
訓読 たらちねの母が手(て)放(はな)れかくばかりすべなき事はいまだ為(せ)なくに

私訳 乳を与えて育ててくれた母の手から離れるとは、このようなことでしょうか。母を頼らないですますことが、未だに出来ないのに。


集歌2369 人所寐 味宿不寐 早敷八四 公目尚 欲嘆
訓読 人の寝(ぬ)る味(うま)寝(い)は寝(ね)ずてはしきやし公(きみ)が目すらを欲(ほ)りし嘆(なげ)かむ

私訳 人が寝て熟睡するようには寝ることが出来なくて、夢の中で見る愛しい貴方の姿を見たいと思って嘆いています。

或本歌云、公牟思尓 暁来鴨
或る本の歌に云はく、
訓読 君を思ふに明けにけるかも
私訳 貴方を恋い慕っている内に夜が明けたようです。

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万葉集 「撫ず」を鑑賞する

2011年07月24日 | 万葉集 雑記
万葉集 「撫ず」を鑑賞する

 万葉集に載る「撫ず」の歌を鑑賞しますが、例によって、紹介する歌は、原則として西本願寺本の原文の表記に従っています。そのため、紹介する原文表記や訓読みに普段の「訓読み万葉集」と相違するものもありますが、それは採用する原文表記の違いと素人の無知に由来します。また、勉学に勤しむ学生の御方にお願いです、ここでは原文・訓読み・私訳があり、それなりの体裁はしていますが、正統な学問からすると紹介するものは全くの「与太話」であることを、ご了解ください。つまり、コピペには全く向きません。あくまでも、大人の楽しみでの与太話で、学問ではありません。
 なお、今回、飛鳥・奈良時代の貴族階級は神仙道教房中術を教養として身に付けていたとの前提で「歌を裏」から特殊に鑑賞していますので、房中術と併せてご理解下さい。ご存じと思いますが、この房中術では男女の良好な“目合ひ(まぐわひ)”は保養長寿のための高度な医療行為の過程であるとされています。

男の務
 万葉集の歌を見て行くと他の古典の和歌集とは特徴的に違い、男女の「目合ひ」を直接的に表現したものが多々あることに気付きます。ここでは、その直接的な「目合ひ」をテーマにした歌に焦点を当てて鑑賞して見ました。なお、今回の題目に「目合ひ」では気が引けますので、愛撫を意味する「撫ず」を題目にしています。

集歌3163 吾妹兒尓 觸者無二 荒礒廻尓 吾衣手者 所沾可母
訓読 吾妹子(わぎもこ)に触(ふ)るるは無(な)みに荒礒廻(ありそみ)に吾(あ)が衣手(ころもて)は濡れにけるかも

私訳 私の愛しい貴女と身を交わしたこともないのに、波打つ荒磯を廻り行くに、私の衣の袖は濡れたようです。


 古語では「触る」の詞に「男女の契りを交わす・目合う」の意味があります。この詞の意味に注目すると、集歌3163の歌から推定するに、万葉時代では男が床で女の体に触ると、その床で互いの体に懸ける白栲の衣の袖が女性の「愛の潤い」で「染付くように濡れる(沾の語感)」のが約束です。また、当時の成人する男の児に添臥の女性が実技教育をする風習からして、女の体をそのような状態にするのは一人前の男の務だとの約束があったと思われます。
 この男女の約束事を前提に、次の歌を鑑賞します。

集歌2949 得田價異 心欝悒 事計 吉為吾兄子 相有時谷
訓読 うたて異(け)に心いぶせし事(こと)計(はか)りよくせ吾が背子逢へる時だに

私訳 どうしたのでしょう、今日は、なぜか一向に気持ちが高ぶりません。何か、いつもとは違う楽しくなるやり方を工夫してください。ねえ、貴方。こうして二人が抱き合っているのだから。


 集歌3163の歌に示すように、「吾妹子」の詞から推定される継続して肉体関係を保つ男女の関係では、前戯を行い、女を潤い濡れた状態にするのが時代の約束なのでしょう。この約束事を下に集歌2949の歌を鑑賞すると、歌の「相有時谷」の表記を前提に、女は夜の床で男に「いつもと同じやり方だと気持ちが一向に高ぶらない。今日は少し変わった方法を試しましょう」と求めています。
 さて、歌でのその「事計吉為=少し変わった楽しい方法」とはどのような事でしょうか。それを推定するために、当時の「いつもの男女のやり方」を考えてみたいと思います。そこで、それをまだ男女の関係について経験が浅い女に対する歌から推定してみます。


玉勝間の業
 玉勝間の言葉は、玉と勝間(かつま)との二つの言葉に分けられるようです。この「勝間(かつま)」とは、古語で「無目堅間(マナシカタマ)」からきた言葉で「竹の籠」のことを示し、その中子(身)と蓋の「大きさが合い、蓋をする」と云う動作の言葉から「逢う」の枕詞とされています。

集歌2916 玉勝間 相登云者 誰有香 相有時左倍 面隠爲
訓読 玉かつま逢はむと云ふは誰(たれ)なるか逢へる時さへ面(おも)隠しする

私訳 美しい竹の籠(古語;かつま)の中子と蓋が合う、その言葉ではないが、逢うために私の部屋に来て下さいと云ったのは誰ですか。こうして抱き合っている時にでも、貴女は顔を隠す。


 歌は、女から男に抱かれたいとの思いを告げ、その願いが叶い男と共寝をする時でも、女は恥じらいに顔を隠すと詠います。およそ、原文の「相登云者 誰有香」の用字の語感から、男は女に覆い被さり、上から下に女の顔や体を眺めています。男女の経験が浅い女が示す態度から推測して、この形が普段の男女のいつものやり方なのでしょう。なお、歌は教養ある階級の男女の相聞ですから、枕が二つ並ぶ敷栲の床での会話が前提です。野良の野合ではありません。
 ここで一度、夜の営みでは女性は潤い濡れるのが約束との視点に戻り、女性の中心を「芽・芽子」の言葉で比喩することに注目しますと、集歌2259の歌のような、とても意味深長な歌に出会います。

集歌2259 秋芽子之 上尓白露 毎置 見管曽思努布 君之光儀乎
訓読 秋萩の上に白露置くごとに見つつぞ偲(しの)ふ君が姿を

私訳 秋萩の上に白露が置くたびに、その姿を眺めながら思い浮かべる。貴女の姿を。


 古語で「見る」には「男女が関係を結ぶ」との意味合いもあり、「偲ふ」には「賞美する・堪能する」との意味合いもあります。万葉の世界では、夜の営みでは女性は潤い濡れるのが約束です。こうした時、集歌2259の歌は、男は女の姿形をしっかり見知っていることを前提としていますから、二人には万葉歌の約束として肉体関係があります。すると、抱いた相手だけが分かる「歌の裏」として、紐解く女性の芽子から露が湧き出て置く情景を詠ったとも解釈が可能となります。この解釈があるのなら、男は自分のする愛撫に相手の高まりの様子を眺めながら、楽しんでいたとの妄想も可能です。ここで、集歌2949の歌と重ね合わせると、万葉の時代では教養ある男は女が潤い濡れるように努力して、その湧き出る潤いを確認して堪能するのが男としての責任だったのでしょうし、それが「事計」の示すものと思います。ただ、この解釈が成り立つなら、この歌を詠った男の、その時の顔の位置が気にかかります。
 さて、この与太話は置いて、万葉人の戀歌のバイブルである人麻呂歌集の歌を見てみますと、

集歌2389 烏玉 是夜莫明 朱引 朝行公 待苦
訓読 ぬばたまのこの夜な明けそ朱(あか)らひく朝(あさ)行く公(きみ)を待たば苦しも

私訳 漆黒の闇のこの夜よ明けるな、貴方によって私の体を朱に染めている、その朱に染まる朝焼けの早朝に帰って行く貴方を、また次に逢うときまで待つのが辛い。


 集歌2399の歌に「朱引秦不経雖寐心異我不念」と詠う歌があります。その歌と共通で万葉集の中で、ただ二回だけ人麻呂歌集の歌の中で使われる原文の「朱引」を、人麻呂独特の恋する女の肌を示す言葉と解釈しています。ここには、貴方の手によって黒髪の流れる白き私の肌を朱に染めると詠う情景があります。その夜に肌を朱に染めた女はどうであったかと云うと、

集歌2390 戀為 死為物 有 我身千遍 死反
訓読 恋するに死するものにあらませば我が身は千遍(ちたび)死にかへらまし

私訳 貴方に抱かれる恋の行いをして、そのために死ぬのでしたら、私の体は千遍も死んで生き還りましょう。

と、夜の床で男性の“剣太刀”で何度も身を貫かれたその夜の名残の思いを女は詠います。また、その夜の女は、男から見て次のような姿を見せています。


集歌2391 玉響 昨夕 見物 今朝 可戀物
訓読 玉(たま)響(とよ)む昨日(きのふ)の夕(ゆふべ)見しものを今日(けふ)の朝(あした)に恋ふべきものを

私訳 美しい玉のような響きの声。昨日の夜に抱いた貴女の姿を思い出すと、(後朝の別れで家に帰り着いた)今日の朝刻には、もう恋しいものです。

 ここで、集歌2391の歌の原文での「玉響」には諸訓があり、「玉あへば」、「玉ゆらに」、「玉さかに」、「玉かぎる」等の訓みがありますが、ここでは「玉とよむ」と原文のままに訓み、解釈しています。するとそこには、男の濃やかな愛撫に全身で答える女の姿があります。ただし、残念なことに、このような解釈がこの三首にあったとしても、歌から愛の営みに満ち足りた女の感情は想像できますが、そこまでへの過程はこれらの歌からは明らかではありません。
 ここで話題を戻して、では、夜の床で女が求める集歌2949の歌の「事計」の業とは、男が女の体をじっと視る以外に、どのようなものがあったのでしょうか。


乳母への業
 集歌2949の歌の「事計」の言葉に注目して、次の集歌2925と2926の歌を鑑賞して見ます。
 一般には、この二首は母親のような年上の女が、まだ若く恋の経験の薄い男を、軽くたしなめるような感覚の歌として鑑賞します。ところが、歌を交わす二人の年齢が逆としますと、想像で乳房の豊満な若い女と家を構える壮年の男との関係が現れ、歌の情景は夜の営みの情景へと変わります。つまり、歌は若い女から乳房が好きな男への夜の誘いの歌となります。


集歌2925 緑兒之 為社乳母者 求云 乳飲哉君之 於毛求覧
訓読 緑児(みどりこ)の為こそ乳母(おも)は求むと云ふ乳(ち)飲めや君の乳母(おも)求むらむ

私訳 「緑児の為にこそ、乳母は探し求められる」と云います。でも、さあ、私の乳房をしゃぶりなさい。愛しい貴方が乳母(乳房)を求めていらっしゃる。


集歌2926 悔毛 老尓来鴨 我背子之 求流乳母尓 行益物乎
訓読 悔(くや)しくも老いにけるかも我が背子が求むる乳母(おも)に行かましものを

私訳 残念なことに年老いてしまったようです。私の愛しい貴方が請い願う乳母(乳房)として、堂々と、女である私から貴方の許に行きたいのですが。


 万葉の時代では、身分有る家の娘は自分から恋する男の許に行くことは慎むこととされています。それを前提として、上総の珠名の娘子を「胸別之 廣吾妹 腰細之 須軽娘子」と高橋連蟲麻呂が形容するように若く乳房が豊かであることは、世の男が惹かれる重要な要素です。そのような胸を自慢する娘が「貴方の許に行けないのは、私は年老いているから」と男に謎懸けて話しかけることは有り得ると思います。つまり、「私からは行けないから、貴方からやって来て下さい」との甘えた願いになりますし、「乳飲めや君」とは訪れる男に対する「乳房への愛撫」のお願いにもなります。これはちょうど、大伴田主と石川女郎との相聞で女郎が「賤しき嫗に似せる」との情景に通じるものがあります。
 ここで、この歌の解釈で、胸豊かな若い娘と家を構える男との関係と認めますと、男は娘の乳房を口で愛撫することが好きですし、娘はそれが好ましいと感じています。万葉時代の貴族が使っていたと思われる愛の指南書である「玉房秘訣」では乳頭に対して男は「用嘴吮吻、並用齒輕咬」を行うことを推薦していますから、歌の世界から想像する業と一致します。つまり、当時においても現在と変わらず、男女の愛撫に口を使う行為も自然であったとの邪推が可能となります。


東人の業
 貴族の詠う歌は、男女を詠っていてもその状況を比喩で示されると真意に気付かない場合が過半と思います。ここで、比喩ではないかとの個人的な思い込みの例として巻七の詠月の歌を紹介します。歌で詠う「月」を「月人壮士」のような「男」の比喩としても、歌の鑑賞は成り立ちますし、その時、これらを恋の相聞とする方がより理解しやすいと思います。


集歌1071 山末尓 不知夜歴月乎 将出香登 待乍居尓 夜曽降家類
訓読 山の末(は)にいさよふ月を出でむかと待ちつつ居(を)るに夜(よ)ぞ更けにける

私訳 山の際で出て来るのをためらっている月を、もう出て来るのかと待っている内に夜が更けていく。


集歌1072 明日之夕 将照月夜者 片因尓 今夜尓因而 夜長有
訓読 明日(あす)の夕(よひ)照らむ月夜(つくよ)は片寄りに今夜(こよひ)に寄りて夜(よ)長(なが)くあらなむ

私訳 明日の宵に照るだろう月夜は、少し分け寄せて今夜に寄せ加えて、今、この夜が長くあってほしい。


集歌1073 玉垂之 小簾之間通 獨居而 見驗無 暮月夜鴨
訓読 玉垂(たまたれ)の小簾(をす)の間(ま)通(とひ)しひとり居(ゐ)て見る験(しるし)なき暮(ゆふ)月夜(つくよ)かも

私訳 美しく垂らす、かわいい簾の隙間を通して独りで部屋から見る、待つ身に甲斐がない煌々と道辺を照らす満月の夕月夜です。


集歌1074 春日山 押而照有 此月者 妹之庭母 清有家里
訓読 春日山おして照らせるこの月は妹が庭にも清(さや)けくありけり

私訳 春日山を一面に押しつぶすかのように煌々と照らすこの月は、愛しい貴女の庭にも清らかに輝いていました。


 比喩歌では、その鑑賞において何を比喩したのかの判断で、それぞれの歌の解釈に幅や振れが生じるでしょう。そこで、もう少し直線的に見てみたいと思います。
 さて、飛鳥・奈良時代は、当然のこととして庶民は雑居生活で、若い娘が独立した部屋を持つことはありません。つまり、若い娘の「人との出会い」は野良が舞台です。そのような男女の様子を詠う歌が、東国の歌にあります。そして、これらの歌を万葉集巻十四の中に採歌したのは都人ですから、その為す東人の業を十分に理解していたはずです。


集歌3530 左乎思鹿能 布須也久草無良 見要受等母 兒呂我可奈門欲 由可久之要思母
訓読 さ牡鹿(をしか)の伏すや草群(くさむら)見えずとも子ろが金門(かなと)よ行(ゆ)かくし良(え)しも

私訳 立派な角を持つ牡鹿が伏すだろう、その草むらが見えないように、姿は見えなくても、あの娘のりっぱな門を通るのは、それだけでも気持ちが良い。


 この歌は通説のままでは歌意が不明として、牡鹿を陰茎、草群を女性の柔毛、金門を陰門の比喩として解釈することがあります。この時、男はまだ柔毛の生え揃わない若い娘の下腹部の様子を眺めながら腰を使っていますから、男は上から女を抱いていることになります。なお、この歌は男からの一方的な行為だけで、女の応接は不明です。ここで、歌の鹿、草、見、門の四字だけは正訓で、そこに採歌者の意図があるとの指摘があります。


集歌3531 伊母乎許曽 安比美尓許思可 麻欲婢吉能 与許夜麻敝呂能 思之奈須於母敝流
訓読 妹をこそ相見に来しか眉引(まよひ)きの横山(よこやま)辺(へ)ろの鹿猪(しし)為(な)す思へる

私訳 愛しいお前だからこそ逢いに来ただけだのに、まるで眉を引いたような横山の辺りの鹿や猪かのように扱われる(追い払われる)と思ってしまう。


 集歌3531の歌の訓読の「鹿猪為す思へる」は「まるで鹿や猪がしているように思ってしまう」とも意を取ることも可能です。このとき、訓読の「妹をこそ相見に来しか」は「愛しいお前だからこそ抱きに来たのだが、」と解釈できます。この解釈が可能なら、この歌は集歌3530の歌の男女とは違い「相見」の関係ですから、娘の体に慣れ親しんだ男は、娘の衣服の汚れるのを気にしたのか、または、男の切羽詰まった感情で、野原で後から女を鹿や猪のように抱いていることになります。


集歌3532 波流能野尓 久佐波牟古麻能 久知夜麻受 安乎思努布良武 伊敝乃兒呂波母
訓読 春の野に草(くさ)食(は)む駒の口やまず吾(あ)を偲(しの)ふらむ家の子ろはも

私訳 春の野で草の新芽を食べる駒が常に口をもぐもぐと動かすように、いつも話題に出して遠くに居る私を恋しく思っているでしょう、家に残した愛しい貴女よ。


 集歌3532の歌は、男女の野良の情景を詠う歌ではありません。同じ家で生活していた男女の情景の歌です。これを前提に、訓読の「偲ふ」には「遠く離れた人を恋しく思う」の意の他に「賞賛する・堪能する」の意があります。この場合、言葉を話さない馬を口を動かす動作の比喩に持ってきた意図と集歌3530や3531の歌の流れから、別の意味合いで「口をもぐもぐと休むことなく動かして私を堪能した、私の家に住む愛しい貴女よ」とも解釈できます。
 なお、万葉集には他に「口不息 吾戀兒矣(口(くち)息(や)まず 吾が恋ふる児を)」と表現する長歌があり、その反歌に

集歌1794 立易 月重而 難不遇 核不所忘 面影思天
訓読 たち替わり月(つき)重(かさ)なりて逢はねどもさね忘らえず面影(おもかげ)にして

私訳 この月も替わり月が積み重なり、貴女には逢えないけども、貴女をどうしても忘れることが出来ない。貴女の姿を思い浮かべると。


と詠われていて、原文の「核不所忘」の「核(さね)」の詞を副詞とするか、名詞とするかの考え様で歌の意味は大きく変わります。一般には「核」は強調語としての副詞です。もし、宴会で墨書して披露する歌と考え、裏の訳として名詞と考える場合は「核」は女性の中心部分を意味します。そのとき、「口不息 吾戀兒矣(口息まず 吾が恋ふる児を)」は、「私がしっかりと口で核を愛撫する貴女」のような訳も成り立ちますし、先の集歌3532の歌の解釈の幅が広がることもご理解いただけるものと思います。
 このような「歌の裏」があるのでしたら、それは当時の男女の日常です。公の歌会(歌垣をサロンで行うようなものを想定)や肆宴などでの歌は「表の歌」でしょうが、宴が乱れたときに披露する歌もあったと思います。その一部が、先に披露したものと思います。そして、その「歌の裏」で想像できる行為(触、見、吻、挿の行為の手段や事前、事後等の行為の形)が、集歌2949の歌での「事計」の言葉で示す女が求める内容と思います。

 さて、万葉の歌を鑑賞する時、万葉人の時代以前に中国から醫心方、素女經、玉房秘訣等の書籍が到来していて、漢語と万葉仮名で和歌を詠えるような貴族は、教養や医療行為の一環として、その内容を理解していたと推定されます。それらの書籍は医薬書として扱われ、壮年の男性の養生保気には若き女性の愛液や高みで生まれる唾液は摂取すべき薬として位置付けられていますし、女性もまた男性の精は摂取すべきものとなっています。その実践として、玉房秘訣では男性向けに女性から多くの「精」を得るために五徴十動の法などが示されていますし、その「精」の摂取法は「吻」と「挿」で行うと推薦されています。神仙道教の房中術栽接法では男女同等とされていますから、摂取法において女性も同等であったと推定されます。
 このように男性が女性に夜の床で十分に喜びを与えることが自身の養生保気の一環として自然であった時代に、歌の比喩において、牡鹿や剣太刀は男性を、芽子や露が女性を表わすとすると、表向きの歌意とは違った大人の楽しみとしての歌意を楽しむことが可能ではないでしょう。今回は、そのような観点から「歌を裏」から鑑賞してみました。

 参考資料として、万葉時代の貴族たちが読んでいた醫心方房内篇や玉房秘訣などのエッセンスを現代の中国の方が説明した文がありますので、以下に紹介します。なお、訳は割愛いたします。

古人房中術的愛撫技巧、是從手指尖到肩膀、足趾尖到大腿、彼此輕緩地愛撫。脚、是先從大拇趾及第二趾開始、而後逐漸向上游移、因為腿部的神經末梢是由上而下分布的。手、則由中指開始、而及食指與無名指、三指交互摩擦。先磨擦手背、而後進人由掌心向上游移、用四指在手臂內側專心愛撫、漸上肩膀。在手脚的愛撫動作完畢後、男人的左手就緊抱女子的背梁、右手再向女子重要的感帶愛撫、同時進行接吻。接吻也是依順序漸進的、要先吻頸、再吻額。男人也用嘴吮吻對方的喉頭、頸部和乳頭、並用齒輕咬耳朶等女子的敏感帶。經過上述的程序、充分愛撫女子身體的各主要部位後、再慢慢進行「九淺一深」或「八淺二深」的交合方式、對方就得到十分快感、顯現出非常滿足的樣子。 愛撫女子經絡、則對方的感應是非常敏銳快速而自然的。俗云「九淺一探、右三左三、擺若鰻行、進若蛭步」。這十六字足以描繪男人在交合時應有的技巧。其最主要的目的、還是在教男人自行理智控制、盡量使女子快樂。達到高潮、而自己能避免過早洩精。陽具先淺進九次、使女子青春蕩漾、心猿意馬、然後再作很深入的一撃、是謂九淺一深。因為在九次淺進時、女子能感受溫柔的撫擦的快感、然後又受到狠命的一插、心動氣顫、男人龜頭直抵陰戶深處、女子即刻會陷入極度的興奮狀態、陰道發生反覆膨脹及不斷緊縮的現象。癒是如此、則對陽具的介入、更能體會出交合快感。除了九淺一深外、陽具還需左衝右突、摩擦女子陰戶右邊三次、再左邊三次、此際、女子又復感受到不同的快感、來自陰道兩壁、性慾便更是高漲、不能自已。此外、男人陽具在進出陰道時、不可呆板地一抽一送、必須像鰻魚游進、向擺動身體、以使女子陰道兩壁都能感受到陽具的衝突。或是在進出陰道時、採用像蛭蟲走路一般、一上一下地縱著身體拱進。如此女子的陰道上下壁也能明確地感受到陽具插擦快感、終而神魂顛倒、樂不可支而達到高潮。

「玉房秘訣」、其中載有「八淺二深、死往生還、右往左往」。九淺一深也好、八淺二深也好、都是殊途同歸、指的是性交的韻律。同時限制深人的次數、除非很特殊的例子、女子才需要每次的插人、都要直抵陰道最深處、因為每次都深人、這種強烈的快感、極易導至性感的麻痺不覺、反而弄巧成拙。正像在背上搔抓止癢。若是過於用力而次數又太多、很容易便造成疼痛的後果。「死往生還」、指的是男子陽具在陰戶內因受內壁的蠕動緊縮和溫度的刺激、很容就會不自主地洩精、因此在發現陽具感動而堅硬時、應立即抽出陰道、待它稍軟後、再行插入、也就是所謂的死往生還、也就弱入強出的意思。「右往左往」、是指陽具必須在陰道兩壁、交互磨擦。

なお、推定で飛鳥時代以降の宮中での房中術栽接法の導師は、藤原氏の家業と思われます。
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万葉集 言霊の国の愛

2011年07月23日 | 万葉集 雑記
万葉集 言霊の国の愛

 万葉集に載る「愛」に関係する歌々を鑑賞しますが、例によって、紹介する歌は、原則として西本願寺本の原文の表記に従っています。そのため、紹介する原文表記や訓読みに普段の「訓読み万葉集」と相違するものもありますが、それは採用する原文表記の違いと素人の無知に由来します。また、勉学に勤しむ学生の御方にお願いです、ここでは原文・訓読み・私訳があり、それなりの体裁はしていますが、正統な学問からすると紹介するものは全くの「与太話」であることを、ご了解ください。つまり、コピペには全く向きません。あくまでも、大人の楽しみでの与太話で、学問ではありません。
 さて、人麻呂歌集に、日本人の精神世界で紹介される「言霊」に関係するとして取り上げられる歌があります。実際は、以下に示すように人麻呂は反歌で「事霊」を詠うだけですし、その長歌では「言」、「辞」と「事」とが明確に区別されています。つまり、人麻呂や飛鳥・奈良時代の日本人にとって「言霊」と「事霊」は、まったく別なものです。もし、言葉の持つ霊力として「言霊」を議論するなら、その言葉の持つ霊力と云う思想原点からは違う言葉である「事霊」を詠う人麻呂の歌を引用することは出来ません。

集歌3253 葦原 水穂國者 神在随 事擧不為國 雖然 辞擧叙吾為 言幸 真福座跡 恙無 福座者 荒磯浪 有毛見登 百重波 千重浪敷尓 言上為吾 言上為吉
訓読 葦原の 瑞穂の国は 神ながら 事挙げせぬ国 しかれども 辞挙げぞ吾がする 言幸(さき)く ま福(さき)くませと 障(つつ)みなく 福(さき)くいまさば 荒礒(ありそ)波(なみ) ありても見むと 百重(ももへ)波(なみ) 千重(ちへ)波(なみ)しきに 言上げす吾れは 言上げす吾れは
私訳 天皇が治める葦原の瑞穂の国は地上の神々が気ままに人民に指図しない国です。しかし、その神々にお願いを私はする。その神々に誓約する。この国が繁栄しますようにと。そして何事もなく繁栄しているのなら、荒磯に常に波が打ち寄せるように百回も、千回も、神々に誓約します。私は。神々に誓約します。私は。

反歌
集歌3254 志貴嶋 倭國者 事霊之 所佐國叙 真福在与具
訓読 磯城島の大和の国は事霊(ことたま)の佐(たす)くる国ぞま福(さき)くありこそ
私訳 天皇の志の貴い磯城島の大和の国は地上の神々が天皇を補佐する国です。きっと、繁栄するはずだ。

 ここでは紹介を省きますが、万葉集と同時代性を保つとされる延喜式祝詞でも「言」、「辞」と「事」とは明確に区別されています。この事実から万葉集の歌を鑑賞する時に、原文の正訓である「事」を、訓読みを行うからとして「言」と置き換えることは出来ません。正訓の「事」は、その漢字の示す意味をままに鑑賞する必要があります。「事繁」は「言繁」と同等な意味はありませんし、また、「事盡」と「言盡」とが同等でないことは言うまでもありません。
 ここでは、この原則から「事繁」、「事盡」、「事計」の意味に注目して万葉集の「愛」の歌を鑑賞します。一般に、江戸中期以降では万葉集での「事」の用字は「言」に換字して鑑賞しますから、歌意は大幅に違います。

集歌2556 玉垂之 小簀之垂簾乎 徃褐 寐者不眠友 君者通速為
訓読 玉垂の小簾(をす)の垂簾(たれす)を行き褐(かち)む寝(い)は眠(な)さずとも君は通はせ
私訳 美しく垂らすかわいい簾の内がだんだん暗くなります。私を抱くために床で安眠することが出来なくても、貴方は私の許に通って来てください。

集歌2397 暫 不見戀 吾妹 日ゞ来 事繁
訓読 暫(しまし)くも見ぬば恋ほしき吾妹子(わぎもこ)し日(ひ)に日(け)の来(く)れば事の繁けく
私訳 少しの間も貴女に会わないと恋しい私の愛しい貴女。その貴女の許に毎日やって来ると、貴女とすることが色々とありますね。

集歌2916 玉勝間 相登云者 誰有香 相有時左倍 面隠爲
訓読 玉かつまあはむと云ふは誰(たれ)なるかあへる時さへ面(おも)隠しする
私訳 美しい竹の籠(古語;かつま)の中子と蓋が合う、その言葉ではないが、「貴方に逢いたい」と云ったのは誰ですか。こうして抱き合っている時にでも、貴女は顔を隠している。

集歌2554 對面者 面隠流 物柄尓 継而見巻能 欲公毳
訓読 対(こた)ふ面(つら)面(おも)隠さるる物からに継ぎて見まくの欲(ほ)しき公(きみ)かも
私訳 貴方にまじまじと見られると、恥ずかしくて私は顔を隠してしまうのですが、これからもずっと夜床を共にしたいと私からおねだりしたい貴方です。

集歌2627 波祢蘰 今為妹之 浦若見 咲見慍見 著四紐解
訓読 はね蘰(かつら)今する妹がうら若み咲(ゑ)みみ慍(いか)りみ著(つ)けし紐(ひも)解(と)く
私訳 成女になった印の「はね蘰」を、今、身に着ける愛しい貴女は、まだ、男女の営みに初々しいので、はにかんだり拗ねたりして、着ている下着の紐を解いている。

集歌2558 愛等 思篇来師 莫忘登 結之紐乃 解樂念者
訓読 愛(うつく)しと思へりけらし莫(な)忘れと結びし紐の解(と)くらく念(も)へば
私訳 私のことを「愛しい」とあの人は想って下さるようです。「けっして、今日のことを忘れるなよ」と云って結んだその私の下着の紐を、今、こうして貴方が解いているのを思うと。

集歌2650 十寸板持 盖流板目乃 不令相者 如何為跡可 吾宿始兼
訓読 そき板(た)以(も)ち蓋(ふ)ける板目(いため)のあはざらば如何(いか)にせむとか吾(あ)が宿(ね)始(そ)めけむ
私訳 薄くそいだ板で葺いた屋根の板目同士がなかなか合わないように、私の体が貴方に気に入って貰えなければどうしましょうかと、そのような思いで、私は貴方と共寝を始めました。

集歌661 戀々而 相有時谷 愛寸 事盡手四 長常念者
訓読 恋ひ恋ひてあへる時だに愛(うるは)しき事(こと)尽(つく)してし長くと念(おも)はば
私訳 お慕いし続けてやっと逢い抱き合っているのだから、燃え上がるように丹念に愛撫を尽くして下さい。この二人の仲が長く続くとお想いでしたら。

集歌2949 得田價異 心欝悒 事計 吉為吾兄子 相有時谷
訓読 うたて異(け)に心いぶせし事(こと)計(はか)りよくせ吾が兄子あへる時だに
私訳 どうしたのでしょう、今日は、なぜか一向に気持ちが高ぶりません。何か、いつもとは違うやり方を工夫してください。ねえ、貴方。こうして二人が抱き合っているのだから。

集歌2498 釼刀 諸刃利 足踏 死ゞ 公依
訓読 剣太刀(つるぎたち)諸刃(もろは)の利(と)きに足踏みて死なば死なむよ公(きみ)に依(よ)りては
私訳 貴方が常に身に帯びる剣や太刀の諸刃の鋭い刃に足が触れる、そのように貴方の腰の“もの”でこの身が貫かれ、恋の営みに死ぬのなら死にましょう。貴方のお側に寄り添ったためなら。

集歌2390 戀為 死為物 有 我身千遍 死反
訓読 恋するに死するものにあらませば我が身は千遍(ちたび)死にかへらまし
私訳 貴方に抱かれる恋の業をして、そのために死ぬのでしたら、私の体は千遍も死んで生き還りましょう。

集歌2391 玉響 昨夕 見物 今朝 可戀物
訓読 玉(たま)響(とよ)む昨日(きのふ)の夕(ゆふべ)見しものを今日(けふ)の朝(あした)に恋ふべきものを
私訳 美しい玉のような響きの声。昨日の夜に抱いた貴女の姿を思い出すと、後朝の別れの今日の朝にはもう恋しいものです。

集歌2409 君戀 浦経居 悔 我裏紐 結手徒
訓読 君に恋ひうらぶれ居(を)れば悔(くや)しくも我(わ)が下紐(したひも)の結(ゆ)ふ手いたづら
私訳 貴方を慕って逢えないことを寂しく思っていると、悔しいことに着替える夜着の下紐を結ぶ手が空しい。

集歌2629 不相友 吾波不怨 此枕 吾等念而 枕手左宿座
訓読 あはずとも吾(われ)は怨(うら)みじこの枕(まくら)吾(われ)と思ひて枕(ま)きてさ寝(ね)ませ
私訳 お逢いできなくても私は怨みません。でも、この贈る私の香の染み込んだ枕を、私だと思って抱いて寝て下さい。

集歌2624 紅之 深染衣 色深 染西鹿齒蚊 遺不得鶴
訓読 紅(くれなゐ)の深染(こそめ)の衣(ころも)色(いろ)深(ふか)く染(し)みにしかばか遺(わす)れかねつる
私訳 紅色に深く染めた衣の色のように、私の心に貴女(貴女の香)が深く染み込んだからか、忘れる去ることができません。

 今回、表題の「言霊の国の愛」としたのは、原文の「事繁」を「言繁」へと換字した場合、言葉は「些事が多いや多くの出来事が起きる」のような意味合いから「噂話が酷いや会話を交わすことが多い」と云う意味合いに変化します。こうした時、共寝の二人がする行為が「事繁」と、「言繁」とでは、意味合いが大きく違うことはご理解いただけると思います。また、歌の真意がここで示すもののようであるなら、今まで以上に万葉集の恋歌に関心を持たれるのではないでしょうか。
 なお、伝統の訓読み万葉集では「事繁」と「言繁」との間で区別を付けずに「言(こと)繁(しげ)く」と訓むことになっています。旧来は極論すると“万葉集の歌は万葉仮名で表記されている”と解釈されていましたが、現在では、特殊な歌だけが万葉仮名だけで表記され、多くの歌は漢語と万葉仮名交じりで表記されていると理解されるようになりました。つまり、“歌での正訓字は、意訳や創訳は別として、新旧漢字表記以外にその漢字や意味を変換出来ない”ことになりますから、伝統の「事繁」を「言(こと)繁(しげ)く」と訓むことは創訳の分類になると考えます。
 また、ここで示しましたような一連の歌の解釈が成立するならば、恋歌として万葉集の歌と古今和歌集等の歌とを単純に比較が出来ないこともご理解いただけると思います。古今和歌集以降の勅撰和歌集の恋歌に万葉集の歌のような本来の男女の濃厚な夜の情景を詠ったものがあるかどうかを検証し、そこからの比較を行う必要があると思うからです。恋歌と云っても万葉集の歌とそれ以外では歌のジャンルが違うと思っています。
 このような現況を踏まえての「言霊の国の愛」です。
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