万葉雑記 色眼鏡 七七 噛酒と神酒の歌を楽しむ
再び、酒の文字を含む万葉歌を楽しみたいと思います。ただし、今回は酒造方法とその周辺に主眼を置きますので、非常に大人のバレ話となります。従いまして、バレ話には疎いお方や真面目な青少年の方には推薦出来ない話ですので、ここで撤退を推奨致します。
さて、和歌の世界での酒とは、基本的に日本酒に分類される米を主原料にアルコール発酵・醸造されたアルコール飲料を示します。当然、猿酒と称される果樹酒も存在しますから古事記神話に載る八岐大蛇退治に登場する八潮酒は、研究者によっては得られる高アルコール度数の酒を想定すると米をベースとした口噛み酒ではなくブドウ酒ではなかったのかとします。ただし、『万葉集』ですから、ここで扱うものは日本酒の酒とします。
日本酒製造について調べますと、奈良時代、それも大伴旅人・山上憶良たちの時代となる奈良時代初期以降とそれ以前では酒造方法が違うとの指摘があります。奈良時代初期以降では現代の酒造に繋がる朝鮮半島を経由して伝来した米麹菌を使用した発酵・醸造手法が使われており、それ以前は口噛み酒と云う製法による醸造方法であったと推定されています。これらを『万葉集』の歌に求めますと米麹菌による発酵・醸造手法による酒としては濁酒・糟湯酒・黒酒・白酒などが想定されますし、一方、口噛み酒と呼ばれるものでは主に神事に関わるような醸之待酒・神酒・御酒などが想定されます。本ブログの項では伝統神事にも直結する口噛み酒に焦点を当てて、バレ話を展開して行きます。
例歌1;米麹菌による発酵・醸造系の酒の歌
「大伴坂上郎女謌一首」より
集歌1656 酒杯尓 梅花浮 念共 飲而後者 落去登母与之
訓読 酒杯(さかづき)に梅の花浮け思ふどち飲みての後(のち)は落(ち)りぬともよし
私訳 酒盃に梅の花びらを浮かべ、風流を共にするものが酒を飲んだ後は、花が散ってしまっても良い。
和謌一首
「廿五日、新甞會肆宴、應詔謌六首」より
集歌4275 天地与 久万弖尓 万代尓 都可倍麻都良牟 黒酒白酒乎
訓読 天地と久しきまでに万代(よろづよ)に仕へまつらむ黒酒(くろき)白酒(しろき)を
私訳 天地と共に永遠に、万代までお仕えしよう。新嘗の黒酒と白酒を捧げて。
右一首、従三位文屋知奴麿真人
注訓 右の一首は、従三位文屋知奴麿真人
例歌2;口噛み酒系の酒の歌
「太宰帥大伴卿贈大貳丹比縣守卿遷任民部卿謌一首」より
集歌555 為君 醸之待酒 安野尓 獨哉将飲 友無二思手
訓読 君しため醸(か)みし待酒(まちさけ)安し野にひとりや飲まむ友無しにして
私訳 貴方のために醸(かも)して造ったもてなしの酒を、太宰の夜須の野で私は一人で飲むのでしょう。貴方と云う友を失くして。
「見攀折保寶葉謌二首」より
集歌4205 皇神祖之 遠御代三世波 射布折 酒飲等伊布曽 此保寶我之波
訓読 皇神祖(すめろぎ)し遠(とほ)御代(みよ)御代(みよ)はい重(し)き折(お)り酒(さけ)飲むといふぞこの保寶(ほおがし)葉(は)
私訳 天皇の遠い昔の御代御代には、この大きな葉を折り重ねて杯として酒を飲んだと云います。この保寶(=ホウノキ)の葉を。
守大伴宿祢家持
注訓 守大伴宿祢家持
延喜式などの記録によると、奈良時代には米麹菌とアルコール酵母を使った発酵・醸造法が存在しており、さらに酒母となる「もろみ」を水で薄めたもの(濁り酒、どぶろくの類)、布でろ過したもの、さらにろ過したものに灰を加え澄まし酒(清酒)としたもの、さらに「もろみ」を布でろ過した後に得られる酒粕をもう一度、湯で割った糟湯酒などが存在したようです。
ここで、日本語で酒を醸造することを意味するものに「醸(かも)す」と云う言葉があり、その語源には二つの説があります。それは、口噛み酒の「噛む」が語源とする説と、他方、米麹菌の姿から「カビ」は「カブ」と云う言葉の語尾変化であり、その「カブ」と云う言葉からは「カム」への語尾変化もあったとする説があります。個人の考えですが、やはり、伝承と伝統からすると「噛む」が語源とするのが素直ではないでしょうか。およそ、日本語の源流には酒は口噛み酒製法により発酵・醸造されるものと認識があったと考えます。
その口噛み酒について、インターネットで検索しますと、次のような記事に出会うことが出来ます。
酒が米を主体として造られるようになったのは、縄文時代以降、弥生時代にかけて水稲農耕が渡来定着後で、西日本の九州、近畿での酒造りがその起源と考えられている。この頃は、加熱した穀物を口でよく噛み、唾液の酵素(ジアスターゼ)で糖化、野生酵母によって発酵させる「口噛み」という、最も原始的な方法を用いていた。酒を造ることを「醸す」と言い、この語源は「噛む」によるといわれている。この「口噛み」の酒は『大隅国風土記』等に明記され、「口噛み」の作業を行うのは巫女に限られており、酒造りの仕事の原点は女性にあるという。大和時代には、徐々に国内に広まっていった酒造りは、『古事記』『日本書紀』『万葉集』『風土記』などの文献に見られるようになる。「サケ」という呼称はなく、「キ」「ミキ」「ミワ」「クシ」などとさまざまな呼ばれ方をされていた。島根県の出雲地方に「八塩折の酒」(やしおりのさけ)の逸話が残っている。ヤマタノイロチを退治する際にスサノオノミコトが、オロチを酔わせて退治したという酒で「何度も何度もくりかえし醸造した良い(濃)酒」という。神々の酒「天皇の酒」の時代であり、また古代の酒は食物的な要素が強く、固体に近い液体を箸で食べていたという。
紹介しましたものの補足説明として、口噛みされた米に水を加えずに発酵したものはお粥のような形状の「もろみ」です。これを固体発酵と称し、この「もろみ」を液体と固体に布等を使い絞り分離すると「酒」と「酒粕」と云うものになります。分離しない状態ですと「固体に近い液体を箸で食べていた」と云う解説となります。万葉歌に例を取りますと、先に紹介した集歌4205の歌で示す「保寶葉(ホウの葉)に包んで酒を飲む」と云う表現が示す物です。歌で詠われる酒は液体と云うよりも流動食のような形状であったと推定されます。
当然、酒の話をしているのですから、飲み助はその口噛み酒のアルコール度数に興味が湧きます。そこで、この口噛み酒のアルコール度数について調べて見ますと、同じ大学に所属するお二人の教授の実験報告を別々に得ることが出来ました。それが次のものです。
報告1;東京農業大学の中里教授の報告
アルコール度数は最高で5%強(もろみ日数36日)、多くは2%程度で(15日~30日程度)、酒というよりは甘酒に近い。
実験サンプルの 1/4 はアルコールの生成が非常に少ない(1%未満)。その場合は乳酸菌のほうが酵母よりも優勢で、糖がアルコールではなく、乳酸になっている。
“口噛み酒は3~4日目に飲用したと伝えられているが、そうだとすればアルコールをほとんど含まない甘酒である。
報告2;東京農業大学の小泉教授の報告
10日間醗酵させたら、アルコール度数9パーセントの酒ができた。酸度は9.8とかなり酸味の強い酒であった。これは、乳酸菌醗酵による乳酸のためである。
実験でできた口噛み酒のアルコール度は9パーセント、酸度は9.8ミリリットル、糖度5パーセントの、甘口の酒にヨーグルトを混ぜたような味の酒であった。
口噛みは主に女子大生・院生が行った。
雑学をしますと、穀物の発酵において一般には乳酸菌発酵は二十五度以上の発酵温度が好ましく、アルコール酵母菌発酵では二十五度以下の発酵温度が好ましいとされます。そのため、アルコール酵母菌発酵を採用する清酒醸造には自然の冷気が得られる冬場の方が良いと云うことになります。そうした時、両教授の実験報告では、小泉教授の方は乳酸菌発酵が強く勝った発酵で比較的に高いアルコール度数が得られ、中里教授の方は乳酸菌発酵が弱く、その分、アルコール度数の低い結果となっています。また、生成物により周辺環境を酸性にする乳酸菌発酵はその酸性環境により腐敗菌の繁殖・増殖を抑えます。この作用により乳酸菌が高濃度に存在する環境下では腐敗菌による腐敗の進行を防ぎ、アルコール発酵を選択的に促進するようです。およそ、口噛み酒で飲み助の期待を満たすには、酸味が勝ちますが、乳酸菌発酵が勝ることにカギがあるようです。
ここから、本格的なバレ話に入ります。従いまして、常のお方は退場を推薦いたします。
アルコール度数の高い口噛み酒を得るのには乳酸菌発酵がカギであろうと云うことが判りました。そして、伝統では「口噛みの作業を行うのは巫女に限られており、酒造りの仕事の原点は女性にある」とします。
なぜか、
インターネットには次のような文章があります。
母乳だけ与えている赤ん坊の便は乳酸菌発酵の匂いしかせず、あまり臭くない。 下手に早い時期から離乳食を与えると、腸内細菌叢が乱れて、臭くなっていく。 ある有力社家では、離乳食を与える時期を遅らせて、 最終的な離乳の時期(母乳を飲まなくなる)を四歳ぐらいとする慣習がある。 そのようにして育てられた巫女達は、 赤ん坊と同じような、良い腸内細菌叢を維持したまま育つため、 甘酸っぱい香しい匂いが漂って、まったく臭さを感じさせない。
つまり、人間は体内に常在乳酸菌を持ちます。そして、さらに、現代の医学によって女性の膣(生殖器)にもこの常在乳酸菌が存在することが確認されています。口噛みによる酒造を行う時、その発酵過程のカギとなる雑菌の少ない優良な乳酸菌を得るには若い女性、それも清浄な女性が好ましいと云うことになります。ここに古代の口噛み酒の醸造で伝統的に要求される条件があったのです。これを古くから人々は経験で知っており、その清浄な若い女性が優良な乳酸菌を保有すると云う状況を次のような文章で説明します。
腸の中まで綺麗な、若い妙齢の女性の腰のあたりからは、くらくらするような本当に良い香りがすることがある。
女子中高生の体が放つ甘酸っぱい香りの由来はそこにあったのです。犬に甘いヨーグルトの味を覚えさせると、自然と若い女性の腰のあたりに纏わり付くのは、ここにあります。そして、そのような女性に愛撫をしたとき、いくら、手を洗っても微かな匂いが残ることがあります。女性は男性より匂いに敏感ですから、女性は男性が浮気をしたとき、その微かな残り香に真相を見るようです。
話題として、近々、昭和初期まで、日本の女性はパンツタイプの下着は使用していませんでした。普段はお腰です。そのような状況下、ある一定の人数の清浄な若き女性が集い、蒸した米を手で掴み口噛み酒を醸造すると云う作業を「用を足すと云う機会がある」ような長時間に渡り行うとき、大変高い確率で乳酸菌が混入することはあり得ることと想像します。ここに良質な乳酸菌による乳酸発酵が期待できることになります。また、そのような清浄な女性でも一度、性交し精子を体内に受け入れると膣内の環境が乱され、乳酸菌だけでなく、他の雑菌の繁殖を引き起こすとも云われています。
酒造は微生物の発酵と云う事象を利用するため、古代、口噛みの酒は保存がききませんし、その酒は日々発酵過程を継続させ品質は変化をします。近代とは違い、冷蔵や低温加熱殺菌により発酵を止める手段を持ちません。そのため、人々は予定の神事の日に合わせて酒を醸造しますが、古代の酒造りは、自然環境に全面的に依存しますから、ある種、一発勝負の側面があります。そうした時、醸造時の雑菌の混入と云うものに対して、よりリスクを減少させ、さらに経験から来る良質な乳酸菌を得るため、タブーという忌諱を導入して清浄な状態の女性を確保する必要があったのでしょう。このような医学的な根拠、醸造上の要請などから、神事での口噛みの酒には未通女である清浄な若い女性が必要だったのです。
同様な事例としてワイン醸造でも乳酸菌は重要な役割を持っています。古風を保つワイナリーのワイン製造過程で、最初の作業としてブドウを女性が足踏みで搾汁します。現代こそ、女性は下着を付けていますが、二十世紀初頭まで庶民は下着と云うものを着けていませんでした。つまり、スカートの下は素肌と云うことです。およそ、日本の巫女たちが清浄な状態を保ち、口噛み酒の醸造に関わると同じように、経験則から良質な乳酸菌を求めてワイン醸造でも下着を着けない若い娘たちの足踏み搾汁は重要な作業であったと考えます。日本、フランスに共通して、良質な酒を醸造するには若い清浄な女性は必要だったようです。参考に、ある時期まで、パリオペラ座で踊るバレリーナたちやムーランルージュの踊り子たちは下着(パンツ)を身に着けずに踊っていたと云うことは有名な裏話です。
以上の考察から、もし、口噛み酒の実験を行うのですと、甘酸っぱい体臭を持つ女子中学生(もし、可能なら未通女性であることが好ましい)たちに、古風にお腰の下着(パンツの下着は不可)と着物を着て貰い、筵に座って手掴みで蒸かした米を扱って、用を足すと云う機会を持つように半日以上の口噛みをする必要があります。発酵貯蔵用の土甕は、数回、準備実験を行い、甕の土壁内に酵母菌が付着しているようなものが好ましいと考えます。このような状況で二十五度以上の温度に保つと、十分にアルコール濃度の高い甘酸っぱい古代の口噛み酒が得られるのではないでしょうか。中学生の理科・社会の実験テーマに相応しいと思いますが、さて、興味がある人はいるでしょうか。
終わりに、『万葉集』巻十四は東国の歌を集めた巻です。それも民衆歌を集めたものが中心ですし、民衆の生活でも「ハレ」の日や男女の恋愛を詠うものが過半を占めますから、さぞかし酒の歌があるかと調べますと、ありません。本当に酒を詠う歌を見つけることは出来ませんでした。実に不思議です。万葉集中で「酒」と云う言葉を織り込んだ短歌が二十九首しかないと云うことに起因するのかもしれませんが、不思議です。
付け加えて、奈良時代から宮内省造酒司が主導する米麹菌を利用した酒の醸造が始まります。これからの後は、正確に原料を選別・計測し醸造する男たちの世界となります。その風情は面白くも可笑しくもなんともありません。
再び、酒の文字を含む万葉歌を楽しみたいと思います。ただし、今回は酒造方法とその周辺に主眼を置きますので、非常に大人のバレ話となります。従いまして、バレ話には疎いお方や真面目な青少年の方には推薦出来ない話ですので、ここで撤退を推奨致します。
さて、和歌の世界での酒とは、基本的に日本酒に分類される米を主原料にアルコール発酵・醸造されたアルコール飲料を示します。当然、猿酒と称される果樹酒も存在しますから古事記神話に載る八岐大蛇退治に登場する八潮酒は、研究者によっては得られる高アルコール度数の酒を想定すると米をベースとした口噛み酒ではなくブドウ酒ではなかったのかとします。ただし、『万葉集』ですから、ここで扱うものは日本酒の酒とします。
日本酒製造について調べますと、奈良時代、それも大伴旅人・山上憶良たちの時代となる奈良時代初期以降とそれ以前では酒造方法が違うとの指摘があります。奈良時代初期以降では現代の酒造に繋がる朝鮮半島を経由して伝来した米麹菌を使用した発酵・醸造手法が使われており、それ以前は口噛み酒と云う製法による醸造方法であったと推定されています。これらを『万葉集』の歌に求めますと米麹菌による発酵・醸造手法による酒としては濁酒・糟湯酒・黒酒・白酒などが想定されますし、一方、口噛み酒と呼ばれるものでは主に神事に関わるような醸之待酒・神酒・御酒などが想定されます。本ブログの項では伝統神事にも直結する口噛み酒に焦点を当てて、バレ話を展開して行きます。
例歌1;米麹菌による発酵・醸造系の酒の歌
「大伴坂上郎女謌一首」より
集歌1656 酒杯尓 梅花浮 念共 飲而後者 落去登母与之
訓読 酒杯(さかづき)に梅の花浮け思ふどち飲みての後(のち)は落(ち)りぬともよし
私訳 酒盃に梅の花びらを浮かべ、風流を共にするものが酒を飲んだ後は、花が散ってしまっても良い。
和謌一首
「廿五日、新甞會肆宴、應詔謌六首」より
集歌4275 天地与 久万弖尓 万代尓 都可倍麻都良牟 黒酒白酒乎
訓読 天地と久しきまでに万代(よろづよ)に仕へまつらむ黒酒(くろき)白酒(しろき)を
私訳 天地と共に永遠に、万代までお仕えしよう。新嘗の黒酒と白酒を捧げて。
右一首、従三位文屋知奴麿真人
注訓 右の一首は、従三位文屋知奴麿真人
例歌2;口噛み酒系の酒の歌
「太宰帥大伴卿贈大貳丹比縣守卿遷任民部卿謌一首」より
集歌555 為君 醸之待酒 安野尓 獨哉将飲 友無二思手
訓読 君しため醸(か)みし待酒(まちさけ)安し野にひとりや飲まむ友無しにして
私訳 貴方のために醸(かも)して造ったもてなしの酒を、太宰の夜須の野で私は一人で飲むのでしょう。貴方と云う友を失くして。
「見攀折保寶葉謌二首」より
集歌4205 皇神祖之 遠御代三世波 射布折 酒飲等伊布曽 此保寶我之波
訓読 皇神祖(すめろぎ)し遠(とほ)御代(みよ)御代(みよ)はい重(し)き折(お)り酒(さけ)飲むといふぞこの保寶(ほおがし)葉(は)
私訳 天皇の遠い昔の御代御代には、この大きな葉を折り重ねて杯として酒を飲んだと云います。この保寶(=ホウノキ)の葉を。
守大伴宿祢家持
注訓 守大伴宿祢家持
延喜式などの記録によると、奈良時代には米麹菌とアルコール酵母を使った発酵・醸造法が存在しており、さらに酒母となる「もろみ」を水で薄めたもの(濁り酒、どぶろくの類)、布でろ過したもの、さらにろ過したものに灰を加え澄まし酒(清酒)としたもの、さらに「もろみ」を布でろ過した後に得られる酒粕をもう一度、湯で割った糟湯酒などが存在したようです。
ここで、日本語で酒を醸造することを意味するものに「醸(かも)す」と云う言葉があり、その語源には二つの説があります。それは、口噛み酒の「噛む」が語源とする説と、他方、米麹菌の姿から「カビ」は「カブ」と云う言葉の語尾変化であり、その「カブ」と云う言葉からは「カム」への語尾変化もあったとする説があります。個人の考えですが、やはり、伝承と伝統からすると「噛む」が語源とするのが素直ではないでしょうか。およそ、日本語の源流には酒は口噛み酒製法により発酵・醸造されるものと認識があったと考えます。
その口噛み酒について、インターネットで検索しますと、次のような記事に出会うことが出来ます。
酒が米を主体として造られるようになったのは、縄文時代以降、弥生時代にかけて水稲農耕が渡来定着後で、西日本の九州、近畿での酒造りがその起源と考えられている。この頃は、加熱した穀物を口でよく噛み、唾液の酵素(ジアスターゼ)で糖化、野生酵母によって発酵させる「口噛み」という、最も原始的な方法を用いていた。酒を造ることを「醸す」と言い、この語源は「噛む」によるといわれている。この「口噛み」の酒は『大隅国風土記』等に明記され、「口噛み」の作業を行うのは巫女に限られており、酒造りの仕事の原点は女性にあるという。大和時代には、徐々に国内に広まっていった酒造りは、『古事記』『日本書紀』『万葉集』『風土記』などの文献に見られるようになる。「サケ」という呼称はなく、「キ」「ミキ」「ミワ」「クシ」などとさまざまな呼ばれ方をされていた。島根県の出雲地方に「八塩折の酒」(やしおりのさけ)の逸話が残っている。ヤマタノイロチを退治する際にスサノオノミコトが、オロチを酔わせて退治したという酒で「何度も何度もくりかえし醸造した良い(濃)酒」という。神々の酒「天皇の酒」の時代であり、また古代の酒は食物的な要素が強く、固体に近い液体を箸で食べていたという。
紹介しましたものの補足説明として、口噛みされた米に水を加えずに発酵したものはお粥のような形状の「もろみ」です。これを固体発酵と称し、この「もろみ」を液体と固体に布等を使い絞り分離すると「酒」と「酒粕」と云うものになります。分離しない状態ですと「固体に近い液体を箸で食べていた」と云う解説となります。万葉歌に例を取りますと、先に紹介した集歌4205の歌で示す「保寶葉(ホウの葉)に包んで酒を飲む」と云う表現が示す物です。歌で詠われる酒は液体と云うよりも流動食のような形状であったと推定されます。
当然、酒の話をしているのですから、飲み助はその口噛み酒のアルコール度数に興味が湧きます。そこで、この口噛み酒のアルコール度数について調べて見ますと、同じ大学に所属するお二人の教授の実験報告を別々に得ることが出来ました。それが次のものです。
報告1;東京農業大学の中里教授の報告
アルコール度数は最高で5%強(もろみ日数36日)、多くは2%程度で(15日~30日程度)、酒というよりは甘酒に近い。
実験サンプルの 1/4 はアルコールの生成が非常に少ない(1%未満)。その場合は乳酸菌のほうが酵母よりも優勢で、糖がアルコールではなく、乳酸になっている。
“口噛み酒は3~4日目に飲用したと伝えられているが、そうだとすればアルコールをほとんど含まない甘酒である。
報告2;東京農業大学の小泉教授の報告
10日間醗酵させたら、アルコール度数9パーセントの酒ができた。酸度は9.8とかなり酸味の強い酒であった。これは、乳酸菌醗酵による乳酸のためである。
実験でできた口噛み酒のアルコール度は9パーセント、酸度は9.8ミリリットル、糖度5パーセントの、甘口の酒にヨーグルトを混ぜたような味の酒であった。
口噛みは主に女子大生・院生が行った。
雑学をしますと、穀物の発酵において一般には乳酸菌発酵は二十五度以上の発酵温度が好ましく、アルコール酵母菌発酵では二十五度以下の発酵温度が好ましいとされます。そのため、アルコール酵母菌発酵を採用する清酒醸造には自然の冷気が得られる冬場の方が良いと云うことになります。そうした時、両教授の実験報告では、小泉教授の方は乳酸菌発酵が強く勝った発酵で比較的に高いアルコール度数が得られ、中里教授の方は乳酸菌発酵が弱く、その分、アルコール度数の低い結果となっています。また、生成物により周辺環境を酸性にする乳酸菌発酵はその酸性環境により腐敗菌の繁殖・増殖を抑えます。この作用により乳酸菌が高濃度に存在する環境下では腐敗菌による腐敗の進行を防ぎ、アルコール発酵を選択的に促進するようです。およそ、口噛み酒で飲み助の期待を満たすには、酸味が勝ちますが、乳酸菌発酵が勝ることにカギがあるようです。
ここから、本格的なバレ話に入ります。従いまして、常のお方は退場を推薦いたします。
アルコール度数の高い口噛み酒を得るのには乳酸菌発酵がカギであろうと云うことが判りました。そして、伝統では「口噛みの作業を行うのは巫女に限られており、酒造りの仕事の原点は女性にある」とします。
なぜか、
インターネットには次のような文章があります。
母乳だけ与えている赤ん坊の便は乳酸菌発酵の匂いしかせず、あまり臭くない。 下手に早い時期から離乳食を与えると、腸内細菌叢が乱れて、臭くなっていく。 ある有力社家では、離乳食を与える時期を遅らせて、 最終的な離乳の時期(母乳を飲まなくなる)を四歳ぐらいとする慣習がある。 そのようにして育てられた巫女達は、 赤ん坊と同じような、良い腸内細菌叢を維持したまま育つため、 甘酸っぱい香しい匂いが漂って、まったく臭さを感じさせない。
つまり、人間は体内に常在乳酸菌を持ちます。そして、さらに、現代の医学によって女性の膣(生殖器)にもこの常在乳酸菌が存在することが確認されています。口噛みによる酒造を行う時、その発酵過程のカギとなる雑菌の少ない優良な乳酸菌を得るには若い女性、それも清浄な女性が好ましいと云うことになります。ここに古代の口噛み酒の醸造で伝統的に要求される条件があったのです。これを古くから人々は経験で知っており、その清浄な若い女性が優良な乳酸菌を保有すると云う状況を次のような文章で説明します。
腸の中まで綺麗な、若い妙齢の女性の腰のあたりからは、くらくらするような本当に良い香りがすることがある。
女子中高生の体が放つ甘酸っぱい香りの由来はそこにあったのです。犬に甘いヨーグルトの味を覚えさせると、自然と若い女性の腰のあたりに纏わり付くのは、ここにあります。そして、そのような女性に愛撫をしたとき、いくら、手を洗っても微かな匂いが残ることがあります。女性は男性より匂いに敏感ですから、女性は男性が浮気をしたとき、その微かな残り香に真相を見るようです。
話題として、近々、昭和初期まで、日本の女性はパンツタイプの下着は使用していませんでした。普段はお腰です。そのような状況下、ある一定の人数の清浄な若き女性が集い、蒸した米を手で掴み口噛み酒を醸造すると云う作業を「用を足すと云う機会がある」ような長時間に渡り行うとき、大変高い確率で乳酸菌が混入することはあり得ることと想像します。ここに良質な乳酸菌による乳酸発酵が期待できることになります。また、そのような清浄な女性でも一度、性交し精子を体内に受け入れると膣内の環境が乱され、乳酸菌だけでなく、他の雑菌の繁殖を引き起こすとも云われています。
酒造は微生物の発酵と云う事象を利用するため、古代、口噛みの酒は保存がききませんし、その酒は日々発酵過程を継続させ品質は変化をします。近代とは違い、冷蔵や低温加熱殺菌により発酵を止める手段を持ちません。そのため、人々は予定の神事の日に合わせて酒を醸造しますが、古代の酒造りは、自然環境に全面的に依存しますから、ある種、一発勝負の側面があります。そうした時、醸造時の雑菌の混入と云うものに対して、よりリスクを減少させ、さらに経験から来る良質な乳酸菌を得るため、タブーという忌諱を導入して清浄な状態の女性を確保する必要があったのでしょう。このような医学的な根拠、醸造上の要請などから、神事での口噛みの酒には未通女である清浄な若い女性が必要だったのです。
同様な事例としてワイン醸造でも乳酸菌は重要な役割を持っています。古風を保つワイナリーのワイン製造過程で、最初の作業としてブドウを女性が足踏みで搾汁します。現代こそ、女性は下着を付けていますが、二十世紀初頭まで庶民は下着と云うものを着けていませんでした。つまり、スカートの下は素肌と云うことです。およそ、日本の巫女たちが清浄な状態を保ち、口噛み酒の醸造に関わると同じように、経験則から良質な乳酸菌を求めてワイン醸造でも下着を着けない若い娘たちの足踏み搾汁は重要な作業であったと考えます。日本、フランスに共通して、良質な酒を醸造するには若い清浄な女性は必要だったようです。参考に、ある時期まで、パリオペラ座で踊るバレリーナたちやムーランルージュの踊り子たちは下着(パンツ)を身に着けずに踊っていたと云うことは有名な裏話です。
以上の考察から、もし、口噛み酒の実験を行うのですと、甘酸っぱい体臭を持つ女子中学生(もし、可能なら未通女性であることが好ましい)たちに、古風にお腰の下着(パンツの下着は不可)と着物を着て貰い、筵に座って手掴みで蒸かした米を扱って、用を足すと云う機会を持つように半日以上の口噛みをする必要があります。発酵貯蔵用の土甕は、数回、準備実験を行い、甕の土壁内に酵母菌が付着しているようなものが好ましいと考えます。このような状況で二十五度以上の温度に保つと、十分にアルコール濃度の高い甘酸っぱい古代の口噛み酒が得られるのではないでしょうか。中学生の理科・社会の実験テーマに相応しいと思いますが、さて、興味がある人はいるでしょうか。
終わりに、『万葉集』巻十四は東国の歌を集めた巻です。それも民衆歌を集めたものが中心ですし、民衆の生活でも「ハレ」の日や男女の恋愛を詠うものが過半を占めますから、さぞかし酒の歌があるかと調べますと、ありません。本当に酒を詠う歌を見つけることは出来ませんでした。実に不思議です。万葉集中で「酒」と云う言葉を織り込んだ短歌が二十九首しかないと云うことに起因するのかもしれませんが、不思議です。
付け加えて、奈良時代から宮内省造酒司が主導する米麹菌を利用した酒の醸造が始まります。これからの後は、正確に原料を選別・計測し醸造する男たちの世界となります。その風情は面白くも可笑しくもなんともありません。