竹取翁と万葉集のお勉強

楽しく自由に万葉集を楽しんでいるブログです。
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万葉集 集歌126から集歌130

2020年01月31日 | 新訓 万葉集巻二
石川女郎贈大伴宿祢田主謌一首 即佐保大納言大伴卿第二子 母曰巨勢朝臣也
標訓 石川女郎の大伴宿祢田主(たぬし)に贈れる歌一首
即ち佐保大納言大伴卿の第二子、母を巨勢(こせの)朝臣(あそみ)といふ
集歌一二六 
原文 遊士跡 吾者聞流乎 屋戸不借 吾乎還利 於曽能風流士
訓読 遊士(みやびを)と吾は聞けるを屋戸(やと)貸さず吾を還せりおその風流士(みやびを)
私訳 風流なお方と私は聞いていましたが、夜遅く忍んで訪ねていった私に、一夜、貴方と泊まる寝屋をも貸すこともしないで、そのまま何もしないで私をお返しになるとは。女の気持ちも知らない鈍感な風流人ですね。
左注 大伴田主字曰仲郎、容姿佳艶風流秀絶。見人聞者靡不歎息也。時有石川女郎、自成雙栖之感、恒悲獨守之難、意欲寄書未逢良信。爰作方便而似賎嫗己提堝子而到寝側、哽音蹄足叩戸諮曰、東隣貧女、将取火来矣。於是仲郎暗裏非識冒隠之形。慮外不堪拘接之計。任念取火、就跡歸去也。明後、女郎既恥自媒之可愧、復恨心契之弗果。因作斯謌以贈諺戯焉。
注訓 大伴田主は字(あざな)を仲郎(なかちこ)といへり。容姿(かたち)佳艶(けいえん)にして風流秀絶(しゅうぜつ)たり。見る人聞く者の歎息せざるはなし。時に石川女郎といへるもの有り。自(おのづか)ら雙栖(そうせい)の感を成して、恒(つね)に獨り守り難きを悲しび、意を書に寄せむと欲(おも)ひて未だ良き信(たよ)りに逢はざりき。ここに方便を作(な)して賎しき嫗に似せて己(おの)れ堝子(なへ)を提げて寝(ねや)の側(かたへ)に到りて、哽音(きょうおん)蹄足(ていそく)して戸を叩き諮(たはか)りて曰はく、「東の隣の貧しく女(をみな)、将に火を取らむと来れり」といへり。ここに仲郎暗き裏(うち)に冒隠(ものかくせる)の形(かたち)を識らず。慮(おもひ)の外に拘接(まじはり)の計りごとに堪(あ)へず。念(おも)ひのまにまに火を取り、路に就きて歸り去らしめき。明けて後、女郎(をみな)すでに自媒(じばい)の愧(は)づべきを恥ぢ、また心の契(ちぎり)の果さざるを恨みき。因りてこの謌を作りて諺戯(たはふれ)を贈りぬ。

大伴宿祢田主報贈一首
標訓 大伴宿祢田主の報(こた)へ贈れる一首
集歌一二七 
原文 遊士尓 吾者有家里 屋戸不借 令還吾曽 風流士者有
訓読 遊士(みやびを)に吾はありけり屋戸(やと)貸さず還しし吾(われ)ぞ風流士(みやびを)にはある
私訳 風流人ですよ、私は。神話の伊邪那岐命と伊邪那美命との話にあるように、女から男の許を娉うのは悪(あし)ことですよ。だから、女の身で訪ねてきた貴女に一夜の寝屋をも貸さず、貴女に何もしないでそのまま還した私は風流人なのですよ。だから、今、貴女とこうしているではないですか。

同石川女郎更贈大伴田主中郎謌一首
標訓 同じ石川女郎の更に大伴田主中郎に贈れる歌一首
集歌一二八 
原文 吾聞之 耳尓好似 葦若未乃 足痛吾勢 勤多扶倍思
訓読 吾(わ)が聞きし耳に好(よ)く似る葦(あし)若未(うれ)の足(あし)痛(う)む吾が背(せ)勤(つと)め給(た)ふべし
私訳 私が聞くと発音がよく似た葦(あし)の末(うれ)と足(あし)を痛(うれ)う私の愛しい人よ。神話の伊邪那岐命と伊邪那美命との話にあるように、女から男の許を娉うのは悪(あし)ことであるならば、今こうしているように、風流人の貴方は私の許へもっと頻繁に訪ねて来て、貴方のあの逞しい葦の芽によく似たもので私を何度も何度も愛してください。
左注 右、依中郎足疾、贈此謌問訊也
注訓 右は、中郎の足の疾(やまひ)に依りて、此の歌を贈りて問訊(とぶら)へり。
注意 案山子がずっと田に立っていることから「田の主」と洒落、その案山子は二本足ではなく一本足のため、田主に足の病があるとして、歌物語で遊んでいます。

大伴皇子宮侍石川女郎贈大伴宿祢宿奈麻呂謌一首
女郎字曰山田郎女也。宿奈麻呂宿祢者、大納言兼大将軍卿之第三子也
標訓 大伴皇子の宮の侍(まかたち)石川女郎(いらつめ)の大伴宿祢宿奈麻呂(すくなまろ)に贈れる歌一首
女郎は字(あざな)を山田の郎女(いらつめ)といへり。宿奈麻呂宿祢は大納言兼大将軍卿の第三子なり。
集歌一二九 
原文 古之 嫗尓為而也 如此許 戀尓将沈 如手童兒
訓読 古(いにしへ)し嫗(おふな)にせにや如(か)くばかり恋に沈まむ手(た)童(わらは)し如(ごと)
私訳 昔、その年老いた女が恋心を持ったように、私もこの石川女郎と大伴田主との恋の物語のように昔のように恋の思い出に心を沈みこませています。まるで、一途な子供みたいに。
左注 一云、戀乎太尓 忍金手武 多和良波乃如
注訓 一(ある)は云はく、恋をだに忍びかねてむ手(た)童(わらは)の如

長皇子与皇弟御謌一首
標訓 長皇子の皇弟(すめいろと)に与へたる御(かた)りし謌一首
集歌一三〇 
原文 丹生乃河 瀬者不渡而 由久遊久登 戀痛吾弟 乞通来祢
訓読 丹生(にふ)の河(かは)瀬は渡らずにゆくゆくと恋(こひ)痛(た)き吾弟(わがせ)乞(こ)いで通(かよ)ひ来(こ)ね
私訳 この世とあの世とを結ぶ丹生の川瀬を渡ることをしないで。常久しく心に留め心配している私の愛しい弟よ、お願いだ、あの世への丹生の川瀬から私の元に通って来い。
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万葉集 集歌121から集歌125

2020年01月30日 | 新訓 万葉集巻二
集歌一二一 
原文 暮去者 塩満来奈武 住吉乃 淺鹿乃浦尓 玉藻苅手名
訓読 夕さらば潮満ち来なむ住吉(すみのえ)の浅香(あさか)の浦に玉藻刈りてな
私訳 夕方になれば潮が満ちて来るでしょう、その住吉の浅香の浦で美しい玉藻(=女性の比喩)を刈りたいものです。

集歌一二二 
原文 大船之 泊流登麻里能 絶多日二 物念痩奴 人能兒故尓
訓読 大船し泊(は)つる泊(とま)りのたゆたひに物思ひ痩(や)せぬ人の児故(ゆえ)に
私訳 大船が停泊する湊で大船が揺れ動くように、あれこれと物思いをして痩せてしまった。私の思い通りにならない貴女のために。
注意 原文の「人能兒故尓」の「人」は、「私」と「他の人」との相対関係で捉えています。特定の他人の意味ではありません。

三方沙弥娶園臣生羽之女、未經幾時臥病作謌三首
標訓 三方(みかたの)沙弥(さみ)の園(そのの)臣(おみ)生羽(いくは)の女(むすめ)を娶(ま)きて、いまだ幾(いくばく)の時を経ずして病に臥して作れる歌三首
集歌一二三 
原文 多氣婆奴礼 多香根者長寸 妹之髪 此来不見尓 掻入津良武香 (三方沙弥)
訓読 束(た)けば解(ぬ)れ束(た)かねば長き妹し髪このころ見ぬに掻(か)き入れつらむか
私訳 束ねると解け束ねないと長い、まだとても幼い恋人の髪。このころ見ないのでもう髪も伸び櫛で掻き入れて束ね髪にしただろうか。

集歌一二四 
原文 人皆者 今波長跡 多計登雖言 君之見師髪 乱有等母 (娘子)
訓読 人皆(ひとみな)は今は長しと束(た)けと言へど君し見し髪乱れたりとも
私訳 他の人は、今はもう長いのだからお下げ髪を止めて束ねなさいと云うけれども、貴方が御覧になった髪ですから、乱れたからと云ってまだ束ねはしません。

集歌一二五 
原文 橘之 蔭履路乃 八衢尓 物乎曽念 妹尓不相而 (三方沙弥)
訓読 橘し蔭(かげ)履(ふ)む路の八衢(やちまた)に物をぞ念(おも)ふ妹に逢はずに
私訳 橘の木陰の下の人が踏む分かれ道のように想いが分かれて色々と心配事が心にうかびます。愛しい恋人に逢えないままに。
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万葉集 集歌116から集歌120

2020年01月29日 | 新訓 万葉集巻二
但馬皇女在高市皇子宮時、竊接穂積皇子、事既形而御作一首
標訓 但馬皇女の高市皇子(たけちのみこの)宮(みかど)の在(あり)し時に、竊かに穂積皇子に接(あひ)ひて、事既に形(あら)はれしに御(かた)りて作(つく)らしし一首
集歌一一六 
原文 人事乎 繁美許知痛美 己世尓 未渡 朝川渡
訓読 人(ひと)事(こと)を繁み事痛(こちた)み己(おの)が世にいまだ渡らぬ朝(あさ)川(かは)渡る
私訳 この世の中は人がするべき雑用が沢山あり非常に煩わしく思う、私の生涯で未だした事がなかった、朝に、十王経に示す煩悩地獄の川を渡りましょう。

舎人皇子御謌一首
標訓 舎人皇子の御(かた)りし歌一首
集歌一一七 
原文 大夫哉 片戀将為跡 嘆友 鬼乃益卜雄 尚戀二家里
訓読 大夫(ますらを)や片恋せむと嘆けども鬼(しこ)の大夫(ますらを)なほ恋ひにけり
私訳 「人の上に立つ立派な男が心を半ば奪われる恋をするとは」と嘆いていると、その人の振る舞いを嘆いたこの頑強で立派な男である私が貴女に恋をしてしまった。

舎人娘子奉和謌一首
標訓 舎人(とねりの)娘子(をとめ)の和(こた)へ奉(たてまつ)れる歌一首
集歌一一八 
原文 歎管 大夫之 戀礼許曽 吾髪結乃 漬而奴礼計礼
訓読 歎(なげ)きつつ大夫(ますらを)し恋ふれこそ吾が髪結(かみゆひ)の漬(ひ)ぢにぬれけれ
私訳 恋を煩う人を何たる軟弱と嘆く一方、立派な男子である貴方が私を恋して下さるので、その貴方がする恋慕のため息で私の髪を束ねた結い紐も濡れて解けてしまった。

弓削皇子思紀皇女御謌四首
標訓 弓削皇子の紀皇女を思(しの)へ御(かた)りし謌四首
集歌一一九 
原文 芳野河 逝瀬之早見 須臾毛 不通事無 有巨勢流香問
訓読 芳野川逝(ゆ)く瀬し早み須臾(しましく)も淀むことなくありこせぬかも
私訳 吉野川を流れ行く瀬の流れが速いように、ほんのわずかのあいだも淀むことがない、そのように二人の仲は淀むことなく恋して居られないでしょうか。

集歌一二〇 
原文 吾妹兒尓 戀乍不有者 秋芽之 咲而散去流 花尓有猿尾
訓読 吾妹子に恋ひつつあらずは秋萩し咲きに散りぬる花にあらましを
私訳 私の愛しい貴女にこのように恋焦がれていられないのなら、秋萩の花が咲い誇ってから散って行く、その失せて行く花のようにあった方が良い。
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万葉集 集歌111から集歌115

2020年01月28日 | 新訓 万葉集巻二
幸于吉野宮時、弓削皇子贈与額田王謌一首
標訓 吉野宮に幸(いでま)しし時に、弓削皇子の額田王に贈り与へたる歌一首
集歌一一一 
原文 古尓 戀流鳥鴨 弓絃葉乃 三井能上従 渡遊久
訓読 古(いにしへ)に恋ふる鳥かも弓絃葉(ゆづるは)の御井(みゐ)の上より渡り遊(あそ)びく
私訳 昔を恋うる鳥だろうか、弓絃葉の御井の上をあちこちと飛び渡っていく
注意 標準解釈では原文の「渡遊久」に「鳴」の字を足し「鳴渡遊久」と校訂し「鳴き渡りゆく」と訓じます。全体の歌意は変わりませんが鳥の情景が違います。

額田王和謌一首 従倭京進入
標訓 額田王の和(こた)へ奉(たてまつ)れる歌一首 倭(やまと)の京(みやこ)より奉(たてまつ)り入る
集歌一一二 
原文 古尓 戀良武鳥者 霍公鳥 盖哉鳴之 吾戀流其騰
訓読 古(いにしへ)に恋ふらむ鳥は霍公鳥(ほととぎす)けだしや鳴きし吾(わ)が恋(こ)ふるそと
私訳 昔を恋しがる鳥は霍公鳥です。さぞかし鳴いたでしょう。私がそれを恋しく思っているように。
注意 原文の「吾戀流其騰」は、標準解釈では「吾念流碁騰」と大きく表記を変え「吾(わ)が念(おも)へるごと」と訓じます。

従吉野折取蘿生松柯遣時、額田王奉入謌一首
標訓 吉野より蘿(こけ)生(む)せる松の柯(えだ)を折り取りて遣はしし時に、額田王の奉(たてまつ)り入れたる歌一首
集歌一一三 
原文 三吉野乃 玉松之枝者 波思吉香聞 君之御言乎 持而加欲波久
訓読 み吉野の玉松(たままつ)し枝(え)は愛(は)しきかも君し御言(みこと)を持ちに通はく
私訳 み吉野の美しい松の枝は愛しいものです。物言わぬその松の枝自身が、貴方の御言葉を持って来るように遣って来ました。

但馬皇女在高市皇子宮時、思穂積皇子御作謌一首
標訓 但馬(たじまの)皇女(ひめみこ)の高市皇子(たけちのみこの)宮(みかど)の在(おは)しし時に、穂積皇子を思(しの)ひて御(かた)りて作(つく)らしし謌一首
集歌一一四 
原文 秋田之 穂向乃所縁 異所縁 君尓因奈名 事痛有登母
訓読 秋し田し穂(ほ)向(むき)のそ寄る片寄りに君に寄りなな事痛(こちた)くありとも
私訳 秋の田の実った穂がきっと風に靡き寄るように、貴方に私の慕う気持ちを寄せたい。貴方にとって面倒なことであったとしても。
注意 表題の「在高市皇子宮時」の「在」の標準解釈では場所を意味しますが、時代を意味する可能性があります。但馬皇女の屋敷発掘の成果は時代と解釈することを支持します。

勅穂積皇子遣近江志賀山寺時、但馬皇女御作謌一首
標訓 穂積皇子に勅(みことのり)して近江の志賀の山寺に遣(つか)はしし時に、但馬皇女の御(かた)りて作(つく)らしし謌一首
注意 「近江志賀山寺」は標準解釈では大津市の崇福寺を指しますが、日本書紀に従うと益須郡都賀山、現在の滋賀県守山市吉身町にあった益須寺となります。
集歌一一五 
原文 遺居与 戀管不有者 追及武 道之阿廻尓 標結吾勢
訓読 遣(す)て居(い)よと恋ひつつあらずは追ひ及かむ道し隈廻(くまみ)に標(しめ)結(ゆ)へ吾が背
私訳 「家に残って居なさい」と、私の家にやって来て、このまま恋の証を見せてくれないのなら、旅行く貴方の跡を追っていきましょう。追って行く私の為に道の曲がり角毎に目印を結んで下さい。私の愛しい貴方。

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万葉集 集歌106から集歌110

2020年01月27日 | 新訓 万葉集巻二
集歌一〇六 
原文 二人行杼 去過難寸 秋山乎 如何君之 獨越武
訓読 二人行けど去き過ぎ難き秋山を如何にか君し独り越ゆらむ
私訳 二人で行っても思いが募って往き過ぎるのが難しい秋の二上山を、どのように貴方は私を置いて一人で越えて往くのでしょうか。

大津皇子贈石川郎女御謌一首
標訓 大津皇子の石川郎女に贈れる御(かた)りし歌一首
集歌一〇七 
原文 足日木乃 山之四付二 妹待跡 吾立所沽 山之四附二
訓読 あしひきの山し雌伏(しふく)に妹待つと吾(われ)立(た)そ沽(か)れ山し雌伏に
私訳 「葦や檜の茂る山の裾野で愛しい貴女を待っている」と伝えたので、私は辛抱してじっと立ったままで貴女が忍んで来るの待っています。その山の裾野で。
注意 原文の「吾立所沽」の「沽」は、標準解釈では「沾」の誤記として「吾立ち沾(ぬ)れぬ」と訓じます。これに呼応して「山之四附二」は「山の雫に」と訓じるようになり、歌意が全く変わります。

石川郎女奉和謌一首
標訓 石川郎女の和(こた)へ奉(たてまつ)れる歌一首
集歌一〇八 
原文 吾乎待跡 君之沽計武 足日木能 山之四附二 成益物乎
訓読 吾(あ)を待つと君し沽(か)れけむあしひきの山し雌伏(しふく)に成らましものを
私訳 「私を待っている」と貴方がじっと辛抱して待っている、その葦や檜の生える山の裾野に私が行ければ良いのですが。
注意 原文の「君之沽計武」の「沽」は、標準解釈では「沾」の誤記として「君が沾(ぬ)れけむ」と訓じます。これに呼応して「山之四附二」は「山の雫に」と訓じるようになり、歌意が全く変わります。

大津皇子竊婚石川女郎時、津守連通占露其事、皇子御作謌一首
標訓 大津皇子の竊(ひそ)かに石川女郎と婚(まぐは)ひし時に、津守(つもりの)連(むらじ)通(とほる)の其の事を占へ露(あら)はすに、皇子の御(かた)りて作(つく)らしし歌一首
集歌一〇九 
原文 大船之 津守之占尓 将告登波 益為尓知而 我二人宿之
訓読 大船し津守し占に告らむとはまさしに知りに我が二人宿(ね)し
私訳 大船が泊まるという難波の湊の住吉神社の津守の神のお告げに出て人が知ってしまったように、貴女の周囲の人が、私が貴女の夫だと噂することを確信して、私は愛しい貴女と同衾したのです。

日並皇子尊贈賜石川女郎御謌一首 女郎字曰大名兒也
標訓 日並(ひなみしの)皇子(みこの)尊(みこと)の石川女郎に贈り賜はる御りし歌一首
追訓 女郎(いらつめ)の字(あさな)は大名兒(おほなご)といへり。
集歌一一〇 
原文 大名兒 彼方野邊尓 苅草乃 束之間毛 吾忘目八
訓読 大名児(おほなご)を彼方(をちかた)野辺(のへ)に刈る草(かや)の束(つか)し間(あひだ)も吾(われ)忘れめや
私訳 大名児よ。新嘗祭の準備で忙しく遠くの野辺で束草を刈るように、ここのところ逢えないが束の間も私は貴女を忘れることがあるでしょうか。
注意 標題の万葉仮名の「大名兒」を漢字表記すると「媼子」となります。つまり、石川女郎とは石川媼子(蘇我媼子)と表記されます。この石川媼子なる人物は、歴史では藤原不比等の正妻で房前の母親です。また、蘇我媼子は皇子の母方親族ですから日並皇子尊の着袴儀での添臥を行ったと考えられます。
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