竹取翁と万葉集のお勉強

楽しく自由に万葉集を楽しんでいるブログです。
初めてのお人でも、それなりのお人でも、楽しめると思います。

再読、今日のみそひと歌 月

2016年10月31日 | 再読、今日のみそひと...
再読、今日のみそひと歌 月

集歌231 高圓之 野邊乃秋芽子 徒 開香将散 見人無尓
訓読 高円(たかまと)し野辺(のへ)の秋萩いたづらに咲きか散るらむ見る人無みに
私訳 高円の野辺の秋萩は、ただ、無用に咲いて散っているだろう。それを眺める人も無いままに。

集歌232 御笠山 野邊徃道者 己伎大雲 繁荒有可 久尓有勿國
訓読 三笠山(みかさやま)野辺(のへ)往(い)く道はこきだくも繁く荒れたるか久(ひさ)にあらなくに
私訳 三笠山の野辺を通って行く道は、こんなに草が茂り荒れてしまったのか。あの御方が亡くなって幾らも経っていないのに。

集歌233 高圓之 野邊乃秋芽子 勿散祢 君之形見尓 見管思奴播武
訓読 高円(たかまと)し野辺の秋萩な散りそね君し形見に見つつ思(しの)はむ
私訳 高円の野辺の秋萩よ、花は散らさないでくれ。あの御方の形見と見做して御偲びしましょう。

集歌234 三笠山 野邊従遊久道 己伎太久母 荒尓計類鴨 久尓有名國
訓読 三笠山(みかさやま)野辺(のへ)ゆ行(ゆ)く道こきだくも荒れにけるかも久(ひさ)にあらなくに
私訳 三笠山の野辺を通って行く道は、こんなに荒れてしまった。あの御方が亡くなって幾らも経っていないのに。

集歌235 皇者 神二四座者 天雲之 雷之上尓 廬為鴨類
訓読 皇(すべらぎ)は神にし座(ま)せば天雲し雷(いづち)し上に廬(いほ)らせかもる
私訳 大王は神でいらっしゃるので、天空の雲の中の雷岳の上に行宮で宿られていらっしゃるでしょう。

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万葉集 長歌を鑑賞する 集歌1764

2016年10月30日 | 万葉集 長歌を楽しむ
万葉集 長歌を鑑賞する 集歌1764

七夕謌一首并短哥
標訓 七夕の歌一首并せて短歌
集歌1764 久堅乃 天漢尓 上瀬尓 珠橋渡之 下湍尓 船浮居 雨零而 風不吹登毛 風吹而 雨不落等物 裳不令濕 不息来益常 玉橋渡須

<標準的な解釈(「萬葉集 釋注」伊藤博、集英社文庫)>
訓読 ひさかたの 天の川に 上つ瀬に 玉橋渡し 下つ瀬に 舟浮け据ゑ 雨降りて 風吹かずとも 風吹きて 雨降らずとも 裳濡らさず やまず来ませと 玉橋渡す
意訳 ひさかたの天の川に、上流には美しい橋を渡し、下流には舟を並べて舟橋を設け、雨が降って風が吹かない時でも、風が吹いて雨が降らない時でも、裳裾も濡らさずいつもいつもおいでになってほしいと、私は玉橋をかけている。

<西本願寺本万葉集の原文を忠実に訓むときの解釈>
訓読 久方の 天つ川原に 上つ瀬に 玉橋渡し 下つ瀬に 船浮け据ゑ 雨降りて 風吹かずとも 風吹きて 雨降らずとも 裳濡らさず やまず来ませと 玉橋渡す
私訳 遥か彼方の天の川原の上流の瀬に美しい橋を渡し、下流の瀬に船橋を浮かべ据えて、雨が降って風が吹かずとも、風が吹いて雨が降らなくても裳の裾を濡らすでしょうが、その裳を濡らさないように嫌がらずにいらっしゃいと美しい橋を私が渡します。

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万葉雑記 色眼鏡 百八八 今週のみそひと歌を振り返る その八

2016年10月29日 | 万葉集 雑記
万葉雑記 色眼鏡 百八八 今週のみそひと歌を振り返る その八

 今週は、主に柿本人麻呂が歌う挽歌や人麻呂関係のものが大部を占めました。ご存知のように弊ブログでは物語歌は柿本人麻呂時代には存在していたであろうと推定しますし、挽歌については著名な人物に挽歌が捧げられていない場合、万葉集編者たちにより成り代わりで挽歌が捧げられたり、辞世の歌を創作させたりしたと考えています。そのため、「柿本朝臣人麿在石見國時臨死時、自傷作歌一首」や「柿本朝臣人麿死時、妻依羅娘子作謌二首」、また、「丹比真人(名闕)擬柿本朝臣人麿之意報歌一首」などの標題で紹介される歌については従来の解釈とは違い、人麻呂が創作したであろう物語歌を推定し、そこから歌の解釈を展開しています。つまり、標準的な解釈とは大きく違うという背景があります。これは万葉集を歴史から鑑賞しようとする幣ブログ独特の視点からのものでもあります。従いまして、集歌223から集歌227までのものの鑑賞には十分に注意をお願いします。
 また、集歌212の歌には漢字解釈の注意書きを付けましたが、歌中の漢字解釈によっては誤記説から歌意が大きく変わる状況を説明しました。一般には、幣ブログで取り上げる漢字文字問題では誤記説を採用して、新たな文字を提案・採用して近代解釈を行います。その点からも幣ブログの解釈とは大きく違う状況があります。このような原歌表記の相違により歌意が違うものがあることをご了解ください。これらの一般解釈とは相違することについては、弊ブログの雑記などにより考え方を述べさせて頂いています。


 さて、少し目先を変えまして、次の歌を今週では取り上げたいと思います。

集歌229 難波方 塩干勿有曽祢 沈之 妹之光儀乎 見巻苦流思母
訓読 難波潟(なにはかた)潮干(しほひ)なありそね沈みにし妹し光儀(すがた)を見まく苦しも
私訳 難波潟よ、潮よ引かないでくれ。水に沈んだ貴女の姿を見るのが辛いから。

 この歌で使われる「妹之光儀」の「光儀」には「すがた」という訓が与えられています。ある種の意読からの戯訓です。戯訓解釈されるこの「光儀」という言葉は全万葉集中につぎのように見ることが出来、おおむね、「光儀」は恋した相手の姿の意味合いで解釈されます。漢字原義からの高貴な人物の姿の尊称と云う意味合いではありません。ある種、万葉集独特の漢字文字解釈です。

集歌229 妹之光儀乎
集歌853の前置漢文より 花容無雙 光儀無匹
集歌1622 妹之光儀乎
集歌2259 君之光儀乎
集歌2284 妹之光儀乎
集歌2883 君之光儀乎
集歌2933 君之光儀
集歌2950 吾妹子之 夜戸出乃光儀
集歌3007 君之光儀乎
集歌3051 君之光儀乎
集歌3137 遠有者 光儀者不所見

 他方、言葉については『遊仙窟』という中国書籍に「若得見其光儀」という一文があり、これは「若し其の光儀(すがた)を見ることを得るは」と訓じます。『遊仙窟』は遊郭遊びの指南書との評価を下にしますと、この「光儀」は遊郭の太夫の別称であり、遊郭における疑似恋愛での恋人の姿と云う意味合いを持ちます。つまり、万葉集で使われる「光儀」という言葉は『遊仙窟』で使われる用法と同じということになります。
 このような背景から、山上憶良が随行した遣唐使の帰還にともない将来したであろう『遊仙窟』という書物は奈良貴族の間で広く知られ読まれていたものと推定されるのです。ここに中国文学の日本文学への影響と云う側面を見ることが出来ます。このあたりについては幣ブログ 雑記に載せる「百二 遊仙窟伝承と日本貴族 (光儀から楽しむ)」を参照願います。
 奈良貴族の和歌は漢語と万葉仮名という漢字だけで表現されたものですから、使う漢語や漢字からの言葉遊びや漢詩での先行する作品の引用を想像する教養を読者に求めます。そのような視点での鑑賞が要求されるような歌です。その点からしますと、「光儀」という言葉の感覚には『遊仙窟』で示す男女関係を想像してのものがあるのではないでしょうか。
 もし、時間がありましたら、『遊仙窟』もまた、鑑賞していただけたらと考えます。その『遊仙窟』は遊郭での風流を楽しむ指南書と評されるように、文中、言葉遊びや先行する作品引用などを隠し持ちますから、少し歯ごたえがあります。それでも素人考えながら万葉集と同じ程度のものと思っていますので、漢字での言葉遊びのその時代での参考書としては押さえて置くものと思います。そして、そこらあたりから、歌を作歌した奈良貴族の教養水準とその歌を載せた万葉集の読解に苦心した平安末期から鎌倉時代の貴族の教養水準にも思いを馳せて頂けたらと思います。奈良貴族時代、大伴家持の歌に示すように女性への贈答歌にもこの『遊仙窟』に載る一節が引用されるのに対し、鎌倉時代では神に祷って初めて読解出来るものとの認識に変わって来ています。それほどまでの教養水準での変容があります。そして、鎌倉時代、万葉集は読解困難な詩歌集との評判が立ちます。
 
 今回も素人の馬鹿話で終わりました。反省です。


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再読、今日のみそひと歌 金

2016年10月28日 | 再読、今日のみそひと...
再読、今日のみそひと歌 金

集歌225 直相者 相不勝 石川尓 雲立渡礼 見乍将偲
試訓 直(ただ)逢ひは逢はずに勝る 石川に雲立ち渡れ見つつ偲はむ
試訳 直接、貴方に逢うことは、会わずに手紙を貰うことより勝ります。逢えない私は、雲が想いを届けると云う、あの石川精舎の大伽藍の上に立ち昇る雲を見ながら貴方を恋しく偲びましょう。

集歌226 荒浪尓 縁来玉乎 枕尓置 吾此間有跡 誰将告
試訓 荒波に寄りくる玉を枕に置き われこの間(ま)にありと誰か告げなむ
試訳 石見の荒波の中から手にいれた真珠を枕元に置き、私は貴女のすぐそばまで還ってきましたと、誰が貴女に告げるのでしょうか。

集歌227 天離 夷之荒野尓 君乎置而 念乍有者 生刀毛無
試訓 天離る夷し荒野に君を置きに思ひつつあれば生けりともなし
試訳 大和から遠く離れた荒びた田舎に貴方が行ってしまっていると思うと、私は恋しくて、そして、貴方の身が心配で生きている気持ちがしません。

集歌228 妹之名 千代尓将流 姫嶋之 子松之末尓 蘿生萬代尓
訓読 妹し名は千代(ちよ)に流れむ姫島(ひめしま)し小松し末(うれ)に蘿(こけ)生(む)すまでに
私訳 貴女の名は千代に伝わり流れるでしょう。姫島の小松の枝先に苔が生えるほどに。

集歌229 難波方 塩干勿有曽祢 沈之 妹之光儀乎 見巻苦流思母
訓読 難波潟(なにはかた)潮干(しほひ)なありそね沈みにし妹し光儀(すがた)を見まく苦しも
私訳 難波潟よ、潮よ引かないでくれ。水に沈んだ貴女の姿を見るのが辛いから。

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再読、今日のみそひと歌 木

2016年10月27日 | 再読、今日のみそひと...
再読、今日のみそひと歌 木

集歌219 天數 凡津子之 相日 於保尓見敷者 今叙悔
訓読 天数ふ凡津し子し逢ひし日におほに見しくは今ぞ悔しき
私訳 天の星をおおよそに数える、そのように大津の宮であの人に会った日にぼんやりとだけ、その姿を眺めたことが今は残念なことです。

集歌221 妻毛有者 採而多宣麻之 佐美乃山 野上乃宇波疑 過去計良受也
訓読 妻もあらば採みにたげまし佐美の山野し上(へ)のうはぎ過ぎにけらずや
私訳 貴方の妻がいたならばたくさん摘んで食べたでしょう。その狭岑の山の野原に生えた嫁菜は、その季節を過ぎてしまったようだ。

集歌222 奥波 来依荒磯乎 色妙乃 枕等巻而 奈世流君香聞
訓読 沖し波来よる荒磯(ありそ)を敷栲の枕と枕(ま)きに寝(な)せる君かも
私訳 沖からの波が打ち寄せる荒磯を夜寝る寝床として寝ている貴方です。

集歌223 鴨山之 磐根之巻有 吾乎鴨 不知等妹之 待乍将有
試訓 鴨山し巌根し枕(ま)けるわれをかも知らにと妹し待ちつつあるらむ
試訳 丹比道の鴨習太(かもならいた)の神の杜(やしろ)のほとりで旅寝をする私を、そうとも知らないで私の愛しい貴女は私を待っているでしょう。

集歌224 旦今日ゞゞゞ 吾待君者 石水之 貝尓(一云、谷尓)交而 有登不言八方
試訓 旦今日(けふ)旦今日(けふ)とわれ待つ君は 石見しし貝(かひ)に交りにありといはずやも
試訳 貴方に再びお目に懸かれるのは今朝か今朝かと恋しく思っているのに、その貴方は、石見の国で出会った、その女を今も抱いていると云うようなことはありませんよね。

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