竹取翁と万葉集のお勉強

楽しく自由に万葉集を楽しんでいるブログです。
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今日のみそひと歌 水曜日

2014年04月30日 | 万葉 みそひと謌
今日のみそひと歌 水曜日

集歌2250 春霞 多奈引田居尓 廬付而 秋田苅左右 令思良久
訓読 春霞たなびく田居(たゐ)に廬(いほり)つくに秋田刈るさへ思ほしむらく
私訳 春霞の棚引く季節に田に仮小屋を作ってから、秋の田を刈るまでずっと、あの娘を慕っている。

集歌2251 橘乎 守部乃五十戸之 門田年稲 苅時過去 不来跡為等霜
訓読 橘を守部(もりへ)の里し門田(かどた)早稲(わせ)刈る時過ぎぬ来じとすらしも
私訳 橘を守る部、その守部の里にある門田の早稲を刈る時期は過ぎてしまった。でも、あの人は田を刈りにやって来ないようです。

集歌2252 秋芽子之 開散野邊之 暮露尓 沾乍来益 夜者深去鞆
訓読 秋萩し咲き散る野辺(のへ)し暮露に濡れつつ来ませ夜は更けぬとも
私訳 秋萩の花が咲き散る野辺の、その夕露に濡れながらやって来て下さい。夜は更けたとしても。

集歌2253 色付相 秋之露霜 莫零 妹之手本乎 不纒今夜者
訓読 色づかふ秋し露霜な降りそ妹し手本(たもと)を纏(ま)かぬ今夜は
私訳 木々が色付く秋の、その露霜よ、どうか降らないでくれ。愛しい貴女の体を抱きしめることの出来ない今夜は。

集歌2254 秋芽子之 上尓置有 白露之 消鴨死猿 戀尓不有者
訓読 秋萩し上に置きたる白露し消(け)かも死(し)なまし恋にあらずは
私訳 秋萩の上に置いた白露が消えるように、儚く死んでしまおう。貴女と恋の営みが出来ないのなら。

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今日のみそひと謌 火曜日

2014年04月29日 | 万葉 みそひと謌
今日のみそひと謌 火曜日

集歌1366 明日香川 七瀬之不行尓 住鳥毛 意有社 波不立目
訓読 明日香川七瀬(ななせ)し淀に住む鳥も心あれこそ波立てざらめ
私訳 明日香川のたくさんの瀬の淀みに住む鳥も、風流な気持ちがあるから川面に波を立てないのだろう。

集歌1367 三國山 木末尓住歴 武佐左妣乃 此待鳥如 吾俟将痩
訓読 三国(みくに)山(やま)木末(こぬれ)に住まふ鼯鼠(むささび)の鳥待つ如(ごと)し吾待ち痩(や)せむ
私訳 三国山の梢に住んでいるムササビが鳥と成ることを待つように、私は貴女を待ち焦がれて痩せるでしょう。

集歌1368 石倉之 小野従秋津尓 發渡 雲西裳在哉 時乎思将待
訓読 石倉(いはくら)し小野(をの)ゆ秋津(あきつ)に立ち渡る雲にしもあれや時をし待たむ
私訳 刻々と移り変わる、石倉にある小野から秋津へと立ち渡る雲のようであれば、その時節の来るのを待ちましょう。

集歌1369 天雲 近光而 響神之 見者恐 不見者悲毛
訓読 天雲し近く光りに鳴る神し見れば恐(かしこ)し見ねば悲しも
私訳 空の雲の近く光って鳴り渡る雷神ように貴方に逢うと恐れ多いし、逢えなけば悲しいことです。

集歌1370 甚多毛 不零雨故 庭立水 太莫逝 人之應知
訓読 はなはだも降らぬ雨故(ゆゑ)にはたづみいたくな行きそ人し知るべく
私訳 それほどひどくは降っていない雨なのだから、庭に水溜まりを大仰にして帰って行かないで、人が気付いてしまう。

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今日のみそひと歌 月曜日

2014年04月28日 | 万葉 みそひと謌
今日のみそひと歌 月曜日

集歌470 如是耳 有家留物乎 妹毛吾毛 如千歳 憑有来
訓読 如(かく)のみにありけるものを妹も吾(あ)も千歳(ちとせ)のごとく憑(たの)みたりけり
私訳 人の世は、ただ、このように早く死に判れするものを。生前の愛しい貴女も私も千歳を生きるように互いに当てにしていました。

集歌471 離家 伊麻須吾妹乎 停不得 山隠都礼 情神毛奈思
訓読 家離(さか)りいます吾妹(わぎも)を停(とど)めかね山隠(かく)しつれ情(こころ)神(と)もなし
私訳 家を離れていく愛しい貴女を停めることが出来ず、山へ身を隠してしまった。私の心に安らかな気持ちもありません。

集歌472 世間之 常如此耳跡 可都 痛情者 不忍都毛
訓読 世間(よのなか)し常かくのみと可(あた)れど痛き情(こころ)は忍びかねつも
私訳 この世はいつもこのようなものと思い向き合ってみても、辛い心は耐え忍ぶことが出来ない。

集歌473 佐保山尓 多奈引霞 毎見 妹乎思出 不泣日者無
訓読 佐保山(さほやま)にたなびく霞見るごとに妹を思ひ出泣かぬ日はなし
私訳 佐保山に棚引く霞を見るたびに、愛しい貴女を思い出しては泣かない日はありません。

集歌474 昔許曽 外尓毛見之加 吾妹子之 奥槨常念者 波之吉佐寳山
訓読 昔こそ外(よそ)にも見しか吾妹子(わぎもこ)し奥城(おくつき)と念(おも)へば愛(は)しき佐保山(さほやま)
私訳 昔は関係ないものと眺めていたが、愛しい私の貴女の墓所と思うと、ああ愛しい佐保の山よ。

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明日香新益京物語 飛鳥池

2014年04月27日 | 実験 小説で万葉時代を説明する 
飛鳥池

 太政官を率いる高市皇子は浄御原宮の傍、飛鳥池の辺に鋳銭と宮中などで使う宝飾品を作る官営工房を置いた。
 この時までには飛鳥浄御原宮や大官大寺・薬師寺などの王宮や大寺造営は、ほぼ、峠を越えた。そのため、筑紫大宰府から送られる銅や銀の地金は十分に貨幣鋳造を行うに足りた。その状況を受け、世界で第一級国家を目指す大海人大王は、左大臣高市皇子に銀と銅による貨幣の発行を命じた。この勅命を受け、高市皇子は柿本臣人麻呂を石見国から飛鳥に呼び戻し、鋳銭司の長官に任命した。その人麻呂が、朱雀八年(679)秋、飛鳥に戻って来た。

 左大臣高市皇子は宮中で人麻呂の労をねぎらった。
「やい、柿本臣人麻呂、御苦労であった。主の働きで、白銀(しろかね)や赤銅(あかかね)は朝廷の蔵に十分に貯まるほどになった」
「そこで褒美をやる。石見国の主の許へ、上京の命と共に内々で知らせたが、主の宮内での帯刀を許す。今より柿本臣人麻呂を大夫と準える」
 人麻呂は官人たる仕儀で礼を云う
「有り難き幸せ、一層、務めまする」
 継いで、太政官が新しき命令を下した。
「柿本臣人麻呂、主の位を大山上(正六位上相当)とし、新しき鋳銭司の長官とする」
 その後を高市皇子が云う、
「人麻呂、朝廷は大和の銭を鋳ることに決めた。主がそれを行う」
「場所は、宮の北、飛鳥池の辺に用意した。一年の時をやる。一年の後、朱雀十年正月より天下に大和の銭を使わす」

 人麻呂はその命令に驚くと共に頭を抱えた。
 確かに柿本一族は銅の鍛冶一族である。ただし、造る物は単品か、少量である。ところが、銭は違う。同じ品をその品質を保ち、大量に造る必要がある。同じ銅の製品だが、その製造の技術は違うし、使う品の耐久性や耐摩耗性も違う。天下に流通するなら万単位の仕事となる。高市皇子も栗東の鍛冶の里を立ち上げ、運営した人物である。その難しさを知る。それを一年の内に生産技術を開発し、大量生産することを人麻呂に求めた。そして、人麻呂なら出来るだろうと信頼を寄せた。

 太政官と連れだって、皇子の前から下がって行く人麻呂を、高市皇子が呼び止めた。
 含み笑いをしながら皇子は、云えば判るとばかりに人麻呂に云った。
「やい、人麻呂。己にもう一つ、褒美をやる」
「己に休みをやる。今から忍坂の里に行け」
「皇后に願うた。特別に今日から十日の休みを貰い、宮下がりしておるはずじゃ」
「思う存分、女子を抱き、後、鋳銭に励め」

 高市皇子は人を遣り巨勢媛の身持ちを確かめた。媛は二十六になっていたが、特定の男との縁は出来ていなかった。そこで、巨勢媛の気持ちを確認すると自分から人麻呂と縁を切ったとは思っていないと伝えて来た。
 初め、皇子は昔の約束を守り、石見の勤務を終えた人麻呂に見目良き女子を与えるつもりでいたが考えを変えた。そこで、菟野皇后に人麻呂の帰京に合わせ、巨勢媛の皇后宮からの特別の宮下がりを願った。皇后は「子を為しても良いが、人麻呂の室に引き取ること許さん。今後も、傍に置く」との条件を付けて、それを了承した。

 人麻呂は五年の石見行きで縁が切れたと思っていた。それが、高市皇子は「巨勢媛が、今、屋敷で妻問いを待っている」と云う。誘惑多い飛鳥の宮中に仕える巨勢媛と縁は切れていなかった。その媛が忍坂にある媛の屋敷で人麻呂の訪れを待っている。
 左大臣と云う激務の立場の高市皇子が恋妻を倭に残し石見国に下っていった人麻呂を気にかけ、その昔の恋妻との仲立ちと配慮をしてくれていた。人麻呂は、思わぬ皇子の馳走に昔の媛との日々や肌の温もりを想い出し、感激に涙ぐんだ。その涙声で礼を述べ、子供のように宮中から駆け出た。
 小者を忍坂の里、巨勢媛の屋敷に送る。「あと、二刻で妻問う」と伝えた。そして、人麻呂自身は穴師の柿本鍛冶屋敷に駆け戻り、身を改め妻問いの支度をした。

 気が急く人麻呂が穴師から忍坂へ里人を驚かせない程度だが、それでもなんだと思うほどの速さで馬を逸らせ駆けた。
 今、人麻呂は三十三歳、巨勢媛は二十六歳。
 二年前、石見国からの中上がりでのあわただしい時間の中で、数回、肌を合わせたことがあった。中上がりでの逢える日を数えて逢ったその時と今は違う。これからは離れることなく、ずっと、一緒に居られる。今、人麻呂の感覚は五年ぶりの恋妻との再会であった。
 その人麻呂と巨勢媛は再会した。
 それぞれが、地方官として、また、宮中女官として人を束ねる地位にある二人の再会は、若い男女の再会とは違う。若さからの逢えば互いの肌の温もりを求め激情が湧き上がるという出会いとは違い、先に懐かしさが込み上がる。
 籠り間の庭の押し戸を開け、並び座って二人して月を眺め、物語をする。そして、誰より益して心が通う心地よさを認め合い、そして、お互いが好きとする大和歌を詠い合う。歌を詠うことで、一層に互いの心が通い、昔の日々が蘇った。

人麻呂より、
麁玉五年雖經吾戀跡無戀不止恠
訓読 あらたまし五年(いつとせ)経(ふ)れど吾(わ)が恋し跡(あと)無き恋し止(や)まなく怪(あや)し
私訳 年が新になる新年を五年も過ごしたけれど、私の恋の、その貴女と実際に愛し抱き合うことの出来なかった恋なのに、その恋が終わらなかったことが不思議です。

敷栲之衣手離而玉藻靡可宿濫和乎待難尓
訓読 敷栲し衣手(ころもて)離(か)れて玉藻なす靡きか寝(ね)らむ吾(わ)を待ちかてに
私訳 夜寝る敷く栲の上で互いの衣を体に掛け合うこともない。貴女は、美しい藻のような黒髪を靡かせて寝ているのでしょうか。私を待ちわびて。

 心が通っても、男女の感情は違う。
 人麻呂は五年の月日の長さが先に心を蔽う。一方、巨勢媛はお互いの五年の月日は語らない。媛にとって、今だけが大切であった。今はただ、その媛の許へと通う人麻呂が恋しく、逢うまでのその道中が気になる。

巨勢媛より、
隠口乃豊泊瀬道者常滑乃恐道曽戀由眼
訓読 隠口(こもくり)の豊(とよ)泊瀬(はつせ)道(ぢ)は常滑(とこなめ)の恐(かしこ)き道ぞ恋由(ゆ)へし眼(まな)
私訳 人が亡くなると隠れるという隠口の立派な泊瀬道は滑りやすい恐ろしい道です。貴方に恋する私の眼から見ると。

 歌を詠うにつれ、媛は人麻呂に肩を寄せ、やがて、人麻呂の胸の中に居た。人麻呂は、その媛をいとおしく思い、そして、物語をしながら乳の丸みや翳りの潤いに指を這わした。
 何時しか、押し戸は閉じられた。
 今、人麻呂は月を眺めることより、黒髪が流れる白き肌に刻を忘れた。夜床に座り、己の白栲の夜着の中に媛の柔肌を包み、物語をし、愛撫をする。そして、その媛にこれからの営みを予告した、

我妹戀度釼刀名惜念不得
訓読 我妹子し恋ひしわたれば剣太刀(つるぎたち)名し惜しけくも思ひかねつも
私訳 剣を鞘に収めるように私の愛しい貴女を押し伏せて抱いていると、剣や太刀を身に付けている健男の名を惜しむことも忘れてしまいます。

媛は人麻呂が現す逞しい剣太刀に触れ、その予告する営みへと人麻呂を誘った。

釼刀諸刃利足踏死ゞ公依
訓読 剣太刀(つるぎたち)諸刃(もろは)し利(と)きに足踏みて死なば死なむ君し依(よ)りては
私訳 貴方が常に身に帯びる剣や太刀の諸刃の鋭い刃に足(下半身)が触れる、そのように貴方の“もの”でこの身が貫かれ、恋の営みに死ぬのなら死にましょう。貴方のお側に寄り添ったためなら。

 確かに、人麻呂は巨勢媛と共に高市皇子の特別な甘美な褒美を堪能した。五年の月日は経ったが、人麻呂と媛には、あの心通い、肌懐かしい、愛の日々が戻って来た。これから人麻呂は媛の宮下がりに合わせ、恋妻巨勢媛の許へと妻問う。
 十日の休みの後、巨勢媛は皇后宮へ戻り、人麻呂は飛鳥池の官営工房に出仕した。

 その官営工房に出仕した人麻呂は銭を鋳ることに苦戦した。大海人大王と高市皇子の要求は大和の貨幣として銀銭と銅銭を発行することにある。銀銭は良い。銀の製錬では鉛を使う。銀鉛合金は流動性が良く、銀銭の鋳造に問題はない。また、貨幣価値からして、予定する鋳造枚数は少ない。問題は銅銭である。その素材において、耐久性や耐摩耗性があり、それでいて万単位で大量に同じ品質で鋳造が出来るものでなくてはならない。また、高市皇子は大和の銭にこだわる。つまり、国産の原料にこだわる。技術者とし簡単なのは銀を輸出して大唐の開元通宝を手に入れ、それを鋳直して大和の銭にすることである。今、大和には銀はある。高市皇子が許せば、それは可能だ。だが、皇子はあくまでも大和の銭の鋳造を求めた。
 人麻呂は伊予や丹波の白鑞(しろなまり:アンチモン)や豊前の錫を使い、銅銭の鋳造を試みた。結果、原料調達などの理由で大和最初の銅銭は銅と白鑞との合金が使われ、富本銅銭として発行された。この銅と白鑞との合金配合は丹波で有望な錫鉱山が発見される奈良時代まで続いて行くことになった。

 朱雀十年(681)春、朝廷は初めての自国通貨である富本銀銭と富本銅銭の発行を祝った。
 その銀銭の発行の直後、貨幣価値に対して国際通貨の基準となる銀地金と大和最初の富本銀銭との間で物価水準と銀貨の価値に問題が生じた。問題は大和の富本銀銭の地金換算価格が国際的に安すぎた。銀銭入手の機会がある人々は銅銭を銀銭に交換し、貯め込む。また、伝手がある者はそれをもって新羅や大唐と交易を行う。朝廷は流通量を確保しようとするが、国際通貨の交易条件から、結果、市場には出回らない。
 自国の貨幣発行直後、朝廷は税関制度などが無いという背景を下に国際社会での貨幣価値と交換比率の問題に対処する必要が生じた。朱雀十二年(683)四月になって、朝廷は制度として富本銀銭の流通を停止し、富本銅銭のみの流通を許可する詔を発布した。ただ、朝廷は改めて詔を出し、貴金属としての銀自体の流通は許した。
 この朱雀十二年四月の詔は、ある種、日本最初の貿易及び通貨統制令となった。この問題は、後の和同開珎でも生じ、和同開珎銀銭は遠く大唐長安でも発掘される。銀貨・銅貨の交換比率を、その製造原価に近いところにあるとすると、大和は一対二十五、大唐は一対四百である。輸出入の経費を含めた銅銭の価値が大和と大唐とで、さほど違わないとすると、二十倍ほどの価値を持つ大和の銀銭は、自然、大唐へ流れる。なお、銅銭の地金換算価格においても和同開珎は大唐の開元通宝より高く、大和の人々は開元通宝との交換や銭差(ぜにさし)にそれが雑じることを嫌ったと云う。人麻呂が生きた時代、大和の貨幣価値は国際的に高かった。

 高市皇子は人麻呂とその職人集団を追い使う。技術者でもある皇子は人麻呂にガラス製品、金銀銅の宝飾品や王宮を飾り塗る塗料の生産も命ずる。当時の鉄や銅の精錬は吹き製錬と呼ばれる製造法を使い、後年の鉄のたたら製鉄法では無い。銀、銅や鉄も吹き製錬で製造するが、ガラス玉、所謂、蜻蛉玉もまた吹き製錬の炉で生産が出来る。さらに要望があれば、白粉となる鉛白や化粧紅や朱塗りの塗料となる光明丹も銀製錬の副産物として鉛から製造が出来る。壬申の乱からわずか十年ほどで、大海人大王と高市皇子は、当時としては、最先端の工場と技術を持つことになった。

 人麻呂が大和最初の貨幣発行に苦闘している時代、飛鳥浄御原宮では、大和の国としての制度や文化の骨格造りが進む。
 朱雀九年(680)七月、宮中で大唐の風習、乞巧奠(きつこうてん)と倭の風習、棚機女(たなばたつめ)とを織り交ぜた七夕の宴が持たれた。ただ単純に大唐の宮中儀礼をなぞるのではなく、そこに倭古来の祭や由来を取り込んだ。例として、恋愛において大唐では女が男の許へ伺うが、大和では男が女を妻問う。その為、大和の七夕の神話では彦星が織姫を妻問う姿を見せる。
 大海人大王は大和の文化の創作を進めている。その一環での大和神話の収集と整理も進んで来た。天照大御神と須佐之男命との神話もその一つである。殿上に集う人々の中では一際若いが、宮中での帯刀の身分となった人麻呂はその七夕の宴で大和歌を詠った。人麻呂は、大王が収集し整備する大和神話の中から天照大御神と須佐之男命との天の安川での誓約の、その禊争いの場面を切り取り、和歌として披露した。

天漢安川原定而神競者磨待無
訓読 天つ川八湍(やす)し川原し定まりて神(かみ)競(きそは)へば磨(まろ)は待たなく
私訳 天の八湍の川原で約束をして天照大御神と建速須佐之男命とが大切な誓約(うけひ)をされていると、それが終わるまで天の川を渡って棚機女(たなはたつめ)に逢いに行くのを待たなくてはいけませんが、年に一度の今宵はそれを待つことが出来ません。
注意 麿は国字で人麻呂時代には無かった文字です。音字としては磨の用字となります。

 神話では天上の八湍の川原で、天照大御神と須佐之男命とが、須佐之男命が天照大御神の里を襲う心を持っているか、どうかを、誓約(うけい)をして試す。一方、唐国の乞巧奠の神話では、今の七夕伝説と呼ばれる年に一度、天の川で恋人同士の出会いがある。
 人麻呂は、これが同じ日だと、七夕の夜、年に一度しか会えない恋人同士が出会う、その姿を眺めたいのに、同じ河原で行われている神々の誓約が終わるのを待つことが出来ないと詠う。それを聞く人々は、この七夕の宴に人麻呂の恋人、巨勢媛が皇后菟野皇女の傍らに控えているのを知っている。歌は大和神話を取り入れた七夕の宴に奉げる物でもあるが、聞き様によっては人麻呂から宴に同席する恋人の巨勢媛に贈る歌でもある。末句だけだと恋人である巨勢媛と今すぐにでも逢引きがしたいとも聞こえる。人々は改めて、倭の里で歌垣の上手と云われた柿本人麻呂の歌上手を想い出した。




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今日のみそひと歌 金曜日

2014年04月25日 | 万葉 みそひと謌
今日のみそひと歌 金曜日

集歌4039 於等能未尓 伎吉底目尓見奴 布勢能宇良乎 見受波能保良自 等之波倍奴等母
訓読 音のみに聞きて目に見ぬ布勢の浦を見ずは上(のぼ)らじ年は経(へ)ぬとも
私訳 噂だけを聞いて見た事の無い布勢の浦を見ないうちには都には上りません。今年が暮れても。

集歌4040 布勢能宇良乎 由伎底之見弖婆 毛母之綺能 於保美夜比等尓 可多利都藝底牟
訓読 布勢の浦を行きてし見てば百磯城(ももしき)の大宮人に語り継ぎてむ
私訳 布勢の浦を出かけて行って眺めたら、沢山の岩を積み上げる大宮に使える宮人に語り伝えましょう。

集歌4041 宇梅能波奈 佐伎知流曽能尓 和礼由可牟 伎美我都可比乎 可多麻知我底良
訓読 梅の花咲き散る園(その)に我れ行かむ君が使を片待ちがてら
私訳 梅の花が咲いて散る、その庭園に私は行ってみたいものです。貴方からの誘いの使者を待ちかねて。

集歌4042 敷治奈美能 佐伎由久見礼婆 保等登伎須 奈久倍伎登伎尓 知可豆伎尓家里
訓読 藤波の咲き行く見れば霍公鳥(ほととぎす)鳴くべき時に近づきにけり
私訳 藤の波のような花房が咲きだしているのを見ると、ほととぎすが鳴く季節に近づいたようです。

集歌4043 安須能比能 敷勢能宇良末能 布治奈美尓 氣太之伎奈可須 知良之底牟可母
訓読 明日の日の布勢の浦廻(うらみ)の藤波にけだし来鳴かす散らしてむかも
私訳 明日、見に行く日に布勢の入り江に咲く藤波にほととぎすは来て鳴き声を響かすことなく、ただ、花だけを風に散らせてしまうのでしょうか。

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