歌番号 574
詞書 なかうた:円融院の御時、大将はなれ侍りてのち、ひさしくまゐらて、そうせさせ侍りける
詠人 東三条太政大臣
原文 安者礼和礼 以徒々乃美也乃 美也比止々 曽乃可寸奈良奴
和歌 あはれわれ いつつのみやの みやひとと そのかすならぬ
三遠奈之天 於毛比之己止八 加遣万久毛 加之己个礼止毛
みをなして おもひしことは かけまくも かしこけれとも
堂乃毛之幾 加遣尓布多々比 於久礼多留 布多者乃久左遠
たのもしき かけにふたたひ おくれたる ふたはのくさを
不久可世乃 安良幾可多尓八 安天之止天 世者幾多毛止遠
ふくかせの あらきかたには あてしとて せはきたもとを
布世幾川々 知利毛寸部之止 美可幾天者 堂万乃飛可利遠
ふせきつつ ちりもすゑしと みかきては たまのひかりを
堂礼可美武止 於毛飛己々呂尓 於保遣奈久 加美川恵多遠者
たれかみむと おもふこころに おほけなく かみつえたをは
佐之己恵天 者奈佐久者留乃 美也比止々 奈利之止幾者々
さしこえて はなさくはるの みやひとと なりしときはは
伊可者可利 志个幾加遣止可 堂乃万礼之 寸恵乃与万天止
いかはかり しけきかけとか たのまれし すゑのよまてと
於毛飛徒々 己々乃加左祢乃 曽乃奈可尓 以徒幾寸部之毛
おもひつつ ここのかさねの そのなかに いつきすゑしも
己止天之毛 堂礼奈良奈久尓 遠也万田遠 比止尓万可世天
ことてしも たれならなくに をやまたを ひとにまかせて
和礼者堂々 多毛止曽遠川尓 三遠奈之天 布多者留三者留
われはたた たもとそほつに みをなして ふたはるみはる
寸久之川々 曽乃安幾布由乃 安佐幾利乃 堂恵万尓多尓毛止
すくしつつ そのあきふゆの あさきりの たえまにたにもと
於毛飛之遠 美祢乃之良久毛 与己佐万尓 多知可波利奴止
おもひしを みねのしらくも よこさまに たちかはりぬと
美天之可八 三遠加幾利止八 於毛比尓幾 以乃知安良波止
みてしかは みをかきりとは おもひにき いのちあらはと
堂乃美之者 比止尓於久留々 奈々利个利 於毛飛毛之留之
たのみしは ひとにおくるる ななりけり おもふもしるし
也万可者乃 美奈志毛奈利之 毛呂比止毛 宇己可奴幾之尓
やまかはの みなしもなりし もろひとも うこかぬきしに
万毛利安个天 志川武美久川乃 者天/\者 加幾奈可佐礼之
まもりあけて しつむみくつの はてはては かきなかされし
加美奈川幾 宇寸幾己保利尓 止知良礼天 止万礼留可多毛
かみなつき うすきこほりに とちられて とまれるかたも
奈幾和不留 奈美多志川美天 加曽布礼者 布由毛三川幾尓
なきわふる なみたしつみて かそふれは ふゆもみつきに
奈利尓个里 奈可幾与那/\ 志幾堂部乃 布左寸也寸万寸
なりにけり なかきよなよな しきたへの ふさすやすます
安計久良之 於毛部止毛奈本 加奈之幾者 也曽宇知比止毛
あけくらし おもへともなほ かなしきは やそうちひとも
阿多良与乃 多女之奈利止曽 佐者久奈留 満之天加寸可乃
あたらよの ためしなりとそ さわくなる ましてかすかの
須幾武良尓 以末多加礼多留 恵多者安良之 於保者良乃部乃
すきむらに いまたかれたる えたはあらし おほはらのへの
徒本寸美礼 徒美遠可之安留 毛乃奈良波 天留比毛美与止
つほすみれ つみをかしある ものならは てるひもみよと
以布己止遠 止之乃遠者利尓 幾与女寸八 和可三曽川為尓
いふことを としのをはりに きよめすは わかみそつひに
久知奴部幾 堂尓乃武毛礼幾 者留久止毛 佐天也々美奈武
くちぬへき たにのうもれき はるくとも さてややみなむ
止之乃宇知尓 者留不久可世毛 己々呂安良波 曽天乃己保利遠
としのうちに はるふくかせも こころあらは そてのこほりを
止計止布可奈武
とけとふかなむ
読下 あはれわれ いつつの宮の 宮人と そのかすならぬ 身をなして おもひし事は かけまくも かしこけれとも たのもしき かけにふたたひ おくれたる ふたはの草を 吹く風の あらき方には あてしとて せはきたもとを ふせきつつ ちりもすゑしと みかきては たまのひかりを たれか見む と思ふ心に おほけなく かみつえたをは さしこえて 花さく春の 宮人と なりし時はは いかはかり しけきかけとか たのまれし すゑの世まてと 思ひつつ ここのかさねの そのなかに いつきすゑしも ことてしも たれならなくに を山田を 人にまかせて 我はたた たもとそほつに 身をなして ふたはるみはる すくしつつ その秋冬の あさきりの たえまにたにもと 思ひしを 峯の白雲 よこさまに たちかはりぬと 見てしかは 身をかきりとは おもひにき いのちあらはと たのみしは 人におくるる ななりけり 思ふもしるし 山河の みなしもなりし もろ人も うこかぬきしに まもりあけて しつむみくつの はてはては かきなかされし 神な月 うすき氷に とちられて とまれる方も なきわふる なみたしつみて かそふれは 冬も三月に なりにけり なかきよなよな しきたへの ふさすやすます あけくらし おもへとも猶 かなしきは やそうち人も あたら世の ためしなりとそ さわくなる ましてかすかの すきむらに いまたかれたる 枝はあらし 大原野辺の つほすみれ つみをかしある 物ならは てる日も見よと いふことを 年のをはりに きよめすは わか身そつひに くちぬへき たにのむもれ木 春くとも さてややみなむ 年の内に 春吹く風も 心あらは そての氷を とけとふかなむ
解釈 ああ、私は、五代の宮の宮人となって、取るに足らない身ではありながら帝に仕え、思ったことは、そのいおうに思うことも畏れ多いのではあるが、頼もしい帝に二度も先立たれ、幼い双葉の葉を吹く風の荒々しいものには当てない、として我が狭い袂で防ぎながら、塵も着かないように、と磨いては、玉の光を私以外に誰が気が付くだろうと身の程も弁えず、上の枝を差し越えて、花咲く春の宮人となった、その時は、これほどのものに茂ったと人々に頼まれ、末の代までお仕えしようと思いながら、九重の重ねの中に拝み奉ることをしたのも、それを言上したのも、誰あろう、私です、小山田を人に任せて、私はただ袖を濡らす、案山子に身を為して、二年の春、三年の春と、時を過ごしつつ、その秋や冬の朝霧の絶え間にさえも、お守りすると思ったのに、峯の白雲が横暴にも立ち替わりするだろうと、思えば、小山田を守るために我が身を掻き取りしようと思ったが、命があれば、いつかは、と頼りにしていた結果として得たものは、人よりも昇進が遅れているとの評判を得ただけです、心配し思った通りに、小山田以外の山河の皆、下だった人をも、動くことのない岸に護り上げて、沈む水屑の行き着く所と言えば、押し流されて、十月の薄い氷に閉ざされれて、留まるところもなく、泣きわびる涙に沈むkぉとを数えると、冬も三月になってしまった。長い夜を夜具に臥すことなく寝ずに明け暮らし、思ってもなお悲しいのは、一門の人々も残念な世の姿を示す例だと騒いでいるのです、まして、春日の杉群れに、まだ枯れた枝はあるまい、大原の野辺に壷菫を摘む、その言葉の響きではないが、私に罪があるものならば、照る日もご照覧あれ、ということを、年の終わりまでに晴らすことが出来なかったなら、我が身は最後には朽ち果ててしまうでしょう。一体、谷の埋もれ木のような我が身は、春が来ても、このままで終わるのでしょうか、年の内に吹く春風も、もし、心があるのであれば、涙で濡れ凍った袖の氷を解かすように吹いて欲しいものです。
歌番号 575
詞書 これか御返し、たたいなふねの、とおほせられたりけれは、又御返し
詠人 東三条太政大臣
原文 以可尓世武 和可三久多礼留 以奈布祢乃 志波之者可利乃 以乃知多部寸八
和歌 いかにせむ わかみくたれる いなふねの しはしはかりの いのちたえすは
読下 如何せむわか身くたれるいな舟のしはしはかりのいのちたえすは
解釈 どうしましょう、我が身は沈んだ身の上のままで、あの稲舟の言葉では無いが、この月ばかりはしばし待てとのお言葉ですが、その間にも命が絶えてしまっては。
注意 古今和歌集「最上川上れば下る稲舟のいなにはあらずこの月ばかり」を踏まえたものです。