竹取翁と万葉集のお勉強

楽しく自由に万葉集を楽しんでいるブログです。
初めてのお人でも、それなりのお人でも、楽しめると思います。

再読、今日のみそひと謌 月

2017年07月31日 | 再読、今日のみそひと...
再読、今日のみそひと謌 月

集歌1206 奥津波 部都藻纒持 依来十方 君尓益有 玉将縁八方
訓読 沖つ波辺(へ)つ藻巻き持ち寄せ来(こ)とも君にまされる玉寄せめやも
私訳 沖の浪が岸辺の藻を巻き上げ持って打ち寄せて来ようとも、貴方より勝れる玉が打ち寄せるでしょうか。

集歌1207 粟嶋尓 許枳将渡等 思鞆 赤石門浪 未佐和来
訓読 粟島(あはしま)に漕ぎ渡らむと思へども明石(あかし)し門浪(となみ)いまだ騒(さわ)けり
私訳 粟島に船を操り渡ろうと思うのだが、明石の水門(海峡)の浪はいまだに騒いでいる。

集歌1223 綿之底 奥己具舟乎 於邊将因 風毛吹額 波不立而
訓読 海(わた)し底(そこ)沖榜(こ)ぐ舟を辺(へ)に寄せむ風も吹かぬか波し立てずに
私訳 海の底の奥深く、沖で操る舟を岸辺に吹き寄せる風が吹いてくれないかなあ。波だけは立てないで。

集歌1224 大葉山 霞蒙 狭夜深而 吾船将泊 停不知文
訓読 大葉(おほば)山(やま)霞し蒙(おほ)ふさ夜(よ)更(ふ)けに吾が船泊(は)てむ泊(とま)り知らずも
私訳 大葉山を霞が覆い隠す、そのような夜は更けていくので、私が乗る船は泊まっている。どこの場所かは知らないが。

集歌1225 狭夜深而 夜中乃方尓 欝之苦 呼之舟人 泊兼鴨
訓読 さ夜(よ)深(ふ)けに夜中(よなか)の方(かた)に欝(おほほ)しく呼びし舟人(ふなひと)泊(は)てにけむかも
私訳 夜は更けていくので夜中近くにかすかに呼ばっていた舟人は、今はどこかに舟を泊めているのだろう。
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万葉集 長歌を鑑賞する 集歌3253

2017年07月30日 | 万葉集 長歌を楽しむ
万葉集 長歌を鑑賞する 集歌3253

柿本朝臣人麿歌集歌曰
標訓 柿本朝臣人麿の歌集の歌に曰はく、
集歌3253 葦原 水穂國者 神在随 事擧不為國 雖然 辞擧叙吾為 言幸 真福座跡 恙無 福座者 荒礒浪 有毛見登 百重波 千重浪尓敷 言上為吾

<標準的な解釈(「萬葉集 釋注」伊藤博、集英社文庫)>
訓読 葦原の 瑞穂の国は 神ながら 言挙げせぬ国 しかれども 言挙げぞ吾がする 言(こと)幸(さき)く ま幸(さき)くませと 障(つつ)みなく 幸(さき)くいまさば 荒礒(ありそ)波(なみ) ありても見むと 百重(ももへ)波(なみ) 千重(ちへ)波(なみ)にしき 言(こと)挙げす我れは 言(こと)挙げす我れは
標準 神の国葦原の瑞穂の国、この国は天つ神の神意のままに、人は言挙げなど必要としない国です。しかし、私はあえて言挙げをするのです。この言のとおりにご無事でいらっしゃい、障ることなくご無事で行って来られるならば、荒磯に寄せ続ける波のように、変わらぬ姿でまたお目にかかることができるのだ、と、百重に寄せる波、千重に寄せる波、その波のように繰り返し繰り返しして、言挙げをするのです、私は。言挙げをするのです、私は。

<西本願寺本万葉集の原文を忠実に訓むときの解釈>
訓読 葦原し 瑞穂し国は 神ながら 事(こと)挙げせぬ国 しかれども 辞(こと)挙げぞ吾がする 言(こと)幸(さき)く ま幸(さき)くませと 恙(つつが)なく 福(さきく)いまさば 荒礒(ありそ)波(なみ) ありても見むと 百重(ももへ)波(なみ) 千重(ちへ)波(なみ)にしき 言(こと)上げす吾は
私訳 天皇が治める葦原の瑞穂の国は地上の神々が気ままに人民に指図しない国です。しかし、その神々にお願いをする、私は。約束が祝福され、この国が繁栄しますようにと。そして何事もなく繁栄するならば、荒磯に常に波が打ち寄せるように百回も、千回も繰り返して、神々に誓約します、私は。

注意 原文の「千重浪尓敷」は、一般に「千重浪敷尓」と記し「千重浪しきに」と訓みます。さらに末句に「言上為吾」を加えます。また、本来、「言挙」、「辞挙」、「事挙」は延喜式祝詞でも示されるようにそれぞれに意味が違う言葉です。そのため、言葉の解釈が違う為に意訳文も相違しています。旧来、音字として「こと」と解釈する立場と「言=事」と云う思想的立場とが合わさって、「言挙」、「辞挙」、「事挙」は同じ行為を示すとします。一方、延喜式に載る祝詞では違う言葉(行為者が違う)という立場です。弊ブログは祝詞の解釈を採用しています。
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万葉雑記 色眼鏡 二二五 今週のみそひと歌を振り返る その四五

2017年07月29日 | 万葉集 雑記
万葉雑記 色眼鏡 二二五 今週のみそひと歌を振り返る その四五

 今週は万葉集巻七から集歌1208の歌から集歌1205の歌までを鑑賞しています。変な順番になっていますが、西本願寺本万葉集では校本万葉集とは歌の配置が違っています。このため、西本願寺本では集歌1194の歌から集歌1207の歌までは、集歌1222の歌の後に配置されます。このような背景があるために歌番号と配置順が標準的な校本万葉集のものと一致していませんし、集歌1208の歌は集歌1210の後に位置します。順不同はこのような背景があります。

 さて、歌題において万葉集と他の和歌集とには大きな相違があります。それが船旅や海辺、それも磯浜の様子を詠うところです。平安時代の海辺の風景を詠うものとして奥州塩釜の風景画ありますが、実際は京都市内の貴族の庭園を詠ったものですし、派生歌はその苑池庭園の風景を詠った歌からの想像歌です。平安中期以降の貴族たちは都から地方に出向かないのがステータスですし、そのような人々が殿上人として人間扱いをされています。
 他方、飛鳥から奈良時代の貴族は実際に自己が所有する田舎の庄田を経営しますし、地方官として赴任しその行政評価で昇格人事を受けます。そのような背景から、万葉集には地方風景や海の様子がふんだんに詠われることになりますし、大伴郎女たちが歌に詠うように収穫次期に庄田に戻り、収穫に従事するのです。実際上の土地所有から切り離された平安貴族との違いがあります。また、例として周防などに残された古文書と大伴家持の歌・左注などからしますと、坂東からの防人の人たちは駿河湾から大船に乗り、遠州灘、伊勢湾、紀伊半島を経由して難波津に到着し、ここで点呼を受けた後、瀬戸内海を西に航行し、周防から北部九州に上陸します。関東から陸路をテクテクと徒歩旅行したのではありませんし、奈良時代中期まではそのような官名による旅行者・移動者には糧食が支給されていて、その記録が残されています。調税品を都へと運搬する運脚もまた糧食は延喜式に規定が示されるように支給されており、自己負担であったというのは「思想を背景としたデマ」です。

 与太話はここまでで、次の歌は和歌山市の海辺の様子を詠った歌です。奈良時代始めの行幸での歌ですと、行幸は平城京(または藤原京)から吉野に入り、ここで神事を行った後、吉野川(県境を越えてからは紀伊川)を下り、和歌浦に出ます。この後、紀伊半島各地の神社や伊勢の神社で神事を行うことになります。奈良の都への帰路は和歌浦から紀伊水道を抜け、難波津へ、そして大和川を遡って都に戻るのが順路だったようです。
 このような行幸順路の為か、帰路で最後の畿外の宿泊地となる和歌浦や玉津島の風景には、もう、旅の終わりと云う安堵や早く、家に帰って家族に会いたいという雰囲気があります。

集歌1219 若浦尓 白浪立而 奥風 寒暮者 山跡之所念
訓読 若浦(わかうら)に白浪立ちに沖つ風寒(さむ)き暮(ゆふへ)は大和しそ念(も)ゆ
私訳 和歌の浦に白波が立つので、沖からの風が寒い夕暮れは、大和が偲ばれます。

集歌1220 為妹 玉乎拾跡 木國之 湯等乃三埼二 此日鞍四通
訓読 妹しため玉を拾(ひり)ふと紀(き)し国し由良(ゆら)の御崎(みさき)にこの日暮らしつ
私訳 愛しい貴女のために玉を拾おうと紀の国の由良の御崎に、この一日を過ごしました。

集歌1222 玉津嶋 雖見不飽 何為而 裹持将去 不見人之為
訓読 玉津(たまつ)島(しま)見れども飽かずいかにせに包(つと)持(も)ち行かむ見ぬ人しため
私訳 玉津嶋よ、眺めていても飽きることはない。どのようにしてこの景色を包み込んで持って行こうか。この景色を見たことのない人のために。

 最初にも説明しましたが、巻七の歌は、なかなか、心躍るような歌はありません。記念撮影のような風景歌が多いため、数字稼ぎの与太話が中心になります。今回は歌番号の順不同を案内することが中心のようなものでした。
 反省です。
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再読、今日のみそひと謌 金

2017年07月28日 | 再読、今日のみそひと...
再読、今日のみそひと謌 金

集歌1201 大海之 水底豊三 立浪之 将依思有 礒之清左
訓読 大海(おほうみ)し水底(みなそこ)響(とよ)み立つ浪し寄らむと思(も)へる礒し清(さや)けさ
私訳 大海の海底まで轟かせて立つ浪が、きっと打ち寄せるでしょうと思う磯の清々しさよ。

集歌1202 自荒礒毛 益而思哉 玉之浦 離小嶋 夢石見
訓読 荒礒(ありそ)ゆもましに思(しの)へや玉し浦離(はな)れ小島し夢にし見ゆる
私訳 幾度も波が打ち寄せる荒磯よりもさらに幾度も思い出すからか、玉の浦の離れ小島を今でも夢に見える。

集歌1203 礒上尓 爪木折焼 為汝等 吾潜来之 奥津白玉
訓読 礒し上(へ)に爪木(つまき)折(を)り焼(や)き汝(な)がためと吾が潜(かづ)き来(こ)し沖つ白玉
私訳 磯の上で体を温める木端を折り焼き、貴女のためと私が海に潜って取って来た沖の白玉です。

集歌1204 濱清美 礒尓吾居者 見者 白水郎可将見 釣不為尓
訓読 浜(はま)清(きよ)み礒に吾が居(を)れば見む者し白水郎(あま)とか見らむ釣(つり)もせなくに
私訳 浜が清らかな、その磯に(薄汚れた衣を着る)私が居ると、浜を眺める人は、私を漁師かと思うでしょう。釣りもしていませんが。

集歌1205 奥津梶 漸々志夫乎 欲見 吾為里乃 隠久惜毛
訓読 沖つ梶(かぢ)漸々(やくやく)強(し)ふを見まく欲(ほ)り吾がする里の隠(かく)らく惜しも
私訳 沖に向かう船の梶がしだいしだいに流れに逆らい船を操るのだが、私が眺めたいと思う里が浪間に隠れていくのが残念なことです。

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再読、今日のみそひと謌 木

2017年07月27日 | 再読、今日のみそひと...
再読、今日のみそひと謌 木

集歌1196 欲得裹登 乞者令取 貝拾 吾乎沾莫 奥津白浪
訓読 つともがと乞(こ)はば取らせむ貝(かい)拾(ひり)ふ吾を濡らすな沖つ白浪
私訳 土産に欲しいと願ったら、それを取らすでしょう。その土産の貝を拾う私を濡らすな。沖からの白波よ。

集歌1197 手取之 柄二忘跡 礒人之曰師 戀忘貝 言二師有来
訓読 手に取りしからに忘ると磯人(いそひと)し云ひし恋忘れ貝言(こと)にしありけり
私訳 「手に取った、だから、愛しい人のことを忘れる」、又は、「恋忘れ貝とは、その手に取った貝殻の片身」と磯の人の語った、その恋忘れ貝よ。美しさは、その言葉の通りでした。

集歌1198 求食為跡 礒二住鶴 暁去者 濱風寒弥 自妻喚毛
訓読 漁(あさり)すと礒に住む鶴(たづ)暁(あけ)去(い)けば浜風寒(さぶ)み己妻(おのつま)喚(よ)ぶも
私訳 餌を探すと磯に住む鶴が、暁が明けていくと、浜風が寒くて自分の妻を鳴き呼ぶ。

集歌1199 藻苅舟 奥榜来良之 妹之嶋 形見之浦尓 鶴翔所見
訓読 藻刈(めかり)舟(ふね)沖榜(こ)ぎ来らし妹し島(しま)形見(かたみ)し浦に鶴(たづ)翔(か)けそ見ゆ
私訳 藻を刈る舟、沖を舟を操ってやって来る、その妹が島の様子を見る、その言葉の響きのような形見の入り江に鶴が飛び翔けるのを眺めた。

集歌1200 吾舟者 従奥莫離 向舟 片待香光 従浦榜将會
訓読 吾が舟は沖ゆな離(さか)り向ふ舟片待(かたま)ちがてり浦ゆ榜(こ)ぎ逢はむ
私訳 私の舟は沖から離れて行くな。迎いの舟をひたすら待ちながら、入り江から舟を操って行き逢おう。


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