竹取翁と万葉集のお勉強

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今日のみそひと歌 木曜日

2013年01月31日 | 万葉 みそひと謌
今日のみそひと歌 木曜日

集歌2773 刺竹 齒隠有 吾背子之 吾許不来者 吾将戀八方
訓読 さす竹の葉(は)隠(かく)りてあれ吾(あ)が背子し吾(あ)がりし来(こ)ずは吾(あれ)恋めやも
私訳 伸びて天を刺す竹の子の葉が巻き隠れているように、貴方は姿を見せずいる。私の愛しい貴方が私の許を訪ねて来なければ、私はこのように恋に悩むことはありません。

集歌2774 神南備能 淺小竹原乃 美 妾思公之 聲之知家口
訓読 神南備(かむなび)の浅(あさ)小竹原(しのはら)のうるはしみ妾(わ)が思ふ公(きみ)し声ししるけく
私訳 神が宿る浅小竹の生える野のように、好ましい、その私が慕う貴方の声がはっきりと聞こえて来る。

集歌2775 山高 谷邊蔓在 玉葛 絶時無 見因毛欲得
訓読 山高み谷(たに)辺(へ)に延(は)へる玉(たま)葛(かづら)絶ゆる時なく見むよしもがも
私訳 山が高い。その谷のあたりに蔓を伸ばす美しい藤蘰の蔓が切れることがないように、絶えず会う機会があって欲しい。

集歌2776 道邊 草冬野丹 履干 吾立待跡 妹告乞
訓読 道の辺(へ)の草を冬野(ふゆの)に履(ふ)み枯らし吾(あ)れ立ち待つと妹に告(つ)げこそ
私訳 道端の草を冬の野の草のように踏み枯らし、私がその野辺で立って待っていると、愛しいその娘に告げて欲しい。

集歌2777 疊薦 隔編數 通者 道之柴草 不生有申尾
訓読 畳(たたみ)薦(こも)へだて編む数(かづ)通(かよ)はさば道し芝草(しばくさ)生(お)ひざらましを
私訳 畳に編む薦を機に隔てて編む、その網目の数ほどに通って来たら、道の芝草が生えることはないでしょうのに。

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今日のみそひと歌 水曜日

2013年01月30日 | 万葉 みそひと謌
今日のみそひと歌 水曜日

集歌1922 梅花 咲而落去者 吾妹乎 将来香不来香跡 吾待乃木曽
訓読 梅の花咲きて散りなば吾妹子し来(こ)むか来(こ)じかと吾(あ)が松の木ぞ
私訳 私の家の梅の花が咲いて散ってしまったら、愛しい貴女がやって来るのか、来ないのかと私は貴女を待つ、松の木です。

集歌1923 白檀弓 今春山尓 去雲之 逝哉将別 戀敷物乎
訓読 白(しら)真弓(まゆみ)今春山(はるやま)に行き雲し行くや別れむ恋しきものを
私訳 白い真弓を張る、今、その春山に流れ行く雲のように、去り行き別れるのか、恋しいのだが。

集歌1924 大夫之 伏居嘆而 造有 四垂柳之 蘰為吾妹
訓読 大夫(ますらを)し伏し居嘆きて作りたる垂(しだ)り柳し蘰(かづら)せ吾妹(わぎも)
私訳 立派な男子が泣き伏しため息をつきながら作ったしだれ柳の蘰を髪に挿してください、私の愛しい貴女。

集歌1925 朝戸出乃 君之儀乎 曲不見而 長春日乎 戀八九良三
訓読 朝戸出(あさとで)の君し姿をよく見ずて長き春(はる)日(ひ)を恋や暮らさむ
私訳 朝に戸を開け出て帰っていく貴方の姿をよく見ないまま、長い春の一日を恋い慕って過ごすのでしょう。

集歌1926 春山之 馬酔花之 不悪 公尓波思恵也 所因友好
訓読 春山し馬酔木(あしび)し花し悪(あ)しからぬ公(きみ)にはしゑや寄(よ)さゆともよし
私訳 春山の馬酔木の花のように悪しからぬ貴方には、ままよ、男女の仲が出来ても良い。

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今日のみそひと謌 火曜日

2013年01月29日 | 万葉 みそひと謌
今日のみそひと謌 火曜日

集歌1035 田跡河之 瀧乎清美香 従古 宮仕兼 多藝乃野之上尓
訓読 田跡川(たとかは)し瀧(たぎ)を清(きよ)みか古(いにしへ)ゆ宮(みや)仕(つか)へけむ多芸(たぎ)の野し上(へ)に
私訳 田跡川の激流が清らかだからか、古くから行宮を立ててきたのだろう、この多芸野の地に。

集歌1036 關無者 還尓谷藻 打行而 妹之手枕 巻手宿益乎
訓読 関(せき)無くは還(かへ)りにだにもうち行きて妹し手枕(たまくら)纏(ま)きて寝(ね)ましを
私訳 差し障りが無いのなら都に帰還するとして、帰り行って恋人の手枕を抱いて共寝をしたいものです。

集歌1037 今造 久尓乃王都者 山河之 清見者 宇倍所知良之
訓読 今造る久迩(くに)の王都(みやこ)は山川し清(さや)けき見ればうべそ知ららし
私訳 新しく造る久邇の都は、山川の清らかさを見れば、まことに王が統治なされていることです。

集歌1038 故郷者 遠毛不有 一重山 越我可良尓 念曽吾世思
訓読 故郷(ふるさと)は遠くもあらず一重山(ひとへやま)越ゆるがからに念(おも)ひぞ吾(あ)がせし
私訳 故郷が遠くにあるからではない。ただ、この一重の山並みを越えるがゆえに、貴女への物思いを私はしているのです。

集歌1039 吾背子與 二人之居者 山高 里尓者月波 不曜十方余思
訓読 吾が背子と二人し居(を)らば山高み里には月は照らずともよし
私訳 私の愛しい貴女と二人で居るならば、山が高くて里に月が照らなくてもかまわない。

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今日のみそひと歌 月曜日

2013年01月28日 | 万葉 みそひと謌
今日のみそひと歌 月曜日

集歌107 足日木乃 山之四付二 妹待跡 吾立所沽 山之四附二
訓読 あしひきの山し雌伏(しふく)に妹待つと吾(われ)立(た)そ沽(か)れし山し雌伏に
私訳 「葦や檜の茂る山の裾野で愛しい貴女を待っている」と伝えたので、私は辛抱してじっと立ったままで待っています。その山の裾野で。

集歌108 吾乎待跡 君之沽計武 足日木能 山之四附二 成益物乎
訓読 吾を待つと君し沽(か)れけむあしひきの山し雌伏(しふく)に成らましものを
私訳 「私を待っている」と貴方がじっと辛抱して待っている、葦や檜の生える山の裾野に私が行ければ良いのですが。

集歌109 大船之 津守之占尓 将告登波 益為尓知而 我二人宿之
訓読 大船し津守し占に告らむとはまさしに知りて我が二人宿(ね)し
私訳 大船が泊まるという難波の湊の住吉神社の津守の神のお告げに出て人が知るように、貴女の周囲の人が、私が貴女の夫だと噂することを確信して、私は愛しい貴女と同衾したのです。

集歌110 大名兒 彼方野邊尓 苅草乃 束之間毛 吾忘目八
訓読 大名児(おほなご)を彼方(をちかた)野辺(のへ)に刈る草(かや)の束(つか)し間(あひだ)も吾(われ)忘れめや
私訳 大名児よ。新嘗祭の準備で忙しく遠くの野辺で束草を刈るように、ここのところ逢えないが束の間も私は貴女を忘れることがあるでしょうか。

集歌111 古尓 戀流鳥鴨 弓絃葉乃 三井能上従 渡遊久
訓読 古(いにしへ)に恋ふる鳥かも弓絃葉(ゆづるは)の御井(みゐ)の上より渡り遊(あそ)びく
私訳 昔を恋うる鳥だろうか、弓絃葉の御井の上をあちこちと飛び渡っていく

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柿本朝臣人麻呂の歌並びに人麻呂歌集の歌 7

2013年01月27日 | 柿本朝臣人麻呂歌集及び万葉集に載る歌集
天皇御雷岳之時、柿本朝臣人麿作歌一首
標訓 天皇(すめらみこと)の雷(いかづちの)岳(をか)に御遊(いでま)しし時に、柿本朝臣人麿の作れる歌一首
集歌235 皇者 神二四座者 天雲之 雷之上尓 廬為鴨類
訓読 皇(すべらぎ)は神にし座(ま)せば天雲し雷(いづち)し上に廬(いほ)らせかもる
私訳 天皇は神でいらっしゃるので、天空の雲の中の雷岳の上に行宮で宿られていらっしゃるでしょう。
注意 原文の「廬為鴨類」は、一般には「廬為流鴨」の誤記として「廬(いほり)せるかも」と訓みます。

右或本云獻忍壁皇子也。其歌曰、
注訓 右は或る本に曰く「忍壁皇子に献れり」といへり。その歌に曰はく、
集歌235B 王 神座者 雲隠 伊加土山尓 宮敷座
訓読 王(おほきみ)し神にし座(ま)せば雲隠る雷(いかづち)山(やま)に宮敷きいます
私訳 王は神であられるので、雲に隠れる雷山の宮殿にいらっしゃる。


長皇子遊猟路池之時、柿本朝臣人麿作歌一首并短謌
標訓 長皇子の猟路の池に遊(いでま)しし時に、柿本朝臣人麿の作れる歌一首并せて短歌
集歌239 八隅知之 吾大王 高光 吾日乃皇子乃 馬並而 三獵立流 弱薦乎 猟路乃小野尓 十六社者 伊波比拜目 鶉己曽 伊波比廻礼 四時自物 伊波比拜 鶉成 伊波比毛等保理 恐等 仕奉而 久堅乃 天見如久 真十鏡 仰而雖見 春草之 益目頬四寸 吾於富吉美可聞

訓読 やすみしし わご大王(おほきみ) 高光る わご日の皇子の 馬並(な)めて み猟立たせる 弱薦(わかこも)を 猟路の小野に 猪鹿(しし)こそば い匍(は)ひ拝(をろが)め 鶉こそ い匍(は)ひ廻(もと)ほれ 猪鹿じもし い匍ひ拝み 鶉なす い匍ひ廻ほり 恐みと 仕へ奉りて ひさかたの 天見るごとく 真澄鏡(まそかがみ) 仰ぎて見れど 春草し いや愛(め)づらしき わご大王(おほきみ)かも

私訳 天下を隅々まで統治なれる我が大王は天上の世界まで高く光る我が日の御子が、馬を並べて猟にお出かけになる。若い薦を刈る猟路の野には、猪や鹿たちは御子に狩られて腹ばい拝みなさい、鶉たちは捕らえられ腹ばいまわりなさい。猪や鹿のように待ち伏せの地に伏しておがみ、鶉のように狩りの大地をはい廻って、恐れ多いこととしてお使え申し上げよう。彼方の空を望むように、清らかな鏡を仰ぐように見ても、春草の萌え出るように慕わしいわが大王

反歌一首
集歌240 久堅乃 天帰月乎 網尓刺 我大君者 蓋尓為有
訓読 ひさかたの天ゆく月を網(あみ)に刺しわご大君(おほきみ)は蓋(かさ)にせしたり
私訳 遥か彼方の天空を行く月を網に捉え、我が大君は蓋になされている。

或本反歌一首
標訓 或る本の反歌一首
集歌241 皇者 神尓之坐者 真木之立 荒山中尓 海成可聞
訓読 皇(おほきみ)は神にし坐(ま)せば真(ま)木(き)し立つ荒山中に海し成(な)すかも
私訳 皇は現御神であられるので、真木の生茂る荒山の中に雲で海(雲海)をお作りになった。


弓削皇子遊吉野時御歌一首
標訓 弓削皇子の吉野に遊(いでま)しし時の御歌一首
集歌242 瀧上之 三船乃山尓 居雲乃 常将有等 和我不念久尓
訓読 瀧し上(へ)し三船の山に居る雲の常にあらむとわが思はなくに
私訳 滝の上流にある三船山に懸かる雲が、永遠にあるとは私は思えない。

春日王奉和謌一首
標訓 春日王の和(こた)へ奉(まつ)れる歌一首
集歌243 王者 千歳尓麻佐武 白雲毛 三船乃山尓 絶日安良米也
訓読 王(おほきみ)は千歳に座さむ白雲も三船の山に絶ゆる日あらめや
私訳 王は、千年のように永遠にいらっしゃいます。そのように、あの白い雲も三船山に絶えて見えなくなる日があるでしょうか。

或本歌一首
標訓 或る本の歌一首
集歌244 三吉野之 御船乃山尓 立雲之 常将在跡 我思莫苦二
訓読 三吉野し御船の山に立つ雲し常しあらむとわが思はなくに
私訳 美しい吉野の三船山に立つ雲が、永遠にあるとは私は思えない。
右柿本朝臣人麿之歌集出
注訓 右の一首は柿本朝臣人麿の歌集に出づ。


柿本朝臣人麿羈旅歌八首
標訓 柿本朝臣人麿の羈旅(たび)の歌八首
集歌249 三津埼 浪牟恐 隠江乃 舟公宣 奴嶋尓
訓読 御津し崎波を恐み隠り江の舟公(ふなきみ)し宣(の)る奴(ぬ)し島(しまへ)へに
私訳 住江の御津の崎よ。沖の波を尊重して隠もる入江で船頭が宣言する。奴の島へと。

集歌250 珠藻刈 敏馬乎過 夏草之 野嶋之埼尓 舟近著奴
訓読 珠藻刈る敏馬を過ぎて夏草し野島し崎に舟近づきぬ
私訳 美しい藻を刈る敏馬を行き過ぎて夏草の茂る野島の崎に船は近づいた。
一本云、珠藻刈 處女乎過而 夏草乃 野嶋我埼尓 伊保里為 吾等者
一本(あるほん)に曰はく、
訓読 珠藻刈る處女(をとめ)を過ぎて夏草の野嶋が埼に廬(いほり)する吾は
私訳 美しい藻を刈る処女塚のある芦屋を行き過ぎて夏草の茂る野島ヶ崎に仮の宿りをする。私は。

集歌251 粟路之 野嶋之前乃 濱風尓 妹之結 紐吹返
訓読 淡路し野島し崎の浜風に妹し結びし紐吹きかへす
私訳 淡路の野島の崎に吹く浜風に貴女が結んだ約束の紐が貴女の想いを載せて吹き返す。

集歌252 荒栲 藤江之浦尓 鈴寸釣 白水郎跡香将見 旅去吾乎
訓読 荒栲し葛江(ふぢえ)し浦に鱸釣る海人とか見らむ旅行くわれを
私訳 荒栲を造る葛のその藤江の浦で鱸を釣る海人だろうかと思うだろう。旅を行く私を。
一本云、白栲乃 藤江能浦尓 伊射利為流 白水郎跡香将見 旅去吾乎
一本(あるほん)に曰はく、
訓読 白栲の藤江の浦に漁(いざり)する
私訳 白栲の房の藤のその藤江の浦で漁をする

集歌253 稲日野毛 去過勝尓 思有者 心戀敷 可古能嶋所見
訓読 稲日野も行き過ぎかてに思へれば心恋しき可古の島見ゆ
私訳 稲美野も行き過ぎてしまって、ふと思うと目的としていた加古の島が見える。
一云、湖見
訓読 湖(みなと)見ゆ
私訳 湊が見える。

集歌254 留火之 明大門尓 入日哉 榜将別 家當不見
訓読 留火し明石大門に入らむ日や漕ぎ別れなむ家のあたり見ず
私訳 目印の篝を焚く明石の海峡に戻ってくる日は何時か。船を漕いで明石の海峡から別れ、家の辺りを示す大和の山並みがもう見えない。

集歌255 天離 夷之長道従 戀来者 自明門 倭嶋所見
訓読 天(あま)離(さ)る夷し長道ゆ恋ひ来れば明石し門(と)より大和島見ゆ
私訳 大和の空から離れた田舎からの長い道を大和の国を恋しく思って帰って来ると明石の海峡から大和の山並みが見えたことよ。
一本云、家門當見由
一本(あるほん)に云はく、
訓読 家門(へと)あたり見ゆ
私訳 家の辺りの大和の山並みが見えたことよ。

集歌256 飼飯海乃 庭好有之 苅薦乃 乱出所見 海人釣船
訓読 飼飯海(けひうみ)の庭好くあらし刈薦の乱れ出づ見ゆ海人の釣船
私訳 飼飯の海の海上は穏やからしい。刈る薦の茎のように散り散りになって出漁している海人の釣船よ。
一本云、武庫乃海 舳尓波有之 伊射里為流 海部乃釣船 浪上従所見
一本(あるほん)に云はく、
訓読 武庫の海舳(へ)にはあるらしいざりする海人の釣船波の上ゆ見ゆ
私訳 武庫の海よ。舳にあるのだろうか、その漁火を焚く海人の釣船をうねりの波の上に見る。
注意 原文の「武庫乃海舳尓波有之」は、「武庫乃海能 尓波好有之」、「武庫乃海 船爾波有之」などの伝があります。ここでは西本願寺本の表記を訓んでいます。
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