竹取翁と万葉集のお勉強

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万葉集 集歌16から集歌20

2019年12月31日 | 新訓 万葉集巻一
近江大津宮御宇天皇代 天命開別天皇、謚曰天智天皇
標訓 近江(おふみ)大津宮(おほつのみや)に御宇(あめのしたしらしめし)天皇(すめらみこと)の代(みよ)
天命(あめのみこと)開別(ひらかすわけの)天皇(むめらみこと)、謚(おくりな)して曰はく天智天皇

天皇、詔内大臣藤原朝臣、競憐春山萬花之艶秋山千葉之彩時、額田王、以謌判之謌
標訓 天皇の、内(うちの)大臣(おほおみ)藤原朝臣に詔(みことのり)して、春山の萬花(ばんくわ)の艶(にほひ)と秋山の千(せん)葉(ゑふ)の彩(いろどり)とを競はしたまひし時に、額田王の、歌を以ちて判(こと)れる歌
注意 「内大臣藤原朝臣」の「内大臣」は官職ではなく、中臣御食家が世襲の天皇家秘書官の中臣で、同時に氏一族の代表の大臣(おほおみ)を示します。
集歌一六 
原文 冬木成 春去来者 不喧有之 鳥毛来鳴奴 不開有之 花毛佐家礼抒 山乎茂 入而毛不取 草深 執手母不見 秋山乃 木葉乎見而者 黄葉乎婆 取而曽思努布 青乎者 置而曽歎久 曽許之恨之 秋山吾者
訓読 冬こもり 春さり来(く)れば 鳴かざりし 鳥も来(き)鳴(な)きぬ 咲(さ)かざりし 花も咲けれど 山を茂(も)み 入りにも取らず 草深み 取りても見ず 秋山の 木(こ)し葉を見には 黄葉(もみち)をば 取りにそ偲(しの)ふ 青きをば 置きにそ嘆く そこし恨めし 秋山吾は
私訳 冬の木芽から春を過ぎ来ると、今まで鳴かなかった鳥も来て鳴き、咲かなかった花も咲きますが、山は茂り合っていて入ってその花を手に取れず、草は深くて花を手折って見ることも出来ない。秋の山では、その木の葉を眺めては、色付くその黄葉を手に取ってはとても美しいと思う。このまだ黄葉していない青葉は早く色付いて欲しいと思う。それがじれったく待ち遠しい。それで秋山を私は採ります。

額田王下近江國時謌、井戸王即和謌
標訓 額田王の近江國に下りし時の歌、井戸王の即ち和(こた)へる歌
集歌一七 
原文 味酒 三輪乃山 青丹吉 奈良能山乃 山際 伊隠萬代 道隈 伊積流萬代尓 委曲毛 見管行武雄 數々毛 見放武八萬雄 情無 雲乃 隠障倍之也
訓読 味酒(うまさけ) 三輪の山 青(あを)丹(に)よし 奈良の山の 山し際(は)し い隠(かく)るまで 道し隈(くま) い積もるまでに 委(つば)らにも 見つつ行かむを しばしばも 見(み)放(は)けむ山を 情(こころ)なみ 雲の 隠さふべしや
私訳 味酒の三輪の山が、青丹も美しい奈良の山の山の際に隠れるまで、幾重にも道の曲がりを折り重ねるまで、しみじみと見つづけて行こう。幾度も見晴らしたい山を、情けなく雲が隠すべきでしょうか。

反謌
集歌一八 
原文 三輪山乎 然毛隠賀 雲谷裳 情有南畝 可苦佐布倍思哉
訓読 三輪山をしかも隠すか雲だにも情(こころ)あらなも隠さふべしや
私訳 三輪山をこのように隠すのでしょうか。雲だらかと云っても、もし、情け心があれば想い出の三輪山を隠すことがあるでしょうか。
左注 右二首謌、山上憶良大夫類聚歌林曰、遷都近江國時、御覧三輪山御謌焉。日本書紀曰、六年丙寅春三月辛酉朔己卯、遷都于近江。
注訓 右の二首の歌は、山上憶良大夫の類聚歌林に曰はく「都を近江國に遷す時に、三輪山を御覧(みそなは)す御歌(おほみうた)なり」といへり。日本書紀に曰はく「六年丙寅の春三月辛酉の朔の己卯に、都を近江に遷す」といへり。

集歌一九 
原文 綜麻形乃 林始乃 狭野榛能 衣尓著成 目尓都久和我勢
訓読 綜麻形(へそがた)の林しさきの狭野(さの)榛(はり)の衣(ころも)に著(つ)く成(な)す目につく吾(わ)が背
私訳 糸を巻き取る綜麻、その円錐の形をした三輪山の林のはずれの小さな野にある榛を衣に摺り著け、それを身に着けている。私の目には相応しく見えます。私がお仕えする貴女よ。
左注 右一首謌、今案不似和謌。但、舊本載于此次。故以猶載焉。
注訓 右の一首の歌は、今案(かむ)がふるに和(こた)ふる歌に似はず。但し、旧き本には此の次(しだひ)に載す。故に以つてなお載す。
注意 集歌一九の歌の句「狭野榛能 衣尓著成」については「榛で染めた衣」と「榛の摺り染め衣」の二つの解釈があり、「榛で染めた衣」の場合は大化三年の七色十三階の冠令規定から黒冠(八位相当)が着る官服色の緑(ふかきみどり)を指します。一方、額田王は大海人皇子の夫人ですから官服色は浅紫となりますので、下級官吏の着る「榛で染めた衣」ではなく、巫女が神事で着る「榛の摺り染め衣」の御衣を着ています。つまり、これらの歌は遷都での国境で詠われた国誉めと別れの歌です。

天皇、遊狩蒲生野時、額田王作謌
標訓 天皇の、蒲生野に遊狩(みかり)しし時に、額田王の作れる歌
集歌二〇 
原文 茜草指 武良前野逝 標野行 野守者不見哉 君之袖布流
訓読 茜草(あかね)さす武(む)良(ら)前(さき)野(の)逝(ゆ)き標野(しめの)行き野守(のもり)は見ずや君し袖振る
私訳 茜染めの真緋(あけ)の衣を纏った武者達が駆け回った茜色に染まった蒲生邑の前野はもう暮れようとしています。今日、その御狩地である標野で御狩りがありましたが、野守は見たでしょうか。多くの女性が薬草採りをする中で、私だけに貴方がそっと印しの袖を振ったのを。
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万葉集 集歌11から集歌15

2019年12月30日 | 新訓 万葉集巻一
集歌一一 
原文 吾勢子波 借廬作良須 草無者 小松下乃 草乎苅核
訓読 吾が背子は仮廬(かりほ)作らす草(くさ)無くは小松が下の草を刈らさね
私訳 私の愛しい貴方が仮の宿をお作りになる。もし、その庵の床に敷く草が無いならば、小松の下の草をお刈りなさい。
別訳 私の愛しい貴方が仮の宿寝をなさるらしい。もし、その仮の宿の床で抱く女性が無いならば、小松の若芽のような年若い女性、この私を抱きなさい。
注意 日本書紀からすると中皇命に当たる斉明天皇、又は、間人皇女は未亡人の立場です。そのため、歌の内容が立場上、相応しくありません。伝承の民謡を編集でここに置いた可能性があります。

集歌一二 
原文 吾欲之 野嶋波見世追 底深伎 阿胡根能浦乃 珠曽不拾 (或頭云 吾欲 子嶋羽見遠)
訓読 吾(あ)が欲(ほ)りし野島は見せつ底(そこ)深き阿胡根(あこね)の浦の珠ぞ拾(ひり)はぬ (或る頭に云く、「吾が欲りし小島は見つと」)
私訳 私が見たいと思っていた野島を見せてくれました。でも、貴方は海の底の深い阿胡根の浦にある美しい真珠を採ってはいません。
別訳 私が見たいと思っていた貴方の野島(同音で蛇島=男根)を見せてくれました。でもまだ、貴方は海の底の深い阿胡根の浦にある美しい真珠(=女性陰核)を愛でてくれません。
注意 隋唐時代の発音を示す宋本廣韻によると中国中古音では「野」と「蛇」とは近似の音韻で、「野島」を「ノシマ」とする近代発音とは遠い関係があります。他方、三輪山神話に示すように古代、蛇は男性のシンボルです。伝承の民謡を編集でここに置いた可能性があります。また、「野島」は和歌山県御坊市名田町野島、「阿胡根浦」は名田町野島の壁川河口付近を指します。
左注 右、檢山上憶良大夫類聚歌林曰、天皇御製謌云々。
注訓 右は、山上憶良大夫の類聚歌林を檢(かむが)がふるに曰はく「天皇(すめらみこと)の御(かた)りて製(つく)らしし謌、云々」といへり。

中大兄 近江宮御宇天皇 三山謌一首
標訓 中大兄(なかつおほえ) 近江宮(おふみのみや)御宇(あめのしたしらしめし)天皇(すめらみこと) 三山の歌一首
集歌一三 
原文 高山波 雲根火雄男志等 耳梨與 相諍競伎 神代従 如此尓有良之 古昔母 然尓有許曽 虚蝉毛 嬬乎 相挌良思吉
訓読 香具山は 畝傍(うねび)を雄々(をほ)しと 耳成(みみなし)と 相争ひき 神代より 如(かく)にあるらし 古(いにしへ)も 然(しか)にあれこそ 現世(うつせみ)も 妻を 争ふらしき
私訳 香具山(百済)は畝傍山のように大和の国を男らしい立派な国であると耳成山(新羅)と相争っている。神代も、このような相手の男性の奪い合いがあったとのことだ。昔もそのようであったので、現在も百済と新羅が、そのように同盟国としての妻の座を争っているのだろう。

反謌
集歌一四 
原文 高山与 耳梨山与 相之時 立見尓来之 伊奈美國波良
訓読 香具山と耳成山と相(あひ)し時立ち見に来(き)らし稲見国原(くにはら)
私訳 香具山と耳成山とを対面したときに、その様子を立ちて見に来た。ああ、美しい眺め、その稲穂がなびく大和の平原よ。
別訳 朝貢して来た百済と新羅とを朝廷の庭で天皇が応対したとき、その様子をぜひ見たいとやって来た。ああ、美しい眺め、その稲穂が風になびく大和の平原よ。

集歌一五 
原文 渡津海乃 豊旗雲尓 伊理比祢之 今夜乃月夜 清明己曽
訓読 渡津海(わたつみ)の豊旗雲(とよはたくも)に入日(いりひ)みし今夜(こよひ)の月夜(つくよ)清(さや)明(あけ)くこそ
私訳 船を渡すような入江の水面に豊かに棚引く雲に夕陽を見た。今夜の月夜は清らかに明るいだろう。
左注 右一首謌、今案不似反謌也。但、舊本以此謌載於反謌。故今猶載此次。亦紀曰、天豊財重日足姫天皇先四年乙巳立天皇為皇太子。
注訓 右の一首の歌は、今案(かむが)ふるに反歌に似ず。但し、旧き本にこの歌を以ちて反歌に載す。故に今なほ此の次(しだひ)に載す。また紀に曰はく「天豊財重日足姫天皇の先の四年乙巳に天皇を立てて皇太子となす」といへり。
注意 この三首の標題の「中大兄 三山謌」に示す「中大兄」の表記から、日本書紀の記事に従って歌は皇極四年六月ごろの歌となります。これは日本書紀の記事を参照した結果として当然ですが、集歌一五の歌の左注の「天豊財重日足姫天皇先四年乙巳立天皇為皇太子」の内容と一致します。なお、集歌一四の歌や集歌一五の歌を斉明七年のものとする案もあり、そこから播磨国印南から播磨灘の景色と解釈することがあります。ただし、それでは、万葉集編纂者が示す集歌一三の歌の標題や集歌一五の歌の左注の理解とは相違します。時代の括りとして集歌八の額田王謌の標題の「後岡本宮御宇天皇代 天豊財重日足姫天皇」は重祚斉明天皇の時代を示します。なお、それぞれが矛盾しますが、斉明七年の解釈も成り立つ可能性は残ります。
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古今和歌集 原文推定 巻四

2019年12月29日 | 古今和歌集 原文推定 藤原定家伊達本
世末幾仁安多留未幾
よまきにあたるまき
巻四

安幾乃宇多上者
秋哥上
秋哥上

歌番号一六九
安幾多川比与免留
秋立日よめる
秋立日詠める

布知八良乃敏行安曽无
藤原敏行朝臣
藤原敏行朝臣

原文 安幾々奴止女尓者佐也可尓美衣祢止毛可世乃遠止尓曽於止呂可礼奴留
定家 あきゝぬとめにはさやかに見えねとも風のをとにそおとろかれぬる
解釈 秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞ驚かれぬる

歌番号一七〇
安幾多川比宇部乃遠乃己止毛可毛乃可波良尓加者世宇衣宇之个留止毛尓
秋たつ日うへのをのこともかものかはらにかはせうえうしけるともに
秋立つ日殿上の男ども賀茂の河原に河逍遥しける供に

万可利天与女留
まかりてよめる
まかりてよめる

徒良由幾
つらゆき
紀貫之

原文 加者可世乃寸々之久毛安留可宇地与寸留奈美止々毛尓也安幾八多川良武
定家 河風のすゝしくもあるかうちよする浪とゝもにや秋は立覧
解釈 河風の涼しくもあるかうち寄する波とともにや秋は立つらむ

歌番号一七一
多以之良寸
題しらす
題知らず

与三比止之良寸
よみ人しらす
詠み人知らず

原文 和可世己可己呂毛乃寸曽遠布幾可部之宇良女川良之幾安幾乃者川可世
定家 わかせこか衣のすそを吹返しうらめつらしき秋のはつ風
解釈 我が背子が衣の裾を吹き返しうらめづらしき秋の初風

歌番号一七二
原文 幾乃不己曽佐奈部止利之可以川乃万尓以奈者曽与幾天安幾可世乃布久
定家 きのふこそさなへとりしかいつのまにいなはそよきて秋風の吹
解釈 昨日こそ早苗取りしかいつの間に稲葉そよぎて秋風の吹く

歌番号一七三
原文 安幾可世乃布幾尓之比与利比左可多乃安満乃加者良尓多々奴比者奈之
定家 秋風の吹にし日より久方のあまのかはらにたゝぬ日はなし
解釈 秋風の吹きにし日より久方の天の河原に立たぬ日はなし

歌番号一七四
原文 比左可多乃安万乃可八良乃和多之毛利幾三和多利奈八加知可久之天与
定家 久方のあまのかはらのわたしもり君わたりなはかちかくしてよ
解釈 久方の天の河原の渡守君渡りなば舵隠してよ

歌番号一七五
原文 安万乃加者毛美知遠者之尓和多世者也多奈者多川女乃安幾遠之毛万川
定家 天河紅葉をはしにわたせはやたなはたつめの秋をしもまつ
解釈 天の河紅葉を橋に渡せばや棚機つ女の秋をしもまつ

歌番号一七六
原文 己飛/\天安不与者己与日安万乃加者幾利多知和多利安計寸毛安良奈武
定家 こひ/\てあふ夜はこよひあまの河きり立わたりあけすもあらなむ
解釈 恋ひ恋ひて逢ふ夜は今宵天の河霧立ち渡り明けずもあらなん

歌番号一七七
可无部以乃於保无止幾奈奴可乃与宇部尓左布良不遠乃己止毛宇多多天万川礼止
寛平御時なぬかの夜うへにさふらふをのことも哥たてまつれと
寛平御時七夕の夜殿上に候らふ男ども哥奉れと

於保世良礼个留止幾尓比止尓加八利天与女留
おほせられける時に人にかはりてよめる
仰せられける時に人に代りて詠める

止毛乃利
とものり
紀友則

原文 安万乃加者安左世志良奈美多止利川々和多利者天祢八安計曽之尓个留
定家 天河あさせしら浪たとりつゝわたりはてねはあけそしにける
解釈 天の河浅瀬白浪たどりつつ渡り果てねば明けぞしにける

歌番号一七八
於奈之於保无止幾々左以乃美也乃宇多安者世乃宇多
おなし御時きさいの宮の哥合のうた
同じ御時后の宮の哥合の哥

布知八良乃於幾可世
藤原おきかせ
藤原興風

原文 知幾利个武己々呂曽徒良幾多奈八多乃止之尓飛止多日安不八安不可八
定家 契けむ心そつらきたなはたの年にひとたひあふはあふかは
解釈 契りけん心ぞつらき棚機の年に一度逢ふは逢ふかは

歌番号一七九
奈奴可乃比乃与与女留
なぬかの日の夜よめる
七夕の日の夜詠める

於保可宇知乃美川子
凡河内みつね
凡河内躬恒

原文 止之己止尓安不止八寸礼止多奈者多乃奴留与乃可寸曽寸久奈可利个留
定家 年ことにあふとはすれとたなはたのぬるよのかすそすくなかりける
解釈 年ごとに逢ふとはすれど織女の寝る夜の数ぞ少なかりける

歌番号一八〇
原文 多奈者多尓加之川留以止乃宇知者部天止之乃遠奈可久己飛也和多良武
定家 織女にかし鶴糸の打はへて年のをなかくこひやわたらむ
解釈 織女に貸しつる糸のうちはへて年の緒長く恋や渡らむ

歌番号一八一
多以之良寸
題しらす
題知らず

曽世以
そせい
素性法師

原文 己与比己武比止尓者安者之多奈八多乃飛左之幾本止尓万知毛己曽寸礼
定家 こよひこむ人にはあはしたなはたのひさしきほとにまちもこそすれ
解釈 今宵来む人には逢はじ棚機の久しきほどに待ちもこそすれ

歌番号一八二
奈奴可乃与乃安可川幾尓与女留
なぬかの夜のあかつきによめる
七夕の夜の暁に詠める

美奈毛堂乃武祢由幾乃安曽无
源むねゆきの朝臣
源宗于朝臣

原文 以万者止天和可留々止幾者安末乃加者和多良奴左幾尓曽天曽比知奴留
定家 今はとてわかるゝ時は天河わたらぬさきにそてそひちぬる
解釈 今はとて別るる時は天の河渡らぬさきに袖ぞひちぬる

歌番号一八三
也宇可乃比尓与女留
やうかの日によめる
八日の日に詠める

美不乃多々美子
みふのたゝみね
壬生忠岑

原文 遣不与利者以万己武止之乃幾乃不遠曽以徒之可止乃美万知和多留部幾
定家 けふよりはいまこむ年のきのふをそいつしかとのみまちわたるへき
解釈 今日よりは今来む年の昨日をぞいつしかとのみ待ちわたるべき

歌番号一八四
多以之良寸
題しらす
題知らず

与三比止之良須
よみ人しらす
詠み人知らず

原文 己乃満与利毛利久累川幾乃可計美礼盤己々呂徒久之乃安幾者幾尓个利
定家 このまよりもりくる月の影見れは心つくしの秋はきにけり
解釈 木の間より漏り来る月の影見れば心尽くしの秋は来にけり

歌番号一八五
原文 於保可多乃安幾久留可良仁和可三己曽加奈之幾毛乃止於毛之里奴礼
定家 おほかたの秋くるからにわか身こそかなしき物と思しりぬれ
解釈 おほかたの秋来るからに我が身こそ悲しき物と思ひ知りぬれ

歌番号一八六
原文 和可多女尓久留安幾尓之毛安良奈久尓武之乃祢幾个者万川曽可奈之幾
定家 わかためにくる秋にしもあらなくにむしのねきけはまつそかなしき
解釈 我がために来る秋にしもあらなくに虫の音聞けばまづぞ悲しき

歌番号一八七
原文 毛乃己止尓安幾曽可奈之幾毛美知川々宇川呂日由久遠加幾利止於毛部盤
定家 物ことに秋そかなしきもみちつゝうつろひゆくをかきりと思へは
解釈 物ごとに秋ぞ悲しきもみぢつつ移ろひ行くを限りと思へば

歌番号一八八
原文 飛止利奴留止己波久左波尓安良祢止毛安幾久留与為八川由个可利个利
定家 ひとりぬるとこは草はにあらねとも秋くるよゐはつゆけかりけり
解釈 独り寝る床は草葉にあらねども秋来る宵は露けかりけり

歌番号一八九
己礼左多乃美己乃以部乃宇多安者世乃宇多
これさたのみこの家の哥合のうた
是貞親王の家の哥合の哥

原文 以徒者止八止幾八和可祢止安幾乃与曽毛乃於毛不己止乃加幾利奈利个留
定家 いつはとは時はわかねと秋のよそ物思ふ事のかきりなりける
解釈 いつはとは時はわかねど秋の夜ぞ物思ふ事の限りなりける

歌番号一九〇
加武奈利乃川本尓比止/\安川万利天安幾乃与於之武宇多
かむなりのつほに人/\あつまりて秋のよおしむ哥
雷の局に人々集まりて秋の夜惜しむ哥

与美个留川以天尓与女留
よみけるついてによめる
詠みけるついでに詠める

美川祢
みつね
凡河内躬恒

原文 加久者可利於之止於毛不与遠以多川良尓祢天安可寸良武比止左部曽宇幾
定家 かく許おしと思夜をいたつらにねてあかすらむ人さへそうき
解釈 かくばかり惜しと思ふ夜をいたづらに寝で明かすらむ人さへぞ憂き

歌番号一九一
多以之良寸
題しらす
題知らず

与三比止之良須
よみ人しらす
詠み人知らず

原文 之良久毛尓者祢宇知加者之止不可利乃加寸左部美由留安幾乃与乃川幾
定家 白雲にはねうちかはしとふかりのかすさへ見ゆる秋のよの月
解釈 白雲に羽うち交はし飛ぶ雁の数さへ見ゆる秋の夜の月

歌番号一九二
原文 左与奈可止与者不遣奴良之加利可祢乃幾己由留曽良尓川幾和多留美由
定家 さ夜なかと夜はふけぬらしかりかねのきこゆるそらに月わたる見ゆ
解釈 小夜中と夜は更けぬらし雁が音の聞こゆる空に月渡る見ゆ

歌番号一九三
己礼左多乃美己乃以部乃宇多安者世尓与女留
これさたのみこの家の哥合によめる
是貞親王の家の哥合に詠める

於保衣乃知左止
大江千里
大江千里

原文 川幾美礼者知々尓毛乃己曽加奈之个礼和可三比止川乃安幾尓八安良祢止
定家 月見れはちゝに物こそかなしけれわか身ひとつの秋にはあらねと
解釈 月見れば千々に物こそ悲しけれ我が身一つの秋にはあらねど

歌番号一九四
堂々見祢
たゝみね
壬生忠岑

原文 比左可多乃川幾乃可川良毛安幾者奈保毛美知寸礼八也天利万佐留良武
定家 久方の月の桂も秋は猶もみちすれはやてりまさるらむ
解釈 久方の月の桂も秋はなほもみぢすればや照りまさるらむ

歌番号一九五
川幾遠与女留
月をよめる
月を詠める

安利八良乃毛止可多
在原元方
在原元方

原文 安幾乃与乃川幾乃飛可利之安可个礼者久良不乃夜万毛己衣奴部良奈利
定家 秋の夜の月のひかりしあかけれはくらふの山もこえぬへらなり
解釈 秋の夜の月の光し明けれは暗部の山も越えぬべらなり

歌番号一九六
比止乃毛止尓末可礼利个留与幾利/\寸乃奈幾个留遠幾々天与女留
人のもとにまかれりける夜きり/\すのなきけるをきゝてよめる
人の許に招かれける夜蟋蟀の鳴きけるを聞きて詠める

布知八良乃多々不左
藤原忠房
藤原忠房

原文 幾利/\寸以多久奈々幾曽安幾乃与乃奈可幾於毛日八和礼曽万佐礼留
定家 蟋蟀いたくなゝきそ秋の夜の長き思ひは我そまされる
解釈 きりぎりすいたくな鳴きそ秋の夜の長き思ひは我ぞまされる

歌番号一九七
己礼左多乃美己乃以部乃宇多安者世乃宇多
これさたのみこの家の哥合のうた
是貞親王の家の哥合の哥

止之由幾乃安曽无
としゆきの朝臣
藤原敏行朝臣

原文 安幾乃与乃安久累毛志良寸奈久武之者和可己止毛乃也可加奈之可留良武
定家 秋の夜のあくるもしらすなくむしはわかこと物やかなしかるらむ
解釈 秋の夜の明くるも知らず鳴く虫は我がごと物や悲しかるらむ

歌番号一九八
多以之良寸
題しらす
題知らず

与三比止之良須
よみ人しらす
詠み人知らず

原文 安幾者幾毛以呂川幾奴礼者幾利/\寸和可祢奴己止也与留八可奈之幾
定家 あき萩も色つきぬれはきり/\すわかねぬことやよるはかなしき
解釈 秋萩も色づきぬればきりぎりす我が寝ぬごとや夜は悲しき

歌番号一九九
原文 安幾乃与者川由己曽己止仁左武可良之久左武良己止尓武之乃和不礼八
定家 秋の夜はつゆこそことにさむからし草むらことにむしのわふれは
解釈 秋の夜は露こそことに寒からし草むらごとに虫の侘ぶれば

歌番号二〇〇
原文 幾三志乃不久左尓也川留々布留左止八末川武之乃祢曽加奈之可利个留
定家 君しのふ草にやつるゝふるさとは松虫のねそかなしかりける
解釈 君忍ぶ草にやつるる古里は松虫の音ぞ悲しかりける

歌番号二〇一
原文 安幾乃々尓美知毛末止比奴末川武之乃己恵寸留可多尓也止也可良末之
定家 秋のゝに道もまとひぬ松虫のこゑする方にやとやからまし
解釈 秋の野に道もまどひぬ松虫の声する方に宿やからまし

歌番号二〇二
原文 安幾乃々尓比止末川武之乃己恵寸奈利和礼可止由幾天以左止不良八武
定家 あきのゝに人松虫のこゑすなり我かとゆきていさとふらはむ
解釈 秋の野に人松虫の声すなり我かと行きていざ訪はむ

歌番号二〇三
原文 毛美知者乃知利天川毛礼留和可也止个多礼遠末川武之己々良奈久良武
定家 もみちはのちりてつもれるわかやとに誰を松虫こゝらなく覧
解釈 もみぢ葉の散りて積もれる我が宿に誰れを松虫ここら鳴くらん

歌番号二〇四
原文 飛久良之乃奈幾川留奈部尓比八久礼奴止於毛不不八夜万乃加計尓曽安利个留
定家 ひくらしのなきつるなへに日はくれぬと思ふは山のかけにそありける
解釈 ひぐらしの鳴きつるなへに日は暮れぬと思ふは山の蔭にぞありける

歌番号二〇五
原文 比久良之能奈久夜万左止乃由不久礼八可世与利本可尓止不比止毛奈之
定家 ひくらしのなく山里のゆふくれは風よりほかにとふ人もなし
解釈 ひぐらしの鳴く山里の夕暮れは風よりほかに訪ふ人もなし

歌番号二〇六
者川可利遠与免留
はつかりをよめる
初雁を詠める

安利八良乃毛止可多
在原元方
在原元方

原文 末川比止尓安良奴毛乃可良者川可利乃計左奈久己恵乃女川良之幾可奈
定家 松人にあらぬ物からはつかりのけさなくこゑのめつらしき哉
解釈 待つ人にあらぬ物から初雁の今朝鳴く声のめづらしきかな

歌番号二〇七
己礼左多乃美己乃以部乃宇多安者世乃宇多
これさたのみこの家の哥合のうた
是貞親王の家の哥合の哥

止毛乃利
とものり
紀友則

原文 安幾可世尓者川可利可祢曽幾己由奈留堂可多万川左遠加計天幾川良武
定家 秋風にはつかりかねそきこゆなるたかたまつさをかけてきつ覧
解釈 秋風に初雁が音ぞ聞こゆなる誰が玉章をかけて来つらん

歌番号二〇八
多以之良寸
題しらす
題知らず

与三比止之良寸
よみ人しらす
詠み人知らず

原文 和可々止尓以奈於本世止利乃奈久奈部尓計左布久可世尓加利八幾尓个利
定家 わかゝとにいなおほせとりのなくなへにけさ吹風にかりはきにけり
解釈 我が門に稲負ほせ鳥の鳴くなへに今朝吹く風に雁は来にけり

歌番号二〇九
原文 以止者也毛奈幾奴留加利可之良川由乃以呂止留幾々毛々美知安部奈久尓
定家 いとはやもなきぬるかりか白露のいろとる木ゝもゝみちあへなくに
解釈 いとはやも鳴きぬる雁か白露の色どる木々ももみぢあへなくに

歌番号二一〇
原文 者留可寸美加寸美天以尓之加利可祢者以万曽奈久奈留安幾々利乃宇部尓
定家 春霞かすみていにしかりかねは今そなくなる秋きりのうへに
解釈 春霞かすみて往にし雁が音は今ぞ鳴くなる秋霧の上に

歌番号二一一
原文 与遠左武美己呂毛可利可子奈久奈部尓者幾乃之多八毛宇川呂日尓个利
定家 夜をさむみ衣かりかねなくなへに萩のしたはもうつろひにけり
解釈 夜を寒み衣雁が音鳴くなへに萩の下葉も移ろひにけり

己乃宇多八安留比止乃以者久加幾乃毛止乃比止末呂可奈利止
このうたはある人のいはく柿本の人まろか也と
この哥はある人の曰はく柿本人麿か也と

歌番号二一二
可无部以乃於保无止幾々左以乃美也乃宇多安者世乃宇多
寛平御時きさいの宮の哥合のうた
寛平御時后宮の哥合の哥

布知八良乃菅根安曽无
藤原菅根朝臣
藤原菅根朝臣

原文 安幾可世尓己恵遠保尓安計天久留布祢者安万乃止和多留加利尓曽安利个留
定家 秋風にこゑをほにあけてくる舟はあまのとわたるかりにそありける
解釈 秋風に声をほに上げて来る舟は天の門渡る雁にぞありける

歌番号二一三
加利乃奈幾个留遠幾々天与女留
かりのなきけるをきゝてよめる
雁の鳴きけるを聞きて詠める

美川子
みつね
凡河内躬恒

原文 宇幾己止遠於毛日川良子天加利可祢乃奈幾己曽和多礼安幾乃与奈/\
定家 うき事を思ひつらねてかりかねのなきこそわたれ秋のよな/\
解釈 憂きことを思ひつらねて雁が音の鳴きこそ渡れ秋の夜な夜な

歌番号二一四
己礼左多乃美己乃以部乃宇多安者世乃宇多
これさたのみこの家の哥合のうた
是貞親王の家の哥合の哥

堂々美祢
たゝみね
壬生忠岑

原文 夜万左止者安幾己曽己止尓和比之个礼之可乃奈久祢尓女遠左万之川々
定家 山里は秋こそことにわひしけれしかのなくねにめをさましつゝ
解釈 山里は秋こそことに侘びしけれ鹿の鳴く音に目を覚ましつつ

歌番号二一五
与三比止之良寸
よみ人しらす
詠み人知らず

原文 於久夜万尓毛美知布美和遣奈久之可乃己恵幾久止幾曽安幾八可奈之幾
定家 おく山に紅葉ふみわけなく鹿のこゑきく時そ秋は悲き
解釈 奥山に紅葉踏み分け鳴く鹿の声聞く時ぞ秋は悲しき

歌番号二一六
多以之良寸
題しらす
題知らず

原文 安幾者幾尓宇良飛礼遠礼者安之比幾乃夜万之多止与美志可乃奈久良武
定家 秋はきにうらひれをれはあしひきの山したとよみしかのなくらむ
解釈 秋萩にうらびれをればあしひきの山下とよみ鹿の鳴くらむ

歌番号二一七
原文 安幾波幾遠志可良三布世天奈久之可乃女尓者美衣寸天遠止乃左也个左
定家 秋はきをしからみふせてなくしかのめには見えすてをとのさやけさ
解釈 秋萩をしがらみふせて鳴く鹿の目には見えずて音のさやけさ

歌番号二一八
己礼左多乃美己乃以部乃宇多安者世尓与免留
これさたのみこの家の哥合によめる
是貞親王の家の哥合に詠める

布知八良乃止之由幾乃安曽无
藤原としゆきの朝臣
藤原敏行朝臣

原文 安幾者幾乃者那左幾尓个利堂加左己乃於乃部乃之可八以万也奈久良武
定家 あきはきの花さきにけり高砂のおのへのしかは今やなくらむ
解釈 秋萩の花咲きにけり高砂の尾上の鹿は今や鳴くらん

歌番号二一九
武可之安比之留天者部利个留比止乃安幾乃々尓安比天
むかしあひしりて侍ける人の秋のゝにあひて
昔相知りて侍ける人の秋の野に合ひて

毛乃可多利之个留川以天尓与女留
物かたりしけるついてによめる
物語しけるついでに詠める

美川祢
みつね
凡河内躬恒

原文 安幾者幾乃布留衣尓左个留者那美礼者毛止乃己々呂八和寸礼左利个利
定家 秋はきのふるえにさける花見れは本の心はわすれさりけり
解釈 秋萩の古枝に咲ける花見れば本の心は忘れざりけり

歌番号二二〇
多以之良寸
題しらす
題知らず

与三比止之良寸
よみ人しらす
詠み人知らず

原文 安幾者幾乃志多者以呂川久以万与利也比止利安留比止乃以祢可天尓寸留
定家 あきはきのしたは色つく今よりやひとりある人のいねかてにする
解釈 秋萩の下葉色づく今よりや一人ある人の寝ねがてにする

歌番号二二一
原文 奈幾和多累加利乃奈美多也於知川良武毛乃於毛不也止乃者幾乃宇部乃川由
定家 なきわたるかりの涙やおちつ覧物思やとの萩のうへのつゆ
解釈 鳴き渡る雁の涙や落ちつらむ物思ふ宿の萩の上の露

歌番号二二二
原文 者幾乃川由多万尓奴可武止々礼者遣奴与之美武比止者衣多奈可良美与
定家 萩の露玉にぬかむとゝれはけぬよし見む人は枝なから見よ
解釈 萩の露玉に貫かむと取れば消ぬよし見む人は枝ながら見よ

安留比止乃以者久己乃宇多八奈良乃美可止乃於保武宇多奈利止
ある人のいはくこの哥はならのみかとの御哥也と
ある人の曰はくこの哥は奈良帝の御哥也と

歌番号二二三
原文 於里天美者於知曽志奴部幾安幾者幾乃衣多毛多和々尓遠个留之良川由
定家 おりて見はおちそしぬへき秋はきの枝もたわゝにをけるしらつゆ
解釈 折りて見ば落ちぞしぬべき秋萩の枝もたわわに置ける白露

歌番号二二四
原文 者幾可者那知留良武遠乃々川由之毛尓奴礼天遠由可武左与八不久止毛
定家 萩か花ちる覧をのゝつゆしもにぬれてをゆかむさ夜はふくとも
解釈 萩が花散るらむ小野の露霜に濡れてを行かむ小夜は更くとも

歌番号二二五
己礼左多乃美己乃以部乃宇多安者世尓与女留
是貞のみこの家の哥合によめる
是貞親王の家の哥合に詠める

布无也乃安左也寸
文屋あさやす
文室朝康

原文 安幾乃々尓遠久之良川由者多万奈礼也川良奴幾可久留久毛乃以止寸知
定家 秋のゝにをくしらつゆは玉なれやつらぬきかくるくものいとすち
解釈 秋の野に置く白露は玉なれや貫きかくる蜘蛛の糸筋

歌番号二二六
多以之良寸
題しらす
題知らず

曽宇志也宇部无世宇
僧正へんせう
僧正遍昭

原文 奈尓女天々於礼留者可利曽遠三奈部之和礼於知尓幾止比止尓可多留奈
定家 名にめてゝおれる許そをみなへし我おちにきと人にかたるな
解釈 名にめでて折れるばかりぞ女郎花我落ちにきと人に語るな

歌番号二二七
曽宇志也宇部无世宇可毛止尓奈良部万可利个留止幾尓於止己夜万尓天
僧正遍昭かもとにならへまかりける時におとこ山にて
僧正遍昭が許に奈良へまかりける時に男山にて

遠三奈部之遠美天与女留
をみなへしを見てよめる
女郎花を見て詠める

布留乃以末美知
ふるのいまみち
布留今道

原文 遠美奈部之宇之止美川々曽由幾寸久留於止己夜万尓之多天里止於毛部八
定家 をみなへしうしと見つゝそゆきすくるおとこ山にしたてりと思へは
解釈 女郎花憂しと見つつぞ行き過ぐる男山にし立てりと思へば

歌番号二二八
己礼左多乃美己乃以部乃宇多安者世乃宇多
是貞のみこの家の哥合のうた
是貞親王の家の哥合の哥

止之由幾乃安曽无
としゆきの朝臣
藤原敏行朝臣

原文 安幾乃々尓也止利者寸部之遠三奈之奈遠武川万之美多比奈良奈久尓
定家 秋のゝにやとりはすへしをみなし名をむつましみたひならなくに
解釈 秋の野に宿りはすべし女郎花名をむつましみ旅ならなくに

歌番号二二九
多以之良寸
題しらす
題知らず

遠乃々与之木
をのゝよし木
小野美材

原文 遠美奈部之於保可留乃部尓也止利世者安也奈久安多乃奈遠也多知奈武
定家 をみなへしおほかるのへにやとりせはあやなくあたの名をやたちなむ
解釈 女郎花多かる野辺に宿りせば綾なくあだの名をや立ちなん

歌番号二三〇
寸左久為无乃遠三奈部之安者世尓与美天多天万川利个留
朱雀院のをみなへしあはせによみてたてまつりける
朱雀院の女郎花合せに詠みて奉りける

飛多利乃於保以末宇知幾三
左のおほいまうちきみ
左大臣

原文 越美奈部之安幾乃々可世尓宇知奈日幾己々呂比止川遠多礼尓与寸良武
定家 をみなへし秋のゝ風にうちなひき心ひとつをたれによす覧
解釈 女郎花秋の野風にうちなびき心一つを誰れに寄すらむ

歌番号二三一
布知八良乃左多可多安曽无
藤原定方朝臣
藤原定方朝臣

原文 安幾奈良天安不己止可多幾遠美奈部之安万乃可八良尓於比奴毛乃由部
定家 秋ならてあふことかたきをみなへしあまのかはらにおひぬものゆへ
解釈 秋ならで逢ふことかたき女郎花天の河原に生ひぬものゆゑ

歌番号二三二
徒良由幾
つらゆき
紀貫之

原文 堂可安幾尓安良奴毛乃由部遠美奈部之奈曽以呂尓以天々末多幾宇川呂不
定家 たか秋にあらぬものゆへをみなへしなそ色にいてゝまたきうつろふ
解釈 誰が秋にあらぬものゆゑ女郎花なぞ色に出でてまだき移ろふ

歌番号二三三
美川祢
みつね
凡河内躬恒

原文 徒万己不留志可曽奈久奈留遠三奈部之遠乃可寸武乃々者那止之良寸也
定家 つまこふるしかそなくなる女郎花をのかすむのゝ花としらすや
解釈 妻恋ふる鹿ぞ鳴くなる女郎花おのが住む野の花と知らずや

歌番号二三四
原文 遠三奈部之布幾寸幾天久留安幾可世者女尓者美衣祢止加己曽志留个礼
定家 女郎花ふきすきてくる秋風はめには見えねとかこそしるけれ
解釈 女郎花吹き過ぎて来る秋風は目には見えねど香こそしるけれ

歌番号二三五
堂々美祢
たゝみね
壬生忠岑

原文 比止乃美留己止也久留之幾遠美奈部之安幾幾利尓乃美多知可久留良武
定家 人の見る事やくるしきをみなへし秋きりにのみたちかくるらむ
解釈 人の見ることや苦しき女郎花秋霧にのみ立ち隠るらむ

歌番号二三六
原文 飛止利乃美奈可武留与利者遠三奈部之和可寸武也止尓宇部天美末之遠
定家 ひとりのみなかむるよりは女郎花わかすむやとにうへて見ましを
解釈 一人のみながむるよりは女郎花我が住む宿に植ゑて見ましを

歌番号二三七
毛乃部万可利个留尓比止乃以部尓遠美奈部之宇部多利个留遠美天与女留
ものへまかりけるに人の家にをみなへしうへたりけるを見てよめる
物へまかりけるに人の家に女郎花詠へたりけるを見て詠める

加祢三乃於保幾三
兼覧王
兼覧王

原文 越美奈部之宇之呂女多久毛美由留可奈安礼多留也止尓飛止利多天礼八
定家 をみなへしうしろめたくも見ゆる哉あれたるやとにひとりたてれは
解釈 女郎花うしろめたくも見ゆるかな荒れたる宿に一人立てれば

歌番号二三八
可无部以乃於保无止幾久良宇止々己呂乃遠乃己止毛左可乃尓者那美武止天
寛平御時蔵人所のをのこともさかのに花見むとて
寛平御時蔵人所の男ども嵯峨野に花見むとて

末可利个留止幾加部留止天美奈宇多与美个留川以天尓与女留
まかりける時かへるとてみな哥よみけるついてによめる
参かりける時帰へるとて皆哥詠みけるついてに詠める

平左多不无
平さたふん
平貞文

原文 者那尓安可天奈尓可部留良武遠美奈部之於保可留乃部尓祢奈万之毛乃遠
定家 花にあかてなにかへる覧をみなへしおほかるのへにねなましものを
解釈 花にあかで何帰るらむ女郎花多かる野辺に寝なましものを

歌番号二三九
己礼左多乃美己乃以部乃宇多安者世尓与女留
これさたのみこの家の哥合によめる
是貞親王の家の哥合に詠める

止之由幾乃安曽无
としゆきの朝臣
藤原敏行朝臣

原文 奈尓比止可幾天奴幾可計之布知者可末久留安幾己止尓乃部遠尓本者寸
定家 なに人かきてぬきかけしふちはかまくる秋ことにのへをにほはす
解釈 何人か来て脱ぎかけし藤袴来る秋ごとに野辺を匂はす

歌番号二四〇
布知者可万遠与美天比止尓川可八之个留
ふちはかまをよみて人につかはしける
藤袴を詠みて人に遣はしける

徒良由幾
つらゆき
紀貫之

原文 也止利世之比止乃可多美可布知者可万和寸良礼可多幾加尓々保日川々
定家 やとりせし人のかたみかふちはかまわすられかたきかにゝほひつゝ
解釈 宿りせし人の形見か藤袴忘られがたき香に匂ひつつ

歌番号二四一
布知者可万遠与免留
ふちはかまをよめる
藤袴を詠める

曽世以
そせい
素性法師

原文 奴之々良奴加己曽尓本部礼安幾乃々尓可奴幾可計之布知者可万曽毛
定家 ぬしゝらぬかこそにほへれ秋のゝにたかぬきかけしふちはかまそも
解釈 主知らぬ香こそ匂へれ秋の野に誰が脱ぎかけし藤袴ぞも

歌番号二四二
多以之良寸
題しらす
題知らず

平貞文
平貞文
平貞文

原文 以万与利者宇部天多尓美之者那寸々幾保尓以川留安幾者和比之可利个利
定家 今よりはうへてたに見し花すゝきほにいつる秋はわひしかりけり
解釈 今よりは植ゑてだに見じ花薄穂に出づる秋は侘びしかりけり

歌番号二四三
可无部以乃於保无止幾々左以乃美也乃宇多安者世乃宇多
寛平御時きさいの宮の哥合のうた
寛平御時后宮の哥合の哥

安利八良乃武祢也奈
ありはらのむねやな
在原棟梁

原文 安幾乃々乃久左乃多毛止可者那寸々幾保尓以天々万祢久曽天止美由良武
定家 秋の野の草のたもとか花すゝきほにいてゝまねく袖と見ゆらむ
解釈 秋の野の草の袂か花薄穂に出でて招く袖と見ゆらむ

歌番号二四四
曽世以保宇之
素性法師
素性法師

原文 和礼乃美也安者礼止於毛者武幾利/\寸奈久由不可个乃也万止奈天之己
定家 我のみやあはれとおもはむきり/\すなくゆふかけのやまとなてしこ
解釈 我のみやあはれと思はむきりぎりす鳴く夕影の大和撫子

歌番号二四五
多以之良寸
題しらす
題知らず

与三比止之良寸
よみ人しらす
詠み人知らず

原文 美止利奈留比止川久左止曽者留者美之安幾者以呂/\乃者那尓曽安利个留
定家 みとりなるひとつ草とそ春は見し秋はいろ/\の花にそありける
解釈 緑なる一つ草とぞ春は見し秋は色々の花にぞありける

歌番号二四六
原文 毛々久左乃者那乃比毛止久安幾乃々遠於毛日多者礼武比止奈止可女曽
定家 もゝくさの花のひもとく秋のゝを思ひたはれむ人なとかめそ
解釈 百草の花の紐解く秋の野を思ひたはれむ人なとがめそ

歌番号二四七
原文 川幾久左尓己呂毛者寸良武安左川由尓奴礼天乃々知者宇川呂日奴止毛
定家 月草に衣はすらむあさつゆにぬれてのゝちはうつろひぬとも
解釈 月草に衣は摺らむ朝露に濡れての後は移ろひぬとも

歌番号二四八
尓无奈乃美可止美己尓於者之末之个留止幾布留乃太幾於保武美波世武止天
仁和のみかとみこにおはしましける時ふるのたき御覧せむとて
仁和帝、親王におはしましける時布留の滝御覧ぜむとて

於者之満之遣留美知尓遍昭可者々乃以部尓也止利多万部利个留止幾尓
おはしましけるみちに遍昭かはゝの家にやとりたまへりける時に
おはしましける道に遍昭が母の家に宿り給へりける時に

尓者遠安幾乃々尓徒久利天於保武毛乃可多利乃川以天二
庭を秋のゝにつくりておほむ物かたりのついてに
庭を秋の野に作りて御物語のついてに

与美天多天万川利个留
よみてたてまつりける
詠みて奉りける

曽宇志也宇部无世宇
僧正遍昭
僧正遍昭

原文 佐止者安礼天比止者布利尓之也止奈礼也尓者毛末可幾毛安幾乃々良奈留
定家 さとはあれて人はふりにしやとなれや庭もまかきも秋のゝらなる
解釈 里は荒れて人は古りにし宿なれや庭もまがきも秋の野らなる
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万葉雑記 色眼鏡 三五一 今週のみそひと歌を振り返る その一七一

2019年12月28日 | 万葉集 雑記
万葉雑記 色眼鏡 三五一 今週のみそひと歌を振り返る その一七一

 今回が「みそひと歌」の鑑賞の最後です。最後ですから万葉集最後の歌を取り上げますが、弊ブログの特徴から標準的な鑑賞ではありません。ここでは、万葉集から古今和歌集への編集のデザインについて考えてみたいと考えます。

天平宝字三年春正月一日に、因幡國(いなばのくに)の廳(ちやう)にして、饗(あへ)を國郡(くにのこほり)の司等(つかさたち)に賜(たま)はりて宴(うたげ)せし謌一首
集歌4516 新 年乃始乃 波都波流能 家布敷流由伎能 伊夜之家餘其騰
訓読 新しき年の始(はじめ)の初春の今日降る雪のいやしけ吉事(よこと)
私訳 新しい年の始めの初春の今日、その今日に降るこの雪のように、たくさん積もりあがれ、吉き事よ。

 この天平宝字三年正月一日は西暦換算では759年2月6日で、その季節での立春の日は定気法で調べますと西暦759年2月4日です。また、平気法では西暦759年2月6日と推定されます。つまり、どちらであっても、年内立春となります。なお、当時の暦法からすると平気法でしょうから朔旦立春の年に当たり、非常におめでたい歳とされています。
 一方、古今和歌集の最初の歌は在原元方の歌で、これは明確に年内立春を詠います。

古今和歌集 歌番号一
詞書 布留止之尓春多知个留日与女留 在原元方
詞訳 ふるとしに春たちける日よめる 在原元方
和歌 止之乃宇知尓春者幾尓个利比止々世遠己曽止也以者武己止之止也以者武
読下 としのうちに春はきにけりひとゝせをこそとやいはむことしとやいはむ
通釈 年の内に春は来にけり一年を去年とや言はむ今年とや言はむ

 万葉集の最後の歌が年内立春を詠い、古今和歌集の最初の歌が年内立春の歌です。ともに、年内立春をでなくてはいけない特別な理由はありません。歌集の詠い納めの歌であり、詠い開く歌ですが、年内立春の必然性はあるのでしょうか。加えて、これは偶然の一致でしょうか、それとも編集でのデザインでしょうか。
 弊ブログの立場は古今和歌集の仮名序や古歌集を紹介する歌番号1002の歌に「もじり技法」が見られ、同じように万葉集の歌々を紹介する「竹取翁の歌」に「もじり技法」が見られると云う編集での比較からすると、偶然の一致ではなく意図した編集でのデザインと考えます。
 興味深いことに古今和歌集や後撰和歌集と万葉集との重複歌の問題についての研究では、従来に重複歌と考えられていたものは今日では歌の原文表記を下にした厳密比較から本歌取り技法の歌と考えられており、その古今和歌集の重複歌とされて来た本歌取り技法の歌は万葉集巻一から巻十六の範囲内で取られたものであることが判明しています。
 この重複歌研究の派生成果ですが、古今和歌集編纂の直前までは万葉集は巻十六までの和歌集と考えるのが合理的だろうと考えます。理由の一つに源氏物語の引歌研究では万葉集の歌が巻二十までに渡って取られていますが、古今和歌集や後撰和歌集ではそうではありません。平安中期の教養人は万葉集を巻二十まで知っているのに、平安初期の教養人は巻十六までしか知らないのは、まだ、無かったと仮定する方が合理的と考えるためです。
 ただし、年内立春の歌による接続が偶然の一致ではないとすると、万葉集は新撰万葉集から古今和歌集の間に現在の形の二十巻本の万葉集構成となっていますから、万葉集最後の歌と古今和歌集最初の歌は、古今和歌集の編纂までの間に万葉集の巻二十がデザインされたことになりますし、それを予定して古今和歌集の巻一が編まれたことになります。偶然の一致ではないとすると、このような推定が可能です。万葉集や古今和歌集の編集研究からすると、ちょっと、重い問題提起となります。既に万葉集最後の歌は朔旦立春の歌であり、おめでたく詠うことで万葉集を締めたと指摘しますから、年内立春問題は既知の事柄です。弊ブログの指摘は、単に視線を変えて、奇を衒った為にするものだけです。新規性はありません。
 同様に編集のデザインに目を向けますと、万葉集巻十六の最後の歌は、怕物謌三首で締められており最後の歌は蔭位制度による官僚登用制度が庶民には一番恐ろしいものだと、左思の漢詩「詠史」を引用して嘆きながら締めます。

怕物謌三首
標訓 怕(おそろ)しき物の謌三首
注意 この歌三首は人が感じる三つの「反射神経的な怖さ」、「死体などへの本能的な恐れ」、「想像からの精神的な恐れ」を詠ったものです。
集歌3887 天尓有哉 神樂良能小野尓 茅草苅 々々波可尓 鶉乎立毛
訓読 天(あま)にあるや神楽良(ささら)の小野に茅草(ちがや)刈り草刈りばかに鶉(うづら)を立つも
私訳 天上にあると云う神樂良の小野、その言葉の響きのような讃良の小さな野にある茅草を刈り、その草を刈る途端に鶉が飛び出したような。

集歌3888 奥國 領君之 染屋形 黄染乃屋形 神之門涙
訓読 奥(おき)つ国(くに)領(うる)はく君し染め屋形(やかた)黄染(にそめ)の屋形(やかた)神し門(と)涙(なか)る
私訳 死者の国を頂戴した者が乗る染め布の屋形、黄色く染めた布の屋形、神の国への門が開くのに涙が流れる。
注意 屋形とは人が乗る箱のことで、普通は牛車の人の乗る部分を示します。ここでは棺を意味し、染屋形とは棺に布を掛けた状態を示します。

集歌3889 人魂乃 佐青有君之 但獨 相有之雨夜 葉非左思所念
訓読 人魂(ひとたま)のさ青(を)なる君しただ独り逢へりし雨夜(あまよ)枝(え)し左思(さし)そ念(も)ゆ
私訳 人の心を持つと云う青面金剛童子像を、私がただ独りで真っ暗な寺の御堂で拝んだ雨の夜。西晋の文学者だった左思が「鬱鬱」と詠いだす「詠史」の一節を思い出します。
注意 「人魂乃佐青有君」は当時に到来した四天王寺庚申堂の青面金剛童子の洒落です。「葉非」も枝は葉に非ずの洒落で、この「枝」と「左思」から「鬱鬱潤底松」で始まる漢詩「詠史」を暗示します。

 万葉集巻十六の最後の三首一組の歌の最後の歌が漢詩『詠史』を暗示するとしますと、蔭位から栄華を極める藤原政治への皮肉ですし、それに参加できない弱小貴族の悲嘆です。壬生忠岑が古今和歌集の歌番号1003の長歌で「人麿こそは うれしけれ 身はしもながら 言の葉を あまつ空まで 聞こえあげ 末の世までの あととなし 今もおほせの」と詠うように、秀でた才能により世に出たいが出られない悲嘆を詠う姿と相似します。
 万葉集巻十六の最後の三首一組の歌の最後の歌が万葉集編集者によるデザインなら、古今和歌集の歌番号1003の長歌はその感想文のような作品となるのですが、集歌3889の歌が示唆する左思の漢詩『詠史』は「白首不見招」の句で締め、一方、歌番号1003の長歌は「かしらは白く なりぬとも 音羽の滝の 音に聞く 老いず死なずの 薬もが 君が八千代を 若えつつ見む」で詠い納めますから、壬生忠岑は斯様に万葉集を隅から隅まで知っているか、編集でデザインした側の人です。
 万葉集の編集と云う視線から、万葉集と古今和歌集を眺めますと、このように興味深い話が現れます。ただ、このような視点からの問題提起と問題解決への推理を踏まえた万葉集編纂史の提案が、今まで万葉集研究者からなされていないことには、多少の戸惑いがあります。
万葉集を楽しく鑑賞しますと、建設作業員でも斯様な与太話や酔論を垂れ流すことは出来ます。

 今回で長歌と短歌をそれぞれに鑑賞を終えました。そこで、次週からは巻一から西本願寺本の表記のままに、再度、鑑賞をします。このために、現在の巻巻ごとに示しているものをブログのカテゴリーでは平成訓 万葉集として一つにまとめ、新たに令和新訓として巻巻とします。
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万葉集 集歌6から集歌10

2019年12月27日 | 新訓 万葉集巻一
反謌
集歌六 
原文 山越乃 風乎時自見 寐不落 家在妹乎 懸而小竹櫃
訓読 山越(やまこし)の風を時じみ寝(ね)もおちず家なる妹を懸(か)けに偲(しの)ひつ
私訳 山を越して吹き来る風が絶え間ない。物思いに寝ることも出来ず、家に残る愛しい貴女に篠竹が風になびくように我が心をなびかせ、恋心を懸けて思い浮かべています。
左注 右、檢日本書紀 無幸於讃岐國。亦軍王未詳也。但、山上憶良大夫類聚歌林曰、記曰、天皇十一年己亥冬十二月己巳朔壬午、幸于伊豫温湯宮云々。一書云、 是時宮前在二樹木。此之二樹斑鳩比米二鳥大集。時勅多挂稲穂而養之。乃作歌云々。若疑従此便幸之歟。
注訓 右は、日本書紀を檢(かむが)ふるに讃岐國に幸(いでま)すこと無し。亦、軍王は未だ詳(つまび)らかならず。但し、山上憶良大夫の類聚歌林に曰はく「記に曰はく『天皇十一年己亥の冬十二月己巳の朔の壬午、伊豫の温湯(ゆ)の宮に幸(いでま)す、云々』といへり。一書(あるふみ)に云はく『是の時に、宮の前に二つの樹木在り。此の二つの樹に斑鳩(いかるが)・比米(ひめ)二つの鳥大(さは)に集まれり。時に、勅(みことのり)して多くの稲穂を挂けてこれを養ひたまふ。乃ち作れる歌云々』」といへり。若(けだ)し、疑ふらくは此より便(すなは)ち幸(いでま)ししか。
注意 原文の「寐不落」は、標準解釈では「夜」の字を足し「寐夜不落」として「寐夜(ぬるよ)落ちず」と訓じます。

明日香川原宮御宇天皇代 天豊財重日足姫天皇
標訓 明日香(あすか)川原宮(かわはらのみや)に御宇(あめのしたしらしめし)天皇(すめらみこと)の代(みよ)
天豊(あめとよ)財重(たからいかし)日足姫(ひたらしひめの)天皇(すめらみこと)

額田王謌 未詳
標訓 額田(ぬかだの)王(おほきみ)の歌 未だ詳(つまびら)かならず
集歌七 
原文 金野乃 美草苅葺 屋杼礼里之 兎道乃宮子能 借五百磯所念
訓読 秋し野の御草(みくさ)刈り葺(ふ)き宿(やど)れりし宇治の京(みやこ)の仮(かり)廬(いほ)しそ念(も)ゆ
私訳 秋の野の草を刈り屋根を葺いて住まわれていた、その石垣を積んで作られたと云う宇治の大宮の故事が偲ばれます。
左注 右、檢山上憶良大夫類聚歌林曰、一書戊申年幸比良宮大御謌。但、紀曰、五年春、正月己卯朔辛巳、天皇、至自紀温湯。三月戊寅朔、天皇幸吉野宮而肆宴焉。庚辰日、天皇幸近江之平浦。
注訓 右は、山上憶良大夫の類聚歌林を檢(かむ)がふるに曰はく「一(ある)書(ふみ)に戊申の年に比良の宮に幸(いでま)しし大御歌」といへり。但し、紀に曰はく「五年の春、正月己卯朔辛巳に、天皇、紀温湯(ゆ)に至る。三月戊寅朔、天皇の吉野の宮に幸(いでま)して肆宴(とよのほあかり)す。庚辰の日に、天皇の近江の平浦に幸(いでま)す」といへり。
注意 「比良宮」は滋賀県大津市志賀町付近、「紀温湯」は和歌山県の白浜温泉、「近江平浦」の「平」は「比良」で大津市志賀町付近の湖岸を指します。

後岡本宮御宇天皇代 天豊財重日足姫天皇、後即位後岡本宮
標訓 後の岡本宮に御宇(あめのしたしらしめし)天皇(すめらみこと)の代(みよ)
天豊財重日足姫天皇、後に後岡本宮に即位

額田王謌
標訓 額田(ぬかだの)王(おほきみ)の謌
集歌八 
原文 熟田津尓 船乗世武登 月待者 潮毛可奈比沼 今者許藝乞菜
訓読 熟田津(にぎたつ)に船乗りせむと月待てば潮もかなひぬ今は漕ぎ出でな
私訳 熟田津で朝鮮に出兵するための対策を立てて実行してきたが、全ての出陣への準備が願い通りに整ったし、この遅い月の月明かりを頼って出港の準備をしていたら潮も願い通りになった。さあ、今から出港しよう。
左注 右、檢山上憶良大夫類聚歌林曰、飛鳥岡本宮御宇天皇元年己丑、九年丁酋十二月己巳朔壬午、天皇大后、幸于伊豫湯宮。後岡本宮馭宇天皇七年辛酉春正月丁酉朔丙寅、御船西征始就于海路。庚戌、御船、泊于伊豫熟田津石湯行宮。天皇、御覧昔日猶存之物、當時忽起感愛之情。所以因製謌詠為之哀傷也。即此謌者天皇御製焉。但、額田王謌者別有四首。
注訓 右は、山上憶良大夫の類聚歌林を檢(かむが)みて曰はく「飛鳥岡本宮の御宇(あめのしたしらしめし)天皇(すめらみこと)の元年己丑、九年丁酋の十二月己巳の朔の壬午、天皇(すめらみこと)大后(おほきさき)、伊豫の湯の宮に幸(いでま)す。後岡本宮の馭宇(あめのしたしらしめし)天皇(すめらみこと)の七年辛酉の春正月丁酉の朔の丙寅、御船の西に征(ゆ)き始めて海路に就く。庚戌、御船、伊豫の熟田津の石湯(いはゆ)の行宮(かりみや)に泊(は)つ。天皇、昔日(むかし)より猶存(のこ)れる物を御覧(みそなは)して、當時(そのかみ)忽ち感愛(かなしみ)の情(こころ)を起こす。所以に因りて謌を製(つく)りて哀傷(かなしみ)を詠ふ」といへり。即ち此の謌は天皇の御(かた)りて製(つく)らせしなり。但し、額田王の謌は別に四首有り。
注意 「伊豫湯宮」と「伊豫熟田津石湯行宮」は、現在の愛媛県松山市道後温泉説と行宮として松山市堀江説があります。

幸于紀温泉之時、額田王作謌
標訓 紀温泉(きのゆ)に幸(いでま)しし時に、額田王の作れる歌
集歌九 
原文 莫囂圓隣之 大相七兄爪謁氣 吾瀬子之 射立為兼 五可新何本
訓読 染(そ)まりなし御備(おそな)え副(そ)えき吾(あ)が背子し致(いた)ちししけむ厳橿(いつかし)が本(もと)
私訳 一点の穢れなき白栲の布を奉幣に副えました。吾らがお慕いする君が、梓弓が立てる音の中、その奉幣をいたしました。大和の橿原宮の元宮であります、この熊野速玉大社を建てられた大王(=神武天皇)よ。
注意 難訓とされた上二句は五文字と七文字の一字一音万葉仮名表記ですから奈良時代に発音された漢字の字音に従って訓じると難訓にはなりません。また、「紀温泉」は和歌山県の白浜温泉を指します。

中皇命、徃于紀温泉之時御謌
標訓 中(なかつ)皇命(すめらみこと)の、紀温泉(きのゆ)より徃へりましし時の御(かた)りしし歌
集歌一〇 
原文 君之齒母 吾代毛所知哉 磐代乃 岡之草根乎 去来結手名
訓読 君し代も吾が代もそ知るや磐代(いはしろ)の岡し草根(くさね)をいざ結びてな
私訳 貴方の生きた時代も、私が生きる時代をも、きっと、全てを知っているのか、その神が宿る磐代よ。その磐代の岡に生える草を、さあ、旅の無事を祈って結びましょう。

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