竹取翁と万葉集のお勉強

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万葉集 長歌を鑑賞する 集歌167

2014年11月30日 | 万葉集 長歌を楽しむ
万葉集 長歌を鑑賞する 集歌167

日並皇子尊殯宮之時、柿本朝臣人麿作歌一首并短歌
標訓 日並皇子尊の殯宮(あらきのみや)の時に、柿本朝臣人麿の作れる歌一首并せて短歌
集歌167 天地之 初時 久堅之 天河原尓 八百萬 千萬神之 神集 ゞ座而 神分 ゞ之時尓 天照 日女之命(一云、指上 日女之命) 天乎婆 所知食登 葦原乃 水穂之國乎 天地之 依相之極 所知行 神之命等 天雲之 八重掻別而(一云、天雲之 八重雲別而) 神下 座奉之 高照 日之皇子波 飛鳥之 浄之宮尓 神髄 太布座而 天皇之 敷座國等 天原 石門乎開 神上 ゞ座奴(一云、神登 座尓之可婆) 吾王 皇子之命乃 天下 所知食世者 春花之 貴在等 望月乃 満波之計武跡 天下(一云、食國) 四方之人乃 大船之 思憑而 天水 仰而待尓 何方尓 御念食可 由縁母無 真弓乃岡尓 宮柱 太布座 御在香乎 高知座而 明言尓 御言不御問 日月之 數多成塗 其故 皇子之宮人 行方不知毛(一云、刺竹之 皇子宮人 帰邊不知尓為)

<標準的な解釈(「萬葉集 釋注」伊藤博、集英社文庫)>
訓読 天地の 初めの時 ひさかたの 天の河原に 八百万 千万神の 神集ひ 集ひいまして 神分ち 分ちし時に 天照らす 日女の命(一には「さしのぼる 日女の命」といふ) 天をば 知らしますと 葦原の 瑞穂の国を 天地の 寄り合ひし極み 知らしめす 神の命と 天雲の 八重かき別けて(一には「天雲の 八重雲別けて」といふ) 神下し いませまつりし 高照らす 日の御子は 明日香の 清御の宮に 神ながら 太敷きまして すめろぎの 敷きます国と 天の原 岩戸を開き 神上り 上りいましぬ(一には「神登り いましにしかば」といふ) 我が大君 皇子の命の 天の下 知らしめす世は 春花の 貴くあらむと 望月の 満しけむと 天の下(一には「食す国」といふ) 四方の人の 大船の 思ひ頼みて 天つ水 仰ぎて待つに いかさまに 思ほしめせか つれもなき 真弓の岡に 宮柱 太敷きいまし みあからを 高知りまして 朝言に 御言問はさず 日月の 数多くなりぬる そこゆゑに 皇子の宮人 ゆくへ知らずも(一には「さす竹の 皇子の宮人 ゆくへ知らにす」といふ)

意訳 天と地とが初めて開けた時のこと、天の河原にたくさんの神々がお集まりになってそれぞれ統治の領分をお分けになった時に、天照らす日女の神は<さしのぼる日女の神は>天上を治められることになり、一方、葦原の瑞穂の国を天と地の寄り合う果てまでもお治めになる貴い神として幾重にも重なる天雲をかき分けて<天雲の八重に重なるその雲を押し分けて>神々がお下し申した日の神の御子(天武天皇)は、明日香の清御原の宮に神のままにご統治になり、そして、この瑞穂の国は代々の天皇が治められるべき国であるとして、天の原の岩戸を開いて神のままに天上に上ってしまわれた。<神のままに天上に登って行かれてしまったので、> われらが大君、皇子の命(日並皇子尊)が天の下をお治めになる世は、さぞかし、春の花のようにめでたいことであろう、満月のように欠けることがないであろうと、天の下の<国じゅうの>人びとみんなが大船に乗ったように安らかに思い、天の恵みの雨を仰いで待つように待ち望んでいたのに、何と思し召されてか、ゆかりもない真弓の岡に宮柱を太々と立てられ、御殿を高々と営まれて、朝のお言葉もおかけになることなく、そんな月日が積もりに積もってしまった。それがために皇子の宮の宮人たちは、ただただ途方に暮れている<さす竹の皇子の宮人たちはただ途方に暮れている>

<西本願寺本万葉集の原文を忠実に訓むときの解釈>
試訓 天地し 初めし時 ひさかたし 天の河原に 八百万 千万神し 神集ひ 集ひ座して 神分ち 分ちし時に 天照らす 日女し尊(一は云はく、さしのぼる 日女し命) 天をば知らしますと 葦原の 瑞穂し国を 天地し 寄り合ひし極 知らします 神し命と 天雲し 八重かき別けて(一は云はく、天雲し 八重雲別けて) 神下し 座せまつりし 高照らす 日し皇子は 飛鳥し 浄し宮に 神ながら 太敷きまして 天皇(すめろぎ)し 敷きます国と 天つ原 石門を開き 神あがり あがり座しぬ(一は云はく、神登り いましにしかば) わご王 皇子し命の 天つ下 知らしめしせば 春花し 貴からむと 望月の 満はしけむと 天つ下(一は云はく、食す国し) 四方し人の 大船し 思ひ憑みて 天つ水 仰ぎて待つに いかさまに 思ほしませか 由縁もなき 真弓の岡に 宮柱 太敷き座し 御殿を 高知りまして 朝ごとに 御言問はさぬ 日月し 数多くなりぬる そこゆゑに 皇子し宮人 行方知らずも(一は云はく、さす竹し 皇子し宮人 ゆくへ知らにす)

試訳 天地が初めて現れたとき、遠く彼方の天の川原に八百万・一千万の神々が神の集会にお集まりになり、それぞれの神の領分を分かたれたとき、日が差し昇るような太陽の女神は天を統治なされると、葦原の豊かに稲穂を実らせる国を天と地が接する地上の果てまで統治なされる神の皇子として、天雲の豊かに重なる雲を掻き分けて、この地上に神として下りなされていました天まで高くその輝きで照らされる日の皇子は、飛ぶ鳥の浄御原の宮に、神でありながら宮殿を御建てになられ、天の皇子が統治なされる国と天の原への磐門を開き、天の原に神登られなされるので、私の王である皇子様は天下を治めなされると春に花が咲くように貴くあられるだろう、満月のように人々を満たされるだろうと、皇子が御統治なされる国のすべての人は、大船のように思い信頼して、大嘗祭を行う天の水を 天を仰いで待っていると、どのように思われたのか、理由もないのに、真弓の丘に御建てになられた宮殿を天まで高くお知らせになられて、毎朝に皇子のお言葉を賜ることのない日月が沢山になって、そのために、竹のように繁栄する皇子に仕える宮人は、どうしたらいいのか判らない。

 この歌は天皇が日本を統治する根拠を示し、その後継方法について語っていることに注意を払う必要のあるものです。この視点があるために紹介した試訓とその試訳が一般的な解釈とは違います。そして、天上地上との区分の概念では統治に於いては天上の「日女の命」と地上の「高照 日之皇子」とは対等な立場です。この挽歌が詠われた時代と伊勢皇太神宮(内宮)の創建がほぼ同じ時代であることを考える必要があります。
 こうした時、解釈に於いて特に違うのは「天水」と云う言葉の解釈です。一般的にはこれを天からの水=雨水と解釈しますが、試訓では御井に通じる天上の水=天上の御井と解釈し、大嘗祭の比喩として取っています。これは大嘗祭で奏上される『中臣寿詞』に示されるものと一致します。
 現在の建て前での歴史ではこの挽歌が詠われた時には『古事記』も『日本書紀』もまだ編纂されてはいません。しかしながら、この人麻呂が詠うこの挽歌には天孫降臨や御現神、それに大嘗祭関係する御井の思想が詠われています。この挽歌が詠われた時代に日本神話の根底を為す思想形成や理論武装が行われたと推定される、実に重要なものです。その新しい思想形成の時代の中心に柿本人麻呂は位置しています。

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万葉雑記 色眼鏡 九三 百合の歌を鑑賞する

2014年11月29日 | 万葉集 雑記
万葉雑記 色眼鏡 九三 百合の歌を鑑賞する

 今回は万葉集の中から百合の花にちなむ短歌を鑑賞します。なお、百合にちなむ全ての短歌を紹介しての鑑賞ではありませんので、そこは最初に御断りをしておきます。
 鑑賞に先立ち百合(ユリ)の語源を調べてみますと、語源としては風に吹かれて花が揺れる様から「揺り(ユリ)」、花が傾く様から「緩み(ユルミ)」、また、その根が鱗茎であることから「八重括根(ヤヘククリネ)」と称すことが出来ることから「ユリ」と呼ばれたのではないかとも推定されています。このように語源には各種の説がありますが、確実にこれと云うものはないようです。ただ、今日では便宜的に「揺り(ユリ)」説をもって語源と仮にしているようです。なお、漢字表記での「百合」は古代では冬場の重要な食糧源である百合根の、その鱗茎をした形状から「百合」が与えられたと解説します。
 また、山百合は日本固有種の百合で大倭神社注進状に「和名佐井草、古事記に山百合草の本名は佐韋草といふ也」とあり、奈良市率川神社の三枝祭では三つ枝の山百合を供えることから古代では百合を「三枝草(サイクサ・サキクサ)」「佐韋草(サイクサ)」と称していたのではないかとも推定しています。そして、この「サキクサ」から転じて「幸草」と表記されることもあります。
 補足参考として、この山百合は日本固有の草花の中では特徴的に花の香りが強く、濃厚な甘い香りを漂わせます。さらに多数の大きな白色の花を付けるところから「ユリの女王」とも称されています。和歌鑑賞では重要なポイントになりますが、その香りの特性から茂みの中に咲く百合の姿を直接に見ることがなくても、その強い濃厚な甘い香りで百合花の存在を感じることが出来ると云う野草です。なお、万葉時代の百合としては他に白色花の笹百合や橙色花の姫百合などがあります。
 一方、万葉歌の鑑賞では漢字で「後」を意味する古語に「ゆり」と云う言葉があります。古語ではつぎのように説明されます。
1. 格助詞:《接続》体言や体言に準ずる語に付く。〔起点〕…から。…以来。
上代語。同義語として「ゆ」「よ」「より」があるが、中古以降は「より」だけが用いられるようになる。
2. 名詞:後(のち)。今後。

 『万葉集』の鑑賞では紹介しました百合の持つ花の姿・特性や「百合(ユリ)」と「後(ユリ)」との同音異義語の言葉遊びが重要なポイントとなっています。そのため、歌の鑑賞に先だって説明を致しました。

 さて、その百合の歌の鑑賞では『万葉集』では最源流に位置する歌を最初に紹介します。それが柿本人麻呂歌集に採録された歌であると左注が付く集歌2467の歌です。およそ、この歌は人麻呂本人によるものと思われます。

巻十一より
人麻呂歌集に載る歌
集歌2467 路邊 草深百合之 後云 妹命 我知
訓読 道の辺(へ)の草(くさ)深(ふか)百合(ゆり)の後(ゆり)と云ふ妹の命(いのち)を我(われ)知らめやも

 この歌は非常に技巧的ですので鑑賞態度によっては幾通りにも鑑賞することが出来ます。例えば有名なHP「たのしい万葉集」では次のように解釈します。

訓読 道の辺(へ)の草(くさ)深(ふか)百合(ゆり)の後(のち)もと言ふ妹が命を我れ知らめやも
意訳 道端の百合(ゆり)のように、後(のち)も、というあのひとの命を私が知らないなんてことはありません

 この解釈が一般的のようで、解釈を補足しますと「あのひとの命」の「命」を「寿命」「運命」「将来」のように解釈します。その立場から「たのしい万葉集」の歌の世界では道で会った女性を口説いた男が女から「また、後もね」と甘えられ、それに対して男が「お前の将来のことの責任を取るよ」と返事をしたと解釈するようです。
 一方、HP「万葉遊楽」では次のような解釈となっています。

訓読 道も辺の草深百合の後もと言う妹が命を我知らめやも
意訳 どうして今はだめなんだ。これから後のあの女の寿命の事なんか俺は知らないぞ

 こちらの解釈は道で出合った女を口説いた男が女から「また、後でね」と体良く断られたとし、それに対して「お前の将来のことなんか、おれの知ったことではない」と悪態をついたと鑑賞しています。
 「たのしい万葉集」も「万葉遊楽」も原文「妹命」の「命」を「運命」のような意味合いで解釈することは変わりません。そして、漢詩体歌の特性として、末句の「我知」の解釈がそれぞれの立場によって違い、その結果、歌の鑑賞態度が肯定的か、否定的かに分かれています。
 ここで、原文「妹命」の「命」の文字について少し考察をします。「妹命」は一般には「妹の命(いのち)」と訓じますが、一方、この文字は「母命」のように「妹の命(みこと)」とも訓じることが出来ます。すると、その歌意は大幅に変わります。それを解釈Bの試訓と試訳とで示しています。「妹の命(みこと)」の解釈では「大切な貴女」と云う意味合いとなりますから、それに続く「我知」は「私は貴女を知っている」と解釈することになります。すると、古代の生活習慣と成熟した男女の間での約束事の下では二人には性交をする緊密な関係があると云うことになります。つまり、道で出合った恋人が相手の男性に「今夜、逢いに来て」とささやいたと解釈することが出来ることになります。
 この時、口唱した歌と文字表記した歌とでは文字の意味の取りようでは歌意の解釈が変わると云う可能性を秘めた歌と云うことにもなります。さらに解釈Bの場合、百合の持つ特性と男女の親密性から、直接に相手と対面しての会話でなく、垣根越しや塀越しで女性の持つ体臭や声・態度でその存在を感じ取って、夜の密会を約束しているとも鑑賞が可能となります。およそ、そこには若い男女の甘く濃密な時間が浮かび上がります。ここに人麻呂の歌聖たる所以があるのでしょう。
 なお、一般的な訓読みを行った解釈Aについて、弊ブログでは壬申の乱の勃発直前、人麻呂と恋人である軽の里の妻との戦乱で引き裂かれる場面を想定しています。このため、訓読みは一般的なものと変わりませんが、解釈では若干「命(いのち)」の意味合いが一般的なものとは違っています。

集歌2467 路邊 草深百合之 後云 妹命 我知
解釈A
訓読 道し辺(へ)し草(くさ)深(ふか)百合(ゆり)し後(ゆり)と云ふ妹し命(いのち)を我(われ)知らめやも
私訳 道の傍らの草深くに咲く百合の花の、その言葉のひびきではないが、後(古語で「ゆり」)でと云う愛しい貴女の運命を私は知らない。
解釈B
試訓 道の辺(へ)し草(くさ)深(ふか)百合(ゆり)し後(ゆり)と云ふ妹し命(みこと)を我(われ)は知るらむ
試訳 道の傍らの草深くに咲く百合の花の、その言葉のひびきではないが、後(古語で「ゆり」)でと云う愛しい貴女を、本当は、私はよく知っている。


 次に巻七に載る百合の集歌1257の歌を鑑賞します。この歌は人麻呂が詠う集歌2467の歌から二句ほどを引用し本歌取りしたものです。それも意味合いにおいて解釈Bの方を本歌の歌意としていると考えます。
 歌は口説かれた女から口説いた男への返歌に相当するものです。可能性として集歌2467の歌の返歌の位置にありますと女は男が「お前は百合のような女だ」と口説いた言葉を使ったと考えられますが、そうでない場合は、口説かれた女は自分自身に対し「白い大きな花を付け、そして人を誘惑するような濃厚な甘い香りがする」、そのような好い女であるとの自信があります。

巻七より
集歌1257 道邊之 草深由利乃 花咲尓 咲之柄二 妻常可云也
訓読 道し辺(へ)し草(くさ)深(ふか)百合(ゆり)の花咲(ゑ)みに咲(ゑ)みしからに妻と云うふべしや
私訳 道のほとりの草深い中に咲く百合の花が甘く濃厚な香りを漂わせて寄り添い咲くように、私が貴方にそのような態度で微笑みかけたからと云って貴方は私のことを「わが妻」と云うのですか。

 さて、先に百合の語源の一つに花が傾く様から「緩み」があるとしました。そうした時、「緩み」の言葉の語感から集歌1257の歌は男女が獣道のような人目を隠す茂みの中を通る道の辺(ほとり)に並んで座り、女が男へ体を預けてしなだれている場面で、この集歌1257の歌を詠ったものとも解釈が出来ることになります。当然、女から「妻」と云う言葉が出ていますから、既に互いの体を知っている濃密な男女関係が前提にあります。時に万葉人は、この歌に若き女性の腰の周りから漂う百合の香りが如くの体臭をも感じ取ったかもしれません。集歌2467の歌を本歌とする時、非常にエロチックなものとなります。

 さらに巻八には百合を詠うものとして集歌1500の歌と集歌1503の歌があります。共に歌の技巧を楽しむような歌で、そこには集歌2467の歌や集歌1257の歌のような恋をしている女性がもたらす体臭まで薫るような濃密な男女の恋はありません。

大伴坂上郎女謌一首
標訓 大伴坂上郎女の謌一首
集歌1500 夏野乃 繁見丹開有 姫由理乃 不所知戀者 苦物曽
訓読 夏し野の繁みに咲ける姫(ひめ)百合(ゆり)の知らえぬ恋は苦しきものぞ
私訳 夏の野の繁みの中に密やかに咲く姫百合、その言葉の響きのような私の後(ゆり=将来)はおぼつかなく、実るか、実らないかも分からずに、密やかにする恋は辛いものです。

 和歌を解説する書物には序詞を説明するときの例題として集歌1500の歌を取り上げるものがあります。例題では「夏の野の繁みに咲ける姫百合の」までが序詞であり「知らえぬ」を形容する詞とします。序詞ですから、ここまでは本題とは関係しないただ「知らえぬ」の言葉を修飾することを目的とし、口調を整えるものと云うような扱いです。
 ただし、この歌が集歌2467の歌を本歌としているとしますと、少し、鑑賞は変わります。まず、集歌1500の歌の世界は片恋ではなく、男が密やかに女の許に通う関係でのものとなります。そうした時、女は男にとって多くの恋人の中の一人のような位置付けですし、身分などのしがらみで男女関係を露わに出来ないと想像されます。それでいて歌は技巧です。
 その技巧を紹介するために句切りから紹介しますとつぎのようなものになります。
A:夏し野の繁みに咲ける姫百合の
B:後(ゆり)の知らえぬ
C:知らえぬ恋は苦しきものぞ
 まず、Aの句切り部で歌を詠う女性の風情を想像させます。相手に易々とは姿を見せないが甘い香りで存在を感じさせるような女性ですし、女性を象徴するかのように濃い橙色の姫百合の花の色合いに合わせて原文では「繁見丹開有」と「丹」の用字を使用しています。次いで、Bの句切りではその女性の将来への不安を「後の知らえぬ」と示します。愛が実るのか、どうか。そして、愛が実ったとしても、その愛と自分はどうなるのか、などと将来の不安を暗示します。最後、Cの句切りでは、今の状況を相手に訴えます。貴方の心が見えないこの恋は辛く、苦しいとします。なお、このような鑑賞では「夏の野の繁みに咲ける姫百合の」までが序詞として扱うことが出来ないかもしれません。時に掛詞の例題として扱う方が良いのかもしれません。
 このように歌は使う文字の選択や掛詞の技法を含め非常に技巧的です。従いまして、歌が相聞として成り立つならば、歌を詠う女性とそれを受ける男性は和歌の上では同等な技量を有するような人物でなければなりません。すると、年齢や技量から可能性として天平初期での大伴坂上郎女と橘諸兄との恋愛でしょうか。当時としては、もう、女性としては恋愛対象となる年齢を超えた大伴坂上郎女の大人の恋なのでしょうか。

 さらに集歌1503の歌を鑑賞しますが、約束として西本願寺本万葉集の原文の方を鑑賞します。現在の校本万葉集では、原文の末句が難訓であり、また、その末句の表記のままでは歌意が取れないとして、末句「不謌云二似」を「不欲云二似」と改訂して別な歌に創り変えています。ここでは原文のままに歌の本意に従って鑑賞します。なお、歌は文字からの洒落で遊ぶ歌ですので、末句「不謌云二似」は戯訓として鑑賞する必要があります。そのため、校本万葉集のように原文改訂をしてしまっては、まったく、鑑賞が成立しません。

紀朝臣豊河謌一首
標訓 紀朝臣(きのあそみ)豊河(とよかは)の謌一首
集歌1503 吾妹兒之 家乃垣内乃 佐由理花 由利登云者 不謌云二似
訓読 吾妹児(わぎもこ)し家の垣内(かきつ)のさ百合(ゆり)花(はな)後(ゆり)と云へるは謌(うた)云(い)はずに似る
私訳 私の愛しい貴女の家の垣の内にある百合の花、その「後(ゆり)でね」と貴女が私に云うのは、まるで、貴女が私に「謌」の字の如く「可(愛して)可(愛して)と言わない」のことと同じです。

 私訳中で紹介しましたが、末句「不謌云二似」の「謌」は「言」「可」「可」と文字を分解して洒落を楽しむことを前提とした歌です。私訳では「可」を「愛して」と訳しましたが、話し言葉での「いいわ」と訳しても良いかと考えます。
 さて、歌の洒落を紹介したところで、この集歌1503の歌もまた集歌2467の歌の解釈Bを本歌としているとしますと、歌は集歌2467の歌の裏返しの世界です。集歌1503の歌では女に対し「吾妹兒」と声を掛けますが、男は女の姿を見たことも有りませんし、恋愛関係も成立していません。屋敷の垣根越しに小者の手引きでやっと女に声を掛けただけと云う風情です。そして、歌は小百合と詠いますから現在の姫百合が醸す甘い香りでその存在を示すように垣根の内の女も何らかの仕草、体臭などで気配を感じさせていると想像させます。そのような想像での世界を技巧を凝らし宴会で詠ったと云うのがこの集歌1503の世界です。歌は本歌取りの技法で詠いますが、詠う情景はお約束の男女の出合いの風情のパロディーです。
 この歌のように文字を分解して言葉遊びで和歌を詠う世界は『万葉集』だけです。そのため、『万葉集』を原文から楽しむ人以外には見えては来ない世界なのでしょう。まず、『古今和歌集』以降の中世和歌を専門とする研究者には向かない歌です。

 最後に巻十八に載る百合をテーマにした歌を紹介します。
 これらの歌が詠われた天平感宝元年の段階では、もう、「百合」と「後」との言葉で遊ぶ和歌の世界は定型化されています。そのため、宴会を閉める潮時に「では、お開きにして、ゆりもあはむ=後も会はむ」と云う言葉を暗示するために宴会での客人である大伴家持は「百合花」を宴会の主である秦伊美吉石竹に示します。
 歌の鑑賞からしますと、このような歌の背景が判りますと、後はただ役人同士が詠う定型歌をそのままに鑑賞するだけと云うことになります。面白みはありません。そこが中年以降の大伴家持の歌がつまらないところなのかもしれません。
 なお、もう少し歌の背景を考察しますと、このように宴会などで定型和歌をもって意図を示す行為が広く行われていただろうと考えられますから、ある程度の身分の人々にとって和歌は役人生活を送る上で必要不可欠の教養となっていたと思われます。およそ、奈良時代中期には宴会でも和歌で会話を行うようなことが行われていたことを示す、良い事例と考えます。

同月九日、諸僚會少目秦伊美吉石竹之舘飲宴。於時主人造白合花縵三枚、疊置豆器、捧贈賓客。各賦此縵作三首
標訓 同月九日に、諸僚、少目(せうさくわん)秦伊美吉石竹の舘に會(つど)ひて飲宴(うたげ)す。その時に、主人(あるじ)の白合(ゆり)の花縵(はなかづら)三枚を造り、豆器(づき)に疊(かさ)ね置きて、賓客に捧げ贈る。各、此の縵を賦(ふ)して作れる三首

集歌4086 安夫良火能 比可里尓見由流 和我可豆良 佐由利能波奈能 恵麻波之伎香母
訓読 油火(あぶらひ)の光りに見ゆる吾(わ)が蘰(かづら)さ百合の花の笑(ゑ)まはしきかも
私訳 燭灯の光の中に見える私が蘰に編んだこの美しい百合の花は、咲きいとおしいことです。
右一首、守大伴宿祢家持
注訓 右の一首は、守大伴宿祢家持

集歌4087 等毛之火能 比可里尓見由流 佐由理婆奈 由利毛安波牟等 於母比曽米弖伎
訓読 燈火(ともしび)の光りに見ゆるさ百合花(ゆりはな)後(ゆり)も逢はむと思ひそめてき
私訳 燈火の光の中に見える美しい百合の花は、後(ゆり)にも眺めたいと思っております。(そのように、また、貴方を宴会にお招きしたいものです)
右一首、介内蔵伊美吉縄麻呂
注訓 右の一首は、介(すけ)内蔵(くら)伊美吉(いみき)縄麻呂(なはまろ)

集歌4088 左由理波奈 由利毛安波牟等 於毛倍許曽 伊麻能麻左可母 宇流波之美須礼
訓読 さ百合花(ゆりはな)後(ゆり)も逢はむと思へこそ今のまさかも愛(うるは)しみすれ
私訳 美しい百合の花を後(ゆり)にもまた眺めたいと思うからこそ、だから、今、この時も、百合花を美しいと愛でるのでしょう。(それと同じように、また、逢いたいと思う、その貴方を大切な人と思います)
右一首、大伴宿祢家持、和
注訓 右の一首は、大伴宿祢家持の、伊美吉縄麻呂の歌に和(こた)ふ

 最後に和歌の本歌取りの技法の定義は厳密に定められており、その和歌技法の定義からしますと本来ですと『万葉集』の歌に対しては本歌取り技法とは分類せずに「先行する和歌から明らかに二句以上を引用したことを示し、その上で、先行する和歌の歌の世界を踏まえた上で新たな歌の世界を詠う」スタイルを持った「類型歌」と分類するようです。
 ただし、『万葉集』の時代、まだまだ、『新古今和歌集』の時代とは違い先行する和歌は限定されていますから、弊ブログでは「先行する和歌から明らかに二句以上を引用したことを示し、その上で、先行する和歌の歌の世界を踏まえた上で新たな歌の世界を詠うスタイルの歌」を「本歌取りの歌」としています。まことに学問的ではありませんが、ご了承下さい。
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今日のみそひと歌 金曜日

2014年11月28日 | 万葉 みそひと謌
今日のみそひと歌 金曜日

集歌4221 可久婆可里 古悲之久志安良婆 末蘇可我美 弥奴比等吉奈久 安良麻之母能乎
訓読 かくばかり恋しくしあらば真澄鏡(まそかがみ)見ぬ日時なくあらましものを
私訳 このように貴女に恋しくしていると、願うと願うものを見せると云う真澄鏡を見ない日は、そのような時はあることはありません。

集歌4222 許能之具礼 伊多久奈布里曽 和藝毛故尓 美勢牟我多米尓 母美知等里氏牟
訓読 この時雨(しぐれ)いたくな降りそ我妹子に見せむがために黄葉(もみち)採りてむ
私訳 この時雨よ、ひどく降るな。私の愛しい貴女に見せるために黄葉を採りたい。

集歌4223 安乎尓与之 奈良比等美牟登 和我世故我 之米家牟毛美知 都知尓於知米也毛
訓読 青丹(あをに)よし奈良(なら)人(ひと)見むと吾が背子が標(しめ)けむ黄葉(もみち)地(つち)に落ちめやも
私訳 青葉が美しい奈良の人が見るでしょうと、私の尊敬する貴方が標を付けた黄葉が、どうしてこの時雨に地に落ちるでしょうか。

集歌4224 朝霧之 多奈引田為尓 鳴鴈乎 留得哉 吾屋戸能波義
訓読 朝霧し棚引く田居(たい)に鳴く雁を留め得むかも吾が屋戸(やと)の萩
私訳 朝霧が棚引く田に鳴く雁を、留めることが出来るでしょうか。私の家の萩の花は。

集歌4225 足日木之 山黄葉尓 四頭久相而 将落山道乎 公之超麻久
訓読 あしひきし山し黄葉(もみち)に雫(しづく)あひに散らむ山道を君し越えまく
私訳 葦や檜の生える山の黄葉の下に、露の雫に出会って、黄葉の散るでしょう山路を貴方が越えて行くのでしょう。

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今日のみそひと歌 木曜日

2014年11月27日 | 万葉 みそひと謌
今日のみそひと歌 木曜日

集歌3277 眠不睡 吾思君者 何處邊 今身誰与可 雖待不来
訓読 眠(い)も睡(ね)ず吾が思ふ君は何処辺(いづくへ)に今の身誰与か待てど来まさぬ
私訳 うつらうつらと居眠りをすることもなく、私が慕う貴方を「一体、どこで、今、貴方の体は誰のもの」でしょうかと、待っていても貴方は私の許にやって来ません。

集歌3279 蘆垣之 末掻別而 君越跡 人丹勿告 事者棚知
訓読 葦(あし)垣(かき)し末かき分けに君越ゆと人にな告げそ事(こと)はたな知る
私訳 葦が生い茂る道を掻き分けて貴女の恋人が越えて行くと、あの貴女(ひと)には告げるな。私に突然に逢うことで、あの貴女はそのことを知るでしょう。

集歌3282 衣袖丹 山下吹而 寒夜乎 君不来者 獨鴨寐
訓読 衣手(ころもて)にあらしの吹きに寒き夜を君来まさずはひとりかも寝む
私訳 衣の袖に嵐の風が吹いて来て寒い夜を貴方が御出でにならないと、私一人で寝ることでしょう。

集歌3283 今更 戀友君尓 相目八毛 眠夜乎不落 夢所見欲
訓読 今さらに恋ふとも君に逢はめやも寝(ぬ)る夜をおちず夢に見えこそ
私訳 今さらに恋する相手の貴方に逢うことがあるでしょうか、寝る夜には欠かさずに夢に貴方の姿を見せて欲しい。

集歌3285 足千根乃 母尓毛不謂 裹有之 心者縦 君之随意
訓読 たらちねの母にも告(の)らず包(つつ)めりし心はよしゑ君のまにまに
私訳 心を満たしてくれる実母にも相談せずに、心に包み込んだ気持は、ままよ、貴方のお気持ちのままに。

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今日のみそひと歌 水曜日

2014年11月26日 | 万葉 みそひと謌
今日のみそひと歌 水曜日

集歌2400 伊田何 極太甚 利心 及失 念戀故
訓読 いで如何(いか)しここだはなはだ利心(とごころ)し失(う)するまで思(も)ふ恋ゆゑにこそ
私訳 さあどうなるのだろう。これほどはっきりとした冷静な気持ちを失くしてしまうと思うまで、貴女を抱きたいと思うためでしょう。

集歌2401 戀死 ゞゞ哉 我妹 吾家門 過行
訓読 恋ひ死なば恋ひも死ぬとや我妹子し吾家(わがへ)し門(かど)し過ぎて行くらむ
私訳 貴女に恋してその恋の苦しみに私が死ねば、やっと、その恋の苦しみも死ぬようだ。私の愛しい貴女が、私の家の前を通り過ぎて行ってしまう。

集歌2402 妹當 遠見者 恠 吾戀 相依無
訓読 妹しあたり遠きし見れば怪(あや)しくも吾(あれ)し恋(こ)ふるも逢ふよしなしに
私訳 私の愛しい貴女の姿を遥か遠くに見ると、どのようにして私は貴女に恋をしていても、もう、逢うことが出来なくなる。

集歌2403 玉久世 清川原 身祓為 齋命 妹為
訓読 玉久世(たまくせ)し清き川原し身秡(みそぎ)して斎(いは)ふ御言し妹しためこそ
私訳 樺井月神社のそばの美しい久世の清らかな川原で禊して祈る御言葉は、愛する貴女のためだけ。

集歌2404 思依 見依 物有 一日間 忘念
訓読 思ひ寄り見ては寄りにしものあらば一日(ひとひ)し間(ほど)も忘れて思へや
私訳 恋い焦がれる思いを寄せ、互いに抱き合って、身も心も貴女に寄せたのですから、一日の間だって貴女のことを忘れたと思いますか。

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