竹取翁と万葉集のお勉強

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万葉集 長歌を鑑賞する 集歌4211

2019年06月30日 | 万葉集 長歌を楽しむ
万葉集 長歌を鑑賞する 集歌4211

追同處女墓謌一首并短謌
標訓 追ひて處女(をとめ)の墓(つか)の謌に同(こた)へる一首并せて短謌
集歌4211 古尓 有家流和射乃 久須婆之伎 事跡言継 知努乎登古 宇奈比牡子乃 宇都勢美能 名乎競争等 玉剋 壽毛須底弖 相争尓 嬬問為家留 感嬬等之 聞者悲左 春花乃 尓太要盛而 秋葉之 尓保比尓照有 惜 身之壮尚 大夫之 語勞美 父母尓 啓別而 離家 海邊尓出立 朝暮尓 満来潮之 八隔浪尓 靡珠藻乃 節間毛 惜命乎 露霜之 過麻之尓家礼 奥墓乎 此間定而 後代之 聞継人毛 伊也遠尓 思努比尓勢餘等 黄楊小櫛 之賀左志家良之 生而靡有  (感は女+感の当字)

<標準的な解釈(「萬葉集 釋注」伊藤博、集英社文庫)>
訓読 いにしへに ありけるわざの くすばしき 事と言ひ継ぐ 茅渟壮士(ちぬをとこ) 菟原壮士(うなひをとこ)の うつせみの 名を争ふと たまきはる 命(いのち)も捨てて 争ひに 嬬(つま)とひしける 娘子(をとめ)らが 聞けば悲しさ 春花の にほえ栄えて 秋の葉の にほひに照れる あたらしき 身の盛りすら ますらをの 語(こと)労(いた)はしみ 父母に 申し別れて 家(いえ)離(さか)り 海辺に出で立ち 朝夕(あさよひ)に 満ち来る潮の 八重波に 靡く玉藻の 節の間も 惜しき命を 露霜の 過ぎましにけれ 奥(おく)つ城(き)を ここと定めて 後の世(よ)の 聞き継ぐ人も いや遠(とほ)に 偲(しの)ひにせよと 黄楊(つげ)小櫛(をぐし) しか刺しけらし 生(お)ひて靡(なび)けり
意訳 遠き遥かなる世にあったという出来事で、世にも珍しい話と云い伝えている、茅渟壮士と菟原壮士とが、この世の名誉にかけても負けてなるかと、命がけで先を争って妻どいしたという、その娘子の話は聞くもあわれだ。春の花さながらに照り栄え、秋の葉さながらに光り輝いている、そんなもったいない女盛りの身なのに、二人の壮士の言い寄る言葉をつらいことと思い、父母に暇乞いをして家をあとに海辺に佇み、朝に夕に満ちてくる潮の、幾重もの波に靡く玉藻、その玉藻の節の間ほどのあいだも惜しい命なのに、冷たい露の消えるようにはかなくなってしまわれたとは。それでお墓をここと定めて、のちの世の聞き伝える人もいついつまでも偲ぶよすがにしてほしいと、娘子の黄楊の小櫛をそんなふうに墓に刺したのであるらしい。それが生い茂ってそちらに靡いている。

<西本願寺本万葉集の原文を忠実に訓むときの解釈>
訓読 古(いにしへ)に ありける業(わざ)の 竒(くす)ばしき 事と言ひ継ぐ 智渟壮士(ちぬをとこ) 菟原壮士(うなひをとこ)の 現世(うつせみ)の 名を争ふと たまきはる 命(いのち)も捨てて 争ひに 嬬問(つまと)ひしける 処女(をとめ)らし 聞けば悲しさ 春花の にほえ栄えて 秋し葉し にほひに照れる 惜しき 身し盛りすら 大夫(ますらを)し 語(い)いたはしみ 父母に 申し別れて 家(いえ)離(さか)り 海辺に出で立ち 朝夕(あさよひ)に 満ち来る潮し 八重波に 靡く玉藻の 節の間も 惜しき命を 露霜し 過ぎましにけれ 奥墓(おくつき)を ここと定めて 後し代し 聞き継ぐ人も いや遠に 偲ひにせよと 黄楊(つげ)小櫛(をぐし) しか刺しけらし 生(お)ひて靡けり
私訳 昔にあった出来事で、不思議なことと語り継がれて来た、智渟壮士と菟原壮士との世間の評判を競うとして、寿命を刻む、その命をも捨てて争うのに、二人が妻問いした乙女の話を聞けば悲しい事です。春の花が咲き誇り、秋には葉が黄葉して輝く、そのように輝く、惜しい身の盛りすら、立派な大夫たちの言葉を悲しんで、父母にこの世の暇を乞い、家を離れて海辺に出で立ち、朝夕に満ち来る潮の、たくさんの打ち寄せる波に靡く美しい藻の、その短い節のようなわずかのこの世の間も、惜しい命を、はかない露霜のように、乙女はこの世を過ぎ去ってしまったけれど、墓をここと定めて、後年に物語を聞き継ぐ人も、一層遠く、偲ぶよすがにしなさいと、黄楊の小さい櫛をこのように墓に捧げて手向けたらしい。それが育ってこのように葉を風に靡かせている。

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万葉雑記 色眼鏡 三二五 今週のみそひと歌を振り返る その一四五

2019年06月29日 | 万葉集 雑記
万葉雑記 色眼鏡 三二五 今週のみそひと歌を振り返る その一四五

 先週の後半から巻十六 有由縁并雜謌に入り、鑑賞しています。本来ですとこの巻十六に載る短歌は基となる長歌や前置漢文、左注の漢文などとともに鑑賞すべきですが、弊ブログの遊び方のルールにより分離して鑑賞しています。
 この巻十六は「有由縁并雜謌(由縁あるものに併せてくさぐさの歌)」と紹介するように、いろいろな種類の歌が集められています。今週の歌の中から、全体像が判るように一つの作品をすべて紹介します。作品は集歌3804の歌につけられた前置漢文から集歌3806の歌の左注までが一つの作品群となっています。

昔者有壮士。新成婚礼也。未經幾時忽為驛使、被遣遠境。公事有限、會期無日。於是娘子、感慟悽愴沈臥疾疹。累年之後、壮士還来、覆命既了。乃詣相視、而娘子之姿容疲羸甚異、言語哽咽。于時、壮士哀嘆流涙、裁謌口号。其謌一首
標訓 昔者(むかし)、壮士(をとこ)有りき。新たに婚礼を成せり。未だ幾時(いくばく)も經ずして、忽(たちま)ちに驛使(はゆまつかひ)と為し、遠き境に遣(つかは)さゆ。公事(くじ)に限(かきり)有り、會期(かいき)に日無し。ここに娘子(をとめ)、感慟(なげ)き悽愴(いた)みて疾疹(やまひ)に沈み臥(こや)りき。年を累ねて後に、壮士還り来りて、覆(かへりごと)命(まを)すこと既に了(をは)りぬ。乃(すなは)ち詣(まい)りて相視るに、娘子の姿容(かほ)の疲羸(ひるい)は甚(いた)く異(け)に、言語(ことば)は哽咽(こうえつ)せり。時に、壮士哀嘆(かなし)びて涙を流し、謌を裁(つく)り口号(くちずさ)みき。其の謌一首
標訳 昔、男がいた。新たに婚礼を行った。未だ幾らも経たない内に、急に駅使に選任され、遠い国に遣わされた。公(おおやけ)の仕事には規定があるため、二人が私(わたくし)に会う日は無い。そこで娘は、嘆き悲しんで病に罹り床に伏してしまった。年をかさねた後に、男が故郷に帰ってきて、その任務の完了の報告を既に終えた。そして、娘の処にやって来て互いに姿を見ると、娘の姿・顔形はやつれ果てて酷く面変わりしていて、言葉はむせぶばかりであった。その時、男は悲しんで涙を流し、歌を作り口ずさんだ。その歌の一首。

集歌3804 如是耳尓 有家流物乎 猪名川之 奥乎深目而 吾念有来
訓読 かくのみにありけるものを猪名(ゐな)川(かは)し奥(おき)を深めに吾が思(も)へりけり
私訳 通り一遍の間柄だけだと思っていたが、そうではない、猪名川の川底ほどに深く私は貴女を慕っていたよ。

娘子臥聞夫君之謌、従枕擧頭應聲和謌一首
標訓 娘子の臥して夫(せ)の君の謌を聞き、枕より頭(かしら)を擧(あ)げて聲に應へて和(こた)へたる謌一首
集歌3805 焉玉之 黒髪所沾而 沫雪之 零也来座 幾許戀者
訓読 ぬばたまし黒髪濡れに沫雪(あはゆき)し降るにや来(き)ますここだ恋ふれば
私訳 漆黒の黒髪は濡れて、沫雪が降るのにかかわらず貴方はやって来ました。私がこれほどに慕っていたから。
左注 今案、此謌、其夫、被使既經累載而當還時、雪落之冬也。因斯娘子作此沫雪之句歟
注訓 今案(かむが)ふるに、この謌は、その夫(せ)の、使を被(こほむ)り既に累載(るいさい)を經て還る時に當り、雪落(ふ)る冬なりき。これに因りて娘子(をとめ)この沫雪の句(うた)を作れるか。
注意 集歌3805の歌で「焉玉」の「焉」は「焉烏(エンウ)」の言葉から「烏」の当字で、「烏玉」を表すため、誤字ではありません。逆に、焉玉と記すことで、その語意から黒い髪に雪がまばらに積もる情景が出てきます。

集歌3806 事之有者 小泊瀬山乃 石城尓母 隠者共尓 莫思吾背
訓読 事しあらば小泊瀬山(をはつせやま)の石城(いはき)にも隠(こも)らばともにな思ひそ吾が背
私訳 もし、何かがあって小泊瀬山のお墓に入ることがあるなら、貴方と二人一緒です。そんなに、色々と心配しないで、私の貴方。
左注 右傳云、時有女子。不知父母竊接壮士也。壮士、悚惕其親呵嘖、稍有猶預之意。因此娘子裁作斯謌贈歟、其夫也
注訓 右は傳へて云はく、「時に女子(をみな)あり。父母に知らずて竊(ひそか)に壮士(をとこ)と接(まじ)はる。壮士、其の親の呵嘖(のら)はむことを悚惕(おそ)りて稍(やくやく)に猶(なほ)預(よ)ふ意(こころ)あり。これに因りて娘子、斯(こ)の謌を裁作(つく)りて贈るか。その夫(せ)なりや」と。
注訳 右は伝えて云うには「時に女が居た。両親に知らすことなく密かに男と男女の交わりをした。その男は女の親に叱責されることを怖れて、ぐずぐずと躊躇する気持ちがあった。そのために娘はこの歌を作って男に贈ったのだろうか。その恋人なのだろうか」という。

 この歌の内容からしますと、万葉集に最初に載せられた時点では集歌3804の歌の前置漢文と和歌三首に集歌3805の歌の標題だけだったと思われます。その後、二十巻本万葉集の整備が終わり、それが世に伝わり始めた平安時代中期以降の写本や解釈時代に集歌3805の歌や集歌3806の歌の左注が付けられたのでしょう。
 すると、面白いことが判ります。
 集歌3805の歌の左注は、注釈を書き加えた人の個人的な鑑賞を載せていますが、集歌3806の歌の左注では万葉集解釈の師匠が為した解釈を評価・評論することなくそのままに書写の時に書き加えています。当然、歌の鑑賞態度からすると集歌3805の歌の左注の人と集歌3806の歌の左注の人とは別人でしょうから、この時点までに少なくとも2回ほど写本が行われ、注訓が加えられたと思われます。
 左注からしますと、集歌3805の歌の左注はまず納得がいきますが、集歌3806の歌の左注が想像したものは集歌3804の歌の前置漢文で示す内容とは相違します。まず、変な解釈です。そこで左注を書き加えた人は「右傳云」の言葉を書き加え「私の解釈ではなく、師匠の解釈です」と逃げ出しています。
 もし、集歌3806の歌を解釈した師匠が、万葉集全体を講釈しているのですと、非常に困った話です。それと、そのような変な解釈が和歌道の中で師匠と云う権威と云う形で伝承されているとしますと、間違いを正せない和歌道というものの怖さを感じます。少なくとも、元暦校本時代以降に訂正や批判がありませんから、鎌倉時代の和歌道では師匠の解釈の訂正や批判は良くないことだったのでしょう。

 奈良時代中期以前、地域で驛使の御用を受けるような知識階級の男と正式な婚姻をするような娘は一定の資力を持つような有力者の子女でしょう。妻問ひ婚の時代ですから娘は実家で病床に就いていたとしますと、その地域での医療水準での看護を受けていたと考えます。
 そこからしますと、歌が詠われたとき娘は回復不能な状態の床にあり、そのような状態での夫と妻との相聞問答歌と考えるのが相当です。そこで集歌3806の歌で娘は「この世では御用があり夫婦事は出来なかったが、死んだ後には同じ墓に入り、あの世で夫婦事をしたい」と歌ったのでしょう。この問答が理解できるか、どうかで、集歌3806の歌の左注に「右傳云」という言葉を入れる感覚なのでしょう。

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再読、今日のみそひと謌 金

2019年06月28日 | 再読、今日のみそひと...
再読、今日のみそひと謌 金

集歌3820 夕附日 指哉河邊尓 構屋之 形乎宜美 諾所因来
訓読 夕づく日さすや川辺(かはへ)に作る屋(や)し形(かた)をよろしみ諾(うべ)そよさけり
私訳 夕べの太陽、夕日が射している川辺に立っている家の形を美しく思う。そうだなあ、思い出があるなあ。

兒部女王嗤謌一首
標訓 兒部女王(こべのおほきみ)の嗤(わら)へる謌一首
集歌3821 美麗物 何所不飽矣 坂門等之 角乃布久礼尓 四具比相尓計六
訓読 美麗(うま)しものいづく飽(あ)かじを尺度(さかと)らし角(つの)のふくれに四隅(しぐふ)相にけむ
私訳 美しく華麗な女性はどんな男とも婚姻できるのに、尺度の娘は角を使った骨卜と方角の吉凶卜で男と結婚した。

古謌曰
標訓 古き謌に曰はく
集歌3822 橘 寺之長屋尓 吾率宿之 童女波奈理波 髪上都良武可
訓読 橘し寺し長屋に我が率(ゐ)寝(ね)し童女(をとめ)放髪(はなり)は髪上げつらむか
私訳 橘の寺の長屋に私が引き込んで抱いたまだ童女でお下げ髪の児は、もう、一人前の娘になり髪上げの儀をしただろうか。

决云
標訓 决(さだ)めて云ふ
標訳 評論して詠う
集歌3823 橘之 光有長屋尓 吾率宿之 宇奈為放尓 髪擧都良武香
訓読 橘し照れる長屋に我が率(ゐ)寝(ね)し放髪(うなゐ)丱(はなり)に髪上げつらむか
私訳 橘にある新しく輝く長屋に私が引き込んで抱いた、その娘は髪形を「丱」の形に髪上げしただろうか。

長忌寸意吉麻呂謌八首
標訓 長忌寸意吉麻呂の歌八首
集歌3824 刺名倍尓 湯和可世子等 櫟津乃 桧橋従来許武 狐尓安牟佐武
訓読 さし鍋に湯沸かせ勢子ども櫟津(いちひつ)の桧橋(ひばし)より来こむ狐(きつね)に浴(あ)むさむ
私訳 さし鍋に湯を沸かせ、勢子たち。櫟津の桧橋から来る狐に湯を浴びせかけてやろう。
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再読、今日のみそひと謌 木

2019年06月27日 | 再読、今日のみそひと...
再読、今日のみそひと謌 木

答謌一首
標訓 答へたる謌一首
集歌3815 白玉之 緒絶者信 雖然 其緒又貫 人持去家有
訓読 白玉し緒(を)絶(た)えはまことしかれどもその緒また貫(ぬ)き人持ち去にけり
私訳 白玉の緒が切れたことは本当にそうですが、その切れた緒を白玉に通して他の人が持ち去ってしまいました。

穂積親王御謌一首
標訓 穂積親王の御謌一首
集歌3816 家尓有之 櫃尓鑰刺 蔵而師 戀乃奴之 束見懸而
訓読 家にありし櫃(ひつ)にかぎさし蔵(をさ)めにし恋の奴(やつこ)しつかみかかりに
私訳 家に置いてある櫃に鍵を掛けて人目を避けて大切に納めておいた恋心の奴が、掴みかかってきて。

集歌3817 可流羽須波 田廬乃毛等尓 吾兄子者 二布夫尓咲而 立麻為所見 (田廬者多夫世反)
訓読 かる臼(うす)は田廬(たぶせ)の本(もと)に吾が背子はにふぶに笑(ゑ)みに立ちませそ見ゆ (田廬は「たぶせ」の反)
私訳 (二人で搗く)唐臼(からうす)は田圃の伏屋の中にあると、私の愛しい貴方が私ににこにこと微笑んで立っておいでなるのが見える。

集歌3818 朝霞 香火屋之下乃 鳴川津 之努比管有常 将告兒毛欲得
訓読 朝霞(あさか)鹿火屋(かひや)し下(した)の鳴くかはづ偲ひつつありと告げむ子もがも
私訳 朝霞の中に鹿火屋の下で鳴く蛙、カジカ蛙の啼き声のように「しのひつ、しのひつ」と恋を告げてくれる娘(こ)はいないだろうか。

集歌3819 暮立之 雨打零者 春日野之 草花之末乃 白露於母保遊
訓読 夕立し雨うち降れば春日野の尾花(をばな)し末(うれ)の白露思ほゆ
私訳 夕立の雨がひとしきり降ると、春日の野に咲く尾花の穂先の白露がつく季節を感じます。

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再読、今日のみそひと謌 水

2019年06月26日 | 再読、今日のみそひと...
再読、今日のみそひと謌 水

集歌3809 商變 領為跡之御法 有者許曽 吾下衣 反賜米
訓読 商(あき)変(かは)り領(し)らすとし御法(みのり)あらばこそ我が下衣返し給はめ
私訳 買った品物を返して商売がなかったとすることを許す法律があるのだから、貴方が抱いた私の想いとその体を元のようにして返してください。

集歌3810 味飯乎 水尓醸成 吾待之 代者曽無 直尓之不有者
訓読 味飯(うまいひ)を水に醸(か)みなし吾が待ちし代(かひ)はかてなし直(ただ)にしあらねば
私訳 上等な飯を水と共に口醸みして私が待っていた酒が出来上がる時期、その私が待っていた甲斐は、全くない。貴方本人が現れないのでは。
参考訳
別訳 上等な飯を水と共に口醸みして造り私が待つ酒よ。それが代わりの粕湯酒ではしょうがない。本物の清酒でなければ。

反謌
集歌3812 卜部乎毛 八十乃衢毛 占雖問 君乎相見 多時不知毛
訓読 占部(うらへ)をも八十(やそ)の衢(ちまた)も占(うら)問へど君を相見むたどき知らずも
私訳 卜の斎瓮にも、八十の辻の辻占にも占い問うが、貴方に直接に逢う手段を知ることがない。

或本反謌曰
標訓 或る本の反謌に曰はく
集歌3813 吾命者 惜雲不有 散退良布 君尓依而曽 長欲為
訓読 吾が命は惜しくもあらず散(さ)退(た)つらふ君によりてぞ長く欲(ほ)りせし
私訳 私の命は惜しくはありません。ただ、私を避けた貴方に寄り添い、長く居たいと思うだけです。

贈謌一首
標訓 贈れる謌一首
集歌3814 真珠者 緒絶為尓伎登 聞之故尓 其緒復貫 吾玉尓将為
訓読 真珠(しらたま)は緒(を)絶(た)えしにきと聞きしゆゑにその緒また貫(ぬ)き吾が玉にせむ
私訳 真珠は緒が切れてしまったと聞いたので、その切れた緒をまた真珠に通して私の宝物の玉にしよう。

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