竹取翁と万葉集のお勉強

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万葉集巻八を鑑賞する  集歌1600から集歌1619まで

2012年01月30日 | 万葉集 旧読解
万葉集巻八を鑑賞する


内舎人石川朝臣廣成謌二首
標訓 内舎人(うとねり)石川朝臣廣成(ひろなり)の謌二首
集歌1600 妻戀尓 鹿鳴山邊之 秋芽子者 露霜寒 盛須疑由君
訓読 妻(つま)恋(こ)ひに鹿(か)鳴く山辺(やまへ)し秋萩は露(つゆ)霜(しも)寒(さぶ)み盛(さか)り過ぎゆく

私訳 妻を恋しいと鹿が啼く山辺の秋萩は、露や霜を寒いと花の盛りを過ぎて行くのでしょう。


集歌1601 目頬布 君之家有 波奈須為寸 穂出秋乃 過良久惜母
訓読 めづらしき君し家なる花(はな)薄(すすき)穂に出(い)づる秋の過ぐらく惜しも

私訳 お慕いする貴方の家に生える花薄、その花穂が出てくる秋が過ぎていくの残念です。


大伴宿祢家持鹿鳴謌二首
標訓 大伴宿祢家持の鹿の鳴ける謌二首
集歌1602 山妣姑乃 相響左右 妻戀尓 鹿鳴山邊尓 獨耳為手
訓読 山彦(やまひこ)の相(あひ)響(とよ)むさへ妻(つま)恋(こ)ひに鹿(か)鳴く山辺(やまへ)に独りのみして

私訳 山彦が響きあうほどに妻を恋うて鹿が啼く山辺に、私独りしか居ない。


集歌1603 項者之 朝開尓聞者 足日木篦 山乎令響 狭尾鹿鳴哭
訓読 項(うなぢ)はし朝開(あさけ)に聞けばあしひきの山を響(とよ)めてさ雄鹿(をしか)鳴くも

私訳 枕許で朝開けに耳を澄ませると、足を引きずるような険しい山に声を響かせて角の立派な鹿が啼いている。

右二首、天平十五年癸未八月十六日作。
注訓 右の二首は、天平十五年癸未八月十六日に作れり。

注意 原文の「項者之」の「項」は「頃」の、「山乎令響」の「乎」は「呼」の誤記とし、また「狭尾鹿鳴哭」に「壮」の一字を補記し、つぎのような歌とします。

校訂 頃者之 朝開尓聞者 足日木篦 山呼令響 狭尾壮鹿鳴哭
校訓 このころは朝開(あさけ)に聞けばあしひきの山呼(よ)び響(とよ)めてさ雄鹿(をしか)鳴くも


大原真人今城傷惜寧樂故郷謌一首
標訓 大原真人今城の寧樂の故郷を傷(いた)み惜みたる謌一首
集歌1604 秋去者 春日山之 黄葉見流 寧樂乃京師乃 荒良久惜毛
訓読 秋されば春日(かすが)し山し黄葉(もみち)見る奈良の都の荒るらく惜しも

私訳 秋がやって来ると春日の山の黄葉を眺める、その景色を眺める処の奈良の都が荒れていくのが残念です。


大伴宿祢家持謌一首
標訓 大伴宿祢家持の謌一首
集歌1605 高圓之 野邊乃秋芽子 此日之 暁露尓 開兼可聞
訓読 高円(たかまど)し野辺の秋萩このころし暁(あかとき)露(つゆ)に咲きにけむかも

私訳 高円の野辺の秋萩よ、この頃の暁の露に遇って、その花は咲いたでしょう。


秋相聞
標訓 秋の相聞

額田王思近江天皇作謌一首
標訓 額田王の近江天皇を思(しの)ひて作れる謌一首
集歌1606 君待跡 吾戀居者 我屋戸乃 簾令動 秋之風吹
訓読 君待つと吾が恋ひをれば我が屋戸(やと)の簾(すだれ)動かし秋し風吹く

私訳 あの人の訪れを私が恋しく想って待っていると、あの人の訪れのように私の屋敷の簾を揺らして秋の風が吹きました。


鏡王女作謌一首
標訓 鏡(かがみの)王女(おほきみ)の作れる謌一首
集歌1607 風乎谷 戀者乏 風乎谷 将来常思待者 何如将嘆
訓読 風をだに恋ふるは乏(とぼ)し風をだに来(こ)むとし待たば何か嘆(なげ)かむ

私訳 風が簾を動かすだけでも想い人の訪れと、その想い人を恋しく想うことは、もう、私にはありません。あの人の香りだけでも思い出すような風が吹いてこないかなと思えると、どうして、今の自分を嘆きましょうか。


弓削皇子御謌一首
標訓 弓削皇子の御謌(おほみうた)一首
集歌1608 秋芽子之 上尓置有 白露乃 消可毛思奈萬思 戀管不有者
訓読 秋萩し上(うへ)に置きたる白露の消(け)かもしなまし恋ひつつあらずは

私訳 秋萩の上に置いた白露のように消えてしまいましょうか、貴女を恋い慕うだけなら。


丹比真人謌一首 (名闕)
標訓 丹比真人の謌一首 (名は闕(か)けたり)
集歌1609 宇陀乃野之 秋芽子師弩藝 鳴鹿毛 妻尓戀樂苦 我者不益
訓読 宇陀(うだ)の野し秋萩しのぎ鳴く鹿も妻に恋らくく我は益(まさ)らじ

私訳 宇陀の野の秋萩を押し退けて鳴く鹿も妻に恋い慕いその苦をも楽しむ、その恋の苦しみを楽しむことは私には出来ない。


丹生女王贈大宰帥大伴卿謌一首
標訓 丹生女王(にふのおほきみ)の大宰帥大伴卿に贈りたる謌一首
集歌1610 高圓之 秋野上乃 瞿麦之花 丁牡香見 人之挿頭師 瞿麦之花
訓読 高円(たかまど)し秋野し上(うへ)の撫子(なでしこ)し花うら若(わか)み人し挿頭(かざし)し撫子(なでしこ)し花

私訳 高円の秋の野のほとりの撫子の花、若々しいので人の髪に挿した撫子の花。

注意 原文の「丁牡香見」の「牡」は、一般に「壮」の誤記とします。


笠縫女王謌一首  六人部王之女、母曰田形皇女也
標訓 笠縫女王(かさぬひのおほきみ)の謌一首  六人部王(むとべのおほきみ)の女(むすめ)、母は曰はく「田形皇女(たがたのひめみこ)なり」といへり
集歌1611 足日木乃 山下響 鳴鹿之 事乏可母 吾情都末
訓読 あしひきの山下響(とよ)め鳴く鹿し事乏(とも)しかも吾が情(こころ)麗(つま)

私訳 葦や桧の茂る山の麓に声を響かせて鳴く鹿の妻を呼ぶ姿に、ふと、吾を忘れてしまうでしょう。私の愛しい貴方。


石川賀係女郎謌一首
標訓 石川(いしかわの)賀係女郎(かけのいらつめ)の謌一首
集歌1612 神佐夫等 不許者不有 秋草乃 結之紐乎 解者悲哭
訓読 神さぶと不許(いな)ぶにはあらね秋草の結びし紐を解(と)くは悲しも

私訳 神のように年老い長生きているからと断るのではありません。秋草ような歳枯れた私が結んだ衣の紐を、貴方のために解く(=抱かれる)のが恥ずかしいのです。


賀茂女王謌一首  長屋王之女、母曰阿倍朝臣也
標訓 賀茂女王(かものおほきみ)の謌一首  長屋王の女、母は曰はく「阿倍朝臣なり」といへり
集歌1613 秋野乎 旦徃鹿乃 跡毛奈久 念之君尓 相有今夜香
訓読 秋し野を朝(あさ)往(い)く鹿の跡(あと)もなく念(おも)ひし君に逢へる今夜(こよひ)か

私訳 秋の野を朝に行く鹿の行方も知れないように、恋の行方も判らずに慕っていた貴方に逢えた今夜です。

右歌、或云椋橋部女王作。或云笠縫女王作。
注訓 右の歌は、或は云はく「椋橋部女王の作れり」といへり。或は云はく「笠縫女王の作れり」といへり。


遠江守櫻井王奉天皇謌一首
標訓 遠江守櫻井王(さくらいのおほきみ)の天皇(すめらみこと)に奉(たてま)つりしし謌一首
集歌1614 九月之 其始鴈乃 使尓毛 念心者 可聞来奴鴨
訓読 九月(ながつき)しその初雁(はつかり)の使(つかひ)にも念(おも)ふ心は聞かも来(こ)ぬかも

私訳 九月になるとやって来る、その初雁の「故郷に戻りたいと云う便りの使い」と云う故事のような私の気持を、お察しにならないでしょうか。

注意 原文の「可聞来奴鴨」の「可」は、一般に「所」の誤記とし「所聞来奴鴨」と表わし「聞こえ来ぬかも」と訓みます。


天皇賜報和御謌一首
標訓 天皇(すめらみこと)の報和(こた)へ賜(たま)へる御謌(おほみうた)一首
集歌1615 大乃浦之 其長濱尓 縁流浪 寛公乎 念此日 (大浦者遠江國之海濱名也)
訓読 大(おほ)の浦しその長浜に寄する浪寛(ゆた)けく公を念(おも)ふこの日 (大の浦は遠江國の海濱(はま)の名なり)

私訳 大の浦のその長浜に寄せ来る浪がゆったりとしているように、広い心を持つ貴方を尊敬した今日です。

注意 原文の「念此日」は「念比日」の誤記とし「思ふこのころ」と訓みます。歌は後漢の蘇武の故事である雁書を踏まえたものです。


笠女郎賜大伴宿祢家持謌一首
標訓 笠女郎(かさのいらつめ)の大伴宿祢家持に賜(たまは)れし謌一首
集歌1616 毎朝 吾見屋戸乃 瞿麦之 花尓毛君波 有許世奴香裳
訓読 朝ごとに吾が見る屋戸(やど)の撫子(なでしこ)し花にも君はありこせぬかも

私訳 朝が来るたびに私が眺める家の撫子の花にも、貴方の面影はないのでしょうか。

注意 標の「笠女郎賜大伴宿祢家持」の「賜」は、一般に「贈」の誤記とします。なお、換字すると、笠女郎と家持との身分関係が不明になりますので、この歌が詠われた時代推定が不能になります。


山口女王賜大伴宿祢家持謌一首
標訓 山口(やまくちの)女王(おほきみ)の大伴宿祢家持に賜(たまは)れし謌一首
集歌1617 秋芽子尓 置有露乃 風吹而 落涙者 留不勝都毛
訓読 秋萩に置きたる露の風吹きて落つる涙は留(とど)めかねつも

私訳 秋萩に置いている露が風が吹いてこぼれ落ちるように、落ちる涙は留めることができません。


湯原王賜娘子謌一首
標訓 湯原王(ゆはらのおほきみ)の娘子(をとめ)に賜(たま)ひし謌一首
集歌1618 玉尓貫 不令消賜良牟 秋芽子乃 宇礼和々良葉尓 置有白露
訓読 玉に貫(ぬ)き消(け)たず賜(たば)らむ秋萩の末(うれ)撓(わわ)らはに置ける白露

私訳 白玉として紐を貫き、ただの露として消さずに私にお与え下さい。秋萩の枝先を撓むように置いている白露を。

注意 標の「湯原王賜娘子謌一首」の「賜」は、一般に「贈」の誤記とします。


大伴家持至姑坂上郎女竹田庄作謌一首
標訓 大伴家持の姑(をば)坂上郎女の竹田庄(たけだのたどころ)に至りて作りたる謌一首
集歌1619 玉桙乃 道者雖遠 愛哉師 妹乎相見尓 出而曽吾来之
訓読 玉桙の道は遠けど愛(は)しきやし妹を相見に出(い)でてぞ吾(あ)が来(こ)し

私訳 美しい鉾を立てる官道のりは遠いけれど、愛しい貴女と互いに逢おうとの訪問です。私は来ました。

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万葉集巻八を鑑賞する  集歌1580から集歌1599まで

2012年01月28日 | 万葉集 旧読解
万葉集巻八を鑑賞する


集歌1580 棹牡鹿之 来立鳴野之 秋芽子者 露霜負而 落去之物乎
訓読 さ雄鹿(をしか)し来(き)立(た)ち鳴く野し秋萩は露(つゆ)霜(しも)負(お)ひて落(ち)り去(い)にしものを

私訳 角の立派な鹿がやって来て立ち鳴く、その野の秋萩は露や霜に受けて散って去ってしまった。

右二首、文忌寸(ふみのいみき)馬養(うまかひ)
天平十年戊寅秋八月廿日
注訓 右の二首は、文忌寸(ふみのいみき)馬養(うまかひ)。
天平十年戊寅秋八月廿日。

注意 原文の「棹牡鹿之」の「牡」は、一般に「壮」の誤記とします。


橘朝臣奈良麻呂結集宴謌十一首
標訓 橘朝臣奈良麻呂の結集(つど)ひて宴(うたげ)せし謌十一首
集歌1581 不手折而 落者惜常 我念之 秋黄葉乎 挿頭鶴鴨
訓読 手折(たを)らずて落(おつ)らば惜(お)しと我が念(も)ひし秋し黄葉(もみち)を挿頭(かざし)つるかも

私訳 手折らないで散らしてしまうと惜しいと私が強く思う秋の黄葉を髪に挿し飾りました。


集歌1582 布将見 人尓令見跡 黄葉乎 手折曽我来師 雨零久仁
訓読 頻(し)きに見む人に見せむと黄葉(もみちは)を手折(たを)りぞ我が来(き)し雨し降らくに

私訳 何度も眺めて、それを人にも見せたいと思って黄葉の枝を手折って私はやって来ました。雨が降っているのに。

右二首、橘朝臣奈良麻呂。
注訓 右の二首は、橘朝臣(たちばなのあそみ)奈良麻呂(ならまろ)

注意 原文の「布将見」の「布」は、「希」の誤記とし「めづらしき」と訓みます。歌意は大幅に変わります。


集歌1583 黄葉乎 令落鐘礼尓 所沾而来而 君之黄葉乎 挿頭鶴鴨
訓読 黄葉(もみちは)を落(ち)らす時雨(しぐれ)に濡れて来(き)て君し黄葉(もみち)を挿頭(かざし)つるかも

私訳 黄葉を散らす時雨に濡れて来た貴方が、その黄葉を髪に挿して飾っている。

右一首、久米女王。
注訓 右の一首は、久米女王(くめのおほきみ)


集歌1584 布将見跡 吾念君者 秋山 始葉尓 似許曽有家礼
訓読 頻(し)き見むと吾が念(も)ふ君は秋山し始めし葉に似こそありけれ

私訳 何度もお逢いしたいと私がお慕いする貴方は、秋の山の黄葉が始まる時の緑に色差す葉が似合っているようです。

右一首、長忌寸娘。
注訓 右の一首は、長忌寸(ながのいみきの)娘(をとめ)

注意 原文の「布将見跡」の「布」は、「希」の誤記とし「めづらしと」と訓みます。歌意は大幅に変わります。また、「秋山」には「乃」を、「始葉尓」には「黄」を補記し、それぞれ「秋山乃」、「始黄葉尓」と表わします。


集歌1585 平山乃 峯之黄葉 取者落 鐘礼能雨師 無間零良志
訓読 奈良山(ならやま)の峯(みね)し黄葉(もみちは)取れば落(ち)る時雨(しぐれ)の雨し間(ま)無く降るらし

私訳 手折って来た奈良山の峰の黄葉を手に取れば散る。黄葉を深める時雨の雨が、止み間無く降っているらしい。

右一首、内舎人縣犬養宿祢吉男。
注訓 右の一首は、内舎人(うとねり)縣犬養宿祢(あがたのいぬかひのすくね)吉男(よしを)

注意 原文の「鐘礼能雨師」の「鐘」は、一般に「鍾」の誤記とします。


集歌1586 黄葉乎 落巻惜見 手折来而 今夜挿頭津 何物可将念
訓読 黄葉(もみちは)を落(ち)らまく惜(お)しみ手折(たを)り来て今夜(こよひ)挿頭(かざし)つ何か念(おも)はむ

私訳 黄葉が散ってしまうのを惜しいと思い手折って来て、今夜、髪に挿し飾った。後は散っても惜しいとは思いません。

右一首、縣犬養宿祢持男。
注訓 右の一首は、縣犬養宿祢(あがたのいぬかひのすくね)持男(もちを)


集歌1587 足引乃 山之黄葉 今夜毛加 浮去良武 山河之瀬尓
訓読 あしひきの山し黄葉(もみちは)今夜(こよひ)もか浮かび去(い)くらむ山川(やまかは)し瀬に

私訳 足を引きずるような険しい山の黄葉は、今夜もでしょうか、水面に浮かび流れ逝くでしょう。山の川の瀬に。

右一首、大伴宿祢書持。
注訓 右の一首は、大伴宿祢書持(ふみもち)


集歌1588 平山乎 令丹黄葉 手折来而 今夜挿頭都 落者雖落
訓読 奈良山(ならやま)を色付(にほ)す黄葉(もみちは)手折(たを)り来て今夜(こよひ)挿頭(かざし)つ落(ち)らば落(ち)るとも
私訳 奈良山を彩る黄葉を手折って来て、今夜、髪に挿し飾りました。もう、散るなら散っても良い。

右一首、之手代人名。
注訓 右の一首は、之手代(こてしろの)人名(ひとな)

注意 左注の「之手代人名」は、一般に「三手代人名」の誤記とします。


集歌1589 露霜尓 逢有黄葉乎 手折来而 妹挿頭都 後者落十方
訓読 露霜(つゆしも)にあへる黄葉(もみち)を手折(たを)り来て妹に挿頭(かざし)つ後(のち)は落(ち)るとも

私訳 露や霜に遇った黄葉を手折って来て、麗しい貴女の髪に飾った後は、散っても良い。

右一首、秦許遍麿。
注訓 右の一首は、秦(はたの)許遍麿(こへまろ)


集歌1590 十月 鐘礼尓相有 黄葉乃 吹者将落 風之随
訓読 十月(かむなつき)時雨(しぐれ)にあへる黄葉(もみちは)の吹かば落(ち)りなむ風しまにまに
私訳 神無月の時雨に遇った黄葉は、風が吹けば散り落ちてしまうでしょう。風の吹くままに。

右一首、大伴宿祢池主。
注訓 右の一首は、大伴宿祢池主(いけぬし)

注意 原文の「鐘礼尓相有」の「鐘」は、一般に「鍾」の誤記とします。


集歌1591 黄葉乃 過麻久惜美 思共 遊今夜者 不開毛有奴香
訓読 黄葉(もみちは)の過ぎまく惜しみ思ふどち遊ぶ今夜(こよひ)は明けずもあらぬか

私訳 黄葉の季節が過ぎ行くの惜しと思える人たちが風流を楽しむ今夜は、夜が明けないでくれないものか。

右一首、内舎人大伴宿祢家持。
以前冬十月十七日、集於右大臣橘卿之舊宅宴飲也。
注訓 右の一首は、内舎人大伴宿祢家持。
以前(さき)の冬十月十七日に、右大臣橘卿の旧(ふる)き宅(いへ)に集(つど)ひて宴飲(うたげ)せしなり。


大伴坂上郎女竹田庄作謌二首
標訓 大伴坂上郎女の竹田庄(たけたのたどころ)にて作りたる謌二首
集歌1592 然不有 五百代小田乎 苅乱 田蘆尓居者 京師所念
訓読 然(しか)あらぬ五百代(いほしろ)小田(をた)を刈り乱(みだ)し田廬(たふせ)に居(を)れば都し思ほゆ

私訳 大したことのない五百代の小さな田を刈り乱し、仮小屋に居ると奈良の都が恋しいことです。


集歌1593 隠口乃 始瀬山者 色附奴 鐘礼乃雨者 零尓家良思母
訓読 隠口(こもくり)の泊瀬(はつせ)し山は色付きぬ時雨(しぐれ)の雨は降りにけらしも

私訳 死者が隠れる泊瀬の山は色付きました。時雨の雨が降ったのでしょう。

右、天平十一年己卯秋九月作。
注訓 右は、天平十一年己卯秋九月に作れり。

注意 原文の「鐘礼乃雨者」の「鐘」は、一般に「鍾」の誤記とします。


佛前唱謌一首
標訓 佛の前で唱(うた)ひたる謌一首
集歌1594 思具礼能雨 無間莫零 紅尓 丹保敝流山之 落巻惜毛
訓読 時雨(しぐれ)の雨間(ま)なくな降りそ紅(くれなゐ)に色付(にほへ)る山し落(ち)りまく惜しも

私訳 時雨の雨よ、絶え間なく降るでない。雨に打たれて、紅に染まる山の紅葉が散るのが惜しい。

右、冬十月皇后宮之維摩講、終日供養大唐高麗等種々音樂、尓乃唱此歌詞。弾琴者市原王、忍坂王(後賜姓大原真人赤麻呂也) 歌子者田口朝臣家守、河邊朝臣東人、置始連長谷等十數人也。

注訓 右は、冬十月の皇后宮(きさきのみや)の維摩講に、終日(ひねもす)大唐・高麗等の種々(くさぐさ)の音樂を供養し、尓(しかるのち)の此の歌詞(うた)を唱(うた)ふ。弾琴(ことひき)は市原王(いちはらのおほきみ)、忍坂王(おさかのおほきみ)(後に姓(かばね)、大原真人赤麻呂を賜へり) 歌子(うたひと)は田口朝臣家守、河邊朝臣東人、置始連(おきそめのむらじ)長谷(はつせ)等(たち)の十數人なり。


大伴宿祢像見謌一首
標訓 大伴宿祢像見(かたみ)の謌一首
集歌1595 秋芽子乃 枝毛十尾二 降露乃 消者雖消 色出目八方
訓読 秋萩の枝も撓(とをを)に降る露の消(け)なば消ぬとも色に出(い)でめやも

私訳 秋萩の枝も撓むほどに降る露の、その露のように、はかなく消えるなら消えたとしても、けっして、目立つように心を顕すことはありません。

注意 露は置くと云うのが本来ですので、情景は秋の淡い霧雨でしょうか。


大伴宿祢家持到娘子門作謌一首
標訓 大伴宿祢家持の娘子(をとめ)の門(かど)に到りて作りたる謌一首
集歌1596 妹家之 門田乎見跡 打出来之 情毛知久 照月夜鴨
訓読 妹し家(へ)し門田(かどた)を見むとうち出で来し情(こころ)もしるく照る月夜(つくよ)かも

私訳 愛しい貴女の家の門の前の田を眺めようと私の家を出てやって来た。その気持ちを証すかのように明るく照らす月夜です。


大伴宿祢家持秋謌三首
標訓 大伴宿祢家持の秋の謌三首
集歌1597 秋野尓 開流秋芽子 秋風尓 靡流上尓 秋露置有
訓読 秋し野に咲ける秋萩秋風に靡ける上に秋し露置く

私訳 秋の野に咲く秋萩、秋の風に靡いている花枝の上に秋の露が置いている。


集歌1598 棹牡鹿之 朝立野邊乃 秋芽子尓 玉跡見左右 置有白露
訓読 さ雄鹿(をしか)し朝立(あさた)つ野辺の秋萩に玉と見るまで置ける白露

私訳 角の立派な鹿が朝に立っている野辺に咲く秋萩に、真珠かと思えるほどに降りた白露よ。

注意 原文の「棹牡鹿之」の「牡」は、一般に「壮」の誤記とします。


集歌1599 狭尾牡鹿乃 胸別尓可毛 秋芽子乃 散過鶏類 盛可毛行流
訓読 さ雄鹿(をしか)の胸別(むねわけ)にかも秋萩の散り過ぎにける盛(さか)りかも去(い)ぬる

私訳 角の立派な鹿の胸の毛が色別れる、その胸で枝を別けるからか秋萩の花が散り過ぎていった。それとも、花の盛りの季節が去ったからか。

右、天平十五年癸未秋八月物色作。
注訓 右は、天平十五年癸未秋八月に物の色(にほひ)を作れり。

注意 原文の「狭尾牡鹿乃」の「牡」は、一般に「壮」の誤記とします
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万葉集巻八を鑑賞する  集歌1560から集歌1579まで

2012年01月26日 | 万葉集 旧読解
万葉集巻八を鑑賞する


大伴坂上郎女跡見田庄作謌二首
標訓 大伴坂上郎女の跡見田庄(とみのたどころ)で作りたる謌二首
集歌1560 妹目乎 始見之埼乃 秋芽子者 此月其呂波 落許須莫湯目
訓読 妹し目を始見(はつみ)し崎の秋萩はこの月ごろは散りこすなゆめ

私訳 恋人の目をわずかに見る始見の崎の秋萩は、今月ばかりはけっして散らないで欲しい。


集歌1561 吉名張乃 猪養山尓 伏鹿之 嬬呼音乎 聞之登聞思佐
訓読 吉名張(なよはり)の猪養(ゐかひ)し山に伏す鹿し妻呼ぶ声を聞くし乏(とも)しさ

私訳 吉隠の猪養の山に棲む鹿の妻を呼ぶ声を聞くと、思わず吾を忘れてしまう。


巫部麻蘇娘子鴈謌一首
標訓 巫部(かむなぎべの)麻蘇娘子(まそをとめ)の鴈の謌一首
集歌1562 誰聞都 従此間鳴渡 鴈鳴乃 嬬呼音乃 之知左守
訓読 誰聞きつこゆ鳴き渡る雁し啼(ね)の妻呼ぶ声の之(お)いて知らさる

私訳 誰か聞きましたか、ここから飛び鳴き渡っていく雁の「枯(か)り、枯(か)り(=縁遠い)と、その妻を呼ぶ声に対して私は気付きましたが。

注意 原文の「之知左守」は、一般に江戸期からは「乏知在乎」と新たに校訂し「羨(とも)しくもあるか」と訓みます。歌意は変わります。


大伴家持和謌一首
標訓 大伴家持の和(こた)へたる謌一首
集歌1563 聞津哉登 妹之問勢流 鴈鳴者 真毛遠 雲隠奈利
訓読 聞きつやと妹し問はせる雁し音(ね)はまことも遠く雲隠(くもかく)るなり

私訳 誰か聞きましたかと、愛しい貴女が尋ねる雁の「離(か)り、離(か)り(=疎くなる)と啼く、その鳴き声は、ほんとうに遠くの雲の中に隠れていて聞いていません。


曰置長枝娘子謌一首
標訓 曰置(へおきの)長枝娘子(ながえをとめ)の謌一首
集歌1564 秋付者 尾花我上尓 置露乃 應消毛吾者 所念香聞
訓読 秋づけば尾花が上(うへ)に置く露の消(け)ぬべくも吾(あ)は念(おも)ほゆるかも

私訳 秋になると尾花の上に置く露がやがて消えてしまうように、私も忘れられてしまうと私は感じてしまう。


大伴家持和謌一首
標訓 大伴家持の和(こた)へたる謌一首
集歌1565吾屋戸乃 一村芽子乎 念兒尓 不令見殆 令散都類香聞
訓読 吾が屋戸(やと)の一群(ひとむら)萩を念(おも)ふ子に見せずほとほと散らしつるかも

私訳 私の家の一群の萩の花を、恋慕う恋人に見せない内にほとんど散らしてしまったようだ。


大伴家持秋謌四首
標訓 大伴家持の秋の謌四首
集歌1566 久堅之 雨間毛不置 雲隠 鳴曽去奈流 早田鴈之哭
訓読 久方(ひさかた)し雨間(あまま)も置かず雲隠(くもかく)り鳴きぞ行くなる早稲田(わせた)雁しね

私訳 はるか彼方から降り来る雨の止む間もないように、絶え間なく雲間に隠れて姿を見せずに鳴き渡って行くようだ。早稲田に棲む雁たちよ。


集歌1567 雲隠 鳴奈流鴈乃 去而将居 秋田之穂立 繁之所念
訓読 雲隠(くもかく)り鳴くなる雁の去(い)きて居(ゐ)む秋田し穂立(ほたて)繁くし念(おも)ほゆ

私訳 雲間に隠れて姿を見せずに飛び鳴いている雁が、飛んで行って棲んでいる秋の田の穂が沢山出ているように、しきりに恋い慕っています。


集歌1568 雨隠 情欝悒 出見者 春日山者 色付二家利
訓読 雨隠(あまごも)り情(こころ)欝悒(いぶせ)み出(い)で見れば春日し山は色付きにけり

私訳 雨にこもって心もうっとうしくて、庭に出て見ると春日の山は黄葉に色付いていた。


集歌1569 雨晴而 清照有 此月夜 又更而 雲勿田菜引
訓読 雨(あま)晴(は)れて清(きよ)く照りたるこの月夜(つくよ)またさらにして雲勿(な)たなびき

私訳 雨が止み晴れて清く照っているこの月夜。再び、夜が更けてから雲よ棚引くな。

右四首、天平八年丙子秋九月作。
注訓 右の四首は、天平八年丙子秋九月に作れり。


藤原朝臣八束謌二首
標訓 藤原朝臣八束(やつか)の謌二首
集歌1570 此間在而 春日也何處 雨障 出而不行者 戀乍曽乎流
訓読 ここにありて春日や何処(いづち)雨(あま)障(つつ)み出(い)でて行かねば恋つつぞ居(を)る

私訳 ここにいると春日山はどこにあるのかと思う。雨のたたられて家を出て行かないので、春日山の黄葉が恋しく感じている。


集歌1571 春日野尓 鐘礼零所見 明日従者 黄葉頭刺牟 高圓乃山
訓読 春日野に時雨(しぐれ)降る見ゆ明日(あす)よりは黄葉(もみち)かざさむ高円(たかまど)の山

私訳 春日野に時雨が降っているのが見える。明日からは黄葉に飾られる高円の山でしょう。


大伴家持白露謌一首
標訓 大伴家持の白露の謌一首
集歌1572 吾屋戸乃 草花上之 白露乎 不令消而玉尓 貫物尓毛我
訓読 吾が屋戸(やと)の草花し上(へ)し白露を消(け)たずて玉に貫(ぬ)くものにもが

私訳 私の家の草花の上の白露を消さないで、玉として紐に貫けると良いのだが。

注意 原文の「草花」を、一般には「尾花」と解釈します。ここは白露に焦点を当てるために一般名称として「草花」と鑑賞しています。


大伴利上謌一首
標訓 大伴利上(としかみ)の謌一首
集歌1573 秋之雨尓 所沾乍居者 雖賎 吾妹之屋戸志 所念香聞
訓読 秋し雨に濡れつつ居(を)れば賎(いや)しけど吾妹(わぎも)し屋戸(やと)し思ほゆるかも

私訳 秋の雨に濡れそぼっていると、粗末ながらもあの娘の家が好ましく雨宿りしたくなる。


右大臣橘家宴謌七首
標訓 右大臣橘の家に宴(うたげ)せし謌七首
集歌1574 雲上尓 鳴奈流鴈之 雖遠 君将相跡 手廻来津
訓読 雲し上(へ)に鳴くなる雁し遠けども君に逢はむとた廻(もとほ)り来つ

私訳 雲の上で鳴いている雁の姿のように遠いのですが、貴方にお逢いしようとなんとかここにやって来ました。


集歌1575 雲上尓 鳴都流鴈乃 寒苗 芽子乃下葉者 黄變可毛
訓読 雲し上(へ)に鳴きつる雁の寒きなへ萩の下葉(したは)は黄変(もみ)ちぬるかも

私訳 雲の上で鳴いている雁の声を寒々しと感じていたら、萩の下葉は黄葉するのでしょう。

右二首
注訓 右は二首。


集歌1576 此岳尓 小牡鹿履起 宇加埿良比 可聞可開為良久 君故尓許曽
訓読 この岳(をか)に小雄鹿(さをしか)踏み起(き)窺狙(うがねら)ひかもかきすらく君(きみ)故(ゆゑ)にこそ

私訳 この岳に角の立派な鹿を山に踏み込み追い起こし、その得物を窺い狙うように研ぎ澄まして、あれこれと歌を聴き、また披露するのも貴方のゆえのことです。

右一首、長門守巨曽倍朝臣津嶋。
注訓 右の一首は、長門守巨曽倍朝臣(こそへのあそみ)津嶋(つしま)。

注意 原文の「小牡鹿履起」は「小壮鹿履起」の、「可聞可開為良久」は「可聞可聞為良久」の誤記とします。


集歌1577 秋野之 草花我末乎 押靡而 来之久毛知久 相流君可聞
訓読 秋し野し尾花(をばな)が末(うれ)を押しなべて来(こ)しくもしるく逢へる君かも

私訳 秋の野の尾花の穂先を押し靡かせてやって来た甲斐もあって、お逢いした貴方です。


集歌1578 今朝鳴而 行之鴈鳴 寒可聞 此野乃淺茅 色付尓家類
訓読 今朝(けさ)鳴きて行きし雁し音(ね)寒(さぶ)みかもこの野の浅茅(あさぢ)色(いろ)付(つ)きにける

私訳 今朝鳴いて飛び行った雁の鳴き声は寒々しい。この野の浅茅は色付きました。

右二首、阿倍朝臣蟲麿。
注訓 右の二首は、阿倍朝臣(あへのあそみ)蟲麿(むしまろ)。


集歌1579 朝扉開而 物念時尓 白露乃 置有秋芽子 所見喚鶏本名
訓読 朝戸(あさと)開(あ)け物念(も)ふ時に白露の置ける秋萩見えつつもとな

私訳 朝に戸を開け物思いに沈むときに、白露の置いた秋萩を眺めながらも、心が定まらない。
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万葉集巻八を鑑賞する  集歌1540から集歌1559まで

2012年01月23日 | 万葉集 旧読解
万葉集巻八を鑑賞する


集歌1540 今朝乃旦開 鴈鳴寒 聞之奈倍 野邊能淺茅曽 色付丹来
訓読 今朝(けさ)の朝開(あさけ)雁が音(ね)寒く聞きしなへ野辺の浅茅(あさぢ)ぞ色付きにける

私訳 今朝の朝開けに雁の啼き声を寒い季節と聞くにつけても、野辺の浅茅はさらに色付いてきた。


大宰帥大伴卿謌二首
標訓 大宰帥大伴卿の謌二首
集歌1541 吾岳尓 棹牡鹿来鳴 先芽之 花嬬問尓 来鳴棹牡鹿
訓読 吾が岳(おか)にさ雄鹿(をしか)来鳴く初萩し花妻問(つまと)ひに来鳴くさ雄鹿(をしか)

私訳 私の家の近くの岳に角の立派な鹿が来て啼く。初咲きの萩の花に妻問いに来鳴きする角の立派な鹿よ。

注意 原文の「棹牡鹿来鳴」の「牡」は、一般に「壮」の誤記とします。


集歌1542 吾岳之 秋芽花 風乎痛 可落成 将見人裳欲得
訓読 吾が岳(おか)し秋萩し花風をいたみ落(ち)るべくなりぬ見む人もがも

私訳 私の家の近くの岳の秋萩の花は、吹く風がはげしいので散りそうになってしまった。この花を愛でる人が居ると良いのだが。


三原王謌一首
標訓 三原王(みはらのおほきみ)の謌一首
集歌1543 秋露者 移尓有家里 水鳥乃 青羽乃山能 色付見者
訓読 秋露は移しにありけり水鳥の青羽(あをば)の山の色付く見れば

私訳 秋の露は彩りを移す染める物だなあ。水鳥の青い羽が秋山の彩に染まっていくのを見ると。


湯原王七夕謌二首
標訓 湯原王(ゆはらのおほきみ)の七夕(たなばた)の謌二首
集歌1544 牽牛之 念座良武 従情 見吾辛苦 夜之更降去者
訓読 牽牛(ひこほし)し念(おも)ひ座(ます)らむ情(こころ)より見る吾れ苦し夜(よ)し更(とき)くたば

私訳 牽牛が織姫を慕っていられるでしょうお心より、それを眺める私の心は締め付けられる。夜の時が過ぎていくと。


集歌1545 織女之 袖續三更之 五更者 河瀬之鶴者 不鳴友吉
訓読 織女(はたつめ)し袖継ぐ三更(よる)し五更(あかとき)は川瀬し鶴(たづ)は鳴かずともよし

私訳 織女が牽牛と自分の脱いだ袖を継ぎ交わす夜の、その夜明けには川の瀬に居る鶴は二人のために夜明けを告げて鳴かなくともよい。


市原王七夕謌一首
標訓 市原王(いちはらのおほきみ)の七夕(たなばた)の謌一首
集歌1546 妹許登 吾去道乃 河有者 附目緘結跡 夜更降家類
訓読 妹許(いもがり)と吾が行く道の川あれば付目(つくめ)緘結(むす)ぶと夜ぞ更けにける

私訳 恋しい貴女の許へと私が行く道の途中に川があるので、舟の櫓を留める付目の綴じ縄を縛る間に、夜が更けてしまった。


藤原朝臣八束謌一首
標訓 藤原朝臣八束(やつか)の謌一首
集歌1547 棹四香能 芽二貫置有 露之白珠 相佐和仁 誰人可毛 手尓将巻知布
訓読 さ雄鹿(をしか)の萩に貫(な)り置く露し白玉(しらたま)あふさわに誰し人かも手に纏(ま)かむちふ

私訳 角の立派な鹿が萩の花にいつも置いている露の白玉を、それを見つけたからと、どのような人が、その白玉を手に巻こうなどと云うのか。

注意 旋頭歌です。


大伴坂上郎女晩芽子謌一首
標訓 大伴坂上郎女の晩(おそ)き芽子(はぎ)の謌一首
集歌1548 咲花毛 宇都呂波厭 奥手有 長意尓 尚不如家里
訓読 咲く花も移(うつろ)は厭(うき)をし晩(おくて)なる長き心になほ如(し)かずけり

私訳 咲く花も、花として色付くの嫌う。晩熟(おくて)の気長い心持ちには、それでも及びません。

注意 原文の「宇都呂波厭」の「宇都」は、一般に「乎曾」の誤記とし「乎曾呂波厭」と表わし「をそろは厭(いと)し」と訓みます。


典鑄正紀朝臣鹿人至衛門大尉大伴宿祢稲公跡見庄作謌一首
標訓 典鑄正(てんちうのかみ)紀朝臣(きのあそみ)鹿人(しかひと)の衛門大尉(ゑもんのだいじょう)大伴宿祢稲公(いなきみ)の跡見庄(とみのたどころ)に至りて作りたる謌一首
集歌1549 射目立而 跡見乃岳邊之 瞿麦花 總手折 吾者将去 寧樂人之為
訓読 射目(いめ)立てて跡見(とみ)の岳辺(おかへ)し撫子(なでしこ)し花ふさ手折(たを)り吾(あ)は持ちて行く寧樂人(ならひと)しため

私訳 獣の跡を見つける射目を設ける跡見(とみ)の岳のほとりに咲く撫子の花、たくさん手折って私は持って行く。奈良の都で待っている人のために。

注意 旋頭歌です


湯原王鳴鹿謌一首
標訓 湯原王(ゆはらのおほきみ)の鳴く鹿の歌一首
集歌1550 秋芽之 落乃乱尓 呼立而 鳴奈流鹿之 音遥者
訓読 秋萩し散りの乱(まが)ひに呼びたてて鳴くなる鹿(しか)し声し遥(はる)けさ

私訳 秋萩の花の散る逝く萩の茂みの中に乱れて、雌鹿を呼び立てて鳴いている雄鹿の声が遥かに聞こえる。


市原王謌一首
標訓 市原王(いちはらのおほきみ)の謌一首
集歌1551 待時而 落鐘礼能 雨令零収 開朝香 山之将黄變
訓読 時待ちて降れる時雨(しぐれ)の雨やまめ明けむ朝(あした)か山し黄変(もみ)たむ

私訳 秋分の季節を待って降ってきた時雨の雨よ降り止めよ。明日の朝には山は黄葉しているだろう。

注意 原文の「落鐘礼能」の「鐘」は、一般に「鍾」の誤記とし、「雨令零収」は「雨零収」と「令」の一字を取ります。


湯原王蟋蟀謌一首
標訓 湯原王(ゆはらのおほきみ)の蟋蟀(こほろぎ)の謌一首
集歌1552 暮月夜 心毛思努尓 白露乃 置此庭尓 蟋蟀鳴毛
訓読 夕(ゆふ)月夜(つくよ)心もしのに白露の置くこの庭に蟋蟀(こほろぎ)鳴くも

私訳 夕月が照る夜、気持ちもしなえるように、草をしなえるように沢山の白露を置く、この庭にコオロギが鳴いている。


衛門大尉大伴宿禰稲公
標訓 衛門大尉(ゑもんのだいじょう)大伴宿禰稲公(いねきみ)
集歌1553 鐘礼能雨 無間零者 三笠山 木末歴 色附尓家里
訓読 時雨(しぐれ)の雨間(あまま)無くし降れば三笠山(みかさやま)木末(こぬれ)あまねく色付きにけり

私訳 時雨が絶え間なく降るので、三笠山の梢がすべて色付いて黄葉したよ。

注意 原文の「鐘礼能雨」の「鐘」は、一般に「鍾」の誤記とします。


大伴家持和謌一首
標訓 大伴家持の和(こた)へたる謌一首
集歌1554 皇之 御笠乃山能 秋黄葉 今日之鐘礼尓 散香過奈牟
訓読 皇(すめろぎ)し御笠の山の黄葉(もみちは)は今日(けふ)し時雨(しぐれ)に散りか過ぎなむ

私訳 天皇が使う御笠、その言葉のひびきのような、三笠の山の黄葉は、今日に降る時雨に散り過ぎて逝くのだろうか。

注意 原文の「今日之鐘礼尓」の「鐘」は、一般に「鍾」の誤記とします。


安貴王謌一首
標訓 安貴王の謌一首
集歌1555 秋立而 幾日毛不有者 此宿流 朝開之風者 手本寒母
訓読 秋立ちて幾日(いくか)もあらねばこの寝(ね)ぬる朝明(あさけ)し風は手本(たもと)寒しも

私訳 秋になって幾日も立っていないが、こうして寝る朝明け方の風は手元が寒いことです。


忌部首黒麻呂謌一首
標訓 忌部首(いむべのおびと)黒麻呂(くろまろ)の謌一首
集歌1556 秋田苅 借蘆毛未壊者 鴈鳴寒 霜毛置奴我二
訓読 秋田(あきた)刈る仮廬(かりほ)もいまだ壊(こぼ)たねば雁が音(ね)寒し霜も置きぬがに

私訳 秋の田を刈る仮りの小屋を未だに取り壊していないのに、雁の鳴き声が寒々しく、霜も仮りの小屋に置きそうです。


故郷豊浦寺之尼私房宴謌三首
標訓 故郷(ふるさと)の豊浦寺(とゆらてら)の尼の私房(しぼう)にして宴(うたげ)せる歌三首
集歌1557 明日香河 逝廻岳之 秋芽者 今日零雨尓 落香過奈牟
訓読 明日香川逝(い)き廻(み)る岳(おか)し秋萩は今日(けふ)降る雨に落(ち)りか過ぎなむ

私訳 明日香川が流れ巡っていく丘に咲く秋萩の花は、今日降る雨に散ってしまうのでしょうか。

右一首、丹比真人國人
注訓 右の一首は、丹比真人國人

注意 原文の「逝廻岳之」は一般に「逝廻丘之」と表わし、「秋芽者」は一般に「子」の一字を補い「秋芽子者」と表わします。


集歌1558 鶉鳴 古郷之 秋芽子乎 思人共 相見都流可聞
訓読 鶉(うずら)鳴く古(ふ)りにし里の秋萩を思ふ人どち相見つるかも

私訳 野の鶉が鳴くような古寂びた里の秋萩の花を、貴方が尊敬する人の気持ちとなって、一緒に萩の花を見たでしょうか。


集歌1559 秋芽子者 盛過乎 徒尓 頭刺不捶 還去牟跡哉
訓読 秋萩は盛(さか)り過ぐるをいたづらに頭刺(かざさ)ず捶(う)ちて還(かへ)りなむとや

私訳 秋萩はすぐに盛りが過ぎますね。何もなさらないで空しく、その萩の花を手折って挿頭(かざし)をせず花枝を鞭のように振るだけで、花を愛でずに還ろうとなさるのですか。

注意 原文の「頭刺不捶」の「捶」は、一般に代匠記以降は「插」の誤記として「插頭(かざし)に插(さ)さず」と訓みます。歌意は変わります。

右二首、沙弥尼等
注訓 右の二首は、沙弥の尼に等(ひとし)
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万葉集巻八を鑑賞する  集歌1520から集歌1539まで

2012年01月21日 | 万葉集 旧読解
万葉集巻八を鑑賞する


集歌1520 牽牛者 織女等 天地之 別時雨 伊奈宇之呂 河向立 意空 不安久尓 嘆空 不安久尓 青浪尓 望者多要奴 白雲尓 啼者盡奴 如是耳也 伊伎都枳乎良牟 如是耳也 戀都追安良牟 佐丹塗之 小船毛賀茂 玉纒之 真可伊毛我母 (一云 小棹毛何毛) 朝奈藝尓 伊可伎渡 夕塩尓 (一云 夕倍尓毛) 伊許藝渡 久方之 天河原尓 天飛也 領巾可多思吉 真玉手乃 玉手指更 餘宿毛 寐而師可聞 (一云 伊毛左祢而師加) 秋尓安良受登母 (一云 秋不待登毛)

訓読 牽牛(ひこほし)は 織女(たなばたつひめ)と 天地(あまつち)し 別れし時雨(しぐれ) 辞(いな)う代(しろ) 川し向き立ち 思ふそら 安けなくに 嘆くそら 安けなくに 青浪(あをなみ)に 望みは絶えぬ 白雲に 涙は尽きぬ かくのみや 息づき居(を)らむ かくのみや 恋ひつつあらむ さ丹塗りし 小船もがも 玉纏(たままき)し 真櫂(まかい)もがも (一云(あるひはいは)く、 小棹(をさを)もがも) 朝凪に い掻(か)き渡り 夕潮(ゆふしほ)に (一云く、 夕(ゆふべ)にも) い漕(こ)ぎ渡り 久方(ひさかた)し 天つ川原に 天飛ぶや 領巾(ひれ)片敷き 真(ま)玉手(たまで)の 玉手(たまて)さし交(か)へ あまた宿(やど)も 寝(い)ねてしかも (一云く、 寝(い)もさ寝(ね)てしか) 秋にあらずとも (一云く、 秋待たずとも)

私訳 牽牛と織女と、天地の別れの時の時雨ような涙、出会いを断る代わりに、河に向い立って慕いあう身も安からず、嘆く身も安からずに、川に立つ青浪によって希望は絶たれて来た。横たわる白雲を望んで涙も乾かなかった。こうしてばかり溜息をついているのだろうか。このようにただ恋焦がれているのだろうか。赤く塗った小船も欲しい。立派に皮を巻き飾った櫂も欲しい(或いは云うに、小さな棹も欲しい)。朝の凪に櫂をかいて渡り、夕べの潮流に(或いは云うに、夕べにも)船に帆を揚げて渡り、久方の天の川の河原に、天を翔けると云う領巾を半ば敷いて、真玉のような美しい腕をさし交わし、幾夜も寝たいものだ(或いは云うに、寝ることもしたいものだ)。秋ではなくとも(或いは云うに、秋を待たずとも)。

注意 原文の「別時雨」は一般に「別時由」の誤記とし「別れし時ゆ」と訓み、また、「意空」は「思空」の誤記とします。なお、表記は異なりますが、この訓みは同じです。


反謌
集歌1521 風雲者 二岸尓 可欲倍杼母 吾遠嬬之 (一云 波之嬬乃) 事曽不通
訓読 風雲(あまくも)は二つし岸に通(かよ)へども吾が遠妻(とほつま)し (一云(あるひはいは)く、 愛(は)し妻の) 事(こと)そ通(かよ)はぬ

私訳 風雲は天の川の両岸を通いゆくのだが、私の遠い所に住む妻の(或いは云うに、愛しい妻)の想いは通わない。


集歌1522 多夫手二毛 投越都倍伎 天漢 敝太而礼婆可母 安麻多須辨奈吉
訓読 礫(たぶて)にも投げ越しつべき天つ川隔(へだ)てればかもあまた術(すべ)無き

私訳 石も礫でも投げれば届くに違いない天の川だのに、隔てているからか、何とすべないことよ。

右、天平元年七月七日夜、憶良仰觀天河。(一云、帥家作)
注訓 右は、天平元年(神亀六年)七月七日夜に、憶良の天の河を仰ぎ觀たり。(一云(あるひはいは)く、帥の家の作)

注意 原文の「投越都倍伎」は、一般に「投越都倍吉」の誤記とします。ただ、訓みは同じです。


集歌1523 秋風之 吹尓之日従 何時可登 吾待戀之 君曽来座流
訓読 秋風し吹きにし日より何時(いつ)しかと吾が待ち恋ひし君ぞ来(き)ませる

私訳 秋風の吹きだした日から何時いらっしゃるかと、私が待ち焦がれていた貴方がやって来ます。


集歌1524 天漢 伊刀河浪者 多々祢杼母 伺候難之 近此瀬呼
訓読 天つ川いと川浪は立たねども伺(さもら)ひ難(かた)し近きこの瀬を

私訳 天の川にひどく川浪が立っているわけでもないのですが、私から貴方の許へお伺いすることが難しい、貴方の許に近いこの瀬を。


集歌1525 袖振者 見毛可波之都倍久 雖近 度為便無 秋西安良祢波
訓読 袖振らば見も交(かは)しつべく近けども渡る便(すべ)無し秋にしあらねば

私訳 貴方の気持ちを呼び寄せる衣の袖を振ったならば、互いに目線を交わすほどに間近なのですが、川を渡る手段がありません。まだ、七夕の夜の秋ではないので。


集歌1526 玉蜻蜒 髣髴所見而 別去者 毛等奈也戀牟 相時麻而波
訓読 玉かぎる髣髴(ほのか)に見えて別れなばもとなや恋ひむ逢ふ時までは
私訳 美しい鬼ヤンマのようなトンボが飛び過ぎるように覚束なく貴女に逢って別れると、心もとなく恋しく思うでしょう。次に逢う時までは。

右、天平二年七月八日夜、帥家集會。
注訓 右は、天平二年七月八日の夜に、帥の家に集會(つど)へり。


集歌1527 牽牛之 迎嬬船 己藝出良之 漢原尓 霧之立波
訓読 牽牛(ひこほし)し嬬(つま)に船(ふね)迎(む)け漕ぎ出(づ)らし天つ川原に霧し波立つ
私訳 彦星が嬬の許に行くために船先を向けて、船を漕ぎ出したようだ。天の川原に船が起こす霧の波が立っている。

注意 原文の「漢原尓」は、一般に「天漢原尓」と「天」の字を補記します。


集歌1528 霞立 天河原尓 待君登 伊徃還程尓 裳襴所沾
訓読 霞立つ天つ川原に君待つとい往(い)き還(か)るほどに裳し裾濡れぬ

私訳 霞が立つ天の川原で貴方を待っていると、川原へ行ったり来たりするので裳の裾が濡れてしまう。

注意 原文の「伊徃還程尓」は、一般に「程」の字を抜いて「伊徃還尓」と表記します。


集歌1529 天河 浮津之浪音 佐和久奈里 吾待君思 舟出為良之母
訓読 天つ川浮津(ふつ)し浪(なみ)音(おと)騒(さわ)くなり吾が待つ君し舟出(ふねで)すらしも

私訳 天の川に、太刀が物を斬るようなはっきりした浪音が騒がしい。私が待つ貴方が船出をしたようです。


大宰諸卿大夫并官人等宴筑前國蘆城驛家謌二首
標訓 大宰の諸(もろもろ)の卿大夫(まへつきみたち)并せて官人等(つかさひとたち)の筑前國の蘆城(あしき)の驛家(うまや)にて宴(うたげ)せし謌二首

集歌1530 娘部思 秋芽子交 蘆城野 今日乎始而 萬代尓将見
訓読 女郎花(をみなへし)秋萩交(まじ)る蘆城(あしき)し野今日(けふ)を始めて万代(よろづよ)に見む

私訳 女郎花と秋萩とが咲き乱れるこの蘆城の野を、今日を始めとして、いついつまでも眺めましょう。


集歌1531 珠匣 葦木乃河乎 今日見者 迄萬代 将忘八方
訓読 珠匣(たまくしげ)蘆城(あしき)の川を今日(けふ)見ては万代(よろづよ)までに忘らえめやも

私訳 立派な櫛を収める美しい匣の、蘆城の川を今日このように眺めると、いついつまでも忘れることがあるでしょうか。

右二首、作者未詳。
注訓 右の二首は、作りたる者は未だ詳(つばび)らかならず。


笠朝臣金村伊香山作謌二首
標訓 笠朝臣金村の伊香山(いかごやま)にて作れる謌二首
集歌1532 草枕 客行人毛 徃觸者 尓保比奴倍久毛 開流芽子香聞
訓読 草枕旅行く人も行き触れば色付(にほひ)ぬべくも咲ける萩かも

私訳 草を枕にするような苦しい旅を行く人も、道を行き道の傍らの花に触れただけでも着る衣が染まってしまうほどに咲いている萩の花です。


集歌1533 伊香山 野邊尓開有 芽子見者 公之家有 尾花之所念
訓読 伊香山(いかごやま)野辺(のへ)に咲きたる萩見れば公し家なる尾花(をばな)し念(おも)ほゆ

私訳 伊香山の野辺に咲いている萩の花を見ると、同行するこの御方の家にある尾花を思い出します。


石川朝臣老夫謌一首
標訓 石川朝臣老夫の謌一首
集歌1534 娘部志 秋芽子折礼 玉桙乃 道去裹跡 為乞兒
訓読 女郎花(をみなへし)秋萩折(を)れれ玉桙の道行(みちゆき)苞(つと)と乞(こ)はむ児がため

私訳 女郎花と秋萩の花を手折りなさい。立派な桙を掲げる官路を行く旅路の土産とねだるおさない恋人のために。


藤原宇合卿謌一首
標訓 藤原(ふじわらの)宇合卿(うまかひのまへつきみ)の謌一首
集歌1535 我背兒乎 何時曽且今登 待苗尓 於毛也者将見 秋風吹
訓読 我が背子をいつぞ今かと待つなへに面(おも)やは見えむ秋し風吹く

私訳 (その人は)私の愛しい貴方を、訪れはいつだろう、今でしょうかと待つままに、さて、その御方の姿を見たのでしょうか。秋の風が(簾を揺らして)吹きます。


参考歌 額田王思近江天皇作謌一首
集歌488 君待登 吾戀居者 我屋戸之 簾動之 秋風吹
訓読 君待つと吾が恋ひ居れば我が屋戸(やと)し簾動かし秋し風吹く

私訳 貴方の訪れを待つと私が恋い慕っていると、人の訪れかのように私の家の簾を動かして秋の風が吹く。


縁達帥謌一首
標訓 縁達(えんたつ)帥(ほふし)の謌一首
集歌1536 暮相而 朝面羞 隠野乃 芽子者散去寸 黄葉早續也
訓読 暮(よひ)に逢ひて朝(あした)面(おも)無み隠野(なばりの)の萩は散りにき黄葉(もみち)早(はや)続(つ)げ

私訳 宵に恋人に逢って共に夜を過し、朝にその夜の行いを恥ずかしく思い「なばる(隠れる)」、その隠野の「芽子(はぎ)」の花は散ってしまいました。黄葉よ、早く萩の花に続いて野を彩れ。


参考歌 長皇子御謌
集歌60 暮相而 朝面無美 隠尓加 氣長妹之 廬利為里計武
訓読 暮(よひ)に逢ひて朝(あした)面(おも)無(な)み隠(なばり)にか日(け)長(なが)き妹し廬(いほり)せりけむ

私訳 夕暮れに恋人と逢いその夜を共に過ごし、翌朝には昨夜の夜の営みに合わす顔が無くて顔を隠す、その隠(なばり;名張の旧字)の地の、壬申の乱のとき幾日も貴女はここに仮の宿をとられていたのでしょう。


山上巨憶良詠秋野花二首
標訓 山上(やまのうへの)巨(おほ)憶良(おくら)の、秋の野の花を詠める二首
集歌1537 秋野尓 咲有花乎 指折 可伎數者 七種花 (其一)
訓読 秋し野に咲きたる花を指(および)折(を)りかき数(かぞ)ふれば七種(ななくさ)し花 (其一)

私訳 秋の野に咲いている花を指折り、その数を数えると七種類の花です。

注意 標の「山上巨憶良」の「巨(おほ)」は、一般に「臣(おみ)」の誤記とします。


集歌1538 芽之花 乎花葛花 瞿麦之花 姫部志 又藤袴 朝皃之花 (其二)
訓読 萩(はぎ)し花尾花(をばな)葛花(ふぢはな)撫子(なでしこ)し花姫部志(をみなえし)また藤袴(ふじはかま)朝貌(あさかほ)し花 (其二)

私訳 萩の花、尾花、葛の花、撫子の花、女郎花、また、藤袴、朝貌の花


天皇御製謌二首
標訓 天皇の御製(つくり)ましし謌二首
集歌1539 秋日乃 穂田乎鴈之鳴 闇尓 夜之穂杼呂尓毛 鳴渡可聞
訓読 秋し日の穂田(ほた)を雁し音(ね)闇(くら)けくに夜しほどろにも鳴き渡るかも

私訳 秋のある日に穂の出た田を、雁の鳴き声が聞こえる。暗く夜明け前であるが啼き飛び渡るのだろう。

注意 原文の「秋日乃」の「日」は、一般に「秋田乃」の誤記とします。景色が違います。
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