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竹取翁と万葉集のお勉強

楽しく自由に万葉集を楽しんでいるブログです。
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万葉集 歌の裏を楽しむ 家持と池主との相聞頓知歌

2012年01月01日 | 万葉集 雑記
万葉集 歌の裏を楽しむ 家持と池主との相聞頓知歌

 新年明けましておめでとうございます。新年最初のブログとなります。そこで、新年のお楽しみとして、ある頓知歌を紹介します。皆様も、大伴家持が考えたでしょう、頓知歌の答えを見つけ、楽しんでいただければと思います。

 万葉集巻十八に大伴家持と大伴池主との交換書簡を中心としてそれに付随する歌があります。それが次に示す書簡文と付属する歌の抜粋です。この池主の記す書簡文から、家持と池主との間で日々の徒然を慰めるために、表の意味と裏の意味とを併せ持つ歌を交換し、互いにその頓知を競ったことが判ります。
 代表して紹介する集歌4128の歌がその頓知歌ですが、万葉集歌の表記法からの区分では音仮名表記による万葉仮名歌です。この歌の表記法からすると、歌は、表面上の漢字一文字一文字には意味を持たせずに発声での調べの歌として歌自体を鑑賞します。ところが、この歌を漢字交じり平仮名歌に再表記した時に、日本語が持つ同音異語の面白さを楽しむ特徴が現れてきます。ここに、同音異語の面白を楽しむと云う知的なゲーム感覚があります。池主は前置書簡文で同音異語の面白を楽しむと云う知的なゲームの遊び方を説明していますから、漢文を読むと標題に示す戯れの意味に気づかれると思います。
 ここでは、平安後期以降の職業歌人が調べの歌を詠い競う新古今調の歌などでは味わえない、万葉集だけが持つ和歌が生活の日常であった時代の歌の楽しみを、楽しんで下さい。なお、藤原定家の流れを汲む正当な歌道や教育の世界で、このような歌の存在とその鑑賞方法を容認していただけるかには不安があります。

越前國掾大伴宿祢池主来贈戯謌四首
標訓 越前國の掾大伴宿祢池主の来贈(おこ)せる戯(たはぶ)れの謌四首 (後半三首は省略)

忽辱恩賜、驚欣已深。心中含咲、獨座稍開、表裏不同、相違何異。推量所由、率尓作策歟。明知加言、豈有他意乎。凡貿易本物、其罪不軽。正贓倍贓、宣惣并満。今、勒風雲發遣微使。早速返報、不須延廻
勝寶元年十一月十二日、物所貿易下吏
謹訴、貿易人断官司 廳下
別曰。可怜之意、不能點止。聊述四詠、准擬睡覺

標訓 忽ちに恩賜(おんし)を辱(かたじけな)くし、驚欣(きやうきん)已(すで)に深し。心の中に咲(ゑみ)を含み、獨り座りて稍(ようや)く開へば、表裏同じからず、相違何ぞ異れる。所由(ゆゑよし)を推し量るに、率(いささか)に策を作(な)せるか。明かに知りて言を加ふること、豈、他(あだ)し意(こころ)有らめや。凡そ本物(もとつもの)と貿易(まうやく)するは、其の罪軽からず。正贓(しやうさう)倍贓(へいさう)、宣しく惣(そう)と満(みつ)とを并せむ。今、風雲を勒(ろく)して微(わず)かに使ひを發遣(つかは)す。早速(すみやか)に返報(かへりごと)して、延廻(のぶ)るべからず。
勝寶元年十一月十二日、物の貿易(まうやく)せらえし下吏(げり)
謹みて貿易の人を断る官司の廳下に訴(うつた)ふ。
別(べち)に曰す。可怜(かれい)の意(こころ)、點止(もだる)ることを能はず。聊(いささ)かに四詠を述べて、睡覺(すいかく)に准擬(なぞ)ふ。

標訳 早速に御物(=書簡)を頂き身を縮める思いで、深く驚喜しました。心の内に喜びを持ち、独り部屋に座って、早速、御物を開くと、表と裏とは(=表の意味と裏の意味)同じではありません、その相違は、どうして、違っているのでしょうか。その理由を推し量ると、何らかの秘策を為されたのでしょうか。その秘策をはっきりと知って言葉を加えることに、本意に相違することがあるのでしょうか。およそ、本物と紛い物とを替えることは、その罪は軽くはありません。不法に財を成す罪に複数の犯罪を為す罪を付加するように、よろしく、惣(=「一般に」の意から「表の意味」)に満(=「内実」の意から「隠された意味」)を併せます。今、風雲に乗せて賤しくも使いを送ります。早々に御返事なされて、遅滞はしないで下さい。
勝寶元年十一月十二日に、御物を紛い物とに替えた下吏
謹んで、本物を紛い物に替えた人を裁判する官司のもとに申し出ます。
追伸して、申し上げます。面白がる気持ちを、黙っていることが出来なくて、ささやかな四首の詩を詠い、眠気覚ましの品となぞらえます。

集歌4128 久佐麻久良 多比能於伎奈等 於母保之天 波里曽多麻敝流 奴波牟物能毛賀
表歌
訓読 草枕旅の翁(おきな)と思ほして針ぞ賜へる縫はむものもが
私訳 草を枕とする苦しい旅を行く老人と思われて、針を下さった。何か、縫うものがあればよいのだが。

裏歌
試訓 草枕旅の置き女(な)と思ほして榛(はり)ぞ賜へる寝(ぬ)はむ者もが
試訳 草を枕とする苦しい旅を行く宿に置く遊女と思われて、榛染めの新しい衣を頂いた。私と共寝をしたい人なのでしょう。

 万葉集の時代、前置書簡文が記す、ここでの表の意味と裏の意味とを併せ持つ歌を楽しむ行為は、大伴家持と池主の二人だけの特別な楽しみだったかと云うと、そうではありません。確かに、音仮名による万葉仮名歌での言葉の同音異語の面白さを楽しむ歌は、万葉集の中では集歌4128の歌から集歌4133の歌までの六首を見るほどです。一方、同じ表記をする言葉でも二つ以上の違う意味を持つ場合がありますので、万葉人は色々な表現方法で表の意味と裏の意味とを併せ持つ歌を楽しんでいます。
 当然、表の意味と裏の意味とを併せ持つ歌の裏の意味は、おおむね、裏であるがゆえに「バレ歌」です。ここでは、そのような歌を楽しんでみたいと思います。和歌に表と裏との二重の意味を持たすことは高度な作歌作業です。また、裏の歌は、おおむね、バレ歌ですから、あらたまった席上で披露する歌でもありません。そのためか、これらの歌が万葉集でも和歌の表現方法が発展した中後期の、その時代の詠み人知れずの歌を集めた万葉集巻十二に多く見られるのも、その理由からでしょうか。
 なお、ここでのものは大人が万葉集歌を鑑賞するのですから、現代語でも「手紙で愛を確かめる」と「ホテルで愛を確かめる」では、同じ「愛」でも意味が違うことを詳説しなくても了解していただけると思いますし、同じような「旅先で一夜だけの恋に落ちた」の「恋」の意味も、大人の共通認識とします。また、集歌4129の歌から集歌4133の歌までの五首の裏歌の訓読みは、皆様のお楽しみに紹介せずにおいて置きます。

集歌4129の歌から集歌4133の歌までの五首の表歌の紹介

集歌4129 芳理夫久路 等利安宜麻敝尓 於吉可邊佐倍波 於能等母於能夜 宇良毛都藝多利
表歌
訓読 針袋(はりふくろ)取り上げ前に置き反さへばおのともおのや裏も継ぎたり
私訳 針の入った袋を取り出し前に置いて裏反してみると、なんとまあ、中まで縫ってある。

集歌4130 波利夫久路 應婢都々氣奈我良 佐刀其等邇 天良佐比安流氣騰 比等毛登賀米授
表歌
訓読 針袋(はりふくろ)帯(お)び続(つつ)けながら里ごとに照(てら)さひ歩けど人も咎(とが)めず
私訳 針の入った袋を身に付けて、里ごとに針を輝かせ自慢して歩き回るが、誰も気に留めない。

集歌4131 等里我奈久 安豆麻乎佐之天 布佐倍之尓 由可牟登於毛倍騰 与之母佐祢奈之
表歌
訓読 鶏(とり)が鳴く東(あづま)を指して塞(ふさ)へしに行かむと思へど由(よし)も実(さね)なし
私訳 鶏が鳴く東を目指して、針で布の穴を塞ぎに行こうと思うが、まったく、機会がありません。

集歌4132 多々佐尓毛 可尓母与己佐母 夜都故等曽 安礼婆安利家流 奴之能等能度尓
表歌
訓読 縦(たた)様(さ)にもかにも横(よこ)様(さ)も奴(やつこ)とぞ吾(あれ)はありける主(ぬし)の殿門(とのと)に
私訳 縦から見ても、それから横から見ても下僕だと、私は存じます。主人の御門前に。

集歌4133 波里夫久路 己礼波多婆利奴 須理夫久路 伊麻波衣天之可 於吉奈佐備勢牟
表歌
訓読 針袋(はりふくろ)これは賜りぬ摺(す)り袋今は得てしか翁(おきな)さびせむ
私訳 針と針を入れる袋、これはもう頂きました。頭を包む摺り染めた袋を今度は頂いた。老人らしくなりました。


裏歌の楽しみの紹介
その一
集歌2876 里近 家武應居 此吾目之 人目乎為乍 戀繁口
表歌
訓読 里近し家む居(を)るべきこの吾(あ)目(め)し人目をしつつ恋し繁(しげ)けく
私訳 貴女は里近くに家を構え住むべきです。一軒家に住む貴女に対して人目に付くので、この私は他人面をしていても、貴女への恋心が一層募ります。

裏歌
試訓 里近し家む居(を)るべきこの雨し人目をしつつ恋し繁(しげ)けく
試訳 人里近いこの家にこのまま居るべきです。この雨の中。人の目を気にしながら、貴方との愛の交換が激しい。
注意 この歌は西本願寺本万葉集と校本万葉集とで原文が違います。なお、口調を重視して原文を変えると、裏歌の楽しみが消えます。
校本万葉集 里近 家哉應居 此吾目 人目乎為乍 戀繁口
校本訓読 里近く家や居るべきこのわが目人目をしつつ恋の繁けく


その二
集歌2949 得田價異 心欝悒 事計 吉為吾兄子 相有時谷
表歌 
訓読 うたて異(け)に心いぶせし事(こと)計(はか)りよくせ吾が背子逢へる時だに
意訳 息の詰まりそうな恋の苦しさを止める手だてが欲しい、私の貴方、こうして逢っている時くらい。

裏歌
試訓 うたて異(け)に心いぶせし事(こと)計(はか)りよくせ吾が背子逢へる時だに
試訳 どうしたのでしょう、今日は、なぜか一向に気持ちが高ぶりません。何か、いつもとは違うやり方を工夫してください。ねえ、貴方。こうして二人が抱き合っているのだから。

その三
集歌2963 白細之 手本寛久 人之宿 味宿者不寐哉 戀将渡
表歌
訓読 白栲し手本(たもと)寛(ゆた)けく人し寝(ぬ)る味寝(うまゐ)は寝(ね)ずや恋ひわたりなむ
意訳 白栲の手本をゆったりと人々が寝る、そんな安らかな眠りもできずに恋いつづけるのだろうか。

裏歌
試訓 白栲し手本(たもと)寛(ゆた)けく人し寝(ぬ)る味寝(うまゐ)は寝(ね)ずや恋ひわたりなむ
試訳 白い栲の床で貴方の手枕に気持ちがなごむ。世の人が寝るように熟睡することなく、貴方との「愛の営み」を夜通ししましょう。

その四
集歌3131 月易而 君乎婆見登 念鴨 日毛不易為而 戀之重
表歌
訓読 月(つく)易(か)へて君をば見むと思ふかも日も易へずして恋し繁けむ
私訳 次は、この月が替わってから貴女の姿を見られると思うからでしょうか、日も変わらないうちから恋心が激しいことです。

裏歌
試訓 月(つく)易(か)へて君をば見むと思ふかも日も易へずして恋し繁けむ
試訳 月の障りが無くなってから貴女を抱くと思うからでしょうか、あれから幾日も経たないのに貴女を抱きたいと云う気持ちがひどく募ります。

その五
集歌3152 玉勝間 安倍嶋山之 暮露尓 旅宿得為也 長此夜乎
表歌
集歌3152 玉勝間 安倍嶋山之 暮露尓 旅宿得為也 長此夜乎
訓読 玉かつま安倍(あへ)島山(しまやま)し夕露に旅寝(たびね)得(え)せめや長きこの夜を
私訳 玉かつま、この安倍(あへ)の島山におりた夕露の中で、旅の宿りが出来るでしょうか。長いこの夜を。

裏歌
集歌3152 玉勝間 安倍嶋山之 暮露尓 旅宿得為也 長此夜乎
試訓 玉かつま安倍(あへ)島山(しまやま)し夕露に旅寝(たびね)得(え)せめや長きこの夜を
試訳 立派な竹の籠、その胴と蓋が合う。その言葉のひびきではないが、貴女と逢った山、この安倍(あへ)の島山におりた夕露の中で、旅の眠りが出来るでしょうか。貴女との長い、この夜を。

 例によって、今回、紹介した歌は、原則として西本願寺本の原文の表記に従っています。そのため、紹介する原文表記や訓読みに普段の「訓読み万葉集」と相違するものもありますが、それは採用する原文表記の違いと素人の無知に由来します。また、勉学に勤しむ学生の御方にお願いです、ここでは原文・訓読み・私訳があり、それなりの体裁はしていますが、正統な学問からすると紹介するものは全くの「与太話」であることを、ご了解ください。つまり、コピペには全く向きません。あくまでも、大人の楽しみでの与太話で、学問ではありません。
 さらに、最初に紹介した書簡文の急所である「宣惣并満」の句の解釈を、中西進氏は校本万葉集の「宣急并満」の句を取り「急(にわか)に并せ満たすべし」とします。従って、常識的な万葉集歌の鑑賞での書簡文とそれに付けられた歌四首の解釈は、ここでの紹介とはまったく違うものになります。その全くの「与太話」であることを、改めて、ご了解ください。なお、最後になりますが集歌4129の歌から集歌4133の歌までの五首の裏歌の訓読とその私訳は、巻十八を鑑賞するときに改めて紹介させていただきます。もし、大人として与太話にお付き合いいただけるのでしたら、それまでに貴女・貴方なりの解釈を見つけていただければ幸いです。

 今年は平穏で良い年になりますように、健やかでありますように。
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