竹取翁と万葉集のお勉強

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今日のみそひと歌 月曜日

2012年12月31日 | 万葉 みそひと謌
今日のみそひと歌 月曜日

集歌87 在管裳 君乎者将待 打靡 吾黒髪尓 霜乃置萬代日
訓読 ありつつも君をば待たむ打ち靡く吾が黒髪に霜の置くまでに
私訳 このまま貴方の訪れを待っていましょう。豊かに流れる私の黒髪が霜を置いたように白髪になるまで。

集歌88 秋田之 穂上尓霧相 朝霞 何時邊乃方二 我戀将息
訓読 秋し田し穂し上(へ)に霧(き)らふ朝霞(あさかすみ)何処(いつ)辺(へ)の方(かた)に我が恋やまむ
私訳 秋の田の稲穂の上に霧が流れ、その朝霞がどこへ流れて行くのか、そのようにはっきり見えない私の恋。いついつも私の貴方を慕う気持ちには休まる場所もありません。

集歌89 居明而 君乎者将待 奴婆珠乃 吾黒髪尓 霜者零騰文
訓読 居(い)明(あか)して君をば待たむぬばたまの吾(あ)が黒髪に霜は降るとも
私訳 貴方がいらっしゃるというので、貴方がいらっしゃるまで夜を明かしてでもいつまでも貴方を待ちましょう。待ち続けた私の黒髪が霜を置いたように白髪になったとしても。

集歌90 君之行 氣長久成奴 山多豆乃 迎乎将徃 待尓者不待
訓読 君し行き日(け)長くなりぬ山たづの迎へを往(ゆ)かむ待つには待たじ
私訳 貴方の旅を行く日々は久しく長くなりました。山たづの枝葉が向い会うように、貴方を迎えに行きましょう。いつまでもここで待つことは、もう待ちません。

集歌91 妹之家毛 継而見麻思乎 山跡有 大嶋嶺尓 家母有猿尾
訓読 妹し家(へ)も継(つ)ぎて見ましを大和なる大島(おほしま)嶺(みね)に家(へ)もあらましを
私訳 愛しい貴女の家をいつも見ていたいのに(=いつも妻問いをしたい)、大和の国にある大島の嶺に私の家があれば良いのですが。

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『懷風藻』 原文並びに書き下し文 (後半)

2012年12月30日 | 資料書庫
『懷風藻』 原文並びに書き下し文 (後半)

正三位式部卿藤原朝臣宇合 六首 [年三十四]
詩番号88
五言 暮春曲宴南池 並序   暮春南池に曲宴す
夫、王畿千里之間、誰得勝池  それ王畿千里の間、誰か勝池を得む
帝京三春之内、幾知行樂    帝京三春の内、いくばくか行樂を知らむ
則、有沈鏡小池、       すなわち鏡を沈むるの小池有り
勢無劣於金谷         勢金谷に劣ることなし
染翰良友、數不過於竹林    翰を染るの良友、數は竹林に過ぎず
為弟為兄、醉花醉月      弟と為り兄と為り、花に醉ひ月に醉ふ
包心中之四時、屬暮春     心中の四時を包み、暮春に屬す
映浦紅桃、半落輕錦      浦に映ずる紅桃、半ば輕錦を落とし
低岸翠柳、初拂長絲      岸に低るる翠柳、初め長絲を拂ふ
於是、            ここにおいて
林亭問我之客、去來花邊    林亭に我を問ふの客、花邊に去來し
池臺慰我之賓、左右琴樽    池臺に我を慰むの賓、琴樽を左右す
月下芬芳、歴歌處而催扇    月下の芬芳、歌處を歴て扇を催し
風前意氣、歩舞場而開衿    風前の意氣、舞場を歩て衿を開く
雖歡娛未盡、而能事紀筆    歡娛未だ盡きずといへども、能く紀筆を事とす
蓋各言志、          蓋しおのおの志を言はざらん
探字成篇、云爾        字を探りて篇を成す、云ふことしかり

得地乘芳月         地を得て 芳月に乘じ
臨池送落暉         池に臨み 落暉を送る
琴樽何日斷         琴樽 何れの日か斷たむ
醉裏不忘歸         醉裏 歸ることを忘れず

詩番号89
七言 在常陸贈倭判官留在京 一首並序
常陸に在りて倭判官が留まりて京に在るに贈る
僕、與明公、忘言歳久     僕、明公と言を忘るること歳久し
義、存伐木、道叶採葵     義、伐木に存し、道、採葵に叶ふ
待君千里之駕、于今三年。   君が千里の駕を待つこと、今に三年
懸我一箇榻、於是九秋     わが一箇の榻を懸くること、ここに九秋
如何授官、          如何ぞ授官
同日乍別殊郷以為判官。    同日にして乍ち殊郷に別れて以つて判官と為る
公、潔等冰壺、明逾水鏡    公、潔きこと冰壺に等しく、明なること水鏡を逾ゆ
學、隆万萬卷、智載五車    學、万萬卷を隆むにし、智、五車に載す
留驥足於將展、        驥足を將に展べむとするに留め
預琢玉條。          玉條を琢くに預る
迴鳬舄之擬飛         鳬舄の飛ばむと擬するを迴らし
忝簡金科           簡を金科に忝うす
何異、宣尼返魯刪定詩書    何ぞ、宣尼の魯に返つて詩書を刪定し
叔孫入漢制設禮儀       叔孫の漢に入つて禮儀を制設するに異らむや
聞夫天子下詔、置師審才問、  聞くそれ天子詔を下し、師を置き審才を問しむ
茲擇三能之逸士、使各得其所  茲擇三能の逸士、おのおのその所を得しむ
明公獨自遺闕此舉       明公獨りみづから此の舉に遺闕す
理合先進、還是後夫      理は先進なるべきに、還つてこれ後るるかな
譬如下、           譬へば、
呉馬痩鹽、人尚無識、     呉馬鹽に痩せて、人なほ識ることなく
梵臣泣玉、世獨不悟      梵臣玉に泣いて、世の獨り悟らざるがごとし
然而歳寒後、         然れども歳寒うして後、
驗松竹之貞、風生、      松竹の貞を驗し、風生じて
廼解芝蘭之馥         廼りて芝蘭の馥を解す
非鄭子産、幾失然明      鄭の子産に非らずんば、幾か然明を失はむ
非齊桓公、何舉寧戚      齊の桓公に非らずんば、何ぞ寧戚を舉げむ
知人難、匪今日耳       人を知ることの難き、今日のみにあらず
遇時之罕、自昔然矣      時に遇ふことの罕なる、昔より然り
大器之晩、終成寶質      大器の晩き、終に寶質に成る
如有我一得之言、       もし我に一得の言有らば
庶幾慰君三思之意       庶幾は君に三思の意を慰めむ
今贈一篇之詩、輒示寸心之歎。 今一篇の詩を贈つて、すなはち寸心の歎を示す
其詞曰            その詞に曰く

自我弱冠從王事       われ弱冠にして王事に從ひしより
風塵歳月不曾休       風塵歳月 かつて休せず
袴帷獨坐邊亭夕       帷を袴げて獨り坐す 邊亭の夕
懸榻長悲搖落秋       榻を懸けて長く悲む 搖落の秋
琴瑟之交遠相阻       琴瑟の交 遠く相ひ阻たり
芝蘭之契接無由       芝蘭の契 接するに由なし
無由何見李將鄭       由なし何ぞ見む 李と鄭と
有別何逢逵與猷       別あり何ぞ逢む 逵と猷と
馳心悵望白雲天       心を馳せて悵望す 白雲の天
寄語徘徊明月前       語を寄せて徘徊す 明月の前
日下皇都君抱玉       日下の皇都 君玉を抱く
雲端邊國我調絃       雲端の邊國 われ絃を調ふ
清絃入化經三歳       清絃化に入つて 三歳を經
美玉韜光度幾年       美玉光を韜むで 幾年をか度る
知己難逢匪今耳       知己の逢ひ難きこと今のみにあらず
忘言罕遇從來然       忘言遇ふこと罕なる 從來然り
為期不怕風霜觸       為に期す風霜の觸るるを怕れず
猶似巖心松柏堅       なほ巖心松柏の堅きに似むことを

詩番号90
七言 秋日於左僕射長王宅宴  秋日左僕射長王の宅において宴す
帝里煙雲乘季月       帝里の煙雲 季月に乘ず
王家山水送秋光       王家の山水 秋光を送る
霑蘭白露未催臭       蘭を霑す白露いまだ臭を催さず
泛菊丹霞自有芳       菊に泛ぶ丹霞おのずから芳あり
石壁蘿衣猶自短       石壁の蘿衣なほおのづから短く
山扉松蓋埋然長       山扉の松蓋 埋むでしかも長し
遨遊已得攀龍鳳       遨遊 已に龍鳳に攀ぢるを得たり
大隱何用覔仙場       大隱 何ぞ仙場を覔むるを用ゐむ

詩番号91
五言 悲不遇      不遇を悲しむ
賢者悽年暮         賢者 年の暮れるるを悽み
明君冀日新         明君 日に新たなるを冀ふ
周占載逸老         周占 逸老を載せ
殷夢得伊人         殷夢 伊人を得り
摶舉非同翼         摶舉 翼を同にせず
相忘不異鱗         相忘 鱗を異にせず
南冠勞楚奏         南冠 楚奏を勞し
北節倦胡塵         北節 胡塵に倦む
學類東方朔         學は東方朔に類し
年餘朱買臣         年は朱買臣に餘り
二毛雖已富         二毛すでに富めりといへども
萬卷徒然貧         萬卷 徒然として貧し

詩番号92
五言 遊吉野川     吉野川に遊ぶ
芝蘭蓀澤         芝 蘭蓀の澤
松柏桂椿岑         松柏 桂椿の岑
野客初披薛         野客 初めて薛を披き
朝隱蹔投簪         朝隱 蹔らく簪を投ず
忘筌陸機海         筌を忘るる 陸機が海
飛繳張衡林         繳を飛ばす 張衡が林
清風入阮嘯         清風 阮嘯に入り
流水韵嵆琴         流水 嵆琴に韵く
天高槎路遠         天高して槎路遠く
河迴桃源深         河迴つて桃源深し
山中明月夜         山中 明月の夜
自得幽居心         自得す幽居の心

詩番号93
五言 奉西海道節度使之作  西海道の節度使を奉ずるの作
往歳東山役         往歳 東山の役
今年西海行         今年 西海の行
行人一生裏         行人 一生の裏
幾度倦邊兵         幾度か 邊兵に倦む


從三位兵部卿兼左右京大夫藤原朝臣萬里 五首 [萬里一本麻呂]
詩番号94
五言 暮春於弟園池置酒 一首並序  
暮春弟の園池において置酒す
僕聖代之狂生耳。       僕は聖代の狂生のみ
直以風月為情、魚鳥為翫    ただ風月をもつて情となし、魚鳥を翫びとなす
貪名狥利、未適沖襟      名を貪り利を狥むることは、いまだ沖襟に適はず
對酒當歌、是諧私願      酒に對しては當に歌ふべし 是私願に諧へり
乘良節之已暮、        良節のすでに暮るるに乘じて
尋昆弟之芳筵         昆弟の芳筵を尋ね
一曲一盃、盡懽情於此地    一曲一盃、懽情をこの地に盡す
或吟或詠、縱意氣於高天    或は吟じ或は詠じて、意氣を高天に縱にす
千歳之間、嵆康我友      千歳の間、嵆康は我友
一醉之飲、伯倫吾師      一醉の飲、伯倫は吾の師なり
不慮軒冕之榮身、       軒冕の身を榮えしむるを慮らず
徒知泉石之樂性        ただ泉石の性を樂しましむるを知るのみ
於是、            ここにおいて
絃歌送奏、蘭同欣      絃歌送ひに奏し、蘭同じく欣ぶ
宇宙荒茫、煙霞蕩而滿目    宇宙荒茫、煙霞蕩として目に滿ち
園池照灼、桃李笑而成蹊    園池照灼、桃李笑みて蹊を成す
既而、            すでにして
日落庭清、樽傾人醉      日落ち庭く清、樽傾きて人醉ふ
陶然不知老之將至也。     陶然として老の將に至らむとするを知らず
夫、登高能賦、即是大夫之才  それ高きに登りて能く賦す 即ちこれ大夫の才
體物縁情、豈非今日之事    物に體して情を縁す、豈今日の事にあらずや
宜裁四韻、各述所懷。     宜しく四韻を裁して、おのおの所懷を述ぶべし
云爾。            云うことしかり

城市元無好         城市 元より好なし
林園賞有餘         林園 賞るに餘あり
彈琴中散地         琴を彈ず 中散が地
下筆伯英書         筆を下す 伯英が書
天霽雲衣落         天霽にして 雲衣落ち
池明桃錦舒         池明にして 桃錦舒ぶ
寄言禮法士         言を寄す 禮法の士
知我有麤疎         わが麤疎あるを知るべし

詩番号95
五言 過神納言墟    神納言の墟を過ぐ
一旦辭榮去         一旦 榮を辭して去る
千年奉諫餘         千年 諫を奉ずる餘り
松竹含春彩         松竹 春彩を含み
容暉寂舊墟         容暉 舊墟に寂たり
清夜琴樽罷         清夜 琴樽を罷み
傾門車馬疎         傾門 車馬は疎なり
普天皆帝國         普天 みな帝國
吾歸遂焉如         われ歸つて遂にいづくか如かむ

詩番号96
五言 過神納言墟    神納言の墟を過ぐ
君道誰云易         君道 誰云う易し
臣義本自難         臣義 本より難し
奉規終不用         規を奉じて終に用られず
歸去遂辭官         歸り去つて遂に官を辭す
放曠遊嵆竹         放曠して嵆竹に遊び
沈吟佩梵蘭         沈吟して梵蘭を佩ぶ
天閽若一啓         天閽若し一たび啓かば
將得水魚歡         將に水魚の歡びを得む

詩番号97
五言 仲秋釋典 仲秋に釋典す
運冷時窮蔡         運冷やかにして時に蔡に窮し
吾衰久歎周         吾衰ろふにして久く周を歎ず
悲哉圖不出         悲しいかな図出でずして
逝矣水難留         逝きてかな水留めがたし
玉爼風蘋薦         玉爼 風蘋薦め
金罍月桂浮         金罍 月桂浮ぶ
天縱神化遠         天縱 神化は遠し
萬代仰芳猷         萬代 芳猷を仰ぐ

詩番号98
五言 遊吉野川     吉野川に遊ぶ
友非干祿友         友は非ず祿を干むる友
賓是餐霞賓         賓は是れ霞を餐ふの賓
縦歌臨水智         縦に歌つて水智に臨み
長嘯樂山仁         長く嘯いて山仁を樂む
梁前柘吟古         梁前 柘吟古り
峽上簧聲新         峽上 簧聲新た
琴樽猶未極         琴樽なほいまだ極まらず
明月照河濱         明月 河濱を照らす


從三位中納言丹墀真人廣成 三首
詩番号99
五言 遊吉野川     吉野川に遊ぶ
山水隨臨賞         山水 臨むに隨つて賞す
巖谿逐望新         巖谿 望みを逐つて新た
朝看度峰翼         朝に看る 峰を度る翼
夕翫躍潭鱗         夕に翫ぶ 潭に躍る鱗
放曠多幽趣         放曠として 幽趣多く
超然少俗塵         超然として 俗塵少し
栖心佳野域         心を佳野の域に栖ましめて
尋問美稻津         問て美稻の津を尋ねらむる

詩番号100
七言 吉野之作 吉野に作る
高嶺嵯峨多奇勢       高嶺嵯峨として奇勢は多く
長河渺漫作迴流       長河渺漫として迴流を作す
鍾池超澤異凡類       鍾池超澤 凡類に異り
美稻逢仙同冰洲       美稻逢仙 冰洲に同じ

詩番号101
五言 述懷 懷を述ふ
少無螢雪志         少くして螢雪の志無く
長無錦綺工         長なりて錦綺の工無し
適逢文酒會         適に文酒の會に逢ひ
終恧不才風         終に不才の風を恧づ


從五位下鑄錢長官高向朝臣諸足 一首
詩番号102
五言 從駕吉野宮 吉野宮に從駕す
在昔釣魚士         在昔 魚を釣りし士
方今留鳳公         方今 鳳を留むる公
彈琴與仙戲         琴を彈じて仙と戲れ
投江將神通         江に投じて神と通ず
柘歌泛寒渚         柘歌 寒渚に泛び
霞景飄秋風         霞景 秋風に飄る
誰謂姑射嶺         誰か謂ふ姑射の嶺
駐蹕望仙宮         蹕を駐む 望仙の宮


釋道慈 二首
釋道慈者、俗姓額田氏。添下人。釋の道慈は俗姓は額田氏、添下の人
少而出家、聽敏好學。     少くして出家、聽敏にして學を好む
英材明悟、為衆所歡。     英材明悟、衆の歡ぶところとなる
太寶元年、遣學唐國、     太寶元年、唐國に遣學す
歴訪明哲、留連講肆。     明哲を歴訪し、講肆に留連す
妙通三藏之玄宗、       妙に三藏の玄宗に通じ
廣談五明之微旨。       廣く五明の微旨を談ず
時唐、            時に唐
簡于國中義學高僧一百人、   國中の義學の高僧一百人を簡んで
請入宮中、令講仁王般若。   請じて宮中に入れて、仁王般若を講ぜしむ
法師學業穎秀、預入選中。   法師學業穎秀、選中に預り入る
唐王憐其遠學、特加優賞。   唐王其の遠學を憐んで、特に優賞を加ふ
遊學西土、十有六歳。     西土に遊學すること、十有六歳
養老二年、歸來本國。     養老二年、本國に歸り來る
帝嘉之拜僧綱律師。      帝これを嘉し僧綱律師に拜す
性甚骨鯁、為時不容、     性甚だ骨鯁にして、時のために容れられず
解任歸遊山野。        任を解いて歸りて山野に遊ぶ
時出京師、造大安寺。     時に京師に出でて、大安寺を造る
年七十餘。          年七十餘なり

詩番号103
五言 在唐奉本國皇太子 唐に在りて、本國の皇太子に奉ず
三寶持聖         三寶 聖を持し
百靈扶仙壽         百靈 仙壽を扶く
壽共日月長         壽は日月とともに長く
與天地久         は天地とともに久し

詩番号104
五言 初春在竹溪山寺於長王宅宴 追致辭一首 并序
初春竹溪山寺に在り、長王の宅において宴す  追つて辭を致す
沙門道慈啓。          沙門道慈啓す
以今月二十四日         今月二十四日を以つて
濫蒙抽引、追預嘉會。      濫りに抽引を蒙り、追つて嘉會に預る
奉旨驚惶、不知攸措       旨を奉じて驚惶し、措く攸を知らず
道慈少年落飾、常住釋門     道慈年少くして落飾し、常に釋門に住す
至於屬詞吐談、元來未達     屬詞吐談に至つては、元來いまだ達せず
況乎、道機俗情全有異、     況むや道機俗情まつたく異ることあり
香盞酒盃又不同         香盞酒盃また同じからず
此庸才赴彼高會         この庸才かの高會に赴く
理、乖於事、事、迫於心     理、事に乖き、事、心に迫る
若夫、魚麻易處、方圓改質、   もしそれ魚麻處を易へ、方圓質を改めば
恐失養性之宜、乖任物之用。   恐らくは養性の宜き失ひ、任物の用に乖かむ
撫躬之驚、不遑啓處。     躬を撫して驚し、啓處するに遑あらず
謹裁以韻、以辭高席。      謹みて裁するに韻を以てし、以て高席を辭す
謹至以下左           謹みて至すに左を以てす。
羞耳目穢            羞づらくは耳目を穢さむことを

緇素杳然別         緇素 杳然として別る
金漆諒難同         金漆 諒同じうし難し
衲衣蔽寒體         衲衣 寒體を蔽ひ
綴鉢足飢嚨         綴鉢 飢嚨に足り
結蘿為垂幕         蘿を結みて垂幕と為し
枕石臥巖中         石に枕して巖中に臥す
抽身離俗累         身を抽みて俗累を離れ
滌心守真空         心を滌いで真空を守る
策杖登峻嶺         杖を策いて峻嶺に登り
披襟稟和風         襟を披いて和風を稟く
桃花雪冷冷         桃花 雪冷冷たり
竹溪山沖沖         竹溪 山沖沖たり
驚春柳雖變         春に驚いて柳變ずといへども
餘寒在單躬         餘寒 單躬に在り
僧既方外士         僧は既に方外の士
何煩入宴宮         何ぞ煩はしく宴宮に入らむ


外從五位下石見守麻田連陽春 一首 [年五十六]

詩番号105
五言 和藤江守詠裨叡山先考之舊禪處柳樹之作 一首
藤江守裨叡山先考の舊禪處の柳樹を詠ずるの作に和す
近江惟帝里         近江はこれ帝里
裨叡寔神山         裨叡はまことに神山なり
山靜俗塵寂         山靜かにして俗塵寂とし
谷真理専         谷にして真理専らなり
於穆我先考         ああ穆たる我が先考
獨悟闡芳縁         ひとり悟つて芳縁を闡く
寶殿臨空構         寶殿 空に臨んで構へ
梵鐘入風傳         梵鐘 風に入つて傳ふ
煙雲萬古色         煙雲 萬古の色
松柏九冬堅         松柏 九冬堅し
日月荏苒去         日月 荏苒として去り
慈範獨依依         慈範 獨り依依たり
寂寞精禪處         寂寞たる精禪の處
俄為積草墀         俄かに積草の墀となる
古樹三秋落         古樹 三秋落ち
寒花九月衰         寒花 九月衰ふ
唯餘兩楊樹         ただ餘す 兩楊樹
孝鳥朝夕悲         孝鳥 朝夕悲しむ


外從五位下大學頭鹽屋連古麻呂 一首

詩番号106
春日於左僕射長屋王宅宴 一首  春日左僕射長屋王の宅において宴す
卜居傍城闕         居を卜して 城闕に傍ひ
乘興引朝冠         興に乘じて 朝冠を引く
繁絃辨山水         繁絃 山水を辨じ
妙舞舒齊紈         妙舞 齊紈を舒ぶ
柳條風未煖         柳條 風いまだ煖かならず
梅花雪猶寒         梅花 雪なほ寒し
放情良得所         放情 まことに所を得たり
願言若金蘭         願はくは金蘭のごとくならむことを


從五位下上總守伊支連古麻呂 一首

詩番号107
五言 賀五八年宴   五八の年を賀する宴
萬秋長貴戚         萬秋 貴戚に長じ
五八表遐年         五八 遐年を表す
真率無前後         真率 前後無く
鳴求一愚賢         鳴求 愚賢を一にす
令節調黄地         令節 黄地を調へ
寒風變碧天         寒風 碧天に變ず
已應螽斯徴         すでに螽斯の徴に應ず
何須顧太玄         なんぞ須ゐん太玄を顧みるを


隱士民人 二首

詩番号108
五言 幽棲      幽棲
試出囂塵處         試みに囂塵の處を出でて
追尋仙桂叢         仙桂の叢を追尋す
巖谿無俗事         巖谿 俗事無く
山路有樵童         山路 樵童有り
泉石行行異         泉石 行行異り
風煙處處同         風煙 處處同じ
欲知山人樂         山人の樂しみを知らむと欲せば
松下有清風         松下 清風あり

詩番号109
五言 獨坐山中    山中に獨坐す
煙霧辭塵俗         煙霧 塵俗を辭し
山川壯処居         山川 処居を壯にす
此時能草賦         この時よく賦することなくんば
風月自輕余         風月おのづから余を輕んぜん


釋道融 五首
釋道融者、俗性波多氏。    釋の道融は俗姓は波多氏
少遊槐市、博學多才      少くして槐市に遊び、博學多才。
特善屬文、性殊端直。     特に屬文に善し。性ことに端直なり。
昔、丁母憂、寄住山寺     昔、母の憂ひ丁りて、山寺に寄住す。
偶見法華經、慨然歎曰     たまたま法華經を見て、慨然として歎じて曰く、
我久貧苦、未見三寶珠之在衣中。我久しく貧苦、いまだ三寶珠の衣中に在ることを見ず。
周孔糟粕、安足以留意。    周孔の糟粕、いづくんぞもつて意を留むるに足らん。
遂脱俗累、落飾出家。     つひに俗累を脱して、落飾して出家す。
精遊苦行、留心戒律。     精遊苦行し、心を戒律に留む。
時、有宣律師六帖鈔      時に宣律師の六帖鈔あり。
辭義隱密、當時徒絶無披覽。  辭義隱密にして、當時の徒絶えて披覽するものなし。
法師周觀、未踰浹辰、     法師周觀し、いまだ浹辰を踰えざるに
敷講莫不洞達。        敷講洞達せずといふことなし。
世讀此書、從融始也。     世、此の書を讀むことは、融より始まれり。
時、皇后嘉之、施絲帛三百匹。 時に皇后これを嘉して、絲帛三百匹を施す。
法師曰、           法師の曰く、
我為菩提、修法施耳。     われは菩提のために法施を修するのみ。
因茲望報、市井之事耳。    これに因つて報を望むは、市井の事のみ。
宿遂策杖而遁。        つひに杖を策いて遁る
[自此以下、可有五首詩、云爾有疑。]
これより以下、五首の詩あるべしといふことしかり。疑ひあり。
(注記 標題に五首と有りますが、実際は詩番号110の一首しかありません)

詩番号110
我所思兮在無漏       我が思ふところは無漏にあり
欲往從兮貪瞋難       往いて從はむと欲して貪瞋かたし
路險易兮在由己       路の險易は己に由るにあり
壯士去兮不復還       壯士去つてまた還らず


從三位中納言兼中務卿石上朝臣乙麻呂 四首

石上中納言者、左大臣第三子也 石上中納言は左大臣の第三子なり。
地望清華、人才穎秀      地望清華にして、人才は穎秀
雍容雅、甚善風儀      雍容雅にして、甚だ風儀よし。
雖勗志典噴、亦頗愛篇翰    志を典噴に勗むといへども、また頗る篇翰を愛す。
嘗有朝譴、飄寓南荒      かつて朝譴ありて、南荒に飄寓す。
臨淵吟澤、寫心文藻      淵に臨み澤に吟じ、心を文藻に寫す。
遂有銜悲藻兩卷、今傳於世。  遂に銜悲藻兩卷あり。今世に傳はる。
天平年中、詔簡入唐使。    天平年中、詔して入唐使を簡ぶ。
元來此舉、難得其人。     元來この舉、その人を得がたし。
時選朝堂、無出公右。     時に朝堂に選ぶに、公の右に出づるもの無し。
遂拜大使、衆僉服。     遂に大使に拜せらる。衆みなび服ふ。
為時所推、皆此類也。     時の推すところとなる。皆この類なり。
然遂不徃。          然れども遂に徃かず。
其後、授從三位中納言     その後、從三位中納言を授けらる。
自登台位、風釆日新      台位に登つてより、風釆日に新たなり。
芳猷雖遠、[遺]列蕩然     芳猷雖遠しといへども、遺列蕩然たり。
時年[脱字]          時に年

詩番号111
五言 飄寓南荒贈在京故友 一首  南荒に飄寓して京に在る故友に贈る
遼夐遊千里         遼夐 千里に遊び
徘徊惜寸心         徘徊 寸心を惜しむ
風前蘭送馥         風前 蘭馥を送り
月後桂舒陰         月後 桂陰を舒ぶ
斜雁凌雲響         斜雁 雲を凌いで響き
輕蝉抱樹吟         輕蝉 樹を抱いて吟ず
相思知別慟         相思 別れの慟みを知る
徒弄白雲琴         徒に弄す 白雲の琴

詩番号112
五言 贈掾公之遷任入京 一首  掾公の任に遷り京に入るに贈る
余含南裔怨         余は含む 南裔の怨
君詠北征詩         君は詠ず 北征の詩
詩興哀秋節         詩興 秋節を哀しむ
傷哉槐樹衰         傷ましいかな槐樹の衰へたること
彈琴顧落景         琴を彈じて落景を顧み
歩月誰逢稀         月に歩みて誰か逢ふこと稀なる
相望天垂別         相望みて天垂に別れ
分後莫長違         分れて後、長く違ふこと莫かれ

詩番号113
五言 贈舊識 一首    舊識に贈る
萬里風塵別         萬里 風塵別れ
三冬蘭衰         三冬 蘭衰ふ
霜花逾入鬢         霜花 いよいよ鬢に入り
寒氣益顰眉         寒氣 ますます眉を顰む
夕鴛迷霧裏         夕鴛 霧裏に迷ひ
曉雁苦雲垂         曉雁 雲垂を苦む
開衿期不識         衿を開いて期すれども識らず
呑恨獨傷悲         恨を呑みて獨り傷悲す

詩番号114
五言 秋夜閨情 一首   秋夜の閨情
他郷頻夜夢         他郷しきりに夜夢む
談與麗人同         談ずること麗人と同にす
寢裏歡如實         寢裏 歡び實のごとく
驚前恨泣空         驚前 恨みて空に泣く
空思向桂影         空しく思ひて桂影に向ひ
獨坐聽松風         独とり坐して松風を聴く
山川嶮易路         山川 嶮易の路
展轉憶閨中         展轉して閨中を憶ふ


正五位下中務少輔葛井連廣成 二首
詩番号115
五言 奉和藤太政佳野之作 [仍用前韵四字] 
      藤太政の佳野の作に和し奉る [仍の前の韵四字を用ふ]
物外囂塵遠         物外 囂塵遠く
山中幽隱親         山中 幽隱親し
笛浦棲丹鳳         笛浦 丹鳳を棲ましめ
琴淵躍錦鱗         琴淵 錦鱗を躍らしむ
月後楓聲落         月後 楓聲落ち
風前松聲陳         風前 松聲陳ぶ
開仁對山路         仁を開いて山路に對し
獵智賞河津         智を獵して河津を賞す

詩番号116
五言 月夜坐河濱 一絶   月夜 河濱に坐す 一絶
雲飛低玉柯         雲飛んで玉柯に低れ
月上動金波         月上つて金波は動き
落照曹王苑         落照 曹王の苑
流光織女河         流光 織女の河
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『懷風藻』 原文並びに書き下し文 (中半)

2012年12月30日 | 資料書庫

『懷風藻』 原文並びに書き下し文 (中半)

大學頭從五位下山田史三方 三首
詩番号52
五言 秋日於長王宅宴新羅客 一首並序
秋日長王の宅において新羅の客を宴す
君王以敬愛之沖衿、     君王敬愛の沖衿を以つて
廣闢琴樽之賞        廣く琴樽の賞を闢く
使人承敦厚之榮命、     使人敦厚の榮命を承け
欣戴鳳鸞之儀        鳳鸞の儀を欣戴す
於是琳瑯滿目、蘿薜充筵   是に於て琳瑯目に滿ち、蘿薜筵に充つ
玉爼彫華、列星光於煙幕   玉爼華を彫りて、星光を煙幕に列ね
珍羞錯味、分綺色於霞帷   珍羞味を錯へて、綺色を霞帷に分つ
羽爵騰飛、混賓主於浮蟻   羽爵騰飛して、賓主を浮蟻に混じ
清談振發、忘貴賤於窗雞   清談振發して、貴賤を窓雞に忘る
歌臺落塵、郢曲與巴音雜響  歌臺に塵を落して、郢曲と巴音と響を雜へ
笑林開靨、珠輝其霞影相依  笑林に靨を開けば、珠輝と其の霞影相依る
于時、露凝旻序、風轉商郊  時に、露旻序に凝り、風商郊に轉ず
寒蝉唱而柳葉飄、      寒蝉唱へて柳葉飄り
霜雁度而蘆花落       霜雁度りて蘆花落つ
小山丹桂、流彩別愁之篇   小山の丹桂、彩を別愁の篇に流し
長坂紫蘭、散馥同心之翼   長坂の紫蘭、馥を同心の翼に散ず
日云暮矣、月將除焉     日云に暮れむとし、月將に除せんとす
醉我以五千之文、      我を醉むるに五千の文を以てし
既舞踏於飽之地      既に飽の地に舞踏し
博我以三百之什、      我を博むるに三百の什を以てし
且狂簡於劔志之場      且つ劔志の場に狂簡す
請寫西園之遊、       請う西園の遊を寫し
兼陳南浦之送        兼て南浦の送を陳ぶ
含毫振藻、式贊高風、    毫を含みて藻を振り、以つて高風を贊す
云爾            と云うことしかり

白露懸珠日         白露 珠を懸くる日
黄葉散風朝         黄葉 風に散ずる朝
對揖三朝使         對し揖す 三朝の使
言盡九秋韶         言に盡す 九秋の韶
牙水含調激         牙水 調べを含み激し
虞葵落扇飄         虞葵 扇に落ちて飄る
已謝靈臺下         すでに謝す 靈臺の下
徒欲報瓊瑤         徒らに瓊瑤に報いむと欲す

詩番号53
五言 七夕 一首
金漢星榆冷         金漢 星榆冷にして
銀河月桂秋         銀河 月桂の秋
靈姿理雲鬢         靈姿 雲鬢を理め
仙駕度潢流         仙駕 潢流を度る
窈窕鳴衣玉         窈窕として衣玉を鳴し
玲瓏映彩舟         玲瓏として彩舟に映ず
所悲明日夜         悲しむ所は明日の夜
誰慰別離憂         誰か別離の憂ひを慰めむ

詩番号54
五言 三月三日曲水宴 一首 三月三日曲水の宴
錦巖飛瀑激         錦巖 飛瀑激し
春岫曄桃開         春岫 曄桃開く
不憚流水急         流水の急なるを憚らず
唯恨盞遲來         唯盞の遲く來ることを恨む


從五位下息長真人臣足 一首 [年四十四]
詩番号55
五言 春日侍宴     春日宴に侍す
物候開韶景         物候 韶景を開き
淑氣滿地新         淑氣 滿地は新た
聖衿屬暄節         聖衿 暄節に屬し
置酒引搢紳         置酒 搢紳を引く
帝被千古         帝 千古に被り
皇恩洽萬民         皇恩 萬民に洽し
多幸憶廣宴         多幸 廣宴を憶ふ
還湛露仁         還つてぶ 湛露の仁


從五位下出雲介吉智首 一首 [年六十八]
詩番号56
五言 七夕
冉冉逝不留         冉冉として逝きて留まらず
時節忽驚秋         時節 忽ち秋に驚く
菊風披夕霧         菊風 夕霧を披き
桂月照蘭洲         桂月 蘭洲を照す
仙車渡鵲橋         仙車 鵲橋を渡り
神駕越清流         神駕 清流を越ゆ
天庭陳相喜         天庭 相喜を陳べ
華閣釋離愁         華閣 離愁を釋く
河天欲曙         河たはつて天曙けむと欲す
更歎後期悠         更に後期の悠なることを歎ず


主税頭從五位下黄文連備 一首 [年五十六]
詩番号57
五言 春日侍宴   春日宴に侍す
玉殿風光暮         玉殿 風光暮れ
金墀春色深         金墀 春色深し
雕雲遏歌響         雕雲 歌響に遏り
流水散鳴琴         流水 鳴琴に散る
燭花粉壁外         燭は花やかなり粉壁の外
星燦翠煙心         星は燦らかなり翠煙の心
欣逢則聖日         聖に則る日に逢ふを欣び
束帶仰韶音         束帶して韶音を仰ぐ


從五位下刑部少輔兼大學博士越智直廣江 一絶
詩番号58
五言 述懷       懷ひを述ぶ
文藻我所難         文藻は我難しとする所
莊老我所好         莊老は我好しとする所
行年已過半         行年すでに半を過ぐ
今更為何勞         今更に何のために勞を為さむ


從五位下常陸介春日藏老 一絶 [年五十二]
詩番号59
五言 述懷       懷ひを述ぶ
花色花枝染         花色 花枝を染め
鶯吟鶯谷新         鶯吟 鶯谷に新た
臨水開良宴         水に臨みて良宴を開き
泛爵賞芳春         爵を泛べて芳春を賞す


從五位下大學助背奈王行文 二首 [年六十二]
詩番号60
五言 秋日於長王宅宴新羅客 一首 賦得風字
秋日長王の宅において新羅の客を宴す 一首 賦に風の字を得たり
嘉賓韻小雅         賓を嘉して小雅を韻し
設席嘉大同         席を設けて大同を嘉す
鑑流開筆海         流れを鑑み筆海を開き
攀桂登談叢         桂を攀ぢて談叢に登る
盃酒皆有月         盃酒 皆に月が有り
歌聲共逐風         歌聲 共に風を逐ふ
何事專對士         何事ぞ 專對の士
幸用李陵弓         幸しく李陵が弓を用ゐるは

詩番号61
五言 上已禊飲 應詔   上已禊飲  詔に應ず
皇慈被萬國         皇慈 萬國に被り
帝道沾群生         帝道 群生を沾す
竹葉禊庭滿         竹葉 禊庭に滿ち
桃花曲浦輕         桃花 曲浦に輕し
雲浮天裏麗         雲浮びて 天裏麗し
樹茂苑中榮         樹茂みて 苑中榮ゆ
自顧試庸短         自ら顧みて庸短を試む
何能繼叡情         何ぞ能く叡情の繼がむ


皇太子學士正六位上調忌寸古麻呂 一首
詩番号62
五言 初秋於長王宅宴新羅客 初秋長王の宅において新羅の客を宴す
一面金蘭席         一面 金蘭の席
三秋風月時         三秋 風月の時
琴樽叶幽賞         琴樽 幽賞に叶ひ
文華叙離思         文華 離思を叙ぶ
人含大王         人は大王のを含み
地若小山基         地は小山の基の若し
江海波潮靜         江海 波潮靜かなり
披霧豈難期         霧を披くことあに期し難たからむか


正六位上刀利宣令 二首 [年五十九]
詩番号63
五言 秋日於長王宅宴新羅客 一首 賦得稀字
        秋日長王の宅において新羅の客を宴す  賦に稀の字を得たり
玉燭調秋序         玉燭 秋序を調へ
金風扇月幃         金風 月幃を扇ぐ
新知未幾日         新知 未だ幾日
送別何依依         送別 何ぞ依依
山際愁雲斷         山際 愁雲は斷へて
人前樂緒稀         人前 樂緒は稀なり
相顧鳴鹿爵         相顧る 鳴鹿の爵を
相送使人歸         相送る 使人の歸を

詩番号64
五言 賀五八年     五八の年を賀す
縱賞青春日         縱賞す 青春の日
相期白髮年         相期す 白髮の年
清生百萬聖         清は百萬に聖を生み
岳出半千賢         岳は半千に賢を出す
下宴當時宅         宴を下す 當時の宅
披雲廣樂天         雲を披く 樂廣の天
茲時盡清素         この時 ことごとく清素
何用子雲玄         なんぞ子雲が玄を用ゐむ


大學助教從五位下下毛野朝臣蟲麻呂  [年三十六]
詩番号65
五言 秋日於長王宅宴新羅客 並序。賦得前字
秋日長王の宅において新羅の客を宴す 並に序 賦に前の字を得たり
夫、秋風已發、       それ秋風しでに發す
張歩兵所以思歸       張歩兵が歸を思ふ所以
秋氣可悲、宋大夫於焉傷志  秋氣悲しむべし、宋大夫ここに志を傷ましむ
然則、歳光時物、      然るときはすなわち歳光時物
好事者、賞而可憐      事を好む者、賞して憐れむべし
勝地良游、相遇者、     勝地良游、相ひ遇ふ者
懷而忘返          懷ふて返ることを忘る
況乎、皇明撫運、時屬無為  況や皇明運を撫して、時に無為に屬す
文軌通而華夷翕欣戴之心   文軌通じて華夷欣戴の心を翕め
禮樂備而朝野得懽娯之致   禮樂備つて朝野懽娯の致を得たり
長王以五日休暇、      長王五日の休暇をもつて
披鳳閣而命芳筵       鳳閣を披きて芳筵を命じ
使人以千里羈游、      使人千里の羈游をもつて
俯雁池而沐恩盻       雁池に俯して恩盻に沐す
於是雕爼煥而繁陳、     ここにおいて雕爼煥いて繁く陳なり
羅薦紛而交映        羅薦紛れて交じて映ず
芝蘭四座、         芝蘭四座
去三尺而引君子之風     去ること三尺にして君子の風を引き
祖餞百壺、         祖餞百壺
敷一寸而酌賢人之酎     敷くこと一寸にして賢人の酎を酌む
琴書左右、言笑縱     琴書左右、言笑縱
物我兩忘、自拔宇宙之表   物我兩つながら忘れて、自から宇宙の表に拔きぬづ
枯榮雙遣、何必竹林之間   枯榮雙び遣る、何ぞ必ずしも竹林の間のみならんや
此日也、          この日
溽署方間、長皐向晩     溽署まさに間にして、長皐晩に向とす
寒雲千嶺、淳風四域     寒雲千嶺、淳風四域
白露下而南亭肅       白露下つて南亭肅たり
蒼煙生以北林藹       蒼煙生じて以つて北林藹たり
草也樹也、搖落之興緒難窮  草や樹や、搖落の興緒窮り難たし
觴兮詠兮、登臨之送歸易遠  觴と詠と、登臨の送歸遠ざかり易し
加以、           加ふるに
物色相召、煙霞有奔命之場  物色相召して、煙霞奔命の場有り
山水助仁、風月無息肩之地。 山水仁を助け、風月息肩の地無きことをもつてす
請、染翰操紙、即事形言。  請ふ、翰を染め紙を操り、事に即して言を形はし
飛西傷之華篇、       西傷の華篇を飛ばし
繼北梁之芳韻。       北梁の芳韻を繼がむ
人操一字。         人ごとに一字を操る

聖時逢七百         聖時 七百に逢ひ
祚連啓一千         祚連 一千を啓く
況乃梯山客         いはんやすなわち山に梯する客
垂毛亦比肩         垂毛 また肩に比ぶ
寒蝉鳴葉後         寒蝉 葉後に鳴き
朔雁度雲前         朔雁 雲前を度る
獨有飛鸞曲         ひとり飛鸞の曲のみ有りて
並入別離絃         並せて別離の絃に入る


從五位下備前守田中朝臣淨足 一首
詩番号68
五言 晩秋於長王宅宴   晩秋長王の宅において宴す
苒苒秋云暮         苒苒として秋ここに暮れ
飄飄葉已涼         飄飄として葉すでに涼し
西園開曲席         西園 曲席を開き
東閣引珪璋         東閣 珪璋を引く
水底遊鱗戲         水底 遊鱗戲れ
巖前菊氣芳         巖前 菊氣芳し
君侯愛客日         君侯 客を愛する日
霞色泛鸞觴         霞色 鸞觴に泛ぶ


左大臣正二位長屋王 三首 [五十四、又四十六]
詩番号67
五言 元日宴 應詔     元日の宴  詔に應ず
年光泛仙籞         年光 仙籞に泛び
月色照上春         月色 上春を照す
玄圃梅已放         玄圃 梅すでに放き
紫庭桃欲新         紫庭 桃新たと欲す
柳絲入歌曲         柳絲 歌曲を入れ
蘭香染舞巾         蘭香 舞巾を染む
於焉三元節         ここに三元の節
共望雲仁         共にぶ望雲の仁

詩番号68
五言 於寶宅宴新羅客 一首 賦得煙字
寶宅において新羅の客を宴す  賦に煙の字を得たり
高旻開遠照         高旻 遠照を開き
遙嶺靄浮煙         遙嶺 浮煙は靄ゆ
有愛金蘭賞         金蘭の賞を愛する有り
無疲風月筵         風月の筵に疲るる無し
桂山餘景下         桂山 餘景の下
菊浦落霞鮮         菊浦 落霞は鮮
莫謂滄波隔         謂ふこと莫かれ滄波隔たると
長為壯思篇         長く為さむ 壯思の篇

詩番号69
五言 初春於作寶樓置酒   初春作寶樓において置酒す
景麗金谷室         景は麗し 金谷の室
年開積草春         年は開く 積草の春
松煙雙吐翠         松煙 雙びて翠を吐き
櫻柳分含新         櫻柳 分つて新を含む
嶺高闇雲路         嶺高 闇雲の路
魚驚亂藻濱         魚驚 亂藻の濱
激泉移舞袖         激泉 舞袖を移し
流聲韵松筠         流聲 松筠に韵く


從三位中納言兼催造宮長官安倍朝臣廣庭 二首 [年七十四]
詩番号70
五言 春日侍宴 一首    春日宴侍
聖衿感淑氣         聖衿 淑氣に感じ
高會啓芳春         高會 芳春に啓く
樽五齊濁盈         樽は五つ 齊濁盈ち
樂萬國風陳         樂は萬づ 國風陳る
花舒桃苑香         花舒いて桃苑香り
草秀蘭筵新         草秀でて蘭筵新た
堤上飄絲柳         堤上 絲柳飄り
波中浮錦鱗         波中 錦鱗浮ぶ
濫叨陪恩席         濫叨 恩席に陪し
含毫愧才貪         毫を含みて才の貪しきを愧づ

詩番号71
五言 秋日於長王宅宴新羅客 一首 賦得流字
秋日長王の宅において新羅の客を宴す  賦に流に字を得たり
山牅臨幽谷         山牅 幽谷に臨み
松林對晩流         松林 晩流に對す
宴庭招遠使         宴庭 遠使を招き
離席開文遊         離席 文遊を開く
蝉息涼風暮         蝉は息ふ 涼風の暮
雁飛明月秋         雁は飛ぶ 明月の秋
傾斯浮菊酒         斯の浮菊の酒を傾けて
願慰轉蓬憂         願はくは轉蓬の憂ひを慰めむ


大宰大貳正四位下紀朝臣男人 三首
詩番号72
七言 遊吉野川     吉野川に遊ぶ
萬丈崇巖削成秀       萬丈の崇巖 削成して秀で
千尋素濤逆析流       千尋の素濤 逆析して流る
欲訪鍾池越潭跡       鍾池越潭の跡を訪はぬと欲し
留連美稻逢槎洲       美稻槎に逢ふ洲に留連す

詩番号73
五言 扈從吉野宮     吉野宮に扈從す
鳳蓋停南岳         鳳蓋は 南岳に停まり
追尋智與仁         追尋す 智と仁と
嘯谷將孫語         谷に嘯いて將に孫と語り
攀藤共許親         藤に攀ぢて共に許と親む
峰巖夏景變         峰巖 夏景變じ
泉石秋光新         泉石 秋光新た
此地仙靈宅         此地 仙靈の宅
何須姑射倫         なんぞ須ゐぬ 姑射の倫

詩番号74
五言 七夕
犢鼻標竿日         犢鼻 竿に標する日
隆腹標書秋         隆腹 書を標する秋
風亭仙會         風亭 仙會をび
針閣賞神遊         針閣 神遊を賞す
月斜孫岳嶺         月は斜し 孫岳の嶺
波激子池流         波は激す 子池の流
歡情未充半         歡情 未だ半ば充たず
天漢曉光浮         天漢 曉光浮かぶ


正六位上但馬守百濟公和麻呂 三首 [年五十六]
詩番号75
五言 初春於左僕射長王宅讌  初春左僕射長王の宅において讌す
帝里浮春色         帝里 春色を浮き
上林開景華         上林 景華を開く
芳梅含雪散         芳梅 雪を含みて散じて
嫩柳帶風斜         嫩柳 風を帶びて斜なり
庭煥將滋草         庭煥かして將に草滋らむ
林寒未笑花         林寒うして未だ花笑かず
鶉衣追野坐         鶉衣 野坐を追ひ
鶴蓋入山家         鶴蓋 山家に入る
芳舍塵思寂         芳舍 塵思寂かに
拙場風響譁         拙場 風響譁すし
琴樽興未已         琴樽 興いまだやまず
誰載習池車         誰か習池の車を載せむ

詩番号76
五言 七夕
仙期呈織室         仙期 織室に呈れ
神駕逐河邊         神駕 河邊に逐ふ
笑臉飛花映         笑臉 飛花映じ
愁心燭處煎         愁心 燭處煎ず
昔惜河難越         昔は河の越へ難きを惜み
今傷漢易旋         今は漢の旋り易きを傷む
誰能玉機上         誰か能く玉機の上
留怨待明年         怨みを留めて明年を待たむ

詩番号77
五言 秋日於長王宅宴新羅客 一首 賦得時字
秋日長王の宅において新羅の客を宴す  賦に時の字を得たり
勝地山園宅         勝地 山園の宅
秋天風月時         秋天 風月の時
置酒開桂賞         酒を置きて桂賞を開き
倒屣逐蘭期         屣を倒して蘭期を逐ふ
人是雞林客         人は是れ雞林の客
曲即鳳樓詞         曲は即ち鳳樓の詞
青海千里外         青海 千里の外
白雲一相思         白雲 一相の思


正五位下大學博士守部連大隅 一首 [年七十三]
詩番号78
五言 侍宴       宴に侍す
聖衿愛韶景         聖衿 韶景を愛し
山水翫芳春         山水 芳春を翫ぶ
椒花帶風散         椒花 風を帶びて散じ
柏葉含月新         柏葉 月を含みて新た
冬花銷雪嶺         冬花 雪嶺に銷へ
寒鏡泮氷津         寒鏡 氷津を泮く
幸陪濫吹席         幸に陪す 濫吹の席
還笑撃壤民         還つて笑ふ 撃壤の民


正五位下圖書頭吉田連宜 二首 [年七十]
詩番号79
五言 秋日於長王宅宴新羅客 一首 賦得秋字
秋日長王の宅において新羅の客を宴す  賦に秋の字を得たり
西使言歸日         西使 言歸の日
南登餞送秋         南登 餞送の秋
人隨蜀星遠         人は蜀星の遠きに隨ひ
驂帶斷雲浮         驂は斷雲の浮るを帶ぶ
一去殊郷國         一去 郷國を殊にし
萬里絶風牛         萬里 風牛を絶へつ
未盡新知趣         未だ新知の趣きを盡さず
還作飛乖愁         還つて飛乖の愁ひを作す

詩番号80
五言 從駕吉野宮     駕に吉野宮に從ふ
神居深亦靜         神居 深うして亦靜かなり
勝地寂復幽         勝地 寂にして復幽かなり
雲卷三舟谷         雲は卷く 三舟の谷
霞開八石洲         霞は開く 八石の洲
葉黄初送夏         葉 黄にして初て夏を送り
桂白早迎秋         桂 白にして早く秋を迎ふ
今日夢淵上         今日 夢淵の上
遺響千年流         遺響 千年に流る


外從五位下大學頭箭集宿禰蟲麻呂 二首
詩番号81
五言 侍讌       讌に侍す
聖豫開芳序         聖豫 芳序を開き
皇恩施品生         皇恩 品生に施す
流霞酒處泛         流霞 酒處に泛び
吹曲中輕         吹 曲中に輕し
紫殿連珠絡         紫殿 連珠絡ひ
丹墀蓂草榮         丹墀 蓂草榮ゆ
即此乘槎客         即ち此の槎に乘ずる客
倶欣天上情         ともに欣ぶ 天上の情

詩番号82
五言 於左僕射長王宅宴 左僕射長王の宅において宴す
靈臺披廣宴         靈臺 廣宴を披き
寶斝歡琴書         寶斝 琴書を歡ぶ
趙發青鸞舞         趙は青鸞の舞を發し
夏踊赤鱗魚         夏は赤鱗の魚を踊す
柳條未吐         柳條 未だを吐かず
梅蕊已芳裾         梅蕊 已に裾は芳しい
即是忘歸地         即ち是歸るを忘るるの地
芳辰賞叵舒         芳辰 賞舒べがたし


正五位下陰陽頭兼皇后宮亮大津連首 二首 [年六十六]
詩番号83
五言 和藤原大政遊吉野川之作。[仍用前韻]
藤原大政の吉野川に遊ぶの作に和す  その前の韻を用ふ
地是幽居宅         地は是れ幽居の宅
山惟帝者仁         山は惟だ帝者の仁
潺湲浸石浪         潺湲 石を浸すの浪
雜沓應琴鱗         雜沓 琴に應るの鱗
靈懷對林野         懷を靈して林野に對し
陶性在風煙         性を陶して風煙に在り
欲知懽宴曲         懽宴の曲を知らむと欲せば
滿酌自忘塵         滿酌 おのずから塵を忘る

詩番号84
五言 春日於左僕射長王宅宴 春日左僕射長王の宅において宴す
日華臨水動         日華 水の動に臨みて
風景麗春墀         風景 春の墀は麗はし
庭梅已含笑         庭梅 すでに笑みを含み
門柳未成眉         門柳 いまだ眉を成さず
琴樽宜此處         琴樽 此の處に宜く
賓客有相追         賓客 相ひ追ふ有り
飽良為醉         に飽きて良く醉を為す
傳盞莫遲遲         盞を傳へて遲遲たることなかれ


贈正一位左大臣藤原朝臣總前 三首 [年五十七]
詩番号85
五言 七夕
帝里初涼至         帝里 初涼に至り
神衿翫早秋         神衿 早秋を翫ぶ
瓊筵振雅藻         瓊筵 雅藻を振ひ
金閣啓良遊         金閣 良遊を啓く
鳳駕飛雲路         鳳駕 雲路に飛び
龍車越漢流         龍車 漢流を越ゆ
欲知神仙會         神仙の會を知らむと欲せば 
青鳥入瓊樓         青鳥 瓊樓に入る

詩番号86
五言 秋日於長王宅宴新羅客 一首 賦得難字
秋日長王の宅において新羅の客を宴す  賦に難の字を得たり
職貢梯航使         貢の職 梯航に使し
從此及三韓         此從り 三韓に及ぶ
岐路分衿易         岐路 衿を分つこと易す
琴樽促膝難         琴樽 膝を促むるは難し
山中猿叫斷         山中 猿叫斷へ
葉裏蝉音寒         葉裏 蝉音寒し
贈別無言語         別に贈るに言語無し
愁情幾萬端         情を愁るに幾く萬端

詩番号87
五言 侍宴 一首    宴に侍す
聖教越千禩         聖教 千禩を越へ
英聲滿九垠         英聲 九垠に滿つ
無為自無事         無為 おのづから無事
垂拱勿勞塵         垂拱 勞塵なし
斜暉照蘭麗         斜暉 蘭を照して麗はしく
和風扇物新         和風 物を扇ぎて新たなり
花樹開一嶺         花樹 一嶺に開き
絲柳飄三春         絲柳 三春に飄る
錯繆殷湯網         錯繆たり 殷湯の網
繽紛周池蘋         繽紛たり 周池の蘋
鼓遊南浦         を鼓して南浦に遊び
肆筵樂東濱         筵を肆べて東濱に樂む


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『懷風藻』 原文並びに書き下し文 (前半)

2012年12月30日 | 資料書庫
『懷風藻』 原文並びに書き下し文 (前半)

はじめに
 ご紹介のように『万葉集』を鑑賞するにあたって、同時代性を持つ参照資料において確かな資料は『古事記』、『懐風藻』、『日本書紀』、『続日本紀』や『古語拾遺』ほどしかないとされています。今日のインターネットの時代においても『懐風藻』の序を含む原文については一般の人間が容易にダウンロード出来るものは限られているようです。そこで、『万葉集』の鑑賞の便を図る為に原文とその読み下したものを参考として掲示しています。
 当然、ここでの読み下しは正規の教育を受けていない者が行った個人作業ですので学問ではありません。正確なものや現代語訳は、『懐風藻 全訳注』(江口孝夫 講談社学術文庫)などを購入の上、確認を願います。この原文並びに書き下し文は、『万葉集』の鑑賞における補助的資料提供が目的ですので、『懐風藻』に載る漢詩の鑑賞等を目的とするものからは程遠いことをご承知ください。
 なお、ブログ掲載では二万字の制限があるため、前半と後半に分けておりますが、その区分けには字数以外の根拠はありません。


懷風藻序          懐風藻の序

逖聽前修、遐觀載籍      逖に前修を聽き、遐く載籍を觀るに
襲山降蹕之世、橿原建邦之時  襲山に蹕を降す世、橿原に邦を建てし時に
天造艸創、人文未作      天造艸創、人文未だ作らず
至於神后征坎品帝乘乾     神后坎を征し品帝乾に乘ずるに至りて
百濟入朝啓於龍編於馬厩    百濟入朝して龍編を馬厩に啓き
高麗上表圖烏冊於鳥文     高麗上表して烏冊を鳥文に図しき
王仁始導蒙於輕島、      王仁始めて蒙を輕島に導き
辰爾終敷教於譯田       辰爾終に教へを譯田に敷く
遂使俗漸洙泗之風、      遂に使して俗をして洙泗の風に漸み
人趨齊魯之學         人をして齊魯の學に趨かしむ
逮乎聖太子、        聖太子に逮みて
設爵分官、肇制禮義      爵を設け官を分ち、肇めて禮義を制す
然而、專崇釋教、未遑篇章   然れども、專ら釋教を崇めて、未だ篇章に遑あらず
及至淡海先帝之受命也     淡海先帝の命を受くるに至るに及びや
恢開帝業、弘闡皇猷      帝業を恢開し、皇猷を弘闡して
道格乾坤、功光宇宙      道乾坤に格り、功宇宙に光れり
既而以為、調風化俗、     既して以つて為す、風を調へ俗を化することは
莫尚於文           文より尚きは莫く
潤光身、孰先於學      に潤ひ身を光らすことは、孰れか學より先ならんと
爰則、建庠序、徵茂才、    爰に則ち、庠序を建て、茂才を徵して
定五禮、興百度        五禮を定め、百度を興す
憲章法則、規模弘遠、     憲章法則、規模弘遠なること
夐古以來、未之有也      夐古以來、未だこれ有らざるなり
於是、三階平煥、四海殷昌、  是に於いて、三階平煥、四海殷昌
旒無為、巖廊多暇      旒無為にして、巖廊暇多し
旋招文學之士、時開置醴之遊  文學の士を旋招し、時に置醴の遊びを開く
當此之際、          此の際に当りて
宸瀚垂文、賢臣獻頌      宸瀚文を垂れ、賢臣頌を獻ず
雕章麗筆、非唯百篇      雕章麗筆、唯百篇のみにあらず
但時經亂離、悉從煨燼     但し時、亂離を經て、悉く煨燼に從ふ
言念湮滅、軫悼傷懷      言の湮滅を念じ、軫悼して懷ひを傷む
自茲以降、詞人間出      茲より以降、詞は人間に出す
龍潛王子、翔雲鶴於風筆    龍潛の王子、雲鶴を風筆に翔らし
鳳翥天皇、泛月舟於霧渚    鳳翥の天皇、月舟を霧渚に泛ぶ
神納言之悲白鬢、       神納言が白鬢を悲しみ
藤太政之詠玄造        藤太政が玄造を詠ぜる
騰茂實於前朝、        茂實を前朝に騰せ
飛英聲於後代         英聲を後代に飛ばす
余以薄官餘、遊心文囿    余、薄官の餘間を以て、心を文囿に遊ばしむ
閱古人之遺跡、        古人の遺跡を閱し
想風月之舊遊         風月の舊遊を想ふ
雖音塵眇焉、而餘翰斯在    雖、音塵眇焉たりといへども、餘翰ここに在り
撫芳題而遙憶、        芳題を撫して遙かに憶ひ
不覺淚之泫然         淚の泫然たるを覺へず
攀縟藻而遐尋、        縟藻を攀ぢて遐く尋ね
惜風聲之空墜         風聲の空しく墜ることを惜しむ
遂乃收魯壁之餘磊、      遂に乃ち魯壁の餘磊を收め
綜秦灰之逸文         秦灰の逸文を綜ぶ
遠自淡海、云暨平都      遠く淡海より、平都におよぶと云う
凡一百二十篇、勒成一卷    凡そ一百二十篇、勒して一卷と成す
作者六十四人、具題姓名、   作者六十四人、具さに姓名を題し
并顯爵里、冠于篇首      并せて爵里を顯はして、篇首に冠らしむ
余撰此文意者、        余は此の文を撰する意は
為將不忘先哲遺風       將に先哲の遺風を忘れざらむと為す
故以懷風名之云爾       故に懷風の名を以つて、これを云ふことしかり
于時天平勝寶三年歳在辛卯冬十一月也。
               時に天平勝寶三年歳辛卯に在る冬十一月なり


淡海朝大友皇子 二首

皇太子者、淡海帝之長子也。   皇太子は淡海帝の長子なり
魁岸奇偉、風範弘深、      魁岸奇偉、風範弘深
眼中精耀、顧盼煒。      眼中精耀、顧盼煒
唐使劉高、見而異曰、     唐の使、劉高見て異なりとして曰く
此皇子、風骨不似世間人。    此の皇子、風骨世間の人に似ず
實非此國之分。         實に此の國の分に非らず。と
嘗夜夢、天中洞啓、朱衣老翁、  嘗て夜夢みらく、天中洞啓し、朱衣の老翁
捧日而至。           日を捧げて至り
授王子。忽有人、       げて王子に授く。忽ち人有り
從腋底出來、奪將去。      腋底より出で來て、奪ひ將ち去らむ
覺驚異、具語藤原內大臣。    覺めて驚異し、具に藤原內大臣に語る
歎曰、             歎じて曰く
恐聖朝萬歲之後、有巨猾間釁。  恐らくは聖朝萬歲の後、巨猾の間釁有らむ
然臣平生曰、豈有如此事乎。   然れども臣平生曰く、豈此事の如く有らむや。と
臣聞、天道無親唯善是輔。    臣聞く、天道に親無し、唯善は是を輔くと
願大王勤修、灾異不足憂也。  願くは大王勤めてを修めよ、灾異憂ふるに足らざるや
臣有息女、願納後庭、      臣に息女有り、願くは後庭に納れて
以克箕帚之妾。         以つて箕帚の妾に克てむ。と
遂結姻戚、以親愛之。      遂に姻戚を結びて、以つてこれを親愛す
年甫弱冠、拜太政大臣、     年甫めて弱冠、太政大臣を拜す
總百揆以試之。         百揆を總べて以つてこれを試む
皇子博學多通、有文武材幹。   皇子博學多通、文武の材幹有り
始親萬機、群下畏莫不肅然。   始めて萬機に親しむ、群下畏れて肅然たらざる莫し
年二十三、立為皇太子。     年二十三にして、立ちて皇太子と為る
廣延學士沙宅紹明、塔本春初、  廣く學士沙宅紹明、塔本春初、
吉太尚、許率母、木素貴子等、  吉太尚、許率母木素貴子等を延きて
以為賓客。           以つて賓客と為す
太子天性明悟、雅愛博古。    太子の天性明悟、雅より博古を愛す
下筆成章、出言為論。      筆を下せば章と成り、言を出せば論と為る
時議者歎其洪學、        時に議する者其の洪學を歎ず
未幾文藻日新。         未だ幾ばくならずして文藻日に新たなり
會壬申年亂、天命不遂。     壬申の年の亂に會ひて、天命を遂げず
時年二十五。          時に年二十五

詩番号1
五言 侍宴 一絶 宴に侍す
皇明光日月          皇明 日月と光り
帝載天地          帝 天地に載す
三才並泰昌          三才 並びに泰昌
萬國表臣義          萬國 臣義を表す

詩番号2
五言 述懷 懷ひを述ぶ
道承天訓          道 天訓を承け
鹽梅寄真宰          鹽梅 真宰に寄す
羞無監撫術          羞づらくは監撫の術無きことを
安能臨四海          安むぞ能く四海に臨まむ


河島皇子 一首

皇子者、淡海帝之第二子也。  皇子は淡海帝の第二子なり
志懷溫裕、局量弘雅      志懷溫裕、局量弘雅
始與大津皇子、為莫逆之契   始め大津皇子と莫逆の契りをなし
及津謀逆、島則告變      津の逆を謀るに及びて、島則ち變を告ぐ
朝廷嘉其忠正、        朝廷其の忠正を嘉し
朋友薄其才情、        朋友其の才情を薄し
議者未詳厚薄。        議者未だ厚薄を詳かにせず
然余以為           然、余おもへらく
忘私好而奉公者、       私好を忘れて公に奉ずる者は
忠臣之雅事          忠臣の雅事
背君親而厚交者、       君親に背きて交を厚する者は
悖之流耳          悖の流のみ
但、未盡爭友之益、      但し、未だ爭友の益を盡さざるに
而陷其塗炭者、余亦疑之。   其の塗炭に陷るる者は、余またこれを疑う
位終于淨大參。        位淨大參に終ふ
時年三十五。         時に年三十五

詩番号3
五言 山齋 一絶
塵外年光滿          塵外 年光滿ち
林間物候明          林間 物候明し
風月澄游席          風月 游席に澄み
松桂期交情          松桂 交情を期す


大津皇子 四首

皇子者、淨御原帝之長子也   皇子は淨御原帝の長子なり
狀貌魁梧、器宇峻遠      狀貌魁梧、器宇峻遠
幼年好學、博覽而能屬文    幼年にして學を好み、博覽にして能く文を屬す
及壯愛武、多力而能撃劍    壯に及よびて武を愛し、多力にして能く劍を撃つ
性頗放蕩、不拘法度      性頗ぶる放蕩にして、法度に拘らず
降節禮士、由是人多附託    節を降して士を禮す、是の由に人多く附託す
時、有新羅僧行心、解天文卜筮 時に、新羅の僧行心有り、天文卜筮を解す
詔皇子曰、          皇子に詔げて曰く、
太子骨法、不是人臣之相    太子骨法、是れ人臣の相にあらず
以此久在下位、恐不全身    此を以つて久しく下位に在るは恐くは身を全せず
因進逆謀、迷此詿誤、     因りて逆謀に進む、此の詿誤に迷ひて
遂圖不軌、鳴呼惜哉。     遂に不軌を図る、鳴呼惜しいかな
蘊彼良才、不以忠孝保身    彼の良才を蘊みて、忠孝を以つて身を保たず
近此奸豎、卒以戮辱自終    此の奸豎に近づきて、卒に戮辱を以つて自から終る
古人慎交遊之意、因以深哉   古人の交遊を慎しむの意、因りて以つて深きかな
時、年二十四         時に、年二十四

詩番号4
五言 春苑言宴 一首 春苑宴を言(うた)ふ
開衿臨靈沼         衿を開きて靈沼に臨み
游目步金苑         目を游せて金苑に步す
澄清苔水深         澄清 苔水深く
晻曖霞峰遠         晻曖 霞峰遠し
驚波共絃響         驚波 絃共に響き
哢鳥與風聞         哢鳥 風與に聞ゆ
群公倒載歸         群公 倒に載せて歸る
彭澤宴誰論         彭澤の宴誰か論ぜむ

詩番号5
五言 游獵 一首 獵に游ぶ
朝擇三能士         朝に三能の士を擇び
暮開萬騎筵         暮に萬騎の筵を開く
喫臠俱豁矣         臠を喫して俱に豁矣
傾盞共陶然         盞を傾けて共に陶然
月弓輝谷裏         月弓 谷裏に輝き
雲旌張嶺前         雲旌 嶺前に張る
曦光巳陰山         曦光 巳に山に陰る
壯士且留連         壯士 且く留連す

詩番号6
七言 述志 志を述ぶ
天紙風筆畫雲鶴       天紙風筆 雲鶴を画き
山機霜杼織葉錦       山機霜杼 葉錦を織る
[後人聯句]         [後人の聯句]
赤雀含書時不至       赤雀 書を含みて 時に至らず
潛龍勿用未安寢       潛龍 用ゐること勿く 未だ安寢せず

詩番号7
五言 臨終 一絶 終ひに臨む
金烏臨西舍         金烏 西舍に臨み
鼓聲催短命         鼓聲 短命を催す
泉路無賓主         泉路 賓主は無し
此夕誰家向         此夕 誰家に向ふ


吳學生釋智藏 二首

智藏師者、俗姓禾田氏。   智藏師は俗姓を禾田氏
淡海帝世、遺學唐國。    淡海帝の世、唐國に遺學す
時、吳越之間、有高學尼、  時に、吳越に間に高學の尼有り
法師就尼受業。       法師尼に就いて業を受く。
六七年中、學業穎秀。    六七年の中、學業穎秀し
同伴僧等、頗有忌害之心。  同伴の僧等頗ぶる忌害の心あり
法師察之、計全軀之方、   法師これを察し、軀を全くするの方を計り
遂披髮陽狂、奔蕩道路。   遂に髮を披り陽り狂し、道路に奔蕩す
密寫三藏要義、盛以木筒、  密かに三藏の要義を寫し、盛るに木筒を以てし
著漆秘封、負擔遊行、    漆を著けて秘封し、負擔して遊行す
同伴輕蔑、以為鬼狂、    同伴輕蔑して、以て鬼狂なりと為して
遂不為害所以。       遂に害をなさず
太后天皇世、師向本朝。   太后天皇の世、師本朝に向ふ
同伴登陸、曝涼經書。    同伴陸に登りて經書を曝涼す
法師開襟對風曰、      法師襟を開きて風に對して曰く
我亦曝涼經典之奧義。    我もまた經典の奧義を曝涼す。と
衆皆嗤笑、以為妖言     衆皆嗤笑して、以て妖言と為す
臨於試業、昇座敷演、    業を試みらるるに臨みて、座に昇りて敷演す
辭義峻遠、音詞雅麗、    辭義峻遠して、音詞雅麗
應對如流、皆屈服莫不驚駭  應對流れる如く、皆屈服し驚駭せざるものなし
帝嘉之拜僧正。       帝これを嘉して僧正に拜す
時歲七十三。        時に歲七十三

詩番号8
五言 翫花鶯 一首 花鶯を翫ぶ
桑門寡言晤         桑門 言晤寡し
策杖事迎逢         杖を策きて迎逢を事とす
以此芳春節         此の芳春の節を以つて
忽値竹林風         忽ちに竹林の風に値ふ
求友鶯嫣樹         友を求めて鶯樹に嫣ひ
含香花笑叢         香を含みて花叢に笑む
雖喜遨遊志         ただ遨遊の志を喜ぶと雖へども
還媿乏雕蟲         還つて雕蟲の乏しきを媿づ

詩番号9
五言 秋日言志 一首 秋日志を言ふ
欲知得性所         性を得る所を知ると欲し
來尋仁智情         來つて仁智の情を尋ねぬ
氣爽山川麗         氣爽かにして山川麗し
風高物候芳         風高かにして物候芳し
燕巢辭夏色         燕巢 夏色を辭し
雁渚聽秋聲         雁渚 秋聲を聽く
因茲竹林友         茲に因りて竹林の友
榮辱莫相驚         榮辱 相驚くこと莫かれ


葛野王 二首

王子者、淡海帝之孫、    王子は淡海帝の孫
大友太子之長子也、     大友太子の長子なり
母淨御原之帝長女十市內親王 母は淨御原の帝の長女十市內親王なり
器範宏邈、風鑒秀遠     器範宏邈、風鑒秀遠
材稱棟幹、地兼帝戚     材棟幹に稱ひ、地帝戚を兼ぬ
少而好學、博涉經史     少くして學を好み、博く經史に涉る
頗愛屬文、兼能書畫     頗る文を屬することを愛し、兼ねて書画を能くす
淨原帝嫡孫、授淨太肆、   淨原帝の嫡孫にして淨太肆を授けられ
拜治部卿          治部卿を拜せられる
高市皇子薨後、       高市皇子薨じて後、
皇太后引王公卿士於禁中、  皇太后、王公卿士を禁中に引きて
謀立日嗣。         日嗣を立てむことを謀る
時群臣各挾私好、衆議紛紜  時に群臣は各私好を挾みて、衆議紛紜たり
王子進奏曰、        王子進奏して曰く
我國家為法也、神代以此典。 我國家の法たるや、神代より此の典を以つて
仰論天心、誰能敢測。    仰いで天心を論す、誰か能く敢へて測らむ
然以人事推之、       然も人事を以つて之を推さば
從來子孫相承、以襲天位。  從來子孫相承して、以て天位を襲ぐ
若兄弟相及、則亂、     若し兄弟相及ぼさば、則ち亂れむ
聖嗣自然定矣。       聖嗣自然に定まれり
此外誰敢間然乎       此の外誰か敢へて間然せむや。と
弓削皇子在座、欲有言。   弓削皇子座に在り、言ふこと有らむと欲す
王子叱之乃止        王子これを叱して乃ち止む
皇太后嘉其一言定國、    皇太后、其の一言にて國を定むることを嘉して
特閱授正四位、拜式部卿。  特閱して正四位を授け、式部卿に拜す
時年三十七         時に年三十七

詩番号10
五言 春日翫鶯梅 一首 春日鶯梅を翫ぶ
聊乘休假景         聊に休假の景に乘じて
入苑望青陽         苑に入つて青陽を望む
素梅開素靨         素梅 素靨を開き
嬌鶯弄嬌聲         嬌鶯 嬌聲を弄す
對此開懷抱         此に對して懷抱を開き
優足暢愁情         優に愁情を暢ぶに足る
不知老將至         老の將に至らむを知らず
但事酌春觴         但だ春觴を酌むを事とす

詩番号11
五言 遊龍門山 一首 龍門山に遊ぶ
命駕遊山水         駕を命じ山水に遊び
長忘冠冕情         長く冠冕の情を忘る
安得王喬道         安むぞ王喬の道を得む
控鶴入蓬瀛         鶴を控きて蓬瀛に入む


大納言直大二中臣朝臣大島 [二首,自茲以降諸人未得傳記]
       [二首、ここより以降諸人の傳記を未だ得ず]
詩番号12
五言 詠孤松 一首 孤松を詠ず
隴上孤松翠         隴上 孤松翠に
凌雲心本明         凌雲 心本明し
餘根堅厚地         餘根 厚地を堅め
貞質指高天         貞質 高天を指す
弱枝異冥草         弱枝 冥草を異し
茂葉同柱榮         茂葉 柱榮に同じ
孫楚高貞節         孫楚 貞節を高うし
隱居脫笠輕         隱居 笠輕を脫する

詩番号13
五言 山齋 一首
宴飲遊山齋         宴飲 山齋に遊び
遨遊臨野池         遨遊 野池に臨み
雲岸寒猿嘯         雲岸 寒猿嘯き
霧浦杝聲悲         霧浦 杝聲悲し
葉落山逾靜         葉落ちて山いよいよ靜かに
風涼琴益微         風涼して琴ますます微なり
各得朝野趣         おのおの朝野の趣きを得たり
莫論攀桂期         攀桂の期を論ずること莫かれ


正三位大納言紀朝臣麻呂 一首 [年四十七]
詩番号14
五言 春日應詔 一首 春日 詔に應す
惠氣四望浮         惠氣 四望に浮び
重光一園春         重光 一園に春く
式宴依仁智         式宴 仁智に依り
優遊催詩人         優遊 詩人を催す
崑山珠玉盛         崑山 珠玉盛むに
瑤水花藻陳         瑤水 花藻陳なる
階梅闘素蝶         階梅 素蝶を闘し
塘柳掃芳塵         塘柳 芳塵を掃す
天十堯舜         天 堯舜を十にし
皇恩霑萬民         皇恩 萬民を霑ほす


文武天皇 三首 [年二十五]
詩番号15
五言 詠月 一首 月を詠ず
月舟移霧渚         月舟 霧渚に移り
楓楫泛霞濱         楓楫 霞濱に泛ぶ
臺上澄流耀         臺上 澄み流る耀
酒中沈去輪         酒中 沈み去る輪
水下斜陰碎         水下りて斜陰碎け
樹落秋光新         樹落ちて秋光新た
獨以星間鏡         獨り星間の鏡を以ちて
還浮雲漢津         還た雲漢の津に浮かぶ

詩番号16
五言 述懷 一首 懷ひを述ぶ
年雖足戴冕         年 冕を戴くに足ると雖へども
智不敢垂裳         智 敢へて裳を垂れず
朕常夙夜念         朕常に夙夜に念ふ
何以拙心匡         何を以つて拙心を匡さむ
猶不師往古         猶往古を師とせずむば
何救元首望         何ぞ元首の望みを救はむ
然毋三絶務         然も三絶の務なし
且欲臨短章         しばらく短章に臨まむと欲す

詩番号17
五言 詠雪 一首 雪を詠む
雲羅囊珠起         雲羅 珠を裹みて起り
雪花含彩新         雪花 彩を含みて新た
林中若柳絮         林中 柳絮の若く
梁上似歌塵         梁上 歌塵に似る
代火輝霄漢         火に代りて霄漢に輝き
逐風迴洛濱         風を逐ひて洛濱に迴る
園裏看花李         園裏 花李を看れば
冬條尚帶春         冬條 尚春を帶びる


從三位中納言大神朝臣高市麻呂 一首 [年五十]
詩番号18
五言 從駕 應詔 駕に從ふ 詔に應す
臥病已白鬢         病に臥して已に白鬢
意謂入黄塵         意に謂ふ 黄塵に入らむと
不期逐恩詔         期せずして恩詔を逐ひ
從駕上林春         駕に從ふ 上林の春
松巖鳴泉落         松巖 鳴泉落ち
竹浦笑花新         竹浦 笑花新た
臣是先進輩         臣は是れ先進の輩
濫陪後車賓         濫りに陪す 後車の賓


大宰大貳從四位上巨勢朝臣多益須 二首 [年四十八]
詩番号19
五言 春日 應詔 春日  詔に應す
玉管吐陽氣         玉管 陽氣を吐き
春色啓禁園         春色 禁園を啓く
望山智趣廣         山に望みて智趣廣く
臨水仁懷敦         水に臨みて仁懷敦し
松風催雅曲         松風 雅曲を催し
鶯弄添談論         鶯弄 談論を添ふ
今日良醉         今日良しきに醉ふ
誰言湛露恩         誰か言ふ湛露の恩と

詩番号20
五言 春日 應詔 春日  詔に應す
姑射遁太賓         姑射 太賓に遁れ
崆巖索神仙         崆巖 神仙を索む
豈若聽覽隙         豈若 聽覽の隙に
仁智寓山川         仁智 山川に寓し
神衿弄春色         神衿 春色を弄す
清蹕歴林泉         清蹕 林泉を歴る
登望繡翼徑         登りて繡翼の徑を望み
降臨錦鱗淵         降りて錦鱗の淵に臨む
絃竹時盤桓         絃竹 時に盤桓し
文酒乍留連         文酒 乍に留連す
風入琴臺         風 琴臺に入り
蓂日照歌筵         蓂日 歌筵に照る
岫室開明鏡         岫室 明鏡を開き
松殿浮翠煙         松殿 翠煙に浮ぶ
幸陪瀛洲趣         幸ひに陪す瀛洲の趣き
誰論上林篇         誰か論せむ上林の篇を


正四位下治部卿犬上王 一首
詩番号21
五言 遊覽山水 山水を遊覽す
蹔以三餘暇         蹔く三餘の暇を以つて
遊息瑤池濱         遊息す 瑤池の濱
吹臺弄鶯始         吹臺 弄鶯始め
桂庭舞蝶新         桂庭 舞蝶新たなり
浴鳬雙迴岸         浴鳬 雙みて岸を迴り
窺鷺獨銜鱗         窺鷺 獨り鱗を銜む
雲罍酌煙霞         雲罍 煙霞を酌み
花藻誦英俊         花藻 英俊を誦す
留連仁智間         留連 仁智の間
縱賞如談倫         縱賞 倫と談ずるが如し
雖盡林池樂         林池の樂みを盡すと雖へども
未翫此芳春         未だ此の芳春を翫ばず


正五位上紀朝臣古麻呂 二首 [年五十九]
詩番号22
七言 望雪 一首 雪を望む
無為聖重寸陰       無為の聖寸陰を重むじ
有道神功輕球琳       有道の神功球琳を輕むず
垂拱端坐惜歳暮       垂拱端坐して歳暮を惜み
披軒蹇簾望遙岑       披軒蹇簾して遙岑を望み
浮雲靉靆縈巖岫       浮雲靉靆として巖岫を縈り
驚飆蕭瑟響庭林       驚飆蕭瑟として庭林に響く
落雪霏霏一嶺白       落雪霏霏として一嶺白しく
斜日黯黯半山金       斜日黯黯として半山金なり
柳絮未飛蝶先舞       柳絮未だ飛ず蝶先づ舞ひ
梅芳猶遲花早臨       梅芳猶ほ遲く花早く臨む
夢裏鈞天尚易涌       夢裏の鈞天尚ほ涌み易し
松下清風信難斟       松下の清風信に斟み難し

詩番号23
五言 秋宴 得聲清驚情四字 一首
秋宴  聲・清・驚・情の四字を得たり
明離照旻天         明離 旻天を照し
重震啓秋聲         重震 秋聲を啓く
氣爽煙霧發         氣爽かにして煙霧發し
時泰風雲清         時泰かにして風雲清し
玄燕翔已返         玄燕 翔つて已に返り
寒蝉嘯且驚         寒蝉 嘯いて且に驚く
忽逢文雅席         忽ちに文雅の席に逢ひ
還愧七歩情         還りて七歩の情に愧づ


大學博士從五位下美努連淨麿 一首
詩番号24
五言 春日 應詔 春日 詔に應す
玉燭凝紫宮         玉燭 紫宮に凝り
淑氣潤芳春         淑氣 芳春に潤ふ
曲浦戲嬌鴛         曲浦 嬌鴛戲れ
瑤池躍潛鱗         瑤池 潛鱗躍る
階前桃花映         階前 桃花映じ
塘上柳條新         塘上 柳條新た
輕煙松心入         輕煙 松心に入り
囀鳥葉裏陳         囀鳥 葉裏に陳ぶ
絲竹遏廣樂         絲竹 廣樂を遏め
率舞洽往塵         率舞 往塵は洽し
此時誰不樂         此時 誰か樂しまざらむ
普天蒙厚仁         普天 厚仁を蒙る


判事紀朝臣末茂 一首 [年三十一]
詩番号25
五言 臨水觀魚 水に臨みて魚を觀る
結宇南林側         宇を結ぶ 南林の側
垂釣北池潯         釣を垂る 北池の潯
人來戲鳥沒         人來れば戲鳥沒し
船渡萍沈         船渡れば萍沈む
苔搖識魚在         苔搖ぎて魚の在るを識り
緡盡覺潭深         緡盡きて潭の深きを覺る
空嗟芳餌下         空しく嗟く 芳餌の下
獨見有貪心         獨り貪心有るを見む


釋辨正 二首

辨正法師者、俗姓秦氏。    辨正法師は俗姓を秦氏
性滑稽、善談論。       性滑稽にして談論に善し
少年出家、頗洪玄學。     少年にして出家、頗る玄學を洪にす
太寶年中、遣學唐國。     太寶年中、唐國に遣學す
時遇李隆基龍潛之日、     時に李隆基 龍潛の日に遇ふ
以善圍棊、屢見賞遇。     囲碁を善くするを以つて、しばしば賞遇せらる
有子朝慶朝元。        子に朝慶・朝元有り
法師及慶在唐死。       法師および慶、唐に在りて死す
元歸本朝、仕至大夫。     元本朝に歸りて、仕へて大夫に至る
天平年中、          天平年中
拜入唐判官、到大唐見天子。  入唐判官に拜せらる、大唐に到りて天子に見ゆ
天子以其父、故特優詔、    天子其の父を以つて、故に特に優詔して、
厚賞賜。           厚く賞賜す
還至本朝、尋卒。       本朝に還り至りて、尋いで卒す

詩番号26
五言 與朝主人 朝主人に與ふ
鐘鼓沸城闉         鐘鼓 城闉に沸き
戎蕃預國親         戎蕃 國親に預る
神明今漢主         神明 今の漢の主じ
柔遠靜胡塵         柔遠 胡の塵を靜む
琴歌馬上怨         琴歌 馬上の怨
楊柳曲中春         楊柳 曲中の春
唯有關山月         唯關山の月のみ有りて
偏迎北塞人         偏へに北塞の人を迎ふ

詩番号27
五言 在唐憶本郷 一絶 在唐憶本郷
日邊瞻日本         日邊 日本を瞻み
雲裏望雲瑞         雲裏 雲瑞を望む
遠游勞遠國         遠游 遠國に勞し
長恨苦長安         長恨 長安に苦む


正五位下大學頭調忌寸老人 一首
詩番号28
五言 三月三日 應詔 三月三日 詔に應す
玄覽動春節         玄覽 春節に動き
宸駕出離宮         宸駕 離宮を出づ
勝境既寂絶         勝境 既に寂絶し
雅趣亦無窮         雅趣 亦窮り無し
折花梅苑側         花を折る 梅苑の側
酌醴碧瀾中         醴を酌む 碧瀾の中
神仙非存意         神仙 意を存するに非ず
廣濟是攸同         廣濟 是を同するを攸す
鼓腹太平日         鼓腹 太平の日
共詠太平風         共詠 太平の風


贈正一位太政大臣藤原朝臣史 五首 [年六十二]
詩番号29
五言 元日 應詔 一首 元日 詔應
正朝觀萬國         正朝 萬國を觀み
元日臨兆民         元日 兆民に臨む
斉政敷玄造         政を斉へて玄造を敷き
撫機御紫宸         機を撫して紫宸を御す
年華已非故         年華 已に故きにあらず
淑氣亦惟新         淑氣 またこれ新たなり
鮮雲秀五彩         鮮雲 五彩秀で
麗景耀三春         麗景 三春耀く
濟濟周行士         濟濟たる周行の士
穆穆我朝人         穆穆たる我朝の人
感遊天澤         に感じて天澤に遊び
飲和惟聖塵         和を飲みて聖塵を惟ふ

詩番号30
五言 春日侍宴 應詔 一首 春日宴に侍す 詔に應す
淑氣光天下         淑氣 天下に光り
風扇海濱         風 海濱に扇ぐ
春日歡春鳥         春日 春を歡ぶの鳥
蘭生折蘭人         蘭生 蘭を折るの人
鹽梅道尚故         鹽梅 道尚故り
文酒事猶新         文酒 事猶新た
隱逸去幽藪         隱逸 幽藪を去り
沒賢陪紫宸         沒賢 紫宸に陪す

詩番号31
五言 遊吉野 二首 吉野に遊ぶ
飛文山水地         文を飛ばす山水の地
命爵薜蘿中         爵を命ずる薜蘿の中
漆姫控鶴舉         漆姫 鶴を控きて舉り
柘媛接魚通         柘媛 魚に接して通ず
煙光巖上翠         煙光 巖上に翠
日影漘前紅         日影 漘前に紅
翻知玄圃近         翻つて知る 玄圃の近きを
對翫入松風         對して翫す 松に入る風を

詩番号32
五言 遊吉野 吉野に遊ぶ
夏身夏色古         夏身 夏色古り
秋津秋氣新         秋津 秋氣新た
昔者同汾后         昔 汾后に同く
今之見吉賓         今 吉賓を見ゆ
靈仙駕鶴去         靈仙 鶴に駕して去り
星客乘査返         星客 査に乘りて返る
渚性流水         渚性 流水をみ
素心開靜仁         素心 靜仁を開く

詩番号33
五言 七夕 一首
雲衣兩觀夕         雲衣 兩たび夕を觀し
月鏡一逢秋         月鏡 一たび秋に逢ふ
機下非曾故         機を下るは 曾の故に非ず
援息是威猷         援を息むは 是れ威猷
鳳蓋隨風轉         鳳蓋 風に隨ひて轉じ
鵲影逐波浮         鵲影 波に逐ふて浮び
面前開短樂         面前 短樂を開き
別後悲長愁         別後 長愁を悲む


正六位上左史荊助仁 一首 [年三十七]
34
五言 詠美人 美人を詠す
巫山行雨下         巫山 行雨下り
洛浦迴雪霏         洛浦 迴雪霏ぶ
月泛眉間魄         月は泛ぶ 眉間の魄
雲開髻上暉         雲は開く 髻上の暉
腰遂楚王細         腰は楚王の細を遂ひ
體隨漢帝飛         體は漢帝の飛に隨ふ
誰知交甫珮         誰か知る交甫の珮
留客令忘歸         客を留め歸るを忘れしむ


大學博士從五位下刀利康嗣 一首 [年八十一]
詩番号35
五言 侍宴 宴に侍す
嘉辰光華節         嘉辰 光華の節
淑氣風日春         淑氣 風日の春
金堤拂弱柳         金堤 弱柳を拂ひ
玉沼泛輕鱗         玉沼 輕鱗に泛ぶ
爰降豐宮宴         爰に降る 豐宮の宴
廣垂柏梁仁         廣く垂る 柏梁の仁
八音寥亮奏         八音 寥亮として奏で
百味馨香陳         百味 馨香として陳る
日落松影闇         日落ちて 松影闇く
風和花氣新         風和して 花氣新た
俯仰一人         俯仰す 一人の
唯壽萬歳真         唯壽ぐ 萬歳の真


皇太子學士從五位下伊與部馬養 一首 [年四十五]
詩番号36
五言 從駕 應詔 駕に從ふ 詔に應す
堯帝叶仁智         堯帝 仁智に叶ひ
仙蹕玩山川         仙蹕 山川を玩ぶ
疊嶺杳不極         疊嶺 杳として極らず
驚波斷復連         驚波 斷として復連す
雨晴雲卷蘿         雨晴 雲蘿を卷き
霧盡峰舒蓮         霧盡 峰蓮を舒ぶ
舞庭落夏槿         庭に舞ひて 夏槿を落し
歌林驚秋蟬         林に歌ひて 秋蟬に驚く
仙槎泛榮光         仙槎 榮光を泛べ
鳳笙帶祥煙         鳳笙 祥煙を帶ぶ
豈獨瑤池上         豈獨り瑤池の上のみならむや
方唱白雲篇         まさに唱ふ 白雲の篇


從四位下播磨守太石王 一首 [年五十七]
詩番号37
五言 侍宴 應詔 宴に侍す 詔に應す
淑氣浮高閣         淑氣 高閣に浮び
梅花灼景春         梅花 景春に灼く
叡睠留金堤         叡睠 金堤に留り
神澤施群臣         神澤 群臣に施す
琴瑟設仙籞         琴瑟 仙籞を設け
文酒啓水濱         文酒 水濱を啓く
叨奉無限壽         叨に無限の壽を奉じ
倶頌皇恩均         倶に皇恩の均を頌す


大學博士田邊史百枝 一首
詩番号38
五言 春苑 應詔 春苑 詔に應す
聖情敦汎愛         聖情 汎愛に敦く
神功亦難陳         神功 亦陳べ難し
唐鳳翔臺下         唐鳳 臺下に翔け
周魚躍水濱         周魚 水濱に躍る
松風韻添詠         松風 韻詠を添へ
梅花帶身         梅花 身に帶ぶ
琴酒開芳苑         琴酒 芳苑を開き
丹點英人         丹 英人の點す
適遇上林會         適へて上林の會に遇ふ
忝壽萬年春         忝へて萬年の春を壽ぐ


從四位下兵部卿大神朝臣安麻呂 一首 [年五十二]
詩番号39
五言 山齋言志 山齋志を言ふ
欲知間居趣         間居の趣きを知ると欲し
來尋山水幽         來りて山水の幽を尋ねむ
浮沈煙雲外         浮沈 煙雲の外
攀翫野花秋         攀翫 野花の秋
稻葉負霜落         稻葉 霜を負ひて落ち
蝉聲逐吹流         蝉聲 吹を逐ひて流る
祗為仁智賞         ただ仁智の賞を為さむ
何論朝市遊         何ぞ朝市の遊を論ぜむ


從三位左大辨石川朝臣石足 一首 [年六十三]
詩番号40
五言 春苑 應詔 春苑 詔に應す
聖衿愛良節         聖衿 良節を愛し
仁趣動芳春         仁趣 芳春に動じ
素庭滿英才         素庭 英才は滿ち
紫閣引雅人         紫閣 雅人を引く
水清瑤池深         水清して 瑤池深く
花開禁苑新         花開きて 禁苑新た
戲鳥隨波散         戲鳥 波に隨ふて散じ
仙舟逐石巡         仙舟 石を逐ふて巡る
舞袖留翔鶴         舞袖 翔鶴を留め
歌聲落梁塵         歌聲 梁塵に落つ
今日足忘         今日 を忘るるに足る
勿言唐帝民         言ふこと勿かれ唐帝の民と


從四位下刑部卿山前王 一首
詩番号41
五言 侍宴 宴に侍す
至洽乾坤         至 乾坤に洽く
清化朗嘉辰         清化 嘉辰に朗か
四海既無為         四海 既に無為
九域正清淳         九域 正に清淳
元首壽千歳         元首 千歳を壽し
股肱頌三春         股肱 三春を頌す
優優沐恩者         優優 恩に沐する者
誰不仰芳塵         誰か芳塵を仰がざらむ


正五位上近江守釆女朝臣比良夫 一首 [年五十]
詩番号42
五言 春日侍宴 應詔 春日宴に侍す 詔に應す
論道與唐儕         道を論れば唐と儕し
語共虞鄰         を語れば虞と鄰ぶ
冠周埋尸愛         周の尸を埋む愛に冠し
駕殷解網仁         殷の網を解く仁に駕す
淑景蒼天麗         淑景 蒼天麗しく
嘉氣碧空陳         嘉氣 碧空陳なる
葉園柳月         葉はなり 園柳の月
花紅山櫻春         花は紅なり 山櫻の春
雲間頌皇澤         雲間 皇澤を頌し
日下沐芳塵         日下 芳塵に沐す
宜獻南山壽         宜く南山に壽を獻じ
千秋衛北辰         千秋 北辰を衛る


正四位下兵部卿安倍朝臣首名 一首 [年六十四]
詩番号43
五言 春日 應詔 春日 詔に應す
世頌隆平         世 隆平のを頌し
時謠交泰春         時 交泰の春を謠ふ
舞衣搖樹影         舞衣 樹影を搖らし
歌扇動梁塵         歌扇 梁塵を動かす
湛露重仁智         湛露 仁智に重く
流霞輕松筠         流霞 松筠に輕し
凝麾賞無倦         凝麾 賞して倦むこと無し
花將月共新         花將に月と共に新たなり


從二位大納言大伴宿彌旅人 一首 [年六十七]
詩番号44
五言 初春侍宴 初春宴に侍す
政情既遠         政をにして 情既に遠く
廸古道惟新         古に廸ぐりて 道惟れ新た
穆穆四門客         穆穆 四門の客
濟濟三人         濟濟 三の人
梅雪亂殘岸         梅雪 殘岸に亂れ
煙霞接早春         煙霞 早春に接す
共遊聖主澤         共に遊ぶ 聖主の澤
同賀撃壤仁         同に賀す 撃壤の仁


從四位下左中辨兼神祇伯中臣朝臣人足 二首 [年五十]
詩番号45
五言 遊吉野宮 吉野宮に遊ぶ
惟山且惟水         惟山にして且つ惟れ水
能智亦能仁         能く智にして亦能く仁なり
萬代無埃所         萬代 埃の無き所にして
一朝逢柘民         一朝 柘に逢ひし民あり
風波轉入曲         風波 轉曲に入り
魚鳥共成倫         魚鳥 共に倫を成す
此地即方丈         此地 即ち方丈
誰説桃源賓         誰か説かむ桃源の賓

詩番号46
五言 遊吉野宮 吉野宮に遊ぶ
仁山狎鳳閣         仁山 鳳閣に狎れ
智水啓龍樓         智水 龍樓に啓く
花鳥堪沈翫         花鳥 沈翫するに堪へたり
何人不淹留         何人か淹留せざらむ


大伴王 二首
詩番号47
五言 從駕吉野宮 應詔 駕に吉野宮に從ふ  詔に應ず
欲尋張騫跡         張騫が跡を尋ねむと欲し
幸逐河源風         幸に河源の風を逐ふ
朝雲指南北         朝雲 南北を指し
夕霧正西東         夕霧 西東を正す
嶺峻絲響急         嶺峻にして絲響急に
谿曠竹鳴融         谿曠にして竹鳴融る
將歌造化趣         將に歌はむ造化の趣き
握素愧不工         素を握つて不工を愧づ

詩番号48
五言 從駕吉野宮 應詔    駕に吉野宮に從ふ  詔に應ず
山幽仁趣遠         山 幽かにして仁趣遠く
川淨智懷深         川 淨かにして智懷深し
欲訪神仙跡         神仙の跡を訪ねむと欲し
追從吉野潯         追從す 吉野の潯


正五位下肥後守道公首名  [年五十六]
詩番号49
五言 秋宴 一首
望苑商氣艷         望苑 商氣艷かに
鳳池秋水清         鳳池 秋水清らか
晩燕吟風還         晩燕 風に吟じて還り
新雁拂露驚         新雁 露を拂ひて驚く
昔聞濠梁論         昔は濠梁の論を聞き
今辨遊魚情         今は遊魚の情を辨ず
芳筵此僚友         芳筵 此の僚友
追節結雅聲         節を追ひて雅聲を結ぶ


從四位上治部卿境部王 二首 [年二十五]
詩番号50
五言 宴長王宅 一首 長王宅に宴す
新年寒氣盡         新年 寒氣盡き
上月霽光輕         上月 霽光輕し
送雪梅花笑         雪を送つて梅花笑み
含霞竹葉清         霞を含みて竹葉清し
歌是飛塵曲         歌は是れ飛塵の曲
絃即激流聲         絃は即ち激流の聲
欲知今日賞         今日の賞を知らむと欲すば
咸有不歸情         みな不歸の情有り

詩番号51
五言 秋夜宴山池 一首  秋夜山池に宴す
對峰傾菊酒         峰に對して菊酒を傾け
臨水拍桐琴         水に臨みて桐琴を拍つ
忘歸待明月         歸るを忘れ明月を待つ
何憂夜漏深         何ぞ憂へむ 夜漏の深きを


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古語拾遺一巻(加序) 原文 並びに読み下し文

2012年12月30日 | 資料書庫
古語拾遺一巻(加序) 原文 並びに読み下し文

はじめに
 本資料は万葉集を鑑賞するにおいて、その時代を勉強するために藤原氏系ではない歴史資料の一つとして個人的に読み下しを行ったものです。従いまして、市販の書籍のままの引用ではありませんので、学問的な裏付けのないものとして扱って下さい。
 構成は最初に原文を紹介し、その後に読み下し文を付けています。


<原文>
古語拾遺一巻(加序)

從五位下斎部宿袮廣成撰 

蓋聞、上古之世、未有文字、貴賎老少、口口相傅、前言徃行、存而不忘、書契以来、不好談古、浮華競興、還嗤舊老、遂使人歴世而弥新、事逐代而變改、顧問故實靡識根源、國史家牒雖載其由、略一二委曲猶有所遺、愚臣不言恐絶無傳、幸蒙召問、欲[攄]蓄憤故録舊説、敢以上聞、云爾 

 一聞、夫開闢之初、伊奘諾伊奘二神、共為夫婦、生大八洲國及山川草木、次生日神月神、取後、生素戔鳴神。而素戔鳴神常以哭泣為行、故令人民夭折青山變枯、因斯父母二神勅曰、汝甚無道宜早退去於根國矣。
 又、天地割判之初、天中所生之神名曰、天御中主神次高皇産靈神(古語多賀美武須、比是皇親神留伎命)、次神産霊神(是皇親神留弥命、此神子天兒屋命、中臣朝臣祖)、其高皇産霊神所生之女名曰、拷幡千千姫命(天祖天津彦尊之母也)、其男名曰、天忍日命(大伴宿祢祖也)、又男名曰、天太玉命(斎部宿袮祖也)、太玉命所率神名曰、天日鷲命(阿波國忌部等祖)、手置帆負命(讃岐國忌部祖也)、彦狭知命(紀伊國忌部祖也)、櫛明玉命(出雲國玉作祖也)、天目<日一本>一筒命(筑紫伊勢両國忌部祖也)。
 於是、素戔鳴神奉辞日神(天照大神)昇天之時、櫛明玉命奉迎獻以瑞八坂瓊之曲玉。素戔鳴神受之轉奉日神仍共約誓即感<盛一本>其玉生天祖吾勝尊是以天照大神育吾勝尊特甚鍾愛常懐腋下稱日腋子(今俗号稚子謂和可古是其轉語也)。
 其後、素戔鳴神奉為日神行甚無状、種〃凌侮、所謂、毀畔(古語阿波那知)、埋溝(古語美曽宇美)、放樋(古語斐波那知)、重播(古語志伎麻伎)、刺串(古語久志佐志)、生剥逆剥尿戸、(如此天罪者<或本是以下皆疏也>素戔烏神、当日神耕種之節、竊徃其田刺串、相争重播種子、毀畔、埋溝、放樋、当新甞之日、以屎塗戸、当織室之時、逆剥生駒、以投室内、此天罪者今中臣祓詞也<已上疏>蚕織之源起於神代世)。
 于時、天照大神赫怒、入于天石窟、閇磐戸而幽居焉、爾乃六合常闇晝夜不分、群神愁迷手足罔惜、几厥庶事燎燭而辨、高皇産靈神會八十万神於天八湍河原議奉謝之方。
 爰思兼神深思遠慮議曰宜令太玉神率諸部神造和幣仍令石凝姥神(天糠戸命之子作鏡遠祖也)取天香山銅以鑄日像之鏡令長白羽神(伊勢國麻續祖今俗衣服謂之白羽此縁也)種麻以為青和幣(古語爾伎弖)令天日鷲神以造歟 木綿津咋見神<或無神穀木種殖之以作白和幣(是木綿也已上二惣夜蕃茂也)令天羽槌雄紳(倭文遠祖也)織文布令天棚機姫神織神衣所謂和衣)古語爾伎多倍)令櫛明玉神作八坂瓊五百箇御統玉令手置帆負彦狹知二神以天御量(大小斤雑器等之名)伐大峽小峽之材而造瑞殿(古語美豆能美阿良可)兼作御笠及矛盾令天目一箇神作薙刀斧及鐵鐸(古語佐那伎)其物既備堀天香山之五百箇眞賢木(古語佐祢居自能祢居自)而上枝懸玉中枝鏡下枝懸和幣白和幣令太玉命捧持稱讚亦令天兒屋命相副祈祷又令天鈿女命(古語天乃於須女其神強悍猛因故以爲名今俗強女謂之於須志此縁也)以<其>眞辞葛爲鬘以蘿葛爲手(蘿葛者比可氣)以竹葉飫憩木葉爲手草(今多久佐)手持著鐸之矛而於石窟戸前覆誓槽(古語宇氣布祢約誓之意)擧庭燎巧作俳優相與歌舞
 於是從思兼神議令石凝姥神鑄日像之鏡初度所鑄少不合意(是紀伊國日前神也)次度所鑄其状美麗(是伊勢太神也)儲備既畢具如所謀爾乃太玉命以廣厚稱詞啓日吾之所捧賓鏡明麗恰如汝命乞開戸而御覧焉仍太玉命天兒屋命共致其祈祷焉干時天照大神中心獨謂比吾幽居天下悉闇群神何由如此之歌樂聊開戸而窺之
 爰令天手力雄神引啓其扉遷座新殿則天兒屋命太玉命以日御綱(今斯利久迷縄是日影之像也)廻懸其殿令大宮賣神侍於御前(是太玉命久志備所生神如今世内侍善言美詞和君臣間令宸襟悦懌也)令豊磐間戸命櫛磐間戸命二神守衛殿門(是並太玉命之子也)
 当此之時上天初晴衆倶相見面皆明白伸手歌舞相與稱曰阿波礼(言天晴也)阿那於茂志呂(古語事之甚切皆稱阿那言衆面明白也)阿那多能志(言伸手而舞今指樂事謂之多能志此意也)阿那佐夜憩(竹葉之聲也)飫憩(木名也振其葉之調也)爾乃二神倶請曰勿復還幸仍歸罪過於素戔鳴神而科之以千座置戸令抜首髪及手足爪以贖之仍解除其罪逐降焉
 素戔鳴神自天而降到於出雲國簸之川上以天十握劔(其名天羽斬今在石上神宮古語大蛇謂之羽言斬蛇也)斬八岐大蛇其尾中得一靈劔其名天叢雲(大蛇之上常有雲氣故以爲名倭武尊東征之年到相模國遇野火難即以此劔薙草得免更名草薙劔也)乃獻上於天神也然後素戔鳴神娶國神女生大己貴紳(古語於保那武智神)遂就於根國矣
 大己貴神(一名大物主神一名大國主神一名大國魂神者大和國城上郡大三輪是神也)与小彦名神(高皇産靈尊之子遁常世國也)共戮力一心經營天下爲蒼生畜産定療病之方又爲攘鳥獣昆虫之災定禁厭之法百姓至今咸蒙恩頼皆有効驗也
 天祖吾勝尊納高皇産靈神之女栲幡千千姫命生天津彦尊号日皇孫命(天照大神高皇産靈神二神之孫故曰皇孫)
 既而天照大神高皇産靈尊崇養皇孫欲降爲豊葦原中國主仍遺經津主神(是磐筒女神之子今下總國香取神是也)武甕槌神(是甕速日神之子今常陸國鹿嶋神是也)駈除平定於是大己貴神及其子事代<主神>並皆奉避仍以平國矛楯授二神日吾以此矛卒有治功天孫若用此矛治國者必常平安今我將隠去矣辞訖遂隠於是二神諜伏諸不順鬼神等果以復命
 于時天祖天照大神高皇産靈尊乃相語曰夫葦原瑞穂國者吾子孫可王之地皇孫就而治焉賓祚之隆当与天壌无窮矣即以八咫鏡及薙草劔二種神寶授賜皇孫永爲天璽(所謂神璽劔鏡是也)矛五自從即勅曰吾兒視此寶鏡当猶視吾可與同床共殿以爲齋鏡仍以天兒屋命太玉命天鈿女命使配侍焉因又勅曰吾則起樹天津御籬(神籬者古語比茂侶伎)及天津磐境当爲吾孫奉齋矣汝天兒屋命太玉命二神宜持天津神籬降於葦原中國亦爲吾孫奉齋焉惟爾二神共侍殿内能爲防護宜以吾高天原所御齋庭之穂(是稻種也)亦当御於吾兒矣宜太玉命率諸部神供奉其職如天上儀仍令諸神亦與陪従復勅大物主神宜領八十万神永爲皇孫奉護焉仍使大伴遠祖天忍日命帥來目部遠祖天槵津大來目帯杖前驅
 既而且降之間先驅還白有一神居天八達之衢其鼻長七咫背長七尺口尻明曜眼如八咫鏡即遣從神往問其名八十万神皆不能相見於是天鈿女命奉勅而往乃露其胸乳抑下裳帯於臍下而向立咲 是時衢神問曰汝何故爲然耶天鈿女命反問曰天孫所幸之路居之者誰也 衝神對曰聞天孫應降故奉迎相待吾名[猨田彦大神時天鈿女命復問曰汝應先行將吾應先行耶對曰吾先啓行天鈿女復問曰汝應到何處將天孫應到何處耶對曰天孫当到筑紫日向高千穂[槵]觸之峯吾應到伊勢之狹長田五十鈴川上因曰發顯吾者汝也可迭吾而致之矣天鈿女命還報天孫降臨果皆如期天鈿女命随乞侍迭焉(天鈿女命者是猿女君遠祖以所顯<神>名爲氏姓今彼<氏>男女皆号焉猨女君此緑也)是以群神奉勅陪従天孫歴世相承各供其職
 天祖彦火尊娉海神之女豊玉姫命生彦瀲尊誕育之日海濱立室于時掃守連遠祖天忍人命供奉陪侍作箒掃蟹仍常鋪設遂以爲職号曰蟹守(今俗謂之借守者彼詞之轉也)
 逮于神武天皇東征之年大伴氏遠祖日臣命督將元戎剪除兇渠佐命之動勳無有比肩物部氏遠祖饒速目命殺虜帥衆歸順官軍忠誠之効殊蒙褒寵大和氏遠祖椎根津彦者迎引皇舟表績香山之巓賀茂縣主遠祖八咫烏者奉導宸駕顯瑞菟田之徑妖氣既晴無復風塵建都橿原經營帝宅
 仍令天富命(太玉命之孫)率手置帆負彦狹知二神之孫以齋斧齋鉏始採山材構立正殿所謂底部磐根<仁>宮柱(布都之利)立高天乃原爾搏風高之利排皇孫命乃美豆乃御殿乎造奉仕也故其裔今在紀伊國名草郡御木麁香二郷(古語正殿謂之麁香)採材齋部所居謂之御木造殿齋部所居謂之麁香是其證也
 又令天富命率齋部諸氏作種々神寶鏡玉矛盾木綿麻等櫛明玉命之孫造御利玉(古語美保伎玉言祈祷也)其裔今在出雲國毎年与調物貢進其玉天日鷲命之孫造木綿及麻并織布(古語阿良多倍)仍令天富命率日鷲命之孫求肥饒地遣阿波國殖穀麻種其裔今在彼國当大嘗之年貢木綿麁布及種種物所以郡名爲麻殖之縁也天富命更求沃壌分阿波齋部率往東土播殖麻穀好麻所生故謂之總國穀木所生故謂之結城郡(古語麻謂之總今爲上總下總二國是也)阿波忌部所居便名安房郡(今安房國是也)天富命即於其地立太王命社今謂之安房社故其神戸有齋部氏又手置<帆>負命之孫造矛竿其裔今分在讚岐國毎年調庸之外貢八百竿是其事等證也
 爰仰從皇天二祖之詔建樹神籬所謂高皇産靈神産靈魂留産靈生産靈足産靈大宮賣神事代主神御膳神(已上今御巫所奉齋也)櫛磐間戸神豊磐間戸神(已上今御門巫所奉齋)生嶋(是大八洲之靈今生嶋巫<所>奉齋)坐摩(是大宮地之靈<今>坐摩巫所奉齋也)
 日臣命帥來目部衛護宮門掌其開闔饒速日命帥内物部造備矛盾其物既備天富命率諸齋部捧持天璽鏡劔奉安正殿并懸瓊玉陳其幣物殿祭祝詞(其祝詞文在於別巻)次祭宮門(其祝詞亦在於別巻)然後物部乃立矛盾大伴來目建杖開門令朝四方之國以觀天位之貴
 当此之時帝之与神其際未遠同殿共床以此爲常故神物官物亦未分別宮内立藏号齋藏令齋部氏永任其職
 又令天富命率供作諸氏造作大幣訖令天種子命(天兒屋命之孫)解除天罪國罪事所謂天罪者上既説訖國罪者國中人民所犯之罪其事具在中臣禊詞爾乃立靈畤於鳥見山中天富命陳幣祝詞祀皇天編秩群望以答神祇之恩焉是以中臣齋部二氏倶掌祠祀之職女君氏供神樂之事自餘諸氏各有其職也
 至于礒城瑞垣朝漸畏神威同殿不安故更令齋部氏率石凝姥神裔天目一箇神裔二氏更鑄鏡造劔以爲護御璽是命践祚天之日所獻神璽鏡劔也仍就於倭笠縫邑殊立磯城神籬奉遷天照大神及草薙劔令皇女豊鍬入姫命奉齋焉其遷祭之夕宮人皆參終夜宴樂歌曰
   美夜比登能罷於保与須我良爾伊佐登保志由伎能与呂志茂
   於保与須我良爾(伊俗哥曰美夜比止乃於保与曾許侶茂比佐止
   保志由伎乃与侶志茂於保与曾許侶茂詞之轉也)
 又六年祭八十万群神仍定天社國社及神地神戸始令貢男弭之調女手末之調今神祇之祭用熊<皮>鹿皮角布等此縁也
 洎乎巻向玉城朝令皇女倭姫命(天皇第二皇女母皇后狹穂姫)奉齋天照太神仍随神教立其祠於伊勢國五十鈴川上因興齋宮令倭姫命居焉始在天上預結幽契衢神先降深有以矣
 此御世始以弓矢刀祭神祇更定神地神戸又新羅皇子海檜槍來歸今在但馬國出石郡爲大社也
 至於纏向日代朝令日本武命征討東夷仍枉道詣伊勢神宮辞見倭姫命以草薙劔授日本武命而数曰愼莫怠也日本武命既平東虜還至尾張國納宮簀媛淹留踰月解劔置宅徙行登膽吹山中毒而薨其草薙劔今在尾張國熱田社未礼典也
 至於磐余稚櫻朝住吉大神顯矣征伏新羅三韓始朝百濟國王懇致其誠終無欺弐也
 至於輕嶋豊明朝百濟王貢博士王仁是河内文首始祖也秦公租弓月率百廿縣民而歸化矣漢直祖阿知使主率十七縣民而來朝焉秦漢百済内附之民各以万計足可褒賞皆有其祠未預幣例也
 至於後磐余稚櫻朝三韓貢獻奕世無絶齋藏之傍更建内藏分収官物仍令阿知使主与百濟博士王仁記其出納始更定藏部
 至於長谷朝倉朝秦氏分散寄隷他族秦酒公進仕蒙寵詔聚秦氏賜於酒公仍宰領百八十種勝部蠶織貢調充積庭中因賜姓宇豆麻佐(言随積埋盆也所貢絹綿軟於肌膚故訓秦字謂之波陀仍以秦氏所貢絹纏祭神劔首今俗猶然所謂秦機織之縁也)自此而後諸國貢調年々盈溢更立大藏令蘇我麻智宿祢檢校三藏(齋蔵内藏大藏)秦氏出納其物東西文氏勘録其簿是以漢氏賜姓爲内藏大藏今秦漢二氏爲内藏大藏主鎰藏部之縁也
 至於小治田朝太玉之胤不絶如帯天恩興廢繼絶纔供其職
 至于難波長柄豊前朝白鳳四年以小花下諱齋部首作賀斯拝神官頭(今神祇伯也)令掌敍王族宮内礼儀婚姻卜筮事夏冬二季御卜之式始起此時作賀斯之胤不能繼其職陵遲衰微以至今
 至于浄御原朝改天下万姓而分爲八等唯序当年之勞不本天降之績其二曰朝臣以賜中臣氏命以大刀其三曰宿祢以賜齋部氏命以小刀其四曰忌寸以爲秦漢二氏及百濟文氏等之姓(蓋与齋部共預齋藏事因以爲姓也今東西文氏獻祓大刀蓋亦此之縁)
 至大賓年中初有記文神祇之簿猶無明案望秩之礼未制其式
 至天平年中勘造神帳中臣専權任意取捨有由者小祀皆列于縁者大社猶廢敷奏施行当時獨歩諸社封税入一門
 起自天降[洎]于東征扈従群神名顯國史或承皇天之厳命爲寶基之鎭衛或遇昌運之洪啓助神器之大造然則至於録功酬庸須應同預祀典或未入班幣之例猶懐秘介推之恨
 況復草薙神劍者尤是天璽自日本武尊凱旋之年留在尾張熱田社外賊偸逃不能出境神物靈驗以此可觀然則奉幣之日可同致敬而久代闕如不修其礼所遣一也
 夫尊祖敬宗礼教所先故聖皇登極受終父祖類于上帝禋于六宗望于山川徧于群神然則天照大神者惟祖惟宗尊無二因自餘諸神者乃子乃臣孰能敢抗而今神祗官班幣之日諸神之後敍伊勢神宮所遺二也
 天照大神本与帝同殿故供奉之儀君神一體始自天上中臣齋部二氏相副奉祷日神猨女之祖亦解神怒然則三氏之職不可相離而今伊勢宮司獨任中臣氏不預二氏所遺三也
 凡奉造神殿帝殿者皆須依神代之職齋部官率御木麁香二郷齋部伐以齋斧堀以齋鉏然後工夫下手造畢之後齋部殿祭及門祭訖乃可御坐而造伊勢宮及大嘗由紀主基宮皆不預齋部所遺四也
 又殿祭門祭者元太玉命供奉之儀齋部氏之所職也雖然中臣齋部共任神祗官相副供奉故宮内省奏詞偁将供奉御殿祭而中臣齋部候御門至于賓龜年中初宮内少輔從五位下中臣朝臣常恣改奏詞云中臣率齋部候御門者彼省因循永爲彼例于今未改所遺五也
 又肇自神代中臣齋部供奉神事無有差降中間以來權移一氏齋宮寮主神司中臣齋部者元同七位官而延暦初朝原内親王奉齋之日殊降齋部爲八位官于今未復所遺六也
 凡奉幣諸神者中臣齋部共預其事而今大宰主神司獨任中臣不預齋部所遺七也
 諸國大社亦任中臣不預齋部所遺八也
 凡鎭魂之儀者天鈿女命之遺跡然則御巫之職應任奮氏而今所選不論他氏所遺九也
 凡造大幣者亦須依神代之職齋部之官率供作諸氏准例造備然則神祗官神部可有中臣齋部猨女鏡作玉作盾作神服倭文麻續等氏而今唯有中臣齋部等二三氏自餘諸氏不預考選神裔亡散其葉將絶所遺十也
 又勝寶九歳左辮官口宣自今以後伊勢太神宮幣帛使専用中臣勿差他姓者其事雖不行猶所載官例未<見>刊除所遺十一也
 一昔在神代大地主神營田之日以牛宍食田人于時御歳神之子可至於其田唾饗而還以状告父御歳神發怒以蝗放其田苗葉忽枯損似篠竹於是大地主神令片巫(志止々鳥)肱巫(今俗竈輪及來占也)占求其由御歳神爲崇宜獻白猪白馬白鶏以解其怒依教奉謝御歳神答曰實吾意也宜以麻柄作桛々之乃以其葉掃之以天押草押之以烏扇阿不氣若如此不出去者宜以牛宍置溝口作男莖形以加之(是所以厭其心也)以薏子(古語以薏玉都須也)蜀淑呉桃葉及塩班置其畔仍從其教苗葉復茂年穀豊稔是今神祇官以白猪白馬白鶏祭御歳神之縁也
 前件神代之事説似磐古疑氷之意取信宴難<雖>然我國家神物靈蹤今皆見存觸事有効不可謂虚但中古尚朴礼樂未明制事垂法遺漏多矣
 方今聖運初啓照堯暉於八洲賓暦惟新蕩舜波於四海易鄙俗於往代改粃政於当年随時垂制流万葉之英風興廢繼絶補千載之闕典若当此造式之年不制彼望秩之礼竊恐後之見今猶今之見古矣愚臣廣成朽邁之齢既逾八十犬馬之戀旦暮弥切忽然遷化含恨地下街巷之談猶有可取庸夫之思不易徒棄幸遇求訪之休運深歡口實之不墜庶斯文之高達被天鑒之曲照焉

大同二年二月十三日


<読み下し文>
古語拾遺一巻(加序)

從五位下斎部宿袮廣成撰 

 蓋し聞く、上古の世、未だ文字は有らず。貴賎老少は口々に相傅し、前言徃行は忘れざりあらむ。書を契するより以来、古きを談るを好まず、浮華を興に競ふ。還つて舊老を嗤ひ、人の使ふに世を歴ていよいよ新しきを遂ふ、事は代を逐ふに改め變はる。顧へりみて故實を問ふに靡かに根源を識ず、國史家牒は雖だ其の由の略を一二を載せ、曲かに委すも猶も遺すところが有り。愚臣が言はずば恐く傳へること無く絶へなむ。幸に召問を蒙ふむり、蓄はへし故録舊説を憤し攄ぶるを欲す、敢へて上を以つて聞こしめす、云ふことしかり

 一は聞く、夫れ開闢の初、伊奘諾伊奘冉の二神、共に夫婦と為す、大八洲國と山川草木を生み、次に日神月神を生む。取し後、素戔鳴神を生む。しかし素戔鳴神は常に哭泣を以ちて行ふ、故に人民を令じて夭折せしめ青山を枯に變へる。斯に因りて父母二神の勅して曰く、汝は甚しく無道なり。宜しく早く根國へ去に退からむ。
 又、天地の割判の初、天の中に生まれるところの神の名に曰く、天御中主神、次に高皇産<靈>神(古語に多賀美武須比(たかみぬすひ)、是れは皇親神留伎命(すめらおやかむるぎのみこと))、次に神産霊神(是は皇親神留弥命(すめらおやかむるやのみこと)、此の神の子は天兒屋命、中臣朝臣の祖なり)、其の高皇産霊神の生むところの女の名に曰く、拷幡千千姫命(天祖(あまつおや)の天津彦尊(あまつひこのみこと)の母なり)、其の男の名に曰く、天忍日命(大伴宿祢の祖なり)、また男の名に曰く、天太玉命(斎部宿袮の祖なり)、太玉命の率ひるところの神の名に曰く、天日鷲命(阿波國の忌部等の祖)、手置帆負命(讃岐國の忌部の祖なり)、彦狭知命(紀伊國の忌部の祖なり)、櫛明玉命(出雲國の玉作の祖なり)、天目<日一本>一筒命(筑紫と伊勢の両國の忌部の祖なり)。
 是において、素戔鳴神は日神(天照大神)に辞を奉らむと天に昇りし時、櫛明玉命瑞八坂瓊の曲玉を以つて獻じ迎へ奉らむ。素戔鳴神は之を受け日神に轉へ奉らむ。仍ち共に約誓し、即ち感じ<盛一本>其の玉より天祖吾勝尊を生む。是を以つて天照大神は吾勝尊を育む。特に甚しく鍾愛し、常に腋下に懐く。稱して日く、腋子(今の俗に稚子と号するは謂く和可古(わかこ)。是れ其の轉の語なり)。
 其の後に、素戔鳴神の日神に奉らむ行ひは甚だ無状。種々に凌じ侮る。所謂、毀畔(古語に阿波那知(あはなち))、埋溝(古語に美曽宇美(みそうみ))、放樋(古語に斐波那知(ひはなち))、重播(古語に志伎麻伎(しぎまぎ))、刺串(古語に久志佐志(くしさし))、生剥、逆剥、尿戸(如此の天罪は<或本に是を以つて下は皆疏したり>素戔烏神、神の耕種の節の日に当り、竊かに其の田に徃き刺串す、重播種子し相争そはしむ、毀畔、埋溝、放樋、新甞の日に当り、屎を以つて戸に塗り、織室の時に当り、逆剥の生き駒を以つて室内に投ぐ。此の天つ罪は今の中臣祓詞にあり<已に上に疏したり>。蚕織の源は神代の世に起こつ。)。
 時に、天照大神は赫怒し、天の石窟の入り、磐戸を閇め幽居す。爾に国は常に闇となし、晝夜を分かたず。群神は愁ひ迷ひて、手足は惜みなく罔し、几そ庶事を厥き、燭を燎して辨づる。高皇産靈神は八十万神を天八湍の河原に會し、謝の方を奉らむことを議す。
 爰に思兼神は深思遠慮し議して曰く、宜しく太玉神に令じて諸部神を率ひて和幣を造らせしめ、仍令石凝姥神(天糠戸命の子の作鏡の遠祖なり)天香山の銅を取ちて以つて日像の鏡を鑄せしむる。長白羽神(伊勢國の麻續の祖。今の俗に衣服を白羽と謂ふは、此の縁なり)に令じて、種麻を以つて青の和幣(古語に爾伎弖(にぎて))と為す。天日鷲神に令じて、以つて<造歟>木綿津咋見神<或無「神」>の穀木種を殖へ、之を以つて白の和幣(是は木綿(ゆふ)なり。已に上に惣夜蕃茂(そよしも)なり)を作らしむる。天羽槌雄紳(倭文の遠祖なり)に令じて文布を織しめ、天棚機姫神に令じて神衣を織しむ。いはゆる、和衣(古語に爾伎多倍)なり。櫛明玉神に令じて八坂瓊五百箇御統玉を作らしむ。手置帆負彦狹知二神に令じて天御量(大小斤雑器等の名)以つて大峽小峽の材を伐り、瑞殿(古語に美豆能美阿良可)を造り、御笠及び矛と盾を作らしめむ。天目一箇神に令じて薙刀・斧及び鐵鐸(古語に佐那伎(さなぎ))を作らしめ、其の物が既に備ふらば、天香山の五百箇眞賢木(古語に佐祢居自能祢居自(さねゐじのねゐじ))を堀りて、その上枝に玉を懸け、中枝には鏡、下枝にき和幣と白き和幣を懸けむ。太玉命に令じて捧げ持ちて讚じ稱へせしむ。また、天兒屋命に令じて相副へて祈り祷らせしめ、天鈿女命(古語に天須女の其の神は強して悍猛なり。故に因りて以つて名と爲す。今の俗に強女(こわめ)。強米を須志(すし)と謂ふは此の縁なり)に令じて以<其>眞辞葛を鬘と爲し、蘿葛を以つて手襷(蘿葛は比可氣(ひかげ))を爲し、竹葉と飫憩木葉を以つて手草(今の多久佐(たくさ))と爲し、手に著鐸の矛を持ちて石窟戸の前を誓槽(古語に宇氣布祢(うけふね)の約誓(うけひ)の意)で覆ひ、庭燎を擧げ、巧みに俳優を作し、歌ひと舞ひを相ひ與す。
 是に於いて思兼神の議に從がひ、石凝姥神に令じて日像の鏡を鑄らしむに、初度に鑄らしむところ少し意(是は紀伊國の日前神なり)に合わず。次度に鑄らしむところ其の状は美麗(是は伊勢の太神なり)なり。儲け備へること既に畢はりぬ。具さかに謀るところ、爾に太玉命を以つて廣く厚く詞を稱かしむ。啓して日く、吾が賓鏡を捧げるところ明麗にして恰かも汝命の如し。戸を開き御覧を乞ふ。仍ち太玉命と天兒屋命と共に其の祈り祷りを致す。時に、天照大神は獨り心の中に謂く、比の吾は幽に居り、天の下は悉く闇なり。群神、何の由により聊さかに此の歌を樂しむ、戸を開き之を窺ふ。
 爰に天手力雄神に令じて其の扉を引き啓き遷へりて新殿に座さしむ、則ち天兒屋命と太玉命は以つて日く、御綱(今の斯利久迷縄(しりくめつな)。是は日影の像なり)を其殿に廻し懸け、大宮賣神に令して、御前に侍べらしむる(是は太玉命の久志備は神の生まれるところ。今世の内侍の善言美詞は、君臣の間の宸襟悦懌を令ずるものなり)。豊磐間戸命と櫛磐間戸命との二神に令して殿門を守衛しむる(是はともに太玉命の子なり)。
 此の時に当り、上天は初めて晴れ、衆は倶さかに面を相見み、皆明白。手を伸し歌ひと舞ひを相與し、稱へて曰く、阿波礼(言く天晴なり)阿那於茂志呂(古語に事の切に甚しいを皆稱へて阿那(あな)、言く衆面明白(おもしろし)なり)阿那多能志(言く伸手の舞。今の事を樂しむを指して謂ふ多能志(たのし)は此の意なり)阿那佐夜憩(竹葉の聲なり)飫憩(木の名なり。振其葉の調なり)爾に二神は倶さかに請ひて曰く、復た還へり幸きたまふな、仍ち過し罪を於素戔鳴神に歸し、之の科を以つて千座の置戸を令じ、首の髪と手足の爪の抜きて、以つて之を贖ふ。仍ち其の罪を解除へ、降し逐る。
 素戔鳴神は天より降り、出雲國簸の川上に到る。天十握劔(其の名の天羽斬は、今は石上神宮に在る。古語に大蛇と謂ふは、羽斬蛇(はざじゃ)と言ふなり)を以つて、八岐大蛇の其の尾を斬り、中に一つの靈劔を得る。其を名つけて天叢雲(大蛇の上に常に雲氣有り。故に以つて名を爲す。倭武尊の東征の年に到り、相模國に野火の難に遇ひ、即ち以つて此の劔にて草を薙ぎ、免れんことを得る。更に名つけて草薙劔なり。)。上に獻じ、天つ神となす。然る後、素戔鳴神は國神の女を娶ひ、大己貴紳(古語に於保那武智神(おほなむちのかむ))を生む。遂ひに根國に就きむ。
 大己貴神(一は名を大物主神、一は名を大國主神、一は名を大國魂神は大和國城上郡大三輪の神なり。)と小彦名神(高皇産靈尊の子遁常世國也)は共に力を戮せ心を一つにし、天下を經營す。蒼生畜産し、病の療方を定め、また鳥獣昆虫の災ひを攘ひ、禁厭の法を定め、百姓今に至るまで咸恩を蒙むり、皆その驗の効あることを頼るなり
 天祖吾勝尊は高皇産靈神の女の栲幡千千姫命を納れて、天津彦尊、号して日く皇孫命(天照大神と高皇産靈神との二神の孫なり。故に曰く皇孫と。)を生む。
 既に天照大神と高皇産靈尊は皇孫を養ひ崇つり、降さしめ豊葦原の中國の主に爲さむと欲す。仍に經津主神(是は磐筒女神の子。今の下總國の香取神は是なり。)と武甕槌神(是は甕速日神の子。今の常陸國の鹿嶋神は是なり。)を遺はし、駈せて除き平定す。是に於ひて大己貴神と其の子の事代主神並びに皆を避け奉まつる。これを以つて國を平らけむ。矛と楯を二神に授けて日く、吾は此の矛を以つて卒ひて治の功有り。天孫若し此の矛を用ひば、國を治めるは必ず常に平安あらむ。今、我は將に隠れ去らむ。辞を訖ふて遂に隠れむ。是に於いて二神は諸の順らはぬ鬼神等を諜伏す。果を以つて復命す。
 この時に、天祖天照大神と高皇産靈尊は相ひ語らひて曰く、それ葦原瑞穂の國は吾が子孫の王の地なるべし。皇孫に就し治めしめむ。焉に賓祚の隆は当に天壌无窮を与へるとこらならむ。即ち八咫鏡及び薙草劔の二種の神寶を以つて皇孫に授け賜まひ、永く天璽(所謂、神璽の劔鏡は是なり)と爲し、矛と玉は自ずから從ふ。即ち勅して曰く、吾兒よ此の寶鏡を視るに当りて、猶吾を視るごとくとし同床に共殿なさしむ。以つて齋鏡と爲さしむ。仍ち天兒屋命、太玉命、天鈿女命を以つて使はして因りて配侍せしむる。また勅して曰く、吾、則ち天津御籬(神籬は古語に比茂侶伎)及び天津磐境の樹を起こし、まさに吾孫を齋き奉つらせむ。汝、天兒屋命と太玉命の二神は宜しく天津神籬を持ち、葦原中國に降り、また吾孫に齋ひ奉つらせむ。惟に爾に二神は共に殿内に侍べり、能く防ぎ護らせむ。宜しく吾が高天原の所の御齋庭の穂(是は稻種なり)を以つて、吾兒に御をせしむ。宜しく太玉命は諸部神を率ひて其の職を供へ奉せしめ、天上の儀ごとくその諸神に令じせむ。陪従せしむ。復た大物主神に勅して、宜しく八十万神を領じ、永く皇孫護り奉らせむ。ここに大伴の遠祖天忍日命を使はして帥せしめ、來目部の遠祖天槵津の大來目は杖を帯びて前を驅けしむ。
 既にして降り間に先驅し還へりて白く、天の八達の衢に一神が居り有る、其の鼻の長さ七咫、背の長さ七尺、口の尻は明曜し、眼は八咫鏡の如し、と。即ち從神を遣はし、往きて其の名を問はしむ。八十万神、皆能く相見ることあたわず、是に於いて天鈿女命に勅を奉じ、往きて其の胸乳を露はし、裳帯を臍下に抑下し向ひ立ちて噱き咲む。是の時、衢神は問ひて曰く、汝、何故に然かと爲すや、と。天鈿女命反へして問ひて曰く、天孫の幸くの路のほとりに居る者は誰なりや、と。衝神は對へて曰く、天孫のまさに降らむを聞く、故に迎へ奉じて相ひ待つ。吾が名は是れ猿田彦大神なり、と。時に天鈿女命、復び問ひて曰く、汝が先に行かむか、吾が先に行かむか、と。對へて曰く、吾、先に啓き行く、と。天鈿女は復び問ひて曰く、汝は何處に到らむや、天孫は何處に到らむや、と。對へて曰く、天孫はまさに筑紫日向高千穂槵觸の峯に到たらむ。吾は伊勢の狹長田五十鈴川上に到たらむ、と。因りて曰く、發して吾を顯はすは汝なり。吾を迭くるべし、と。而して之を致すらむ。天鈿女命は還へりて報ず。天孫は降りに臨み、皆の期すごとく天鈿女命の随ひて侍して迭らむことを乞うことを果たしむ。(天鈿女命は是れ猿女君の遠祖。神名を顯はすところを以つて氏姓と爲す。今、かの氏の男女皆猿女君と号する。此の縁なり)是を以つて群神は勅を奉じ陪従し、天孫の世を歴るにおのおの供へ其の職を相承けたまわる。
 天祖彦火尊は海神の女豊玉姫命を娉ひ、彦瀲尊を生む。誕育の日に海濱に室を立て、時に掃守連遠祖天忍人命を陪侍し供奉せしむ。蟹を掃く箒を作り、常に鋪設し遂ふ。以つて職と爲す、号して曰く、蟹守。(今の俗に借守と謂ふはかの詞の轉なり)
 神武天皇の東征の年に逮みて、大伴氏遠祖日臣命は督將の元戎を剪ひ兇渠を除く。佐命の勳する動きは比肩するをあらざる。物部氏遠祖饒速目命は虜を殺し衆を帥し、官軍に歸順す。忠誠の効を殊に褒寵を蒙むる。大和氏遠祖椎根津彦は皇舟を迎引し、香山之巓に績を表す。賀茂縣主遠祖八咫烏は宸駕を奉導し、菟田の徑に瑞を顯はす。妖氣は既に晴れ復た風塵無し。橿原に都を建て帝宅を經營す。
 仍ち天富命(太玉命の孫)に令して手置帆負と彦狹知の二神の孫を率ひて、齋斧と齋鉏を以つて始めて山材の採り正殿を構立す。所謂、底部磐根に宮柱(布都之利)を立て、高天の原に風を搏ち高の利を排し、皇孫の命を美豆の御殿を造り仕へ奉るなり。故に其の裔は今の紀伊國名草郡御木と麁香の二郷に在する。(古語に正殿を麁香と謂ふ) 材を採る齋部の居る所を御木と謂ひ、殿を造る齋部の居る所を麁香と謂ふ。是れ其の證なり。
 又、天富命に令して齋部の諸氏を率ひて種々の神寶・鏡・玉・矛・盾・木綿麻等を作らしむ。櫛明玉命の孫は御利玉(古語に美保伎玉は祈祷を言ふなり)を造る。其の裔は今は出雲國に在る。年毎に貢ぐ物を調へ其の玉を進む。天日鷲命の孫は木綿及び麻と織布(古語に阿良多倍)を造る。仍ち天富命に令して日鷲命の孫を率ひて肥饒の地を求めしめ、阿波國へ遣り穀と麻種を殖へしむ。其の裔は今のかの國に在る。まさに大嘗の年に木綿・麁布及び種々の物を貢がしむ。その所を以つて郡の名の麻殖に爲すはこの縁なり。天富命は更に沃壌を求め、阿波齋部を分かち率ひて東の土播し麻と穀を殖え好く麻を生む所へ往く。故にこの總國の穀木を生む所と謂ふ、故に結城郡と謂ふ。(古語に麻を總と謂ふ。今の上總下總二國を爲すは是なり。)阿波忌部の居る所は便り安房郡と名づく。(今の安房國は是なり) 天富命は其の地に於いて太王命の社の立つ。今の安房の社を謂ふ。故に其の神戸に齋部氏又び手置<帆>負命の孫の造らし矛と竿が有る。其の裔は今は分かちて讚岐國に在る。年毎に庸を調へる外に八百竿を貢ぐ。是は其の事等の證なり。
 爰、皇天二祖の詔に仰從して神籬の樹を建つ。所謂、高皇産靈、神産靈魂、留産靈、生産靈、足産靈、大宮賣神、事代主神、御膳神(已に上にあり。今の御巫の奉齋するところなり)、櫛磐間戸神、豊磐間戸神(已に上にあり。今の御門巫の奉齋するところ)、生嶋(是れ大八洲の靈。今の生嶋巫の奉齋するところ)、坐摩(是れ大宮地の靈。今の坐摩巫の奉齋するところなり)なり。
 日臣命は來目部を帥して宮門を衛護し、其の開闔を掌する。饒速日命は内物部を帥ひて矛盾を造備し、其の物は既に備はる。天富命は諸の齋部を率ひて天璽鏡劔を捧持し、正殿に奉安し并びに瓊玉を懸けしめ、其の幣物殿の祭の祝詞を陳ぶ。(其の祝詞の文は別巻に在る)、次に宮門を祭る。(其の祝詞は亦た別巻に在る) 然りし後に、物部の矛盾を立て、大伴・來目の杖を建て門を開け、令して朝四方の國を以つて天位の貴しを觀さしむ。
 此の時にあたり、帝と神の其の際は未だ遠からず同殿共床を以つて此を爲す。常に故に神物と官物もまた未だ分たず。別に宮の内に藏を立つ、号して齋藏と云う。齋部氏に令して永く其の職を任かしむ。。
 又、天富命に令して作り供へむ諸氏を率ひて大幣訖を造作せしめ、天種子命(天兒屋命の孫)に令して天罪・國罪の事を解除せしむ。所謂、天罪は上に既に説訖す、國罪は國中人民の罪を犯すところ其事なり。具さかには中臣禊詞に在る。ここにすなわち鳥見山中に於いて靈畤を立つに、天富命は祝詞を陳幣し皇天の編秩群望を禋祀し、以つて神祇の恩に答ふる。是を以つて中臣・齋部の二氏は倶さかに祠祀の職を掌じ、猿女君氏は神樂の事を供へる。餘りの諸氏の各々其の職は有るなり。
 礒城瑞垣朝に至りて、漸し神威を畏れ、殿を同じくすは安らかず。故に齋部氏に令して石凝姥神の裔と天目一箇神の裔の二氏を率ひて、鏡を鑄し劔を造らしむ。以つて御璽を護らしむ。是に命は天の日の所に神璽鏡劔を獻じ践祚するなり。仍ち倭笠縫邑に就きて、殊に磯城の神籬を立ち、天照大神の草薙劔を遷し奉つる。皇女豊鍬入姫命に令して齋を奉じしめ、其の遷す祭の夕べ、人皆宮に參り終夜宴し樂を歌ひて曰く、
美夜比登能罷 於保与須我良爾 伊佐登保志 由伎能与呂志茂 於保与須我良爾
みよひとのり をほよすがらに いさとほし ゆぎのよろしも おほよすがらに
伊の俗哥に曰く、
美夜比止乃 於保与曾許侶茂 比佐止保志 由伎乃与侶志茂 於保与曾許侶茂
みよひとの をほよそころも ひさしほし ゆぎのよろしも をほよそころも
の詞の轉なり
 又、六年に八十万群神を祭る。仍ち天社國社び神地神戸を定め、始めて令して男の弭の調と女の手末の調を貢がしむ。今の神祇の祭に用ひる熊皮・鹿皮・角布等は此の縁なり。
 巻向玉城朝に洎び皇女倭姫命(天皇の第二皇女、母は皇后狹穂姫)に令して天照太神を齋ひ奉らしむ。仍ち神の教へに随ひて其の祠を伊勢國五十鈴川上に立つ。因りて倭姫命に令して齋宮に居らしむ。焉に始めに天上に在りしに預め幽契を結び、衢神は先に降りるは以つて深きを有らむや。此の御世に始めて弓矢刀を以つて神祇を祭る。更に神地神戸を定めむ。又、新羅皇子の海檜槍が歸へり來たり。今の但馬國出石郡に在り大社と爲すなり。
 於纏向日代朝に至りて、日本武命に令して東夷を征討せしむ。仍ち枉道に伊勢神宮に詣で、倭姫命を見て辞す。草薙劔以つて日本武命に授く。数曰は愼しみ怠たるなかれ。日本武命は既に東虜を平らげ、還へりて尾張國に至り宮簀媛を納め、淹留踰月、劔を解き宅に置き、徙行にて膽吹山に登りて毒に中りて薨む。其の草薙劔は今は尾張國熱田社に在る。未だ礼典あらざるなり。
 磐余稚櫻朝に至りて、住吉大神が顯はれむ。新羅を征伏し、三韓は始めて朝する。百濟國王は懇ろに其の誠を致し、終ひに弐を欺かざらむなり。
 輕嶋豊明朝に至りて、百濟王は博士王仁を貢ぐ。是は河内文首の始祖なり。秦公の祖の弓月は百廿縣民を率ひて歸化せむ。漢直の祖の阿知使主は十七縣民を率ひて來朝せむ。秦漢百済の内附の民、各々万を以つて計る。褒賞するに足るべし。皆に其の祠が有るが未だ幣例に預からざるなり。
 後磐余稚櫻朝に至りて、三韓の貢を獻じるは世に絶へること無し。齋藏の傍に更に内藏を建て、分ちて官物を収めむ。仍ち阿知使主と百濟博士王仁に令して其の出納を記さしめむ。始めて更に藏部を定めむ。
 長谷朝倉朝に至りて、秦氏は分ち散り他族に寄隷する。秦酒公は進仕し寵を蒙むり、詔して聚しし、秦氏は酒公を賜はる。仍ち百八十種の勝部を宰領し蠶を織り調を貢ぎ庭中に充積す。因りて宇豆麻佐の姓を賜はる。(随に盆を積埋するを言ふなり。貢ぐところの絹綿は肌膚に軟らかし。故に訓の秦の字を波陀と謂ひ、仍ち秦氏の貢ぐところの絹を以つて祭神の劔の首を纏く。今の俗に秦の機織と謂うところの縁なり) 此より後、諸國の貢ぐ調は年々盈溢す。更に大藏を立つ。蘇我麻智宿祢に令して三藏(齋蔵・内藏・大藏)を檢校せしむ。秦氏は其の物を出納し、東西文氏は其の簿の録を勘がみる。是を以つて漢氏は内藏・大藏の姓を賜はる。今の秦漢二氏を内藏・大藏と爲し、主に鎰藏部は之の縁なり。
 小治田朝に至りて、太玉の胤は帯の如く絶えず。天恩により廢せむを興し絶へむを繼ぎ、纔かに其の職に供する。
 難波長柄豊前朝に至り白鳳四年、小花下の諱は齋部首作賀斯を以つて神官頭(今の神祇伯なり)に拝す。令して敍・王族・宮内礼儀・婚姻・卜筮事・夏冬二季の御卜の式を掌ぜむ。始りは此の時に起きる。作賀斯の胤は其の職を繼ぐこと能はずに陵遲衰微し、以つて今に至る
 浄御原朝に至りて、天下の万姓を改ためる。八等に分かち、ただ序するに当年の勞をもってす。天降りの績に本らず。其の二曰に朝臣を以つて賜はり中臣氏は大刀を以つて命ぜられ、其の三曰に宿祢を以つて賜はり齋部氏は小刀を以つて命ぜられ、其の四曰に忌寸を以つて秦漢二氏及び百濟文氏等の姓と為す。(蓋し齋部と共に齋藏の事を預かることに因り、以つて姓と為すなり。今の東西文氏の祓大刀を獻ずるは、蓋し此の縁なり)
 大賓年中に至り、初めて記の文有り。神祇の簿は猶明らかならず。秩の礼を望むを案ずるに未だ其の式を制せず。
 天平年中に至り、勘がみて神帳を造る。中臣は權を専じて意の任くままに由へ有る者を取捨し、縁者は小祀といへども皆列せられ、大社とあれど猶も廢せらる。敷奏の施行は時に当り、獨り諸社を歩き封税をく一門に入れる。
 天降りより起こり東征に扈従し群神の名は國史に顯はる。或は皇天の厳命を承たまはり寶基の鎭衛と爲す。或は昌運の洪啓に遇りて、神器の大造を助ける。然ば則ち、功を録し酬ゐるに至るは、庸に於ひてすべからくなお同じく祀典に預かるべし。或は未だ幣の例の班ちに入らず。猶、秘かに介推の恨を懐だく。
 況、復た草薙神劍は是れ天璽にあらむや。日本武尊の凱旋の年より尾張熱田社に留り在る。外賊の神物靈驗を以つて偸に境を出でて逃げることあたはず。此は然と觀るべし。則ち幣の日に同じく敬ひ致して奉るべきに、代に久しく闕く如く其礼を修めざらむ。遣すところの一なり。
 夫れ、祖を尊び宗を敬ふは礼の教へるところ。先ず故に聖皇登極は終ひに父祖を受け、上帝に類し六宗を禋り山川を望み群神を徧くする。然らば則ち、天照大神はただ祖ただ宗の尊ならむに、ここに因りて餘りの諸神は乃ち子、乃ち臣なり。孰れか能く敢へて抗ふことあらむ。今の神祗官の幣の日に班ちするに諸神の後に伊勢神宮を敍する。遺すところの二なり。
 天照大神は本は帝と殿を同じくす。故に儀を供奉するに君も神も一體なり。始め天上より中臣と齋部の二氏は相副へ日神を祷ひ奉まつり、猿女の祖は神の怒りを解く。然らば則ち三氏の職は相離ちべからず。今の伊勢宮司は獨り中臣氏に任けられ、二氏は預からず。遺すところの三なり。
 凡そ神殿帝殿を造り奉まつるは、皆神代の職に依るものなり。齋部の官は御木と麁香の二郷の齋部を率ひ、以齋斧を以つて伐り、齋鉏を以つて堀る。然る後に、工夫は手を下し造畢の後に齋部の殿祭および門祭を訖ひ、御坐すべし。伊勢宮及び大嘗の由紀・主基宮を造くるに、皆、齋部は預からず。遺すところの四なり。
 又、殿祭門祭は元は太玉命の供奉する儀なり。齋部氏の職とするところなり。然るに中臣と齋部は共に神祗官に任けられ、相副へ供奉する。故に宮内省の詞を奏し、将に偁して御殿の祭に供奉せしむ。中臣と齋部は御門に候ふ。賓龜年中に至りて、初めて宮内少輔從五位下中臣朝臣は常に恣ひて奏する詞を改めて云ふ。中臣は齋部を率ひて御門に候ふをなす。それ因循を省ぶき永く例と爲すも今も未だ改ためざる。遺すところの五なり。
 又、肇め神代より中臣と齋部は神事に供奉するに差の有るは無し。降りて中間より以來、權は一氏に移る。齋宮寮主神司の中臣と齋部は元は同じ七位の官なり。延暦の初め朝原内親王の齋奉る日に、殊に齋部を降して八位の官と爲し、今も未だ復せず。遺すところの六なり。
 凡そ、諸神に幣を奉まつるは中臣と齋部の共に其の事を預かる。今は大宰主神司は獨り中臣に任けられ、齋部は預からず。遺すところの七なり。
 諸國大社も中臣に任けられ、齋部は預からず。遺すところの八なり。
 凡そ、鎭魂の儀は天鈿女命の遺跡なり。然ば則ち、御巫の職は奮氏に任けるべし。今の選するところ他氏は論せず。遺すところの九なり。
 凡し、大幣を造るは神代の職に依るべし。齋部の官は供を作る諸氏を率ひて例に准じて造り備ふ。然ば則ち、神祗官の神部は、中臣・齋部・猿女・鏡作・玉作・盾作・神服倭文・麻續等の氏であるべし。今は唯中臣・齋部等の二三氏に有らむ。餘り諸氏は考選に預からず、神裔は亡散し其の葉は將に絶へむ。遺すところの十なり。
 又、勝寶九歳の左辮官の口宣に、今より以後は伊勢太神宮幣帛使は専ら中臣を用ひ、他姓は其事に差すことならむ、と。雖、猶行はれざるところと云うも、例は官に載り未だ刊除するを見ず。遺すところの十一なり。
 ある昔、神代に在るに大地主神の營田の日を以つて牛の宍を田人に食せしむ。時に御歳神の子は其田に至るに、饗に唾して還へりて以つて状を父に告ぐ。御歳神は發怒し、以つて蝗を其田に放ち、苗葉は忽に枯損し篠竹に似る。是に於ひて大地主神は片巫(志止々鳥)肱巫(今の俗に竈輪の來占なり)令して、其の由を占して求めしむ。御歳神は崇りを爲す。宜しく白猪白馬白鶏を獻じ、以つて其の怒を解く。教へに依りて謝を奉まつる。御歳神は答へて曰く、實に吾が意なり。宜しく麻柄を以つて桛を作りて之を桛ぎ、其の葉を以つて掃き、天押草を以つて押し、烏扇を以つて阿不氣[あふぎ]、若し此の如く出で去らざらば、宜しく牛の宍を以つて溝口に置き男莖の形を作り以つて加へむ。(これは以つて厭ふ其心なり)薏子(古語に薏を以つて都須[つす]の玉なり)、蜀淑、呉桃葉及び塩を以つて班ちし、其の畔に置く。仍ち其の教へに從ひ、苗葉は復た茂り年穀は豊かに稔りむ。是は今の神祇官の白猪白馬白鶏を以つて御歳神を祭る縁なり。
 前件の神代の事説は磐古に似る。氷を疑ふ意は信を取るは是は難たし。雖然るも我國家の神物靈は蹤く。今は皆見存する事に觸れるに効は有り。虚と謂ふべからず。但し中古のなほ朴にして、礼樂は未だ明らかならず。事を制し法を垂れるに遺漏は多し。
 今の聖運は初め啓きて堯暉を八洲に照す。賓暦は、ただ新たに舜波を四海に蕩かす。鄙俗を往代に易へ、粃政を当年に改め、時に随ひて制を垂れ、万葉の英風を流し、廢を興し絶を繼ぎ、千載の闕典を補ふ。若し此の造式の年にあつてかの望秩の礼を制せずむば、竊かに恐れむ。後の今を見むことを。猶、今の古を見からならむ。愚臣廣成は朽邁の齢にて既に八十を逾ゆ。犬馬の戀は、ただ暮に弥く切なり。然るに忽ちに遷化するは恨を地下に含む。街巷の談に猶取るべきは有る。庸夫の思ひは徒に棄て易すからず。幸に求訪の休運に遇ひ、深く口實の墜ざらむを歡ぶ。庶斯の文の高達し、天鑒の曲照を被らむや。

大同二年二月十三日
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