竹取翁と万葉集のお勉強

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万葉集巻二を鑑賞する  集歌147から集歌162まで

2012年06月30日 | 万葉集 旧読解
万葉集巻二を鑑賞する


近江大津宮御宇天皇代 天命開別天皇、謚曰天智天皇
標訓 近江大津宮に御宇天皇の代(みよ) 
追訓 天命開別天皇、謚して曰はく天智天皇

天皇聖躬不豫之時、太后奉御謌一首
標訓 天皇(すめらみこと)聖躬(おほみみ)不豫(やくさ)みましし時に、太后(おほきさき)の奉れる御謌一首

集歌147 天原 振放見者 大王乃 御壽者長久 天足有
訓読 天の原振り放(さ)け見れば大王(おほきみ)の御(み)寿(いのち)は長く天(あま)足(た)らしたり

私訳 天の原を振り仰いで眺めると、大王の御命は長く、天に満ちています。


一書曰、近江天皇聖躰不豫御病急時、大后奉獻御謌一首
標訓 一(ある)書(ふみ)に曰はく、近江天皇(おふみのすめらみこと)の聖躰不豫、御病(みやまひ)急(には)かになりし時に、大后の奉(たて)獻(まつ)れる御謌一首

集歌148 青旗乃 木旗能上乎 賀欲布跡羽 目尓者雖視 直尓不相香裳
訓読 青旗(あをはた)の木旗(こはた)の上(うへ)を通ふとは目には見れども直(ただ)に逢はぬかも

私訳 ここから東の方向の木の梢の上を御霊が通っていると目にははっきりと感じられますが、この風のざわめきにようにはっきりと御姿に御逢い出来ないでしょうか。


天皇崩後之時、倭太后御作謌一首
標訓 天皇(すめらみこと)の崩(かむあが)りましし後の時に、倭(やまとの)太后(おほきさき)の御(かた)りて作(つく)らしし謌一首
集歌149 人者縦 念息登母 玉蘰 影尓所見乍 不所忘鴨
訓読 人はよし念(おも)ひ息(や)むとも玉蘰(たまかづら)影に見えつつ忘らえぬかも

私訳 他の人がそうであって貴方をお慕いすることを止めたとしても、目に付く美しい蘰が貴方の面影のように常に思えていて、忘れられないでしょう。


天皇崩時、婦人作謌一首  姓氏未詳
標訓 天皇(すめらみこと)の崩(かむあが)りましし時に、婦人(をみな)の作れる謌一首  姓氏は未だ詳らかならず。
集歌150 空蝉師 神尓不勝者 離居而 朝嘆君 放居而 吾戀君 玉有者 手尓巻持而 衣有者 脱時毛無 吾戀 君曽伎賊乃夜 夢所見鶴

訓読 現世(うつせみ)し 神に堪(あ)へねば 離(さか)り居(ゐ)て 朝嘆く君 放(さか)り居て 吾が恋ふる君 玉ならば 手に纏(ま)き持ちて 衣(きぬ)ならば 脱く時もなく 吾が恋ふる 君ぞ昨(きぞ)の夜(よる) 夢(いめ)に見えつる

私訳 現実のこの世では神には逆らえなくて、この人の世から離れている朝に私が嘆く貴方。人々からこの世との関係を放っている私がお慕いする貴方。玉でしたら手に巻いて持ち、衣なら脱ぐときもなく私がお慕いする貴方は、昨夜の夢に現れて来ました。


天皇大殯之時歌二首
標訓 天皇(すめらみこと)の大殯(おほあらき)の時の歌二首

集歌151 如是有乃 豫知勢婆 大御船 泊之登萬里人 標結麻思乎  (額田王)
訓読 かからくの豫(かね)て知りせば大御船(おほみふね)泊(は)てし泊(とま)りに標(しめ)結(ゆ)はましを

私訳 このようなことがあらかじめ知っていたのなら大御船が泊まっている湊に標を結って出港しないように留めましたのに。


集歌152 八隅知之 吾期大王乃 大御船 待可将戀 四賀乃辛埼  (舎人吉年)
訓読 やすみしし吾(わ)ご大王(おほきみ)の大御船(おほみふね)待ちか恋ふらむ志賀の辛崎(からさき)

私訳 四方八方を承知なされる吾等の大王の乗る大御船を、待ち焦がれているのか志賀の辛崎よ。


大后御謌一首
標訓 大后の御歌(おほみうた)一首
集歌153 鯨魚取 淡海乃海乎 奥放而 榜来舡 邊附而 榜来船 奥津加伊 痛勿波祢曽 邊津加伊 痛莫波祢曽 若草乃 嬬之 念鳥立

訓読 鯨魚(いさな)取り 淡海(あふみ)の海(うみ)を 沖放(さ)けて 漕ぎ来る船 辺(へ)附きて 漕ぎ来る船 沖つ櫂(かひ) いたくな撥ねそ 辺(へ)つ櫂 いたくな撥ねそ 若草の 嬬(つま)の 念(おも)ふ鳥立つ

私訳 大きな魚を取る淡海の海を、沖遠くを漕ぎ来る船、岸近くを漕ぎ来る船、沖の船の櫂よそんなに水を撥ねるな、岸の船の櫂よそんなに水を撥ねるな、若草のような妻が思い出を寄せる八尋白智鳥が飛び立つ


石川夫人謌一首
標訓 石川(いしかわの)夫人(ぶにん)の謌一首
集歌154 神樂浪乃 大山守者 為誰 山尓標結 君毛不有國
訓読 楽浪(ささなみ)の大山守(おほやまもり)は誰(たれ)のため山に標(しめ)結(ゆ)ふ君もあらなくに

私訳 楽浪の大山にいる山の番人は、誰のために居るのでしょう。その山に標しを結ぶ貴方もこの世にいらっしゃらないのに


従山科御陵退散之時、額田王作謌一首
標訓 山科の御陵(みささき)より退(まか)り散(あら)けし時に、額田王の作れる謌一首

集歌155 八隅知之 和期大王之 恐也 御陵奉仕流 山科乃 鏡山尓 夜者毛 夜之盡 晝者母 日之盡 哭耳乎 泣乍在而哉 百礒城乃 大宮人者 去別南

訓読 やすみしし 吾(わ)ご大王(おほきみ)の 恐(かしこ)きや 御陵(みはか)奉(まつ)り仕(つか)ふる 山科(やましな)の 鏡の山に 夜(よる)はも 夜(よ)のことごと 昼はも 日のことごと 哭(ね)のみを 泣きつつ在(あ)りてや ももしきの 大宮人は 去(ゆ)き別れなむ

私訳 四方八方を承知さなれた吾等の大王は恐れ多いことです。御陵を御造り申し上げる山科にある鏡のような山に、夜は一晩中、昼は一日中、声を張り上げて泣き続けているよ。多くの岩を積み上げる大宮の宮人は、やがて、別れて南の大和へと去って行くでしょう。


明日香清御原宮御宇天皇代 天渟中原瀛真人天皇、謚曰天武天皇
標訓 明日香清御原宮に御宇天皇の代(みよ) 
追訓 天渟中原瀛真人天皇、謚(おくりな)して曰はく天武天皇

十市皇女薨時高市皇子尊御作謌三首
標訓 十市皇女の薨(みまか)りし時に高市皇子尊の御(かた)りて作(つく)らしし謌三首

集歌156 三諸之 神之神須疑 已具耳矣自得見監乍共 不寝夜叙多
試訓 三(み)つ諸(もろ)し神し神杉(かむすぎ)過(す)ぐのみを蔀(しとみ)し見つつ共(とも)寝(ね)ぬ夜(よ)そ多(まね)

試訳 三つの甕を据えると云う三諸の三輪山、その神への口噛みの酒を据える、神山の神杉、その言葉の響きではないが、貴女が過ぎ去ってしまったのを貴女の部屋の蔀の動きを見守りながら、その貴女が恋人と共寝をしない夜が多いことです。


集歌157 神山之 山邊真蘇木綿 短木綿 如此耳故尓 長等思伎
訓読 神山(かむやま)の山辺(やまへ)真麻(まそ)木綿(ゆふ)短か木綿(ゆふ)如(か)くのみ故(から)に長くと思ひき

私訳 神山の山邊に懸ける真蘇木綿の短かい木綿。このためでしょうか、長く平らかであると思っていましたが、若死にされて残念です。


集歌158 山振之 立儀足 山清水 酌尓雖行 道之白鳴
訓読 山吹の立ち儀(よそ)ひたる山(やま)清水(しみず)酌(く)みに行かめど道(みち)の知らなく

私訳 新緑に萌える山の谷間に山吹の黄色い花で囲まれた山清水のような潤んだ貴女を抱きたいが、何処に行けば良いか判らない。もう、貴女を抱けない

紀曰、七年代寅夏四月丁亥朔癸巳、十市皇女卒然病發薨於宮中
注訓 日本紀に曰はく「七年戊寅の夏四月丁亥の朔癸巳に、十市皇女の卒然(にはか)として病を發(おこ)し宮中に薨(みまか)う」といヘリ。


天皇崩之時大后御作謌一首
標訓 天皇の崩(かむあが)りましし時の大后の御(かた)りて作(つく)らしし歌一首

集歌159 八隅知之 我大王之 暮去者 召賜良之 明来者 問賜良志 神岳乃 山之黄葉乎 今日毛鴨 問給麻思 明日毛鴨 召賜萬旨 其山乎 振放見乍 暮去者 綾哀 明来者 裏佐備晩 荒妙乃 衣之袖者 乾時文無

訓読 やすみしし 我が大王(おほきみ)の 暮(ゆふ)されば 見(め)し賜ふらし 明け来れば 問ひ賜ふらし 神岳(かむをか)の 山の黄葉(もみち)を 今日もかも 問ひ賜はまし 明日(あす)もかも 見(め)し賜はまし その山を 振り放(さ)け見つつ 夕(ゆふ)されば あやに悲しみ 明け来れば うらさび暮らし 荒栲(あらたへ)の 衣の袖は 乾(ふ)る時もなし

私訳 天下の四方八方を統治為される私の大王が、夕べには御覧になり、朝には様子をお尋ねになる神の山の天の香具山の黄葉の様子を、今日もお尋ねになってください、明日も御覧になってください。その天の香具山を仰ぎ見つつ、夕べになるとひどく悲しく、朝になると寂しくて途方に暮れ、悲しみの涙で荒布の喪服の袖は乾くことはありません。


一書曰、天皇崩之時太上天皇御製謌二首
標訓 一(ある)書に曰はく、天皇崩(かむあが)りましし時の太上天皇の御製歌(おほみうた)二首

集歌160 燃火物 取而裹而 福路庭 入澄不言八 面智男雲
訓読 燃ゆる火も取りて包みて袋には入(い)ると言はずやも面(をも)智(し)る男雲(をくも)

私訳 あの燃え盛る火とて取って包んで袋に入れると云うではないか。御姿を知っているものを。雲よ。


集歌161 向南山 陳雲之 青雲之 星離去 月牟離而
訓読 神山(かむやま)にたなびく雲の青雲(あおくも)の星離(はな)れ去(ゆ)き月む離れて

私訳 神山にたなびく雲は、青雲の中の星殻離れ、月をも離れて去っていたことよ。


天皇崩之後八年九月九日、奉為御齊會之夜夢裏習賜御謌一首
古謌集中出
標訓 天皇の崩(かむあが)りましし後八年の九月九日、奉為(おほんため)の御齊會(ごさいゑ)の夜に夢のうちに習(なら)ひ賜へる御謌(おほみうた)一首
古謌の集(しふ)の中(うち)に出(い)づ

集歌162 明日香能 清御原乃宮尓 天下 所知食之 八隅知之 吾大王 高照 日之皇子 何方尓 所念食可 神風乃 伊勢能國者 奥津藻毛 靡足波尓 塩氣能味 香乎礼流國尓 味凝 文尓乏寸 高照 日之皇子

訓読 明日香の 浄御原(きよみはら)の宮に 天の下 知らしめしし やすみしし わご大君 高照らす 日の御子 いかさまに 思ほしめせか 神風の 伊勢の国は 沖つ藻も 靡ける波に 潮(しお)気(け)のみ 香(かほ)れる国に 御(み)籠(こも)りし あやにともしき 高照らす 日の御子

私訳 明日香の浄御原の宮で天下を御統治された、天下をあまねく統治なされる私の大王の天の神の世界まで照らしあげる日の皇子は、どのようにお思いになられたのか、神の風が吹く伊勢の国の沖から藻を靡き寄せる波の潮気だけが香る清い国に御籠りになられて、私は無性に心細い。天の神の世界まで照らす日の御子よ。
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万葉集巻二を鑑賞する  集歌136から集歌146まで

2012年06月28日 | 万葉集 旧読解
万葉集巻二を鑑賞する


集歌135 角鄣経 石見之海乃 言佐敞久 辛乃埼有 伊久里尓曾 深海松生流 荒磯尓曾 玉藻者生流 玉藻成 靡寐之兒乎 深海松乃 深目手思騰 左宿夜者 幾毛不有 延都多乃 別之来者 肝向 心乎痛 念乍 顧為騰 大舟之 渡乃山之 黄葉乃 散之乱尓 妹袖 清尓毛不見 嬬隠有 屋上乃(一云、室上山) 山乃 白雲間 渡相月乃 雖惜 隠比来者 天傳 入日刺奴礼 大夫跡 念有吾毛 敷妙乃 衣袖者 通而沽奴

訓読 つのさはふ 石見(いはみ)の海の 言(こと)さへく 辛(から)の崎なる 海石(いくり)にぞ 深海松(ふかみる)生(お)ふる 荒礒(ありそ)にぞ 玉藻は生(お)ふる 玉藻なす 靡き寝(ね)し子を 深海松の 深めて思へど さ寝(ね)し夜は 幾だもあらず 延(は)ふ蔦(つた)の 別れし来れば 肝(きも)向(むか)ふ 心を痛み 念(おも)ひつつ 顧(かへ)り見すれど 大舟の 渡(わたり)の山の 黄葉(もみちは)の 散りの乱(まが)ひに 妹が袖 清(さ)やにも見えず 妻ごもる 屋上(やがみ)の (一(ある)は云はく、室上山(むろかみやま)) 山の 雲間より 渡らふ月の 惜(お)しけども 隠(かく)らひ来れば 天伝ふ 入日さしぬれ 大夫(ますらを)と 念(おも)へる吾も 敷栲の 衣(ころも)の袖は 通りて沽(か)れぬ

私訳 岩角が鋭い石見の海の言葉の騒がしい韓國へ伸びる岬にある海の中の石には海底深くに海松が生える。荒磯には美しい藻は生える。その美しい藻のように私に靡いて寝たあの子を海底深くの海松のように深く愛したけれど、あの子と寝た夜はそんなにはない。地を延びる蔦のように秋になり根と葉が別れるように別れてくると、心が締め付けられるように心を痛み、恋人を深く心に刻みながら振り返って見るが、大船が渡ってくる湊にある山の黄葉の葉の散り乱ふために、恋人が私に別れに振る袖もはっきりと見えず、妻が籠る屋上の山の雲の間から見える沈み往く月が残念なことに隠れていくと、空を行く太陽の日の光が射してくる。今は大夫に等しい私も貴女と寝たときの衣の袖は形見のために持って来た。

注意 原文の「通而沽奴」の「沽」は、一般に「沾」の誤字として「通りて濡れぬ」と訓みます。その為、末句の歌意が違います。「通」と「沽」は漢字の意味を尊重しています。


反歌二首
集歌136 青駒之 足掻乎速 雲居曽 妹之富乎 過而来計類
訓読 青(あを)駒(こま)が足掻(あが)きを速み雲居にぞ妹があたりを過ぎて来にける

私訳 青馬の歩みが速い。空にある雲が、恋人のいる付近を通り過ぎて来たことだ。

一云、當者隠来計留
一は云はく、あたりは隠り来にける


集歌137 秋山尓 落黄葉 須奭者 勿散乱曽 妹之雷将見
訓読 秋山に落(ち)る黄葉(もみちは)須臾(しましく)はな散り乱(まが)ひそ妹(いも)の雷(らひ)見む

私訳 秋山に散る黄葉の葉よ、しばらく間、散り乱れないでくれ、恋人の住むあたりの稲光を眺めたい。

一云、知里勿乱曽
一は云はく、散りな乱ひそ

注意 原文の「妹之雷将見」の「雷」は、一般には「當」の誤字として「妹のあたり見む」と訓みます。そのため、歌意は違ってきます。


或本謌一首并短謌
標訓 或る本の歌一首并せて短歌

集歌138 石見之海 津乃浦乎無美 浦無跡 人社見良米 滷無跡 人社見良目 吉咲八師 浦者雖無 縦恵夜思 潟者雖無 勇魚取 海邊乎指而 柔田津乃 荒礒之上尓 蚊青生 玉藻息都藻 明来者 浪己曽来依 夕去者 風己曽来依 浪之共 彼依此依 玉藻成 靡吾宿之 敷妙之 妹之手本乎 露霜乃 置而之来者 此道之 八十隈毎 萬段 顧雖為 弥遠尓 里放来奴 益高尓 山毛超来奴 早敷屋師 吾嬬乃兒我 夏草乃 思志萎而 将嘆 角里将見 靡此山

訓読 石見(いはみ)の海 津の浦を無(な)み 浦無しと 人こそ見らめ 潟(かた)無しと 人こそ見らめ よしゑやし 浦は無くとも よしゑやし 潟は無くとも 鯨魚(いさな)取り 海辺(うみへ)を指して 柔田津(にぎたつ)の 荒礒(ありそ)の上に か青なる 玉藻沖つ藻 明け来れば 浪こそ来寄れ 夕されば 風こそ来寄れ 浪の共(むた) か寄りかく寄り 玉藻なす 靡き吾(わ)が寝(ね)し 敷栲の 妹が手本(たもと)を 露霜の 置きてし来れば この道の 八十(やそ)隈(くま)ごとに 万(よろづ)たび 顧(かへ)り見すれど いや遠に 里放(さか)り来ぬ いや高に 山も越え来ぬ 愛(は)しきやし 吾(わ)が妻の子が 夏草の 思ひ萎えて 嘆くらむ 角(つの)の里見む 靡けこの山

私訳 石見の海の津野の浦を船が着く浦ではないと人は見るだろう。潟ではないと人は見るだろう。かまわない、浦はなくても。かまわない、潟はなくても。大きな魚を取る人が海岸を目指し、穏やかな波が打ち寄せる荒磯の上の青々とした玉藻や沖からの流れ藻の、朝は風が吹き寄せ、夕には波が打ち寄せる。その浪とともにそのように寄りこのように寄せる美しい藻のように寄り添って寝た恋人を、露や霜のようにこの地に置いてくると、京への道の沢山の曲がり角ごとに、何度も何度も振り返って見返すけれど、はるか遠くに恋人の里は離れてしまった。とても高い山も越えて来た。愛しい私の妻である貴女のことが夏草のように思うと心が萎へて嘆いてしまうだろう。恋人を思い出そう。津の里を見たい。生茂る木々の葉よ靡け開け、この山よ。


反謌一首
集歌139 石見之海 打歌山乃 木際従 吾振袖乎 妹将見香
訓読 石見(いはみ)の海(うみ)打歌(うつた)の山(やま)の木(こ)の際(ま)より吾が振る袖を妹見つらむか

私訳 石見の海よ。海沿いの打歌の山の木の間際から私が振る袖を恋人の貴女は見ただろうか。

右、謌躰雖同句々相替。因此重載。
注訓 右は、歌体同じと謂へども句々相替れり。因りて此に重ねて載す。


柿本朝臣人麿妻依羅娘子与人麿相別歌一首
標訓 柿本朝臣人麿の妻依羅娘子の人麿と相別れたる歌一首

集歌140 勿念跡 君者雖言 相時 何時跡知而加 吾不戀有牟
訓読 な思ひと君は言へども 逢はむ時何時と知りてかわが恋ひずあらむ

私訳 そんなに思い込むなと貴方は云いますが、貴方と逢う時は「今度は何時」と数えながら私は貴方に恋をしているのではありません。いつも、貴方に逢いたいのです。もう、貴方は旅立つのですか。



挽謌

後岡本宮御宇天皇代 天豊財重日足姫天皇譲位後、即後岡本宮
標訓 後岡本宮の御宇天皇の代(みよ)
追訓 天豊財重日足姫天皇、位を譲りましし後、即ち後岡本宮

有間皇子自傷結松枝謌二首
標訓 有間皇子の自ら傷みて松が枝を結べる歌二首

集歌141 磐白乃 濱松之枝乎 引結 真幸有者 亦還見武
訓読 磐白(いはしろ)の浜松が枝(え)を引き結び真(ま)幸(さき)くあらばまた還り見む

私訳 磐代の浜の松の枝を引き寄せ結び、旅が恙無く無事であったら、また、帰りに見ましょう。


集歌142 家有者 笥尓盛飯乎 草枕 旅尓之有者 椎之葉尓盛
訓読 家にあれば笥(け)に盛る飯(いひ)を草枕旅にしあれば椎の葉に盛る

私訳 家にいたならば高付きの食器に盛る飯を、草を枕に寝るような旅なので椎の葉に盛っている。


長忌寸意吉麻呂見結松哀咽謌二首
標訓 長忌寸意吉麻呂の結び松を見て哀しび咽(むせ)べる歌二首

集歌143 磐代乃 岸之松枝 将結 人者反而 復将見鴨
訓読 磐代(いはしろ)の岸の松が枝(え)結びけむ人は反(かへ)りてまた見けむかも

私訳 磐代の海岸の崖の松の枝を結ぶ人は、無事に帰って来て再び見ましょう。


集歌144 磐代之 野中尓立有 結松 情毛不解 古所念
訓読 磐代(いはしろ)の野中に立てる結び松情(こころ)も解(と)けず古(いにしへ)念(おも)ほゆ

私訳 磐代の野の中に立っている枝を結んだ松。結んだ枝が解けないように私の心も寛げず、昔の出来事が思い出されます。


山上臣憶良追和謌一首
標訓 山上臣憶良の追(お)ひて和(こた)へたる謌一首

集歌145 鳥翔成 有我欲比管 見良目杼母 人社不知 松者知良武
訓読 鳥(とり)翔(かけ)り成(あ)り通(かよ)ひつつ見らめども人こそ知らね松は知るらむ

私訳 皇子の生まれ変わりの鳥が飛び翔けて行く。しっかり見たいと目を凝らして見ても、人も神も何があったかは知らない。ただ、松の木が見届けただけだ。

右件歌等、雖不挽柩之時所作、唯擬歌意。故以載于挽歌類焉。
注訓 右の件の歌どもは、柩(ひつぎ)を挽(ひ)く時に作る所にあらずといへども、、唯、歌の意(こころ)に擬(なぞら)ふ。故以(ゆゑ)に挽歌の類(たぐひ)に載す。


大寶元年辛丑、幸干紀伊國時結松歌一首(柿本朝臣人麿歌集中出也)
標訓 大寶元年辛丑、紀伊国に幸(いでま)しし時に結び松の歌一首(柿本朝臣人麿歌集の中に出づ)

集歌146 後将見跡 君之結有 磐代乃 子松之宇礼乎 又将見香聞
訓読 後見むと君が結べる磐代(いはしろ)の小松が枝末(うれ)をまたも見むかも

私訳 後でまた見ようと貴方が結んだ磐代の小松の枝を、貴方はまた見られたでしょうか。
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万葉集巻二を鑑賞する  集歌126から集歌135まで

2012年06月25日 | 万葉集 旧読解
万葉集巻二を鑑賞する


石川女郎贈大伴宿祢田主謌一首 即佐保大納言大伴卿第二子 母曰巨勢朝臣也
標訓 石川女郎の大伴宿祢田主に贈れる歌一首
追訓 即ち佐保大納言大伴卿の第二子、母を巨勢朝臣といふ

集歌126 遊士跡 吾者聞流乎 屋戸不借 吾乎還利 於曽能風流士
訓読 遊士(みやびを)と吾は聞けるを屋戸(やと)貸さず吾を還せりおその風流士(みやびを)

私訳 風流なお方と私は聞いていましたが、夜遅く忍んで訪ねていった私に、一夜、貴方と泊まる寝屋をも貸すこともしないで、そのまま何もしないで私をお返しになるとは。女の気持ちも知らない鈍感な風流人ですね。


大伴田主字曰仲郎、容姿佳艶風流秀絶。見人聞者靡不歎息也。時有石川女郎、自成雙栖之感、恒悲獨守之難、意欲寄書未逢良信。爰作方便而似賎嫗己提堝子而到寝側、哽音蹄足叩戸諮曰、東隣貧女、将取火来矣。於是仲郎暗裏非識冒隠之形。慮外不堪拘接之計。任念取火、就跡歸去也。明後、女郎既恥自媒之可愧、復恨心契之弗果。因作斯謌以贈諺戯焉。

注訓 大伴田主は字(あざな)を仲郎(なかちこ)といへり。容姿佳艶しく風流秀絶れたり。見る人聞く者の歎息せざるはなし。時に石川女郎といへるもの有り。自(おのづか)ら雙栖(そうせい)の感を成して、恒(つね)に獨守の難きを悲しび、意に書を寄せむと欲(おも)ひて未だ良信(よきたより)に逢はざりき。ここに方便を作(な)して賎しき嫗に似せて己(おの)れ堝子(なへ)を提げて寝(ねや)の側(かたへ)に到りて、哽音蹄足して戸を叩き諮(たはか)りて曰はく、「東の隣の貧しく女(をみな)、将に火を取らむと来れり」といへり。ここに仲郎暗き裏(うち)に冒隠(ものかくせる)の形(かたち)を識らず。慮(おもひ)の外に拘接(まじはり)の計りごとに堪(あ)へず。念(おも)ひのまにまに火を取り、路に就きて歸り去なしめき。明けて後、女郎(をみな)すでに自媒(じばい)の愧(は)づべきを恥ぢ、また心の契(ちぎり)の果さざるを恨みき。因りてこの謌を作りて諺戯(たはふれ)を贈りぬ。


大伴宿祢田主報贈一首
標訓 大伴宿祢田主の報(こた)へ贈れる一首

集歌127 遊士尓 吾者有家里 屋戸不借 令還吾曽 風流士者有
訓読 遊士(みやびを)に吾はありけり屋戸(やと)貸さず還しし吾(われ)ぞ風流士(みやびを)にはある

私訳 風流人ですよ、私は。神話の伊邪那岐命と伊邪那美命との話にあるように、女から男の許を娉うのは悪(あし)ことですよ。だから、女の身で訪ねてきた貴女に一夜の寝屋をも貸さず、貴女に何もしないでそのまま還した私は風流人なのですよ。だから、今、貴女とこうしているではないですか。


同石川女郎更贈大伴田主中郎謌一首
標訓 同じ石川女郎の更に大伴田主中郎に贈れる歌一首

集歌128 吾聞之 耳尓好似 葦若未乃 足痛吾勢 勤多扶倍思
訓読 吾(わ)が聞きし耳に好(よ)く似る葦(あし)若未(うれ)の足(あし)痛(う)む吾が背(せ)勤(つと)め給(た)ふべし

私訳 私が聞くと発音がよく似た葦(あし)の末(うれ)と足(あし)を痛(う)れう私の愛しい人よ。神話の伊邪那岐命と伊邪那美命との話にあるように、女から男の許を娉うのは悪(あし)ことであるならば、今こうしているように、風流人の貴方は私の許へもっと頻繁に訪ねて来て、貴方のあの逞しい葦の芽によく似たもので私を何度も何度も愛してください。

右、依中郎足疾、贈此謌問訊也
注訓 右は、中郎の足の疾(やまひ)に依りて、此の歌を贈りて問訊(とぶら)へり。


大伴皇子宮侍石川女郎贈大伴宿祢宿奈麻呂謌一首
女郎字曰山田郎女也。宿奈麻呂宿祢者、大納言兼大将軍卿之第三子也
標訓 大伴皇子の宮の侍(まかたち)石川女郎(いらつめ)の大伴宿祢宿奈麻呂に贈れる歌一首
追訓 女郎は字(あざな)を山田の郎女(いらつめ)といへり。宿奈麻呂宿祢は大納言兼大将軍卿の第三子なり。

集歌129 古之 嫗尓為而也 如此許 戀尓将沈 如手童兒
訓読 古(ふ)りにし嫗(おふな)にしてや如(か)くばかり恋に沈まむ手(た)童(わらは)の如(ごと)

私訳 私はもう年老いた婆ですが、このように恋の思い出に心を沈みこませています。まるで、一途な子供みたいに。

一云、戀乎太尓 忍金手武 多和良波乃如
一(ある)は云はく、
訓読 恋をだに忍びかねてむ手(た)童(わらは)の如

私訳 恋の思い出に耐えるのが辛い。まるで、感情をコントロール出来ない子供のように。


長皇子与皇弟御謌一首
標訓 長皇子の皇弟(すめいろと)に与へたる御謌(おほみうた)一首

集歌130 丹生乃河 瀬者不渡而 由久遊久登 戀痛吾弟 乞通来祢
訓読 丹生(にふ)の河(かは)瀬は渡らずてゆくゆくと恋(こひ)痛(た)き吾弟(わがせ)乞(こ)いで通(かよ)ひ来(こ)ね

私訳 この世とあの世とを結ぶ丹生の川瀬を渡ることなく、常久しく心に留め心配している私の愛しい弟よ、お願いだ、あの世への丹生の川瀬から私の元に通って来い。


柿本朝臣人麻呂従石見國別妻上来時謌二首并短謌
標訓 柿本朝臣人麻呂の石見國より妻に別れ上り来し時の歌二首并せて短歌

集歌131 石見乃海 角乃浦廻乎 浦無等 人社見良目 滷無等 (一云 礒無登) 人社見良目 能咲八師 浦者無友 縦畫屋師 滷者 (一云 礒者) 無鞆 鯨魚取 海邊乎指而 和多豆乃 荒礒乃上尓 香青生 玉藻息津藻 朝羽振 風社依米 夕羽振流 浪社来縁 浪之共 彼縁此依 玉藻成 依宿之妹乎 (一云 波之伎余思 妹之手本乎) 露霜乃 置而之来者 此道乃 八十隈毎 萬段 顧為騰 弥遠尓 里者放奴 益高尓 山毛越来奴 夏草之 念思奈要而 志奴布良武 妹之門将見 靡此山

訓読 石見(いはみ)の海 角(つの)の浦廻(うらみ)を 浦なしと 人こそ見らめ 潟(かた)なしと (一(ある)は云はく、礒なしと) 人こそ見らめ よしゑやし 浦はなくとも よしゑやし 潟は (一は云はく、礒は) なくとも 鯨魚(いさな)取り 海辺(うみへ)を指して 和多津(にぎたつ)の 荒礒(ありそ)の上に か青なる 玉藻沖つ藻 朝羽(あさは)振る 風こそ寄せめ 夕羽(ゆふは)振る 浪こそ来寄れ 浪の共(むた) か寄りかく寄り 玉藻なす 寄り寝(ね)し妹を (一は云はく、愛(は)しきよし 妹が手本(たもと)を) 露霜の 置きてし来れば この道の 八十(やそ)隈(くま)ごとに 万(よろづ)たび かへり見すれど いや遠(とほ)に 里は放(さか)りぬ いや高に 山も越え来ぬ 夏草の 思ひ萎(しな)へて 偲(しの)ふらむ 妹が門(かど)見む 靡(ま)けこの山

私訳 石見の海の津野の浦を船が着く浦ではないと人は見るだろう。潟ではないと人は見るだろう。かまわない、浦はなくても。かまわない、潟はなくても。大きな魚を取る人が海岸を目指し、穏やかな波が打ち寄せる荒磯の上の青々とした玉藻や沖からの流れ藻の、朝は風が吹き寄せ、夕には波が打ち寄せる。その浪とともにそのように寄りこのように寄せる美しい藻のように寄り添って寝た恋人を、露や霜のようにこの地に置いてくると、京への道の沢山の曲がり角ごとに、何度も何度も振り返って見返すけれど、はるか遠くに恋人の里は離れてしまった。とても高い山も越えて来た。夏草のように恋人を思うと心が萎へて、恋人を思い出そう。恋人の家の辺りを見よう。恋人へ靡け、この山の木々の葉よ。


反謌二首
集歌132 石見乃也 高角山之 木際従 我振袖乎 妹見都良武香
訓読 石見(いはみ)のや高角山(たかつのやま)の木(こ)の際(ま)より我が振る袖を妹見つらむか

私訳 石見にある高い津野の山の木々の葉の間から、私が振る袖を恋人は見ただろうか。


集歌133 小竹之葉者 三山毛清尓 乱友 吾者妹思 別来礼婆
訓読 小竹(ささ)の葉はみ山も清(さ)やに乱(さや)げども吾は妹思ふ別れ来(き)ぬれば

私訳 笹の葉は神の宿る山とともに清らかに風に揺られているが、揺れることなく私は恋人を思っています。別れて来たから。


或本反歌曰
標訓 或る本の反歌に曰はく

集歌134 石見尓有 高角山乃 木間従文 吾袂振乎 妹見監鴨
訓読 石見なる高角山の木の間ゆもわが袖振るを妹見けむかも

私訳 石見国にある高角山の木々の間から、私が別れの袖を振るのを恋人の貴女は見ただろうか。
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万葉集巻二を鑑賞する  集歌117から集歌125まで

2012年06月23日 | 万葉集 旧読解
万葉集巻二を鑑賞する


舎人皇子御謌一首
標訓 舎人皇子の御歌一首

集歌117 大夫哉 片戀将為跡 嘆友 鬼乃益卜雄 尚戀二家里
訓読 大夫(ますらを)や片恋せむと嘆けども鬼(しこ)の大夫(ますらを)なほ恋ひにけり

私訳 人の上に立つ立派な男が心を半ば奪われる恋をするとはと嘆いていると、その人の振る舞いを嘆いたこの頑強で立派な男である私が貴女に恋をしてしまった。


舎人娘子奉和謌一首
標訓 舎人娘子の和(こた)へ奉(たてまつ)れる歌一首

集歌118 歎管 大夫之 戀礼許曽 吾髪結乃 漬而奴礼計礼
訓読 歎(なげ)きつつ大夫(ますらを)の恋ふれこそ吾が髪結(かみゆひ)の漬(ひ)ぢてぬれけれ

私訳 恋を煩う人を何たる軟弱と嘆く一方、立派な男子である貴方が私を恋して下さるので、私の髪を束ねた結い紐も濡れて解けたのです。


弓削皇子思紀皇女御謌四首
標訓 弓削皇子の紀皇女を思(しの)へる御謌(おほみうた)四首

集歌119 芳野河 逝瀬之早見 須臾毛 不通事無 有巨勢流香問
訓読 芳野川逝(ゆ)く瀬の早み須臾(しましく)も淀むことなくありこせぬかも

私訳 吉野川を流れ行く瀬の流れが速いように、ほんのわずかのあいだも淀むことなく、二人の仲は居られないでしょうか。


集歌120 吾妹兒尓 戀乍不有者 秋芽之 咲而散去流 花尓有猿尾
訓読 吾妹子に恋ひつつあらずは秋萩の咲きて散りぬる花にあらましを

私訳 私の愛しい貴女にこのように恋焦がれていられないのなら、秋萩の花が咲いて散って行く、その失せて行く花であった方が良い。


集歌121 暮去者 塩満来奈武 住吉乃 淺鹿乃浦尓 玉藻苅手名
訓読 夕さらば潮満ち来なむ住吉(すみのえ)の浅香(あさか)の浦に玉藻刈りてな

私訳 夕方になれば潮が満ちて来るでしょう、その住吉の浅香の浦で玉藻を刈りたいものです。


集歌122 大船之 泊流登麻里能 絶多日二 物念痩奴 人能兒故尓
訓読 大船の泊(は)つる泊(とま)りのたゆたひに物思ひ痩(や)せぬ人の児故(ゆえ)に

私訳 大船が停泊する湊で大船が揺れ動くように、あれこれと物思いをして痩せてしまった。私の思い通りにならない貴女のために。

注意 原文の「人能兒故尓」の「人」は、「私」と「他の人」との相対関係で捉えています。特定の他人の意味ではありません。


三方沙弥娶園臣生羽之女、未經幾時臥病作謌三首
標訓 三方沙弥の園臣生羽の女(むすめ)を娶(ま)きて、いまだ幾(いくばく)の時を経ずして病に臥して作れる歌三首

集歌123 多氣婆奴礼 多香根者長寸 妹之髪 此来不見尓 掻入津良武香  (三方沙弥)
訓読 束(た)けば解(ぬ)れ束(た)かねば長き妹が髪このころ見ぬに掻(か)き入れつらむか

私訳 束ねると解け束ねないと長い、まだとても幼い恋人の髪。このころ見ないのでもう髪も伸び櫛で掻き入れて束ね髪にしただろうか。


集歌124 人皆者 今波長跡 多計登雖言 君之見師髪 乱有等母  (娘子)
訓読 人皆(ひとみな)は今は長しと束(た)けと言へど君が見し髪乱れたりとも

私訳 他の人は、今はもう長いのだからお下げ髪を止めて束ねなさいと云うけれども、貴方が御覧になった髪ですから、乱れたからと云ってまだ束ねはしません。


集歌125 橘之 蔭履路乃 八衢尓 物乎曽念 妹尓不相而  (三方沙弥)
訓読 橘の蔭(かげ)履(ふ)む路の八衢(やちまた)に物をぞ念(おも)ふ妹に逢はずして

私訳 橘の木陰の下の人が踏む分かれ道のように想いが分かれて色々と心配事が心にうかびます。愛しい恋人に逢えなくて。
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万葉集巻二を鑑賞する  集歌105から集歌116まで

2012年06月21日 | 万葉集 旧読解
万葉集巻二を鑑賞する


藤原宮御宇天皇
天皇謚曰持統天皇。元年丁亥、十一年譲位軽太子。尊号曰太上天皇也
標訓 藤原宮に御宇天皇の代(みよ)
追訓 天皇、謚(おくりな)して曰はく持統天皇。元年丁亥、十一年に位を軽太子に譲りたまへり。尊号を曰はく太上天皇なり。

大津皇子竊下於伊勢神宮上来時、大伯皇女御作謌二首
標訓 大津皇子の竊(ひそ)かに伊勢の神宮に下りて上り来ましし時に、大伯皇女の御(かた)りて作(つく)らしし歌二首

集歌105 吾勢枯乎 倭邊遺登 佐夜深而 鷄鳴露尓 吾立所霑之
訓読 吾が背子を大和へ遣るとさ夜更けて暁露に吾れ立ち濡れし

私訳 私の愛しい貴方を大和に送ろうと思うと、二人の夜はいつしか深けていき、その早朝に去って往く貴方を見送る私は夜露にも立ち濡れてしまった。


集歌106 二人行杼 去過難寸 秋山乎 如何君之 獨越武
訓読 二人行けど去き過ぎ難き秋山を如何にか君が独り越ゆらむ

私訳 二人で行っても思いが募って往き過ぎるのが難しい秋の二上山を、どのように貴方は私を置いて一人で越えて往くのでしょうか。


大津皇子贈石川郎女御謌一首
標訓 大津皇子の石川郎女に贈れる御歌一首

集歌107 足日木乃 山之四付二 妹待跡 吾立所沽 山之四附二
訓読 あしひきの山の雌伏に妹待つと吾立ち沽(か)れぬ山の雌伏に

私訳 「葦や檜の茂る山の裾野で愛しい貴女を待っている」と伝えたので、私は辛抱してじっと立って待っている。山の裾野で。

注意 原文の「吾立所沽」の「沽」は、一般に「沾」の誤記として「吾立ち沾れぬ」と訓みます。これにより「山之四附二」は「山の雫に」と訓むようになり、歌意が全く変わります。


石川郎女奉和謌一首
標訓 石川郎女の和(こた)へ奉(たてまつ)れる歌一首

集歌108 吾乎待跡 君之沽計武 足日木能 山之四附二 成益物乎
訓読 吾を待つと君が沽(か)れけむあしひきの山の雌伏に成らましものを

私訳 「私を待っている」と貴方がじっと辛抱して待っている、葦や檜の生える山の裾野に私が行ければ良いのですが。

注意 原文の「君之沽計武」の「沽」は、一般に「沾」の誤記として「君が沾(ぬ)れけむ」と訓みます。これにより「山之四附二」は「山の雫に」と訓むようになり、歌意が全く変わります。


大津皇子竊婚石川女郎時、津守連通占露其事、皇子御作謌一首
標訓 大津皇子の竊(ひそ)かに石川女郎と婚(まぐは)ひし時に、津守連通の其の事を占へ露(あら)はすに、皇子の御(かた)りて作(つく)らしし歌一首

集歌109 大船之 津守之占尓 将告登波 益為尓知而 我二人宿之
訓読 大船の津守が占に告らむとはまさしに知りて我が二人宿(ね)し

私訳 大船が泊まるという難波の湊の住吉神社の津守の神のお告げに出て人が知るように、貴女の周囲の人が、私が貴女の夫だと噂することを確信して、私は愛しい貴女と同衾したのです。


日並皇子尊贈賜石川女郎御謌一首 女郎字曰大名兒也
標訓 日並皇子尊の石川女郎に贈り賜はる御歌一首
追訓 女郎(いらつめ)の字(あさな)は大名兒(おほなご)といへり。

集歌110 大名兒 彼方野邊尓 苅草乃 束之間毛 吾忘目八
訓読 大名児(おほなご)を彼方(をちかた)野辺(のへ)に刈る草(かや)の束(つか)の間(あひだ)も吾(われ)忘れめや

私訳 大名児よ。新嘗祭の準備で忙しく遠くの野辺で束草を刈るように、ここのところ逢えないが束の間も私は貴女を忘れることがあるでしょうか。

注意 標の万葉仮名の「大名兒」を漢字表記すると「媼子」となります。つまり、石川女郎とは石川媼子(蘇我媼子)と表記されます。この石川媼子なる人物は、歴史では藤原不比等の正妻で房前の母親です。また、蘇我媼子は皇子の母方親族ですから日並皇子尊の着袴儀での添臥を行ったと考えられます。


幸于吉野宮時、弓削皇子贈与額田王謌一首
標訓 吉野宮に幸(いでま)しし時に、弓削皇子の額田王に贈り与へたる歌一首

集歌111 古尓 戀流鳥鴨 弓絃葉乃 三井能上従 渡遊久
訓読 古(いにしへ)に恋ふる鳥かも弓絃葉(ゆづるは)の御井(みゐ)の上より渡り遊(あそ)びく

私訳 昔を恋うる鳥だろうか、弓絃葉の御井の上をあちこちと飛び渡っていく

注意 一般には原文の「渡遊久」を「鳴」の字を足し「鳴渡遊久」と変え「鳴き渡りゆく」と訓みます。全体の歌意は変わりませんが鳥の情景が違います。


額田王和謌一首 従倭京進入
標訓 額田王の和(こた)へ奉(たてまつ)れる歌一首 倭の京(みやこ)より奉(たてまつ)り入る

集歌112 古尓 戀良武鳥者 霍公鳥 盖哉鳴之 吾戀流其騰
訓読 古(いにしへ)に恋ふらむ鳥は霍公鳥けだしや鳴きし吾(わ)が恋(こ)ふるそと

私訳 昔を恋しがる鳥は霍公鳥です。さぞかし鳴いたでしょう。私がそれを恋しく思っているように。

注意 原文の「吾戀流其騰」は、一般には「吾念流碁騰」と変え「吾(わ)が念(おも)へるごと」と訓みます。そのため歌意が違います。


従吉野折取蘿生松柯遣時、額田王奉入謌一首
標訓 吉野より蘿(こけ)生(む)せる松の柯(えだ)を折り取りて遣はしし時に、額田王の奉(たてまつ)り入れたる歌一首

集歌113 三吉野乃 玉松之枝者 波思吉香聞 君之御言乎 持而加欲波久
訓読 み吉野の玉松(たままつ)が枝(え)は愛(は)しきかも君が御言(みこと)を持ちて通はく

私訳 み吉野の美しい松の枝は愛しいものです。物言わぬその松の枝自身が、貴方の御言葉を持って遣って来ました。


但馬皇女在高市皇子宮時、思穂積皇子御作謌一首
標訓 但馬皇女の高市皇子(たけちのみこの)宮(みかど)の在(おは)しし時に、穂積皇子を思(しの)ひて御(かた)りて作(つく)らしし謌一首

集歌114 秋田之 穂向乃所縁 異所縁 君尓因奈名 事痛有登母
訓読 秋の田の穂(ほ)向(むき)の寄れる片寄りに君に寄りなな事痛(こちた)くありとも

私訳 秋の田の実った穂が風に靡き寄るように、此方から貴方に慕う気持ちを寄せたい。貴方にとって面倒なことであっても。


勅穂積皇子遣近江志賀山寺時、但馬皇女御作謌一首
標訓 穂積皇子に勅(みことのり)して近江の志賀の山寺に遣(つか)はしし時に、但馬皇女の御(かた)りて作(つく)らしし謌一首

集歌115 遺居与 戀管不有者 追及武 道之阿廻尓 標結吾勢
訓読 遣(す)て居(い)よと恋ひつつあらずは追ひ及かむ道の隈廻(くまみ)に標(しめ)結(ゆ)へ吾が背

私訳 「残って居なさい」と、私を常に恋い慕ってくれないのでしたら、跡を追っていきましょう。道の曲がり角毎に標しを結んで下さい。私の愛しい貴方。


但馬皇女在高市皇子宮時、竊接穂積皇子、事既形而御作一首
標訓 但馬皇女の高市皇子(たけちのみこの)宮(みかど)の在(おは)しし時に、竊かに穂積皇子に接(あひ)ひて、事既に形(あら)はれしに御(かた)りて作(つく)らしし一首

集歌116 人事乎 繁美許知痛美 己世尓 未渡 朝川渡
訓読 人(ひと)事(こと)を繁み事痛(こちた)み己(おの)が世にいまだ渡らぬ朝(あさ)川(かは)渡る

私訳 この世の中は人がするべき雑用が沢山あり非常に煩わしく思い、私の生涯で未だした事がない朝に恋慕からの十王経に示す煩悩地獄の川を渡る。

注意 歌での「人事」を「人の為す事」と解釈した上で「未渡朝川渡」を仏教の視点から見ると、地蔵菩薩発心因縁十王経に由来する「彼岸を渡る=得度」の景色が見えてきます。そうするとき、そこには女性が「己世尓」と歌うよりも、よりふさわしい男性の姿が見えてきます。
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