竹取翁と万葉集のお勉強

楽しく自由に万葉集を楽しんでいるブログです。
初めてのお人でも、それなりのお人でも、楽しめると思います。

万葉集 集歌3783から集歌3785まで

2022年10月31日 | 新訓 万葉集
集歌3783 多婢尓之弖 伊毛尓古布礼婆 保登等伎須 和我須武佐刀尓 許欲奈伎和多流
訓読 たひにして妹に恋ふれば霍公鳥我が住む里にこよ鳴き渡る
試訳 多くの歌の牌を編纂した万葉集を恋しく思うと、あの人が霍公鳥の姿に身を変えて私の住む里にやって来て過去を乞うて鳴き渡っていく。

集歌3784 許己呂奈伎 登里尓曽安利家流 保登等藝須 毛能毛布等伎尓 奈久倍吉毛能可
訓読 心なき鳥にぞありける霍公鳥物思ふ時に鳴くべきものか
私訳 無常な鳥だよなあ、霍公鳥は。私が物思いするときに鳴くだけだろうか。

集歌3785 保登等藝須 安比太之麻思於家 奈我奈氣婆 安我毛布許己呂 伊多母須敝奈之
訓読 霍公鳥間(あひだ)しまし置け汝(な)が鳴けば吾(あ)が思(も)ふ心いたも術(すべ)なし
私訳 霍公鳥よ、しばらく鳴くのに間を置け。お前が鳴くと私が昔の人々を物思う心はどうしようもなくなってします。
右七首、中臣朝臣宅守寄花鳥陳思作歌
注訓 右の七首は、中臣朝臣宅守の花鳥に寄せ思(おもひ)を陳(の)べて作れる歌

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墨子 巻十四 備高臨(原文・読み下し・現代語訳)

2022年10月30日 | 新解釈 墨子 現代語訳文付
墨子 巻十四 備高臨(原文・読み下し・現代語訳)
「諸氏百家 中国哲学書電子化計画」準拠

《備高臨》:原文
禽子再拝再拝曰、敢問適人積土為高、以臨吾城、薪土俱上、以為羊黔、蒙櫓俱前、遂屬之城、兵弩俱上、為之柰何。
子墨子曰、子問羊黔之守邪。羊黔者将之拙者也、足以労卒、不足以害城。守為臺城、以臨羊黔、左右出巨、各二十尺、行城三十尺、強弩射之、技機籍之、奇器口口之、然則羊黔之攻敗矣。
備臨以連弩之車材大方一方一尺、長稱城之薄厚。両軸三輪、輪居筐中、重下上筐。左右旁二植、左右有衡植、衡植左右皆圓内、内径四寸。左右縳弩皆於植、以弦鉤弦、至於大弦。弩臂前後與筐齊、筐高八尺、弩軸去下筐三尺五寸。連弩機郭同銅、一石三十鈞。引弦鹿長奴。筐大三圍半、左右有鉤距、方三寸、輪厚尺二寸、鉤距臂博尺四寸、厚七寸、長六尺。横臂齊筐外、蚤尺五寸、有距、博六寸、厚三寸、長如筐、有儀、有詘勝、可上下。為武重一石以材大圍五寸。矢長十尺、以繩系箭矢端、如如戈射、以磨鹿巻收。矢高弩臂三尺、用弩無數、出人六十枚、用小矢無留。十人主此車。遂具寇、為高樓以射道、城上以荅、羅、矢。

字典を使用するときに注意すべき文字
適、古多假借適爲敵 てき、かたき、の意あり。
長、猶張也。 はる、の意あり。
具、備也 そなう、の意あり。

《備高臨》:読み下し
禽子の再拝(さいはい)再拝(さいはい)して曰く、敢て問う適人(てきじん)が土を積みて高を為(つく)り、以って吾が城に臨(のぞ)み、薪土(しんど)俱(とも)に上(の)せ、以って羊黔(ようけん)を為(つく)る、櫓を蒙(まと)つて俱(とも)に前(すす)み、遂に之の城に屬(ぞく)し、兵弩(へいど)俱(とも)に上らば、之を為すこと柰何(いかん)せむ。
子墨子の曰く、子は羊黔(ようけん)の守を問うか。羊黔(ようけん)は将(しょう)の拙(せつ)なるものなり、以って卒を労するに足りて、以って城を害するに足らず。守るに臺城(だいじょう)を為(つく)り、以って羊黔(ようかん)に臨み、左右に巨(きょ)を出すこと、各(おのお)の二十尺、行城(こうじょう)は三十尺。強弩(きょうど)之を射、技機(ぎき)の之を籍(せき)し、奇器(きき)の之を口口(二字不祥)し、然れば則ち羊黔(ようかん)の攻(こう)は敗れむ。
臨(りん)に備えるに連弩(れんど)の車を以ってし、材の大きし方の一方は一尺、長きは城の薄厚に稱(かな)ふ。両軸は三輪、輪は筐中(きょうちゅう)に居(あ)り、下上の筐(きょう)を重ね。左右の旁(ぼう)に二植(にしょく)あり、左右に衡植(こうしょく)有り、衡植(こうしょく)の左右に皆圓内(えんぜい)あり、内径四寸。左右に弩を縳(ばく)する、皆植(しょく)に於いて、弦鉤(げんこう)の弦を以ってし、大弦(だいげん)に至る。弩臂(どひ)の前後筐(きょう)と齊(ひと)し、筐(きょう)の高さ八尺、弩の軸は下筐(かきょう)を去ること三尺五寸。連弩の機郭(きくわく)は銅と同じくし、一石三十鈞。弦を引くに鹿(ろく)をもち奴(ど)を長(は)る。筐(きょう)の大きさ三圍(い)半(はん)、左右に鉤距(こうきょ)有り、方三寸、輪の厚さ尺二寸、鉤距(こうきょ)の臂(ひ)の博(ひろ)さ尺四寸、厚七寸、長六尺。横臂(おうひ)の筐外(きょうがい)は齊(ひと)しく、蚤(そう)尺五寸、距有り、博(ひろ)さ六寸、厚三寸、長さ筐(きょう)の如く、儀(ぎ)有り、詘勝(くつしょう)有り、上下す可(べ)し。武(ぶ)を為(つく)るに重さ一石、材の大きさ圍(い)五寸を以ってす。矢の長さ十尺、繩を以って矢端(したん)に系箭(けいせん)し、如如(じょじょ)、戈射(よくしゃ)し、磨鹿(れきろく)を以って巻(ま)き收(おさ)めむ。矢の弩(ど)臂(ひ)より高きこと三尺。弩(ど)を用って無數に出だす、人に六十枚、小矢を用ふること無留(むりょう)。十人は此の車を主(つかさ)どる。遂に寇(かん)に具(そな)ひ、高樓(こうろう)を為(つく)り以って道を射る、城上には荅(たふ)、羅(ら)、矢(や)を以ってす。


《備高臨》:現代語訳
注意:軍事用語については、「墨子 巻十六 墨子軍事用語集」を参照してください。
また、『墨子』での「歩」について、守備する城の外側の城壁周長を基準に長さ一歩に対し兵卒一人を換算単位としています。これを下に、塔楼などの建物など施設の配備には距離の「歩」を使い、武器や装備の配備には城壁周長を基準とした兵卒換算単位の「歩=人員」を使います。

禽滑釐先生が再拝々々して言うことには、『敢えて、質問します、敵人が土を積み上げて「高」を造り為り、それを用いて我が城に対峙し、薪や土を共に「高」の上に載せ、それを用いて「羊黔」の戦法を取り、櫓をその「高」の上に組み上げて薪や土と共に前進し、遂に敵の櫓が城に接し、弓手と弩が共に櫓に登ったら、このような戦法を行うことに、どのような対処をすればよいでしょうか。』と。
子墨子が言うことには、『貴方は「羊黔」の戦法への守備を質問するのか。羊黔の戦法は、実は稚拙な戦法であって、この戦法は用いると兵卒を疲労させるには十分だが、これを用いて城を攻撃破壊するには足りない。羊黔の戦法を守備するには、「臺城」を造り、臺城を用いて羊黔に対峙し、臺城の左右に「巨」を張り出し、それはおのおの二十尺とし、「行城」の高さは三十尺とする。強弩を用いて敵の羊黔に乗る敵兵を射ち、「技機」で羊黔の敵兵を倒し、「奇器」により羊黔を口口(二字不祥)し、そのようにすれば、きっと、羊黔の攻撃は破れるだろう。
羊黔が城に対峙することに備えるために連弩を載せた車を用意し、材料の大きい方の角材の辺は一尺とし、長さは城壁の厚さの薄い厚いに合わせる。車の前後の両軸にはそれぞれ三輪を付け、車輪は箱で覆い、その車輪の上下は箱を上下に重ねて覆う。左右の横の張り出しとして二つの「植」を置き、車の左右の張り出しは「衡植」と呼び、その衡植は車の左右にあり、皆、衡植には車との接続の丸いほぞを造り、丸いほぞの大きさは内径四寸とする。左右の衡植に弩を装着し、皆、植の台座にあって、連弩のそれぞれの弦鉤は弦を用いて、大弦に連動させる。連弩の臂(台座)の前後のそれぞれの箱は同じ大きさとし、箱の高さ八尺、弩の軸は下箱から離すこと三尺五寸。連弩全体を納める郭は銅と同じ材料とし、重さは一石三十鈞。弦を引くに轆轤を用いて、弓弦の張りの程度を調整する。箱の大きさは三つ抱え半とし、左右に「鉤距」を備え、鉤距の大きさは角材の四方は三寸、車輪の板厚は一尺二寸、鉤距の臂の幅は一尺四寸、厚さは七寸、長さは六尺。横臂の箱から外の長さは等しくし、「蚤」は一尺五寸、「距」を備え付け、幅は六寸、厚さ三寸、長さは箱体と同じとし、「儀」を備え付け、「詘勝」を備え付け、上下出来るようにする。「武」を造るのに重さは一石、材料の大きさは周囲を五寸のものを用いる。矢の長さは十尺、繩を用いて矢の端に結びつけ、機に取り込み、如如として、戈射する、「磨鹿」を用いて矢を巻き取り箱体に収容する。収容する矢は弩臂より高い場所で三尺とする。弩を用って無数に射出し、人毎に六十本の矢を支給し、小矢を用いる場合、支給の制限は無い。十人でこの連弩の車を操作する。敵に備え、高樓を造り、この連弩の車で敵の進入路を射る、城壁の上には「荅」、「羅」、矢を配備する。

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万葉集 集歌3778から集歌3782まで

2022年10月28日 | 新訓 万葉集
集歌3778 之路多倍乃 阿我許呂毛弖乎 登里母知弖 伊波敝和我勢古 多太尓安布末弖尓
訓読 白栲の吾(あ)が衣手を取り持ちて斎(いは)へ吾(わ)が背子直(ただ)に逢ふまでに
私訳 神に祈って白栲の私の衣の中の手による草稿を取り持って、その完成を祈って下さい。私の尊敬する貴方、直接にお目にかかるまで。
右二首、娘子
注訓 右は二首、娘子
私訳 右の二首は、娘子への贈答歌

集歌3779 和我夜度乃 波奈多知婆奈波 伊多都良尓 知利可須具良牟 見流比等奈思尓
訓読 吾(わ)が屋戸の花橘はいたづらに散りか過ぐらむ見る人なしに
試訳 私が尊敬する万葉集と橘家の人々は空しく散っていくのだろうか、思い出す人もいなくて。

集歌3780 古非之奈婆 古非毛之祢等也 保等登藝須 毛能毛布等伎尓 伎奈吉等余牟流
訓読 恋死なば恋ひも死ねとや霍公鳥物思ふ時に来鳴き響(とよ)むる
試訳 和歌が死ぬのなら和歌を慕う気持ちも死ねと云うのか。過去を乞う霍公鳥は私が和歌を思って物思いにふけるときに、その過ぎ去った過去を求める鳴き声を響かせる。

集歌3781 多婢尓之弖 毛能毛布等吉尓 保等登藝須 毛等奈那難吉曽 安我古非麻左流
訓読 たひにして物思ふ時に霍公鳥もとなな鳴きそ吾(あ)が恋まさる
試訳 多くの歌の牌の万葉集を思って物思いするときに、霍公鳥よ、頼りなくに過去を乞うて鳴くな。私の和歌を慕う気持ちが増してくる。
注意 旅の「たひ」の場合、万葉仮名では主に多比か多妣の用字を使います。それが多婢の用字です。私は「多牌」の字が欲しかったのだと想っています。また、集歌3781と集歌3783との歌の設定は、自宅の風景が目にあります。旅の宿ではありません。それに左注に「寄花鳥陳思」とあるように、娘女への贈答にはなっていません。

集歌3782 安麻其毛理 毛能母布等伎尓 保等登藝須 和我須武佐刀尓 伎奈伎等余母須
訓読 雨隠(あまごも)り物思ふ時に霍公鳥我が住む里に来鳴き響(とよ)もす
試訳 雨の日に家にこもって物思いするときに、霍公鳥が私の住む里に来鳴きて、その過去の時代を乞う鳴き声を私の心の中に響かせる。

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万葉集 集歌3773から集歌3777まで

2022年10月27日 | 新訓 万葉集
集歌3773 君我牟多 由可麻之毛能乎 於奈自許等 於久礼弖乎礼杼 与伎許等毛奈之
訓読 君が共(むた)行かましものを同じこと後(おく)れて居(を)れど良(よ)きこともなし
私訳 貴方と一緒に行けばよかったものを、居残っていても同じこと、ここに残っていても良いことはなにもありません。

集歌3774 和我世故我 可反里吉麻佐武 等伎能多米 伊能知能己佐牟 和須礼多麻布奈
訓読 吾(あ)が背子が帰り来(き)まさむ時のため命残さむ忘れたまふな
私訳 私の大切な貴方が帰って来られる時のために命(私が創る万葉集)を残しましょう、和歌をお忘れにならないで下さい。
右八首、娘子
注訓 右は八首、娘子
私訳 右の八首は、娘子への贈答歌

集歌3775 安良多麻能 等之能乎奈我久 安波射礼杼 家之伎己許呂乎 安我毛波奈久尓
訓読 あらたまの年の緒長く逢はざれど異(け)しき心を吾(あ)が思はなくに
私訳 年が改まる長い年月を貴方が創る万葉集を見ていないけれど、和歌から漢詩への浮気心を私は思ってもいません。

集歌3776 家布毛可母 美也故奈里世婆 見麻久保里 尓之能御馬屋乃 刀尓多弖良麻之
訓読 今日もかも都なりせば見まく欲(ほ)り西の御厩(みまや)の外(と)に立てらまし
私訳 今日もまた、もし、都にいたならばと貴方の創る万葉集を見てみたいと思い、京への西の馬屋の外に立っています。
右二首、中臣朝臣宅守
注訓 右は二首、中臣朝臣宅守
私訳 右の二首は、中臣朝臣宅守への贈答歌

集歌3777 伎能布家布 伎美尓安波受弖 須流須敝能 多度伎乎之良尓 祢能未之曽奈久
訓読 昨日(きのふ)今日(けふ)君に逢はずてする術(すべ)のたどきを知らに哭(ね)のみしぞ泣く
私訳 昨日も今日も貴方に逢うことなく行う万葉集の編纂ですが、その編纂する方法が判らなくて怨みながら泣いています。

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万葉集 集歌3768から集歌3772まで

2022年10月26日 | 新訓 万葉集
集歌3768 己能許呂波 君乎於毛布等 須敝毛奈伎 古非能未之都々 祢能未之曽奈久
訓読 このころは君を思ふと術(すべ)もなき恋のみしつつ哭(ね)のみしぞ泣く
私訳 近頃は貴方のことを思うと、どうしようもありません。尊敬の念を持って万葉集の編纂の難しさを怨みながら泣いています。

集歌3769 奴婆多麻乃 欲流見之君乎 安久流安之多 安波受麻尓之弖 伊麻曽久夜思吉
訓読 ぬばたまの夜(よる)見し君を明くる朝(あした)逢はずまにして今ぞ悔しき
私訳 暗闇の夜の夢に見る貴方を、夜が明ける日中は遠く離れて住んでいるためにお目にかかれないままにして、今はそれが残念です。

集歌3770 安治麻野尓 屋杼礼流君我 可反里許武 等伎能牟可倍乎 伊都等可麻多武
訓読 あぢ真野に宿れる君が帰り来む時の迎へをいつとか待たむ
私訳 配流地のあぢの群れが鳴き騒ぐ原野に宿泊されている貴方が帰ってくる時のお迎えは何時かと待っています。
注意 普段の解説は「安治麻野」を味真野と訓読みして越前市味真野を示しますが、万葉集では「あぢ」はアジ鴨を指します。私は「あぢ真野」を一般名称としてアジ鴨の棲む原野としています。

集歌3771 宮人能 夜須伊毛祢受弖 家布々々等 麻都良武毛能乎 美要奴君可聞
訓読 宮人の安寝(やすい)も寝(ね)ずて今日(けふ)今日と待つらむものを見えぬ君かも
私訳 私は宮人たちがぐっすり寝る夜も安眠できずに、貴方が帰ってくるのは今日か今日かと待っているのに、お見えにならない貴方です。

集歌3772 可敝里家流 比等伎多礼里等 伊比之可婆 保等保登之尓吉 君香登於毛比弖
訓読 帰りける人(ひと)来(き)たれりと言ひしかばほとほと死にき君かと思ひて
私訳 帰って来る人が来たと云ったので、ほとんど死にそうになりました。貴方かと思って。

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