竹取翁と万葉集のお勉強

楽しく自由に万葉集を楽しんでいるブログです。
初めてのお人でも、それなりのお人でも、楽しめると思います。

今日のみそひと歌 木曜日

2015年04月30日 | 万葉 みそひと謌
今日のみそひと歌 木曜日

集歌3423 可美都氣努 伊可抱乃祢呂尓 布路与伎能 遊吉須宜可提奴 伊毛賀伊敝乃安多里
訓読 上野(かみつけ)ぬ伊香保(いかほ)の嶺(ね)ろに降(ふ)ろ雪(よき)の行き過ぎかてぬ妹が家のあたり
私訳 上野の伊香保の嶺に降る雪がなかなか流れ行かないように、通り過ぎていくのが難しい。愛しい貴女の家のあたりは。

集歌3424 之母都家野 美可母乃夜麻能 許奈良能須 麻具波思兒呂波 多賀家可母多牟
訓読 下野(しもつけ)の三毳(みかも)の山の小楢(こなら)のす真妙(まぐは)し子ろは誰が笥(け)か持たむ
私訳 下野の三毳の山に生える小楢のように、かわいいあの娘は、将来、誰の食事の世話をするのだろう。

集歌3425 志母都家努 安素乃河泊良欲 伊之布麻受 蘇良由登伎奴与 奈我己許呂能礼
訓読 下野(しもつけ)の安蘇(あそ)の川原よ石踏まず空ゆと来(き)ぬよ汝(な)が心告(の)れ
私訳 下野の安蘇にある川原の石を踏むことなく空から飛んでやって来た。さあ、お前の気持ちを云ってくれ。

集歌3426 安比豆祢能 久尓乎佐杼抱美 安波奈波婆 斯努比尓勢毛等 比毛牟須婆佐祢
訓読 会津(あひづ)嶺(ね)の国をさ遠(どほ)み逢はなはば偲(しの)ひにせもと紐結ばさね
私訳 会津の嶺は故郷を遠く離れる。もう逢えないのならば、遠く離れた思い出として、この紐をお結び下さい。

集歌3427 筑紫奈留 尓抱布兒由恵尓 美知能久乃 可刀利乎登女乃 由比思比毛等久
訓読 筑紫(つくし)なるにほふ子ゆゑに陸奥(みつのく)の可刀利(かとり)娘子(をとめ)の結(ゆ)ひし紐解く
私訳 いかにも筑紫と云える美しいあの娘を抱くために、陸奥の可刀利に住む愛しい娘が結んでくれたこの下着の紐を解く。

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今日のみそひと歌 水曜日

2015年04月29日 | 万葉 みそひと謌
今日のみそひと歌 水曜日

集歌2509 真祖鏡 雖見言哉 玉限 石垣渕乃 隠而在孋
試訓 真澄鏡(まそかがみ)見とも言はめや玉かぎる石垣淵(いはがきふち)の隠(こも)りに在(あ)る麗(つま)
私訳 見たい姿を見せると云う真澄鏡、その鏡に貴女の姿を見て、逢ったと語れるでしょうか。川面輝く流れにある岩淵が深いように、宮中の奥深くに籠っている私の妻である貴女。

集歌2510 赤駒之 足我枳速者 雲居尓毛 隠往序 袖巻吾妹
訓読 赤駒し足掻(あがき)速けば雲居にも隠(かく)り行(い)かむぞ袖枕(ま)け吾妹
私訳 赤駒の歩みが速いので彼方の雲の立つところにも、忍んで行きましょう。褥を用意して待っていてください。私の貴女。

集歌2511 隠口乃 豊泊瀬道者 常消乃 恐道曽 戀由眼
訓読 隠口(こもくり)の豊(とよ)泊瀬(はつせ)道(ぢ)は常(とこ)消えの恐(かしこ)き道ぞ戀(こ)ふらくはゆめ
私訳 人が亡くなると隠れるという隠口の立派な泊瀬道は、いつも道が流される、使うのに恐ろしい道です。恋い焦がれるからと、気を逸らないでください。

集歌2512 味酒之 三毛侶乃山尓 立月之 見我欲君我 馬之足音曽為
訓読 味酒(うまさけ)し三諸(みもろ)の山に立つ月し見が欲(ほ)し君が馬(ま)し足音(おと)そせし
私訳 噛み酒を奉じる三室の山に出る月を見たいと思う、そのように逢いたいと思う貴方の馬の蹄の音がしました。

集歌2513 雷神 小動 刺雲 雨零耶 君将留
訓読 鳴る神し少し響(とよ)みてさし曇り雨も降らぬか君し留(とど)めむ
私訳 雷神の鳴らす雷の音がかすかに響いて、空も曇ってきて、雨も降ってこないでしょうか。そうすれば、貴方のお帰りを引き留めましょう。

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今日のみそひと謌 火曜日

2015年04月28日 | 万葉 みそひと謌
今日のみそひと謌 火曜日

集歌1632 足日木乃 山邊尓居而 秋風之 日異吹者 妹乎之曽念
訓読 あしひきの山辺(やまへ)に居(を)りに秋風し日に異(け)に吹けば妹をしぞ思ふ
私訳 葦や桧の茂る山辺に居て、秋風が日ごとに吹くと貴女を恋しくなります。

集歌1633 手母須麻尓 殖之芽子尓也 還者 雖見不飽 情将盡
訓読 手もすまに植ゑし萩にや還(か)へりては見れども飽かず情(こころ)尽さむ
私訳 手を休めずに植えた萩においては、何度も振り返って眺めますが、眺め飽きることなく、その萩の花に情が移ってしまうでしょう。

集歌1634 衣手尓 水澁付左右 殖之田乎 引板吾波倍 真守有栗子
訓読 衣手(ころもて)に水(み)渋(しぶ)付くまで植ゑし田を引板(ひきた)吾(あ)が延(は)へ守(まも)れる苦(くる)し
私訳 衣の袖が水渋に染まるほどに植えた田を、紐に付けた鳴子の板を私が張り巡らして、獣から守るのは辛い。

集歌1635佐保河之 水乎塞上而 殖之田乎 苅流早飯者 獨奈流倍思
訓読 佐保川(さほかは)し水を堰(せ)上げに殖(う)ゑし田を刈れる早飯(わさいひ)は独(ひと)りなるべし
私訳 佐保川の流れを堰き止めて育てた田を・・・・
(その返歌を創る途中を)刈り取って早々と飯(いい:云い)にするのは私なのでしょう。

集歌1636 大口能 真神之原尓 零雪者 甚莫零 家母不有國
訓読 大口(おほくち)の真神(まかみ)し原に降る雪はいたくな降りそ家もあらなくに
私訳 大口の真神の野原に降る雪は、そんなにひどく降らないで。貴方が途中で宿るような家がないので。

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今日のみそひと歌 月曜日

2015年04月27日 | 万葉 みそひと謌
今日のみそひと歌 月曜日

集歌740 事耳乎 後毛相跡 懃 吾乎令憑而 不相可聞
訓読 事(こと)のみを後も逢はむとねもころに吾を憑(たの)めに逢はざらむかも
私訳 便りだけは「後で逢いましょう」と丁寧に貴女は私を信頼していて、その貴女は私に逢わないのでしょうか。

集歌741 夢之相者 苦有家里 覺而 掻探友 手二毛不所觸者
訓読 夢し逢ひは苦しかりけり覺(おどろ)きに掻(か)き探れども手にも触れずそは
私訳 夢の中で抱き合うことは苦しいものです。ふと目覚めて手探りに探っても貴女の体が私の手にも触れないので。

集歌742 一重耳 妹之将結 帶乎尚 三重可結 吾身者成
訓読 一重(ひとへ)のみ妹し結ばむ帯(おび)をすら三重(みへ)結ぶべく吾が身はなりぬ
私訳 一重だけで貴女が私の体を結ぶでしょう、その帯でも、今の私は三重に結べるようなやせ細った体に成ってしまった。

集歌743 吾戀者 千引乃石乎 七許 頚二将繋母 神之諸伏
訓読 吾が恋は千引(ちひき)の石(いは)を七ばかり首に繋(か)けむも神しまにまに
私訳 私の貴女への恋の思いは千人で引く岩を七つほど首にぶら下げるほども、神の思し召し。

集歌744 暮去者 屋戸開設而 吾将待 夢尓相見二 将来云比登乎
訓読 暮(ゆふ)さらば屋戸(やと)開(あ)け設(ま)けに吾が待たむ夢に相見に来(こ)むいふ人を
私訳 夕暮れになると家の戸を開けひろげて私は待ちましょう。私の見る夢の中に、二人で逢おうとお出でなさいと云う貴女を見るために。

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万葉集 長歌を鑑賞する 集歌379

2015年04月26日 | 万葉集 長歌を楽しむ
万葉集 長歌を鑑賞する 集歌379

大伴坂上郎女祭神謌一首并短謌
標訓 大伴坂上郎女の神を祭る謌一首并せて短謌
集歌379 久堅之 天原従 生来 神之命 奥山乃 賢木之枝尓 白香付 木綿取付而 齊戸乎 忌穿居 竹玉乎 繁尓貫垂 十六自物 膝析伏 手弱女之 押日取懸 如此谷裳 吾者折奈牟 君尓不相可聞

<標準的な解釈(「萬葉集 釋注」伊藤博、集英社文庫)>
訓読 ひさかたの 天の原より 生(あ)れ来(き)たる 神の命(みこと) 奥山の 賢木(さかき)の枝に 白香(しらか)付け 木綿(ゆふ)取り付けて 斎瓮(いはひへ)を 斎(いは)ひ掘り据ゑ 竹玉(たかたま)を 繁(しじ)に貫(ぬ)き垂(た)れ 鹿(しし)じもの 膝析(さ)き伏して たわやめの 襲(おすひ)取り懸(か)け かくだにも 我れは祈(こ)ひなむ 君に逢はじかも
意訳 高天原の神のみ代から現われて生を継いで来た先祖の神よ。奥山のさか木の枝に、白香を付け木綿を取り付けて、斎瓮をいみ清めて堀り据え、竹玉を緒にいっぱい貫き垂らし、鹿のように膝を折り曲げて神前にひれ伏し、たおやめである私が襲を肩に掛け、こんなにまでして私は懸命にお祈りをしましょう。なのに、我が君にお逢いできないものなのでしょうか。

<西本願寺本万葉集の原文を忠実に訓むときの解釈>
訓読 ひさかたし 天つ原より 生(あ)れ来(き)たる 神し命(みこと) 奥山の 賢木(さかき)し枝に 白香(しらか)付け 木綿(ゆふ)取り付けて 斎瓮(いはひへ)を 斎(いは)ひ掘り据ゑ 竹玉(たかたま)を 繁(しじ)に貫(ぬ)き垂(た)れ 鹿猪(しし)じもし 膝析(さ)き伏して 手弱女(たわやめ)し 襲(おすひ)取り懸(か)け かくだにも 吾(あ)は折(を)りなむ 君に逢はじかも
私訳 遥か彼方の天の原から生まれ来たる神の命、人の手の触れぬ清浄な奥山の賢木の枝に白香を付けて木綿で出来た幣を取り付け、神を斎ふ清浄な甕を呪術して堀り据えて、竹玉を沢山に紐に貫き通して垂らし、供え物の鹿や猪のように膝を折り開いて地に伏し、手弱女らしく祝祭の上着を打ち掛けて、このように私はひれ伏しましょう。祖の神である貴方に逢えるでしょうか。

注意 一般には長歌原文の句「膝析伏」の「析」は「折」、「吾者折奈牟」の「折」は「祈」の誤字とします。ここでは原文のままとし、その原文表記に従うと神事での祈りの姿勢を示します。そのため、長歌の解釈が変わります。

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