立山賦一首并短謌 此山者有新河郡也
標訓 立山(たちやま)の賦(ふ)一首并せて短謌 此の山は新河郡(にひかはのこほり)に有り
集歌4000 安麻射可流 比奈尓名可加須 古思能奈可 久奴知許登其等 夜麻波之母 之自尓安礼登毛 加波々之母 佐波尓由氣等毛 須賣加未能 宇之波伎伊麻須 尓比可波能 曽能多知夜麻尓 等許奈都尓 由伎布理之伎弖 於波勢流 可多加比河波能 伎欲吉瀬尓 安佐欲比其等尓 多都奇利能 於毛比須疑米夜 安里我欲比 伊夜登之能播仁 余曽能未母 布利佐氣見都々 余呂豆餘能 可多良比具佐等 伊末太見奴 比等尓母都氣牟 於登能未毛 名能未毛伎吉氏 登母之夫流我祢
訓読 天離る 鄙に名(な)懸(か)かす 越の中 国内(くぬち)ことごと 山はしも 繁(しじ)にあれども 川はしも 多(さは)に行けども 統(す)め神の 領(うしは)きいます 新川(にひかは)の その立山(たちやま)に 常夏に 雪降り敷(し)きて 帯(お)ばせる 片貝川(かたかひかは)の 清き瀬に 朝夕(あさよひ)ごとに 立つ霧の 思ひ過ぎめや あり通ひ いや年のはに 外(よそ)のみも 振り放(さ)け見つつ 万代(よろづよ)の 語(かた)らひ草(くさ)と いまだ見ぬ 人にも告げむ 音のみも 名のみも聞きて 羨(とも)しぶるがね
私訳 都から離れた鄙に名をひびかせていらっしゃる越の中で国中には、あちらこちらに山はたくさんあるのだが、川は多く流れて行くのだが、国を治める神が統治なれている新川の、その立山に、夏の最中に雪が降り積もり、山の裾野を帯のように取り巻く片貝川の清らかな瀬に、朝夕毎に立つ霧の、その霧がすぐに消えるように、どうして忘れ去るでしょうか。途絶えることなく通い、いや、毎年ごとに、遠くからだけでも見上げて眺めながら、万代に語り継ぐことと、未だ眺めていない人にも告げましょう。そうすれば、噂だけでも、名前だけでも聞いて、羨ましいと思うでしょう。
集歌4001 多知夜麻尓 布里於家流由伎乎 登己奈都尓 見礼等母安可受 加武賀良奈良之
訓読 立山(たちやま)に降り置ける雪を常夏に見れども飽かず神(かむ)からならし
私訳 立山に降り積もる雪を、夏の盛りに眺めるが見飽きることはありません。神々しいからなのでしょう。
集歌4002 可多加比能 可波能瀬伎欲久 由久美豆能 多由流許登奈久 安里我欲比見牟
訓読 片貝の川の瀬清く行く水の絶ゆることなくあり通ひ見む
私訳 片貝の川の瀬を清らかに流れ行く水が絶えることがないように、途絶えることなく通って眺めましょう。
四月廿七日、大伴宿祢家持作之
左注 四月廿七日に、大伴宿祢家持の之を作る
敬和立山賦一首并二絶
標訓 立山(たちやま)の賦(ふ)を敬(つつし)みて和(こた)へたる一首并せて二絶
集歌4003 阿佐比左之 曽我比尓見由流 可無奈我良 弥奈尓於婆勢流 之良久母能 知邊乎於之和氣 安麻曽々理 多可吉多知夜麻 布由奈都登 和久許等母奈久 之路多倍尓 遊吉波布里於吉弖 伊尓之邊遊 阿理吉仁家礼婆 許其志可毛 伊波能可牟佐備 多末伎波流 伊久代經尓家牟 多知氏為弖 見礼登毛安夜之 弥祢太可美 多尓乎布可美等 於知多藝都 吉欲伎可敷知尓 安佐左良受 綺利多知和多利 由布佐礼婆 久毛為多奈眦吉 久毛為奈須 己許呂毛之努尓 多都奇理能 於毛比須具佐受 由久美豆乃 於等母佐夜氣久 与呂豆余尓 伊比都藝由可牟 加婆之多要受波
訓読 朝日さし 背向(そがひ)に見ゆる 神ながら 御名(みな)に帯(お)ばせる 白雲の 千重を押し別け 天(あま)そそり 高き立山(たちやま) 冬夏と 分(わ)くこともなく 白栲に 雪は降り置きて 古(いにしへ)ゆ あり来にければ こごしかも 巌(いは)の神さび たまきはる 幾代経(へ)にけむ 立ちて居て 見れども異(あや)し 峰高み 谷を深みと 落ち激(たぎ)つ 清き彼地(かしち)に 朝去らず 霧立ちわたり 夕されば 雲居(くもゐ)たなびき 雲居なす 心もしのに 立つ霧の 思ひ過(す)ぐさず 行く水の 音も清(さや)けく 万代に 言ひ継ぎゆかむ 川し絶えずは
私訳 朝日を受けて山の背の影が見える、神として御名に付け呼ばれる、白雲が千重に掛るのを押し分け、天にそそり立つ、その高き立山は、冬夏と季節を分けることもなく、白栲のように雪は山に降り積もって、古からこのように存在しているので、神々しいのでしょう。巌も神々しく、年々の時を刻む、その長き時を経て来たのでしょう。出で立って来て眺めても不思議です。峰は高く、谷は深く、水は流れ落ち湧き立つ、清らかなその地に、朝になれば霧が立ち渡り、夕べになれば雲が立ち棚引き、山には雲が掛る。気持ちはさらに、立つ霧の、その霧がすぐに消えるように、すぐに忘れ去ることなく、流れ行く水の瀬音も清らかであるように、さやに万代に語り継いでいきましょう。その川の流れが絶えなければ。
集歌4004 多知夜麻尓 布理於家流由伎能 等許奈都尓 氣受弖和多流波 可無奈我良等曽
訓読 立山(たちやま)に降り置ける雪の常夏に消(け)ずてわたるは神ながらとぞ
私訳 立山に降り積もる雪が夏の盛りに消えずに季節を渡るのは、神々しい山だからなのでしょう。
標訓 立山(たちやま)の賦(ふ)一首并せて短謌 此の山は新河郡(にひかはのこほり)に有り
集歌4000 安麻射可流 比奈尓名可加須 古思能奈可 久奴知許登其等 夜麻波之母 之自尓安礼登毛 加波々之母 佐波尓由氣等毛 須賣加未能 宇之波伎伊麻須 尓比可波能 曽能多知夜麻尓 等許奈都尓 由伎布理之伎弖 於波勢流 可多加比河波能 伎欲吉瀬尓 安佐欲比其等尓 多都奇利能 於毛比須疑米夜 安里我欲比 伊夜登之能播仁 余曽能未母 布利佐氣見都々 余呂豆餘能 可多良比具佐等 伊末太見奴 比等尓母都氣牟 於登能未毛 名能未毛伎吉氏 登母之夫流我祢
訓読 天離る 鄙に名(な)懸(か)かす 越の中 国内(くぬち)ことごと 山はしも 繁(しじ)にあれども 川はしも 多(さは)に行けども 統(す)め神の 領(うしは)きいます 新川(にひかは)の その立山(たちやま)に 常夏に 雪降り敷(し)きて 帯(お)ばせる 片貝川(かたかひかは)の 清き瀬に 朝夕(あさよひ)ごとに 立つ霧の 思ひ過ぎめや あり通ひ いや年のはに 外(よそ)のみも 振り放(さ)け見つつ 万代(よろづよ)の 語(かた)らひ草(くさ)と いまだ見ぬ 人にも告げむ 音のみも 名のみも聞きて 羨(とも)しぶるがね
私訳 都から離れた鄙に名をひびかせていらっしゃる越の中で国中には、あちらこちらに山はたくさんあるのだが、川は多く流れて行くのだが、国を治める神が統治なれている新川の、その立山に、夏の最中に雪が降り積もり、山の裾野を帯のように取り巻く片貝川の清らかな瀬に、朝夕毎に立つ霧の、その霧がすぐに消えるように、どうして忘れ去るでしょうか。途絶えることなく通い、いや、毎年ごとに、遠くからだけでも見上げて眺めながら、万代に語り継ぐことと、未だ眺めていない人にも告げましょう。そうすれば、噂だけでも、名前だけでも聞いて、羨ましいと思うでしょう。
集歌4001 多知夜麻尓 布里於家流由伎乎 登己奈都尓 見礼等母安可受 加武賀良奈良之
訓読 立山(たちやま)に降り置ける雪を常夏に見れども飽かず神(かむ)からならし
私訳 立山に降り積もる雪を、夏の盛りに眺めるが見飽きることはありません。神々しいからなのでしょう。
集歌4002 可多加比能 可波能瀬伎欲久 由久美豆能 多由流許登奈久 安里我欲比見牟
訓読 片貝の川の瀬清く行く水の絶ゆることなくあり通ひ見む
私訳 片貝の川の瀬を清らかに流れ行く水が絶えることがないように、途絶えることなく通って眺めましょう。
四月廿七日、大伴宿祢家持作之
左注 四月廿七日に、大伴宿祢家持の之を作る
敬和立山賦一首并二絶
標訓 立山(たちやま)の賦(ふ)を敬(つつし)みて和(こた)へたる一首并せて二絶
集歌4003 阿佐比左之 曽我比尓見由流 可無奈我良 弥奈尓於婆勢流 之良久母能 知邊乎於之和氣 安麻曽々理 多可吉多知夜麻 布由奈都登 和久許等母奈久 之路多倍尓 遊吉波布里於吉弖 伊尓之邊遊 阿理吉仁家礼婆 許其志可毛 伊波能可牟佐備 多末伎波流 伊久代經尓家牟 多知氏為弖 見礼登毛安夜之 弥祢太可美 多尓乎布可美等 於知多藝都 吉欲伎可敷知尓 安佐左良受 綺利多知和多利 由布佐礼婆 久毛為多奈眦吉 久毛為奈須 己許呂毛之努尓 多都奇理能 於毛比須具佐受 由久美豆乃 於等母佐夜氣久 与呂豆余尓 伊比都藝由可牟 加婆之多要受波
訓読 朝日さし 背向(そがひ)に見ゆる 神ながら 御名(みな)に帯(お)ばせる 白雲の 千重を押し別け 天(あま)そそり 高き立山(たちやま) 冬夏と 分(わ)くこともなく 白栲に 雪は降り置きて 古(いにしへ)ゆ あり来にければ こごしかも 巌(いは)の神さび たまきはる 幾代経(へ)にけむ 立ちて居て 見れども異(あや)し 峰高み 谷を深みと 落ち激(たぎ)つ 清き彼地(かしち)に 朝去らず 霧立ちわたり 夕されば 雲居(くもゐ)たなびき 雲居なす 心もしのに 立つ霧の 思ひ過(す)ぐさず 行く水の 音も清(さや)けく 万代に 言ひ継ぎゆかむ 川し絶えずは
私訳 朝日を受けて山の背の影が見える、神として御名に付け呼ばれる、白雲が千重に掛るのを押し分け、天にそそり立つ、その高き立山は、冬夏と季節を分けることもなく、白栲のように雪は山に降り積もって、古からこのように存在しているので、神々しいのでしょう。巌も神々しく、年々の時を刻む、その長き時を経て来たのでしょう。出で立って来て眺めても不思議です。峰は高く、谷は深く、水は流れ落ち湧き立つ、清らかなその地に、朝になれば霧が立ち渡り、夕べになれば雲が立ち棚引き、山には雲が掛る。気持ちはさらに、立つ霧の、その霧がすぐに消えるように、すぐに忘れ去ることなく、流れ行く水の瀬音も清らかであるように、さやに万代に語り継いでいきましょう。その川の流れが絶えなければ。
集歌4004 多知夜麻尓 布理於家流由伎能 等許奈都尓 氣受弖和多流波 可無奈我良等曽
訓読 立山(たちやま)に降り置ける雪の常夏に消(け)ずてわたるは神ながらとぞ
私訳 立山に降り積もる雪が夏の盛りに消えずに季節を渡るのは、神々しい山だからなのでしょう。