たけちゃん活動・生活日誌

県議としての活動に追われてきましたが、引退後の生活の様子や、感じていることを発信しています・・・。

「脱ダム宣言」から7年半

2008年09月22日 | Weblog

公共事業評価監視委員会へ手続き


 9月19日(金)、県の公共事業評価監視委員会が開催され「休止中のダム事業方針について」県から提案が行われ、下諏訪ダムと蓼科ダムを中止するとともに、清川ダム(飯山市)、郷士沢ダム(豊丘村)は中止、角間ダム(山ノ内町)、黒沢ダム(安曇野市)、駒沢ダム(辰野町)は「一時休止」する再評価を諮問しました。
 これは国交省との事業予算の関係で、正式に中止や一時中止の手続きがとられて来なかったため、事業としては国の当初予算の度に見送られる休止状態となっていたためで、今後、再評価を経て国に正式な手続きを行うためです。


 2001年2月に突如として行われた「脱ダム宣言」から7年半以上が経過し、当時中止を打ち出した9つのダムの内、今回、県が「中止」とした4つのダム問題は、これでようやく正式な方向が示されることになりました。
 しかし、下諏訪ダムの「中止」については、河川整備計画の認可を得るため賛否両者が当面20年間の砥川の河川改修等を優先させるため歩み寄ったこと、その後、岡谷市や下諏訪町が利水計画を見直しダムからの利水を断念した結果であり、河川整備計画の認可を受けるに当たって、下諏訪町からは20年でなく10年以内に河川改修を終了するとともに、その後の治水対策についても引き続き協議するという要望が出されていること、国交省からは将来の計画流量や安全度に対応する計画が求められての認可であることは忘れてはなりません。
 また、清川は飯山市が融雪への利水を断念、郷士沢は汚染された水道水の井戸水源の当面の見通しが付いたこと、蓼科ダムは開発業者や茅野市の理解が得られたこと等々を考えれば、ダム中止に伴い要望されている治水対策や地域要望の早期実施のため県が努力することを忘れてはなりません。
 さらに、蓼科ダムについては清算が終わっているようですが、下諏訪ダム建設計画(浅川も同様ですが)に伴い関係自治体が納めている利水負担金の精算を県財政が厳しいおり、何時返済するかという問題も残されています。


 今回、「一時休止」の方針が示された3ダムについては、まだまだ県として行わなければならない重い課題が残されています。
 角間ダムについては、これまでダムに替わる中野市の水道水の利水対策について、新たな井戸水源等の調査を行って来ましたが、今のところ見つかっていませんし、治水対策についても山ノ内町は観光地であり温泉施設への影響やパラペットによる河川改修は景観を壊すとして同意が得られていません。
 駒沢ダムについては、治水利水ダム等検討委員会で注文が出た流域の確定について流量観測中であり、その結果を受けて辰野町が必要としている利水対策を協議するとしており、課題の検証はこれからです。
 黒沢ダムについては、水道水の利水対策について三郷村が合併し安曇野市となりましたが、その後も新たな水源対策が確立していません。


 今回の公共事業再評価監視委員会への県の意志表示により、「脱ダム宣言」時、中止の対象となった9ダムの内、国が中止を表明した大仏ダム(松本市・薄川)、代替案がなく現知事が「穴あきダム」としての整備を表明した浅川ダム(長野市)を含め、これで前知事が行った「脱ダム宣言」に対する県の対応が明確になったと思っています。


 突然の「脱ダム宣言」時、私は自ら経験して来た水害の体験等から、中止するダムに替わる代替案を示すべきとして「治水・利水ダム等検討委員会条例」を提案しました。
 それは、各ダム計画も流域や地形、過去の災害の歴史、利水対策など様々な地域の事情があり、一方的に「結論先にありき」で中止と決めつけるのは民主主義ではい。地元市町村や流域住民と一緒に検討してから結論を出すべきであるとするシステムの提案でした。
 それから今日まで、関係した県職員や流域市町村、流域住民、各部会の委員等々、私も含め大変な動力を使い苦労をされたと思います。
 あれから7年半を経て、今日、一つの区切りとして一定の整理がされたと思いますが、「無駄な時を費やした」とか「自分たちの主張と違う」などと片付けることなく、この大変だった7年半を教訓として、今後の治水・利水対策を推進していただくことを願うものです。


 私は、「脱ダム宣言」当時、当時の知事に対し「誰が知事であっても、行政は約束したことに関し継続性が問われる」と主張して来ましたが、現県政においても残された課題の取り組みについて誠心誠意努力していただきたいと思います。


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