たけちゃん活動・生活日誌

県議としての活動に追われてきましたが、引退後の生活の様子や、感じていることを発信しています・・・。

秋取りキュウリも終焉を迎えました。

2020年09月30日 | 家庭菜園

 早くも9月も今日で終わり、明日からは10月です。
 9月中旬までの夏日が嘘であったかのように、最近は朝夕の気温が下がり日中も涼しくすっかり秋となりました。
 我が家の家庭菜園から菅平や志賀方面の山々を望む景色【下写真】も、すっかり秋らしくなりました。

 ところで、我が家の家庭菜園は徐々に今シーズンの撤退作業をしていますが、遂に順調だった秋取りキュウリも終焉を迎えます。
 このところ気温が低くなったため、成長が鈍く、しかも変形したキュウリができるようになってしまいました。【下写真】

 9月30日の畑作業では、もう収穫も少ないため、マルチを撤去するための準備やズッキーニの処分、草取りを行いました。
 そして向こう一週間以内には、残ったトマトやナスの木、秋取りキュウリ棚も全て撤去し、今シーズンの我が家の家庭菜園は終焉を迎えます。
 寂しい限りですが、しかたありません。
 今後は、タマネギ植えの畑準備と苗を植えて、今年は終わりです。


孫達との面会に富士市へ

2020年09月23日 | 私生活

 9月19日(土)は、私の孫6人中、私の長女の子である4番目と5番目の孫に会うため静岡県富士市に行きました。
 私の長女は、この4月夫の転勤で山口県から静岡県富士市に転居していましたが、コロナ禍でお互いに往き来を自粛して来ました。
 しかし、4連休に入る前にコロナの感染状況が長野・静岡県ともに少なくなっていることから、妻と相談し娘の転居した住まいの状況や夫の新たな職場の様子、そして何よりも孫達の成長の様子を知りたくて、我が家の家庭菜園で採れた野菜を持って行くことにしました。
 そして孫達2人(2人とも女の子)に面会すると、会うなり、じじ、ばばに飛びついてきて、来て良かったと実感するとともに、長女夫婦や孫達も日常生活で、しっかりと富士市に根付きつつあることを感じ安心しました。

 富士市の人口は約25万2千人余で、静岡県内では浜松市、静岡市に続い3番目の市です。また、富士山の南に位置し、富士山を望む地域の1つとして有名です。
 この日は天候が心配されましたが、運良く一時的に晴れ富士山を臨むことが出来ました。
 富士山は圧巻で、その偉大さに思わず祈りたくなりました。
 ところで、この日は4連休初日であり高速道路やサービスエリヤは大夫混雑していました。
 三密を避けるとともに、マスクの着用や手洗いなど気を使っての旅行でしたが、今後しばらくは経過観察をしたいと思っています。


我が家の家庭菜園は近く終焉を迎えます。

2020年09月18日 | 家庭菜園

 9月も中旬を過ぎ、これまでの猛暑が嘘だったように、だいぶ涼しくなって来ました。
 我が家の家庭菜園は、今シーズンの本格的な終焉時期を迎え、後片付けと来年度の畑の準備作業に入っています。
 今年は梅雨の長雨や猛暑が続き、草取り等の手入れが出来なかったため、草ぼうぼうで荒れ放題でしたが、このところ涼しくなって来たため2日に1回の収穫時に約1時間草刈りを行い、漸く畑の三分の二が終わりました。【下写真】

 でも、今年は草を伸ばしすぎたため根が張った草はカマで刈っただけであり、来年度シーズンの畑を準備するためには、今後はクワ等で根っこから草を除去する作業が続きます。
 最近収穫出来た野菜は、キュウリ、ナス、トマト、オクラ、夕顔、ズッキーニ、青じそ、韓国唐辛子、ネギですが、段々と収穫量が減っています。【下写真】

 そして、ナスとトマト、オクラ、夕顔、ズッキーニ、韓国唐辛子は、近く収穫できなくなります。
 ただ、7月初めに苦労して植えた「秋取りキュウリ」は、まだ健在で、この様子だと予想より長く10月中旬まで収穫できそうな気がしています。【下写真】

 今後の我が家の家庭菜園作業は、収穫が終わる野菜の後片付けや草取りを順次行うとともに、10月末後には玉ネギの苗を着実に植えられるよう畑の整備を計画的にしていく決意です。


長寿会の奉仕活動に参加

2020年09月17日 | 活 動

 9月16日の午前中は、私の住む石渡長寿会の社会奉仕活動に参加しました。
 この日の活動は、男性は神社の草取り女性は公民館の清掃で、無論私は神社の草取りに参加しました。
 神社の清掃には約30人が参加しましたが、コロナで自粛中にあることや、猛暑続きで外出を控え運動不足であったためか、久々に会う方が多いらしく、「元気だった」とか「少しやせてるぞ。だいじょぶか。」等々笑顔で話しながら、楽しそうに作業をしていました。

 私に対しては、「まだ忙しいんでしょう」とか「少し腰が曲がったんじゃないの」等の投げかけがされましたので、私からは「コロナにより様々が行事が中止となり、暇になり幸せです」「腰が曲がった姿勢は、今日の草取りに集中し過ぎたことと、畑の草取りが続いていたため」等と答えました。
 すると、ある方が「腰をかがめないで出来る長い草取り危惧を買えばいい」と言うので、私は「年金生活になり、そんな余裕はありません」と答えました。
 この日の気温はだいぶ下がって来ていましたが、マスクをしての草取り作業は、息苦しく、終わってみれば汗ビッショリでしたが、私にとっては良い運動になりました。
 作業終了後に行われた倉澤長寿会長挨拶では、このところ県内での感染状況を踏まえ、当面10月末まで密になる可能性がある長寿会の行事は一切中止するのでご理解頂きたいとの表明がありました。
 私も、さらなる自粛生活が続きます。


菅義偉新政権の発足にあたっての社民党の談話

2020年09月16日 | 社民党

菅義偉新政権の発足にあたって(談話)

  2020年9月16日 社会民主党幹事長 吉田忠智

1.本日、第202回臨時国会が召集され、衆参本会議で首班指名選挙が行われた。
 社民党は、共同会派をくむ立憲民主党の枝野幸男代表に投じたが、自民党の菅義偉総裁が第99代内閣総理大臣に指名された。
 菅新首相のめざす国づくりの方向性、新型コロナ対策や雇用・経済政策など、国会で議論すべき課題は山積している。
 社民党はじめ野党の憲法に基づく臨時国会の開会要求を安倍首相は無視し続けてきたが、ようやく国会を開いたのであるから、3日間で閉じるのではなく、所信表明演説を行い、予算委員会も開く日程を確保するなど、論戦の機会を設けるべきである。

2.一方、歴代史上最長となった安倍政権が本日総辞職した。「志半ば」というように、国民にとって何のレガシーも残せなかった。世論に耳を傾けず、違憲の「戦争法」を強行するなど「戦争する国」づくりを進めるとともに、財界のための「世界で一番企業が活躍しやすい国」づくりをめざしてきた。 憲法や国会をないがしろにし、アベノミクスは行き詰まり、北方領土問題や拉致問題の解決もできなかった。
 政治の私物化や数々の疑惑について、何の説明責任も果たさず、退場したことは許されない。
 官房長官として首相を補佐した菅首相は、森友や加計問題や桜を見る会問題、黒川検事長問題をはじめ、安倍政権のもたらした公文書廃棄や改ざん、隠蔽、虚偽答弁、政治の私物化について、説明を尽くさなければならない。 側近として知られた河井克行前法相夫妻や菅原一秀前経済産業相の不祥事についても、政治的責任は免れない。秋元司衆院議員が3度も逮捕されたが、安倍政権の「目玉」としてIR構想を推進してきたのは菅首相である。安倍政権の「負の遺産」に誠実に答えるべきである。

3.菅首相は、目指す社会像として、「自助・共助・公助、そして絆」を掲げ、「まずは、自分でできることは自分でやってみる」などと語り、「役所の縦割り、既得権益、あしき前例主義を打破して規制改革を進めていく」と強調する。自助の偏重は、弱者の置き去りにつながり、新自由主義的な構造改革の推進は、大企業の利益を優先し、格差や貧困を拡大するだけでなく、危機への社会の対応力を低下させる。
 また、内閣人事局に問題は無い」、「反対する官僚は異動だ」と言い切るが、官僚への統制や「忖度」の風潮が助長され、マスコミ支配もさらに強まる恐れがある。安倍政権下では対米追従外交が極まり、日ロ外交やアジア外交は行き詰まりを見せている。
 しかし、菅首相からは外交のビジョンが感じられない。消費税増税を巡る発言がぶれ、「自衛隊が憲法で否定されている」と発言したり、憲法改正についても「政府として環境をつくりたい、挑戦したい」と発言したりするなど、首相としての資質が問われる場面もある。

4.「国民のために『働く内閣』をつくる」というが、これまでの内閣は国民のために働いていなかったのか。
 菅新内閣は、麻生副総理兼財務大臣、茂木外務大臣、梶山経済産業大臣、小泉環境大臣、新型コロナ担当の西村経済再生大臣ら8人が再任されたうえ、2人が横滑りとなり、上川元法務大臣と田村元厚労大臣、小此木元国家公安委員長が同じポストで再登板となった。目玉の「デジタル庁」の創設に向け、デジタル担当大臣となる平井元IT担当大臣も再入閣である。官房長官には、新型コロナの初期対応で事実上落第点をつけられた加藤厚労大臣が起用された。初入閣は、安倍前首相の実弟の岸防衛大臣ら5人である。「回転ドア」のように、新味に乏しいものとなった。加計問題で登場し、不倫出張疑惑が追及された和泉補佐官も再任となる。閣僚らの資質や実績について徹底的に追及していく。

5.安倍政権の継承・発展を明言する菅新政権は、「安倍なき安倍政権」にほかならない。
 社民党は、暴走するアベ政治の検証や総括を行うとともに、安倍政権の「負の遺産」を解消するよう求める立場から、今後、菅首相に対し、徹底的な国会論戦に挑むとともに、「安倍なき安倍政権」を打倒し、政権交代を実現するための態勢づくりを急ぐ。

 


長野アントラーズの応援

2020年09月14日 | 私生活

 9月6日の夜は、私が所属する長野市ソフトボール連盟リーグ戦のBリーグの長野アントラーズの試合があり、我が家近くの長野運動公園多目的運動広場に久々に応援に行きました。
 今シーズンの、この日現在の長野アントラーズの成績は1勝3敗2分の勝ち点4で、9チーム中5位であり、この日対戦したチームは、同リーグで上位のチームでした。
 結果は、16対5で勝利しました。
 私は久々に我がチームの試合を見て、メンバーも若返り強くなっていると感じました。
 
 また、この日の後9月12日には長野アントラーズにとって今シーズンの最終戦が行われ、勝率で並んでいたチームに18対5で勝利し我が所属チームは、この時点で3勝3敗2分勝ち点8で暫定2位に浮上しました。
 ただ、我がチームは今シーズンを終えましたが同じリーグは、まだ10月3日まで5チーム試合を残しており、その試合結果によって恐らく4位以下に後退することが予想されます。

 長野市ソフトボール連盟のリーグ戦は、A~Dリーグの各9チーム36チームとスローピッチ操法のSリーグ4チーム等が各リーグ別に対戦を行い、その結果によって、それぞれのリーグ上位3チームが上位リーグに昇格し、下位3チームが下のリーグに降格するルールで行われています。
 しかし、今シーズンはコロナ対策や長梅雨の影響により試合数を少なくせざる得ない中で、連盟が各参加チームにアンケートを行った結果、「今年度の順位はつけるが、来年度の昇格・降格はなし」 となったため、今シーズンは、どんな順位になっても安心していられます。

  なお、もう一つの私の所属する同SリーグのアントラーズSは現在リーグ1位ですが、残り他チーム同士の1試合が残っており、その結果によっては2位になってしまう可能性があり心配して見守りたいと思います。
 
 長野市ソフトボール連盟の概要や各チームの試合結果については、下記のHPをご覧下さい。http://www.nagano-soft.sakura.ne.jp/

 


近況報告

2020年09月05日 | 私の日常生活

 今年も、早9月に入りました。
 今年も、後早4ヶ月を切りました。

 それにしても、新型コロナ対策として「緊急事態宣言」が出されて以降、各種行事や飲み会が極端に減少し、人とお会いする機会も少なくなり、言葉を忘れそうな日々が続いています。

 また、議員引退後には年何回かは夫婦で旅行することを楽しみにして来ましたが、今年1月に大分の妻の実家に甥の結婚式に出席するため旅行して以降、この間、飯山や小布施にそばを食べに行った以外は、感染が怖く旅行できないでいます。
 旅行が可能であれば、まずは一定程度感染が収まった静岡に住む長女夫婦のもとに行き孫二人と会いたいのですが、こんどは長野県内で感染が拡大してしまい躊躇しています。
 「Go Toトラベル」キャンペーンが行われていますが、今の私を取り巻く生活環境では、とてもこのキャンペーンに飛びつく気持ちになれません。
 それどころか自粛生活が続き、感染の怖さから外出するのも恐くなり、閉じこもり生活が「新たな日常生活」となりつつあります。

 そんな中、家庭菜園が唯一の楽しみですが、今年は猛暑でとても長時間作業出来る状況でなかったほか、梅雨の長雨や日照不足、その後も雨不足と日照りが続いたため、我が家の家庭菜園は土がヒビ割れガチガチの状態となり、主な成長を促す野菜には2日に1度、夕方に水くれをしながら収穫作業を約1時間する程度となり、畑は草だらけで荒れ放題となっています。
 ここ2日間続けて僅かな雷雨が降りましたが、梅雨明け以降に、これだけ雨が少なかったことは私の記憶では経験ありません。
 もう今年の家庭菜園は、秋取りキュウリの収穫が出来るだけ長く続いて欲しいと願う以外は諦めました。

 それにしても、非常に勢力の強い台風10号の影響が心配です。そして、長野県的には今回の台風への警戒は無論、その後発生すると思われる台風の規模やルートが、本県に昨年の台風19号と同じような被害を起こらないことを願うばかりです。
 今年は梅雨以降異常に雨が少ない異常気象であることを指摘しましたが、今回の台風も異常気象が続く中で勢力が強くなっており、予断を許さないと思います。

 ところで、先日久々に県庁に行く機会がありました。
 行ったのは何ヶ月ぶりかと思いますが、自粛生活により人々との会話が減っている私に、会話の機会を与えて下さった県民文化部の皆さんに感謝します。
 県民文化部では増田部長や日向信濃美術館整備室長等と約30分間、特に新信濃美術館の名称変更について懇談しましたが、少し私の気持ちは晴れた気がします。