中華民國國民党軍が中華人民共和国人民解放軍との国共内戦に敗れ、中國國民党政府が1949年12月臨時首都を台北へ移したことにより政府関係者及び國民党軍人が大挙台湾へ移動しました。政府関係者などは統治時代に日本人が住んでいた住居を優先的に占拠しましたが、下級軍人にまで割り当てるほどの数は無く安普請の軍人村(眷村)が各地に急増され大勢の軍人及び家族が移り住むことになりました。今でも南部や東部には大規模な軍人村(眷村)が残っていますが、台北では宅地価格の上昇によって市内から次々に姿を消しています。辛亥路沿いにあった居安新村も取壊され臥龍街に僅かに残るだけです。
更地になった居安新村 フェンスの向こうに101が見えます
軍人村(眷村)跡に聳える建築中の億ション
マンションが立ち並ぶ中に取り残された一画が
軍人村(眷村)が賑やかだったころは盛況だったのでしょうが今は開店休業状態の雑貨屋
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