スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

襖&難点

2014-05-24 19:14:28 | 歌・小説
 Kの自殺の理由は,先生との恋の争いに敗れたからではないと僕が解釈している根拠は,襖に関連するテクストの読解からです。そしてこの襖というのは,『こころ』ではこの部分だけでなく,象徴的な意味で重要な役割を果たしているように思います。
                         
 奥さんの拒絶を振り切ってKを同居させたとき,先生はこの屋敷の最も広い八畳間を下宿部屋として与えられていました。そしてここには控えのような四畳間が付属していました。先生は八畳間にふたつの机を並べてKと同居し,控えの間は共有にする腹積もりでした。しかしKは狭くてもひとりでいたいと言い,控えの四畳間を自分の部屋としました。このためにふたりは襖を挟んで同居することになったのです。
 この襖は物語の中で何度か開閉されます。その極致が下の三十五から三十七にかけて。Kがお嬢さんへの恋心を先生に告白する場面です。奥さんもお嬢さんも不在の日の午前10時ごろ,Kは不意にこの襖を開けます。しばらく敷居の上に立っていたKは,つかつかと先生の座敷に入り,本心を先生に打ち明けたのです。Kの話が終ったとき,先生は茫然として何もことばを発することができませんでした。
 午後になり,正気を取り戻した先生は,自分もお嬢さんへの好意をKに告白するべきであると思いました。しかし閉じられている襖を自分から開けるということができず,Kがまた開けてくれるのを待つだけでした。しかしその襖が開くということはなかったのです。
 このことから理解できるのは,各々の部屋は各々の心の内部を象徴し,襖を開くという行為は,自分の心のうちを見せることの象徴なのです。Kが自殺の決行前に襖を開けたのは,先生が起きているかどうかを確かめるためであり,また,先生を第一発見者にするためであったと推測されます。しかし象徴的な意味では,自殺するときに,Kは少しだけ自分の心のうちを先生に見せようとしたのだとも読解できます。
                         
 襖にこの種の象徴性を見出すのは,僕に特有の読解ではありません。一例として『反転する漱石』の「眼差としての他者」をあげておきます。

 因果性Xは属性が無限様態を産出する因果性です。ですからそれは属性の外部にあるということは不可能です。なぜならもしもそれが属性の外部にあるとしたら,原因であるものに「先立つ」ような形で因果性があると主張することになるからです。作出原因causa efficiensが,自己原因を概念としてそのうちに含むと仮定したとしても,原因と結果があるからそこに因果性があるのであり,このような主張は第一部公理三に反しているといわなければなりません。したがって因果性Xは属性の内部にあることになります。つまり因果性Zと因果性Aとは数的に区別されなければならない因果性であり,逆に因果性Bとは数的に区別することが不可能な因果性です。別のいい方をすれば,因果性が永遠の相と持続の相によって数的に区別されるとき,因果性Xは持続の相の因果性に属することになります。
 ところが,第一部定理二一と二二を見ればすぐに分かるように,スピノザは無限様態は永遠であるといっています。つまり永遠であるものを産出する因果性が,永遠の相に属することはできず,持続の相に属さなければならないということが,松田の結論には含まれていることになります。これが僕がいったこの結論の難点です。
 松田自身はこの難点に気付いています。そしてそれをどう解決するべきかも示しています。しかしそれは「二重因果性の問題」の本論のうちにではなく,欄外の脚注として,ロラン・カイヨワの表現に依拠するという,ごく簡単なものです。
 難点にも気付いているし,解決策も示してはいます。でも僕は松田のこの手法には疑問というか不満を感じます。松田はスピノザの哲学を形而上学的見地から構成することを全体として目指しています。しかも第一部定義八説明でスピノザが永遠性と無限定な持続を峻別することを,その見地の重要な要素のひとつとして呈示しています。そうであるならば,無限様態が永遠であるとスピノザがいうとき,なぜそれを永遠の相に属するものではなく,持続の相に属するものと解するべきであるのかということを,もっと詳細に説明するべきではなかったかと思うのです。

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