スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

許す神と罰する神&第三部諸感情の定義六説明

2016-08-09 19:07:21 | 歌・小説
 スピノザが『神学・政治論Tractatus Theologico-Politicus』で示した,神に対する人間の服従の条件と,『カラマーゾフの兄弟』におけるイワンの認識を,「許す」という概念を基軸として比較してみましょう。
                                     
 スピノザがいっているのは,人間は必ず過ちを犯すのだから,もし神が人間の過ちを許さないのなら,人間は神に対する信仰を有することはできないということです。これは他面からいえば,もしも人間が過ち,あるいはより宗教的に罪を犯すことがあったとしても,悔い改めれば神はそれを許すという意味です。しかしもしも神がそれを許さないとしたら,悔い改めた人間を許す存在は何も存在しないということになるでしょう。したがってこれは,神がいなければ一切の罪が許されるということはない,いい換えれば神が存在する限りにおいて一切の罪は許されるということです。
 イワンが思っているのは,ことばの上ではこれとちょうど逆です。スピノザは神が存在する限りにおいてすべては許されるといっているのに対し,イワンは神が存在しなければすべては許されると思っているからです。もちろんこれは,スピノザがいっている許すということと,イワンが思っている許すということの内実が異なっているからそうなっているだけであって,単にことばの上だけで両者が正反対のことを主張していると断定することはできません。けれども,スピノザがいっている神と,イワンが信仰に対して疑義を抱いている神もまた,単に神ということばの上だけで共通性を有しているだけであり,その内実には大きな開きがあるといえます。
 スピノザがいっている神というのは,悔い改める人間を許す神なのです。ですがイワンが思っているのはそういう神ではありません。むしろそれが存在しなければすべてが許されるのですから,これは過ちないしは罪を禁ずる神なのであり,また罰する神なのです。
 人間が罪を犯すという点についてはスピノザもイワンも同じ認識を抱いているといえるでしょう。しかしそういう人間にとってどういう神が要請されるのかという点で,両者は違った道を歩むことになるのです。

 『エチカ』では本性natura,essentiaに対して特質proprietasが対置される場合があります。最も顕著な一例をここで示しておきましょう。
 スピノザは第三部諸感情の定義六,すなわち愛amorの定義の直後に説明を加えています。その冒頭部分は以下の通りです。
 「この定義は愛の本質を十分明瞭に説明する。これに反して著作家たちのあの定義,愛とは愛する対象と結合しようとする愛する者の意志であるという定義は,愛の本質ではなくその一特質を表明するにすぎない」。
 この説明におけるスピノザの意図は,過去の著作家たちによる愛の定義ははなはだ不十分なものであって,スピノザがしたように定義されなければならないということを強調する点にあります。ですがこの文言から,スピノザが本性に対して特質を対置させていることは明白でしょう。そして同時に,一般に事物の定義は事物の特質によって命題化されてはならず,事物の本性によって命題化されなければならないと考えていることも理解できます。
 このことから,『知性改善論Tractatus de Intellectus Emendatione』において,直後に特性と置き換えられている固有性というのは,特質,とりわけ事物の特質のうち,その事物と一対一で対応し合うような特質のことであると解するのが妥当であると僕は考えます。実際にそこでスピノザが示している実例は,円の特質ではありながら,円という図形と一対一で対応し合うものになっています。Xの本性というのは第二部定義二からも明らかにように,必然的にXと一対一で対応し合います。ですがXの特質の場合にはそうではありません。Xと一対一で対応し合う特質もあれば,一対一では対応し合わない特質というのもあるのです。もしもXの特質もまたXの本性と同じようにXと一対一で対応し合うということであれば,共通概念notiones communesというのは存在し得ないことになります。第二部定理三七で,スピノザが個物の本性を構成しないといっている共通なものとは,共通の特質のことを意味すると僕は解します。
 円の実例の後でスピノザは,事物の特性すなわち特質は,本性が十全に認識されなければ正しく理解されないという主旨のことをいっています。そして本性を見逃すことの危険性に言及します。

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