スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

たちあおい賞争奪戦&慎重なデカルト

2024-02-04 19:31:12 | 競輪
 静岡記念の決勝。並びは小林‐神山の関東,郡司‐深谷‐佐藤の南関東,寺崎‐大石の近畿で清水と東矢は単騎。佐藤のクリップバンドの調整のため発走が遅延しました。
 深谷と神山がスタートを取りにいき,内の深谷が取って郡司の前受け。4番手に小林,6番手に清水,7番手に東矢,8番手に寺崎で周回。残り3周のバックを通過すると寺崎が発進。4番手の小林がそれを牽制して先に動こうとしましたが,誘導との車間を開けていた郡司が突っ張りました。小林はそのまま下りようとしたのですが,清水が佐藤との差を詰めて4番手に入ったため下りることができず,5番手の東矢の外で併走となって打鐘。小林の牽制で動けなかった寺崎がここから発進。しかし郡司が全開で駆けていったために不発。バックに入ると後方から小林が捲っていきましたが,先んじて清水が発進。郡司との車間を開けていた深谷が対抗してここからは両者の競り合い。直線で外から差し切った清水が優勝。深谷が1車輪差で2着。深谷マークの佐藤が半車身差で3着。
 優勝した山口の清水裕友選手は前々回出走の大宮記念以来の優勝で記念競輪11勝目。静岡記念は初優勝。このレースは前受けとなった郡司が早い段階から駆けていったので,展開は深谷が有利でした。清水に合わせて深谷が出ることになったので競り合いになり,清水に競り負けてしまったという内容。郡司が残るのは難しい展開だったといえますので,もう少し早くから深谷が発進していれば,深谷の優勝があったのではないでしょうか。清水は単騎のレースになりましたが.小林のスキを突いて4番手を奪ったのが巧みでした。清水にとって勝因といえるのはここだったと思います。

 絶対的に正しい事柄は何かという問いは,デカルトRené Descartesが哲学を解するにあたって答えておく必要があった問いです。だからデカルトはまずこの問いを立てたのであって,そして最初にそれに答えようとしたのです。これは哲学を開始するにあたっては必要だったので,この点ではデカルトは何も誤りerrorを犯していません。他面からいえばこの問いは,哲学を開始するためにデカルトがデカルト自身に立てた問いであって,その問い自体に答えることが目的finisであったわけではありません。哲学を開始するために最初に考えておかなければならないことであったのです。
                                        
 だからデカルトが誤った方法methodusを用いたというようには僕は考えません。デカルトに何か問題があったとすれば,こうした方法を用いたということではなく,方法の用い方の中にそれがあったと考えます。一言でいえばデカルトはこの問いに答えるためにあまりに用心深過ぎました。あるいは慎重すぎたといっていいかもしれません。スピノザ主義の立場からいえば,デカルトは自身がある事柄を疑うという思惟作用と,ある事柄を疑うということばを混同しているようにみえます。そのために本来であれば疑う必要のないことまで疑っているようにみえるのです。とはいえ,問いの答えというのは当然ながらあらかじめ与えられているわけではありませんから,その問いに答えるためにデカルトが慎重になることに理由がないわけではありません。自身が絶対に疑うことができないこと,つまり自身にとって絶対に正しいといえる事柄を探求するために,デカルトがあまりに慎重すぎたとしても,そのことによってデカルトを責めるのはもしかしたら酷であるのかもしれません。
 一般的に真理veritasとされていることについては,数学的な真理を用いるのが説明の上で最も理解しやすくなります。なのでここでも,平面上に描かれた三角形の内角の和は二直角であるという,このブログではたびたび登場していることを,当座の真理として抽出することにします。このことは一般的に真理とされているのですが,デカルトにとっては絶対的な真理ではありません。他面からいえば,このことはデカルトにとって疑い得る事柄だったのです。
コメント
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