鬱オヤジのストレス苦闘日誌

鬱オヤジといいます(他のブログでは違うHNですが・・・)
主にストレスやうつ病について書きます。
くらいですよ~~

人生上の失敗について

2012-11-03 10:25:09 | Weblog
誰でも、人生上の失敗はあるはずです。

ただ、それをどう捉えるかに、その後の成功を呼ぶか否かに影響があるものと思います。



自分は、小学生就学の前に、交通事故に遭いました。全治1年の大怪我でした。

そのため、もう少しで留年(笑)する可能性もありました。


留年させるつもりで親はいましたが、私は、そのときに、他の友人と「学年が違うようになる」ことに、危機感を憶え、絶対にイヤと泣きながら訴え、それでも学校と親は留年を考えていました。

姉がなんとか親を説得し、自分も先生との面談で気持を伝え、2月期から就学でしたが、たしか、休めるのは14日くらいしかありませんでした。


でも、這いずってでも行き、2年にあがれたものです(汗)


このときに、留年を選んでいたら、もっと辛い劣等感に襲われていたんだな~と思うものです。



こんなスタートですから、勉強も遅れ、体力的に、体育はダメ、友人ともうまくゆかず、虐めにあったりとか・・



中学に入っても、高校に行けないとまで言われ、でも、試験さえ受ければ受かる私立に入学したものです。


しかし、その高校があまりにもメチャクチャで、ここで最終学歴を終わらせたくないという理由で、急に勉強に芽ばえたものです。


勉強の仕方がわからず、暗記頼りのよくない方法なので、ある程度で伸び悩みますが、一応はマジメに勉強はしていたので、なんとなく、学力は上がるものでした。


高校2年のときに、生徒会会長の推薦や、学年を代表する祝辞を読む代表などを担任から指示されました。

学校に対し、反発があったので、全てを辞退することから、学校が強行に出て、たった、こんなことで、退学をちらつかせることを言い始め脅しにかけてきました。


いまなら大問題ですね。


私は、大検や通信に変えることをも望み、親の同意ナシに、ならば辞めるぞと逆切れし、学校全体の問題に発展したことがありました。


なぜ、反発したか・・・。毎日日の丸に1礼して校門を入る。これは悪いこととは思いませんでしたが、礼の仕方で殴られたり、廊下に飾ってある天皇陛下の写真の前ではお辞儀しないと、そこに先生が居て、注意されたり・・。

あまりにも不良の集まりの為、部活動は禁止、学校にある天文台や簿記室など、「校長の私物」という理由で使わせてくれない。


節電の為、教室の蛍光灯は使用禁止。などなど。異常な環境でしたので、もし生徒会になるなら私は暴れるぞと言って辞退したもの。

また、担任が退学をちらつかせたことに、父親が激怒し、教育委員会に相談することと弁護士つけるぞと逆に学校を脅しました。


当時の担任は、次期学年主任候補だったので、自分の出世が見え見えに思えたもので、私に反発心がでてしまいました。


そして、これも後で学校で問題になったのですが、3年に上がる際、良いクラスには入れさせないから覚悟しろよと脅されました。



3年に上がり、問題児だらけの、まるで、「ごくせん」の3D組のようなクラスに入れられました。その脅し通りでしたね。


すぐ、学校に退学の意思表示をしましたところ、これが問題になり、今度は学校側がいろいろ配慮してくれたものです。


とにかく、不良だらけのクラスに、教室に怖くて入れず、退学の意思表示をして、帰ろうとしたところ、新担任が、いいから、教室に戻れ、じっくり話をしようと、言われたものです。


席の隣は、所謂「番長」


前後も、いつもシンナーでらりってるワルイヤツ(笑)

教室はタバコ臭い。


こんなところに居られるわけが無い。そう思ったんだが・・・



次の日、その番長のK君が、「おまえ、おれのことビビってない?」「おれ別に悪いことはしないから、ビビルなよ。今日からダチなんだから・・」


この言葉で考え方が一変しましたね。物事外見で捉えてはいけないということと、心が通じればどうにかなるということ。


担任が、彼らにあまりマジメなヤツを脅すなよと話したみたいだ。


その1年は、あんな怖い教室でありながら、喧嘩なんてありはしない。


授業は先生追い出してメチャクチャでしたが、団結力があり、最悪なクラスでありながら、最高の楽しい1年だったものです。



これはすごく、自分の考えを変える出来事でしたが、担任も言っていましたが、名簿見たときに、私の名前があることに職員会議で文句を言ったらしい。


所謂、反発したことに対しての罰みたいなもので、なので、色んな先生が相談に乗ってくれましたよ。


授業にならないクラスだったので、放課後、予備校までの時間に、先生が予備校のテキストを予習がてら見てくれたり・・・。


進路に対し、親身に相談乗ってくれたり・・・


そして、3年の秋、校長の息子(社会系の先生)から、オマエ就職じゃなくて進学なんだって?

ウチの高校〇〇大学に推薦が効くんだ。私もそこの出なんだが、推薦試験受けないか?



ハイと思わず返事はしたものの、結局は断ることになりましたが、あの時の、例え落ちてでもなんで受けなかったんだ?


これはいまだに後悔していることです。


学校は私に配慮して、いろいろと推薦入学の話を持ってくるのですが、他の人に薦める大学より、ちょっと良い大学の推薦を薦めます。



バカだから断りました(爆)。


それで2浪もして、志望校には入れず。



もう何十年も前のことですが、いまだに巻き戻すような当時の夢を見るものだ。


大学に受験しなおす夢も毎晩のようにいまだに見ます。




自分にとって、本当の失敗だったんですね。


これね、ずっと尾を引いていることを否定できません。情けないけど。


だけど、入ったからと言ってうまく行ったとも限りません。


いけないことは、それをバネにしていないことですよね?


ある意味、当時勉強して希望があったことが自分にとっては華だったものです。


それが2浪し、夢叶わず・・・なので、それが強い挫折感を生んでしまい・・・。



そんなことをずっと引きずっているんだな~と夢を見るたびに、そう思うものです。


成功する人は、これを肯定的に捉えるでしょう。そういうことを何十年も引っ張るから、なかなか殻から抜けれない理由の一つでもあるのでしょうね。



失敗はだれでもあります。あの時ああすれば・・・ということも。

でも、それは、引きずってはいけないことなんですよね。



そういう、過去の失敗を引きずる癖があるので、うまく上昇できないのかな?と思うものです。


ただ、ここ数年に関しては、失敗に関しては投げ捨てるようにしてます。


そうでもしないと、引き篭もりが長くなりそうだから(笑)


仕事の失敗はなるべく、淡々と考えるようになれてから、気持は随分変りましたね。


成功人は、後ろより前を向きます。でも後ろを捨てるわけではなく、それを土台にしてるんですよね?


そんなことを最近思うようになってます。

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