風邪も影響あるのでしょうが、倦怠感がありました。
そこそこ忙しいのも、重いながらもどういかこなし、また、決して悲観するほどのことでもないのですが、相変らずの不安と憂鬱に襲われています。
不安感、憂鬱感というよりも、毎日、仕事がうまく行くか、考えても始まらないことが頭をよぎる為に、心が疲れているというのが正解でしょう。
その心がまぜ疲れているかを追求すれば、原因は分かるものの、漠然としている。
その漠然としているものが心を例え、少しでも支配しているならば消さなければなりません。
そして、それらを解決するべく手段を取ります。
で、やはり、ここでぶち当たるのは、解決しても次から次へとまた苦悩案件が出るわけで、それでまた心が重くなる。
また、元来うまく出来ていないものを11年続けていれば、心が疲れない方が不思議だ。
そんなことを考えていましたね。
先日の会計士との話で、ここ1~2年で芽が出ないのであれば、全てを無くすのではなく、再度リストラクションを考え、その空いた空間で関連することや別のことに力を注ぐ。
そんなことしか頭に浮かばないが、さすがに11年、家業のことで悩み、大きな解決には至らないことは、今後においても繰り返すだけ。
いつになっても、心の負担は減らないわけで、そんなことも、もう少し、考える必要があるでしょう。
昨日は定休。
定休であっても、事務所家賃の供託のために法務局に行ったり、大したことでは無いのに仕事の電話がある。
そんなことでも疲れる。
家賃の供託は、相続争いが生じ、そのために権利主張者が2方出た為に、相手方弁護士それぞれに、供託の意思表示をし、この建物には他2軒あるので、3軒を私が法務局に毎月最後の定休日に供託に行く。
それ自体、最初は面倒に思えても、今は、なれたせいか、苦痛ということでも無いが、エネルギーと時間は使いますね。
そんなことも「漠然とした憂鬱の理由」の一つなんでしょう。
精神的に下がっている時は、本来それで上がらないといけないことでも憂鬱感を感じることはあるもので、ここで良く言われる、頑張りすぎるなと言う言葉が当てはまるものと思います。
休日も、なんとなく終日、重々しい気持ちで、朝起きれば、いつもの憂鬱かは出てくるし、でも、よく耐えてるななんて思うことも最近はあるものです。
それが耐えられなくなったこともあり、心療内科に通うもので、それを選ばなかったら、本当に廃人になっていたんでしょうね。
なかなか明るいことに目を向けられないですが、気持をそらす、何かを作ることって大切なんでしょう。
自分の場合、熱帯魚ですが、先般、病気が発生し、強い薬を入れたところ、一部の魚が死んでしまい、そんなことも、本来は癒しでやっていることが、負担になっていることに気付き、この趣味も、少し見直さなければと思っています。
いつもの愚痴ですが、休んだけど、心の疲れが残っているので愚痴りました。
それでも、デプロメールを25ミリ戻してからは、マシにはなってきたかな?
まだまだ薬には依存しないとダメなんでしょう。
そこそこ忙しいのも、重いながらもどういかこなし、また、決して悲観するほどのことでもないのですが、相変らずの不安と憂鬱に襲われています。
不安感、憂鬱感というよりも、毎日、仕事がうまく行くか、考えても始まらないことが頭をよぎる為に、心が疲れているというのが正解でしょう。
その心がまぜ疲れているかを追求すれば、原因は分かるものの、漠然としている。
その漠然としているものが心を例え、少しでも支配しているならば消さなければなりません。
そして、それらを解決するべく手段を取ります。
で、やはり、ここでぶち当たるのは、解決しても次から次へとまた苦悩案件が出るわけで、それでまた心が重くなる。
また、元来うまく出来ていないものを11年続けていれば、心が疲れない方が不思議だ。
そんなことを考えていましたね。
先日の会計士との話で、ここ1~2年で芽が出ないのであれば、全てを無くすのではなく、再度リストラクションを考え、その空いた空間で関連することや別のことに力を注ぐ。
そんなことしか頭に浮かばないが、さすがに11年、家業のことで悩み、大きな解決には至らないことは、今後においても繰り返すだけ。
いつになっても、心の負担は減らないわけで、そんなことも、もう少し、考える必要があるでしょう。
昨日は定休。
定休であっても、事務所家賃の供託のために法務局に行ったり、大したことでは無いのに仕事の電話がある。
そんなことでも疲れる。
家賃の供託は、相続争いが生じ、そのために権利主張者が2方出た為に、相手方弁護士それぞれに、供託の意思表示をし、この建物には他2軒あるので、3軒を私が法務局に毎月最後の定休日に供託に行く。
それ自体、最初は面倒に思えても、今は、なれたせいか、苦痛ということでも無いが、エネルギーと時間は使いますね。
そんなことも「漠然とした憂鬱の理由」の一つなんでしょう。
精神的に下がっている時は、本来それで上がらないといけないことでも憂鬱感を感じることはあるもので、ここで良く言われる、頑張りすぎるなと言う言葉が当てはまるものと思います。
休日も、なんとなく終日、重々しい気持ちで、朝起きれば、いつもの憂鬱かは出てくるし、でも、よく耐えてるななんて思うことも最近はあるものです。
それが耐えられなくなったこともあり、心療内科に通うもので、それを選ばなかったら、本当に廃人になっていたんでしょうね。
なかなか明るいことに目を向けられないですが、気持をそらす、何かを作ることって大切なんでしょう。
自分の場合、熱帯魚ですが、先般、病気が発生し、強い薬を入れたところ、一部の魚が死んでしまい、そんなことも、本来は癒しでやっていることが、負担になっていることに気付き、この趣味も、少し見直さなければと思っています。
いつもの愚痴ですが、休んだけど、心の疲れが残っているので愚痴りました。
それでも、デプロメールを25ミリ戻してからは、マシにはなってきたかな?
まだまだ薬には依存しないとダメなんでしょう。