先ずは、ルネの「雨に唄えば」の紹介番組映像をお楽しみください 舞台俳優としてのルネを早く見たいですね!!
Chantons sous la pluie - Tournage de la pub télé http://youtu.be/_Y2mxb2zZaw
日本のナタリー・プロジェクト
第12回東京音楽祭世界大会(12th Tokyo Music Festival)は、1983年3月27日、日本武道館で開かれました。
グランプリはライオネル・リッチーとジョー・コッカー&ジェニファー・ウォーンズのダブル受賞。第3回グランプリ受賞者のルネ・シマールは、妹ナタリー・シマールと一緒にプレセンターとして参加しました。
▲グランプリを受賞したライオネル・リッチーとナタリー・シマール(PASSION SIMARDより)
この来日の際、私は、ちびっ子物まねの関西地区大会で優勝し、ルネ・シマールの再来としてデビュー予定だった友人と一緒にALFAレコードに行きました。ルネは彼がファンだったバリー・マニロウのコンサートに行っていて、ナタリーとクルティエ氏にしか会えませんでしたが…。
そして、ルネに会えなかったショックもあり、カナダのアルバム”Toujours plus loin”のルネを描いたイラスト・ボードをクルティエ氏に手渡し、ルネとナタリーの缶バッジとポストカードをいただいた私は、ナタリーにサインをもらうなんて考えは全く浮かばず、ナタリーとは握手だけして、そのままALFAレコードを後にしたのでした。
▲その時いただいたルネ・グッズ
2人の来日は、友人の発案で行ったルネの来日を求める署名がきっかけだったかどうかは、今となっては分かりません。しかし、2人が来日した本当の目的は、ルネではなく、ナタリーの日本デビューだったのでした。
それは、カナダで人気アイドルになり、風貌といい、声といい、歌唱力といい、ルネ・ブームの頃のルネとそっくりに成長していた妹ナタリーを、第12回東京音楽祭世界大会に合わせて日本デビューさせるという、ALFAレコードが仕掛けた、第3回東京音楽祭世界大会の奇跡再びの「夢よもう一度作戦」計画でした。
※YouTube映像”Rene & Nathalie in Japan”
前夜祭でルネとナタリーが歌った「ミドリ色の屋根」
http://youtu.be/KMvxqdG31xc
▲「恋のジェラシー・ゲームThey're Jealous of Me」で銀賞とステージング賞を受賞したアメリカのコニー・スティーブンスConnie Stevensと
▲向かって左からシルヴィー・バルタン、ナタリーとルネ
(PASSION SIMARDより)
そして、当時ALFAレコードの宮住俊介氏が担当して「夢よもう一度作戦」を展開することになりました。しかし残念ながら、その時は何も起こりませんでした。
ナタリーのファースト・アルバムは12月に発売が延期された後、中止になってしまいました。宮住俊介氏が作ったというこのアルバムには、ザ・タイガースの「銀河のロマンス」と「花の首飾り」が収録される予定だったそうです。「本当に可愛くて素敵でしたよ。」と宮住氏談。その他にはどんな曲が収録されていたのでしょう。その音源は今どこにあるのでしょう。
※YouTube映像”Nathalie Simard - Ma Mere La Mere in Japanese”「海の中のあなたへ~LA MER, MA MERE~」
http://youtu.be/5R1_WPiKKEc
▲1983年来日時、「5月の手紙」の作曲家、都倉俊一氏と
(PASSION SIMARDより)
<宮住氏が書かれたその時のエピソード>
ナタリーが来日するとすぐ、私は彼女をアルファの会議室に呼んで、ミーティングを持つことにしました。
出席したのは、村井社長の秘書でフランス語の堪能なE女史、そして現場でフランス語の通訳をお願いする女性、それに、ナタリーのマネージャーらしき青年、そして、ナタリーと私の5人。
ここで私は、明日からのスケジュール、レコーディング楽曲、東京音楽祭での段取りなど、細部にわたって丁寧に説明をしていきます。それを、通訳の女性がマネージャーらしき青年に伝え、さらにその青年が、子供のナタリーにもっとわかりやすいように説明していく。とまあ、こんな感じで進められていきました。
そして1時間あまり。ミーティングもつつがなく終わり、
「さあ、明日からがんばりましょう。」
ということで散会。
そして私は、そのマネージャーらしき青年と初めて握手。青いジャンパーを着た、どちらかというと目立たない地味な感じの青年です。私は彼に、こう尋ねました。
「ところで、あなた、お名前は…?」
すると彼は、ニコッと笑ってこう答えたのです。
「ルネです。お忘れですか…?」
「……。」
うーん、ルネってそんなに地味? この時ルネは妹ナタリーの日本デビューのために、マネージメントに徹していたのではないかと思います。
そして、カナダのファンも注目していた「日本のナタリー・プロジェクト」は、期待はずれに終わってしまったのでした。
※宮住俊介
音楽プロデューサー・Shun Miyazumi のエッセイ! / (株)シュン・コーポレーション 「ルネ・シマール その3(最終回)」
http://blog.livedoor.jp/woodymiyazumi/archives/52234335.html
※過去ログ「第12回東京音楽祭世界大会」参照
http://green.ap.teacup.com/rene_simard/462.html
♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪
ルネの全曲集「GOLDEN☆BEST limitedルネ・シマール」が、Sony Music Shopのオーダーメイドファクトリーにおいて規定数を到達(100%を達成)! 企画が成立し、商品化が決定いたしました!! 購入予約受付締切り2012年4月4日も迫ってきました。まだの方はお早めに!
♪Sony Music Shop 購入予約がまだの方はこちらからお願いします! http://www.sonymusicshop.jp/m/item/itemShw.php?site=S&ima=5333&cd=DYCL000000362&lay=omf&link=cvAWWz0LzlQ-XvH18xZaSDMZWiALefsPwg
♪過去ログ「GOLDEN☆BEST limitedルネ・シマール商品化決定!」参照 http://green.ap.teacup.com/rene_simard/520.html
Chantons sous la pluie - Tournage de la pub télé http://youtu.be/_Y2mxb2zZaw
日本のナタリー・プロジェクト
第12回東京音楽祭世界大会(12th Tokyo Music Festival)は、1983年3月27日、日本武道館で開かれました。
グランプリはライオネル・リッチーとジョー・コッカー&ジェニファー・ウォーンズのダブル受賞。第3回グランプリ受賞者のルネ・シマールは、妹ナタリー・シマールと一緒にプレセンターとして参加しました。
▲グランプリを受賞したライオネル・リッチーとナタリー・シマール(PASSION SIMARDより)
この来日の際、私は、ちびっ子物まねの関西地区大会で優勝し、ルネ・シマールの再来としてデビュー予定だった友人と一緒にALFAレコードに行きました。ルネは彼がファンだったバリー・マニロウのコンサートに行っていて、ナタリーとクルティエ氏にしか会えませんでしたが…。
そして、ルネに会えなかったショックもあり、カナダのアルバム”Toujours plus loin”のルネを描いたイラスト・ボードをクルティエ氏に手渡し、ルネとナタリーの缶バッジとポストカードをいただいた私は、ナタリーにサインをもらうなんて考えは全く浮かばず、ナタリーとは握手だけして、そのままALFAレコードを後にしたのでした。
▲その時いただいたルネ・グッズ
2人の来日は、友人の発案で行ったルネの来日を求める署名がきっかけだったかどうかは、今となっては分かりません。しかし、2人が来日した本当の目的は、ルネではなく、ナタリーの日本デビューだったのでした。
それは、カナダで人気アイドルになり、風貌といい、声といい、歌唱力といい、ルネ・ブームの頃のルネとそっくりに成長していた妹ナタリーを、第12回東京音楽祭世界大会に合わせて日本デビューさせるという、ALFAレコードが仕掛けた、第3回東京音楽祭世界大会の奇跡再びの「夢よもう一度作戦」計画でした。
※YouTube映像”Rene & Nathalie in Japan”
前夜祭でルネとナタリーが歌った「ミドリ色の屋根」
http://youtu.be/KMvxqdG31xc
▲「恋のジェラシー・ゲームThey're Jealous of Me」で銀賞とステージング賞を受賞したアメリカのコニー・スティーブンスConnie Stevensと
▲向かって左からシルヴィー・バルタン、ナタリーとルネ
(PASSION SIMARDより)
そして、当時ALFAレコードの宮住俊介氏が担当して「夢よもう一度作戦」を展開することになりました。しかし残念ながら、その時は何も起こりませんでした。
ナタリーのファースト・アルバムは12月に発売が延期された後、中止になってしまいました。宮住俊介氏が作ったというこのアルバムには、ザ・タイガースの「銀河のロマンス」と「花の首飾り」が収録される予定だったそうです。「本当に可愛くて素敵でしたよ。」と宮住氏談。その他にはどんな曲が収録されていたのでしょう。その音源は今どこにあるのでしょう。
※YouTube映像”Nathalie Simard - Ma Mere La Mere in Japanese”「海の中のあなたへ~LA MER, MA MERE~」
http://youtu.be/5R1_WPiKKEc
▲1983年来日時、「5月の手紙」の作曲家、都倉俊一氏と
(PASSION SIMARDより)
<宮住氏が書かれたその時のエピソード>
ナタリーが来日するとすぐ、私は彼女をアルファの会議室に呼んで、ミーティングを持つことにしました。
出席したのは、村井社長の秘書でフランス語の堪能なE女史、そして現場でフランス語の通訳をお願いする女性、それに、ナタリーのマネージャーらしき青年、そして、ナタリーと私の5人。
ここで私は、明日からのスケジュール、レコーディング楽曲、東京音楽祭での段取りなど、細部にわたって丁寧に説明をしていきます。それを、通訳の女性がマネージャーらしき青年に伝え、さらにその青年が、子供のナタリーにもっとわかりやすいように説明していく。とまあ、こんな感じで進められていきました。
そして1時間あまり。ミーティングもつつがなく終わり、
「さあ、明日からがんばりましょう。」
ということで散会。
そして私は、そのマネージャーらしき青年と初めて握手。青いジャンパーを着た、どちらかというと目立たない地味な感じの青年です。私は彼に、こう尋ねました。
「ところで、あなた、お名前は…?」
すると彼は、ニコッと笑ってこう答えたのです。
「ルネです。お忘れですか…?」
「……。」
うーん、ルネってそんなに地味? この時ルネは妹ナタリーの日本デビューのために、マネージメントに徹していたのではないかと思います。
そして、カナダのファンも注目していた「日本のナタリー・プロジェクト」は、期待はずれに終わってしまったのでした。
※宮住俊介
音楽プロデューサー・Shun Miyazumi のエッセイ! / (株)シュン・コーポレーション 「ルネ・シマール その3(最終回)」
http://blog.livedoor.jp/woodymiyazumi/archives/52234335.html
※過去ログ「第12回東京音楽祭世界大会」参照
http://green.ap.teacup.com/rene_simard/462.html
♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪
ルネの全曲集「GOLDEN☆BEST limitedルネ・シマール」が、Sony Music Shopのオーダーメイドファクトリーにおいて規定数を到達(100%を達成)! 企画が成立し、商品化が決定いたしました!! 購入予約受付締切り2012年4月4日も迫ってきました。まだの方はお早めに!
♪Sony Music Shop 購入予約がまだの方はこちらからお願いします! http://www.sonymusicshop.jp/m/item/itemShw.php?site=S&ima=5333&cd=DYCL000000362&lay=omf&link=cvAWWz0LzlQ-XvH18xZaSDMZWiALefsPwg
♪過去ログ「GOLDEN☆BEST limitedルネ・シマール商品化決定!」参照 http://green.ap.teacup.com/rene_simard/520.html
こちらのブログは、まるでルネの宝箱のようです。
ナタリーのレコード、当時私も買いました♪
アルバム発売の予定がお蔵入りとは…知りませんでした。
ルネのCDは、永久保存用にもう1枚予約したんですょ。
ルネの歌声は、35年以上過ぎた今でも世界の宝物、神様からの授かり物のように思えます。
私の娘にも、そして娘の未来の子供にも受け継いでもらいたいと願っています。
shimazakiさんにお聞きしたいことがあるのですが、
Mes Noels D'enfant: 25 Succes De Noel という白い服を着たルネの横顔がジャケットになっているアルバムは、クリスマスソング集なんでしょうか?
録音された年代など、もしご存知でしたら教えていただけると嬉しいです。
shimazakiさんと私は、たぶん同年代だと思います。
当時の思い出話しを始めたら止まらないかもしれませんね(笑)
ルネのこと話せる人は私の周りにいないので、またこちらでお話させてくださいね。
またいらしてくださってありがとうございます♪
当ブログは私が調べたルネ情報の覚え書きです。
まだまだ記事は続きますので、気が向いたら
いつでもお立ち寄りください。
でも、できたらもっとお話ししたいです~♡
もしよろしかったら、掲示板「ルネ・シマール日記」内の
「シマ姉BOX」にメッセージをいただければ、
個人的な内容もお話しできます。
ちなみに、Mes Noela D'enfantについては
過去ログで紹介しております。
カテゴリ「クリスマス」でご覧ください。
録音された年代…というより、もともとの
収録アルバムは、ファースト・クリスマス・アルバム“Ave Maria”、
ノートルダム寺院の聖歌隊とのコラボ・アルバムと、
13歳の時にリリースした「世界のクリスマス」の中からの
選曲がほとんどです。
ナタリーとデュエットしたジョン・レノンの
「ハッピー・クリスマス」も素敵ですよ♡
娘さんのためにCDをもう1枚…素晴らしいです!!
是非是非もっとお話ししましょう♪
メッセージをお待ちしております!
早速ブログ記事を読ませていただきました。
想い出の中にしゃむねこさんの人となりや
その時の気持ちがわかり、ファン同士共感できる内容で、
続きが楽しみです。
それから、ルネとナタリーの未発表曲の件ですが、
たとえ音源が見つかっても、それをCD化するのは
私たちが考えるほど簡単なものではないと思います。
1度世に出したものではないので、著作権やら
煩わしい手続きがあるのです。それをしてまで
ソニーさんがやってくれると思えないし、
ルネでさえこれだけ時間がかかったのですから、
シングル1枚のナタリーが票を集められるとは思えません。
ソニーのシステムは、たとえどんなに熱烈なファンでも
知らなければ投票することさえままならないという
現実があります。
とっても冷めていると思うでしょう?
でも、ブログ記事にずっと紹介記事を載せ続けてきたから
言えることです。
ルネとナタリーをプロデュースした宮住氏に
望みを託したのですが無理でしたし…。
もしもそのご友人がまだソニーにいらして、
探していただけるような流れになれば
それは素晴らしい、願ってもないことです。
その方向から攻められないものでしょうか?
facebookの方での交流も楽しみにしていますね。
今後ともよろしくお願いいたします。
早速ブログ記事を読ませていただきました。
次の記事を楽しみにしています。
多分、ルネとナタリーのファン・クラブを訪問した話が
出てくると思うのですが、私が入手した資料に
当時のスタッフの写真と名前が載っていましたので、
後でアップしますね。
それから、ナタリーの日本語のアルバムですが、
音源があったら、ルネの「流れる水のように」同様、
無理と承知でCD化して欲しいと思っています。
探すにしても、あまりにも時が経ちすぎていますよね。
宮住み先生のサイトで当時のことが分かっただけで
超ラッキーだったと思うことにしています。