柴田典子の終活ブログ「エンディングノート知恵袋」

エンディングデザインコンサルタント柴田典子のブログ。
葬儀に関わらず「賢い老い支度」として終活全般のお話もしています。

しかし、今、葬式に行く意味がない・・・

2012年12月04日 | お葬式
家族の死を自分たちだけでなく、縁のあった人には知らせて!
と、私はいつも思っています

が・・・

そう言い切れない大きな問題があります


葬式では故人と対面して欲しいし
ご遺族とも話をしてほしい
その触れ合いが必要だからこそ
葬式では、行きたい人を受け入れて欲しい、と思っています


しかし現実は、通夜に行って
受付で記帳して、香典を渡し、返戻品を受け取る

式場に入ると席に案内され
遠くに遺族や親族が座っていますが、話しかけるタイミングはありません

式が始まり焼香をし
地域によっては、式の途中で
通夜の振る舞いを受けて帰ります

式の最後まで着席している地域でも
閉式後に喪主の挨拶を受け
そのまま、出口へ誘導され帰ります

葬儀告別式も出棺前の花入れ時に、故人対面はしますが
遺族と言葉を交わすには時間はありません
目があって会釈出来るくらいです

こういう葬式が日本中で行われています

この状況のどこに、故人と逢って
遺族と話をする余裕があるのでしょう?

そのことに疑問も持たずに葬式を運営しているのが葬儀社です

ただ、記帳して香典を渡し、焼香するだけなら
葬儀に行くのも「義務」になってしまいます
誰かに香典を頼めばいい、と感じても仕方がありません

「あー、良い葬儀だった。葬式に来て良かった。」と遺族にも会葬者にも
感じさせる〝ふれあい″は、今の葬儀にはありません

会葬者として葬式に行っても、行かなくても同じと感じたら
遺族になった時、「無理に呼ばなくてもいいでしょう。迷惑かけるから」
と、考えてもしょうがないですね

親しい人が亡くなって
胸がドキっとして「何が何でも駆けつけなきゃ!」と出向き
故人に対面して、顔を見て心の中でお別れをして

遺族に合ったら
ご家族の様子はどうか?
一体どうして亡くなったのか?
今までの苦労をねぎらいたい
今までのお礼を言いたい、
自分にできることがあれば?
そんな会話を交わすことができれば
葬式に行く意味を深く感じることができます

私のいとこは、自分の母親の葬儀の時に
「今まではただ葬儀に出ていたけど
今回喪主になって、皆さんが来てくれたことが
こんなに有難いと感じる事ができた
これから葬儀に行くときには、そのことを思い出して行く」と言っていました

この従姉妹は、通夜の1時間以上前に来てくれた
母親の友人たちと母親の思い出を語っています
自分の子供時代の話もでて、淋しいけど嬉しい時間だったと言っていました

来てくれた人たち全員と話ができる通夜をしてほしいです
葬儀告別式もそうありたいけど
火葬場の都合を考えると、難しいでしょう

でも通夜なら、
通夜開式1時間前に、遺族親族だけで僧侶を迎え
じっくり通夜の読経を聞き
その後に、通常の通夜時間に会葬者を迎え
故人を中心に遺族、親族、会葬者の対話が出来ます

もっといい方法があるかもしれませんが
私はこの方法で父を送りました
お寺様も快諾してくださいました

遺族全員が納得でき、会葬者の方々も
今までで一番いい葬式だったと言って下さいました
遺族と会葬者の距離は無く、同じ場にいました

縁のあった人の葬式に
行きたい!
行って良かった!
と感じてもらえる工夫はできないもでしょうか?