柴田典子の終活ブログ「エンディングノート知恵袋」

エンディングデザインコンサルタント柴田典子のブログ。
葬儀に関わらず「賢い老い支度」として終活全般のお話もしています。

法事の効果

2012年10月14日 | 世の中
今日は、義母の一周忌法要でした
朝から曇り空でしたが、何とかもってくれました
帰ってきた途端、雨が降り出しました

母の納骨以来、兄弟が集まったのはこれが初めてです
1年もたっているのに、中々逢えないものですね

お寺で法要をし、お墓参りして、皆で食事をします

世間話、近況、子供の頃の話と続き
先に送った義父の話
そして義母の話

美味しい食事をしながら出た話は
義母の体の為に、食事を制限してきたことでした

90才近くなって、残りの人生がそう長かったわけでもないのに
なんで、もっと好きな物を食べさせてあげなかったか・・・・

この話には、全員が深くうなずきました

毎月、薬を貰いに行くたびに
検査結果を突きつけられ
もっといい状態に保とうと、必死でしたが
母にとっては、楽しい食事ではなかったはず

まして口から食べれる、という有難い体であったにもかかわらず
淋しい想いをさせてしまいました

その結果、寿命が短くなったとしても
義母が満足して「ごちそう様」と思える時間の方が貴重だった気がします

夫が亡くなり、 
自分の居場所に、少し遠慮するようになり
病院にも、外出にも人を頼らなければならくなり
家人の言う事を聞かなくてはならない日々で
唯一の楽しみが食事だったのではないか?

そんな思いを、母を亡くして1年たって
深く感じました

やり直せるなら、どんなにいいか!

でも、母が生きていた時には
兄弟でこんな話も、しにくかったことです

「体に悪くても、好きな物を」って勇気が要りますから

今になるからこその話しかもしれません

普段はそんなに行き来がない親族でも
法事があるから、すんなりと逢える
もし、法事がなければ
次に会う機会は誰かの結婚式か、葬式のとき、と
考えられますね

親が亡くなると、兄弟でも足が遠のきます

法事は不要でしょ
面倒じゃない、
皆大変でしょう、
お金もかかるし迷惑かけちゃうし

そんな風潮もありますが、法事を終わって帰る顔は
みんな和やかでした

「今日はおばあちゃんの法事だから」という、中に
親の為に集まる、親に為に自分の時間や思いをかける
そんな、自分の影の言葉があるような気がします