さうぽんの拳闘見物日記

ボクシング生観戦、テレビ観戦、ビデオ鑑賞
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拳闘見聞の日々。

最高峰の力と技を堪能 これぞ至高の一戦 山中慎介V9、技巧モレノに僅差の勝利

2015-09-23 10:49:13 | 関東ボクシング




大田区総合体育館のリングに立ったアンセルモ・モレノは、飄々として見えました。


かつて山中慎介が初防衛戦で戦ったビック・ダルチニアンは、遠目にも「打倒」への意欲、
闘いへの渇望をこれ見よがしに?振りまいていたものですが、それとは余りにも違っていました。

この世に起こる出来事全てに対し、何一つ驚きも慌てもしない、という風情。
好不調いずれにも見えず、それを傍目に見取らせもしない。

これほど「ハッタリ」感の無いボクサー、あまり見た記憶がありませんでした。
それこそ、やる気があるのかないのかさえ読めない。不気味やな、という。

試合が始まると、モレノは山中慎介と「探り針」のジャブ、フェイントの応酬を終え、
リング中央に陣取り、自分を軸に山中を回す展開を、ほぼ固定しました。

長いリーチと、斜に構えていながらやや前傾、という微妙な構えの調整により距離を作って、
山中のパンチを外し、防ぎ、肩で受け流し、多彩な右を伸ばし、時に左を叩いてくる。
2回こそ山中に譲ったかに見えましたが、徐々にその技巧を発揮しだしました。


ここで何より驚き、予想外だったのは、モレノの「布陣」の位置と手法です。

動いて、回る足捌きを控えめに、広くスタンスを取り、ほぼリングの中央を「陣地」として、
山中の攻撃を捌いては突き放す。相手の攻撃力を考えれば、相当に難易度、リスクの高い選択。
しかし、現実にはその攻防で、徐々に山中をコントロールし、ヒットを取っていく。



山中慎介は、強打の手応えや、その威力による威圧で優位に立ち、
それを前提にリズムに乗って試合を支配し、さらに攻撃を上積みしていくのが常です。
この試合、その前提は、徐々に成り立たなくなりました。
言い換えれば、モレノの技巧は、その前提を山中に与えませんでした。


眼前の試合は、するりと、パナマ人の「手に落ちた」ように見えました。
ですので、4回終了後の途中採点は、正直に言って驚きでした。
山中の強打(ボディブローも含む)の効果を、最大限に評価すれば、あり得る採点、でしょうか。


いずれにせよ、この採点を聞いて、モレノはより明白に試合を抑えにかかったように見えました。

5回、山中の左を外へ外し、インサイドに小さい右。6回、今度はカウンターで左。
7回、右リードでほぼ支配。8回、互角に近いが最後に左を2発。
モレノ、一気の巻き返し。公式採点も同様と見え、8回終了時の採点発表でそれは確認出来ました。


採点どうこう以前に、山中に悪い「回り」に見え、それは山中も陣営も同感だったのでしょう。
9回、攻めて出る。しかし左から右の返しを打つ隙間に、モレノに右フックを合わせられ、ぐらつく。
思うに任せぬ展開の果てに、この好打。終盤、試合は破局へと向かって不思議のないところでした。


しかしここから、山中慎介が只者でないところを見せます。

10回、打ち合いの中、モレノのリターンも鋭いが、山中が左、右とヒット。さっきと逆。
モレノは、それまでとは明らかに違う様子のクリンチを繰り返す。
あの淡々とした風情はかろうじて保つものの、挙動は明らかに危機にある者のそれでした。

世界最高峰の技巧を持つモレノの堅陣を、クリアな、正当な攻撃で、ここまで打ち崩した選手を、
少なくとも私は初めて見ました。しかもこれほどの苦しい展開から。
山中慎介の力と闘志は、これまた驚異と感じました。


11回以降は、両者共にいよいよ精一杯。山中左クロス、即座にモレノ、小さい左アッパー。
山中ワンツーにモレノ右アッパーのボディ。モレノが接近戦で右を当て、山中が尻餅。
悪くすればダウン裁定もあるかと見えたがスリップ。
最終回、試合を左右するポイントがかかった3分。山中が強引ながら手を出す形で終える。




私の、会場での採点は、モ山モモ、モモモモ、モ山山山、8対4、モレノ勝利でした。
迷う回(3回、8回)を全て山中に振ってもドローまで。
ただし、迷ったのを山中に振った回もあります。総じて言うと、逆はない、というのが私の結論です。


しかし、あくまでこれは自分の席から見た印象であり、その見方が何よりも正しいとは言いません。
個人的には、逆があるとは見えませんでしたが、際どいところでの印象が違って、
その積み重なりが違う結果になった、それはありうること...なのかもしれません。




採点のことはおいて、確かだったこと、一番大事なことについて、書きます。

終始、なんと密度が濃く、レベルの高い攻防だったことか。
強打と技巧のサウスポーふたりは、リードやフェイントの応酬、上下の打ち分け、
リターンやカウンターの選択、その読み合い、外し合いを終始、高い密度で繰り広げました。

切り返しの速さ、鋭さに震え、選択の多彩さに驚き、敗北以外の何物をも怖れない勇気に感嘆させられる。
これこそがまさに、世界最高峰の力と技の激突なのだ、という強い実感が、
試合の最初から最後まで続きました。

試合が終わり、判定を受け、様々な見解や論議があろうとて、その実感を得られた喜びこそが、
間違いなく、何よりも大きなものでした。


ことに、様々な苦境にあると伝えられながら、敵地でその技巧を存分に発揮し、
バンタム級屈指の強打を持つ山中慎介を苦しめたアンセルモ・モレノの姿は、感動的なものでした。
けっしてスペクタクルな試合をするではないボクサーですが、その試合ぶりは見どころに溢れ、
見ていて目に楽しい、滅多に見られないレベルの、素晴らしいボクサーでした。



そして、採点に恵まれた感は残ったものの、苦しい終盤にその力を見せ、最後も懸命に手を出して
際どいながらも必要な得点をもぎ取った、山中慎介の力と粘り強さにも感心しました。
クリアに、明確に、倒して勝つのが常のボクサーであるからこそ、思うに任せぬ試合で、
終盤の入り口に決定的な打たれ方をしてしまえば、無惨に「決壊」することだってあり得る。
そういうこちらの思いこみを、彼は身をもって覆した。
山中慎介はこの試合で、これまでの試合では見えなかった、見せる必要のなかった力を証明しました。



今後の展開がどうなるかは不明です。山中が、モレノが、両陣営がこの試合をどう評価し、
今後、活動していくのかは、今の時点では報道を見ていないのでわかりません。


しかし、ことのいきさつがどうであれ、この難敵と闘うという選択をした王者と、
捲土重来を期して、強打の王者に挑み、その技巧を存分に見せつけたかつての王者、
この二人の闘いを、私はボクシングファンとして大いに楽しませてもらいました。


世にはこの試合に関心を持たず、試合自体を見ずにいる人も大勢いると思います。
勿体ないことだな、と思います。そして、自分はボクシングファンで良かった、とも。
なぜなら、こういう素晴らしい試合を、真の一流同士が闘う、世界最高峰の一戦を、
事前にそれと知っていたからこそ、最初から最後まで余すことなく見られたのですから。


アンセルモ・モレノと、山中慎介に拍手を送りたいと思います。心からの敬意を込めて。
素晴らしい試合でした!




コメント (10)
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