さうぽんの拳闘見物日記

ボクシング生観戦、テレビ観戦、ビデオ鑑賞
その他つれづれなる(そんなたいそうなもんかえ)
拳闘見聞の日々。

反対側のコーナー

2009-06-25 00:36:52 | 海外ボクシング
先日、NHKのBSハイビジョンで「スリラ・イン・マニラ」のドキュメンタリーが放送されました。
モハメド・アリvsジョー・フレイジャーのラバーマッチ、ボクシング史上に「死闘」数あれど、
この試合がそれらの中でもっとも大規模なもので、もっとも多くに見知られた試合である、
これは誰にも異存ないことだと思います。

アリとフレイジャー。ボクシング史上もっとも対照的で、もっとも強いヘビー級チャンピオンふたり。
中流層と貧困層、ボクサーとファイター、イスラム教とキリスト教、ベトナム戦忌避と容認、饒舌と寡黙。
何もかもが正反対の二人が、まともに同じ時代に生まれ育ち、3試合41ラウンズに渡って闘った、
奇跡ともいえる時代のピリオドとなった大激戦、名勝負でした。

今回のドキュメンタリーは、現代からアリを語る際に、一方的にアリを美化した「アリ史観」とは
異なる視点からアリとフレイジャーを捉えたという意味で、希少価値のあるものでした。


アリは若き日の「蝶のように舞う」スタイルと、ブランク後の巧みなパンチャースタイル、
キャリアの前期後期で違うボクシングを確立させた、偉大なボクサーとしての実力評価に加え、
社会的、商業的、歴史的に飛び抜けた存在であり、ディマジオやペレ、ジョーダンをも上回る、
20世紀最高の、いや、おそらく全ての時代を超えた、史上最高のプロスポーツマンです。

それを認めた上で、私は彼の最高のライバル、ジョー・フレイジャーの扱いが不当に低いのではと
ずっと思い続けてきました。フレイジャーはアリとのもっとも重要な初戦に見事な勝利を収め、
二戦目では敗れましたが、三戦目はこのドキュメンタリーにもあるとおり、どちらが勝った負けたという
次元の話を超越した、凄まじい闘いを見せました。

何より「スモーキン」と称されたあのリズミカルなファイタースタイル、一目見たときに
「カッコええ~」と、私なんかは一発でやられたクチです。
しかし、そういう思いに共感を持てる文献などは、ほとんど目にしたことがありません。


アリについて書かれたものは、ランダムハウス社から出た評伝を皮切りに、ほとんど全部読破していますが、
同時代に書かれたものはともかく、時代が下ってくればくるほど、不当なほどアリ賛美に偏ったような
評価を目にすることが多かったように思います。

先月に発売されたボクシングマガジンのヘビー級増刊には、フレイジャーの記事がふたつ載っていました。
羽倉真敏氏の記事は、珍しく、今回のドキュメントの内容を先取りするような「反・アリ史観」の視点でした。
「時代に背負わされた重荷」を背負って生きる男に理解を示した観点に、共感を覚えるところ大でした。

しかし、もうひとつの藤島大氏の記事は、いかにもありがちな「アリ史観」がさらに増長したようなものでした。
フレイジャーの闘いを「かなわぬ求愛」とする感性には、正直、私はようついていきません。
アホ言いないな、の一語です。


まあ、そのような思いを持っていた私にとり、今回のドキュメンタリーは非常に興味深いものでした。
フレイジャーの視点から見たドキュメンタリーというだけで、そりゃ珍しい、という驚きがありました。

実際に見てみると、証言者たちの選別から優れていました。
相変わらず偽悪的でありながら、一番アリを案じた男、ファーディー・パチェコ医師。
アリの評伝で最高の労作を書いたトマス・ハウザー。
フレイジャーの息子マービス。
後の名トレーナー、ジョージ・ベントン。
後にマイケル・スピンクスを擁してタイソンに挑んだブッチ・ルイス。
その他諸々、そして当のフレイジャー本人の生々しい声が聞けます。

徴兵忌避後の3年間、フレイジャーがアリを支援していたこと。
しかし後に宗教団体にけしかけられたアリがフレイジャーを「白人に媚びる黒人」として差別し、
しまいには動物に形容して罵倒したこと。
三度目の闘いはフレイジャーのセコンド、伝説のトレーナー、エディ・ファッチの判断で棄権されたが、
まさにその時、反対側のコーナーでアリが試合放棄を求めていたこと。
試合後に撥ね付けられたアリの間接的謝罪、そして試合の勝敗を越えてフレイジャーが口にした、
傍目には歪んだものと見える満足感。
これらがあますところなく描き出されています。


アリが愛され、称えられることを否定するつもりはありません。
しかし従来の「アリ史観」とはまったく別の真実も、確かに存在します。
そしてその反対側にあるものに目を向けることは、さらに正しく、深く、
アリの素晴らしさを知ることにもなりうるでしょう。
さまざまな見方があるでしょうが、非常に優れたドキュメンタリーでした。

少しでも多くにこういう番組が見られてほしいですね。
出来ればBS、さらに言うなら地上波で放送してもらいたいです。

コメント (2)
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする