真宗教団連合が行なった「浄土真宗に関する実態把握調査」
http://www.shin.gr.jp/activity/event/800/pdf/report2018.pdf
Q7の「宗教に求めること」について、調査がどんな方式で行われたのかわかりませんが、予め設定した項目から選択させたとすれば面白い。
先祖の供養 54.4%
心のやすらぎや癒し 43.3%
人生の充実 14.0%
正しい善悪の判断基準 10.8%
商売繁盛 祈願成就 病気平癒 10.7%
救い 9.8%
真理や真実 8.0%
世界平和 6.7%
超能力の獲得 0.9%
その他 0.8%
求めるものはない 21.2%
いちいち面倒でも掘り下げてみると何かが見えてきそうだ。
先祖の供養をしたらどうなるのか?
どうなれば心がやすらぎ、癒されるのだろう。
何をしたら人生が充実するのか。
善悪に正しい基準があるのか。
商売がうまくいって、願いが叶い、病気が治ったら何がしたいか?
どうなったら救われるのか。
どんな真理や真実なら納得いくのか。
世界平和は誰が実現するのか。
超能力を得てどうするのか。
その他ってなんだろう。
「求めることはない」けどお布施は包めるか。
など、ツッコミ方もいろいろですが掘り下げていったときに見えてくる自分は何者だろうか。
さて、恵方巻の季節。すっかり定着した感がある節分の恵方巻。
鬼を払い、福を求め、幸運を呼びこむのに必死な私。
今朝みかけたSNSに
人間は与えられたものによって満足するというのは不可能だ。そこには本当の救いを知らん無知がある。無明に立っておるんです。満たされれば、無いものが与えられれば満足するということは、無知に立っている。道理に立っとらん。Yasuda Rizin
という投稿があった。
鬼神さまに豆をまき散らかし、マグロやヒレを金箔で巻いた寿司を食べ散らかすからこそ無明が見えてくるのかもしれない。
2月の掲示板には
ご利益は 求めるものでなく 与えられている
と、自戒を込めて書いてみた。