木曜の授業に『アクロス』編集長の高野公三子氏さんをお招きし “今「ストリートファッション・マーケティング」が必要な理由(わけ)」~若者とファッションの「定点観測」30年の歴史から” と題する講義を行していただいた。パルコは過去30年間,渋谷,原宿,新宿の3地点で,路上を行く人々のファッションを毎月約2千カットほど撮影してきた。その累計は50万を超す。すごい,の一言に尽きる。
30年×12ヶ月,同じ場所でストリートファッションを観察し続けると「変化」が見えてくる。かつてのように皆が一斉に同じトレンドに追随する時代ではない。多様化したファッションのなかで,単なるノイズではない,少数だが一定のトライブを形成しそうな変化に気づくこと。高野さんはこれを「異物が入ってくる」ことへの気づき,と表現する。非常にいいことばだ。
これは一種の免疫システムとみなせるかもしれない。体内に侵入した「異物」を片っ端から排除するわけではなく,少数だが「意味のある」ものを見逃さず検知し,追跡し,必要に応じて対処する。これをある程度システマティックに遂行するためには,複数の観測者の間の事前準備や事後的な情報共有化など,経験を通じて獲得された独自ノウハウが必要である。
ファッションの変化は「複雑」だ。ここ何年も,若い女性の間でショートパンツがはやり続けている。だが,ファッドやファッションが消失したわけではなく,靴にそれが現れているという(という理解でいいのかな・・・)。つまり,ファッションでは複雑な組み合わせが異なるタイムスケールで交錯して変化する。こういうことを見逃さない目が必要となる。
高野さんが尊敬する今和次郎によれば「考現学」は昆虫採集に似ているという。淡々と標本を集め,それを整理・分類し,何らかの気づきを得る。行動観察法について「観察」の部分に焦点を当てがちになるが,それをいかに蓄積・整理するかもまた重要なのだ。梅棹忠夫の「京大型カード」や川喜多二郎の「KJ法」を思い起こせば,それは当然であることに気づく。
こういうフィールド研究法の系譜のなかに,パルコ/Across が行ってきた定点観測は1つの金字塔として位置づけられる。誰も30年という歴史を超えることはできない(正確には,そうするにはそれ以上の歳月が必要である)。
30年×12ヶ月,同じ場所でストリートファッションを観察し続けると「変化」が見えてくる。かつてのように皆が一斉に同じトレンドに追随する時代ではない。多様化したファッションのなかで,単なるノイズではない,少数だが一定のトライブを形成しそうな変化に気づくこと。高野さんはこれを「異物が入ってくる」ことへの気づき,と表現する。非常にいいことばだ。
これは一種の免疫システムとみなせるかもしれない。体内に侵入した「異物」を片っ端から排除するわけではなく,少数だが「意味のある」ものを見逃さず検知し,追跡し,必要に応じて対処する。これをある程度システマティックに遂行するためには,複数の観測者の間の事前準備や事後的な情報共有化など,経験を通じて獲得された独自ノウハウが必要である。
ファッションの変化は「複雑」だ。ここ何年も,若い女性の間でショートパンツがはやり続けている。だが,ファッドやファッションが消失したわけではなく,靴にそれが現れているという(という理解でいいのかな・・・)。つまり,ファッションでは複雑な組み合わせが異なるタイムスケールで交錯して変化する。こういうことを見逃さない目が必要となる。
高野さんが尊敬する今和次郎によれば「考現学」は昆虫採集に似ているという。淡々と標本を集め,それを整理・分類し,何らかの気づきを得る。行動観察法について「観察」の部分に焦点を当てがちになるが,それをいかに蓄積・整理するかもまた重要なのだ。梅棹忠夫の「京大型カード」や川喜多二郎の「KJ法」を思い起こせば,それは当然であることに気づく。
こういうフィールド研究法の系譜のなかに,パルコ/Across が行ってきた定点観測は1つの金字塔として位置づけられる。誰も30年という歴史を超えることはできない(正確には,そうするにはそれ以上の歳月が必要である)。