Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

少数特異ケース「論」補足

2010-05-19 23:50:09 | Weblog
昨日の投稿に多少の補足。「少数特異ケースの普遍性」というタイトルは,まるで少数例のなかに「全体」が含まれているかのような誤解を与える。こういう議論をする前に確認しておくべきだったのは,マーケティングとは必ずしも,市場の多数派をターゲットにするものではないということだ。最近ではむしろ,比較的少数であっても,明確な嗜好と強い購買力を持つ消費者のグループをターゲットにすることが重視される。この点が多数派形成が重要な政治と異なり,マーケティングリサーチが世論調査と異なる所以である。

マーケティングリサーチャーはそのことを十分認識している。だから,異質な消費者を比較的同質で凝集性の高いグループに分割すべく,クラスター分析その他の手法をしばしば使うのである。だが,そのクラスターが小さいながらもターゲットとなり得ることをどう立証すればいいのか。そのとき,再び統計学的発想が頭をもたげて「彼らは全体の 5% を代表する」とか「その特徴は他の消費者に比べて有意差がある」と主張しがちである。しかしこれは,マスの眼鏡をかけてニッチを追い求めているように,ぼくの目には映る。

非マス・マーケターにとって「こういう人々が世のなかにどれぐらいるかわからない。だが,確実に一定規模存在して,うちのお客様になってくれる」ことを示すことが重要だ。一定数の事例から,ある傾向の群が存在することの確からしさを,母集団に関する推論なしに主張するということだ。この論理は進化論に似ている。ある環境で「たまたま」淘汰されることなく生き残ったものが「適応的」とみなされる。それは環境を超え,時間を超えて最適であるということを意味しない。「パンダの親指」があってもかまわないのだ。

そうした発想に立つクラスター分析は可能だろうか。局所的な情報をもとに(つまり全データを用いないで)一定の凝集性と周囲への差異性を持つ小さなクラスターを作る。それが実務的に「有意味」(meaningful;「有意」 significant ということではない)であれば採用する。これは,少数特異ケースに注目するエスノグラフィに近いアプローチといえないだろうか。つまり,フィールドで局所的に観察された少数事例から「有徴な」情報を汲み取るという意味で。もちろん「有意味」「有徴」とは何かを問う必要があり・・・。