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Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

「野外採掘」と「仕掛け」

2010-05-21 18:04:43 | Weblog
昨日,ぼくの授業で松村真宏さん(大阪大学)に「仕掛けのデザイン」と題する臨時講義をしていただいた。人間は,環境に埋め込まれたちょっとした仕掛けで行動を変える。たとえば小便器のある場所に蠅のシールを貼ると,男たちはそこを狙うので,便器外への飛散が大幅に減少し,清掃コストが大幅に減少する。公園のゴミ箱に,ゴミを入れると落下音がする装置をつけると,みんなゴミを探してまで捨てようとする。わずかなコストで大きな社会的メリットを実現できるのである。

こうした現象を説明する原理の一つがアフォーダンスだ。たとえば,初めて遭遇したドアの把手を引くのではなく押せばいいことがすぐわかるなら,そのデザインは押すことをアフォードしているという。物理的な強制があるわけではない。言語的な誘導があるわけではない。環境に埋め込まれた「情報」が,半ば無意識にある行動へと導く。優れたデザインはマニュアルが不要で,アフォーダンスを持つ。実際にはそれ以外に,生理的反応やユーモア(fun theory)といった原理が加わる。

実際に環境から情報を採掘することを目指すのが,松村さんの提唱する「フィールドマイニング」だ。フィールドは情報で溢れているといっても,すでに数値や文字になっているわけではない。その点がデータマイニングやテキストマイニングと大きく違う。そこで思いつくのが,環境や人に山ほどタグやセンサーを取り付けて大量データを集める方法だ。しかし,人工知能を専攻する工学者の松村さんは,あえてそうした選択をしない。むしろ,その環境に身を置く人々に語らせようとする。

たとえば商店街の空きスペースに地図を貼り,お年寄りから小学生までの利用者にメモを記した付箋を貼らせる。あえてローテクを使って,幅広い人々の「生の声」を集める。さらに積極的な発話をさせる仕掛けを作る。たとえば十三の商店街のサウンドスケープの調査。誰もふだん,意識して特定場所の音を認識していない。だが,適切に動機づけると人々は意識的に環境の情報を収集できるようになる。つまり,この方法は対象者を採掘者に変える。対象者がマイニングに参加しているのだ。

この点でフィールドマイニングは,与えられた(別の目的で集められて死蔵されている)膨大なデータから意味のある情報を採掘しようとするデータ/テキストマイニングと大きく違っている。では,「採掘」はどのように「仕掛けのデザイン」に向かうのだろうか。おそらくそのヒントは,松村さんが今後の研究課題に挙げていた「パタンランゲージ」にあるに違いない。パタンランゲージは,居住者参加型のボトムアップの建築デザインに用いられている。今後の研究の発展が非常に楽しみだ。