なんとか辿りついたもののすごく大回りをしたものだ・・・
ナビのやつはとんでもない道路を引きずり回した挙句に、大分美術館横からとんでもなく細い山道を奈落へと下るようにしてここまで辿り着かされてしまった。
後から考えるとちゃんとしたの集落からここまで登って来られたような????。
ここは大分川河口域上野台地の南斜面、往時この一帯には太平寺という寺が勢力をはっていたところで、この石窟仏はその寺院ゆかりのものであるらしい。
しかし現在では「伽藍大明神」などと呼ばれている杵築神社の前にこの伽藍石仏が残るだけ、他には何の面影もない。
薄暗いすり鉢状になった境内??の横手崖状になった丘すそに三っつの穴を掘り石窟として奥壁と周りの岩壁に石仏を刻みだしている。
穴はさほど大きくも無く、間口約1.8m、高さ、奥行き、共に1.5mぐらいで、周りは昼なを暗く、石仏の彫られている奥壁は撮影にも 一苦労する。
向かって右側の石窟は間口 約170Cm・高さ 約160Cm、入口両脇の岩面、左に多門天と良く見えないが右に不動明王??、奥に阿弥陀三尊(観音は欠失)が刻まれていると言うが、全く崩れ去っていて殆ど解らない。
中央の石窟の奥には像高54Cmの阿弥陀如来坐像が彫られている 彩色の少し残る舟形光背を彫りくぼめ定印の阿弥陀如来を彫り出している。
向かって左側の石窟は、間口 150Cm・高さ 135Cm・奥行 130Cmの中に小窟龕があり、どこから持ってきたのか別石の阿弥陀如来があるが、窟内は風化が激しく全く何も解らない。
石窟の石仏は厚く彫り出しており、鎌倉時代末期から室町時代の作という。
撮影2009.12.28
またぼちぼち復活するつもりです。
いつも有難うございます。
天台僧たちが
六郷満仙回峰修行の峰入りに
入ったそうですね…