Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(8月7日)  

2021年08月07日 | 医学と医療
今回のキーワードは,完全ワクチン接種者におけるデルタ株感染による入院は少ないが,ウイルス排出量は未接種者と同等で,他のひとを感染させうる,イベルメクチンの有効性を示したプレプリント論文のデータ操作の疑いによる取り下げの衝撃,アストラゼネカワクチン接種後に脳炎を呈した3症例の報告,アストラゼネカワクチン接種後の動脈血栓塞栓症の1例報告,抗CD20療法患者では感染後の抗体の陽性化率が低い,米国神経学会のワクチンに関する見解,抗CD20療法下でもワクチン接種はウイルス特異的T細胞反応をもたらすため,ワクチン接種は行うべき,long COVID(後遺症)としての頭痛の有病率は8~16%,です.

今週発表された「入院対象を重症化リスクの高い患者らに限定し,自宅療養を基本とする方針転換」が,分科会に相談もなく決められたことにはやはり失望しました.コロナ禍においてさまざまな分断が指摘されていますが,そのなかでも「行政と科学の分断」は人の命に直結するため深刻な問題だと思います.日本は諸外国よりCOVIDに対する医薬研究が遅れたため,幸か不幸か,外国のデータを参考にさまざまな意思決定ができます.しかしこれまでそれらを生かした論理的な判断が行われてきたとはとても言えません.現在の感染爆発も,5月に紹介したNew Engl J Med誌のオリンピック開催への懸念論文(doi.org/10.1056/NEJMp2108567)を始めとする専門家の意見を真摯に聞けば,当然予測できました.「行政と科学の分断」はコロナにとどまらず,世界からどんどん引き離される医学研究の窮状,混迷を極める新専門医制度の問題など医学・医療の世界で多くの問題を起こしていると思います.「行政と科学」がしっかり連携し,科学的根拠に基づいて,世の中や他者を第一に考える当たり前のことが求められていると思います.

◆完全ワクチン接種者におけるデルタ株感染による入院は少ないが,ウイルス排出量は未接種者と同等で,他のひとを感染させうる.
2021年7月,米国マサチューセッツ州で開催されたイベント等で469名が感染した.住民のワクチン接種率は69%であった.346/469名(74%)は,完全ワクチン接種状態(感染の14日以上前にファイザー,モデルナ,ヤンセンワクチンを完了)であった.最終ワクチン接種後14日目から,発症までの期間は中央値86日(範囲6~178日)であった.うち133名の検体を解析したところ,デルタ株が119名(89%)を占めた.完全ワクチン状態で感染した274/346名(79%)に症状を認めた.多い順に咳,頭痛,咽頭痛,筋痛,発熱であった.4/346名(1.2%)が入院したが,死亡例はなかった.完全ワクチン接種状態の127名の検体のPCRサイクル閾値(中央値=22.77)は,ワクチン未接種,不完全接種,接種不明の84名と同様であった(中央値=21.54)(図1).→ 完全ワクチン接種者であっても人と集まる場合,マスクを着用すべきである.また感染した場合,ウイルス排出量は未接種者と同等であることを認識する必要がある.
MMWR Morb Mortal Wkly Rep. July 30, 2021.(doi.org/10.15585/mmwr.mm7031e2)



完全ワクチン接種者がデルタ株に感染した場合,ウイルス排出量は低下せず,他の人に感染させる原因となりうるというエビデンスが,米国ウィスコンシン州からのプレプリント論文として報告された(図2).
medRxiv. July 31, 2021.(doi.org/10.1101/2021.07.31.21261387)



◆イベルメクチンの有効性を示したプレプリント論文のデータ操作の疑いによる取り下げの衝撃.
7月14日,プレプリントサーバー「Research Square」は,「倫理的な問題」を理由に,抗寄生虫薬イベルメクチンの効果を最初に示したエジプト・ベンハ大学からのプレプリント論文(doi.org/10.21203/rs.3.rs-100956/v3)を取り下げた.この論文はCOVID-19に対する治療薬の効果を検証する論文としては最大規模(患者400名)のもので,かつイベルメクチンが死亡率を90%以上低下させることを示した点で注目を集めた.事実,15万回以上閲覧され,30回以上引用された.「倫理的な問題」とはインターネット上で指摘された盗用やデータ操作の疑いのことで,具体的には数十人の患者データの重複,生データと論文記載の矛盾,研究開始日以前に死亡したと記録されている患者の記載等が指摘されていた.イベルメクチンについては,私もブログで,3月に軽症例での使用で効果はないというJAMA誌の論文を紹介したが(doi.org/10.1001/jama.2021.3071),6月にはメタ解析(試験結果を統計的に重み付けして1つの結果にまとめる論文)で,死亡リスクを62%減少させるという論文がAm J Ther誌に出て非常に驚いた(doi.org/10.1097/MJT.0000000000001402).実はこのニセ論文(?)も後者のメタ解析に含まれ,患者数が多いため結果に強い影響をもたらした.Nature誌のNews欄には,このメタ解析に含まれるその他の論文の多くも,さまざまな欠陥が含まれる可能性が高いと指摘している.イベルメクチンに関してWHOはエビデンスが確立していないため臨床試験以外の使用を控えるよう述べているが,「イベルメクチンの効果は証明されており,製薬会社は安価な治療法を国民から奪っている」という誤情報が状況を難しくしている.実際,安価であるため,多くの低所得国において頻用されている.今回の論文撤回は,パンデミック時に治療効果を評価することの難しさを物語っている.
Nature. News. Aug 02, 2021.(doi.org/10.1038/d41586-021-02081-w)

ちなみにCochrane libraryもイベルメクチンは使用すべきではないという見解を7月28日に発表した(https://bit.ly/3jwPbnI).

◆アストラゼネカワクチン接種後に脳炎を呈した3症例の報告.
アストラゼネカワクチン接種後の脳炎3症例の症例集積研究がドイツから報告された.いずれもGrausらによる自己免疫性脳炎の診断基準を満たし,他の原因は広範囲に除外された.しかし特異的な自己抗体が検出できなかった.ワクチン接種後,7日から11日以内に脳炎が出現した.2例目では過去にインフルエンザやHPV,風疹ワクチンなどの副反応として知られているopsoclonus-myoclonus syndromeを認めた.髄液ではリンパ球優位の細胞数増多を認めたが,頭部MRIに異常はなかった(図3).2名はステロイド治療に反応し,神経症状はほぼ完全に回復した.3人目は免疫抑制剤を拒否したが,自然に改善した.アストラゼネカワクチン接種後,世界で合計79例の脳炎が確認されており,発生率はワクチン1000万回接種あたり約8人と推定された.因果関係の証明は個々の症例では不可能であるが,ワクチン接種と3例の脳炎発症との間の時間関連は注目に値する.今後,因果関係を明らかにするため,さらに大規模なデータ集積が必要である.いずれにしても非常に稀であり,接種のメリットがリスクを上回ることは明らかである.
Ann Neurol. July 29, 2021(doi.org/10.1002/ana.26182)



◆アストラゼネカワクチン接種後の動脈血栓塞栓症の1例報告.
アストラゼネカワクチン接種後の「ワクチン起因性免疫性血栓性血小板減少症と脳静脈血栓症・脳出血」は有名だが,動脈血栓塞栓症も生じうることがドイツから報告された.31歳の男性が,ワクチン初回接種から8日後,急性発症の頭痛,失語,片麻痺を呈して入院した.D-dimersは軽度上昇したが,血小板数とフィブリノゲンは正常であった.頭部MRAで認めた中大脳動脈閉塞は,血栓溶解療法の開始後1時間以内に消失した.同側頸動脈球壁に付着した血栓による塞栓症(A to A emboli)が原因として考えられた.HIT抗体は陽性で,PF4-ポリアニオン複合体に対する血清IgG抗体は高度に上昇していた.アスピリンとヘパリン代替のダナパロイドの皮下投与,経口抗凝固薬フェンプロクモンにより血栓は19日以内で縮小・溶解し,良好な臨床経過を示した.静脈血栓塞栓症だけでなく,動脈血栓塞栓症の患者においてもワクチンの接種歴の確認は重要である.
Neurology. July 26, 2021(doi.org/10.1212/WNL.0000000000012576)

◆抗CD20療法患者では感染後の抗体の陽性化率が低い.
フランスからの研究で,多発性硬化症(MS)や視神経脊髄炎スペクトラム障害(NMOSD)の患者におけるCOVID-19感染後の抗体陽性化率は疾患修飾療法(DMT)の影響を受ける可能性について検討した論文が報告された.119名の患者(MS 115名,NMOSD 4名)を対象とした.全体で感染後5カ月以内に80.6%が陽性化した.DMTなし群では20/21人(95.2%),抗CD20療法以外のDMT群では66/77人(85.7%),抗CD20療法群では10/21人(47.6%)と低かった(p<0.001)(図4).抗CD20療法群において,抗体陽性患者では,抗体陰性患者に比べて,最後の抗 CD20 療法から COVID-19感染までの期間が長かった(3.7か月対1.9か月,p=0.04).以上より,抗CD20療法を受けたMSまたはNMOSD患者では,SARS-CoV-2抗体反応が低下していたことから,は再感染のリスクがあり,長期的な監視が必要である.抗CD20療法のタイミングによっては,抗体反応が低下し,期待した感染予防効果が得られない可能性があることも示された
J Neurol Neurosurg Psychiatry.Aug 2, 2021.(doi: 10.1136/jnnp-2021-326904)



◆米国神経学会のワクチンに関する見解.
米国神経学会から神経疾患を有する患者におけるワクチン接種のリスクとベネフィットに関する見解が報告された.ワクチン接種後の神経合併症の発生率は低く,神経疾患を有する患者の罹患率や死亡率の高さを考慮すると,脳神経内科医は患者にワクチンの接種を勧めるべきである.また免疫療法中の患者に対しては,治療と免疫反応の減弱の可能性を考慮して,接種のタイミングに注意を払うべきである.また患者のためにエビデンスに基づいた説明,教育を行う義務がある.ちなみに抗CD20療法(リツキシマブ・オクレリズマブ)については,以下のように記載してある.

◯ 開始する場合;2回目のワクチン接種が抗CD20療法開始の4週間以上前に行われるようにする.
◯ すでに治療中の場合;1回目のワクチン接種を,最後の抗CD20療法から12週間後に延期することを検討する. 可能であれば,2回目のワクチン接種の4週間後以降に抗CD20療法を再開する.

Neurology. July 29, 2021.(doi.org/10.1212/WNL.0000000000012578)

◆抗CD20療法下でもワクチン接種はウイルス特異的T細胞反応をもたらすため,ワクチン接種は行うべき.
抗CD20療法のひとつリツキシマブ(RTX)療法を受けている患者における,SARS-CoV-2ウイルスに対する液性および細胞性免疫について検討した論文がオーストリアから報告された.RTX療法中の患者74名に,ファイザーないしモデルナワクチンを2回接種した.ファイザーワクチンを接種した健常者10名を対照とした.健常者は全員がスパイク蛋白受容体結合ドメイン(RBD)に対する抗体を獲得したが,RTX療法を受けた患者では39%のみが陽性となった.RBD抗体は中和抗体と有意に相関した.CD19+末梢B細胞が検出されない患者36名では,1名を除いて抗体陰性であった.循環B細胞は抗体のレベルと相関したが,B細胞数が少ない(1%未満)患者でも,検出可能なSARS-CoV-2特異的抗体反応を示した.つまり,末梢のB細胞が部分的に再増殖すれば,ワクチン接種によって抗体を誘導できる可能性が示唆された.一方,SARS-CoV-2特異的T細胞は,液性免疫反応とは無関係に,患者の58%で検出された.よって循環B細胞がなくてもT細胞反応が得られるため,RTX療法を理由にワクチン接種を中止すべきではないと考えられた.ただし原疾患が安定している患者では,B細胞が十分再増殖して液性免疫が得られるまで,RTX治療を遅らせるほうが良いかもしれない.
Anna Rheum Dis. July 20, 2021(doi.org/10.1136/annrheumdis-2021-220781)

◆long COVID(後遺症)としての頭痛の有病率は8~16%.
COVID-19生存者が経験する後遺症のひとつに頭痛がある.スペインからCOVID-19から回復した入院患者および非入院患者における頭痛の有病率を検討したメタ解析が報告された.条件に合う28件の査読あり論文と7件のプレプリント論文が含まれた.対象はCOVID-19生存者2万8438人(女性1万2307人,平均年齢46.6歳).COVID後の頭痛の有病率は,発症または入院時に47.1%,30日後に10.2%,60日後に16.5%,90日後に10.6%,発症/退院後180日以上経過時に8.4%であった.急性期の症状としての頭痛は,非入院患者(57.97%)の方が入院患者(31.11%)よりも多く見られた.
Eur J Neurol. 2021 Jul 30.(doi.org/10.1111/ene.15040.)

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