Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

フラマン人の誇り

2020-08-01 | 文化一般
昨晩はバイロイトからの放送から「ローエングリン」を流していた。幸い18時始まりで22時には静かになった。先ず興味深かったのはベルギーの指揮者の肉声のドイツ語で、中々上手だ。フランスものばかりの指揮者と思われているのが悔しかったようで、ベートーヴェンの交響曲もベルリンでやり、こうして独指揮者オイゲン・ヨッフムのキャンセルで急遽オランダ人を振って、再び新制作にヴィーラント・ヴァークナーの「ローエングリン」に招聘されて余程うれしかったようだ。

先日ベルリンで録音された田園交響曲のLPを久しぶりに聴いたらやはりフォンカラヤンと比較しても軟で、やはり違うと分かった。その差は、子供の私には分かる筈が無かった。なるほど指揮者のクリュイタンスのドイツ語は今書いた通りで、音楽が如何にそれ以上のイントネーションかという事で、小澤やナガノがものにならないのは仕方がない。スカンディナヴィアの音楽家は何とかこなすがフィンランドになると全く駄目なのもそれゆえだ。

ザルツブルク祝祭のゲネラルプローベなどの報告が入ってきている。販促を兼ねた報道であるから、上手には書いてあるが、「コジファンテュッテ」は休憩無しでやるためのカットが上手くいくかどうかは大きいかもしれない。一方「エレクトラ」の方は百人を超える大編成で奈落を縮小した様子はない。エレクトラを歌うシュテュンディーテという人はアスミク・グリゴーリアンと同じリテュアニアの人らしく知己があるらしい。指揮者のヴェルサーメストは、役探しに最近マクベス夫人とトスカを両方歌っている人を探して欲しいと要請したらしい。

そこでアウスリーネ・シュテンディーテがオーデションで最後のモノローグを歌わされたとある。それでも練習が必要で、大分時間を掛けたようである。昨年までサロメを歌っていて一夜にして世界に名の知れたグリゴーリアンもドイツ語の歌唱はパッとしない。まあ、先ずは土曜日の中継を観聴きしようと思う。

映像から窺えたのは「エレクトラ」の三人の女性の出で立ちで、服装やヘアースタイルなどである。更に母親惨殺部屋は上手で、娘二人は下手で歌う。つまり指揮者の視線へと私の席からはそれほど悪くはないだろう。今頃になって気が付くのは、今までは楽器配置などから右側のバルコンに座ることが多かったが、ピアノの音響なども含めて基本は右側という事になるのかもしれない。平土間の齧り付きなら中央左寄りとなる。

「コジファンテュッテ」の方は映像で見ても流石に簡素である。これは演出家の腕次第だが、音楽を短縮するのは更に大変だ。本当にあれだけの料金を払うだけの公演が出来るのかどうか、最初から疑わしい。それだけの公演ならばなにもザルツブルクの大劇場である必要もない。

週末に発注した中にランニング用の靴下があった。冬夏走るだけならばなんとかなった穴の開いたようなものを使っていたが、二つの一つは靴磨き素材となり、もう一つも薄く破れかけている。一足まともなのが無いと出かけるときには使えない。そこで探すと以前に使っていたものがアマゾンで買えたので籠に入れておいた。19ユーロに送料だった。おいておくと16ユーロに安くしてくれていた。送料入れても21ユーロほどでお買い得だった。トレイルランニング向きの初期の製品なので改良点もあり、足入れが悪いので破れていたのだが、先ずはこれが使える。

早速これを履いて走ると中々いいスピードを保てた。前回の他のコースでも下りにスピードが出せたのだが、徐々に上昇傾向にあるようで嬉しい。靴下だけが効果を生むのではないが、やはり新しいのもあり足元が包まれる感じと同時に靴との一体感が生じて無駄が出ないのだろう。遊歩道のような沢沿いでも石が出ているととても走り難くなる。そうしたところもこなし易くなる。

車中のニュースで病気の子供の保育所への是非についての議論が紹介されていた。以前以上に明確に症状があるかどうかが判断材料で、くしゃみをしようが全く問題なく、典型的な症状とされる熱や空咳更に味覚障害がそこに加えられていた。その症状が無ければ構わず、あれば医者に連れて行けという事だった。基本的に四月時点での認知と変わらないが、その時は味覚異常は三大症状にはなっていなかった。



参照:
洗濯してみないと分らないが 2014-07-04 | 生活
ザルツブルクの崖っぷち 2020-07-29 | 文化一般

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