Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

索引 2021年1月

2021-01-31 | Weblog-Index


自慢のエネルギー源 2021-01-31 | 暦
とても味わい深い残響 2021-01-30 | 音
75周年記念番組を聴く 2021-01-29 | 生活
厳しい二月を前にして 2021-01-28 | 暦
ニキシュ指輪四十年 2021-01-27 | 音
ハンザからの初生中継 2021-01-26 | 女
二枚重ねの効用実践 2021-01-25 | 生活
とても混濁していた記憶 2021-01-24 | マスメディア批評
バカもコロナも高みへ 2021-01-23 | 文化一般
ストッキングを被る男 2021-01-22 | 雑感
復活祭へと希望を繋ぐ 2021-01-21 | 暦
二つも三つも程度が異なる 2021-01-20 | 雑感
二カ月で潮を吹く 2021-01-19 | 雑感
髭剃って書き替えよ 2021-01-18 | 音
生でのキッチンワイン 2021-01-17 | ワイン  
とても革新的な響き 2021-01-16 | 音
引き延ばされる冬 2021-01-15 | 暦
禁じられたあそび 2021-01-14 | 雑感
儚くなって来る期待 2021-01-13 | 生活
先が見えぬ今日この頃 2021-01-12 | 歴史・時事  
敵失で決定のカラヤン 2021-01-11 | 音
曙からの伝統の継続 2021-01-10 | マスメディア批評
40度から60度のエコ 2021-01-09 | 生活
テニス腕になったこと 2021-01-08 | 音  
持続性を考えて判断 2021-01-07 | 歴史・時事
15㎞圏内での日常生活 2021-01-06 | 生活
ロックダウンの延長 2021-01-05 | 生活
間隔の合奏への影響 2021-01-04 | マスメディア批評
日本旅行での自主隔離有無 2021-01-03 | 文化一般
大演奏旅行は控えめに 2021-01-02 | マスメディア批評
想いが詰まった演奏会 2021-01-01 | 音
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自慢のエネルギー源

2021-01-31 | 
電気料金の精算が来た。使用料は一昨年の1893kWhに対して1934kWhと増えていた。コロナ期の影響があるかどうかは分からないが、電化製品をチェックする。一昨年11月と昨年6月に導入したのがスマートプラグで、これはネットスタンバイをする代わり通電時間を短くしている。特に冬季のベット灯はこれで大分電気量が減った筈だ。更に変電器をシャットアウトした。反対に使用量が増えた可能性はオーヴンの使用ぐらいか。

今年から減る可能性があるのは先ずは洗濯機である。その一方使用料金が1kWh あたり1.5Ct上がるので、ざっと計算すると昨年と同じ使用量で29ユーロ高くなる。因みに今年の清算は65セント戻る。

先払い料金は60ユーロと上がるのでこの追加で払わないで良いならば合格で、出来れば落としたい。洗濯機に掛けてしまうしかないのか。

値上がりはしても、その電源の源を見れば安いと思う。なんと0.4%の天然ガスを除いて全て再生産可能エネルギーである。これだけにでも金を払ってもいいぐらいである。なるほど安いエネルギーを使えば安くなるのかもしれないが、原子力発電所が廃炉になったあとではこれ以外にはないと思う。

我が市の柔らかい湧水水道とこのエネルギー源は自慢してもいいものだ。グラフに色分けしてある。右側がドイツ全体での内訳で、左側が我が市のグリーンエネルギーである。

朝起きして、雨の止み間に何とかお勤めを果たした。ライヴァルの婆さんと重なったが、準備体操をしている中に峠の反対側を大分進んでいたようで、峠を反対側において漸く追いついた。ゆっくり走っているから仕方が無いのだが、二日続けて走ると走行距離が総計10㎞程でも疲れを感じた。夜に入浴でもしたい。体重は73kgとやっと1kg痩せたぐらいで、まだまだベストには遠い。

帰りに肉屋に立ち寄ると、マスクの事を丁寧に「知ってるよね」と親切に言われた。最初のカモだった、下のマスクを少し見せてあげた。僅かばかりの抵抗運動である。しかし気温が高い時に汗を掻いてネックウォマーすると暑い。

昨晩はロンドンで一年前に演奏されたサイモン・ラトル指揮の演奏会中継を録音した。ドイツツアーもあって、ペトレンコ指揮のベルリナーフィルハーモニカーの最初の国内ツアーの前後で各地で続けて公演された。こちらは国内ツアーに三回も出かけたので、中々都合がつかなかったこともあって出かけなかった。ベートーヴェンの「オイルベルクのキリスト」は珍しい曲なので出かけてもいいと思っていたが、前半のリサ・バティシュヴィリとの共演は出来るだけ避けたいと思っていた。初夏に室内楽で聴く予定だったこともあるが、復活祭での映像を観てもどうも相性が悪い。今回もまるで練習曲を通したような演奏をしていて、彼女らしい演奏が出来ていない。なるほどラトルも興味深い音響を奏でているのだが、それがベルリオーズなどを振る時以上に興味深いとは思われないのだ。

偶々、カラヤン指揮の1985年のアモワイヤルを迎えての実況録音を教えて貰ったので聴いた。翌年はチェルノブイリ禍の年で第九を取り上げていたのは覚えている。流石に完売していたが興味が無かったので聴かなかった。カラヤンはそれ以前に出していた新ヴィーン楽派曲集にはこの曲は入っていなかったが、「ルル」などに近い響きをここでも出している。その演奏はそうした情緒は立派な反面、リズム的な格子も無くただの繋ぎのような演奏になっていて、その甘さは当時のベルリナーフィルハーモニカーの特徴でもあった。
Berg Violin Concerto - Amoyal - Karajan - BPO (live 1985)


ラトル指揮の流れてしまう音楽が結構似ていると思っていたがその意味からは全く異なっていた。後半のベートーヴェンは、エルサ・トライシークの声も良くて、予想以上の出来だった。第二交響曲とフィデリオを繋ぐ作品と自ら解説している。ラトルが声楽に合わせる時の指揮は嫌というほどに体験したから分かっているのだが、若い歌手にはベースを作ってくれるので関わり無しに自分の歌を歌えば良いので楽なのだろう。勿論この歌手を意識したのは昨夏の「コシファンテュッテ」だったので、彼女が歌っていたとは昨晩まで気が付かなかった。
Sir Simon Rattle - über Christus am Ölberge




参照:
ハンザからの初生中継 2021-01-26 | 女
尽きそうな節電の可能性 2018-02-08 | 生活
省エネ電気使用通信簿 2019-02-06 | アウトドーア・環境
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