豪雨ではなく、ゆっくりとした雨が、先ほどから降り始めて、まだ木の下は、乾いていたりもす
る。木の葉っぱの、水を蓄える能力はどのくらいか。雨が降って、その上の木の葉っぱに、水はあって
たまにボテっと落ちるとあー冷たいとか思うのだけど、また雨避けのための、雨避けのその天井を
覆う波板に穴があいて、そこからもボテっと大粒の雨が落ちてきて、あー冷たいとか思う。どうにか
しないといけない、簡易の雨避けの屋根の、波板だが、このようなものも古いものは、多いにゆがんだ
り、また波を打ったり、さびたりで、昔からそうゆうものはある。
最後にその屋根が壊れたら、それはそれでいいような感じもあるが、いろいろないえの構造とか、
有り様を思うけど、何ともどうしようもない感じがあるのが、雨避け。壊れたらそのままか。最初か
ら、あったわけでなく、必要はなしということだった。恨み節かな。違う、そうゆうものはない
いえもあるし。
いろいろ、思い出さないといけない。日付が変わるころ、ちょうど目が覚めて、窓から星が見え
た。そうゆう天気だ、いい星空で、それを少し眺めた。滅多にないくらいのいい星空。それゆえ、
その星の美しさを堪能した感じもあって、すぐに眠った。神々しいという感じもあるが、本来そうゆう
ものが毎度の夜の空に現われていい。そう思う。するとさほど気にすることなく、毎日を愉快に送れるかも
知れない。滅多にない星空とは、ものすごい昔はそうゆうものはあったのか。少し昔はどうか、思い
出すに星空も眺めないときが、多いのであって今頃叫んでもだめだ。そう思った。星空というのは、
いってみると最後の美のありかというか、興味の対象で、そうゆうところに至るまでには、他に
楽しみはたくさんある。今でこそ多少は気候がよく、寒さもひどい暑さもなく、流暢なこともいって
られる。これが真夏で、蚊もいてというときに、星空がどうのなどいうかどうか、この辺は多いに怪し
い。反省もし、やっぱり眺めるだけの星空がよかったりもする。
もう流れ星も、人工衛星も、後者は単純に飛行している場合、また大気圏に突入するときもあるの
だが、こうゆうものにも関心を持たないようにしよう。無欲で何ごともやらないと、それで偶然とい
うものがある。まったく偶然で、今日の蛇の目の翅の持ち主、ヒメジャノメとの出会いもまったく
の偶然だった。
雨が降っている。雨が降るとカエルの鳴き声がする。これがゲロゲロと鳴くわけだが、その姿はなか
なか見えない。見えないなど思っていると、アマガエルと思えるカエルが飛び出してきた。たわいの
ないものである。このアマガエル結構大きい。食べ物はあるのか。
いろいろそういえば出会うものはある。黒いネコというと、なかなかいない、と思う。ここに来る
ようになって、時間のたつネコも、黒いと思ったが、よく見ると、黒ではなく、ブドウ色か、茶色
い黒さがあった。しかしそのネコは真っ黒で、去年だろうと思うが、日向ぼっこしているところ
を見かけて、年が明けたと思う。半年ぶりの感じで、暑いからかコンクリートの上で、静かにたた
ずんでいて、こっちを睨んだ。そのネコの毛並みは、やはり真っ黒。それから眠りネコといっていい
ようなそうゆうネコにも、今日あった。去年、ここのいえのあるところで、眠そうにして金縛りにあっ
ているようであった。寝ながら起きていた。そのネコは一度見かけた。距離的には遠いと思うが、しかし
もうそのくらいの移動は当たり前とわかっているので、へんな感じはなかった。それっきりで、また半年
ばかりたった、今という時間、そのネコは歩いていて、私は後ろか横を向いていて、振り返ると横のいえ
の方へと消えた。
そこに近付いて、それで振り向くと、そのネコはやっぱり眠りネコで、尻尾を振っていたが、
目は開かず頭を下げた。それで、一歩動くと今日の金縛りはゆるいらしく、ゆっくりと木の影の方へ
と動いた。いずれも、去年から今年の大雪の後を生き抜いたネコだ。大したものだ、と思う。
田んぼにレンゲはわかるが、同じ豆科の植物らしいものも植えられてい
て、これはなんだかわからないが、ついに痺れを切らしてそのもののそ
ばにいった。妙な、感じの色具合の花。その他、ぼちぼちと植えられる、
花壇の花、草など。
カラスノエンドウは知っていて、これはもう枯れる。スズメノエンドウ
は、調べると違う。何だろうか、というもので、この光のあり方も妙だ。
わかりにくい花だと思った。少し引いて。
この密度で、この草が田んぼ一面に生えている。
花の作りは、ムラサキケマンみたいな感じもする。が、違うところも多い。
この花の一つ一つがまあるく並べは、これはレンゲにそっくり。
夏だけど、涼しげな草。あそこにあれば、あっちにもある。
全身が白く、出てくる花は黄色。その花はまだ開かない。
花壇の、葉っぱの観賞。
色合いの豊かさ。
彩り。
落ち着いた緑。
る。木の葉っぱの、水を蓄える能力はどのくらいか。雨が降って、その上の木の葉っぱに、水はあって
たまにボテっと落ちるとあー冷たいとか思うのだけど、また雨避けのための、雨避けのその天井を
覆う波板に穴があいて、そこからもボテっと大粒の雨が落ちてきて、あー冷たいとか思う。どうにか
しないといけない、簡易の雨避けの屋根の、波板だが、このようなものも古いものは、多いにゆがんだ
り、また波を打ったり、さびたりで、昔からそうゆうものはある。
最後にその屋根が壊れたら、それはそれでいいような感じもあるが、いろいろないえの構造とか、
有り様を思うけど、何ともどうしようもない感じがあるのが、雨避け。壊れたらそのままか。最初か
ら、あったわけでなく、必要はなしということだった。恨み節かな。違う、そうゆうものはない
いえもあるし。
いろいろ、思い出さないといけない。日付が変わるころ、ちょうど目が覚めて、窓から星が見え
た。そうゆう天気だ、いい星空で、それを少し眺めた。滅多にないくらいのいい星空。それゆえ、
その星の美しさを堪能した感じもあって、すぐに眠った。神々しいという感じもあるが、本来そうゆう
ものが毎度の夜の空に現われていい。そう思う。するとさほど気にすることなく、毎日を愉快に送れるかも
知れない。滅多にない星空とは、ものすごい昔はそうゆうものはあったのか。少し昔はどうか、思い
出すに星空も眺めないときが、多いのであって今頃叫んでもだめだ。そう思った。星空というのは、
いってみると最後の美のありかというか、興味の対象で、そうゆうところに至るまでには、他に
楽しみはたくさんある。今でこそ多少は気候がよく、寒さもひどい暑さもなく、流暢なこともいって
られる。これが真夏で、蚊もいてというときに、星空がどうのなどいうかどうか、この辺は多いに怪し
い。反省もし、やっぱり眺めるだけの星空がよかったりもする。
もう流れ星も、人工衛星も、後者は単純に飛行している場合、また大気圏に突入するときもあるの
だが、こうゆうものにも関心を持たないようにしよう。無欲で何ごともやらないと、それで偶然とい
うものがある。まったく偶然で、今日の蛇の目の翅の持ち主、ヒメジャノメとの出会いもまったく
の偶然だった。
雨が降っている。雨が降るとカエルの鳴き声がする。これがゲロゲロと鳴くわけだが、その姿はなか
なか見えない。見えないなど思っていると、アマガエルと思えるカエルが飛び出してきた。たわいの
ないものである。このアマガエル結構大きい。食べ物はあるのか。
いろいろそういえば出会うものはある。黒いネコというと、なかなかいない、と思う。ここに来る
ようになって、時間のたつネコも、黒いと思ったが、よく見ると、黒ではなく、ブドウ色か、茶色
い黒さがあった。しかしそのネコは真っ黒で、去年だろうと思うが、日向ぼっこしているところ
を見かけて、年が明けたと思う。半年ぶりの感じで、暑いからかコンクリートの上で、静かにたた
ずんでいて、こっちを睨んだ。そのネコの毛並みは、やはり真っ黒。それから眠りネコといっていい
ようなそうゆうネコにも、今日あった。去年、ここのいえのあるところで、眠そうにして金縛りにあっ
ているようであった。寝ながら起きていた。そのネコは一度見かけた。距離的には遠いと思うが、しかし
もうそのくらいの移動は当たり前とわかっているので、へんな感じはなかった。それっきりで、また半年
ばかりたった、今という時間、そのネコは歩いていて、私は後ろか横を向いていて、振り返ると横のいえ
の方へと消えた。
そこに近付いて、それで振り向くと、そのネコはやっぱり眠りネコで、尻尾を振っていたが、
目は開かず頭を下げた。それで、一歩動くと今日の金縛りはゆるいらしく、ゆっくりと木の影の方へ
と動いた。いずれも、去年から今年の大雪の後を生き抜いたネコだ。大したものだ、と思う。
田んぼにレンゲはわかるが、同じ豆科の植物らしいものも植えられてい
て、これはなんだかわからないが、ついに痺れを切らしてそのもののそ
ばにいった。妙な、感じの色具合の花。その他、ぼちぼちと植えられる、
花壇の花、草など。
カラスノエンドウは知っていて、これはもう枯れる。スズメノエンドウ
は、調べると違う。何だろうか、というもので、この光のあり方も妙だ。
わかりにくい花だと思った。少し引いて。
この密度で、この草が田んぼ一面に生えている。
花の作りは、ムラサキケマンみたいな感じもする。が、違うところも多い。
この花の一つ一つがまあるく並べは、これはレンゲにそっくり。
夏だけど、涼しげな草。あそこにあれば、あっちにもある。
全身が白く、出てくる花は黄色。その花はまだ開かない。
花壇の、葉っぱの観賞。
色合いの豊かさ。
彩り。
落ち着いた緑。