梅雨のころ、というと、6月。梅雨入りして雨降らず。梅雨入りして、雨が降り、豪雨になる。ど
っちも嫌だな、と思う。雨が降ればいいというときもあれば、さっさと上がってくれればいい、と思う
こともある。雨が続く、鬱陶しい。雨が降らない、乾きすぎで、また野菜・果物、生鮮食料品の値が上が
る。どっちにしろ、いいことはない。今頃の、田園は、みな水路が確保されているから、雨が降らなく
ても困ることは余りないのではないか。逆に降りすぎて、これが困るというのはありそう。あふれるからで
ある。田んぼが浸水した。洪水に襲われた、これまた悲劇である。そうゆうものは、最近にしろ、記憶を
たどってもないようなので、安心する。でも住宅地というところ、の浸水とか、洪水はあったよ
うで、高台かどうかが問題となる。低いところは常に、洪水と浸水に脅かされていて、それで高いと
ころはどうか、これは何があるか。
今頃体を動かすと、それが例えば電気掃除機を使っての掃除であっても、高々10分くらい体を動か
すと、汗びっしょりになる。そうゆうものが普通だ。ことしは、それに近いものを経験して、しかしそ
のものはまだない、と思う。10分動いて、汗まみれになるのは、竹を切るという、ちょっと特殊な行為で
であって、これをやると人の残忍性は必ずあると思いたくもなるが、これは余談だった。そうゆう人だけ
ではないだろう。草むしり、これは余りやらない。草が多少は生えていて、余り害はない。タネが飛んで
きたとかいわれそうだが、もともと、この草のタネさえ、どこから来たのかわからないのだ。
今頃というと、冷蔵庫も発熱する。それと中の温度も上がったり下がったりで、開けている時間
は長い。まー目一杯なものが入っていて、滞留する時間は長い。ヨーグルト、それから納豆などは、
同じものが長く入っている。それで、買わないとものは当然なくなる。食べるから。冷蔵庫の問題では
なかった。でも冷蔵庫の冷やし具合を「中」程度にした。
掃除機に戻ると、今の時期はモータも燃えるような、感じがする。もっとも弱い回転数で使う
が、たまに、中にすると焦げ臭い。それゆえすぐ、弱に戻す。今まで、この6月に電気掃除機、真空
掃除機をだめにしていた。その理由はわからなかったが、暑さは関係ないという、真理とはいえない
がそれに近いものを見つけた。ゴミ袋を内蔵するもので、結局このゴミ・パックの目詰まりがいけ
ないようだ。吸っても空気は流れないからね。お金をどこにかけるか、ゴミ・パックを最低3ヶ月に
一回は変えることにした。変えると、入っていたゴミの量に関係なく、吸引力は増すようだ。風通しが
よくなった、と思う。目詰まりはわかりにくい。でも、そろそろ耐用年数というものもあること
だし、どうなるか。昔のものと比較できない。でも昔のものは、12年くらい使ったと思う。如何に
掃除をしなかったかわかるものだ。
6月で、梅雨で、汗ばむ頃であって、掃除機も壊れやすい時期でもあって、それから、冷蔵庫が悲鳴を
上げる時期でもあって、でも結構頻繁に買い物にはゆく。それなら、冷蔵庫に余裕があっていいでし
ょ、となるが、いわれてみるとそうだ。やっぱりおかしい。しかし、毎日は大変である。
青空が出て来た。今朝はもう雨は弱く、ゴミ出しをするときは雨は降ってなく、ただはいている
ジャージがぐうたらしていて、雪駄違うな、サンダルかにすれすれに当たる。気になるし蒸し暑いし、
それで引き上げるが、また下がって来る。面白くない。半ズボンはいらないが、これからは緩んだジャ
ージを上げるために、輪ゴムの一つも容易しないと、気色が悪い。
雨は朝というより、丑三つ時よりもまだ前で、日付が変わったころから降り出したようだが、朝に
なると路面も、また木々の枝葉も、それから、瓦も乾いているようで、記憶のみ雨が降ったということ
を示唆した。それから、しばらくして、少しだけ朝の様子、何のこっちゃ、を見るかと、外に出たと
き、ようやく水玉が、クモの巣に出来ているのを見つけた。水玉もいろいろだが、クモの巣もいろいろ
で、多角形にきれいに巣が張られるものもあれば、なんだかハンモックのような、感じで作られる、巣も
ある。これにはクモの巣がはっきりと幾何学的な線で出来るものもあれば、ゴジャゴジャとした、まるで
綿のような感じのものもある。どっちでも、クモの巣に雨が溜まると、水は丸まって、水玉を作るよう
だ。水玉はなかなか美しく、単純にそれを見ていたりもする。
こうゆうところで、梅雨の雨のよさもわかりそうだが、それとあとはアジサイの水滴か。これは
なかった。アジサイは、花だけで、でもそれもまだ少し。
縦に長すぎた。クモの巣があってそこから雨水がこぼれ落ちないから、
こうして水滴は残っている。どうしてこうなるか。考えどころもある。
何かが違う。これは一枚目と違って、クモの巣の上から水滴を見ている。
最初のものはいってみると下側からである。
何がどうなっているのやら。
水玉だが、千切れているかのような感じがある。
ホンワカと。
そのクモ(蜘蛛)もいる。びっくりしていた。
雨に近い、雨が似合うアジサイ。
よく出るアジサイ。
紫で、赤くなるか、あるいは青くなるか、さじ加減のアジサイの花。
正統な、ガクアジサイの花。
大きくなりそう、というかもう大きい。この先が楽しみな、アジサイの
各種。
っちも嫌だな、と思う。雨が降ればいいというときもあれば、さっさと上がってくれればいい、と思う
こともある。雨が続く、鬱陶しい。雨が降らない、乾きすぎで、また野菜・果物、生鮮食料品の値が上が
る。どっちにしろ、いいことはない。今頃の、田園は、みな水路が確保されているから、雨が降らなく
ても困ることは余りないのではないか。逆に降りすぎて、これが困るというのはありそう。あふれるからで
ある。田んぼが浸水した。洪水に襲われた、これまた悲劇である。そうゆうものは、最近にしろ、記憶を
たどってもないようなので、安心する。でも住宅地というところ、の浸水とか、洪水はあったよ
うで、高台かどうかが問題となる。低いところは常に、洪水と浸水に脅かされていて、それで高いと
ころはどうか、これは何があるか。
今頃体を動かすと、それが例えば電気掃除機を使っての掃除であっても、高々10分くらい体を動か
すと、汗びっしょりになる。そうゆうものが普通だ。ことしは、それに近いものを経験して、しかしそ
のものはまだない、と思う。10分動いて、汗まみれになるのは、竹を切るという、ちょっと特殊な行為で
であって、これをやると人の残忍性は必ずあると思いたくもなるが、これは余談だった。そうゆう人だけ
ではないだろう。草むしり、これは余りやらない。草が多少は生えていて、余り害はない。タネが飛んで
きたとかいわれそうだが、もともと、この草のタネさえ、どこから来たのかわからないのだ。
今頃というと、冷蔵庫も発熱する。それと中の温度も上がったり下がったりで、開けている時間
は長い。まー目一杯なものが入っていて、滞留する時間は長い。ヨーグルト、それから納豆などは、
同じものが長く入っている。それで、買わないとものは当然なくなる。食べるから。冷蔵庫の問題では
なかった。でも冷蔵庫の冷やし具合を「中」程度にした。
掃除機に戻ると、今の時期はモータも燃えるような、感じがする。もっとも弱い回転数で使う
が、たまに、中にすると焦げ臭い。それゆえすぐ、弱に戻す。今まで、この6月に電気掃除機、真空
掃除機をだめにしていた。その理由はわからなかったが、暑さは関係ないという、真理とはいえない
がそれに近いものを見つけた。ゴミ袋を内蔵するもので、結局このゴミ・パックの目詰まりがいけ
ないようだ。吸っても空気は流れないからね。お金をどこにかけるか、ゴミ・パックを最低3ヶ月に
一回は変えることにした。変えると、入っていたゴミの量に関係なく、吸引力は増すようだ。風通しが
よくなった、と思う。目詰まりはわかりにくい。でも、そろそろ耐用年数というものもあること
だし、どうなるか。昔のものと比較できない。でも昔のものは、12年くらい使ったと思う。如何に
掃除をしなかったかわかるものだ。
6月で、梅雨で、汗ばむ頃であって、掃除機も壊れやすい時期でもあって、それから、冷蔵庫が悲鳴を
上げる時期でもあって、でも結構頻繁に買い物にはゆく。それなら、冷蔵庫に余裕があっていいでし
ょ、となるが、いわれてみるとそうだ。やっぱりおかしい。しかし、毎日は大変である。
青空が出て来た。今朝はもう雨は弱く、ゴミ出しをするときは雨は降ってなく、ただはいている
ジャージがぐうたらしていて、雪駄違うな、サンダルかにすれすれに当たる。気になるし蒸し暑いし、
それで引き上げるが、また下がって来る。面白くない。半ズボンはいらないが、これからは緩んだジャ
ージを上げるために、輪ゴムの一つも容易しないと、気色が悪い。
雨は朝というより、丑三つ時よりもまだ前で、日付が変わったころから降り出したようだが、朝に
なると路面も、また木々の枝葉も、それから、瓦も乾いているようで、記憶のみ雨が降ったということ
を示唆した。それから、しばらくして、少しだけ朝の様子、何のこっちゃ、を見るかと、外に出たと
き、ようやく水玉が、クモの巣に出来ているのを見つけた。水玉もいろいろだが、クモの巣もいろいろ
で、多角形にきれいに巣が張られるものもあれば、なんだかハンモックのような、感じで作られる、巣も
ある。これにはクモの巣がはっきりと幾何学的な線で出来るものもあれば、ゴジャゴジャとした、まるで
綿のような感じのものもある。どっちでも、クモの巣に雨が溜まると、水は丸まって、水玉を作るよう
だ。水玉はなかなか美しく、単純にそれを見ていたりもする。
こうゆうところで、梅雨の雨のよさもわかりそうだが、それとあとはアジサイの水滴か。これは
なかった。アジサイは、花だけで、でもそれもまだ少し。
縦に長すぎた。クモの巣があってそこから雨水がこぼれ落ちないから、
こうして水滴は残っている。どうしてこうなるか。考えどころもある。
何かが違う。これは一枚目と違って、クモの巣の上から水滴を見ている。
最初のものはいってみると下側からである。
何がどうなっているのやら。
水玉だが、千切れているかのような感じがある。
ホンワカと。
そのクモ(蜘蛛)もいる。びっくりしていた。
雨に近い、雨が似合うアジサイ。
よく出るアジサイ。
紫で、赤くなるか、あるいは青くなるか、さじ加減のアジサイの花。
正統な、ガクアジサイの花。
大きくなりそう、というかもう大きい。この先が楽しみな、アジサイの
各種。