田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

12 あなたはだぁれ

2019-05-14 05:45:04 | 超短編小説
12 あなたはだぁれ

駅前の駐輪場は斜めにウネトタンの屋根がついていた。

スキがないほどビッシリと自転車が止めてある。
そのほとんどが、宇都宮の高校に通う学生のものだ。
歯の痛みに耐えきれずぼくは鹿沼駅の近くのT歯科に通いだしていた。
駐輪場と駐輪場の間の細い路地を毎日歩くことになった。
書斎にこもっているよりこのほうが健康にはいい。
街のようすを眺められる。
この歳になっても、杖もつかずに歩ける。
ありがたいことだ。

毎朝診療時間よりかなり早く家をでた。
駐輪場の屋根を支える鉄骨の柱。
裸のままというか、塗装の施していない。
錆止めだけが茶色にぬられた柱に――。

女子学生がよりかかっていた。

柱に軽く背をあずけた姿勢には匂うような若さがあった。
色白でいまどきめずらしくマルポチャではない。
面長な愁いを秘めた顔をしていた。

文庫本を読んでいた。
本ではなく携帯でlineでもやって、親指をピコピコ動かしていたら……。

興味をもたなかったろう。

いまどき本を読んでいるなんて珍しい。
その次の日も同じ時刻に彼女はそこにいた。

同じ柱にもたれていた。
不審におもった。
だって宇都宮行きの電車はもうすぐ到着する。
同じ学生たちといっしょになるのがいやで――。
ここにいるにしても――。

乗り遅れたら学校には遅刻してしまう。

「早く構内にはいったほうがいいよ」

と声をかけてやりたかった。

こんなジジイだから、まさかストーカーとは思われないだろう。
小さな田舎町だが、通勤通学の時刻なので駅はかなり混雑していた。
その人たちにパンフレットを渡そうと新興宗教の人が駅前にたっていた。
ただ立っているだけだ。
よくわからないが、法律で街行く人に声をかけることは禁じられているのだろう。
女子学生に話しかけると、この人の視線をあびることになる。

やっぱり、やーめた。
どうみたってジィジィが美少女に声をかけるのは、怪しく思われる。

やめた。やめた。

その次の日。
おやっと……気づいた。
彼女は本を読んではいない。
本の上を見ている。
その視線の先は――駅のプラットホーム。
おおぜいの学生たちが群れている。
おしあいへしあいしながら、騒いでいる。
男子はお互いに大声で話したり。
つつきあったり。
学生帽をとりあっている。
元気がよく、ハシャイデいるのは私立の学生だろう。
彼女の視線はまっすぐにそれらの学生のラッシュを見ていた。
というより、睨んでいた。
その視線には異様な熱気がこめられていた。

いや、熱気というより怨みの激しさが込められていた。
怨み。
呪怨。
怨念。
呪い殺そうという狂気がするどくホームの学生の群れにそそがれている。
そう、見てとったとき、思わずみぶるいしてまった。
恐怖に顔から血の気がうせた。
体のふるえは恐怖のためだ。
まるで呪い殺されるような眼差しだ。
彼女の目前を、彼女と視線が合わないように――。
彼女を無視して足早に通過した。

背後でホームに入ってきた電車が急停車する。
異様な摩擦音を立てるのをきいた。

次の日。彼女はそこにいなかった。
パンフレットをもって立っている男にきいてみた。

「いつも、あそこに立っていた女子学生、知りませんか」
「えっ。わたしは誰も見ていませんよ」

やはり、推察があたっていた。

「事故だってよ」
待合室に入ってきた老婆が誰にいうともなく、かなりおおきな声でいった。

「昨日のあれ、学生がホームから落ちた、アレ――」
「死んだんけ」

隣の老婆が呼応する。

「わかんねえな。でも先月の女ッ子は死んだものな」

診療室からはギイギイという歯を削る音がひびいていた。

待合室にいるのに診療椅子に座っている。
治療をうけている。
歯を削られている。
痛みに耐えきれずふるえだした。
恐怖もあるが、激痛が頭に直接ひびいてくる。

「ダイジョウブケ???」

ふたりの老婆が同時に声をかけてくれた。

そうだ。

あの時「大丈夫ですか」と彼女に声をかけてやればよかったのだ。

ディーン・クーンツのオッドのように霊がみえるようになった。
こんどは彼や彼女たちが成仏できるように説得することにしょう。

歳老いて、死を身近に感じるようになった。

さまよう霊魂がみえる。

「ホームから落ちた男の子はボーイフレンドだったの? 
あの視線のトゲトゲシサハ、ちがうよね。
きみは故意に押しとばされて死んだのだろう。
もう死んでいるのだよ。
でも、人を怨んでは、きみが成仏できないよ」

そういってやればよかった。

死んでからも、地縛霊としてのこり、怨念で敵を呪い殺す。
やはりどう思っても怖い話だ。

老婆たちの世間話しはまだつづいている。


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