田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

公番が消えた/さすらいの塾講師 麻屋与志夫

2010-09-01 03:56:30 | Weblog
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「信子のことだから、彼氏がお出迎えかも……」
「えぇ、信子に彼氏いたの」と菜々美。
「いま思い出したの。そんなこといってたシ」とカレン。

だったら……わたしたちに挨拶してから行くはずだ。
とは、菜々美はいわなかった。
せっかくカレンの発言で、みんないくらか安心したのだ。
不安をかきたてるようなことは、いわないほうがいい。
まだ――視線が彼女たちをとらえている。
はやく交番にかけこまなければ……!!
駅が近づいたので人の群れが増えふた。
気をつけていたのにニアミス。
すれちがった老人と右腕がクラッシュした。
書道の用具箱が歩道にとばされた。
箱から筆がころがりでた。
九段の平安堂で買った『青海』の四号の筆だ。
菜々美があわてて伸ばした手の先で――まさに踏まれようとした。
踏まれなかった。
「どうぞ」
筆を拾ってくれたのは、そこにはだれもいない。
「どうなっているの!? だれがひろってくれたの」
こんどはカレンしかのこっていない。
みんな消えてしまった。
「こわいよ。菜々美」
「交番はすぐそこよ。走るわよ」

人々の群れが割れた。
ロケと思われたのか。
疑念を抱きながらも道をあけてくれた。
その狭い隙間にとびこんで、走った。
走った。
走った。
恐怖が菜々美の神経を逆なでしていた。
泡立つ恐怖にプッシュされた。
夢中で走った。
パッと交番に飛びこんだ。
お巡りさんがいない。
パトロールにでも、皆でているの?? 
ふり返る。
いままでうしろからついてきていたのに。
いない。
声をかけようとしたカレンも消えてしまった。
それどころか!!!
ここは交番でもない。
交番の中に飛びこんだのは錯覚だったのか。
菜々美は駅前のロータリーに独りだった。
独りだった。
誰もいない。
周りに人がいない。
あれほどの群衆がどこかにきえてしまった。
いやちがう。
わたしが異界にとばされたのだ。
異界にまぎれこんでしまったのだ。
どうしょう。



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