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その期限がきれれば、黒川の西岸の街全域もコウモリインフェルエンザは猖獗するだろう。
その伝播を止める方法はない。
彩音は演劇室に飛び込んだ。
美穂と静が部屋に閉じこもっていた。
「はい、おまち。たすけにきたわよ」
「ありがとう。彩音ほんとにきてくれたんだ」
静が泣いている。
「校庭のとめてある4駆動まで走るの。いい? あれに乗って脱出するのよ」
「いくわよ」
静が泣き声だ。でもみんなに掛け声かけて廊下を走りだす。
彩音はまだやつれている美穂の手をとって走る。
殿を固めている。
「どうして病院からぬけだしてきたのよ。あそこは、ここよりもずっとあんぜんだったのに」
彩音は異様な気配をかんじる。
首筋に凶念が吹き掛けられる。
ふりかえる。
ああ、そこには美穂が。
美穂が犬歯をのばして彩音をねらっていた。
ぐぐっと犬歯がのびてくる。
息が臭い。
がっと美穂の口がおおきく開く。
「斬」
司が剣をひらめかせた。美穂の首が宙を飛ぶ。
噛まれていた。あの衰弱は噛まれていたためのものだった。
「美穂!」
悲痛な彩音の絶叫が校庭にひびいた。
美穂の体はまだ立っている。
学生服の中で美穂の体はぴくぴく蠢き脈打っている。
まだ生のなごりの痙攣をつづけている。
それなのに、服のしたの肌に狼の剛毛が生えてた。
美穂をこんな体にかえたヤツラがにくい。
稲本だってこのままにしておくのはくやしい。
彩音は万感の思いをこめて美穂の体をそっとだきしめた。
「さようなら、美穂……」
「彩音あのままではきみまで噛まれた。だから、だからぼくは……」
「いわないで。わかっているから」
司の英断に彩音は愛を見た。
司が行動にでてくれなかったら。
彩音は美穂の歯牙にかけられていた。
人狼吸血鬼になていた美穂に噛まれていたはずだ。
彩音は美穂を斬るために剣をふるえない。
いちはやく、それを察して司が……その決断に文音は司の愛を感じた。
「司、ありがとう」
美穂の体をそっとグランドに横たえた。
「さようなら、美穂。このままにしておいてゴメン」
彩音と司に群衆が寄ってくる。唇から血をながしている。どうやら共食いをはじめているようだ。
「もうこれ以上はもたない」
「汚染されていない生徒はみんな車にのりこんだかしら」
「もうこれまでだ」
ふたりは4駆動にむかってじりじり後退する。
静たちが乗り込むまで車を守っていた麻屋のもとにかけつける。
「美穂が噛まれていたなんてわからなかった。ざんねんだったね」
彩音を引き上げる。
静がなぐさめる。
「見てたの」
彩音はこのとき、じぶんが泣いているのにおどろいた。
「出発するぞ」
父の声が運転席でした。
車の後部扉に人狼吸血鬼が爪をたてている。
人狼の吠え声がする。
彩音はきっとその吠え声のするほうを見据えていた。
そこに、彩音の故郷鹿沼がある。
そこに、彩音をいままで育んでくれた鹿沼がある。
軽い揺れが彩音の体に伝わってきた。
車が発動した。
わたしは文美バアチャンの遺志を継ぐ。
この街にのこる。
司とふたりでこの街でオジイチャンと人狼吸血鬼を倒す。
この鹿沼を守る。
守ってみせる。
鹿沼が滅びるなんて。
あまりに悲しすぎる。
でも、だれもそれを許してはくれないだろう。
わたしが、鹿沼に残ることは。
だれも許してくれないだろう。
それでも……のこりたい……。
司と守ってみせる。
でも、それをだれもよろこんでくれないだろう。
彩音は司の肩に頬を寄せた。
彩音と司を乗せてきた九尾の狐が猫のように小さくなっていた。
彩音のひざにのっていた。狐は彩音を見上げいる。文美バアチャンのやさしい視線を彩音は感じていた。
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完
その期限がきれれば、黒川の西岸の街全域もコウモリインフェルエンザは猖獗するだろう。
その伝播を止める方法はない。
彩音は演劇室に飛び込んだ。
美穂と静が部屋に閉じこもっていた。
「はい、おまち。たすけにきたわよ」
「ありがとう。彩音ほんとにきてくれたんだ」
静が泣いている。
「校庭のとめてある4駆動まで走るの。いい? あれに乗って脱出するのよ」
「いくわよ」
静が泣き声だ。でもみんなに掛け声かけて廊下を走りだす。
彩音はまだやつれている美穂の手をとって走る。
殿を固めている。
「どうして病院からぬけだしてきたのよ。あそこは、ここよりもずっとあんぜんだったのに」
彩音は異様な気配をかんじる。
首筋に凶念が吹き掛けられる。
ふりかえる。
ああ、そこには美穂が。
美穂が犬歯をのばして彩音をねらっていた。
ぐぐっと犬歯がのびてくる。
息が臭い。
がっと美穂の口がおおきく開く。
「斬」
司が剣をひらめかせた。美穂の首が宙を飛ぶ。
噛まれていた。あの衰弱は噛まれていたためのものだった。
「美穂!」
悲痛な彩音の絶叫が校庭にひびいた。
美穂の体はまだ立っている。
学生服の中で美穂の体はぴくぴく蠢き脈打っている。
まだ生のなごりの痙攣をつづけている。
それなのに、服のしたの肌に狼の剛毛が生えてた。
美穂をこんな体にかえたヤツラがにくい。
稲本だってこのままにしておくのはくやしい。
彩音は万感の思いをこめて美穂の体をそっとだきしめた。
「さようなら、美穂……」
「彩音あのままではきみまで噛まれた。だから、だからぼくは……」
「いわないで。わかっているから」
司の英断に彩音は愛を見た。
司が行動にでてくれなかったら。
彩音は美穂の歯牙にかけられていた。
人狼吸血鬼になていた美穂に噛まれていたはずだ。
彩音は美穂を斬るために剣をふるえない。
いちはやく、それを察して司が……その決断に文音は司の愛を感じた。
「司、ありがとう」
美穂の体をそっとグランドに横たえた。
「さようなら、美穂。このままにしておいてゴメン」
彩音と司に群衆が寄ってくる。唇から血をながしている。どうやら共食いをはじめているようだ。
「もうこれ以上はもたない」
「汚染されていない生徒はみんな車にのりこんだかしら」
「もうこれまでだ」
ふたりは4駆動にむかってじりじり後退する。
静たちが乗り込むまで車を守っていた麻屋のもとにかけつける。
「美穂が噛まれていたなんてわからなかった。ざんねんだったね」
彩音を引き上げる。
静がなぐさめる。
「見てたの」
彩音はこのとき、じぶんが泣いているのにおどろいた。
「出発するぞ」
父の声が運転席でした。
車の後部扉に人狼吸血鬼が爪をたてている。
人狼の吠え声がする。
彩音はきっとその吠え声のするほうを見据えていた。
そこに、彩音の故郷鹿沼がある。
そこに、彩音をいままで育んでくれた鹿沼がある。
軽い揺れが彩音の体に伝わってきた。
車が発動した。
わたしは文美バアチャンの遺志を継ぐ。
この街にのこる。
司とふたりでこの街でオジイチャンと人狼吸血鬼を倒す。
この鹿沼を守る。
守ってみせる。
鹿沼が滅びるなんて。
あまりに悲しすぎる。
でも、だれもそれを許してはくれないだろう。
わたしが、鹿沼に残ることは。
だれも許してくれないだろう。
それでも……のこりたい……。
司と守ってみせる。
でも、それをだれもよろこんでくれないだろう。
彩音は司の肩に頬を寄せた。
彩音と司を乗せてきた九尾の狐が猫のように小さくなっていた。
彩音のひざにのっていた。狐は彩音を見上げいる。文美バアチャンのやさしい視線を彩音は感じていた。
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