62
司が文美を抱え上げた。
救急車を呼ぶまでもない。
文美は息絶えていた。
鹿沼流の家元、舞い名手は舞いながらその最期をしめくくった。
舞いながら死んでいけて本望だっただろう。
彩音に終りの舞い『朽ち木倒し』を伝授できた。
満足だったのだろう。
いい死に顔をしていた。
「彩音ちゃん。本当の悲しみはこれからやってくる。ぼくが、これからは、いつもついているから。いやでも、彩音ちゃんのそばについているから」
「いやなわけナイデショウ」
文美の亡骸が目のまえにある。
こんなときなのに、彩音は動悸が高鳴った。
こんなときだから、また泣きだしたいほどうれしかった。
よかった。
ひとりぼっちにならないですんだ。
司がいる。
麻屋のオッチャン先生。
慶子。
美穂。
静。
大勢の仲間がいる。
宮部校長がすぐそこまできている。
神田と談合していたのは、校長だった。
楔はもうつきた。
どうする。
まさか、校長先生に斬りつけることはできない。
どう戦うの。
どうすれはいいのよ。
赤目をしていただけの校長を鬼切りで切り倒すことはできない。
あのひとたちは、感染症吸血鬼なのだ。
仮性吸血鬼だ。
彩音と慶子はよろめきながら身をひく。
「きみたちうちの生徒だね。ここでなにしてるんだね」
宮部の両眼から赤味が消えている。
吸血鬼を倒したからだ。
親バンパイアを葬ったからだ。
「きみはどのクラスの生徒なの」
彩音をみる目がかぎりなくやさしい。
彩音の名前も。
今までに起きたことも。
なにもかも記憶にないらしい。
吸血鬼の呪いはとけていた。
真正吸血鬼の神田を倒したからだ。
17
文美の通夜。
彩音だけになってしまった広すぎる家。
鹿沼流の稽古場のある古い家が一門の通夜の客を迎えている。
風鈴が風になっていた。
南部鉄の風鈴だ。
春なのに、冬の風鈴の趣がある。
鹿沼は京都のように盆地にあるので、夏には風通しが悪く、多湿。
冬は寒く風が強いのよ。
いつまでも冬が残っている。
春が来るのが遅いのよ。
よく文美バアチャンがいっていた。
風鈴が鳴っていた。
風鈴の音がよくひびく夜だった。
その風鈴を楽しむ文美はいま棺のなかだ。
彩音は涙ぐんでいた。
泣いていた。
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鹿沼流の家元、舞い名手は舞いながらその最期をしめくくった。
舞いながら死んでいけて本望だっただろう。
彩音に終りの舞い『朽ち木倒し』を伝授できた。
満足だったのだろう。
いい死に顔をしていた。
「彩音ちゃん。本当の悲しみはこれからやってくる。ぼくが、これからは、いつもついているから。いやでも、彩音ちゃんのそばについているから」
「いやなわけナイデショウ」
文美の亡骸が目のまえにある。
こんなときなのに、彩音は動悸が高鳴った。
こんなときだから、また泣きだしたいほどうれしかった。
よかった。
ひとりぼっちにならないですんだ。
司がいる。
麻屋のオッチャン先生。
慶子。
美穂。
静。
大勢の仲間がいる。
宮部校長がすぐそこまできている。
神田と談合していたのは、校長だった。
楔はもうつきた。
どうする。
まさか、校長先生に斬りつけることはできない。
どう戦うの。
どうすれはいいのよ。
赤目をしていただけの校長を鬼切りで切り倒すことはできない。
あのひとたちは、感染症吸血鬼なのだ。
仮性吸血鬼だ。
彩音と慶子はよろめきながら身をひく。
「きみたちうちの生徒だね。ここでなにしてるんだね」
宮部の両眼から赤味が消えている。
吸血鬼を倒したからだ。
親バンパイアを葬ったからだ。
「きみはどのクラスの生徒なの」
彩音をみる目がかぎりなくやさしい。
彩音の名前も。
今までに起きたことも。
なにもかも記憶にないらしい。
吸血鬼の呪いはとけていた。
真正吸血鬼の神田を倒したからだ。
17
文美の通夜。
彩音だけになってしまった広すぎる家。
鹿沼流の稽古場のある古い家が一門の通夜の客を迎えている。
風鈴が風になっていた。
南部鉄の風鈴だ。
春なのに、冬の風鈴の趣がある。
鹿沼は京都のように盆地にあるので、夏には風通しが悪く、多湿。
冬は寒く風が強いのよ。
いつまでも冬が残っている。
春が来るのが遅いのよ。
よく文美バアチャンがいっていた。
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風鈴の音がよくひびく夜だった。
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