田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

超短編 7 「老い舌出てよよむとも――永遠の愛」 麻屋与志夫

2015-05-22 09:27:35 | 超短編小説



老い舌出てよよむとも――永遠の愛 
                    

ねえ、あなた、いまでもわたしのこと好き?
こんなによよんでしまったわたしを、愛してる……。
「万葉研究会」でであったときのように愛してる。
わたしは、百夜かよってきて、なんてことは、いわなかった。
わたしはあなたを、深草少将のようにはあしらわなかった。
わたしは小野小町ほどの美人だとはおもわなかった。
おもってもいない。
あなたにキレイダといわれるまで、わたしがきれいだとはおもわなかった。そういわれて、わたしがどんなに、トキメイタか、あなたにはわからないでしょうね。
それなのに、どうしてこんなことが起きてしまったの……。
あなたは、わたしのところへくるところだった。
わたしに向かって刻一刻と近寄ってくるところだった。
あなたはわたしに会うために道をいそいでいた。
あなたはささやかな金の糸でつくったような細い婚約指輪をもって、わたしのところへくるところだった。
指輪はいまもわたしの左の薬指で輝いている。
だからわたしは、イツマデモ待つ。
この輝きが失せるまで。
あなたをまっているわ。
わたしは、あなたがくるまで、あなたがほめてくれたこの美しさ、わかさを保って……あなたをまっている。
歯だってインプラント。白いきれいな歯よ。
前よりずっと清潔感があるわ。
顎の肉のたるみだって整形した。
髪の毛だって霜をいただくようになったので、ウェグで装っている。
この髪の黒さはもう永遠にわたしのものよ。
庭にはバラを植えている。
わたしのからだにはバラの匂いが滲みこんでいる。
香水はつけたくない。
からだからほのかにバラのかおりがする。
それがあなたへのわたしの贈り物。
あなたが手にもっていたわたしへの贈り物。
リングはたしかにとどいている。    
いまも、わたしの薬指にある。
いつでも、あなたの声がどんなささやきでも聞こえるように補聴器だってしている。
あなたがきて、声をかけてくれることをまちわびている。
そのとき、ひとこともききもらすことがないように、いつも、いつも着けている。
どうして、車になんか轢かれたの。
あなたはわたしのところへ、いそいでいた。
それで周囲に注意を払わなかった――。
あれからずっとわたしは、あなたをまちつづけている。
わたしはあなたがこの世にいないなんて信じていない。
あなたは……いつかわたしのところへ、もどってくる。
わたしはだからこうして老いないように苦労している。
いつでも、あなたを迎えられるように、化粧している。
何年待つたのか……。
もう……わたしにはわからない。

かれの声がきこえてきた。
かたとき忘れたことのない。
甘いささやき。
心にしみこむような声。
そう。
声は彼女の内部から聴こえてきたのだった。
彼女の心にひびいている。
「ぼくは、ずっといっしょにいた。ぼくはずっと一緒にいたよ。だから、いまこそ姿をあらわすことを神様にゆるされた。声をかけることができた。ぼくらは、ずっといっしょだった。楽しかったよ。そして……これからも、永遠に共にいられる。ずっと一緒だ」
彼女は庭のベンチにすわっていた。
バラに囲まれているベンチで合掌していた。
隣で彼が同じ姿勢をしている。
合掌しているのがかんじられる。
そう……。わたしたちはずっといつも一緒だった。
ふたりを隔てる隙間がなくなった。
ふたりは合体した。
融合した。

ベンチには一輪の白いバラ。

百歳(ももとせ)に老い舌出てよよむとも我はいとわじ恋は増すとも  万葉集
 



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