田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

超短編44 大震災の廃材の中から  麻屋与志夫

2013-08-04 15:41:57 | 超短編小説

44

大震災の廃材の中から

「オジイチャン。なにしているの」
妙子が呼んでいる。
夕暮れ時だ。
校庭には校舎を長年形作って来た――。
いまはただの廃材の山が高く盛り上がっている。
まさに山だ。
わたしの在任中は校舎を新築するのに反対してきた。
町長が土建屋なので、選挙を控えて同業者に大判振る舞いをしたがっていた。
まだ築30年に満たない校舎を解体し、新築する計画が市議会で通過しょうとしていた。

「夜道があるのを校長、忘れるな」
新校舎建設に反対した。敵がおおぜいできた。
脅迫電話がかかってきた。
みんなこの町の大人は教え子なのに。
わたしのこの町での教育の成果がこれか!!
だったら、いっそ進んで夜道をあるいてみようではないか。
そんなふうに、思い詰めた夜もあった。

山積した廃材の向こうに空が見える。
黒い雲が渦をまいている。
その動きに津波のときの海水の渦を重ねて思い起こし慄然とする。
なにもかもなくなってしまった。
わたしも定年になっていなければ、この校舎と運命をともにしていたろう。
稲妻が天と地をつないだ。
雷鳴がする。

「オジイチャン、かえりましょう」
妙子が子どもらしいアクセントで可愛らしく呼びかけている。

震災前だったら、ここからは海はみえなかった。
ヒマラヤシダの大木が立ち並び、その背後に二階建ての木造校舎があった。
それがいまは、すべてうしなわれてしまった。
もしあの震災の前に校舎を新築していたら。
損害は膨大なものだろう。
さいわい、倒壊したのは古い校舎だった。

「オジイチャン。もうかえろうよー」

校舎の骨をひろいにきた。
すぐにはみつからなかった。
これで4日も廃材の山をかきまわしている。
校舎に話しかけていた。
骨はひろってやる。
お前が長いことこの町の子どもたちとすごしてきた証。
お前がまもってきたこの町の子どもたち。
みんな逝ってしまった。

雷鳴が稲妻が近づいてきていた。
強烈な雷鳴が轟く。
稲妻が光る。
妙子の顔が稲妻にてらされた。
わたしは、ようやく、辺りが暗くなっているのに気づいた。
今日もまた、あきらめて校庭を去ろうとした。
山なす廃材の裾の方で……声がした。
わたしはここにいるよ。
ここにいるよ。
そんなことはない。
廃材がくちをきくなんてありうることではない。
だがそれは、そこにあった。
校長室の中央の柱。
ただの柱ではない。
歴代の校長が児童のような、児戯で、「敬愛」とナイフやコンパスの先や、彫刻刀で彫った跡のある柱。
定年になる校長か幼い子どもの心にもどってのイタズラ。
だれが始めたことか。
すばらしいことだ。
その柱がみつかった。
これは校舎の骨という意味だけの柱ではない。
この学校のハートだったのだ。

わたしはその柱をひきづりながら、車に急いだ。
柱を荷台に積む。
これで、心おきなく故郷をあとにすることができる。
待ち疲れた孫の妙子はわたしの膝で寝てしまった。



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