田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

鹿沼を故郷としている方へ  麻屋与志夫

2009-05-05 07:18:50 | Weblog
鹿沼のマロニエ並木
2008-03-17 12:31:35 | Weblog

3月17日 月曜日

鹿沼のマロニエ並木 (随筆)

 妻の母校、鹿沼高校前の通りに栃の木が植えられたのは、いつの頃であったろう

か。いまでは晩春のやわらかな日ざしをあびて円錐花序の白い花を咲かせる並木と

なった。

 わたしは肥満体におおきなリックを背負っている。買物をつめこんで、かなりの

おもさになった。妻は日傘をさしている。

 こうしてマロニエの並木を二人して散策していると異郷で生活しているような錯

綜した心のときめきを覚える。生涯出不精。旅などしたこともないが、パリにだけ

はいきたかったというのが偽らざる感懐だ。

 日傘をくるくるまわすような若やいだ動きはしないが、わたしにとって妻の姿は

夢二の絵のように大正ロマンをかきたてる。

「今年は暦どおりに咲いたわね」

 小柄な妻がわたしを見あげ、その頭上の白い花々に視線を遊ばせている。マロニ

エの花が、といわないのは妻の気くばりだ。パリにだけはいきたかった。わたしの

そうした悔恨をかきたてないための配慮だ。夫婦も四十年もおなじ空間で生活をし

ていると、相手のかんがえていることがわかってしまう。わたしはセーヌ河畔を妻

と歩いているつもりになっていた。セーヌ河畔にマロニエの街路樹があるかどうか

はしらない。白い花房の群れはまさに花盛りだ。濃い桃色や黄色がまざって風の動

きにみえがくれしている。全体としては白い花霞みだが、風のながれや見る角度に

よって花の色が変化して美しい。

「去年は狂い咲きがあった。秋にもういちど栃の花がみられた」

「栃の花を二度もたのしむことができて、2年ぶん生きたここちがしたわ」

「今年はああした陽気にはならないだろう」

「またあるといい。毎年二度咲きしてくれればいいのに。人生をこれから倍も生き

たことになるわ」

 日常の中で、心の生活の密度を濃くしようというのが、わたしと妻のねがいだ。

いつの日かこうしてつれだって歩くということはできなくなるだろう。すこしで

も、この時間をひきのばしたいという気持ちがふたりにはある。

 日傘をさした妻の姿がわたしは好きだ。夢二の女たちの世界だ。すんなりとした

うなじから背にかけて、木漏れ日が揺れている。木陰がつづくので、日傘をたたん

だのだ。

(お葉さん、そこのけそこのけうちの美智子さんがとおる)

 人にきかれないように、ざれ歌のように小声で唇にのせ、妻とつれだってある

く。不運つづきの身にとって、唯一の安堵と心の高揚をともなう時である。……い

つまでつづくだろうか。

 両親の看護のため故郷鹿沼にもどった。妻と出会わなかったら……。初デートで

街をぶらついた。あれからふたりして、どれほどの距離をこの鹿沼であるいたこと

だろう。由あって文学浪人。などと、粋がっていたのは、四十歳までだった。売れ

たり売れなかったり。コンスタントに書き続ける筆力もない。非才の身にとって

は、両親の死後、おもいきって東京にもどることもできなかつた。そして、今では

病んでいた父母の歳にわたしがなってしまった。無常迅速。年月のながれが急に速

くなった感じがする。妻が病んでいるとわかったのは、去年の返り咲きの栃の花を

みた季節だった。病に倒れる不安をかかえた妻はいっそう美しくかがやきだした。

まさにもどり咲き、若やいだ感じだ。

 マロニエの並木が尽きた。妻が日傘をひろげた。わたしは絵描きでないことを悔

いていた。

「もうそろそろ栃の花も散りはじめるころね」

 校庭からは、高校生の歓声がきこえてくる。

 華やいだ声が春の空にひびく。

 マロニエ。パリ。青春。昔の春。小説。マロニエの並木。


                      平成12年 全作家50号より転載。


●ひさしぶりで、歩いた鹿沼高校前の通り。マロニエ並木が切られて消えていまし

た。寂しかったです。

●あまり寂しかったので旧作をまたまた転載しました。

●あのマロニエの並木はもうわたしたちの心にしか残っていないと思うと寂しいで

すね。

●「アサヤ塾」はまだ続けています。卒業生からときおりコメントをいただいてい

ます。ありがとう。

●むかしながらの場所で同じ教室で…‥でもわたし達夫婦は老いました。

●みなさんが懐かしがってくれる限り続けていきたいと思います。

●あわただしくchangeしていく鹿沼のなかにあってむかしのまま、がんばっていま

す。

●連休で帰省している卒業生の方どうぞお立ち寄りください。




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