12月 Basilosaurus cetoides (Owen)
文献:Kellogg, Remington 1936. A Review of the Archaeoceti. 366pp., 37pls.
Kelloggの大作は図版だけで37あり、その標本もすばらしいが、本文中にあるFigureは、スクライブ技法の技術が高く、しかも全部で88図もある。ここに示したFig. 10(39ページ)は、Basilosaurus cetoidesのほぼ完全に揃った頸椎と第一胸椎の左側面図で、微妙な凹凸がかなり少ない線で表現されている。標本番号はNo. 4675で、Alabama州Melvinの2マイル南西の地点で発見されたもの。こういうデータもしっかりと記載されている。この種類の標本として記載されているのは17の標本。もちろん一つの標本というのは一個の骨ではなく、一か所の標本のセットのことを言う。このNo. 4675の場合には、「24個の連続した脊椎骨(第一頸椎から第二胴椎)で、これらの7個の頸椎、15個の胸椎、それに第一胴椎は U. S. National Museumの組み立て骨格に使われた。」とし、さらに、「以下の骨が同一個体のものらしいので組み立て骨格に用いられた。13個の肋骨(完全なものもある)、4個の胸骨、左右の肩甲骨、左の上腕骨(肩側の3分の1は失われている)、左の尺骨・橈骨、・・・」以下に頭骨の破片や歯も含まれている。このような書き方で、大変詳しく記述されている。このように上の図の第一頸椎から第一胸椎までは同一個体。現生の鯨類と比較して大きく違うのは、この間に脊椎の列が背腹方向にS字型にカーブしていること。
12-1 Kellogg, 1936. Plate 1. (一部)Basilosaurus cetoides 復元骨格
図のように、この動物は頭を持ち上げていたのだ。この点で、脊柱の延長方向にまっすぐになっている現生の鯨類とは違う。ついでに違いを挙げておくと、それぞれの頸椎が前後に短くなることと、しばしば幾つかの頸椎が癒合してその間の可動性を減らす傾向が著しい。鯨の首の回旋は、ほとんど頭骨と第1頸椎の間だけで起こっている。
現生の鯨類の頸椎の癒合のタイプを見ると、まずヒゲクジラのホッキョククジラとセミクジラ・ミナミセミクジラでは7つの強く短縮した頸椎が癒合してひとかたまり。
12-2 van Beneden et Gervais, 1868-1879. Planches 4, 5 (一部)ホッキョククジラ Balaena mysticetus 7個が癒合した頸椎 左上から 右側面 頭側 尾側 背側 腹側
ところが、それ以外のヒゲクジラ類(コククジラとナガスクジラ科各種)では短縮はしているが癒合が見られない。
12-3 van Beneden et Gervais, 1868-1879 Planche 14. (一部) “Balaenoptera schlegerii” 癒合していない頸椎 左から第7頸椎から第1頸椎までと 組み合わせた頸椎の右側面
図の頸椎は、原文ではBalaenoptera schlegerii となっている。この種類はイワシクジラに相当する。当時のイワシクジラは、のちにニタリクジラ・カツオクジラを分割し、数種類にあたるが、そのうちどれにあたるのかは、判定できなかった。
ハクジラのマッコウクジラでは第一頸椎だけが遊離していて、第2から7までが一つに癒合する。このタイプはマッコウクジラだけに見られる。
12-4 van Beneden et Gervais, 1868-1879. Planche 18. (一部) マッコウクジラPhyseter macrocephalus 第1頸椎と癒合した第2から第7頸椎 左上から 斜め尾側 頭側 尾側 右側面
近縁のコマッコウでは7個全部が癒合する。
マイルカ科やネズミイルカ科の各種では前方の幾つかの頸椎が癒合するが、その数はマイルカ科では第1頸椎と第2頸椎だけ。
12-5 van Beneden et Gervais, 1868-1879. Planche 40. (一部) マイルカDelphinus delphis 左から第7頸椎から第3頸椎右側面 癒合した第2・第1頸椎右側面 第1頸椎頭側
これに対して、ネズミイルカ科ではスナメリで前から第3ないし第5まで、他ではもう少し後ろまで癒合し、リクゼンイルカに至っては7個全部が癒合する。
ハクジラ類の中で原始的と言われるカワイルカ類では癒合が起こっていない。
12-6 van Beneden et Gervais, 1868-1879. Planche 32. (一部) アマゾンカワイルカInia geoffrensis 左から第7頸椎から第1頸椎右側面 第2頸椎頭側 第一頸椎頭側 第1頸椎背側
アカボウクジラ類は多様。前方の幾つかが癒合する種類が多い。
12-7 van Beneden et Gervais, 1868-1879, 1868-1879. Planche 23b. (一部) ツチクジラBerardius bairdi 左から第3頸椎尾側 第1頸椎頭側 第3から第1頸椎右側面 右列上から 癒合した第1から第3頸椎背側 第4から第7頸椎背側
このように、クジラ類の頸椎の癒合はほとんどの科であらわれるものの形式は多様で進化系統との間にはっきりとした派生の関係がない。分岐分類学的に大変におもしろいテーマになりそう。
頸椎の癒合に関するデータは西脇昌治, 1965「鯨類・鰭脚類」東京大学出版会 から拾い出した。また、頸椎の図は下記の古い論文を参照した。どちらも分類が古いから、現在使われている学名を探したが、チェックが不十分で誤りがある可能性がある。また、癒合の進化に関しては化石のデータが少ないので議論が進まない。
参考文献:van Beneden, Pierre Joseph et Paul Gervais, 1868-1879. Ostéographie des Cétacés vivants et Fossiles, comprenant la description et l’Iconographie du Squelette et du Système dentaire de ces animaux. Atlas. Planche 1-64. Arthus Bertrand, Libraire-éditeur, Paris. (現生および化石鯨類の骨学. クジラ類の骨格と歯列の解説と図像)